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華氏451度
華氏451度
レイ・ブラッドベリ、宇野利泰/早川書房
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総合評価

180件)
3.7
37
61
38
16
2
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    この手の名作がいつだってそうであるように、この本は数十年前に出版された昔の本にもかかわらず提起される警鐘は今でも通用する。「本」が許されない世界。本作では、本が消されていた理由は、思考を促すため。本は政権に、社会に、歴史に、批判的な思考を促してきた。現代社会を映すように「」に入る単語を変えるのであればなんだろうか。独裁政権では分かりやすい。「」に入るのは情報。インターネットが普及した現在では本が担ってきた役割がインターネットによって一部置換されている。そのインターネットが運ぶ情報の内、独裁政権では都合の悪い部分を検閲している。民主主義社会はどうだろうか。あからさまな検閲はないにせよ、現代では逆にSNSのショート動画に依存させる事で、思考を促す力が奪われているような気がする。この本が繰り出すディストピアは決して身から離れた遠い世界の話ではない。自覚を持っていきたい。

    0
    投稿日: 2025.09.29
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    この本を知ったきっかけはヨルシカの451から。 動機はタイトルがかっこよくて印象深かったのと、単純に興味だったが読んでいて主人公のモンターグに感情移入してしまった。 物語がどこに向かっていくのかの展開が読めずとても面白かった。 何より現代社会を見透かされているかのような発言は的を得ていてすごいと感じた。 死ぬまでに何か残したいなと思った。

    0
    投稿日: 2025.08.22
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    #30奈良県立図書情報館ビブリオバトル「本」で紹介された本です。 2部構成で1部は通常回でした。 2013.7.20 http://eventinformation.blog116.fc2.com/blog-entry-1005.html?sp

    0
    投稿日: 2024.09.25
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    アメリカの作家「レイ・ブラッドベリ」の長篇SF作品『華氏451度(原題:Fahrenheit 451)』を読みました。 ここのところSF作品が続いていますね。 -----story------------- 焚書官「モンターグ」の仕事は、世界が禁じている“本”を見つけて焼き払うことだった。 本は忌むべき禁制品とされていたのだ。 人々は耳にはめた超小型ラジオや大画面テレビを通して与えられるものを無条件に受けいれ、本なしで満足に暮らしていた。 だが、ふとした拍子に本を手にしたことから、「モンターグ」の人生は大きく変わってゆく―SFの抒情詩人が、持てるかぎりの感受性と叡智をこめて現代文明を諷刺した不朽の名作。 ----------------------- 1953年(昭和28年)に発表され、1966年(昭和41年)に「フランソワ・トリュフォー監督」によって『華氏451』として映画化された作品、、、 本の所持や読書が禁じられた、架空の社会における人間模様が描かれており、タイトルは(本の素材である)紙が燃え始める温度(華氏451度≒摂氏233度)を意味しているそうです。  ■第一部 炉床と火トカゲ  ■第二部 ふるいと砂  ■第三部 火はあかるく燃えて  ■解説 佐野眞一 舞台は、情報が全て超小型ラジオや大画面テレビによる画像や音声などの感覚的なものばかりの社会… そこでは本の所持が禁止されており、発見された場合はただちにファイアマン(焚書官)と呼ばれる機関が出動して焼却し、所有者は逮捕されることになっていた、、、 (表向きの)理由は、本によって有害な情報が善良な市民にもたらされ、社会の秩序と安寧が損なわれることを防ぐためだとされていた… 密告が奨励され、市民が相互監視する社会が形成され、表面上は穏やかな社会が築かれていた。 だがその結果、人々は思考力と記憶力を失い、わずか数年前のできごとさえ曖昧な形でしか覚えることができない愚民になっていた… そのファイアマンの一人である「ガイ・モンターグ」は、当初は模範的な隊員だったが、ある日「クラリス」という女性と知り合い、彼女との交友を通じて、それまでの自分の所業に疑問を感じ始めた、、、 「ガイ」は仕事の現場で拾った数々の本を読み始め、社会への疑問が高まっていく… そして、「ガイ」は追われる身となっていく……。 SNSや動画配信サービスにより過去の文化が破壊されつつある現代文明を予見していたような作品でしたね… これが70年近く前に描かれた作品なんですからねー 驚きです、、、 活字が、本が、スマホにより駆逐されつつある社会に警笛を鳴らす作品ですね… 現代文明に対する鋭い批評を秘めた名作でした。 以下、主な登場人物です。 「ガイ・モンターグ」  主人公。焚書の仕事をしているファイアマン(焚書官) 「クラリス・マックルラン」  モンターグ家の隣に引っ越してきた少女。17歳 「ミルドレッド」  モンターグの妻 「ビーティ」  モンターグの上司で署長。 「フェイバー」  元カレッジの英語教師の老教授 「老女」  本を隠し持っていたため、隣人の密告により処罰対象となる 「ストーンマン」  モンターグの同僚のファイアマン 「ブラック」  モンターグの同僚のファイアマン 「フェルプス夫人」  ミルドレッドの友人 「ボウルズ夫人」  ミルドレッドの友人

    0
    投稿日: 2023.08.02
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    本書は、一九七五年十一月に早川文庫NVから刊行された『華氏451度』に手をくわえ、新たに早川文庫SFとしたものです。

    0
    投稿日: 2023.02.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ALTER EGOのエスが勧めてくれたので読んでみた。 本が禁止され焚書される世界の話で、紙の発火温度がタイトルになっていることにセンスを感じて読み始めた。 正直物語は面白くない。描写が詩的で仰々しいため進むのが遅い。350ページ近くあるが短編小説でも消化できるほどの物語しかない。しかも最後は戦争がすべてリセットしてぶん投げエンド。 ただ問題提起は凄まじく正しい。現在の人々の殆どが直面している課題に直撃している。 受動的にダラダラとインプットされる情報、思考する暇のない絶え間ない情報とそれに対する中毒、人生において死ぬまでにすべきこととはなにか。 まさしく今私がどうにかすべきと思っていた課題であり、その解決策として本を読むことと記録を付けることが提案されている。 私はまずは読書を始め、簡単なアウトプットを行うこととする。

    0
    投稿日: 2023.01.11
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    モンターグがこの世界には愛がないことに気づいて、世の中から流れ込む情報に抵抗するために聖書の一節を心の中で唱え続けるシーンが本当に胸に響いた。 広告も時速100kmの運転も言葉ではない。愛ではない。 生きた人間が綴じ込められている本だけが、ただ真実を届けようとして生きている人間に語りかける。 生きた人間を焼き払う世界が、すでにやってきている。 買ってから読了までに何年もかかったけど、この先も何度でも読み返すと思う。

    0
    投稿日: 2022.07.19
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    モンターグはFiremanだ。消防士ではない。本を“殺す”仕事だ。 本自体が禁制であり、見つけしだい(密告が多い)焼却する。 自分の仕事に疑問を持っていなかったが、ある少女と出会い言葉を交わしてから、考えはじめる。 ・人々は与えられたものを批判なく受けいれるようになっている。 〇今のリアルと重なるような所もあり、怖い。 〇主人公よりも、上司の叫びに揺さぶられる。実は本や知識をすごく愛しているから、引き裂かれるように仕事をしていたんだろうなあ。 〇新訳は雰囲気が違うのかな?ちょっと読んでみたい。

    5
    投稿日: 2021.10.07
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    本が禁制品となったディストピア的未来世界を描く超有名作。本を読んで考えることをせず与えられた情報だけで過ごすことに対する警鐘が散りばめられている訳ですが、文章のリズムや勢いが良いから説教臭くはない。英語読めないけどたぶんこれは英語版読んだ方が楽しめるんだろうな。本を燃やす役人だった主人公がふとしたきっかけで本を読むようになり…、という大筋がわりとポンポンと進んでいくためか主人公の思考や態度に疑問を感じる感想も見かけたけど、思考する習慣を取り上げられて育った人の思考回路に違和感ない方が無理あるのではと思う。次は『火星年代記』も読みたい。

    1
    投稿日: 2021.07.25
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    「世の中に本がなくても困らない」「本を読まなくても平気」な人がいる(このサイトにはいないだろうけど)。そういう人だって情報はないと困るし、ネットニュースやSNSやTVなどで収集しているだろう。この小説で書かれる「書物」と「TV」は情報を得る媒体として何が違うのだろうか? 一つは読書という行為は受け身の人には敷居が高いということにあるのかも。ネットやTVは受け身でも何とかなるが、読書は受け手が何らかの「問い」を持たない限り、行為が発動しないという不親切さがあるのだと思う。この作品で燃やされる書物は、人間の「問い」の直喩であり、その背景にある「知性」のことだと締めくくられている。読む前はもっとシニカルでアイロニカルな文明批評なのかと思いきや、かなり作者の危機感や怒りが率直に感じられて意外だった。ちなみにこの作品で人間を無思考状態に陥らす「壁テレビ」は、従来のテレビではまだ生ぬるかったが、ほぼほぼ今のスマホで代替可能になった。スマホはTVと違って10時間を超える利用も可能。「考えるための余暇」も確実に奪い得るのだから。

    1
    投稿日: 2021.07.04
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    昔のSF小説を読むと、人間社会の行く末を的確に予見した知性の働きに驚く。 本が禁止された世界で、焚書官モンターグの仕事は、本を焼き払うこと。人々は本を読み、物事の本質を捉えることをやめてしまい、物事を考えるいとまを持つこともなく、「幸せ」に暮らしている。 しかし、その世界には戦争が迫っている。テレビやラジオは戦争のことを語らず、のんきな人々は「戦争は誰か他の人が死ぬもの」と思い込んでいる。 実は、この世界では、初めに焚書官がいたのではなく、初めには本を読まなくなった人々がいた。 それから、本を忌み嫌う政権が生まれ、人々が惑わされないようにと本を選び禁止していった。 これは2000年代からの日本の話でしょうか。 本を読まなくなった人々。知性を忌み嫌う政権。 互いを監視し合う自粛警察。溢れる音楽と動画配信。暇や空白の時間を無くし、汲々と効率の良い生活を求め。私たちはせっせとディストピアを自らの手で建設しているように思えてなりません。

    1
    投稿日: 2021.06.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「ご存知かな?書物はすべて、ナツメグのように、異国から招来される香料のにおいがします。わしは子供のとき、書籍のにおいを嗅ぐのが大好きだった....」(p.165) ※この一文、自分がナツメグ好きなこともあって、ドンピシャに刺さった。 ディストピア小説で名高いだけあって、文句なしに面白かった!唯々諾々と受動的に生きてきた主人公が、ある少女との何気ない出会いで認識が一変し、自分の正気を保つために行動し...という話。自分が正気=世界が正気ではない、世界が正気=自分は狂気、という0か100かというとんでもない緊張を突きつけられ、人と出会い、一歩を踏み出していく、希望はあるエンディングだった。自分はちっぽけであることを忘れず(「書物のほこりよけのカバーみたいなもの、それ以上、何の意味ももってはおらん」p.307)、自分の中にある疑問や正義を問い続け、他者と協力していくこと、ディストピアに至らないようにというブラッドベリから警句だろうか。 我々の社会に欠けている、(書物はきっかけとなる)本質、閑暇、正しい行動、と言われた時に、今この私がいる社会は既にこの焚書の社会の一形態に突入しているというのが突きつけられる。とすれば、先程の0か100か問題も自分に向かってくるのである...

    1
    投稿日: 2020.12.27
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    読めば読むほどモンターグにドン引きしてしまう…こんな、犯罪に手を染めて友人たちの前で狂気的な振る舞いをする旦那なんて通報して当然でしょ… 慎重さなんてまるでないし、何なんだろうこの人 最後100ページくらいは流し読みでした。 最近の訳で読んだらまた違ったのかな。あとがきにも少々反感を覚えます。本を読まない=人類の思考停止というその考え方おこがましくないですか?

    0
    投稿日: 2020.10.19
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    素直に面白かった。物事を考えるのに必要な知識と閑暇(ヒマ)を人間に与えるのは本ではなく、自分以外の人間である他者との関係性なのだろう。

    0
    投稿日: 2020.06.20
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    1953年に書かれたSF小説。 今読んでも違和感がない、むしろいつの時代にも、形が違えども近未来の危機感を提言した鋭い作品。 私の日常から本が無くなるなんて考えられない。 まさに、コロナ禍で図書館も閉館、ネットの本もなかなか手が入らない環境の中での読了。この状況下では、リアリティが増し、より深く考えさせられた。 そして、これも息子の本棚からチョイス。 通常なら選択しない本を読んだ新たな発見。 本の力をさらに認識した、この時期に出会えたことに運命すら感じる。

    1
    投稿日: 2020.05.31
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    本を読むことを禁じられた近未来の世界。本を燃やすのが仕事の主人公が小型ラジオ、大型テレビによって深く考えることをしない市民を飼い慣らす社会に疑問を持ち始める。近未来といいつつもう現代社会に起こっていることだと思う。

    0
    投稿日: 2020.05.23
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    久しぶりのレイブラッドベリ。しかも長編。 叙情的な文体はそのままだが、展開が明瞭で読み易かった。 本が手離せない私としては“焚書”は本を読む意味を改めて教えてくれるテーマだった。(ただ楽しい、だけでも充分なのだけど!) 作中で語られる本を読む意味は次の3つ。 ①知の核心、ものの本質をつかむこと。 ②それを消化するだけの閑暇をもつこと。 ③両者の相互作用から学びとったものに基礎をおいて、正しい行動に出ること。 特に②は、遅読の私には有難かった。正確には、読後でなく読みながらあれこれ考えるので、人よりかなり時間がかかる。速読法とかノウハウ本も出ているが、時間節約しても、 ②の時間は必要ということ。納得。 そして、直接的、刺激的、享楽的なメディア(この当時だとテレビ、近未来に派生した四方壁面立体テレビ←発想が面白い。ホログラムとかじゃないのね)に対するレイブラッドベリの嫌悪感が描かれている。大戦後10年経ってない頃に書かれてるので、致し方無いとは思う。 とはいえ、ナマケモノ(動物)には生きる価値無しとか、軍事兵器の威力を信じられなかった島国の蛮人(文脈的に日本かと、、)とか、少々ヒステリックにも思える箇所もあった。 モンターグの心理描写も心に刺さる。 クラリスとの出会い、ミリーへの想い(純粋な愛情で始まったはずなのに、関心が無くなったことを自覚した驚愕)、署長ビーティ(皮肉にも誰よりも読書家、博識)が死にたがっていたことに気付かされた場面。 人は死んでしまっても相手の記憶に留まる行為をしていれば良い、何か思い出せるものが遺れば良いのだと、グレンジャーの祖父の話。 おまえはあの街に何を与えたのだ?モンターグ。灰だ。 キツイなぁ。本は何となく選んでいて自分が今直面していることと符合することが良くある。今の私にとってはここが一番キツかった。 モンターグにとって、クラリスはまさにそういう存在だったな。 物語の最後は、本質を見ぬままに惰性で生き、そんな虚しいものを守るための残虐な体制が、たったの数秒で消失してしまう。なんとも残酷。 タイトル、華氏451度の意味は今後考え続けていける深いテーマ。そう、まさにこの本で語られてる本の役割をきちんと果たしている。解釈は色々あるのだろうけど、私は、自分自身、内面から輝かせられる灯りがあれば、いつか時機を得て、今の局面を燃やして再生できる、打開することができるとポジティブに考えた。 他にも一言一言刺さる言葉、金言とも言える箇所が沢山あった。図書館に返すのが惜しくなってきたので購入しようと思う。 最後、あとがきのフレーズも良かったので記録しておく。 、、、読書とは、無数の星のなかから好きな星を選び取って自分だけの星座をつくる行為に似ている。

    3
    投稿日: 2019.07.28
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    集中力がいる作品だが、今年一ワクワクして面白かった。 思想の統一 が焚書という非現実的な設定でまとめられているが、遠い未来こうしたことが起こらなくもないかもと思えた。 ネットで情報が拡散される今の世の中を舞台とした物語も読んでみたい。 映画版も観ようと思う。

    0
    投稿日: 2019.07.18
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    本すきな人が読んだらどう感じるか。 読書会の課題本でよんだけど、延期になり参加叶わず。高橋げんいちろうさんのラジオでもとりあげられていた。 自分がいる世界を疑えってことなのかなぁ。 もう一回くらいよまないとね。

    0
    投稿日: 2019.03.20
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    クラリスが出なくなってからつまらなくなった 主人公と妻が二人の出会いを忘れているあたりで、壮大なミステリー要素が来るかと思いきや、そこは特に触れず(あとで回収するが。。)、本を読まなくなること、本がなくなることへ警鐘を鳴らすこと以上のものを感じ取れなかった

    0
    投稿日: 2019.03.08
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    焚書の世界の作品ということしか知らなかったので読んでみた。もうちょっと理論的な展開するのかと思ったら結構感覚的な展開だったのね。これが書かれた60年前と今との違いはやっぱりインターネットかねえ。

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    投稿日: 2019.03.07
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     随分昔の本だ。映画になったのは知ってた。  書物という考える手段を根こそぎ排除し、映像と音楽だけの享楽的な世界に住民を押し込めるというテーマ、1953年に既に現代社会を予見した本だと書かれた記事を読み、突如読んでみる気になったのだが・・・  ブラッド・ベリという作家とぼくは相性が悪いらしい。若い頃に読んだ「火星年代記」も、評判は高かったのだけれど、ぼくには訴えかけられるものが無かった。  高名な作家だし、一時期有名になった作品だからと、このトシにしては頑張って最後まで読んだのだけど、ぼくにとっては時間の無駄だった。  残念だけど、ブラッドベリを読めるぼくは達し得ていないのだろう。もうこの人の作品は二度と読まないだろうな。  

    0
    投稿日: 2018.11.04
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    全ての教育者は読むべし!!「本を読まないとバカになる」のは本当なんだな、と思わせる1冊。(3-5-2010)

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    投稿日: 2018.10.08
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    本が禁止となった世界で本を燃やす仕事をしている主人公が自らの仕事に疑問を抱き始める。 現代のスマートフォンのようなものに人々は夢中であり娯楽はあるが空虚なディストピア的世界観。

    0
    投稿日: 2018.08.09
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    本が禁じられた近未来の世界の話。 その世界では、本は焚書官によって焼かれるのです。 「焚書」なんて言葉は、 中国・秦の時代に行われた焚書坑儒を習ったとき以来に 目にしました。 解説によれば、 華氏451度は摂氏233度にあたり、 紙が自然発火する温度だそう。 ある意味、主人公ガイ・モンターグの中で 何かが自然発火することの暗喩のようにも読めたりしそうです。 主人公モンターグは焚書官であり、 本を焼く仕事をしているのですが、 ひょんなきっかけでそれまで見えていた世界がぐらつくんですね。 そして痛みを伴いながら、 個人のあたまのパラダイムがシフトしていく。 そして、あるとき、本を手にしたことで人生が変わっていきます。 本を禁じられた世界で生きている普通の人びとは、 スピード狂で、テレビ狂で、空虚な日常を送っています。 それまるで、この小説が書かれた50年以上前の時代から、 現代を風刺しているかのようでもあります。 本が無いという極端な設定にしたことで、 本があることのメリットがわかるようになっています。 また、本のメリットが意味すること、 たとえば、暇ってものが大事だよ、という問いかけがありました。 ここでの、「暇」は「退屈」とくっつかない「暇」のことです。 考える時間、感じる時間、 いやいや、ぼーっとする時間でもいいでしょう、 それはそれで創造性につながりますから。 そういった「暇」を、 現代の騒がしさやスピードが隅に追いやろうとしている。 そんな時代の相のスケッチのように読めました。 文章は、きっと地の文章が英語的すぎて 翻訳しにくい箇所があるのだと思いました。 ごつごつしていて、読みにくさもありますが、 勢いと、強いイメージに基づいて書かれていますから、 ぐいぐい引っ張っていく、言葉にする以前のパワーがあります。 聖書が引用されていたり、 いろいろな著述を残した偉人達の名前や引用があったりしました。 そういうところ、情報小説としての要素を満たしてもいるんですよね。 僕は書き方を学ぼうとしても読んでいますから、 そういうところ、なるほどなあ、力入れてるなあと感じました。

    0
    投稿日: 2018.02.22
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    1953年作品。本の中に50年前のV2ロケットの映画・・・という文章があるところを見ると、舞台はほぼ今の時代ということになる。 著者が想像した現在の姿は、海の貝と呼ばれるイヤホン型ラジオを常時耳にさし(ウォークマン?)、低俗なテレビに一日中見入り、若者は面白くないことがあるとスピードに酔いしれ(暴走族?)、無意味な殺人を行う。見事なほどの現在のカリカチュアである。 その世界を舞台に進められる話は、最初は面白い。しかし、後半になるにつれやや冗長で、時代の古さを感じさせる。また、SF詩人ブラッドベリ特有の文章が鼻についてくる。長篇ではなく、中篇レベルにすればもっと迫力が出るのにとおもえた

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    投稿日: 2017.11.16
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    中盤が読み取りづらかった。比喩が理解しにくかったのかな? 会話文の意味がわからなかったり……。勉強不足なのかな。 テーマや後半の展開は好きな種類。

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    投稿日: 2016.09.17
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    ブラッドベリの作品は短編を読んだことがあったが、苦手だと感じていた。 今作でも印象は変わらず。背表紙に”SFの抒情詩人”と書かれていたが、どうも感性が合わないみたい。 設定は面白いし、主人公とクラリスの会話はとても好きなんですが。

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    投稿日: 2016.07.10
  • 別の意味で紙の本が消滅しつつある未来が到来

    フランソワ・トリフォーにより映画化されましたが映画は駄作です。(笑) 映画でがっかりしないように。 ブラッドベリ氏が後年語っているように、この世界は旧ソ連をモデルにしてるようです。 紙の本はジョセフ・ムニヤーャニ氏の素晴らしいイラストがありますが、著作権の関係か載ってないのは残念。焚書を描いたS・Fを電子書籍で読むってのもまた皮肉なもんですね。

    0
    投稿日: 2016.04.27
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    米国のSF・幻想文学作家のレイ・ブラッドベリによる1953年発表の作品。 ジョージ・オーウェルの『1984年』などと並び、代表的なディストピア小説のひとつと言われる。ディストピア小説とは、SFなどで空想的な未来として、理想郷(=ユートピア)の正反対の社会(=ディストピア)を描いた小説で、その内容は政治的・社会的な様々な課題を背景としている場合が多い。 華氏451度とは、摂氏では233度にあたり、紙が自然発火する温度というが、本作品は本の所有や読書が禁じられた近未来の物語である。 主人公は「焚書官」として、人類の叡智の結晶である本を焼き尽くす仕事をしているが、その一方で人々は超小型ラジオや家の大型テレビで絶え間なく娯楽を提供されている。彼らが生きている社会では、ホイットマンもフォークナーも聖書も禁書とされ、人々は権力者の都合のいい刹那的な娯楽により飼いならされ、自ら考えることを自然に奪い取られている。 主人公は、その後、謎の少女クラリス、元大学教授フェイバーと知り合い、自分の仕事に疑問を持つようになり、書物の重要性に目覚めて、自分の上官を焼き殺して逃走する。そして、最後に、書物を自分の頭に焼き付けて未来へ伝承しようとしている老人の一団に出会う。 現代の世の中は(少なくとも日本は)、体制側の明示的な意図によって、個々人が自らの考える材料や機会を制限されることは殆どない。しかし、TVをつければ大多数のチャンネルでお笑い番組が流れ、ネットを見れば多くの人がアクセスしたサイトや、過去の自分のアクセス・購入履歴に基づいたサイトが自動的に表示される。。。体制側の焚書官がわざわざ書物を焼かなくても、自らが考えることを放棄するような状況を作り出しているのではあるまいか。。。 まさに現代において考えるべき、重いテーマを扱った作品である。 (2013年1月了)

    6
    投稿日: 2016.01.11
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    初ブラッドベリ。一体何日かけて読んだんだ?というくらい時間が掛かってしまった... 翻訳者が合わないみたいだ。前に本屋に行ったら新訳も出ていたがどうなんだろう?これを読んで感じたことは正に今の世界を言い表しているなと。国家は管理しやすいよう国民に知られたくないことは巧妙に隠したり、禁止にしたりしてくる。原発問題、特定秘密保護法や都青少年育成条例など・・いろいろ考えさせられる作品ではあった。

    0
    投稿日: 2016.01.02
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     この作品が六十年も前に書かれたことがまず驚き。  作品内で描かれている書物、テレビ、広告、ラジオ、選挙などと人間との関係性は、現代において全てフィクションとは言いきれないほどにリアリティーがある。娯楽の洪水に溺れて"考える"ことをやめてしまうのは簡単で楽だけど、本当にそれでいいのか。携帯やパソコンなしでは生活できない自分に、遠い昔から作者が問いかけてきたようだ。

    0
    投稿日: 2015.12.08
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    ぞっとした。 政府によって本の所持が禁止され、イヤホンから流される放送と壁一面のテレビと『家族』に夢中にさせられて、考える時間を奪われた人たち。 今、現実の世界で私たちは、自ら読書を避け、インターネットやスマートフォンの世界やゲームにのめり込み、自ら考える時間を放棄している。 ほんと怖いです。

    0
    投稿日: 2015.10.10
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    ベンジャミンフランクリンの名前が出てきたから、某国で本当にあった話かと思って、いろんな歴史資料調べてしまった。そもそも「焚書」って言葉が存在すること自体なまなましい。。

    0
    投稿日: 2015.08.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    華氏451度とは摂氏233度で紙が燃え始める温度。 この物語の主役は昇火士(ファイアマン)ガイ・モンターグ。彼の仕事は政府が禁止した書物を発見し次第焼きつくすこと。しかし、彼は風変わりな少女との出会いや、本とともに自爆してしまう老女を目撃することで、禁止された本の中には何があるのか興味を持ち始め、こっそり本を集めるようになり、ひいては社会のゆがみを認知するに至る。 焚書が公然と行われる世界、というとどんな強権的な政府があるのかと想像するが、この作品世界の興味深いところは、民衆が自ら本のない世界を選んだことになっている点だ。禁止された本の中には聖書すら含まれているのだが、人の心を思索へ向かわせるもの、目に映る世界の下にもうひとつ、想像力を駆使することでしかたどりつけない世界の存在を示唆するものは、精神的な不快感を与えるという理由で世の中からどんどん排除されていった。詩の朗読によって引き起こされる心のふるえさえも不快感に含まれるというのだ。 結果として残されたのはラジオやテレビによる、人畜無害なドラマ(モンターグによれば、何か言葉はしゃべっているが内容は何もない)や、これまた意味のない音と光の刺激だけ。心のふるえを引き起こすような類の本は見つかり次第すぐに焼却。 1953年に出版されたこの本が想定した「近未来」は焚書のエピソードさえのぞけば、現実のものになりつつある。実際、世の中から本を消そうと思ったら、あるいは目の付かない場所へ追いやろうとするのは難しいことではない。ただ読まなければいいのだ。誰にも読まれない本はすぐに消える。 本が消え去りつつある世界はどうにもおかしい、と気づいたモンターグは、行動に移る。本を隠し持っているとおぼしき老教授に連絡を取り、彼の手助けを得て逃亡し、逃亡先で出版を試みるところまで話は進む。しかし、モンターグはすでに危険人物として上司にマークされており、たちまち追われる身となる。彼は身一つでとにかく逃げた。警察犬ロボットの追跡をまぬがれるため、河(ミシシッピ川)にとびこみ、流れ着いた先で本を記憶する人々に拾われ、彼らと行動をともにするようになったが、その矢先、モンターグが脱出して来た町は戦争のために爆撃されてしまう。 火で本(文化)を焼く仕事をしていたモンターグが目覚めた結果、河(水)に救われ、彼が捨ててきた虚妄の町が戦火で焼き尽くされるところが非常に象徴的で味わい深い。

    0
    投稿日: 2015.08.03
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     本の所持が禁止された世界を舞台に、見つかった本を焼き払う”焚書官”の仕事をするモンターグの姿を描いたディストピアSF。  以前NHKの「クローズアップ現代」で読書について取り上げられているのを見ました。その番組の中の実験で普段読書をする学生としない学生でレポート課題に取り組む際どのような違いが見られるか、ということが実験されていたのですが、それがこの本の内容とシンクロしているような気がします。  モンターグはふとしたきっかけから衝動的に一冊の本を持ち帰り、その本を読み自分の仕事に疑問を持ち始め元大学教授のフェイバーに話を聞きにいきます。  フェイバーが語る書籍のない社会に欠けているもの。一つはものの本質をつかむ力。二つ目はその本質を消化する閑暇。そして三つ目が先の二つから学び取ったものを基礎において行動する力だそうです。  本が禁止された世界は、この小説の中ではこんな風に書かれています。  まず重要な役割を演じているのはテレビです。テレビは映像や音響の力で人間の想像力を縛ります。    また徹底したカットや編集、あらすじや概要だけを伝える省略化によって、視聴者にその番組の細かいところを想像させないようにし、また次の番組に移るという情報の意味を考えさせない工夫がされています。  また余暇はスポーツを徹底させて組織論を身体に覚えこませ、また身体を動かすことでふと物思いにふける時間を取らせないようにしています。    こんな世界だからこそ、人々は何も考えず与えられた情報をただ消費するだけになってしまい結果的に支配しやすくなるというわけです。  そして自分がNHKの番組とシンクロしていると感じたのはフェイバーが語る3つ目の理由。学び取ったものを基礎において行動する力です。  NHKの読書をする学生としない学生のレポート課題の取り組み方を調べる実験によって明らかになった違い。前者はネットで調べた後、本からさらに課題について知識を得、独自の観点を見つけそこから自分の意見を展開していったことに対し、 後者はネットで調べた多様なテーマをコピー貼り付けし、最終的にその多様なテーマを意見や考察に結びつけることなく簡単に数行で終わらせてしまう結果に終わったそうです。  こうしたところに学び取ったものを基礎において行動する力の限界が見えたように思いました。  ネットやSNSで簡略化された情報が次々と現れては消えていくようになった現代において、60年以上前に書かれたこの小説は今もなお警鐘を鳴らし続けているように思います。  警句的な意味でも名作ですが、ところどころに見られるブラッドベリらしい詩的なイメージや文章もさすが、と思いました。  そして徐々に本の重要性を知っていき、本を守るために命を懸けるモンターグの姿は本好きとして応援せずにいられなくなりました。そういう意味でとても共感しやすかったと思います。

    10
    投稿日: 2015.07.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    焚書官ガイ・モンターグは密告をうけて本を焼くことを仕事としていた。ある日、隣に住むクラリスという少女と話をする。そこで問いかけられる。「あんた、幸福なの?」と。それ以降、身の回りの出来事に違和感を感じ始める。テレビに夢中になる妻、本のために自殺する老女、現状を肯定し知性を批判する上司、そして戦争に向かいつつある世界。 老女のもとから本を一冊だけ持ちだしたモンターグは元大学教授フェイバーに会いに行く。フェイバーは過去、政府による焚書に至る経緯におもてだって反対しなかった。結果、現在の状況を激しく後悔していた。そこで、モンターグに協力し焚書係の力を削ぎ、ほんの印刷を始めることに協力することにした。しかし、モンターグは妻や知人に自分が本を持っていることを明かしてしまう。その結果、妻の密告をうけて同僚に本を焼かれてしまう。 自宅の焚書の現場で上司のビーティ署長を焼き殺し、逃亡したモンターグはフェイバーから聞いていた浮浪者グループのもとに向かう。彼らは元大学教授などで、政府の方針に逆らう人たちだった。その頃、遂に戦争が始まり街にいた人たちの多くは死んでしまう。そしてモンターグらのグループは自分の知識をこれからの社会に役立てようと乗り出していく。

    0
    投稿日: 2015.07.04
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    本を見つけたら焼く仕事をする焚書官のモンターグ。消防士の格好でホースから火を吹かせるのだ。不思議な少女との出会いから、本を焼く為に出動した先での老婆の自殺からモンターグは始めて自分や妻の事を考えるようになって… 無知を生産する世の中で、知識人は頭の中に本の内容を暗記するようになり、人々に伝えていく決意をするラスト。本は物事の本質を知る手段であり知的好奇心を満足させるものでもある。自分は無知だと気付く事が大事だ。

    0
    投稿日: 2015.06.15
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    華氏451度!摂氏だと233度!!あっつ!!! 冗談はさておき、焚書もビビるがそれ以上に部屋の3方向をスクリーンに覆われた部屋とか海の貝の方が数倍ビビった。「破壊の恐怖」より「無知の恐怖」。しかもこれ、認めたくないが現在進行形だろうし、現に今イヤホンを耳に突っ込んでPCに収められたお気に入りの音楽を聴きながらネサフしてる私はすでにブラッドベリ・ワールドの住人なのでは(強制終了)

    3
    投稿日: 2015.06.02
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    訳のおかげかも知れないけれど、まるで映像が目に浮かぶような描写の連続で、中盤から一気に読み切った感じでした。

    0
    投稿日: 2015.04.18
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    書籍を持つことが禁じられた世界。書籍の一切を焼き払う「焚書官」という仕事に就くモンバーグは、近所に越してきた不思議な少女クラリスと出会い、また書籍とともに命を落とす老婆の存在を目の当たりにし、本を忌むこの世界に疑問を持ち始める。 思考すること・物事に疑問を持つことの重要性、思考の時間を奪われることの恐怖と弊害、さらには人間らしさとは何かを問う作品だと思う。 耳にはめた超小型ラジオや大画面テレビから、引っ切り無しに流れてくる情報の海。書籍から知識や思想を学び感じ取ることを禁じられ、物思いにふける時間すら悪とされる。 徹底的に思考を管理された世界は、確かに人と衝突することなく一見平和かもしれない。けれど刹那的で自身の意志を持たない「生」は、はたして「生きている」と言えるのか。 モンバーグの声に耳を貸そうとせずこの世界の規則に則ろうとする妻ミルドレッド、本に精通し知識にも長けながら本を真っ向から全否定する上司ビーティ、裏で本を肯定し冷静にモンバーグの想いに添う元大学教授フェイバーなど、モンバーグはそれぞれの意見に耳を傾け、自身の考えと立場に悩んでいく。 ある禁忌を犯してしまったモンバーグに降りかかる災難は、先が読めず一気読み必須です。 インターネットやスマートフォンが急速に普及し、溢れんばかりの膨大な情報が簡単に手に入る昨今。流れるように頭を駆け抜けていく情報にひとつひとつ向き合い、深く掘り下げる人はそう多くないはず。電車や歩道でスマートフォンに釘付けになっている人々の姿は、大画面テレビに没頭する妻ミルドレッドと重なる。 SFは苦手と読むのを後回しにしていたが、さすが巨匠ブラッド・ベリ、その中身は普遍的です。この作品のぞっとする怖さは現代に通じます。 ~memo~ 第一に大切なのは、われわれの知識がものの本質をつかむこと。 第二には、それを消化するだけの閑暇をもつこと。 第三には、最初の両者の相互作用から学び取ったものに基礎をおいて、正しい行動に出ることである。

    14
    投稿日: 2015.04.13
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    本の所持が禁止された世の中で、後世に本の内容を伝えていくために人々がとった方法に感動。ちなみに華氏451度ってのは紙が燃え始める温度だそうです。

    1
    投稿日: 2015.01.06
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    (私個人としては)暮らしたくないディストピアノの話です。(本を読むのはもちろん、所有することも許されないので) ※レビュー作成中

    0
    投稿日: 2014.11.02
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    ずーっと読まなければと思っていた本。ようやく読みました。初めて刊行されたのが1953年というのだから、すさまじい。それでもまったく古く思えない。こういう未来を未だに予感させられてしまうのが、現在を生きる身としては悲しいけれど。100年先、1000年先にも残っていてほしい本。自分が図書館になれるとしたら、この本を選びたい。

    0
    投稿日: 2014.11.01
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    「火の色は愉しかった」 この冒頭の一文に惹かれ、一気に読みました。自分から何も考えずただ刺激的な快楽を受け取るだけの未来は、もう現在のことになっている。壁一面のテレビはスマートフォンに、テレビ中の「家族たち」はSNSの繋がりに姿を変えて。

    0
    投稿日: 2014.09.26
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    考えるためには時間と機会が必要で、その大きな契機を与える本を奪われることの恐ろしさを思い知らされた。考えること、感じることを放棄させられてしまった人たち。せざるを得なくなってしまった人たち。本質に触れずにいることは、なんと享楽的で、生きるのが楽なことか。悲しみを感じずにすむから。想像しなくてすむから。でもそれって幸福? 人それぞれ感じ方は違うのかもしれない。強すぎる感受性を恨んだことも度々ある。でも、それでもやっぱり私は、考えることと、自分の手で世界を味わう豊かさを失いたくない。 ものを考えるとき、言葉で人は考えるしかないのだという。ことばに触れるということは、良書に出会うということは、それだけでもう自分という人間を広げ、深めることになるのでしょう。

    3
    投稿日: 2014.08.31
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    このレビューはネタバレを含みます。

    本を読むのはもちろん、持っているだけでもダメ、本があるのが見つかったら全て焼かれてしまう、そんな世界を描いたディストピアもの。 ジョージオーウェルの「一九八四年」も同じような世界観だが、読者の掴み方はブラッドベリの方が上では、と思うぐらい一気に引き込まれる。 今のネット社会からすると、禁書の世界はあまり共感できる世界観ではないかもしれない、本好き以外は。 本を焼く側の主人公が本の素晴らしさを知り、追われる身になり、迷う、これにドキドキさせられながら、主人公に気持ちに入り込んでいく。 感情のなかったところに感情が芽生えていく様に心動かされたからだろう。 ただ少し残念だったのは、ラストの展開がグダグダだったなぁ。 もうちょっとスッキリしてれば。

    0
    投稿日: 2014.07.21
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    なんか小難しい本ばかり続いていたから、さらっと読めて、単純にまず、読書体験として楽しかった。 焚書が当たり前になった世界。 本がないことが当たり前の世界。 およそ40年前、書物に囲まれながら過ごしていたブラッドベリは、もし、将来、本というものがなくなったらということを思い描きながら、本書の舞台設定を考えたのだろう。 それでもやはり、本は大切なものだという想いは拭えなかった。むしろ、強まった。 読み終えて、ブラッドベリはそんなことを思いながら執筆していたのではないかと思った。 海外作家であることや時代性を考えれば、翻訳の不自然さや、文体のくどさ、リズムの悪さは許容できる。 そういう、部分を濾過して見えてくる世界観としては、なかなか面白かった。

    0
    投稿日: 2014.06.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    やっぱりSFは苦手 苦手を克服したいが 最初はSFであるという事も知らずに読み始めたので、何か我々の常識に合わない気がしてどういう事だろうと 最初からうすうす感じてはいたけど、後のほうで気付いた あ、SFなんだコレ、、、

    0
    投稿日: 2014.06.01
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    『華氏451度』が焚書にまつわる話であることはぼんやり知っていたが、読まないままだった。そこへこないだ、映画になった「華氏451」のDVDが紹介された記事がよかった、映画もよさそう!と友達がその新聞記事を切り抜いて送ってくれた。 映画もみてみたいし、原作もこの機会に読もうと思い、先にブラッドベリの原作を読んでみる。私が読んだのは2008年に新版になったハヤカワ文庫で、巻末に佐野眞一の「出版不況と『華氏451度』」という文章が入っている。 タイトルにもなっている華氏451度とは、日本でふつう使う摂氏になおすと233度、これは紙が自然発火する温度だという。 主人公のモンターグは焚書官、その仕事は禁じられた本を焼き払うこと。仕事帰りに出会った、隣へ越してきたという少女・クラリスに「あんたが燃やした本のうち、どれか読んだことがあって?」と尋ねられたモンターグは、「それはきみ、法律違反だよ」と答える。みんな焼いて灰にしてしまう、灰まで焼けというのが焚書官の職務規定だと説明する。 自分はだれに会っても徹底的に観察したくなる性分だというクラリスは、「きみはあんまり、ものを考えすぎるよ」とモンターグに言われながら、こんな話をする。この都会の郊外にある200フィートの長さがある広告板は、最初は20フィートしかなかったのだが、あんまり車がはやく走るので、10倍もの長さにしなければならなくなったのだと。 それほどのスピードのジェット・カーに乗っていると、草や花をゆっくり見ることがなくて、どんなものか知らないんじゃないかとクラリスは言う。自分の伯父は、公道で車をゆっくりと走らせて、それで刑務所へ2日間いれられたのだと言う。 おそらく、クラリスとは対極的な存在として描かれるのが、モンターグの妻・ミルドレッドだ。耳には《海の貝》という小型ラジオを十年にわたってつめ続けていて、読唇術に長けているという。そしてミルドレッドは、自宅の「テレビ室」を《家族》とさえ言うのだった。 クラリスと会ったせいか、モンターグは自分が焼いてほろぼしている本が気になり始める。署長のビーティからは、《なぜ》を知りたがったクラリスが死んだことを告げられ、あの娘のように変わった人間は滅多にあらわれないが、彼女のような者がいかに不幸かをこんこんと説明される。ビーティはこう続けた。 ▼おれたちの役所につとめるようになると、すくなくとも一度は、身内がうずくような思いにとらわれるものらしい。本というやつは、どんなことをいっているのか、それが知りたくなってくるんだな。その気持ちを満足させると、どういうことになるか? いいか、モンターグ。これは、おれの経験からしゃべっているんだから、信用してもらってまちがいないんだぜ。おれとしても、何冊か読んでみないではいられなかった。ところが、読んでみて、けっきょくそこには、これといって意味のあることはないのを知った。教えられることはなにもないんだ。(p.125) モンターグはすでに、20冊近い本を自宅に持ち帰って、しまいこんでいた。妻には、もう二度と焚書の仕事に手をつけないことに決めると告げた。本を読もうとするモンターグに、妻は「刑務所に入れられるわ」と言い、本を積み上げてみせると、悲鳴をあげ、本をつかんで台所の焼却炉へ走ろうとした。 やめてくれ!と妻に平手打ちを食わせて、モンターグは言う。「いまさら、これを焼くことはできない。ぼくはこの内容を知りたいんだ。すくなくとも、一回、目をとおさないでは、ぼくの心がゆるさない。それで、所長のことばに、まちがいがなかったことがわかれば、きみといっしょに、みんな焼いてしまう。うそはつかない。きっと、いっしょに焼く。それまで、だまってみてほしいのだ」(p.134) そして本を読みはじめたモンターグは、1年前、緑地公園で出会ったフェイバーを思い出して電話をかけた。フェイバーは、コートのポケットに詩集を隠した男で、自由教育の最後の牙城だったカレッジ(40年前に閉校)の元教授だった。 フェイバーを自宅に訪ね、ぬすんだ本を見せたとき、そのページをくりながら、フェイバーは語った。 ▼「モンターグ君、あんたのまえにおるのは、情けない卑怯者のひとりですよ。このような結果になるのを知りながら、わしは口をつぐんで、政府の方針に、ひとことも反対意見を述べなかった。自分に直接関係がないときだけ、あるいは弁護し、あるいはとうとうと攻撃する。そのくせ、自分に罪のかかるおそれのあるときは、口をつぐんでなにもいわない、卑怯なインテリのひとりなんです。ずっとむかしのことになるが、あのかんじんなときにさえ、わしはひとこともしゃべらなんだ。それで、いまではわし自身、罪の意識に責められておる始末。政府はけっきょく、書物を焚く方針を決定して、そのために、あんたがたのような吏員を使用することにした。わしも当初は何回か苦情をいいたててみはしたが、いっしょに抗議する仲間も出てこんので、泣きねいりをしてしまったというわけ。いまとなっては、どうしようもないことで…」(p.165) モンターグは、そんなフェイバーに相談したかったのだ。自分の言うことを聞いてもらえる相手がほしかった。ぼくたちがちっとも幸福になれずにいるのは、ぼくたちの手で焼き続けてきた書物がなくなったからではないか、この不満を補ってくれるのは書物ではないか、そんな疑問をモンターグは口にした。 フェイバーは、モンターグが求めているものは、書物そのものではなく、以前は書物のなかに存在した《あるもの》だろうと言う。書物とは「忘れ去ってしまうには惜しい事物を保存しておくための道具」(p.167)だと言い、たしかにわれわれの社会には三つのものが欠けているとモンターグに語りはじめた。 第一に大切なのは、われわれの知識が、ものの本質をつかむこと。書物はなぜ重要かといえば、そこにものの本質、《知の核心》が示されているからだ。第二には、それを考え、消化するだけの閑暇をもつこと。第三には、そうして学びとったものを基礎において、正しい行動に出ること。 フェイバーとモンターグは何冊か本を印刷してみようと決めた。焚書の組織を壊滅させるために、モンターグは任務に戻り、同僚の家に本を隠し、嫌疑のタネをまいて焼き払うという計画をたてた。だが、署に戻ったモンターグが出動した先は、自分の家だった。妻のミルドレッドが密告したのだ。 フェイバーにも手をかけようとするビーティを、モンターグは焼き殺し、逃走する。彼を仕留めようとする機械シェパードの追跡をかわすために、川にもぐり、鉄道線路跡をたどって、郊外の森へ向かう。 モンターグは、森で出会った人たちが、火に手をよせているのを見る。火は焼くのではなく、あたためているのだった。 ▼火が奪うだけでなく、あたえることもできるとは! 生まれてこのかた、一度だって考えたことのない経験だった。そのにおいまでが、ちがった世界のものに感じられた。(p.291) その人たちがポータブル受信機で見せてくれたテレビ画面では、モンターグ追跡が実況されていた。だが、当局はモンターグを見失い、機械シェパードとカメラはまったく別人の男にとびかかった。男の顔にカメラの焦点があてられることはなかった。捜索は終了、モンターグは死亡。漠然とした印象で、テレビ視聴者にあれはモンターグだと信じさせたのだ。 アナウンサーは「反社会的な凶悪犯罪は、このようにして、その報復を受けました」としゃべっている。テレビはまた、なにごともなかったかのようにコマーシャルの日常に戻る…。 森にいた人たちは、それぞれの頭のなかに、書物をしまいこんでいた。本そのものや写しのマイクロフィルムは、いつ見つかるかと危険が絶えないが、頭のなかなら誰だってのぞき込むことはできないし、怪しまれることもない。呼び止められて尋問されたとしても、とがめられるようなものは何一つ持っていないのだ。 戦争が終わったら、こうした記憶の書は多少なりと人の役に立つかも知れない、もちろん、世間の人たちは耳を貸さないかもしれないが、その場合は、耳を貸す気持ちが起きるまで待つだけだ、とグレンジャー老人は言った。 ▼「わしたちはわしたちの子孫に、《書物》を伝えるいわゆる口伝だよ。そして、こんどはその子孫に待機させる。ほかの人間どもが耳を貸すようになるまでな。順送りというわけだ。  むろんこういう方法では、途中で消えてなくなる《書物》も、たくさんできるにちがいない。しかし、世間の連中に、むりやり耳をかたむけさせるのも、強引すぎる相談だろう。むこうからして、訪ねてくるようでなくてはならんのだ。いったい、なにがあったのだろう? なぜ、この世界は、自分たちの足もとで、爆発してしまったのだろう? そういった疑問が生じて、はじめて話が通じるのだ。しかし、かならずそうなるときがくるはずだよ」(pp.306-307) 本を記憶によってもつ、というのは、家族への思いをつのらせながら、シベリア抑留中に亡くなった山本幡男さんの遺書を、仲間たちが記憶によって遺族に伝えた『収容所から来た遺書』を思わせる。文字を書き残すことはスパイ行為と見なされ、収容所を出るときには字の書かれたものはすべて没収された中で、仲間たちは分担した遺書を懸命に暗記し、それぞれが後に山本の遺族へと届けたのだった。 書物が焼くべきものとされる時代は、ずっと昔のことや、どこかヨソの国のことではなくて、もうそのただ中に自分たちはいるのではないかと、モンターグが暮らす社会の実情を読んでいて思った。映画もそのうち見てみたいと思う。 (5/18了)

    0
    投稿日: 2014.05.31
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    イヤホンで音楽聴きながら読んでいたが、自分の今の姿を見透かされているかと思った。ただただ入ってくる情報を受け取るだけの世界に、今、なりつつあるのかもしれない。 ただ、読んでいるとなんの前置きもなく比喩表現が出てきて、何度か悪酔いしてしまった。

    0
    投稿日: 2014.05.27
  • 歴史と文化の燃え尽きる温度

    華氏451度 (摂氏 約220度) ...  それは、紙が引火して燃え出す温度... 「焚書」 を軸に 国家による思想制限・コントロール政策の中で それに従事する人間 順応 (?!) する人間 狩られる人間 そして、立ち向かう人間 と 生き残る人間 を 描いた作品です。 スリル、サスペンス、逃亡劇、悲劇と皮肉、... 読者を惹きつける様々な要素とともに 迫り来る危機感への警鐘が強く感じられ SF の形をとった、現代社会派小説のような気もしてきます。 本書巻末には、福島正実 氏 による 充実した 「ブラッドベリ・ノート」 が付いており 原書のある版に掲載されていた、著者自身による 「あとがき」 について触れています。

    3
    投稿日: 2014.04.30
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    横浜トリエンナーレ2014 華氏451度の世界; 世界の中心には忘却の海がある テーマの元となった作品。 読んで益々ヨコトリが楽しみになりました。

    0
    投稿日: 2014.04.27
  • 序盤だけ・・・

    序盤だけ面白いです。世界設定もユニークで、メッセージ性が強く出ています。 けど、途中からはやたらと説教臭くなるだけで、物語性もあまりなし。そして、主人公が持って逃げる書籍が聖書なのが気に食わない。 やっぱりブラッドベリは、3大SF作家に入れないわけだと納得。同じ系等のSF作家ならフレデリック・ブラウンのほうが、好きだ。

    1
    投稿日: 2014.04.04
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    このレビューはネタバレを含みます。

    刹那的な快楽にただ溺れているというよりは、思考や感情に蓋をし、押しつぶす世界という印象でした。 また、選択と情報で溢れている現代とも重なります。 署長は、あらゆる本から言葉・思想を引用し背反させることで、答えなき帰結から無意味との結論を提示しますが、そのことがあの最期を望むことになると自分で知っていたのではないかとか、 その他、クラリスやマシーンに追われる描写など喩えと読み取れる箇所がかなり多くてきりがないのですが、 文字だけとってテレビのように楽しむよりも、いろいろ考える楽しさを教えてくれる本です。 私が署長なら真っ先に焼きます。

    1
    投稿日: 2014.02.20
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    本の所持を禁止され、人々はラジオとテレビからの刹那的な娯楽に溺れ、思考を放棄するように操作されてしまっているそんな世界。 主人公は本を燃やすのが仕事の焚書官。 それがとある少女との出会いにより職務に、この世界に、疑問を抱くようになる。 60年前の作品だけど現代社会を示唆しているような内容に驚かされた。 ただ、文章が詩的というかかなり個性的なので少々読み辛かった。

    1
    投稿日: 2014.02.03
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    「およそこの世界に、炎ほどうつくしいものはないだろうな。いくつになろうがおなじことで、子供のころと同様、惹きつけられずにはいられない。」

    0
    投稿日: 2014.01.12
  • 平穏無事が幸福の要領

    評判通りの傑作。 本を燃やす自分の仕事に疑問を懐きはじめる主人公、モンターグに上司は「平穏無事が幸福の要領」だと告げる。 真実を知ることは不幸か。モンターグは「本」を取り上げられた世界から抜け出していく。

    1
    投稿日: 2014.01.02
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    (レビュー・感想というよりは買うに至った経緯) 講義中に紹介されて知る。その2年後にようやく読もうと思い購入。そして今にいたる。 レビューで散々言われている"現代への警鐘"というのは間違いではない。もう少しこの作品を読み込んでみるのも面白そうだと思った。分かりづらい表現もあったので原文も読んでみたらより理解がますのではないかなと。 何より"暗喩""象徴"が沢山出てくるので、個人的にはとても感動しながらその一つ一つの表現を読み解いていった。 時代背景や作者自身のことを何も知らないで読んでいるので、そういうのを調べてからもう一度読んだら、きっとまた感動するであろう作品。

    0
    投稿日: 2013.12.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    書物の所有を禁じられた時代。 焚書官(ファイアマン)として働くガイ・モンターグが主人公。ある日隣家に引っ越してきた17歳の少女クラリスに出会い、その奔放な性格に惹かれる。出動した家屋で、書物とともに女を焼くことになってしまい、混乱するモンターグ。そしてクラリスがいなくなる。 これを機に、モンターグは焚書という仕事に少しずつ懐疑的になっていく。 出勤しないモンターグを見舞いに来た焚書署長のビーティが、文化の衰退と焚書官誕生の歴史を物語る。書物を封じることが人々から考える力を奪っていく社会。まさに現代に通じる部分があり、空恐ろしい感すらある。

    0
    投稿日: 2013.12.21
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    何のために本を読むのか。なぜ本を読まずにはいられないのか。何かを自分で考えたい、確かめたいからなのではないのか。 ちょうどこれを読んでるときに、ルソーの言葉に「子どもを不幸にするいちばん確実な方法はなにか、それをあなたは知っているだろうか。それはいつでもなんでも手に入れられるようにしてやることだ。」というのがあることを知った。これって、一見思い通りにしてあげるふうを装って思考を奪い、コントロールしてることになるんだろうと読んだ。 『華氏451度』の読書中は、「自分は本のどこに魅力を感じてるのか」をずっと考えさせられた時間だった。 完璧な余談だが、私はほとんどの登場人物が好きになれなかった。それでも読みきれたのはアイデアの素晴らしさのおかげだったな〜。

    0
    投稿日: 2013.12.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

     西尾維新『恋物語』の新聞全面広告から。『ひたぎサラマンダー』の「サラマンダー」のわけも読んでみて分かった。しかしガハラさんの言う通りこれをボーイミーツガールとは読めない。クラリスは凄く好きになっただけに出番が序盤だけだったのが残念。  焚書について扱った小説。『1984年』、『沈黙の春』とかと同じ系統になるのか。1950年代から見た未来で現在だと違和感があるところも。管理体制が甘さが現代からみると考えにくい。車の延長線上の高速マシンはあるが、監視カメラがまったくない。携帯のような端末もなくラジオがポータブル化したものがあるだけ。これは作者の予想が間違っていることを指摘するものではなく現実における社会の変化の激しさに驚くもの。今から50年後の未来も想像とは全然違ったものになっているだろうし。  舞台となっている場所が地理的にアメリカなのは分かるが政府の存在が薄い。また戦争をしている相手もよくわからない、解説では内戦と書かれていたが詳しい説明は無かった。西暦にすると何年になるのかも分からない。  焚書の対象がほぼすべての本というのも謎。特定の思想や民族に関する本だけというのなら歴史上あったことがだ無差別に全てが禁止ということはあり得るだろうか。学校は映像教育のようで本を書くことも禁止。そうなると高い文化レベルを維持しているのがなぜかという疑問が出てくる。  実体のない映像を写し人々を骨抜きにする作中の「テレビ」は現代のテレビやゲームに当てはまるところがある。それを見ているときは楽しいが裏返すと考える時間を奪われ現状に満足してしまう。本を読む大切さは現代においてますます増していると思う。  最後に、文の中に現実と夢の区別が付きにくかったりして読みにくい個所があった。また訳が変にひらがなが多いのも気になった。

    0
    投稿日: 2013.12.02
  • 科学の進歩は人を幸福にするか?

     現代文明がもつ矛盾点やおかしな点に気付かせてくれた作品です。現代文明に囚われ、大事な何かを無くしているモンターグの妻、ミルドレッド。そして主人公モンターグを変えていく人物たち。当初本を燃やすことに疑念を持たない主人公でしたが、話が進んでいくうちに疑問を感じるようになります。そして本を守る側へと転じていき・・・・。  一つのエンターテイメントの作品としても十分楽しめる作品です。しかしこの本から得られるものは、必ずしも楽しいひと時だけでは、ありません。色々なことに気付かせてくれます。決して難しい小説ではありません。深い小説を読みたい方は、是非読んでみてください。

    3
    投稿日: 2013.11.14
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    このレビューはネタバレを含みます。

    SF小説なのにノンフィクションを読んでいるみたいだった。 本を読むことも書くことも禁止された世界の行き着く果ては、想像力の欠如した世界だということに危機感を覚えた。 解説で「出版大不況時代に陥った現代の読者達にこそ読んで欲しい小説である」と書かれていたが、確かにそう思う。でも、読書が好きな人たちよりも普段あまり本を読まない人たちにこそ読んで欲しい小説。 ラストで、主人公のモンターグが新たなブックマンとして生きていくことを自分自身で考え選び抜いたことがこの本の唯一の救いだと思った。

    0
    投稿日: 2013.11.05
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    「結局のところ、世界は人が望んだとおりの姿になるんだよ」 彼はコーヒーカップを二つ、テーブルの上に並べながら言う。 「何を奪われても、失っても、それは、皆が望んだことなんだ」 葉月は、手元の本から顔を上げ、彼を見た。 静かに笑っていた。 穏やかに晴れた夜だった。 家のすぐ外は海岸で、波音が低く響いていた。 これも夏の名残か、花火でもやっているらしい若者たちの声が、遠くどこかから聞こえていた。 「例えばこの本のように、書物を持つことも、読むことも禁じられた世界であっても?」 葉月は、出されたコーヒーに手を延ばしながら、上目遣いに問うた。 「そう」 彼は、頷く。 「フェイバーが中盤で語っているだろう? 思考する人間はいらない、と。人と違った人間はいらないんだ。自分と違ったものを持っている人間がいれば、自分に欠けたものを自覚することになる。それは不幸だ。誰もが幸福になるためには―――皆が、同じでなければならない」 「不幸の元は、絶ってしまえ、と」 「そうだよ。みんなが同じように笑い、同じように幸福であるためには、他人と違うことを考える人間を締め出してしまうしかない。法律で規制し、犯罪者に仕立て上げればいい。理由はいくらでもでっち上げられる。そういう例を、俺たちはいくらでも知っている」 彼の口調は、分かりきったことを確認しているようだった。 葉月は、頷く。 「……そういうの、ありましたねえ」 その言葉には、いくらかの呆れと、ある種の諦めが混じっていた。 彼は、苦笑した。 「本を読むということは、そこに物語を求めることだよね。そこに何かを見いだし、それについて考え、そして何かを紡ぎだそうというプロセスだ。つまりは―――孤独になるということだよ。本というのは表現の一形態だけれど、表現とは元来孤独なものだ。だからこそ、つまり他人とは違うものがそこにあるからこそ、表現する意味がある。あるいは、表現したいと切望するんだね」 そこまで聞いて、葉月はふと気付いた。 「この本に描かれている『本が禁じられた世界』というのは、一種の比喩ですか」 それについて、彼は少し考え、そして答えた。 「そうかもしれない。うん、そうだね。……これは『表現を禁じられた世界』だ。そしてそれは、人が互いに妬み合い、奪い合った末に生まれた『幸せ』だ。でも、―――」 続く言葉を、飲み込んだ。 窓の外に、ふと目をやった。 波の音が、聞こえている。 「思想や表現が制限された世界を描いた小説は他にもありますが……」 葉月は言う。 「そうなった責任は人間ひとりひとりにあると示したことが、この小説の凄さのような気がします」 うん、と。 窓の外を見つめたまま、彼は静かに頷いた。 「ブラッドベリの小説は、優しいよね。こんな世界感の中にあっても、ちゃんと人の一番柔らかい部分に触れてくる。こんな静かな夜に、一人で読みたくなるような小説だね」 花火は終わったらしく、遠い喧噪も聞こえなくなっていた。 気付けば夜も更けている。 二人はそれ以上、何も喋らなかった。 -------------------- 2016/4/6、夜。 「人が書物になるって、どういう気持ちでしょう」 葉月は、もうずいぶん前に読了した本を手に取り、ふと、そんなことを言った。 「書物がすっかり消し去られた世界で、書物が人の姿をして生き続けているっていうのは、なんだか素敵じゃないですか」 蛹は手元の本から顔を上げ、少し考えるように天井を仰いだ。 「書物が、生命と意識と表情を持った、と。確かに、そういう見方もできるね」 その書物は、ちゃんと孤独だろうか、と。 蛹は、静かに呟いた。

    2
    投稿日: 2013.11.03
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    2013年10月27日に開催された第10回ビブリオバトルinいこまで発表された本です。 テーマは「図書館員おすすめの本」

    0
    投稿日: 2013.10.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ディストピアもので、印象としては1984年に非常に近い物を感じたが、あちらよりも文化的側面に焦点を当てることで人間の内面を抉り出すかのような作品で、またオーウェルが人間をありのままの姿に描き、現実に即した生々しいディストピアを描いていたのに比べて、人間の歪みを拡大し、誇張し、それでいて強い説得力をもってグロテスクに描いている手腕には感嘆させられた。どちらかと言うとこちらの描き方の方が好みである。 描き方という事に関して、モンターグが追跡を振り切り、川を目指して走るシーンの躍動感は驚嘆に値する物で、非常に面白かった。 比喩表現やギミックも豊富で、楽しませながら、感じ入らせながら、尚且つ明確な問題提起によって考えさせるという、多様な面をもって読ませる作品だったと思う。 モンターグが悩み、葛藤する善良な知の求道者の象徴だとすると、ミルドレッドは愚かな民衆であり、ビーティーは民衆を煽動し、知を追放する事で権力を保持する指導者であった。そして民衆と指導者は文化喪失の両輪であり、決してその片方が文化を進んで破壊し、捨て去るのではないという事も、改めて考えさせられた。焚書とは、政府による民衆への弾圧であると同時に、民衆自身の手で行われる側面は捨象されてはならない。 ミルドレッドとその友人の妻達。非常にグロテスクに、民衆と言う物を代表する存在として明確に描かれていたが、正に彼女らの体現する姿は一種の幸福のあり方であった。グロテスクとは言えても、歪んでいるとは断言できないような、一種の正当性がある。少なくとも、幸福というものが人間の心理の内部にしか存在し得ない以上、知を捨て、思考を回避するということには一種の幸福探求の真理が潜んでいる。 ブラッドベリがテレビと言う存在をあのように描いていたのは、遥かな昔の作品でありながら驚嘆するほどの先見の明があると感じた。人間はエンターテイメントの徹底的な単純化と、没入可能性の拡張によって、徹底的な無視と受容の境地を無意識に探求している。1950年代の作品でありながら、全くそうだとは思えないほど的確に、現代の人間が陥っている知的な袋小路を見事に言い当てている。あとがきにも書かれていたが、この作品内で語られる焚書の論理の根底には3S政策の概念を感じた。それが成功したと思われる日本の現状が、ブラッドベリの描いたディストピアの、グロテスクな大衆の姿とピタリと重なるというのは、ある意味では妥当でありながら、それほど性格に、人間の本質を見抜いていた彼の類稀なる洞察力には脱帽である。 この作品では政府が人間から『思考する時間』を奪い去る事により、民衆の愚劣化と幸福の実現を達成した。それに大きく働きかけたのはテクノロジーの進歩であった。テクノロジーの大きな側面の一つが、人間が内面に持っていた機能や能力を、一つ一つ外在化することにより、内部を構成していたものを一つ一つ取り去ってしまうという物である。便利になる、手間がかからなくなるという事は同時に、空虚になることも意味する。技術の習得、こだわりの追及。それらは時間の節約と言う利益と果たして等価交換できるものであったのか?それが提供してくれる幸福は確かに存在しているが、その幸福に終始してしまって良いのか?その問題提起が妻達のグロテスクさだったのだと感じた。 本書は最終的に、人間の『遺す事の出来る力』『遺物の中から蘇る力』を示唆し、知の復活の兆しを提示するところで幕を閉じる。知識とは、能動的に社会へと働きかける物ではなく、有事の際に民衆から必要とされるまで、例えそれが意味があるかどうかは明確でなくとも、確実に保存され発展させられるべき物である。そして個人個人の存在は、大きな知の体系の一部でしかない。それが作者のスタンスだったと思う。 近年においては特に、民衆の間における知の歪んだ様相が遂に臨界点を迎えようとしているように感じる。この時代の独特の閉塞感は、決して経済的な不遇だとか災害の爪あとだとか、そのような事だけでは説明しきれない。逃避に逃避を重ね、単純化と効率化という限りある方向に迷い込んだ我々は、遂に行き止まりまで辿り着いてしまったかのように見える。大きな物語が成立しなくなってしまったのは、何も社会的政治的歴史的側面だけではなく、文化的側面についても同じなのかもしれない。 そのような時代だからこそ、この作品のような書物を通して、現代のような袋小路に陥る以前に、それに警鐘を鳴らしていた卓越した作品を通して、もう一度真摯に現状と向き合うべきではないかと思う。

    3
    投稿日: 2013.10.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

     人生初ブラッドベリ。  内容はだいたい想像したとおりだったが、どこだったか、署長のセリフで、人は本を少々読んだだけですっかり何もかも知ってしまったかのように思い込んでしまいがちだ……というような内容があった気がする(相変わらずうろ覚え)。  うろ覚えなのになんだけど、戒めとせねば。  やっぱりテレビだけじゃ駄目なんやねぇ。 原題:FAHRENHEIT 451

    0
    投稿日: 2013.10.04
  • 名作は何十年経っても色あせない

    主人公モンターグは、書物を隠し持つ家に出動しては焼き尽くすことを生業にしているファイアーマン。彼と出会った少女クラリスは、ファイアーマンというのは本来放火するのではなく、消火する職業だったのだと言う。 自分の仕事に疑問を持つようになった彼は、燃え盛る炎の中からこっそり本を持ち帰り、読書に没頭するようになる。 良書は何十年を経ても人々の記憶から消えることはない。 この本が今は電子書籍でも読めることに感謝しつつ、モンターグが守ろうとしたものが未来へと受け継がれていくことを願う。

    4
    投稿日: 2013.09.24
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    久しぶりのハヤカワSF。 書籍の所持が罪となるディストピア。この世界観にもの凄く惹かれ、ずっと読みたかった一冊。 書籍の存在を忌み、それを処理する焚書官のいる世界。なぜ、書籍の存在を忌み嫌うのか。それは、歴史上の権力者たちが形を変えて行なってきた、民衆への思想統制と重なる。ものごとを考え、世界を疑い、答えを追求する人々。品格も誇りもない、支配する側の弱さ。 なにかがおかしい世界。その中で、自分の大切なものをどこまで誇れるか。 「あなたたちに、わたしの本はわたせない」

    0
    投稿日: 2013.09.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    活字で書かれた書物が迫害され、人々はラジオやテレビに漫画本などの娯楽を享受し、思考することを奪われた世界。1953年に書かれたディストピア小説とは思えない作品。 もしもこんな世界に居たら、モンターグと同じように逃げ出すかもしれない……逃げ切れずに機械シェパードに殺されるかな。 内容はとても良かったが、時々詩のように書かれた部分が個人的に少しとっつきにくく感じたので星一つマイナス。

    0
    投稿日: 2013.09.16
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    本書の舞台は近未来。 人々は書物を生活から遠ざけ、テレビからの情報のみを受け取り生活している。 読みながら、これって今の普通の生活と変わんなくないか?って思えてくる。テレビから入ってくる情報を鵜呑みにして、自分で考える力、真実を探る力、情報を疑う力をもてなくなってしまう。テレビがこう言っていたから、あのタレントがこう言っていたから… 最近のエンタテイメント色が強い民放のニュース番組を見ていると、どうしても出演者たちの主観や番組ごとの毛色が強く反映され、プレーンな情報を受け取るのが難しくなってしまう。 これってもう、軽く情報操作されて受け取る側に考える余地を失わせているのではないかなと。主人公モンターグの妻やその友人に自分自身が映って見えてくる。テレビを消せと言われて素直に従わない姿なんて、誰だって経験のあることではないかなと。 また、主人公の上司は読書が禁止された世の中であるにもかかわらず、非常にたくさんの読書をしている節を見せる。しかし、その上司が見せる結論は、読書はやはりNGだというもの。たくさんの読書経験を持ちながら、それらを忌み嫌い反発する。身も心も完全に読書は禁止されたものという考えが染み付き、そこから得られるものを頭から否定して反発し、周囲にも読書とは空虚で無意味なものであるという考えを強調する。 これは、理想的に洗脳された市民の姿ではないかなと。考える力を失うのではなく、洗脳者の力を増大させる力を持った人物。誤った思想を強い説得力を持って訴えられれば、その思想も疑いようのない真実に見えてくる。こういった姿を持った社会では、こういう人こそ真に恐ろしい人物なのではないかなと思えてくる。 自分は大丈夫、洗脳なんてされるわけないし、しっかりした価値観を持ってるよ!なんて、それこそ本当に危うい状態。そんなことを改めて気付かされる小説。

    0
    投稿日: 2013.09.04
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     この作品は本をテーマにしたSFである。主人公はfireman,消防士だ。しかしこの時代の消防士の仕事は火を消すことではなく「火をつけること」だ。いったい何に火をつけて燃やしてしまうのか?それは、世の中のすべての「本に」である。消防車から伸びたホースから水の代わりに石油を噴出して火炎放射器で燃やし尽くすのだ。つまり、この時代の消防士の仕事は焚書である。本を読むことが危険だとされ禁じられている世界の物語である。  主人公のガイ・モンターグも「消防士」のひとりだ。彼は自分の仕事に何の疑問も持っていなかった。ある事件と、一人の少女に出会うまでは。  ある日彼は本だけでなく、自分の大切な本を焼かれるくらいなら、と自ら本とともに焼かれることを願った女性を焼き殺した。本だけでなく人間まで焼いてしまってから、彼は焚書の仕事をためらうようになる。  そして不思議な少女、クラリス・マックルリンとの出会いである。想像力が豊かで、他の誰もが素通りしてしまうような花や自然の美しさを知っている。あらゆるものに興味を持ち深く考えることができる。他の誰よりも、モンターグの妻よりも大人びてものを知っているように見える。それもそのはず、彼女の一家は今は禁じられている、本に親しむ一家だったのだ。そんな不思議なクラリスにモンターグは興味を持つようになり、しだいにそれは本への興味へつながっていく・・・  「あなたは幸福なの?」  この本の面白いところは、本を読むことが禁じられた世界を通じて「私たちはなぜ本を読まなければならないのか?」が反面教師的に語られている所だと思う。  この世界の人々は自分の頭で物事を考えることを忘れてしまっている。暇があれば「テレビ室」の巨大モニターや耳にはめこむ小型ラジオから流れる情報を右から左へ聞き流している。モンターグの妻もそれに夢中で、夫のことなど気にかけない。どこでどのように愛し合って夫と出会ったのかすら覚えていないのだ。そして戦闘機が空を飛びかい戦争が始まろうとしているのに、人々は無関心である。この「「自分だけは大丈夫」という思い込みがやがて悲劇的な結末へとつながるのだ。  この作品を読んで私は本を読むことは人間が人間らしくあるために必要なことなのだと思った。日々の生活の中にある美しいものを見つけるのも、他人に共感する力も、過去の過ちから学んでよりよい未来を作っていこうと努力するのも、人間にしかできないことだろう。モンターグが作中で言っているように、本は「世界を見、人を見、一生をかけて考え抜いたあげく、書物の形にしている」ものである。書物の向こうに居る人間と対話することでより自分のことを深く知ることができるのだと思う。    

    0
    投稿日: 2013.07.13
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    華氏451度で、本は自然発火する。そんな格好いいタイトル。 「書物が禁じられた世界」というこの小説の設定を、現在の出版不況と重ねて批評する人もいるけれど、私は少し違うと思う。現在の人々が考えることを止めた訳ではないと思うから。考えたい、知りたいという欲求は様々な形で満たされる。

    0
    投稿日: 2013.06.16
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    1953年に書かれたSF小説。やっぱり古い作品なだけあって、読み進めるのに一苦労しました。。 お話は、本を持つこと・読むことが違法になった世界で、繰り広げられる人間ドラマ。 「幸せになるためには、何も考えず暮らすこと」という考えが人々の中に広がり、自然と本を通じて物事を考えることが望ましくないものとなってしまう。しかし、考えることを忘れた人間は本当に幸せなのだろうか? 読後感としては、現代にも当てはめることのできる風刺的要素があるところが印象的でした。情報を簡単に引き出せる現在では、考えることなく、素早く情報を入手してシェアすることができるけれど、その情報にたどり着くまでに地道に考えることや、読み取った事実から新たな次元の意見を作り出すことなどは忘れては行けない大事なことであると感じました。

    0
    投稿日: 2013.05.29
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    ディストピア小説っていうの? こういうのはタイムマシンで過去に戻った人が書いてるのかな。 60年も前の作品なのね。すごいね。 でも古いせいか訳のせいか、すこしとっつきにくい印象はあった。 クラリスがいまいち掴めなかった。 モンターグがお客の奥様に向かって詩を朗読するところと、 大捕物のシーンがわかりやすかった。 メディアと大衆というのはいつの時代でも大きなトピックのようですね。 そしてタイトルがよいね。 華氏451度 ――本のページに火がつき、燃え上がる温度……。

    1
    投稿日: 2013.05.06
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    SF作家って、未来が見えてるんじゃないだろうか。。。 鮮明に意識していなくても、夢の中で。 バーチャルなものに浸食されていく、とか、本を必要としなくなる(=自分で考えなくなる)とか、1953年に書かれたとは思えない。 ・・・というか、今読んで、全然突飛じゃないってことは、発表時に読んだ人は超未来、または異次元の話だと感じただろうな。 図書館戦争のような対等な戦いを想像していたけれど、体制側と一市民の戦いだった。 小さな火も燃え続けることが重要。

    1
    投稿日: 2013.05.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読書が禁じられ、本が焼かれる世界。 そんな設定であるから話の中心は読書について。だが単純な書籍讃歌ではない。 読書をへて優れた人になれるわけではない。本で学ぶことは他のものでも学べる。そう読書家の登場人物に語らせる。 水にもぐり自分の肌を感じるように、己の外とふれあってこそ、自らのことを知ることができる。読書もその一つの手段にしか過ぎない。 それでは、なぜ読書がこの話しの中心になるのか。 人類の繰り返す破滅と再生、それを止められる期待がもたれているからだろう。 テレビを通し不毛なやり取りをする大衆にたいして、TwitterやFacebookにはまる人々を連想しました。

    0
    投稿日: 2013.04.25
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    華氏451度=摂氏233度=紙が自然発火する温度。 本を読むことも、所持することも禁止された世界。 そんな世界が来てしまったらどうしよう? 本を読まない人よりも、読む人に魅力を感じる。 自分が好きな人が本を読む人だったら嬉しいし、 自分が好きな人がどんな本を読んでいるか知りたいとも思う。 そんなことを改めて思う作品だった。 1975年に刊行されたらしいのだが、 本を燃やす道具として石油を撒いているところが、 時代を感じさせるなと。 未読だが「図書館戦争」はこの作品をモチーフしてるのだろうか? また書物の記憶装置となる人々が出てくるのだけど、 「とある魔術の禁書目録」も思い出した。

    0
    投稿日: 2013.04.21
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    現在の日本では焚書が行われているわけでもないのに本を読まない。 考えることを放棄している人が多すぎると思う。 こうなるのもそう遠くない気がして怖かった。

    0
    投稿日: 2013.04.17
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    他の人のレビュー見ると、評価は高いけど、何かいまいちだったなぁ。書物に目覚めるのが思考の始まりだとするなら、その歓びがもっとえぐってあっても良かったような気がする。フェニックスのように生まれ変わるにしては、くたびれた老人たちの優しい眼差しだけでは足りない。主人公は殺人を犯すことでどん底に堕ちたように見えるけれども、精神的に追い詰められる前にいとも簡単に救いの手が差し伸べられているし、深い絶望には至っていない。 それと、隠れた設定があるのはわかるんだけど、どうも政府のシステム的なところが見えない。知識人が書物を独占して愚民を支配する形態なのか、そうだとしたら戦争に到る過程が単純すぎるし、全ての書物が失われて知識のない社会が構築されていると考えるにはあまりにシステムが精密すぎる気がする。 うーん。

    1
    投稿日: 2013.04.11
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    この物語では焚書官が書籍を駆逐していたが、現代では活字離れが書籍を駆逐しているのではないだろうか?と思えてならない。

    0
    投稿日: 2013.03.21
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    高度に技術が発達し本の所有が禁止された社会で、焚書に携わる一人の男性を描いたSF作品。 人々は本を捨て、テレビやラジオといった平易で刺激的な娯楽に溺れている、そんな世界でガイ・モンターグもまたその生活に何の疑いもなく流されるように生きていた。彼はまた、ファイアマンの一人として書物があることが分かればそれを燃やしに行き、燃え上がる炎の輝きに喜びさえ見出していた。 が、ある少女との会話をきっかけに、彼はそんな世界への疑いの目を日に日に濃くしていく・・・そんな作品。 物語が進むにつれ、主人公の孤立は深まり、同時に文章が詩的・幻想的な力強いものになって行く。言い換えると、感覚的な表現が多彩に見られるようになる。空虚な街にはなかった感覚に身を浸して、彼は新たな世界を見つけ出す。読み手はその変化に吸い込まれ、次々と起こる展開に手に汗握るようになり、初めこそ作中の価値観との相違に違和感を感じつつも、やがては読者と主人公との視点が一致していく・・・。 「本が存在する意味」というテーマは一貫していて、本の有り様を巡って様々な意見が飛び出し、その度に主人公は翻弄される。そこには、メディアが多様化し、情報の洪水に押し流される今日の社会に通じるものがあるのかもしれない。

    0
    投稿日: 2013.03.03
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    焚書ものはこちらから?始まったんではないかと。今となっては古典になりつつあるけど、極端な未来を提示することで現在の問題点を洗い出すってのはSFの強力な存在意義だと改めて認識。

    1
    投稿日: 2013.02.27
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    レイ・ブラッドベリにより描かれたディストピア的未来社会小説です。書物の所有が禁じられ、人々は海の貝と呼ばれる超小型ラジオやテレビ壁といった媒体を通して情報や娯楽を享受する社会。主人公のガイ・モンターグは、焚書官として本を燃やす仕事に従事するが、不思議な少女クラリスやフェイバー教授との出会いによって次第に自分の仕事に疑問を持ち、考えが変わっていく。 書物はなぜ重要なのか。それを考えさせてくれる本でもあり、フェイバー教授もそれについて見解を示していますが、私が一番肝要だと感じたのは、この未来社会が現代の日本や世界のことを述べたものであるように思わせたことです。現在の私達は、情報過多の社会に暮らし、スポーツやテレビ、漫画・アニメなどの娯楽に興じて考えることを自らやめてしまっている。この本は、そんな私達の社会に対して警鐘を鳴らしているのだと思わずにはいられません。 寺山修司によると、この作品は「書物を媒介とした「幸福論」の検討のサイエンス・フィクションである」そうですが、書物は人を能動的にし、「考える」という価値を見出すようにさせるのだと思います。そして、本書はその機会を与えてくれたと確信しました。

    0
    投稿日: 2013.02.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    SF小説が面白いと思える新たな発見。 猫町倶楽部の課題本にもなっていたし、BRUTAS編集長の西田さんも この本を勧めていたので、読まなきゃと思いやっと読了できました。 焚書官という特殊な仕事をしている、主人公のモンターグ。 彼は自分の仕事に対して否定をしつつそれでも本を燃やす仕事に携わっていた。 この不安、疑心暗鬼をもつ主人公が自分のやっていることに否定を感じて そして自分を変えることによって物語は進んでいく。 これが本当に合った話だったら恐ろしいね。 読書、特に小説の醍醐味は時代をタイムスリップしてその 作者の考えに触れることが出来る点だと思う。 その作者が本を通して書こうとしたことを右脳を使ってイメージし ひたすら自己解釈する。本当の意味が掴めていなくても、 それが小説の読み方だと思う。さらにいいのは、 読書会のような多人数と読んだ本について感想をシェアすると視点が広がって面白い。 僕は基本現代作家の本を読まない。 なぜならば過去の良書を読まずに現代作家を評価できるとは思っていないからだ。 現代の本には当たり外れがあるけど、 過去の本で未だに残っている本はやはり何かしらの魅力がある。 だから僕は古い名著といわれている本を読み続ける。 印象的なフレーズ。「かっては書物が、ここかしこ、いたるところで、 かなりの人たちの心に訴えていた。中略。映画、ラジオ、雑誌の氾濫。 そしてその結果、書物はプディングの規格みたいに、可能なかぎり、 低いレベルの内容を落とさねばならなくなった。」 「表紙を見ただけで、書物の価値を決めなさるな」 昔に比べて20世紀は映画、ラジオ、テレビなどの大衆芸能が盛んになってきて、 書物の役割というのが劇的に変わってきた。 そんな傾向に待ったをかけたのが、本書だと思う。 大丈夫、僕はいつでも書物の味方ですよ。まだ出会わぬ君へ、 待っていてください。いつか手の届くところに行くから。

    0
    投稿日: 2013.02.13
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    焚書を象徴として大衆から思索が奪われた世界の話。 いかにもとんでもない世界観だが2部終盤の主人公モンターグと署長ビーティーのやりとりなど寓話として今の世の中に迫るものを感じる。ビーティーの言が間違ってると確信できる人間がどれだけいるものか。 ともかくも本という、待つだけで善悪の心を持たない存在がいかに優しいものであるか思い知った。

    0
    投稿日: 2013.02.10
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    華氏451度は、本が燃える温度らしい。近未来の焚書官の物語。焚書官が、書物の素晴らしさに目覚めていく過程を描くことで、文明が進んだ現代社会を風刺しているであろうことはわかった。しかし、それの何が面白いのかよくわかんなかった。途中、途中で出てくる叙述詩調の文章も合わなかった。

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    投稿日: 2013.02.02
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    昨年亡くなったレイブラッドリーのSF。本を禁じられた架空世界、仕事として人の家の隠された本を燃やしていた主人公は、ある日を境にその行為に疑問をいだくようになる。。 本書が描いた未来は、人々は情報を受けるだけの入れ物となっている。これは数十年前の著書のようだがその警鐘やアイロニーは今でも消えていない。 前半部分、訳や詩調の文章にとまどってる方!そこはそのうち慣れてくるから最後まで頑張れ!

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    投稿日: 2013.02.01
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    人々が幸福であるために、平等に馬鹿であることを目指した社会。 知識や学びは禁じられ、書物は燃やされ、かつての"消防士"はいまや焚書をその使命としていました。 娯楽として与えられたのは小型ラジオや壁一面のテレビ。人々は徹底的に考えることを放棄させられていたのです。 主人公である焚書官モンターグは何の疑問も持たず暮らしていましたが、少女クラリスや本と出会ったことで、社会に違和感を抱くようになります。 そしてそこから、彼の人生は大きく動き出すのです。 文章が詩的。たびたび出会う見事な比喩に舌を巻きました。それでいて読みづらいわけでもないので、翻訳者が良い仕事をしてくれているのでしょう。 それにしても、60年も前に書かれたサイエンス・フィクションがこれほどまでに現実感を持って迫ってくるのはなぜなのか。 読書に限らず、広い意味で「学ぼう」という気にさせられる作品でした。

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    投稿日: 2013.01.30
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    これが30年以上前に刊行されたものだとは…。 人を考え、語り合うことから遠ざけるため禁書という政策が取られている近未来。 無言でスマホを操作しテレビやゲームに興じる現代の様相とそう変わらないのでは。 わたしたちが生きる社会は禁書の政策が取られていないのに本を読む人がいなくなっているということが恐ろしい。

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    投稿日: 2013.01.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    主人公はファイヤーマン。 消防士ではなくて、そのまったく逆で、 本に石油をぶっ放して燃やすファイヤーマン・・・。 どういう経緯で本が「悪」になったのか。 それで得するのは、黒幕って誰なのかしら。 自分の仕事に、世界に疑問を持ってしまったが故に 迫害されてしまう、というのは一種のパターンだけど 身近な「本」という存在をこれほどまでに深く考えたことは無かったわ。 ちょっと読みにくかったかナ。

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    投稿日: 2013.01.18
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    いつの時代も本だけが絶対的なものではないだろう。だからこの作品中での「本」は象徴なのだろうと思う。本読みだからといって健全な思想、思考を持つわけではないし。ベストセラーが良い本と勘違いされてしまうのに似ているような・・・。「絶対的な善」とされるものを、距離感もって客観的に見るべしと訴えているような気がする。或いは譲らぬ信念とか(稚拙な感想ですが)。ブラッドベリの文章、久しぶりに堪能しました。映画は子供の頃見たけど何も覚えていなくて残念だ~。

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    投稿日: 2013.01.06
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    ハードなガジェットに頼らない、寓話的なSF。 つづけて火星年代記も読んだ。 火星年代記にも焚書のシーンがある。文明が斜陽を迎えることの、ひとつの典型的なイメージなのだろう。

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    投稿日: 2012.12.18
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    権力者が本を読むことを禁止している近未来の話だが、最近の政治家を見てるとそれに近いことをしそうな気がする。

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    投稿日: 2012.12.15
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    華氏451度とは、紙が自然発火する温度だそうです。 人は、知ることと考えることをやめたら不幸である、ということを暗示しているかのような小説だった。モンターグには、そこに”伝える”という使命が加わる。 まぁ、訳が難しくて・・・。

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    投稿日: 2012.11.24
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    焚書がテーマで「華氏451度」・・・本のページに火がつき、燃えあがる温度・・・というタイトル。もうこれだけで勝ちといううまさだが、中身も考えさせられた。描かれている「快楽だけを追求して思考を放棄する世界」が、自分の中の「効率だけを重視して無駄なことを排除する姿勢」と通じているところがあって反省した。

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    投稿日: 2012.11.15
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    この本はめちゃくちゃ良かった。 「本」がない世界というのはどういうものかを教えてくれたし、「自分たちで考えることができない社会」の恐ろしさも教えてくれる。 与えられる情報を受け取るだけで自ら思考しないということ、思考する「閑暇」を持たないこと、本質が何であるかを見ようとしないこと、これらの行動しないことがもたらす恐ろしさを主人公の変化を追いながら描いている。 本は大切である、と「言葉」にしたところであまり通じないかもしれない。 でも、この本を読むと、「本を読まないこと」は恐ろしいことであるように感じる。 しかし、だからこそ逆に、「支配する側」は極端に「本を読まれること」を嫌うのかもしれないけど。 中世では、読書(黙読)していると、悪魔と会話している、と言われたらしい。 読書の持つ”不穏さ”もあわせて考えさせられる。 今年読んだ本でこれはベスト3のうちに入れたい。

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    投稿日: 2012.10.05
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    いかにも「起こりうる未来」といった印象。メディアの支配を通して、人と人のコミュニケーションとは何かを考えるきっかけになった。実は、私たちが過ごす現実でも似たようなことが起きているかもしれない(´Д` )

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    投稿日: 2012.09.28
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    何度か手にとってはいたんだけどずっと読みそびれていた本。 中国の反日暴動が白熱して、柳条湖事件の記念日にあわせて宣戦布告しようぜって中国で言われてるらしい…と聞いてぞわぞわしてたタイミングで読了。 焚書で本をなくして、ものを深く考えなくなった人たち…と決めつけるのは短絡的すぎるだろうけど、 いまこの時読んだことで、却って心に残るような気がした。

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    投稿日: 2012.09.23