Reader Store
華氏451度
華氏451度
レイ・ブラッドベリ、宇野利泰/早川書房
作品詳細ページへ戻る

総合評価

180件)
3.7
37
61
38
16
2
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    タイトルは本が燃える温度。本が禁止され、テレビ中毒で無思考的に生きる人々は、まさに現代を皮肉っているよう。ハヤカワSFおもしろい。

    0
    投稿日: 2012.09.23
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    訳で読んでも格調高い文章。 ただ内容は・・・・凄く薄い。 近未来で本を読むのが禁止されている世界で 主人公が戦いをしていくことで本の存在の大切さを述べているのだが ・・・・・びっくりするほど薄い・・・

    0
    投稿日: 2012.09.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    初めてSFを読んだ。ファンタジーと同じようなものだと思っていた自分が、情けなくなってしまった。。近未来を描く=現代の風刺、警鐘だという側面に気づかされ、感動。 ストーリーがまず魅力的。舞台は、本の存在そのものが禁止されている近未来。主人公は、隠し持たれている本を見つけては家ごと焼き払う焚書官の男。そして、彼がある日、「本」というものを、生まれて初めて読んでしまうことから、人生の歯車が狂いだす。 一見、政府による情報統制を批判しているのかと思ったけれど、私はそうではないように感じた。むしろ、自らテレビなどの娯楽で時間を埋め、「考える」ことをやめることを選んだ人々への警鐘なのではないか、と。 この作品は、50年以上前に書かれており、おそらくちょうどテレビが普及し始めたころ。経済成長に伴う悩みは、今生まれたものでなく、不変のものであるんだなぁと思った。 自分の読書のジャンルを広げてくれた、ちょっとした思い出になるであろう一冊。

    0
    投稿日: 2012.08.20
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本という本が存在を許されない世界。 人々は思考力を失い、テレビと会話している。 焚書係として何の疑問もなく本を燃やし続けていた主人公は、ふと本に興味を持ち、感性と知性に目覚める。 読み進めるうち、連鎖するようにして引き出される感性の爆発。 改めて語られる知性の魅力。 本好きならば楽しめる作品だろう。 しかし主人公の行動が今ひとつ理解できない部分もあり、共感はしない本。 本が絶対的知であるというような部分も、多少引っかかりはする。

    0
    投稿日: 2012.08.07
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    四十年前に書かれたのに、現在を風刺しているとしか思えない。焚書官の青年が隣に引っ越して来た少女との出会いをきっかけに自省し、人間の幸福について考えるようになる。ややインテリ臭のする作品で鼻につく人もいるかもしれないが、本好きにはたまらないのではないか。精神的な子孫として「図書館戦争」があるのかも。

    0
    投稿日: 2012.08.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本が禁じられ、目先の刺激と安楽とに身を任せるようになった近未来に、焚書を任務とする主人公が自分の有り様にふと立ち止まって…というSF。もともとはラジオで、文学賞メッタ斬りでおなじみのSF作家・大森望さんがお奨めしていた『火星年代記』を読んでみたくて近場の図書館を探したのですが、とりあえずこちらに。主人公の立場としては有川浩『図書館戦争』と真逆なんですが、テーマは同じだと思います(砂吐きラブコメ要素はありませんが)。やはり多くの評価にあるようにとても叙情的というか詩的な表現で、近未来モノではあるのですが「いわゆるSF」の感じがないのがびっくり。

    0
    投稿日: 2012.08.02
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    焚書行為、本の脅威が、政治じゃなくてテレビ相手なのが、おおっと思う。書かれたのは朝鮮戦争の時代、著者は大正10年生まれ。 この時代から、テレビっ子世代を予言した?? 読書は何のために。 これが腑に落ちない。 知識を受け継ぐもの、と言うこの著者の本はエンターテイメント性が強くて、矛盾ぷりと言うか、「それだけじゃない」と言いたい気持ちが募る。 たぶん、私が ・読書=教養 ・たくさん本を読んでる→かっこいい というのに、とても違和感を感じているからだと思う。

    0
    投稿日: 2012.07.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    今となっては目新しくないテーマ、緻密さに欠ける世界観、共感の持てない無思慮な主人公の行動。期待外れでした。同様のテーマでも細密に描かれた一九八四年には遠く及びません。 なお宇野氏の日本語としての語感とリズムを考えない直訳も評価の低さの一因であることを申し添えておく。

    0
    投稿日: 2012.07.25
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    『下流志向』にもつながるような話で、SF小説だけど若干ぞくっときました。政府が愚民化政策を施して世界が決まったのではなく、国民ほとんどがそれを望んでいるんだという設定に、レイブラッドベリに現代を見透かされてるような気がしました。この小説の世界は二極化状態の極地に行き着いていて、下層に位置する人は、自分が下層にいるということすら気づくことができません。自ら思考する手段を自ら放棄し、周りにそれを強制し、ただ消費するだけの人間に成り下がっている状況がよくわかります。自分がどこに位置してるか、どういう檻に入ってるのかを認識するのは知性しかなくて、それを得るのは良い師匠に巡り会うかいい経験か書物しかないのですよね、たぶん。

    0
    投稿日: 2012.07.25
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    今更ながら読んだ。ブラッドベリってあんまり読んだ記憶が無かったんだが。 モンターグもミルドレッドも、どちらもいつ出会ったのかを思い出せない、という場面では「記憶もコントロールされている社会なのか?」と戦慄したが、そこまでひどい訳ではなかったようだ。 ずっと垂れ流されるラジオ、映像、情報、刺激の強い娯楽にさらされ続けると、色々な感覚が麻痺する。今の自分たちが置かれている状況は、まさにこの方向を突き進んでいる。この先に書物を禁止する世界があるとは思えないけど、情報をコントロールされて思考をコントロールされて、疑問も持たずに娯楽だけを求めるような社会が来たら.... 海の貝ラジオはiPod、壁掛けテレビは薄型テレビでそれぞれ現実のものになっている。近未来を描いたもの、といっても街の風景は現在のものとかなり近いイメージ。そのせいか、「起こりうる近い未来」という印象が強くなる。 出版不況と言われているし、読みたかった本が気がついたら絶版になっていて呆然とすることもある。でも空気を吸うように、浴びるように、読書をできる。なんと幸せなことだろう。 ...でも、こうやって本を貪るように読むのも思考停止、本への冒涜なのかもしれない。今日はしっかり噛み締めるために、次の本を読み始めるのを我慢するか。でも読みたい本が沢山あるんだよぅ〜

    0
    投稿日: 2012.07.21
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    この本をショウペンハウエルの「読書について」と一緒に読んだ。 書籍との付き合い方を考えるにあたって、相互補完の要素があったように思われる。 「華氏451度」の世界観は、わからないでもない。誰かのいう事を聞いて生きていれば、楽で幸福であって、自ら哲学を試みて、人生を思い悩んで苦しむことはない。 理解するのが簡単で、綺麗で、自分自身を傷つけることの無いコンテンツ・メディアは、多くの支持を得るであろうことは、今の日本を見てもよくわかる。ベンチャー社長や大企業の経営者が書いた根拠のない、いい加減な本が、横行している。 主人公の妻のことを安易に笑ってはならない。私たち自身もまた、メディアやその背後にある企業群の洗脳の影響を受けて、日々を人形のように過ごしているから。 本著は、独特のリズム感と表現で綴られているので、十分な想像力と間暇が、通読を助けることになる。特別な知識がなくても、読める小説だと思うが、特には考えることが好きな読者にお勧めしたい。映画で例えるならば、ハッピーエンドなのか、バッドエンドなのかが、わからないようなものでも、余韻をもって味わうことのできるタイプの人に向いていると思う。

    0
    投稿日: 2012.07.17
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    1953年に書かれた、SFとしては、:壁テレビ、ワイヤレスレシーバ(モンターグと老教授の意思伝達用)と発想に目を見張るが、文章全体の流れはゆっくりしており、スルメを噛んでいるうちに、味が出てくるようなイメージで有った。

    0
    投稿日: 2012.07.16
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本が自然発火する温度をタイトルにした本書では、本を所有し読むことが禁じられた近未来が描かれる。主人公が勤める焚書官というのは原著ではFireman、これは実は日本語で消防士をさす言葉であり、この世界では家の防火体制が完成したために火消しの役割から書物を発火し焼却する側になったという設定は皮肉が効いている。しかし本当に皮肉なのは、焚書を行う必要もなく人は娯楽に満足し本を読まなくなっている現実の方だろう。民族運動ではしばしば侵略国家の国旗が燃やされる様に、焚書は読書家に対する一つの象徴行であり、何かを禁止するというのは、それに対しての思考放棄を示しているのだ。

    0
    投稿日: 2012.07.16
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    SF読むのは、小6から中1に貪り読んだ星新一以来かも。。 こういうものなのかもしれないけど、文章がぜんぜん面白くなかった。最後のほうになってようやく少し入り込めたけど、いろんなことが唐突過ぎて・・。クラリスがもう少し絡んでくるかと思ったけど、あっけなくいなくなるし、なんだかなぁ。バカ主婦たちに、我を見失っていきりたって、詩を読んでしまうなんて、これから老教授と権力に抗う行動を決死でやる人間のすることだろうか・・・。

    0
    投稿日: 2012.07.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    実際に読んだのは1年前くらい。 本好きなら見過ごせない設定。本を読まなくなったせいでバカになった人々の描写に説得力があってなかなかこわい。ラストがいいなー。 映画もラストがよかった!

    0
    投稿日: 2012.07.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    追悼ブラッドベリ。 ぐぅ。これちょっと無理。わたしには無理。気持ち悪くて、居心地悪くて、本から逃げ出したいような、嫌なゲームに無理やり参加させられているような、怖いジェットコースターに無理やり乗せられているような感覚。しかしそんな自分の感想が本の評価になるとも思えない。 終盤の方に、オルテガの研究者が唐突に出てきてびっくりした。さっき読んだばっかりですよ『大衆の反逆』。しかしこれだけ古今東西の作家がぞろぞろ出てくれば本の中で馴染みのある作家とすれ違うわけだ。本を読めば読むほど書いてあることが分かってくるということはそういうことか。 文庫版の巻末の解説が佐野眞一。

    0
    投稿日: 2012.07.06
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    文章がとても美しかった。 本を読むことや所有することが禁じられた近未来の話なのだけれど、いろいろな面で現代に通じるものがあって、空恐ろしい気持ちになった。 たとえば、文中の世界では、人が速さを求め、便利なものばかり追求したがために本の内容は要点だけをまとめた短い味気ないものとなり、人はひとつのことをじっくり考える時間を失っている。 これは多かれ少なかれ現代にもあてはまる。誰もが即効性のある、手軽な本を求めていて、実用書や自己啓発以外の本を読む人間は肩身の狭い思いをしているように思う。 だから、荒野の賢者たちの存在をとても心強く感じた。

    0
    投稿日: 2012.07.01
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ブラッドベリ追悼読書。内容は今読んでも全く古びておらず、むしろUP TO DATEな問題にも感じられる。 佐野眞一さんの著書でも言われているけど、誰が本を殺すのか。本を殺すのは古書店でも図書館でもない。効率や目先の利益だけにとらわれ、知識を持つことを良しとせず、己をひたすら快楽に耽溺させようとする人間自身が、過去の知識を蓄積してきた本を殺す。読書離れが喧伝され、売れ行きが二分され、電子書籍が敵視される21世紀初頭の現代だが、まさにどこかでひっそりと、本を殺そうと試みがなされているのではないだろうか。 知識を得ることは決して勉強のためにではなく、自分がこの世の中をいかにサバイヴし、社会の理不尽と戦っていくことでないのだろうか。果たして自分たちはそのような知識を得られているだろうか。本や表現や図書館をめぐる衝撃的な知らせが聞かれるこの頃だけに、そんなことに思いを巡らしながら読んだ。

    1
    投稿日: 2012.06.21
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    2012年6月21日読了。 1953年に発表された、“本”を禁じている世界を描いた作品。 本は忌むべきものとされ、焚書官によって焼き払われる世界。 人々は超小型ラジオや大画面テレビを通して与えられる情報によって生きていた。 焚書官モンターグも“なんの疑問も持たず、本を焼くことに喜びすら感じていた。 しかし。ふとしたことから本の中身に触れてしまった彼の人生が大きく変わり始め……。 なかなかヘビーでした。 主人公は本と出会ったことで幸せになったとは言えないし。 戦争が背景にある時代だったからこその重たさもあると思うのですが、鉛を飲まされたような気分にもなりかけました。 それでも、本はやはり人間にとって必要なものだと思わせてくれるラストでした。 SF作品という枠に留まらない、考えさせられることの多い作品です。

    0
    投稿日: 2012.06.21
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    何故か途中で読むのをやめていた作品。著者の訃報を聞いて何気なく再読を始めた。どうしてこんな興味深い面白い作品を読了できなかったのだろう。赤狩りが盛んだった時代に誕生したのは納得だが、語られているその内容は現代社会にも通底するテーマをもっていると感じた。ところどころシニカルな描写や表現も楽しめた。

    0
    投稿日: 2012.06.16
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    焚書官がミューズによって目覚め、逃亡し、口伝者(本の生きた器)となるまで 夫に働かせ、ねだり、テレビと社交で暇をつぶす主婦の姿が、未来世界にはちょっとアンマッチに思えました。

    0
    投稿日: 2012.06.07
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    華氏451度読了。一度読まなきゃと思ってましたが、想像以上にドラマティックで劇的な話でした。最後まで読み終わってなお、ようやくはじまった、という感じがする。宇野さんの翻訳非常に読みやすくて助かった。最後は原始に戻るってのはなんでもそうだなあ。

    0
    投稿日: 2012.05.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本など燃やしてしまえ! 人間はテレビから流れる情報だけを見ていればいい! という世界。 しかし主人公は本という禁断の魔法に取り付かれてしまう。 言い忘れていましたが、マイケルムーアじゃねぇよ!

    0
    投稿日: 2012.05.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    詩的な文章表現で素敵と思わせますが、これから現実になるかもしれない未来を描いているのではないかと思います。物事を鵜呑みにせず考えることがどれほど大切なことかを考えさせてくれる本。

    0
    投稿日: 2012.05.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    図書館にて。 先日読んだ本に良かったと紹介されていたので、予約して読んでみた。 本に対する愛情が伝わって来る。 垂れ流されて強制的に押し付けられる情報だけを何の疑問も持たずに受け入れ、何も考えなくなっていく人たちは、今の世界と似ている気がする。 考えること、行動すること、知識を得ること、そのためのパワーを自分の中に持っていようと思った。

    0
    投稿日: 2012.04.21
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    書物は否定され、全て焚書される世界。焚書官ガイはある本に出会い、追われる身になる。ガイが狂おしいほど求める書物への何か。書物を廃された人々の思考を停止したかのような会話には戦慄を覚えました 。本は私たちに世界の広さを教えて考える事を学ばせてくれるなあ。

    0
    投稿日: 2012.03.30
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

     本が禁止されたifの世界を描くSF小説。題名は紙が自然発火する温度のことで、焚書とかけています。  出版は1953年ですが、現代を予見していたのではないかと思わせる世界観が強烈です。単純な娯楽に溺れていき、考える能力を失っていく一般市民。その一般市民に無駄に反抗する知識を植えつけないために、禁止された書物。本を燃やす職業、通称"Fireman"に従事する主人公が、そんな世界に疑問を抱いていく、というストーリー。  主人公の幻想的な妄想が描写されることで、不安定な心理がリアルに迫ってくるように感じました。翻訳者の力も見逃せませんが、レイ・ブラッドベリの原文が気になる所。他の作品も読んでみようかな。

    0
    投稿日: 2012.03.20
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ある本で紹介されていたのですが、なんとなく読んでみたい気持ちになりました。 購入検討中です。 ------------------------------ ようやく手に入れたところで、ようやく読破。とあるきっかけで(上記)ずっと読みたかったもので若干の脳内美化はありしたが、かなり満足出来る内容でした。 近い未来を示唆するような、いや既にそうなりつつある世の中を描いた文章を、時期尚早じゃないか?考えすだろう、と笑って一蹴されてしまうような時代に練り上げた著者には敬服するばかり。 本を焼くという非道が平気でまかり通るどころか、法制度化して笑って執行されることに疑問を抱くところから始まり、苦悩に苦悩を重ねて己を見つめ直してゆく主人公が、ただただ美しい。 実を言えば、浅知恵の塊でしか成り立たぬ私めにとってはなかか理解に困難な比喩的表現、または文章そのものですら飲み込めない箇所がいくらもあった。及ばない自分に嫌気がさすも、著書の指し示す真理とは一体何かと考え続けた。それはもうモンターグさながらに。 結局自分は真理に辿り着くことができたのかどうか、微妙なところではあるが、少なくともこの本を読み、得たものはあっただろう。漠然としたそれを握り締めているつもりである。 後書きにもあったが、これはSF小説とカテゴライズして、へえ、そうなのか、と片付けるにはあまりにも重厚で濃密な内容であるだろうし、そしてひどく哲学的であるように思われる。 私が感じた「哲学性」が果たして、正しいのであるかどうかは不明だが、ここに私の思う哲学なら確かにあった、とそう思う。 一箇所、とても気に入ったところがあったので、引用して感想を締めくくろう。

    0
    投稿日: 2012.02.25
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本が禁制品となった世界。 本は麻薬か伝染病のように忌み嫌われ、発見次第、焼却処分される。 主人公ガイ・モンターグは本の焼却処分を行う「焚書官」 「逆消防士」とでも呼ぶべき仕事。 モンターグは、とある焼却処分の現場で、偶然から禁制品の本を手にしてしまい、自らの仕事に疑問を持ち始め、ついには追われる身になってしまう。 ちなみにタイトルの”華氏451度”は、摂氏だと233度。この温度は、紙が自然発火する温度だという。 巻末の解説によると1950年代のアメリカのマッカーシズムを風刺するために書かれたらしい。 だが、モンターグの上司ビーティの語る「焚書官の仕事の来歴」の話は、今の事を言っているのでは、と思えるほどだ。 曰く「テレビなどのメディアが発達し、スピードを求められるあまり、複雑な事は省略され、短く単純化される」 曰く「深く考察することは敬遠されるようになり、様々な事は、ますます省略・単純化される」 曰く「手っ取り早く、結果だけ手に入れられるものが好まれる風潮が広まる」 伊坂幸太郎「魔王」の中で出てきた 「お前たちのやっていることは、”思索”でなく”検索”だ」 というセリフがふと頭をよぎった。 「分かりやすい一言」の連呼。 なんでもかんでも単純な「二項対立の図式」に還元する手法。 どこかの国でよく使われているような気がするのは、考えすぎだろうか。 さらにグサッとくるのは、本作の中で、本が禁制品になったのは、暴走した政治家が勝手に決めたのではなく、多くの一般の人が求めた結果、という点。 政治家は一般人に何一つ強要などしていないのだ。 「進歩」「発達」だと思っているものは、実は(ある意味)「退化」なのか、と思ってしまった。

    0
    投稿日: 2012.02.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ”秦の始皇帝は紀元前213年に李斯の提案にしたがって、焚書を行った。” Wikipediaによると焚書の歴史は紀元前。 一方ブラッドベリは、マインドコントロールが蔓延し、人々は鳥籠の中で生活を強いられている近未来の社会を舞台に描いた。 SFフィクションの傑作。

    0
    投稿日: 2012.02.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    焚書の嵐が吹き荒れる、暗い未来を描いた小説。 本作品よりも、巻末にある佐野愼一の解説の方がおもしろかったりする。 SFの古典らしいので、SFを読んでいる方にとっては予想できる展開なので、驚きとかはなかったかな。ただ、現代のSFの先駆者としては大いに敬意を表したい作品であることは確か。 気になったのは、物語の重要な登場人物であるクラリスはその後?というところ。 もう少し活躍する場があってもよかったのかなと。

    0
    投稿日: 2012.01.17
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「華氏911」の元ネタと言えばいいかな。 「それは自由が燃える温度」というコピーがつけられていたけど、 元ネタのこっちの本の副題のほうがセンスがいい。 「華氏451度 本のページに火がつき、燃え上がる温度・・・」 本当かどうか知らないが、紙が自然発火する温度ってことですな。 SFの古典というのは、じつに読み応えがある。 読んでよかったという充実感がある。 物語としての面白さだけで言うとどうなんだろう。 少し月並みな感じもする。 ディストピアでいうと、1984年のほうがインパクトが大きいように思う。 だけれどもこれは、センスというか、ファーストランナーゆえの「みずみずしさ」をめでるべきではないかと思う。タイトルのセンスの良さも含めて。

    0
    投稿日: 2011.12.24
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ちょっと前に読んだのだけど、ね。 SF作家の代表たるレイ・ブラッドベリの作品ですねぇ。 昔のSFって、まるで現代へ至る預言書のように感じる時があるけど、これもそんな作品のひとつ。 今の世の中を皮肉めいて描いているようにも思える。 情報も、溢れんばかりの今では、デスクに座っていても世界を知った気になれる。 でも、そんな知識って、自分の肉にはならない・・・みんな薄々そう思ってる。 まぁ、そういう僕も、今こうやってネットでこれを書いているって皮肉。 知らない間に、当たり前のようになっていくんだと思う。 ガイガーカウンターで、食品を測るのが、「当たり前」になったら、きっともう人は声を大にして騒がなくなるんだろうね。 当たり前って怖くないか?

    0
    投稿日: 2011.12.20
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ここに描かれてるのって、単に文字文化の否定ということではないよね。疑問を持つこと、考えること、想像することが罪になる世界。 と、文字に起こすだけで、嫌悪感がやばい。そんなん何が楽しいかね。 「平穏無事こそが幸福の要領だよ、モンターグ」

    0
    投稿日: 2011.12.14
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    まさかこの作品が1950年に発表されたものとは・・・優れた作家は時代性を超えるのだろう。まさに現代にあって生きる作品である。そして叙情的な文体はこの作品にセンチメンタルな趣を加えている。

    0
    投稿日: 2011.12.14
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本を所持することを禁止された社会で、焚書官(本を燃やすファイヤーマン)をしていた主人公モンターグ。 彼はある一人の少女との出会いをきっかけに、書物の持つ偉大な魔力に気付いていき……という物語。 文章は詩的で、ストーリーはスリリング。 読み始めたら止まりません。 表面的でお手軽な満足感を提供する「娯楽行為」しか望まない大衆に対する主人公の苛立ちや絶望感は、書物(言葉)の魔力を信じている人々にとって深く共感できるものではないでしょうか。 大変素晴らしい作品でした。

    0
    投稿日: 2011.11.27
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    思想・言論の規制と統制、他者への不信。 ぬるま湯の中で徐々に温度を上げられて気付かない間に茹で死にしてしまうカエルの様に、与えられるものだけに満足し自ら思考し行動する事を放棄してしまった人々。 恐ろしい話であるはずなのに、物語全体は詩的且つ幻想的で美しい。 書物を燃やす炎の退廃的な美しさ、完全に滅び葬り去った後に芽生える希望、そしてクラリスの存在。 クラリスの人間としてではなくモチーフとしての存在感。 一九八四年と同じ様なテーマ性を感じたのだが。このクラリスの存在によって、一九八四年とは違った幻想的な作品になったのではないかと思う。 SFは苦手意識が強かったのだけれど、この作品のおかげでジャンルに拘りなく読めそうな気持ちになってきた。

    0
    投稿日: 2011.11.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    為政者、権力者にとって本や、知識が危険だということがよくわかる。現代社会を映し出しているかのような情報社会が描かれる。 誰もが幸せになりたい。 幸せとは? ものを考えないこと、考える暇を持たせないことが国の使命だ。そのためには本を燃やしてしまえ。  他者や世界がどのようになるかは生きるための重要事項ではない。日々が何事も起こらなかったように偽装された社会をいきていくと、その先にはなにが待ち続けているのか。  自分の毎日を振り返ってちょっとどきりとする本です。

    0
    投稿日: 2011.11.09
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    今では本の意味や価値がかなり下がっている(大衆化)しているから、焼かなければいけないほどの本は無いと思う。

    0
    投稿日: 2011.11.04
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本が禁止され、人びとがテレビやラジオなどのメディアしか使うことを許されなくなった世界。主人公モンターグは焚書官として違法に所持されている本を燃やす日々を送る。しかしふとしたきっかけで本を手にとってしまったモンターグの人生はその日を境に大きく変わってしまう。 人と違う感性を持つ少女は、世間から疎まれ、死んだあとも誰にも悲しまれない。異端を決定的に排除する世界は小説の中だけでない。 顔、言動、行動、あらゆる要素が理解できない。しかも多くの人がそれを理解できなければそれは「変」とみなされる。みなされるだけならまだいいが、「正常」側は「変」を排除する。捕まえて檻にぶち込んで見世物にする。 それに打ち勝つには「変」側も徒党を組まなければならない。 なぜなら人間は相対性。他人なしでは生きていけない。 そして相手が見つかったら、あとは戦うだけ。それだけだ

    0
    投稿日: 2011.11.02
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    レイ・ブラッドベリの描いた「焚書」が行われている未来社会は、今我々が生活している無味乾燥なこの世界そのものであります。本の大切さを知り、本を愛する全ての人に、(もし叶うなら、全ての九大生に)読んでほしい一冊です。 【九州大学】ペンネーム:工学部の文人

    0
    投稿日: 2011.11.02
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    書物が禁じられた未来。庶民は物事を考えることも忘れ、ラジオとテレビにのみ耳を傾け、それらから発せられる情報だけを鵜呑みにする。 主人公モンターグは、本を焼却する焚書官を担っていたが、少女クラリスとの出会いを機に、それら禁書を手に取ってしまい… この叙景に優れた文を、一日で読み切ってしまったことに少し後悔。もっと噛み締めて読んだ方が味わえたのかもなぁ。 ディストピア小説ということで、オーウェルの「1984年」を思い浮かべた。 どちらの作品も、庶民が考えることや疑うことを忘れ、愚鈍の底で漂う醜態ぶりを晒していた。 この醜態が現代を蝕む問題であって、解説では、この小説がこの問題に対していち早く警笛を鳴らした作品である、と評している。 作中にもあったが、大切なことは、本そのものではなく、そこに書かれている内容と、それを知ってどう考えるか、であると思う。 だから媒体は、本でなくても、ラジオでも、テレビでも、インターネットでも良いし、むしろ何より効果があるのは実体験ではないだろうか。 従って、当著の主張を「本は素晴らしい」とか「本を読まない奴は駄目だ」なんて風に捉えてしまうと、それは大いな勘違いだと思う。 解説では、この問題を出版業界の不況に直接的に結び付けていたが、それには同意しかねる。 自分が何故ここに立つことが出来るのか、それぐらいは考えられるようになりたいなぁ。

    0
    投稿日: 2011.10.30
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    設定がおもしろい。 でもあれで終わるのか~という。 映像はなぜか逆回転(撮り忘れ?)や変なカットの切れ目とかが気になってしまった。 ただ燃える本は本当に花びらのようで美しかった。 設定が良い分リメイクして欲しいな。

    0
    投稿日: 2011.10.26
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    1953 年に書かれた小説だが、 まんま現代社会に当てはまる事に驚愕する名作。 レイ・ブラッドベリ氏の才能にひれ伏すのみ。 中盤、フェイバーが語る社会に欠けている 3 つのものには納得。 佐野眞一氏のあとがき前半は、 ただあらすじ(!)を書いているだけでダメだが、 後半は辛辣なことをおっしゃっている。 しかし正しい見方だと思う。

    0
    投稿日: 2011.10.17
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本を持つ事を禁じられた世界で、本を読む事に目覚めてしまった男の話。本を読むのを禁じられるという事は、他者の考えを取り入れ、自ら考える事を禁じられる事であるというメッセージが重要。 また、本を記憶した人々が世界中に散らばっており、本の内容が失われていないところに希望が見出せる。 日本語訳は少し固めで、翻訳調なのが気にかかる。

    0
    投稿日: 2011.09.26
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    衝撃だったのはこの作品が1953年に刊行された事。現代SF小説と全く遜色が無く、また普遍的な内容である。特に現在世界的にカオスになり、本質とは何かが不明瞭になりつつある世界で道標を立ててくれる、少々宗教的な色合いがある作品だと感じる。主人公ガイが都市から逃避し、出会う男たちの中にいる先導役の祖父の話、芝刈りと庭師のたとえ話が印象的だった。

    0
    投稿日: 2011.07.30
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    焚書官モンターグは、禁止されている本を焼くことに何も抵抗なく日々を送っていた。しかし、不思議な少女と会話をしたことから、彼の日常が変わり始める・・・。 SFの古典にして、超名作。 しかし、読んでみて思ったのは、やっぱり私はブラッドベリが苦手だということ。赤木かん子さんのアンソロジーで、ブラッドベリを読んだときから思っていたのだけれど、とにかく彼の文体が読みにくくてしょうがない・・・。 イメージと叙情が地の分と溶け合い、奔流のごとくあふれ出すような文章は、抒情詩人と言われるブラッドベリの最大の持ち味なのだろうけど、私はどうにも馴染めなかった。 とはいえ、内容の深さ、問題の鋭さはとても50年前に書かれたものとは思えないほど、現実味を帯びている。 解説でも書かれていたように、今だからこそ、この本は必要とされるべきだと思う。 ところで、この本の冒頭に出てきて、モンターグを変えるきっかけとなったクラリスは、結局どうなったのだろうか? 彼女とモンターグの会話がとても面白かった私としては、彼女が物語の前半でいなくなってしまったことがとても残念だった。後半の「本を読むとは何ぞや」という問答も、とても読み応えがあったしメモしたくなる言葉がたくさん出てきたが、物語としては、あのクラリスとモンターグとの出会いのシーンが一番美しかったと私は思っている。

    0
    投稿日: 2011.07.23
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    華氏451度は、摂氏約233度。紙が燃え始める温度を題名にされたこの物語は、本の所持が禁止されている近未来を舞台にしたディストピア文学。違法に保存されている書籍を燃やす「焚書」を生業にしている主人公ガイ・モンターグが、ある少女との出会いをきっかけに、「本」という存在が人間に与えうる可能性に気付き、自分の仕事に疑問を持ち始める。最初はただ「本」でしか無かったものが、モンターグの意識が変化するのにつれて姿を変えて行く。それは思考力であり、無数の人々が残した生の軌跡であり、記憶であり、そして何より、人が人であった事の証明なのだ。我々がいかに愚かしい振る舞いをして、それでも止まず生き続けてきたかを、後世の人間に伝える為のものなのだ。 文化の破壊に警鐘を鳴らすSF大作家の偉大な足跡。 関係ないが、フランク・ダラボンが映画化を企画していると聞いてわくわくした。何て楽しそうなんだ!

    0
    投稿日: 2011.07.15
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本を読むこと、持つことが犯罪となった世界の話。 映像や音声で与えられるだけの、わかりやすい娯楽や情報に浸ることで、人は「考える」ことをやめてしまう。 勿論、それは極端な結果であることも分かっているけど、そういった危険性を孕んでいることを改めて認識させられた。 読まれた本は人の身体に宿り、そこで生き続ける。 炎と灰のなかから蘇る不死鳥のように。 そんなことを思ったりもした。

    0
    投稿日: 2011.05.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    『火星年代記』で有名なブラッドベリがディストピア的な未来図を描いた名作。学生時代に読んだ本。いま読み返しても面白い。現代社会への痛烈な批判、風刺。書籍が軽んじられ、浅薄な知識や思考が横行する現代でこそ多くの人に読んでほしい作品だと思います。作品世界に圧倒されると同時に、自分への戒めにもなります。

    0
    投稿日: 2011.05.24
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「華氏451度」レイ・ブラッドベリ/宇野利泰訳 ディストピア小説。特になし。夕暮れ色。 ハヤカワSFに収録されていますが、もとハヤカワNV。 近未来の焚書制度におかれた市民生活、焚書官の苦悩から目覚め、みたいな感じ。いわゆる名作です。 物語設定に読み込ませられるのではなくて、アンチテレビというか、読書による知の探求が失われることへの警鐘を小説のかたちで著している。 極論、文明白痴論です。 結末近く、書物はその実体として残らずとも、形ない文章が老人達の頭の中に存在しているそれこそが意味がある、みたいに読み取ったんですけども、文明の積み重ねとしてはそのとおりだなあと思う。 そこにその権威を顕しておくためのガワとして書物なり司書なりライブラリーなりがあったわけで、それは時代に即した形であらんとするでしょう。当然。 ・・・どんどん脱線しそうなのでレビューはこの辺で(笑)(4)

    0
    投稿日: 2011.05.14
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    華氏451度-書物が燃え上がる温度。 本を読むことで得られる知識や情感は不要なものとされ、人々はただラジオやテレビを受動し平穏に日々を送るのみとなっている世界。 うまく表現できませんが、本読みとして、えらいもんを読んだという気がします。私が人生のなかで当然のように享受している読書による豊かさが、どれほど貴重なものか。。。

    0
    投稿日: 2011.05.02
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    焚書官モンターグの仕事は、世界が禁じている“本”を見つけて焼き払うことだった。本は忌むべき禁制品とされていたのだ。人々は耳にはめた超小型ラジオや大画面テレビを通して与えられるものを無条件に受けいれ、本なしで満足に暮らしていた。だが、ふとした拍子に本を手にしたことから、モンターグの人生は大きく変わってゆく―SFの抒情詩人が、持てるかぎりの感受性と叡智をこめて現代文明を諷刺した不朽の名作。

    0
    投稿日: 2011.04.20
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    高校時代、何度も読み返した(私の中で)レイブラッド・ベリの代表作。 焚書政策への抵抗として、書物を捨て、記憶の中で物語を暗唱し、旅する人々・・・本書の結末と、「メディア=メッセージ」というマーシャル・マックルーハンのメディア論とむすびつけて一論考できそうなものだが、それはまた今度。

    0
    投稿日: 2011.03.24
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    今から60年前ほど前に書かれた近未来SF小説と言えど、 現代社会の取り巻く状況に驚くほど(恐ろしいほど)通ずるものがある。 私の典型的な一日の生活を振り返ってみる。 家では、専らパソコンの前に居座り、インターネットの世界に身を投じる。 そこでは目も眩むばかりの情報の瀑布が絶えず流れ続けている。 外出する時には、耳には自分のお気に入りの音楽をどんなタイミングでも聴くことが出来るiPhoneとイヤホンをセットする。 電車の待ち時間など、ふとした「暇」があれば またもiPhoneでtwitterを見たり、Safariでニュースサイトを見ている。 本作品の辿った結末はさておき、描かれている世界観は この先の未来の一つの方向性を暗示しているような気がしてならない。 そして、現実、そこへ向かって今、ゆっくりとだが、確実に動いているのだ。

    0
    投稿日: 2011.03.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ちょっと前に読んだ津野海太郎さんの『電子本をバカにするなかれ』。その影響で文庫を買ってしまいました。多分、文庫で2冊目。実家にある早川SF全集にも入っていたはず。でも、取りに行くのが面倒なので買ってしまいました(笑)。 これから読み直しです! ■本が禁じられた世界を背景に、文化の危機を描いたブラッドベリの傑作長篇、新刊で登場 ■レイ・ブラッドベリ(ハヤカワ・オンラインHPから) 1920年イリノイ州ウォーキガンに生まれる。本名はレイ・ダグラス・ブラッドベリ。高校生のころから創作を始め、作家になることを夢見ていた。20歳を超えるころには、SFを中心としたさまざまなパルプ・マガジンに作品を発表するようになる。やがて発表の場を高級誌に移すと、科学性を控えた幻想的、叙情的な作風も手伝い、しだいにSFファンだけでなく一般読者の心をも捕えていった。 『黒いカーニバル』(1947)に始まり、『火星年代記』(1950)、『刺青の男』(1951)など、短篇集ないしはオムニバス長篇を多く発表している。また短篇作家の名手として高く評価され、O・ヘンリー賞を二度受賞した。一方、長篇は1953年に発表された『華氏451度』が、不朽の名作のほまれ高く、フランソワ・トリュフォー監督によって映画化されて大きな反響を呼んだ。その後も『メランコリイの妙薬』(1959)、『よろこびの機械』(1964)、『キリマンジャロ・マシーン』(1969)、そして1996年には『瞬きよりも速く』を発表するなど、現在にいたるまで活発な作家活動を続けている。 http://www.hayakawa-online.co.jp/author/detail_author.php?author_id=00000268

    0
    投稿日: 2011.02.18
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    結末はあらすじ読んで最初に思いつくような、結局これしかないよね、といったもの。本の本質について思い起こさせる。 ある意味で原点回帰なのかもしれない。

    0
    投稿日: 2011.02.17
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    半永久的に続く受動的な娯楽と都合良く編集された情報が氾濫した世界によって逆説的に人類の知識と生命の営みを賛美している…みたいな感じ? 卓越した描写に圧倒された。

    0
    投稿日: 2010.11.18
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「知性に差が出ると悲しむ人間が現れる。それは良くないから、本を処分しろ」と言う発想にこの小説の先見性があると思った。 それは、良くある文明の発達による大衆の白痴化、と言う指摘よりも鋭いし、ずっと現代の病理への洞察が深い。 20世紀とは技術進歩の世紀であると同時に、権利拡大の世紀でもある。あらゆる階層の人間にも権利意識を持たせる社会がどのようなものか、この小説はそれを告発しているようにも見える。 権利は確かに特定の何かに占有されるべきでない。これは現代のスタンダードであり否定し得ない命題だが、しかし権利とは、平和とは、果たして無担保に、無尽蔵に約束され得るものなのだろうかと、この物語は語りかけてくるように思える。

    0
    投稿日: 2010.11.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    1953年刊行のSF小説。 書物の閲覧や所蔵が重罰に処せられる近未来が舞台。 知識の蓄積や思考が許されないなかで、一人の少女との出会いから思考を取り戻す主人公。 情報過多の社会に生きる私たちも思考を忘れると作中の《テレビ》に夢中になる市民と同じである‥ 2010.10.21 読了

    0
    投稿日: 2010.10.21
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    どのメディアでも、わかりにくいもの・難しいものより、簡単でわかりやすいものが人気になりつつある。 それによって人々が「考えなくなる」ことに警鐘をならした作品。 本はかよわい存在で、誰かが話を聞こうとしない限り語ることができない。ひとりの人間の一生がつまっていても、社会の温度が華氏451度に達したとき、本は自然に燃えて消えてしまうのだ。 結末にはモヤモヤしたものの、考えなくていいものがもてはやされている中で書物を守ろうとする作者の愛が伝わってきた。

    0
    投稿日: 2010.10.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本は思想を乱す有害なものとされ、所持しているだけで罪が着せられる時代。それ以外にもできるだけ脳みそを使わずに済む生き方、楽な生き方こそ幸せへの道と教え込まれている国での話。 タイトルこそ本の燃える温度を示している(らしい)が、本質的に語りたい部分はそこではなく、自ら考えることを止めてしまった人間の行く末であると思う。 何も考えずに生き、楽しいことだけを享受し、そしていずれ生命の大切さなど、哲学的なことも全て放棄してただただ一日を過ごす。 思考を放棄していた人間が再び自分の意志を取り戻した時に、何を思い何をするのか。 これが何十年も昔に書かれたとは思えないほど、現在の状況を的確に表していると思う。

    1
    投稿日: 2010.10.01
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    これがディストピアだとしたら、どうってことはないよね。ここまでわかりやすく愚民化政策をとってくれるほど、現実世界の権力は親切じゃないでしょ。しかしたぶん「1984」につらなるディストピア小説として読むからがっかりするのであって、ブラッドベリ流のロマンティックな寓話として読むべきなんだろうな。だからといって評価があがるというわけでもないけども。

    0
    投稿日: 2010.08.18
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本が読めなくなってしまうのは悲しい。 与えられものに満足して思考をやめてしまうことは悲しい。 この本はフィクションにすぎないけど、今の日本はまさにこのような状態になろうとしている。 東京都青少年健全育成条例改正問題とか。 テレビのニュースに関心を持たず、対岸の火事だと思ってる。 あるいは、与えられる情報全て鵜呑みにして自分で考えようとしない。 まさに現代の日本人に読んでもらいたい本です。 SFに分類されてるけどあまりSFとは思えず。 外国文学が苦手というか、和訳された文章が苦手なので読むのに時間がかかって疲れた。 話自体は興味深く、考えさせられるものでした。面白かったです。 個人的にあのラストはちょっと納得がいかないのだけど。

    0
    投稿日: 2010.07.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    読みました. 図書館戦争で「予言書」と呼ばれてた華氏451度を. そしてジョーカーさんが神保町の本を焼き尽くすという作戦の名に「華氏451」と付けた元ネタを. 華氏451度. それは本のページに火がつき燃え上がる温度. 焚書官という,本を焼く事を仕事にしていたモンターグが ふとしたきっかけで本を手にしたことから彼の人生は大きく変わる. 面白くないことは無いんだけども 文章を読んでて疲れるのは原作からこうなのか それとも訳者の個性の表れなのか・・・. ちょっと期待してしまっただけに残念感が残る.

    0
    投稿日: 2010.05.25
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    映画化もされたブラッドベリの代表作のうちのひとつ なんば古書センターの山羊ブックスで買う あそこは品ぞろえいいんだよなあ 内容はというと 本を持つこと読むことが禁止された社会が舞台 主人公は本を燃やすことが仕事で、ある女の子と出会ったことで、社会や自分自身の在り方に疑問を持っていく といったもの この作家の書く話は 科学が人間性を破壊していく といった内容が多い気がする 「火星年代記」がそうだし短編にもたびたび出てくる ただあとがきにもあったけれど、作家は、科学に対する不信感があるのではなくそれを使う人間に対する不信感があるのだ、と言っている その思想を幾分、感傷的、抒情的な文章で表現していく はじめはその抒情性やら感傷的な文体が好きだったけれどどうも最近鼻につくようになってきた 好き嫌いが変わってきたのだろうか それとも単純に飽きたのだろうか なんだか変な気持ちだ でも今回の話は好きだった もしかしたら単純に物語の内容に依るのかもしれない

    0
    投稿日: 2010.04.25
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    職場の人に勧められて読みました。 私にとっては「初洋物SF作品」となりました。 映画化もされてるんですね・・・ 焚書について、色々考えさせられる1冊です。

    0
    投稿日: 2010.04.15
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「知識」そのものに対する苦悩の小説と受け止めた。 ひっかかるのはブラットべリが「議論」というものに対してどのような考え方を持っているのであろうかということだ。ビーティを殺してしまったことの意義を考える必要がある。 ビーティのような認識と、グレンジャーのような認識はイタチごっこを続け得るものだ。わがゼミの合言葉でもある、「議論することに意義がある」ということから考えれば、そのイタチごっここそ人間の思考のあるべき姿ではないかということになる。 ビーティは「死にたがっていた」ようだが、なぜだろうか。本からの知識を得ておきながらグレンジャーのような解答に至らなかったのはなぜだろうか。ビーティの亡霊に問いかけるべきことは多い。

    1
    投稿日: 2010.02.23
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本を読むことを禁止された未来の話。 すごく不気味です。 私はこんな世界では暮らしていけないわー。

    0
    投稿日: 2009.12.31
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    人々が物事を考えなくなってしまうことは恐ろしい。 人々から考えることを奪ってしまう者達を許してはいけない。 そんなことは分かっていても現代社会にもそういった状況は見て取れる。 考えないことを楽だと思わないようにしよう。 考える自由を放棄することはやめよう。 人は考える葦である。」 意味を取りづらいところもいくつかありましたが、 気にせず読みすすめてしまっても雰囲気で理解できます。 展開も早く場面がどんどんかわっていきます。 個性豊かな登場人物。 活字のが禁止された行き過ぎた未来。 奇妙な設定ながら読んでいて戒めに感じる。 「こうなってはいけない」と

    0
    投稿日: 2009.12.06
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    テレビが馬鹿な市民の脳味噌を食い散らかす、なんて事は55年も前に予測されていたのであった。 作品としては「言いたいこと」が先に立ちまくってて、話の展開が強引な気はしないでもないですが、その言いたい事に多々共感できる部分があるのでよしとしましょう。 「雑誌はヴァニラ・タピオカの見事な混ぜ合わせに変わり、書籍は皿を洗った汚れ水みたいなものになった。本が売れなくなったのに、なんらふしぎはないんだ。」 「もっとも、大衆は自分たちの好きなものを知っているから、漫画だけは残しておく。」 Firemanを火を消す側では無く火を付ける側とした所に、設定の妙がありましょうか。 華氏451度、それは本のページに火がつき、燃え上がる温度…だそうな。

    0
    投稿日: 2009.08.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    実は原書も持ってます。 結構読みにくくてそのまま放置し、あきらめて日本語を読みだしました。そうしたら日本語でも読みにくく、原書を何ページか読み直しやはり日本語に戻りました(笑) 翻訳って大変だなあ… 本を焼くものはそのうち人を焼くようになる、と言ったのは誰だったか。思想や思考力を失うのは恐ろしいです。でも、何となく、何となくですがこのお話の舞台は今の日本と重なるところがありませんか? 本という媒体を制限されることでなく、思考力を奪うこと。大衆がものを考えなくなること。それこそが一番の問題なのではないか、という問いかけだと思います。 色々な意味で警鐘を鳴らす作品だと思います。

    0
    投稿日: 2009.08.07
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    この作品タイトルを言うと、最近はマイケル・ムーアさんの作品と間違われる方が多いのですが、こちらはレイブラッド・ベリさんの名作です! 華氏451度とは紙の燃える温度で、書物が禁止された世界のお話しです。 何と言ってもエンディングが素晴らしいです。 トリュフォー監督で映画にもなっており、原作が見事に再現され、映像もとっても綺麗です。 映画も併せて観ていただきたい!!そんな一冊です。

    0
    投稿日: 2009.06.27
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    Fahrenheit 451(1953年、米)。 蔵書家の老婆が、焚書に抗議して、屋敷ごと焼身自殺を遂げる場面が印象的。これは作り話だが、実際これに近い出来事も、過去にはあっただろうし、今も国によってはあるのだろうなと、ぼんやり考える。逃げきった主人公たちが、彼の地に「二度と火の消えることのないろうそく」を灯せますように、と願って本を閉じた。

    3
    投稿日: 2009.06.04
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    1953年頃にブラッドベリが打ち出した、人間達の未来への警鐘。 主人公 モンターグは、国家統制によって危険思想の源泉となりうる人類の英知の結晶、書物を焼き尽くすための役人「焚書官」という設定。 数十年間、国家は国民に娯楽を与え、書物を徹底的に焼き、骨抜きにしている。 ある日モンターグは、不思議な少女 クラリスと出会い、彼女と接していく度に、自らの職務に疑問を抱き始める。焼き払った現場から、一冊、また一冊と胸にしまいこんでは持ち帰るようになる。 元大学教授のフェイバーに、今の世の異常事態を強く認識させられ、二人で立ち向かう事を決意するが・・・ あとがき GHQは、打ち出した3S愚民化政策(スクリーン・スポーツ・セックス)によって、日本国民をふぬけ にしようとしたそうですが、現代の日本人は、これにあてはまらないと言えるでしょうか・・・ 物語の設定の中で、フェイバー教授は「今の時代に欠けているものが3つある」と指摘しました。 1.書物が示す、物の本質・核心に人間が自らNO!をつき立てている。つまり、知の核心の欠如。 2.暇。人間は勤務外のプライベートの時間を多くとっているが、考える時間 という暇の欠如。 (能動的ではない世俗音楽やゲーム・テレビからの一方的な情報の垂れ流しに、多くの暇を使っている) 3.書物から知の核心を得、それを消化する暇を持ち、相互作用から学び取ったものを基礎とする意思・行動の欠如。 華氏451度の世界では、国家統制による焚書がテーマですが、現代の出版不況は、国民自身が活字に 対してNOという意思表示を示しています。 ブラッドベリの発した警鐘は、さらにおそろしい事態となり、現実化しているといえます。

    0
    投稿日: 2009.05.27
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    本をあまり読まないひとはきっと、もっと読みたくなり、 本が大好きな人はきっと、やっぱりもっと読みたくなるに違いない名作。

    0
    投稿日: 2009.04.05
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    以前テレビで映画を見てとても気になっていたのをやっと読むことが出来た。近未来の世界でファイアーマンは禁じられている本を持っている家や本を焼くのが仕事。その焚書官モンターグは隣家の少女や老教授と出会い自分の仕事に疑問を持ち本に引かれていく。この焚書という言葉を聴くとナチスドイツが行った焚書を思い出す。ユダヤ人が出てくる本やナチスにとって都合の悪い本を焼いた程度のことしか知らないのだが、似たようなことはどこの国の歴史の中にも一度や二度はあるらしい。日本にしたところで鎖国時代は外国からの本は禁書であったし、第2次世界大戦中は国策に反する本は禁止され処分されている。何故本を焼くのかというモンターグの疑問に署長のビーティが答える。「大衆の心をつかむには必然的に単純化につながざるをえない。」「人口が倍になり、3倍になり、4倍になった。映画、ラジオ、雑誌の氾濫・そしてその結果、書物はプディングの規格みたいに可能な限り、低いレベルへ内容を落とさねばならなくなった。」19世紀の人間はスローモーションで、世を送っていた。20世紀になるとすばやいものになる。本だってそれにつれて短縮され、どれもこれも簡約版。すべては煮詰まって、ギャグの一句になり、かんたんに結末に達する。」「古典は切り詰められ最後はギリギリ10行か20行の辞典用梗概となる。」「人間の思考なんて、出版業界、映画界、放送業界ーそんな社会のあやつる手のままにふりまわされる。不必要なもの、時間つぶしの存在は、遠心力で跳ね飛ばされてしまうのが運命なんだ。」なんて淋しいんだろう、だけどなんだかこの時代は今に似ていないか。名作を長くて読む時間がないからとインターネットで検索すればあらすじを知ることができる。難しい表現は理解できないし疲れるからなるべくライトであらすじだけのような携帯小説が流行る。世界で何が起きているかは報道されること意外は何も知らない。実際私自身、この本を読み始めてすぐにベットに横たわる妻を書いた文章に何を言いたいのか、なにが書かれているのかと躓いてしまう。なんどか読み返しああそうかとやっと理解できる程度の読解力しかなく、一冊読み終わる頃には結構疲れてしまった。古典や名作ももっと読みたいとも思うけれど全部読むことはあきらめて大筋をなんとなく知っている程度だし、何冊も読んでいるようでいて読んだ端から忘れて言っている有様なのだ。大切なのは量ではなくその中身なのだと思うけれど、理解するのに努力しなければいけないような本は敬遠してしまう。確かにこの本の解説にあるように「自分の血となり肉となる読書体験」がこれまでどれほどあったろう。「精神の劣化」といわれればそこまでの能力がないと開き直るしかないのだが、それでも本を読むことは楽しいし、たとえ読み捨てられる程度の内容の本にしても何かしらその時々に与えられるものがあったように思う。1953年に書かれた近未来はいつ始まるかわからない何度目かの戦争の影が見えていて、淋しい。映画とは終わり方が違う。どちらの終わり方も、本を愛するという気持ちがあふれている。最後の数行が何を書いているのかがまだ良くわからない。いつかもう少し読解力がついたなら、この本の最後の数行が何を言わんとしているかわかるだろうか。「生命の木」とは何のことだろう。「昼のためにとっておくべきもの」とは何のことだろう。「昼」とは何をさしているのだろう。そんなふうに思うとこの本を返さずにずっと手元においておきたくなってしまう。

    0
    投稿日: 2009.04.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    マイケル・ムーア監督の映画「華氏911度」がこの本からの題名のパクリだということで、認知度があがった。ストーリーの運びはいまいちだが、ときどき登場人物の言葉がとても意味深。家族の代わりにTV画面との対話、人間に深く思考させないために、蔵書家の家を丸ごと焼いてしまう社会。現実の社会も少しずつ似たような感じになってきているような…。

    0
    投稿日: 2009.01.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    松岡正剛の千夜千冊『華氏451度』レイ・ブラッドベリ http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0110.html 華氏451 DVDも出てる→2009/01/04追記 禁書を強いられた状況に甘んじてる人たちの描写がイマイチ。本に出てくるとされてる情報収集デバイスも映画には出てこず。 http://www.amazon.co.jp/dp/B001JF2QMK/ 70年代が初版、文庫化が2000年代に2回 初版の評判のほうがよいかも

    0
    投稿日: 2009.01.04
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    平成20年11月13日購入 モンターグはネタにしやすそうである。 読みながら比べてしまったのだが 「1989」の救いのなさに比べるとだいぶ明るい。 映画も見てみようかしら、と思う。 トリュフォーだし面白そうだ。 読みながらキューブリックがとったらどうだろうとか ウッディ・アレンが撮ったらどうなるだろうとか 考えたがこういう想像ができるのも なかなか面白いところである。 日本で撮るなら 配役はまあ生きていれば三船敏郎だろう。 などと想像してこれもなかなか楽しかった。 あとがきが面白くない。

    0
    投稿日: 2008.11.19