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嘘つきアーニャの真っ赤な真実
嘘つきアーニャの真っ赤な真実
米原万里/KADOKAWA
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総合評価

394件)
4.4
197
109
43
2
0
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    このレビューはネタバレを含みます。

    実体験をもとにしたノンフィクションで、すごく濃密な本だ。 チェコのプラハでソビエト学校に通う小学生のマリ。ここには50もの国からやってきた子供たちが通っている。マリの父親は、日本共産党から派遣されて、国際共産主義運動の理論誌の編集局に勤めており、そのため家族でプラハにやってきた。(この学校に通う子供たちは外交官や共産主義運動の幹部たちを親に持ち、それなりにブルジョアな暮らしぶりが散見される。しかし同時に社会主義国としての計画経済による、融通の効かなさみたいなところも描写され非常に興味深い) 米原万里がプラハで過ごした9〜14歳までの期間に出会った、3人のかけがえのない友人たち。リッツァ、アーニャ、ヤスミンカ。それぞれを主役にした三篇からなるお話。 同時に、社会主義、共産主義思想を掲げる東ヨーロッパ諸国の、激動の二十世紀後半記でもある。ロシア語同時通訳者、エッセイストである著者の豊富な異文化体験と、民族に対する冷静なまなざし。読み進めるほどに、なんと聡明な人だろうと驚く。 P247から引用。 『ところで日本ではいとも気楽に無頓着に「東欧」と呼ぶが、ポーランド人もチェコ人もハンガリー人もルーマニア人も、こう括られるのをひどく嫌う。「中欧」と訂正する。』 こんなことぜんぜん知らなかった。 彼らはもちろん地理的正確さを期して東を嫌うのではない。「東」とは、より西のキリスト教諸国の発展から取り残されてしまった、また冷戦で負けた社会主義陣営を指す記号でもあるという。貧しい敗者のイメージ。憧れ、劣等感、蔑視と嫌悪感。これは、明治以降に脱亜入欧を目指したわたしたち日本人に通じる。 民族紛争や異宗教との諍いに、否応なく巻き込まれていくかつての少女たち。 しかし、かといって悲壮感に溢れるだけではない。多感な時期の少女たちの、華やかで明け透けで、ときに大人顔負けの知的さを垣間見せる、希望に溢れた感性も見事に描写される。 歴史に疎い自分にとってはとても勉強になるし、それどころか10代の女の子たちがここまで社会や民族について学び理解し、自分なりの考えを持って生きていたことに頭が下がる。 総じて、いい本を読んだなぁ、という気持ちになった。

    0
    投稿日: 2025.11.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    軍事政権の弾圧を逃れ東欧各地を転々とし、チェコスロバキアに亡命した共産主義者の父を持つギリシャ人のリッツァ。 同じく共産主義者の父を持つ、インド生まれ中国育ちのルーマニア人アーニャ。 15歳でパルチザンの一員となった共産主義の父を持つユーゴスラビア人のヤスミンカ。 日本人の著者と少女時代を過ごし、その後30年という月日を経て再会する。 当時の時代や歴史、共産主義、社会主義、民族意識…さまざまな視点で考えるきっかけを与えてくれた一冊。

    0
    投稿日: 2025.10.27
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    7年ぶりぐらいに再読。 ”あれほど綿密に考え抜かれ演出された授業は、空前であったし、あれから三十五年以上経った今に至るも絶後だ。”(P.130)など、思いつきそうで絶対思いつけない言い回しが次々と出てきて、何度読んでもページをめくる手が止まらない。 ”あの時、こうだった”ということの答え合わせを、そしてそれは見る人によっていくつもの答えがあるが、35年後におこなうという、続・青春文学である。

    2
    投稿日: 2025.10.27
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    実話じゃなきゃよかった って何度も思った。 ウッとくる一つ一つのシーンで、そうだよねこれは実際のことなんだよねって思うたびまたウッてくる二重に どうか誇りを忘れないでいたい どうかカッコいいままでいてくれ ノーテンキには暮らしていられない この本との出会いに感謝です ロシア文学どころか、日本のノンフィクションとは思わなかった そろそろちゃんと向き合って勉強します ー抽象的な人類の一員なんて、この世に一人も存在しないのよ。誰もが、地球上の具体的な場所で、具体的な時間に、何らかの民族に属する親たちから生まれ、具体的な文化や気候条件のもとで、何らかの言語を母語として育つ。

    0
    投稿日: 2025.10.24
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    自分の無知を感じました 才能は個人の持ちものではなく、皆のものという国民性の違いのくだりもカルチャーショック 良い本に出合えました

    0
    投稿日: 2025.09.21
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    面白かった。そして自分がいかに世界で起こった事を知らないか思い知らされた。 寒く暗く食べ物が不味く、人々は貧しい。これが漠然と抱いていた東欧のイメージ。それ以上を知りもしないし、知ろうともしなかった。本書では良い面、よくない面織り交ぜながらその時の空気感を伝えてくれる。 祖国への愛。宗教、民族、国籍が異なるクラスでの学び。社会主義を信じる気持ち。 学びになった。

    0
    投稿日: 2025.08.23
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    おもしろかった。プラハでの学童期の友人三人との関わりを各章で書いているが、エッセイという軽いものではなく、それぞれが深淵で美しい物語として成立している。

    0
    投稿日: 2025.08.13
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    時は1960年代前半、舞台はチェコスロバキアにあった在プラハ・ソビエト学校。 ギリシャを故国に持つリッツァ、ルーマニアの要人を父にもつアーニャ、ユーゴスラビアから来たヤスミンカ、それから日本人のマリ(主人公で作者)ら少女たちの物語。 思春期の女子たちの対話や言動は、どの時代どの国どの人種であっても、かつて少女だった私も、似たようなもんなんだなぁと微笑ましく思い返してみたり。当時あの国では文房具は何をどう使っていたかまでが記されてあったり。 だがしかし、たんなる青春群像劇ではないのが、この作品の別の顔というか、本質というか、ミソというか。 『私たちと多少異なる点があるとしたら、彼女らが子どもながらに故国(と両親)の歴史を背負ってプラハに来ていることであり、その後の人生も歴史の変動と無縁ではいられなかったことでしょう。「激動の東欧史」といわれて、とっさに思い出すのは一九八〇年代後半からの民主化闘争と社会主義体制崩壊劇かもしれません。が、それ以前も以後も、この地域は「激動の歴史」にもまれっぱなしだった。この本のもうひとつの主役は、そうです、歴史なのです』(p.296 解説) 史実上、いまだ侵略も併合も分割もされたことのない我が島国ニッポン。さらに言えば、今いる国民のほとんどが戦争も内戦も経験したことが無い。 そんな私たちには想像もしにくい環境が、この作品の中には描かれています。 ヨーロッパというと西欧のほうばかりが話題にのぼったり注目されやすいですが、欧州の歴史はそこだけではないのです(いやまあ世界全土が繋がっているにはいるけども)。 いろいろな意味でマイナーなイメージのある東欧で、かつて何があったのか。そこにいる人々は何を思って生きていたのか。一頁も飽きさせないリズムと濃度でぐいぐいと惹きつけて読者に知らしめてくれます。 民族とは、アイデンティティとは、イデオロギーとは。 東欧かぁ…国名も歴史もあんまりよく分かってないしついていけるかなぁ? とご心配であればYouTubeで「世界史 学び直し」など検索したら、まあまあ分かりやすく予習することが出来ますので。私は(たまたま)そうしました。そうして良かった。

    23
    投稿日: 2025.07.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    この本は本屋で紹介されてて面白そうって購入した。が、なかなか手を付けず、少し読んでみたけどなかなか進まず。今思うとそのタイミングじゃなかったんだなと。最近読んだらまぁすらすら読めて面白くて止まらなかった。 まず作者がすごい体験をしているということに驚き。小学校を海外で過ごしていろんな国から来た子に囲まれて育つなんて知り合いにいたことないし、そんな方の経験談を本で読めるっていうのは貴重なことだなと思った。 そしてとっても面白かったのはアーニャの章で、自分の生まれた国から時間的にも距離的にも離れていればいるほど自分の国を愛しているという話。これは自分が実際住んでいる時間が少ないことで嫌な部分も見えにくいって言うのもあるのかな?あとまだ小学生ぐらいの子って自慢したがるとこあるよなと思った。こういう普段考えないようなことだけど、自分がもし同じ境遇になったらやっぱり日本って素晴らしいよって言うのかな?って考えて、小学校の自分だったらいいそうな気がするなーと。 大人になってから3人を探しに海外に行き全員見つけられたのは本当に運がいいし携帯もなかった時代で奇跡。

    0
    投稿日: 2025.06.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    オーディブルで聴いた。 面白かったー!! 1960年代にプラハのソビエト学校で小・中学生時代を過ごした著者の、当時の友達の話と、大人になってからその友達に会いに行く話。 冷戦、東欧諸国の民主化など、現代史でさらっと習った出来事に、まさに影響を受けた人たちの話で、私にとって遠い世界の話だったけれど、そんな世界の中で生きている人たちが、著者の親友だったから、本を読んでいる(聴いている)間はとても身近に感じられて面白かった。 3人の友達が、3人とも魅力的で個性的で忘れられない。 まだネットやスマホが普及していない時代だったから、すぐに連絡もつかなくて不安だっただろうな…。ネットが普及してても、30年前の友達を探すのは大変なことだと思うから、再開できて良かった。 ロシア語というか、外国語を話せて、外国の友達がいて、外国の文化に触れられるって改めていいなと思った。 ロシアやロシア語ってだけで毛嫌いする年配の日本人をたまにみかけるけど、やっぱりロシア語ができて、プラハで小中学校時代を過ごした経験って羨ましいなと思った。 ルーマニアの特権階級のアーニャの話や、アーニャのご両親やお兄さんの話、ユーゴスラビア人のヤスミンカの話は特に、貴重なお話を聞いたと思った。 ルーマニアのブカレストのシャンゼリゼ通りのコピーとか、豪華な国民の館とか思わずネットで調べてしまった。

    4
    投稿日: 2025.05.31
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    父親が日本共産党員で、日本の小学校高学年から中学に当たる時期の1960-1964年をチェコプラハのソビエト学校で各国から集まった生徒達と過ごした自身の経験を綴った米原万里さんのエッセイ。こういうと少々堅苦しそうに聞こえるかもしれないが、其々出身国の違う三人の友人とのやりとりやクラスの様子や各々の家庭の様子もとても興味深い。その後、交流も途絶えていた友人達を約30年後に探して会いに行くというのも壮大。会える迄はこちらもドキドキ。プラハの春前後のチェコの様子、三人の出身国のギリシャ、ルーマニア、ユーゴスラビアの当時やその後。社会主義陣営内での対立等、歴史、政治的な事も身近な視点で良く見えて大変面白く、一気読みでした。

    12
    投稿日: 2025.05.18
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    プラハは訪れたこともあり、好きな街なので興味深かった。 場所と時代は違えど、久し振りに学生時代の友人に会い、変わっていないことを喜んだり、「こんな子だったっけ…」と感じるのは、よく分かるなと思った。 また所在不明の友人達を探していく過程が、自分も旅をしているようで面白かった。

    0
    投稿日: 2025.05.09
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    米原万里の「世界 わが心の旅プラハ 4つの国の同級生」がNHKでオンエアされたのは1996年2月3日。たまたまそれを見ていた私は、その番組が本書をもとに制作されたものだとばかり思っていた。でも、違った。順序は逆で、番組取材のほうが先なのだ。 時は1960年代前半、場所はチェコのプラハのロシア語のインターナショナルスクール(ソビエト学校)。米原万里はそこで3人のクラスメート、リッツァ、アーニャ、ヤースカと親しくなった。それから31年、音信はとだえ、消息は不明。別れる時には、再会を約束したのだが。 それぞれの章は、彼女たちのなにげない思い出から始まる。しかしその後、チェコも、ソ連も、そして彼女たちの故国、ギリシア、ルーマニア、ユーゴスラヴィアも、戦争や内紛など激動の時代を迎えた。そして31年の時を超えて再会。その展開に圧倒される。 本書と番組とでは、アーニャだけ齟齬がある。出てくるエピソードはまったく同じ。でも、著者の解釈が番組とは違っている。なぜタイトルが「嘘つきアーニャ」の「真実」ではなく、「真っ赤な真実」なのか。そうか、そういうことだったのか!

    0
    投稿日: 2025.05.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    面白かった!米原万里、他の著作も読もうと思う。 プラハ時代の友人に実際に会いにいく彼女の行動力も、大人になってからの顛末も面白くて、人生という感じで。。 リッツァの夢見た青空、嘘つきアーニャの真っ赤な真実、白い都のヤスミンカの三本。それぞれ苦労して、大人になって、親たちの世代の話もあって、現代に繋がっていて… 「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」 …異国、異文化、異邦人に接したとき、人は自己を自己たらしめ、他者と隔てるすべてのものを確認しようと躍起になる。自分に連なる祖先、文化を育んだ自然条件、その他諸々のものに突然親近感を抱く。これは、食欲や制欲に並ぶような、一種の自己保全本能、自己肯定本能のようなものではないだろうか。 この愛国心、あるいは愛郷心という不思議な感情は、等しく誰もが心の中に抱いているはずだ、という共通認識のようなものが、ソビエト学校の教師たちにも、生徒たちにもあって、それぞれがたわいもないお国自慢をしても、それを当たり前のこととして受け容れる雰囲気があった。むしろ、自国と自民族を誇りに思わないような者は、人間としては最低の屑と認識されていたような気がする。(p.123) 単に経験の相違だと思います。人間は自分の経験をベースにして想像力を働かせますからね。不幸な経験なんてなければないに越したことないですよ。(p.161) そう言える、通訳の青年の強さ。 …抽象的な人類の一員なんて、この世にひとりも存在しないのよ。誰もが、地球上の具体的な場所で、具体的な時間に、何らかの言語を母語として育つ。どの人にも、まるで大海の一滴の水のように、母なる文化と言語が息づいている。母国の歴史が背後霊のように絡みついている。それから完全に自由になることは不可能よ。そんな人、紙っぺらみたいにペラペラで面白くもない (p.188) リッツァとヤスミンカの話が特に好きだったのだけど、印象になった文章は、アーニャの章だった。

    1
    投稿日: 2025.03.20
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    国籍な学校で共に過ごした日々。しかしながら時が経って、散り散りになった友達を探して会いに行く道のりはサスペンス小説のように読み応えあるし、友達が政治や宗教、人種や民族属性などに翻弄されながら生きている姿に、切なさを感じる。改めて日本は平和だなと感じる。アーニャのように、自己矛盾を自分で信じ込んで生きるのも、防衛本能なのかな。

    0
    投稿日: 2025.03.09
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    ブクログを始める前2006年に初読 今回同じチェコにお父さんの仕事の関係で子供時代を過ごした木村さんの「チェコのヤポンカ」を読んだので、米原さんの本を思い出して読みたくなって再読。 もう一回彼女の元気はつらつの通訳を聞きたいなあ・・・

    2
    投稿日: 2025.01.01
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    第33回大宅壮一ノンフィクション賞 20世紀後半の激動の東ヨーロッパ史を、当時在プラハソビエト学校に通った女性たちの証言から見るドキュメンタリー。 著者の米原万里さんも通ったその学校には、50カ国以上の国の子が集まってたというから驚き。 印象的だったのは、クラスメイトたちの愛国心の強さ。異国で異邦人に接すると民族感情が突然生まれるそう。 なのに自分は他国ソビエト学校で学んでいる中途半端な国民ということに劣等感をもつ生徒もいて、故国に帰って母国語で授業をうけることがいかに嬉しいことなのか、想像すると胸が痛んだ。 30年が経ち、米原さんが3人の友人を訪ねて出会う場面はとても感動的。 そこで当時は理解していなかった彼女たちの立場や思いを知り、共産主義が終わりを告げた後にも抱えるわだかまりや、変化に戸惑う。 アーニャとはその後友達でいれるのだろうか。 知識がなく、東欧の歴史や対立構造、民族などの前提が曖昧なままAudibleで聴いていたので、ん?と思っても調べられず難しかった。 理解が浅めなまま読了(聴了?)は嫌なので復習がんばります。 友人まとめ(ネタバレ含む) ------------------------------------------- リッツア  祖国はギリシャ、軍事政権による弾圧を逃れてチェコに亡命してきた共産主義者 ワルシャワ条約機構のチェコ侵入に反対した改革派の父親がソ連共産党から非難されチェコを追われる 西ドイツに移住、自分のアデンティティを変えて医者として生きる 勉強嫌い、貧乏だけど社会主義のおかげで教育をうけられたと振り返る アーニャ 父親がチャウシェスク政権の幹部 共産主義思想なのに貴族みたいな生活に疑問も抱いてない 母国ルーマニアに転校後、愛国心が強かったのに特権的にイギリスで結婚し、不幸な状況下にあるルーマニア人の惨状は見て見ぬふり。 ヤスミンカ 故国と両親の歴史を背負っている 父親がパルチザンに身を投じる ユーゴスラビア人でソビエト学校では友達ができない 父親はボスニア出身のユーゴスラビア連邦大統領の1人 ユーゴスラビアが崩壊してもムスリム人、ボスニア人という感覚はない。 セルビアとの戦争が恐ろしく亡命したい気持ちはあるけどたくさんの友人、知人、隣人と築いた日常があるから捨てられない

    28
    投稿日: 2024.11.07
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    #27奈良県立図書情報館ビブリオバトル「嘘」で紹介された本です。チャンプ本。 2013.4.20 http://eventinformation.blog116.fc2.com/blog-entry-952.html?sp

    0
    投稿日: 2024.09.25
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    東西冷戦の時代のソ連には各国から留学生を集めていた。 その家族もソ連に住んでいたので、その当時のお話。 鉄のカーテンもあり、ソ連に移住することはできなかったので、外国人からみたソ連の貴重なお話だと思う。 あと、文章が上手

    8
    投稿日: 2024.09.23
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    米原万里さんは、9〜14歳(1960年頃)の頃、プラハ・ソビエト学校に通っていた。約30年後、ベルリンの壁が崩壊し、社会情勢が大きく変化する中、当時の友達三人に会いにいく。 ギリシャの青い空に憧れていたリッツァはドイツで医者になり、ルーマニア人のアーニャはイギリスで編集者になり、ボスニアの理知的でクールなヤスミンカはベオグラードで外務省に勤めていた。もちろん簡単に再会できたわけではない。細い糸を手繰り寄せ、やっとの思いで再会を果たす。 特にヤスミンカの言葉が胸をつく。 「この戦争が始まって以来、そう、もう5年間、私は、家具をひとつも買っていないの。食器も。コップひとつさえ買っていない。店で素敵なのを見つけて、買おうかなと一瞬だけ思う。でも、次の瞬間は、こんなもの買っても壊されたときに失う悲しみが増えるだけだ、っていう思いが被さってきて、買いたい気持ちは雲散霧消してしまうの。それよりも明日にも一家皆殺しになってしまうかもしれないって」 「波瀾万丈」という言葉でくくれない「生きる」ことの重みを感じたドキュメンタリーだった。

    76
    投稿日: 2024.09.06
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    米原万里さんが、9〜14歳の頃、1960〜1964年にプラハ・ソヴィエト学校に通っていた頃のお話と、約30年後にその時の友達三人に夫々会いに行くお話。 ギリシャ人のリッツァはドイツで町医者となり、ルーマニア人のアーニャはイギリスで編集者となり、ボスニア・ムスリムのヤスミンカはベオグラードで外務省に勤め(会う直前に退職)、と、夫々全く違う人生を歩み、そこに至るまでの道のりを本人から米原万里さんが直に聞く形で物語が語られるわけだが、再会する迄の調査過程もまた面白い。 ヤスミンカの篇に出てくる逸話(先生が、人体で最大6倍になる器官は何か?と聞き、生徒の乙女が恥じらう中、正解は瞳孔、というオチ)は、色んなジョーク集で聞くので、ソヴィエト世界にもあるんだな、と思いながら読んでいたら、もう一捻りあって受けた。(まちがった生徒に、先生が、諭そうとして言わなかったセリフをヤスミンカが言い当てる。ホントにそう思っているなら将来ガッカリしますよ、と。。) 一番衝撃を受けたのは、以下の文。 ロシアでプーチンがこうも人気がある(ホントかどうか分からないが)のは、そういうことなのか、と合点がいった。 P200 「西側に来て一番辛かったこと、ああこれだけはロシアのほうが優れていると切実に思ったことがあるの。それはね、才能に対する考え方の違い。西側では才能は個人の持ち物なのよ、ロシアでは皆の宝なのに。だからこちらでは才能ある者を妬み引きずり下ろそうとする人が多すぎる。ロシアでは、才能ある者は、無条件に愛され、みなが支えてくれたのに」 (ロシア亡命音楽家・舞踏家の発言)

    32
    投稿日: 2024.05.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    【プラハのソビエト学校での友人との記憶と再会の記録】 また目を見開かれるような新しい人生について学びました。 ロシア語翻訳者で著者の米原万里さんは、1959年から1964年、中学校1年生までの5年 プラハのソビエト学校に通われていたそうです。 その当時に親しくなった3人の友人それぞれと、30年の月日を経て40台になった著者がその地を訪れて再会されています。 著者がそもそもなぜプラハのソビエト学校にいたのか、それは父親が共産主義関連の仕事をしていたからで、同じ学校に通っていた子どもたちも、同じような境遇にいて。 ブルジョワ階級と戦い、平等な社会を築くという思想であるはずの自分たち共産党員の家庭が、とても大きな家で暮らし、政権の庇護を受け、特権を享受している。 子どもからすると、ほんとうに知らない間にそんな状況にあって、そこから皆がどういう人生を生きていくのか、という点もとても興味深かったです。 ・・・ 「リッツァの夢見た青空」のリッツァは、ギリシャ人でした。実は見たこともないギリシャの青い空について話しているのですが、大人になったリッツァはドイツ・フランクフルトで、あれだけ勉強も苦手だったのに、開業医となって忙しくされていました。 夫・アントニスは、ギリシャ移民二世の労働者とのことで、その結婚時の両親との意見の対立や、兄・ミーチェスの悲劇的な現状も。 「ねえ、リッツァ、質問していい?リッッアは、なぜ、ギリシャに帰らなかったの。ギリシャは民主化されて、帰還は可能になったのでしよう。いつもギリシャの青い空のこと自慢してたから。てっきりもうギリシヤに住んでいるものと思ってた」 「マリの言うとおり。軍政が打倒された七ハ年、すぐにも飛んでいこうとしたらビザがなかなか下りなくてね、ようやく行けたのは、ハ一年だった。夢にまで見たギリシャの青空は本当に素晴らしかった。目がつぶれてしまうほど見つめていても見飽きないほど美しかった。でもね、マリ、私にとってギリシャで素晴らしかったのは、青空だけだったのよ。一番、我慢できなかったのは、ギリシャでは、女を人間扱いしてくれないこと。それに、子どもをメチャクチャ可愛がるのはいいけれど、 犬猫なと動物に対する嗜虐性にはついていけなかった。ああ、それにあのトイレの汚さは耐え難かった。結局、私はヨーロッパ文明の中で育った人間だったのね。思い知ったわよ」 「それで、ドイツ人やドイッでの生活には満足しているの」 … 自分のアデンティティを柔軟に変えていくような、彼女の強さが伝わってきました。 「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」のアーニャは、ルーマニア出身で、父は独裁的大統領のチャウシェスク政権の幹部。地位ある職についてきた父親の特権と思惑もあり、最終的にイギリス人との国際結婚を果たし、ロンドンでエリート(Upper middle)な暮らしをしていました。著者はのちに、彼女がユダヤ人でもあったことを知りました。一方、兄の一人ミルチャは、異なる人生をルーマニアで築いていました。 著者はアーニャのストーリーの中で、愛国心、望郷の想いは、異国に暮らすと、そして自分の国が小さく弱い場合、また不幸な国であるほど強く大きくなる、と書かれていました。 ルーマニア人の青年通訳ガイドとの会話で印象的だった会話が、 著者「たしかに、社会の変動に自分の運命が翻弄されるなんてことはなかった。それを幸せと呼ぶなら、幸せは私のような物事を深く考えない、他人に対する想像力の乏しい人間を作りやすいのかもね」 青年「単に経験の相違だと思います。人間は自分の経験をベースにして想像力を働かせますからね。不幸な経験なんてなければないに越したことはないですよ」 また、著者は、アーニャの父親の生き様を前に、 「どこから、彼の人生は狂いはじめたのだろう。」と問う部分があります。 社会・時代の流れと人生、世界の見方がどう形成されるかについて考えさせられるストーリーでした。 「白い都のヤスミンカ」のヤスミンカの故郷はベオグラード。1990年代には旧ユーゴスラビア連邦が崩壊し、戦場となってしまう中、彼女の行方を追い、幸いベオグラードで再開を果たします。彼女は外務省での通訳の職を離れたところでした。父親は古郷ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国からの最後の大統領だったとのこと。絵を描く才能に秀でており、なぜか葛飾北斎を信奉していたヤスミンカが、実はムスリムであったことも著者は後に知りました。 才能についてのヤースナの言葉は印象的でした。 「西側に来で一番辛かったこと、ああこれだけはロシアのほうが優れていると切実に思ったことがあるの。それはね、才能に対する考え方の違い。西側では才能は個人の持ち物なのよ、ロシアでは皆の宝なのに。だからこちらでは才能ある者を婚み引きずりドろそうとする人が多すぎる。ロシアでは、才能がある者は、無条件に愛され、皆が支えてくれたの」(本文より) 私たちが単に西欧・東欧という、東欧について、東欧と中欧を区別する見方についても紹介されており、興味深かったです。 ・・・ 他者の世界について想像し、共有する素晴らしい想像力をお持ちの方なのだと思いました。

    1
    投稿日: 2024.05.26
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    少女期を在プラハ・ソビエト学校で過ごした著者が、大人になってクラスメイトに会いにいく話。 ソビエト学校にはたくさんの国から来た人達がいて、それぞれ国民としての意識を持ち、出身国に誇りを持っている。 日本人として日本にいると意識することなんてなかなかないよなあと思います。 すごく興味深かった! こんな世界もあるんだ...と実感させられました。世界は広い!

    10
    投稿日: 2024.04.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    1960年~1964年、プラハのソビエト学校(9才~14歳)で学んでいた日本人作者が大人になってソビエト学校時代の友達に会いに行く、というノンフィクション。20世紀後半の東欧の出来事に絡んでいて、(共産主義、ソビエトの崩壊、独立戦争、内戦、等)歴史は詳しくないので読むのに時間がかかりましたが、1990年代の東欧の歴史がわかり面白かったです。

    0
    投稿日: 2024.04.13
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    ロシアにいいイメージがないけど、他人の才能に対する心の広さ、無私無欲さが国民性にあるというのが印象的だった。 政治的、歴史的知識は全くないものの、惹き込まれて読んだ。 自分て無知だし、何も知らなくてもぼんやり平和に暮らせてるってどんだけ幸せなのかと。職場の人間関係のストレスとかばかばかしいよなと思った。

    0
    投稿日: 2024.04.06
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     ロシア語翻訳者の米原万里さんのエッセイ。米原さんが過ごした在プラハソビエト学校の同級生のエピソードをもとに、彼らとの再開や時代や社会情勢の移り変わりへの考察といった形で構成される。ソビエト学校時代のエピソードも、日本ではなかなか体験できないような場面がでてきて興味深く、私も体験してみたくなってしまった…!  在学時代から時が流れて再開する同級生が想像とは大きく離れた暮らしをしていても、一定の理解を示せるのは、同級生の背景(祖国の社会情勢の変化)への深い理解なんだろうと感じられた。また、国際世論形成がカトリックやプロテスタントに有利なこと、(直接は書かれていないが) 旧東側勢力の情報が入手しずらいことは、現在も変わっていないと感じた。英語はもちろん大事だが、世界で起きていることを正しく判断するためにも、ロシア語、中国語の勉強も続けていきたいと思った。

    0
    投稿日: 2024.03.12
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    実に興味深く、一気に読んでしまった。ソ連の崩壊、ビロード革命は記憶に新しいが、著者は冷戦の時代にプラハのソビエト学校で学んだ貴重な体験を持つ。作品には国籍の異なる3人の同級生のその後の人生が描かれるが、それはまさに激動の歴史に翻弄された壮絶なものであった。私にとっては、最後に登場するユーゴスラビアのヤスミンカの人生が最も衝撃的だった。彼女の無事を祈る。

    1
    投稿日: 2024.03.08
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    これはすごい本だ…。 なんといってもノンフィクションっていうのに驚く。かつてプラハのソビエト学校で同級生だった国際色豊かな友達の思い出と、30年後に再開するまでにそれぞれがどんな人生を歩んでいたかの話。激動の東欧現代史が、ひとりひとりの人生を揺さぶる形で立ち上がってきて心揺さぶられた。 知らなかったこと、考えさせられたこと、もっと知りたいと思ったことがいろいろとありすぎるお話だった。 白い都のヤスミンカで、セルビア悪玉論の話が出てきた時に、「戦争広告代理店」がこの話をメインに扱ってたことを思い出して読みたくなった。

    0
    投稿日: 2024.03.04
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    子供の頃に駐在経験のある身としては、共感する部分が多かった。社会的な(国と国との)情勢と、人々の関係性は必ずしもイコールではないことなど。 歴史的な部分では学びが多かった。私は世界史を第2次世界大戦までしか勉強してないから、その後のヨーロッパの社会主義国の辿った道を知るいい機会になった。 時間と共に変わるもの、変わらないものなどが作者の嫌味なく真っ直ぐな語りで書かれていて読んでいて痛快だった

    0
    投稿日: 2024.02.24
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    著者の学生時代の、異国の友人たちを紹介したお話。 大人になってから会いに行くまでがか書かれているので 当時の状況と、その後の対比にギャップがあって 当時の純粋さが、大人になると悲しいくらいなくなっていることに じんわり寂しさを感じた。 いい本です。

    0
    投稿日: 2024.02.16
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    ヨーロッパの共産主義圏の激動や、 中・東欧の複雑な事情(ヤスミンカの章)の箇所で、 内容に混乱し若干モヤモヤしたが(歴史は苦手…) 著者の貴重なプラハ時代の友人との再会では 感情移入せざるを得ないほどの素晴らしい描写力。 しかし彼女が感じたギャップや矛盾・民族意識等も、忘れてはいけない。 (アーニャの章では複雑な心理を垣間見せている。) 米原さんの人生が、いかに濃いものであろうことがよく判る証明の記録である。 それにしても頭脳明晰な人の文章って凄い。 ノンフィクションというところが、更に凄さを倍増。 プラハに興味が湧いたのは言うまでもない。 youtubeにupされているNHKスペシャルも拝見した。 生でリッツァ・アーニャ・ヤスミンカを見られたのは嬉しい。 そして勿論、米原さんを拝見できたのも。素敵な女性です。 ※【オリガ・モリソヴナの反語法】もまた再読したくなった。

    3
    投稿日: 2024.02.09
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    友達がどうなったか知りたくて、あっという間に読めた。 そういう狭い民族主義が、世界を不幸にするもとなのよ。チャウシェスクの庇護を受けていた家族ノジュール娘

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    投稿日: 2023.11.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ラジオ「高橋源一郎の飛ぶ教室」で聴いて。 著者が生きていたら・・・とラジオでも話していたけれど、どんな発信をされるだろう。 30年以上前のノンフィクションだが、今現在、世界は全く変わっていない。まさに今読むべきかもしれない。 古代から、宗教、民族、思想と難しすぎて、ヨーロッパをはじめ、なかなかすべてを把握できないけれど、とにかく変わらず争いが続いている。 ただ、この当時、3人ともに再会できたことが救いでもある。

    5
    投稿日: 2023.11.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「アーニャの言動や生き方にいちいち抵抗を感じながらも、自分はアーニャが好きなんだと思った」 人と人とのつながりには全てが影響し、そして何も関係しないのか。

    0
    投稿日: 2023.09.06
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    現在のロシア・ウクライナ情勢を知ったら、米原さんだったらどんなコメントをするだろう。米原さんのコメントが読んでみたかった。

    0
    投稿日: 2023.08.24
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    【感想】 本書は、1960年~64年の間にプラハのソビエト学校にいた筆者が、当時の同級生たちを30年越しに再訪するエッセイである。60年~64年というと、ヨーロッパではベルリンの壁が建設され、中米ではキューバ危機が起こっていた。まさしく「東vs西」のピークである。その30年後の1990年台前半はというと、ソ連が崩壊し、東西ドイツが統一された。加えて旧ソ連の衛星国が相次いで社会主義体制を放棄し、ユーゴスラビアでは民族紛争が起こっていた。まさに国の概念がひっくり返る動乱が起きていた時代であり、この間東欧諸国出身の同級生たちはどんな人生を送っていたのか――、そうした足取りを辿る一冊だ。 プラハのソビエト学校では、50を超える国の子どもたちが一緒に勉強していた。当時社会主義体制に組み込まれていた「すべての国の」子どもたちだ。中には亡命してきた者も多く、学生生活のかたわら遠く離れた祖国に思いを馳せていた。 例えば、フランスの植民地であったアルジェリア出身の少年アレックスは、毎日のように無線ラジオに耳を傾け、独立戦争の行方に一喜一憂していた。そして、独立前後の、まだ政情不安な故国に両親とともに帰っていった。その消息は、その後分からずじまいである。 また、内戦が続く南米ベネズエラから来た少年ホセはこう言った。「帰国したら、父ともども僕らは銃殺されるかもしれない。それでも帰りたい」。それから一月もしないうちにホセの一家はプラハを引き上げていった。密入国した両親、姉とともにホセが処刑されたというニュースが届いたのは、さらにその3か月後だったという。 故国が不幸であればあるほど、望郷の想いは強くなる。残酷な運命を抱えた子どもたちは、この学校では決して珍しくない。本書のメインキャラである3人の少女――リッツァ、アーニャ、ヤスミンカも、同じように戦争と政治の惨禍に巻き込まれていく。 本書は社会主義諸国の人々を描いた人間ドラマだ。それと同時に、激動の東ヨーロッパの歴史を切り取った証書だ。作中では、政治の動乱によって市井の人々の生活や価値観が簡単に壊されていく様子が綴られていく。 例えば、筆者自身も学校で差別の対象にされていた。スターリン批判によってソ連と中国が険悪になる中、日本共産党は中国派とみなされていた。そのため、一部のソ連人の子どもたちは、筆者から距離を取っていた。子どもたちに関係のない「政治の世界」の出来事であるにもかかわらずだ。同様に、ユーゴスラビアはソ連から「お飾りの社会主義」と見なされており、ユーゴスラビア出身であるヤスミンカは、ソビエト人の校長から酷い嫌がらせを受けて退学している。 本人たちがどう思おうと、国と政治は否応なく人々の間に線を引いてきた。ソビエト学校の子どもたちは、幼いころから歴史を背負って生きていたのだ。 一方で日本に住む私たちは、東欧の人々と比べて、政治の変動に翻弄されることが少なかった。民族感情の対立を経験しないまま、今日の平和を享受している。それは幸せではあるが、無知から来る幸せだ。 愛国心は国を強くする。しかし同時に、愛国心は排外主義を招き、民族紛争の火種ともなる。動乱の経験のない私たち日本人だからこそ、ヤースナのように、友人、知人、隣人を愛さなければならない。マリやかつてのアーニャのように、愛国心を分断のために利用するのではなく、多様性を理解するために活かさなければならない。本書を読み終わった今、そう強く感じている。 ――それでも、このときのナショナリズム体験は、私に教えてくれた。異国、異文化、異邦人に接したとき、人は自己を自己たらしめ、他者と隔てるすべてのものを確認しようと躍起になる。自分に連なる祖先、文化を育んだ自然条件、その他諸々のものに突然親近感を抱く。これは、食欲や性欲に並ぶような、一種の自己保全本能、自己肯定本能のようなものではないだろうか。 この愛国心、あるいは愛郷心という不思議な感情は、等しく誰もが心の中に抱いているはずだ、という共通認識のようなものが、ソビエト学校の教師たちにも、生徒たちにもあって、それぞれがたわいもないお国自慢をしても、それを当たり前のこととして受け容れる雰囲気があった。むしろ、自国と自民族を誇りに思わないような者は、人間としては最低の屑と認識されていたような気がする。 「そんなヤツは、結局、世界中どこの国をも、どの民族をも愛せないのよ」 アーニャは、よく心の底から吐き出すように、そう言った。 ―――――――――――――――――――――――― 【まとめ】 1 リッツァ リッツァ:ギリシャ人の女の子。リッツァの父親は、軍事政権による弾圧を逃れて東欧各地を転々とし、チェコスロバキアに亡命してきた共産主義者。祖国はギリシャであるが、リッツァは、一時期両親が身を寄せたルーマニアの田舎町に生まれ、5歳のときに家族とともにプラハに移住してきた。 リッツァは勉強は散々だったがスポーツは万能で、小学校4年生にして男の見極め方や性知識を教えてくるおませさんだった。「女優になって、片っ端からいい男と寝てやる」と豪語するぐらいの美少女だった。 筆者のマリは1960〜64年の間、プラハのソビエト学校で学んでいた。5年目に父の任期が終わって日本に戻ると、地元の中学校に編入した。 初めのうちはなかなか溶け込めず、プラハの学校が恋しくて仕方なかった。そのため、リッツァや仲良しのクラスメートにせっせと手紙を書いた。ソ連人の同級生が、誰一人返事をよこさなかった事情については、ずっと後になってから知った。資本主義圏の人間とは、痕跡が残るよう交際をしてはならないと、親や周囲から厳しく牽制されていたのだ。 プラハ時代の学友たちのことが、むやみに心をかき乱すようになったのは、80年代も後半に入ってからのことである。東欧の共産党政権が軒並み倒れ、ソ連邦が崩壊していく時期。もう立派な中年になっている同級生たちは、この激動期を無事に生き抜いただろうか。いつのまにかクラスメート一人一人の顔が浮かんでいることが多くなった。 「リッツァに逢いたい。プラハ・ソビエト学校時代の同級生みんなに逢いたい」 彼らの面影に惹かれるように、再三再四、プラハやプラハ時代の学友たちが帰っていっただろう国々に旅するようになった。 リッツァは医者になり、フランクフルト近くのナウハイム市に住んでいた。かつて「抜けるように青い」と自慢していた故郷ギリシャの青空のもとには帰っていなかった。 リッツァの父は、ワルシャワ条約機構軍のチェコ侵入に断固反対したため、ソ連共産党から爪弾きにあっていた。実質的に国を追われる形となり、西ドイツに移住した。リッツァも大学を続けてはいたが、寮にいられなくなり、奨学金も打ち切られた。 リッツァ「大変は大変だったけど、苦労したのは学問のほう。経済的には、そんなに困らなかった。だって授業料は無料のままだもの。こちらに来て分かったけれど、医学部の授業料は、目が飛び出るほど高くて、これじゃ、金持ちしか行けないわ。私みたいな大して頭の良くない貧乏人があれだけ本格的な教育を受けられたのは、社会主義体制のおかげかもしれない。生活費だって安かったし。気分的にもとても楽だった。まわりには、父の立場に共鳴してくれる人が多かったし」 リッツァの父は移住先で運び屋になって成功を収めたが、1985年に自動車事故で亡くなっていた。兄のミーチェスはかつてプレイボーイだったが、女性関係のトラブルで現在はほとんど廃人状態である。 リッツァ自身は二児の母。上の子はダウン症である。 マリ「ねえ、リッツァ、質問していい?リッツァは、なぜ、ギリシャに帰らなかったの。ギリシャは民主化されて、帰還は可能になったのでしょう。いつもギリシャの青い空のこと自慢してたから、てっきりもうギリシャに住んでいるものと思ってた」 リッツァ「マリの言うとおり。軍政が打倒された78年、すぐにも飛んでいこうとしたらビザがなかなか下りなくてね、ようやく行けたのは、81年だった。夢にまで見たギリシャの青空はほんとうに素晴らしかった。目がつぶれてしまうほど見つめていても見飽きないほど美しかった。でもね、マリ、私にとってギリシャで素晴らしかったのは、青空だけだったのよ。一番、我慢できなかったのは、ギリシャでは、女を人間扱いしてくれないこと。それに、子どもをメチャクチャ可愛がるのはいいけれど、犬猫など動物に対する嗜虐性にはついていけなかった。ああ、それにあのトイレの汚さは耐え難かった。結局、私はヨーロッパ文明の中で育った人間だったのね。思い知ったわよ」 「それで、ドイツ人やドイツでの生活には満足しているの」 「ぜんぜん。もちろん、病気じゃないかと思うほど街も公共施設も清潔なのは気持ちいいけれど、ここはお金が万能の社会よ。文化がないのよ。チェコで暮らしていた頃は、三日に一度は当たり前のように芝居やオペラやコンサートに足を運んだし、週末には美術館や 博物館の展覧会が楽しみだった。日用品のように安くて、普通の人々の毎日の生活に空気のように文化が息づいていた。ところが、ここでは、それは高価な贅沢。経済はいいけれど、文化がない」 2 アーニャ アーニャ:「雌牛」というあだ名の、ぽっちゃりしたルーマニア人の女の子。筋金入りの愛国者かつコミュニストで、大げさな革命的言辞を異常に好んでいた。アーニャには虚言癖があり、やたらめったら話をドラマチックにしたがった。常に自分流を押し通して周囲を混乱させていたが、心根が優しく、友達を大切にする子で、話しが面白くクラスメートから愛されていた。父親がチャウシェスク政権の幹部であるため大金持ちで、共産主義者でありながらブルジョワ的な暮らしをしていた。 アーニャはルーマニアを心から愛し、ソビエト学校の途中で母国ルーマニアの学校に転校していった。 帰国後最初に届いた手紙には、自分の国に住む喜びが素直に綴られていた。 アーニャ「マリ、ずっとずっと夢見ていたけれど、自国語で暮らし学ぶことが、これほど興奮し心躍るものだとは想像がつかなかった。今は、ルーマニア語で友達とおしゃべりしたり、宿題を考えたり、授業で先生に当てられて答えたりするのが、嬉しくて嬉しくて仕方ない の」 当時のルーマニアは決して幸せな国ではなかった。国内では国粋主義的・排外主義的締め付けが進み、貧富の差は激しかった。アーニャは特権を享受する立場だった。彼女自身は18歳でイギリス人と結婚し、ロンドンに移住していた。 1995年、筆者はブカレストを訪れた。かつて東欧のパリと讃えられた街に、その面影はなかった。荒れ果てた街の風景に、何よりも人々のすさんだ表情と、何かに怯えるような落ち着きのない瞳に衝撃を受けた。その瞳からは独裁体制から自由になった喜びや希望は読みとれない。崩れかかった古い建物、建設途中で放置されたコンクリートの建造物、大量の野良犬。それと対を成すように立ち並ぶ豪華な邸宅には、チャウシェスク政権時代の幹部が今も住んでいる。街も人も、いまだにチャウシェスクの時代に取り残されていた。 アーニャの両親は、警備員付きの豪華な邸宅に住んでいた。広い庭とテニスコート、革張りの玄関扉を抜けた先には、広い廊下と両側にいくつもの巨大な部屋が並んでいた。アーニャ自身は今、ロンドンで旅行雑誌の副編集長をしている。英語も完璧であり、完全にイギリス人になっているらしい。あの熱烈なルーマニア愛国者のアーニャがだ。 マリはその日の夜、アーニャの兄のミルチャと会い、家族の身にあったことを話した。 「僕の両親は、この体制の救いようのないことをとっくに察していたんですよ。おそらく、すでに60年代後半にはね。それで、目に入れても痛くないほど可愛い娘を外に逃すことにしたんだと思います。父だけでなく、党の幹部たちの中でもインテリ出身の連中は、まるで暗黙の了解でもあるかのように、軒並みそういう手を打っていました」 「どうして、分かるんです?」 「僕も父から言われたからです。外国に留学して、留学先で結婚相手を見つけてこの国を出ろと」 「そのアドバイスに従わなかったんですね」 「当然です。そんな卑劣な父が許せなかった」 「アーニャは、素直に従ったというわけですか?」 「いや。アーニャの前では、父も尊厳を保とうと、かなり見栄を張ってましたからね。僕に対してと同じ台詞を言ったとは考えられない。でも、そのようにアーニャの人生が展開するようにリモート・コントロールしていった。党の幹部たちの子弟用には、普通の子どもたちが行く学校ではなく、特別な学校があったんです。アーニャはプラハから帰国すると、そこへ通いました。少人数で教師たちは皆、超一流の学者だった。本職はみな大学教授でしたからね。その中には、学生時代からの父の友人も多く、その友人たちを通して、アーニャの関心を近代西欧の哲学に向かわせ、ルーマニアの大学ではなくイギリスの大学に留学するよう仕向けていった」 チャウシェスク政権下では、ルーマニア人が外国人と結婚するのはほぼ認められていなかった。政権幹部だけが、その特権を悪用していた。ミルチャはその立場に我慢できず、自ら家を出たのだった。 その後、マリはアーニャとプラハで再開する。 「アーニャはソビエト学校でも愛国心の強さでは右に出る者いなかったでしょう。あれも、白黒の世界だったの?国籍を変える時は、辛くなかったの?」 「国境なんて21世紀には無くなるのよ。私の中で、ルーマニアはもう10パーセントも占めていないの。自分は、90パーセント以上イギリス人だと思っている」 さらりとアーニャは言ってのけた。ショックのあまり、私は言葉を失った。ブカレストで出逢った、瓦礫の中でゴミを漁る親子を思いだした。虚ろな目をした人々の姿が寄せては返す波のように浮かんでくる。 「本気でそんなこと言っているの?ルーマニアの人々が幸福ならば、今のあなたの言葉を軽く聞き流すことができる。でも、ルーマニアの人々が不幸のどん底にいるときに、そういう心境になれるあなたが理解できない。あなたが若い頃あの国で最高の教育を受けられて外国へ出ることができたのは、あの国の人々の作りあげた富や成果を特権的に利用できたおかげでしょう。それに心が痛まないの?」次々とそんな想いが頭の中を駆けめぐるのだが、口ごもってしまって、言葉にならない。アーニャは、顔を上気させて滔々とまくし立てる。 「そうよ、マリ。民族とか言語なんて、下らないこと。人間の本質にとっては、大したものじゃないの。人類は、そのうち、たった一つの文明語でコミュニケートするようになるはずよ」 「ルーマニアの人々の惨状に心が痛まないの?」 「それは、痛むに決まっているじゃないの。アフリカにもアジアにも南米にももっと酷ところはたくさんあるわ」 「でも、ルーマニアは、あなたが育った国でしょう」 「そういう狭い民族主義が、世界を不幸にするもとなのよ」 丸い栗色の瞳をさらに大きく見開いて真っ直ぐ私の目を見つめるアーニャは、誠実そのものという風情だった。 3 ヤスミンカ ヤスミンカ(ヤースナ):ユーゴスラビア人で、クラス一の優等生の女の子。体育とダンスをのぞくあらゆる学科をほぼ完璧にこなし、とくに絵の才能がずば抜けていた。葛飾北斎にインスピレーションを受けていたらしい。本人は褒められてもあまり喜ばず、何事にも程よい距離を保ちクールに振る舞っていた。 1960年代初頭から63年の半ばぐらいまでは、ソ連から「ユーゴスラビアは社会主義諸国の一員ではない」「社会主義を騙るほとんど資本主義国である」とみなされ、ヤスミンカもあまりクラスに友達がいなかった。 筆者が中学三年生のとき、ヤースナはソビエト学校を退学してチェコの学校に転校した。そのまま学年末まで通い、ユーゴスラビアに帰国した。 筆者がユーゴスラビア連邦を訪ねたのは1995年の11月、ユーゴスラビア民族紛争の真っ只中だった。なんとヤースナの父親は、ユーゴスラビア連邦の大統領のひとりになっていた。その中でもボスニア出身の大統領は彼が最後である。ヤースナ自身は外務省の通訳・翻訳官を勤めていたが、3か月前に辞め、ベオグラードに住んでいた。 ヤースナ「マリ、私、空気になりたい」「誰にも気付かれない、見えない存在になりたい」 紛争が始まってから、ムスリム人の両親から生まれているヤースナの人間関係はギクシャクしていった。外務省を辞めたのは自ら退職願を出したからだった。 ヤースナはアーニャ一家とは違って、庶民向けの大規模団地に暮らしていた。日常生活を丁寧に生きる、幸せな家庭を築いていた。 ヤースナ「でもね、マリ、このすべてが、いつ破壊し尽くされてもおかしくないような状況に、私たちは置かれているのよ。翻訳している最中も、本を読んでいるときも、台所に立っているときも、ふとそのことで頭がいっぱいになるの。すると、振り払っても振り払っても、 恐ろしいイメージが次から次へ浮かんできて気が狂いそうになる」 「この戦争が始まって以来、そう、もう5年間、私は、家具をひとつも買っていないの。食器も。コップひとつさえ買っていない。店で素敵なのを見つけて、買おうかなと一瞬だけ思う。でも、次の瞬間は、こんなもの買っても壊されたときに失う悲しみが増えるだけだ、っていう思いが被さってきて、買いたい気持ちは雲散霧消してしまうの。それよりも明日にも一家皆殺しになってしまうかもしれないって」 「私にはボスニア・ムスリムという自覚はまったく欠如しているの。じぶんは、ユーゴスラビア人だと思うことはあってもね。ユーゴスラビアを愛しているというよりも愛着がある。国家としてではなくて、たくさんの友人、知人、隣人がいるでしょう。その人たちと一緒に築いている日常があるでしょう。国を捨てようと思うたびに、それを捨てられないと思うの」

    39
    投稿日: 2023.08.19
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    米原万里さんが幼少期プラハソビエト学校で過ごした日々と、その時に出会った3人の友人リッツァ、アーニャ、ヤスミンカとの関わりについて物語として描かれる。幼少期の印象に残る体験が大人になって蘇り、あの子はなぜあの時あの行動をしたのかを知ることになる体験は、実生活でもある。ソビエト学校での体験は、ネットが普及せずそれぞれの文化が現代以上に色濃いものだったに違いない。大人になって3人それぞれに会った時、当時知り得なかった事を知り…。 東欧の状況、民族紛争等、市民の視点で描かれて歴史理解も深まった。名著すぎる。

    1
    投稿日: 2023.07.30
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    プラハのソビエト学校で出会った個性的な友人について、学生時代の思い出とその後の生活が鮮やかに描かれている。作者は幼い時から大人になるまでに経験した激動の時代の痕跡に直面し、作中の笑いは社会の極限状態を映し出しているかのように感じられる。読者にとっても、国家観を見つめ直すきっかけとなるであろう。

    0
    投稿日: 2023.07.08
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    自分とはまったく違った子供時代のドキュメンタリータッチの作品。共産圏、中・東欧の歴史や情勢の激動の中で、子供達が懸命に、社会にのみこまれながらも生きていく姿が印象的だった。3.7

    0
    投稿日: 2023.05.11
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    米原万里(1950~2006年)氏は、日本共産党幹部だった父親の仕事の関係で幼少期をプラハで過ごし、東京外語大ロシア語学科卒、東大大学院露語露文学修士課程修了、日ソ学院(現・東京ロシア語学院)や文化学院大学部でロシア語を教える傍ら、1978年頃より通訳・翻訳を手がけ、1983年頃からは第一級の通訳としてロシア語圏の要人の同時通訳などで活躍した。日本女性放送者懇談会賞受賞。ロシア語通訳協会会長。また、エッセイスト、ノンフィクション作家としても活躍し、『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か』で読売文学賞(1994年)、『魔女の1ダース』で講談社エッセイ賞(1996年)、『オリガ・モリソヴナの反語法』でBunkamuraドゥマゴ文学賞(2002年)を受賞した。 本書は、2001年に出版され、大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。(2004年文庫化) 本書は、著者が9歳から14歳までの5年間通った、プラハにある(ソビエト連邦外務省が直営する外国共産党幹部子弟専用の)ソビエト大使館付属学校で共に過ごした個性的な女友達3人(亡命ギリシャ人の娘のリッツァ、ルーマニアの要人でユダヤ人の娘のアーニャ、ボスニア・ヘルツェゴビナの最後の大統領の娘でボスニア・ムスリムのヤスミンカ)について、1989年の東欧革命に端を発した激動の中で、20余年の時を経て探し当てて再会を果たし、少女時代には知らなかった、そのルーツ故に辿ったそれぞれのその後を描いたノンフィクション/エッセイ、「リッツァの夢見た青空」、「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」、「白い都のヤスミンカ」の3篇から成る。 私は普段、ノンフィクションやエッセイを好んで読むのだが、今般、過去に評判になった本で未読のものを、新古書店でまとめて入手して読んでおり、本書はその中の一冊である。 読み終えて、いずれもノンフィクションなので、当然ながら個別具体性の極めて高い作品である一方、共産主義・社会主義イデオロギー、全体主義的統治、複雑な宗教事情、ユダヤ民族問題等の多くの側面を持った(20世紀後半の)東欧の姿を映し出した三部作の絵画のような作品だと感じた。また、私は1990年代初頭に欧州に駐在し、プラハや、壁がまだあちこちに残るベルリン等に訪れる機会があったのだが、当時、そこに住んでいた人々は、本書に描かれたような生活・人生を送っていたのか、と振り返る意味でもとても興味深いものであった。 尚、解説で斎藤美奈子は本作品をこう評している。「彼女の代表作を一冊だけあげるとしたら、おそらく本書『噓つきアーニャの真っ赤な真実』になるのではないかと思います。米原万里にしか書けない題材と方法論という点では、・・・本書はおおげさにいえば彼女自身の人生と大きくかかわっているからです。本書は二十世紀後半の激動の東ヨーロッパ史を個人の視点であざやかに切りとった歴史の証言の書でもあります。個人史の本も、現代史の本も、個別に存在してはいるものの、両者をみごとに融合させたという点で、『噓つきアーニャの真っ赤な真実』はまれに見る優れたドキュメンタリー作品に仕上がったのでした。」 そして、我々が本書から学ぶこととしては、著者がアーニャに投げかけた次のような言葉になるのだろう。 「抽象的な人類の一員なんて、この世にひとりも存在しないのよ。誰もが、地球上の具体的な場所で、具体的な時間に、何らかの民族に属する親たちから生まれ、具体的な文化や気候条件の下で、何らかの言語を母語として育つ。どの人にも、まるで大海の一滴の水のように、母なる文化と言語が息づいている。母国の歴史が背後霊のように絡みついている。それから完全に自由になることは不可能よ。そんな人、紙っぺらみたいにペラペラで面白くもない」 少女時代をプラハで過ごした著者だからこそ書き得た、傑作ドキュメンタリー三部作である。 (2023年5月了)

    2
    投稿日: 2023.05.10
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    この本、面白い。 政治権力が行き着くところどこを見ているのかを遠回しに指し示していて、その中で民は途方にも暮れながらそれぞれが悪戦苦闘して生きていく他ないことを思い知らしてくれます。 しかし100年も経たない話ですか、これが。歴史って時代って動いていくもんですね、改めて当たり前のことを感じました。

    1
    投稿日: 2023.04.21
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    自分の知らなかった世界。 この本を読んで良かったと思う。 自分の家族や友達、つまりは自分の生きてる視界には全くと言っていいほど実際かかわりがなかった世界を知れた。 きっと一生話すことのなかったろう人たちの話を聞けた。 東欧で生まれたらどんな人生になるのか。 社会主義、民主主義と政治的思想に翻弄されて生きるということ。 ナショナリズムが個人のアイデンティティにかかわるなんて当たり前のことだけど、 こんなに逃れられないものなのか。 米原さんの別のエッセイを読んだ時は、この人の作品あんまり好きじゃないなあ、と思ったんだけれど、この本には引き込まれた。

    1
    投稿日: 2023.04.14
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    (2004年に別のところに書いたレビューの転載) 文庫化を待ちわびて、さっそく読んだのですが、単行本がでたときによんでおけばよかった! と思いました。物語として読ませるのはもちろんですが、数十年前の共産圏の暮らしぶりや人々の考え方、その後の変化の様子などがよく描写されていて、勉強になりました。 通訳から作家・エッセイストとして明るく剛胆でさばさばしている印象がある米原さんですが、少女時代をのエピソードから素顔をちらと垣間見たような気もします。 マリがプラハのソビエト学校で出会った各国の少女たちのその後は、どれも平坦ではないけれども、それぞれたくましく生きていることも感銘を受けるし、そうした彼女たちに曲折を経て再会し、思い出と現実を行き来する著者の姿にも打たれました。 さらに年月が流れ、彼女たちはいまどうしているのだろうと気になります。

    1
    投稿日: 2023.03.06
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    もっと東欧の歴史に詳しくなってからもう一度読みたい。 多感な時期に母国を離れて多国籍な現地学校に通う子供達。祖国を背負っている感が、日本国内のみで生きてきた人間と段違いにある。

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    投稿日: 2023.03.05
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    小4の時にプラハのソビエト学校に通っていた著者。その時の同級生と再会する旅に出る話。 3人の同級生が登場する。みんな個性的で魅力にあふれるエピソードが描かれていて時代も国も違う私も友だちになりたくなってしまう。 日本は1つの土地に同じ民族でずっと住んでいたので理解するのが難しいが、祖国に恋い焦がれる気持ち、民族を大事にする気持ちが多国籍な友だちを通して少し理解できた気がした。 冷戦時代のソ連の勢いはすごかったんだなぁ。それが徐々に勢力が縮小していって不安になるプーチン大統領の気持ちが少し理解できるような気がした。 しかし、共産主義で平等と言いつつ、実際は上の人ばかり優遇されていたらうまくいかなくなるはずだよな…と思ってしまう。

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    投稿日: 2023.02.10
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    ソビエト学校に通っていた子供たちなので、親の所属する思想は一緒だったと推定されるが、民族や宗教はバラバラななか、子供たちは仲良くやっていた描写があり、考えさせられた。一方で、社会主義といいながらも家庭の実態はいろいろだったりして、そこも人間くささを感じた。成長していろいろある描写もまたよい。

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    投稿日: 2023.01.30
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    1980以降の中東欧の民俗事情が良く伝わってくる。 政治、民族、宗教、国家と、個人。 日本にいては想像もできない事情を知ることができる。

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    投稿日: 2023.01.28
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    ハンガリーに住むなかで、中東欧に関する本を読みたくなり手に取った本。 3つの物語は歴史の話としても面白いが、根本的には子供や家族の人生の話である。 2000年前後に生まれた人間としては、フィクションのようにしか感じられない社会主義や民族紛争の世界で、実際に生きていた人々がいて、それぞれの考えや思いがあったのだということを、鮮やかに突き付けられた。

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    投稿日: 2023.01.18
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    ・ 米原万里『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』 ・ 母から借りた本 ・ 小説だと思って読んでいて途中でん?もしや?と調べてみたらノンフィクションだった ・ 日本共産党の代表だった父に連れられてプラハのソビエト学校で過ごした日々が語られている ギリシャやユーゴスラビアなど様々な国の子女が通う学校で多感な少女時代を過ごした著者 激変する社会情勢に振り回される様がノンフィクションだけにリアルに表現されていている その場にいた人の経験は臨場感がある 今のウクライナ情勢が頭をよぎり胸が詰まります ・ 母に貸してもらわなければ自分からは絶対に手に取らなかったであろう本はたくさんある 本作もそう 自分で選ぶ本はどうしても偏りがちになるので人から貸してもらって読む本は新しい世界が開けるような感覚があります

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    投稿日: 2022.12.13
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    このレビューはネタバレを含みます。

    主人公マリと、マリが少女時代に通っていたプラハソビエト学校の同級生の物語。マリが歪みに歪んだ社会においてどのように成長していくのか、同級生はどのように成長していったのか、ノンフィクションで共産主義社会の歪みを描く。 最初に在学中の友人との思い出を、その後に30年後の再会を語る。これ一冊でプラハの春や、チャウシェスクの治世、ユーゴスラビア紛争に触れている。あまりにも重たく面白い。そしてそのさなか、同級生がどのような価値観を持っており、それがどう変遷したかを明白に示している。 最初にギリシャ人で勉強のできないリッツァの物語。親がギリシャ共産党の要人だった。レーニンのことを『一度も労働者階級になっていない中そこそこ裕福な暮らしを続けた』と見抜いている。父がプラハの春への軍事鎮圧に反対して放逐され、残された彼女は必死にカレル大学で勉強。医学をおさめてドイツで医師をしていた。 二人目はルーマニアのアーニャ。両親がチャウシェスクの腹心であり、特権を濫用してバカでかい屋敷に住み、およそ労働者階級らしくない生活、何一つ不自由ない暮らしをしていた。鎖国している中海外留学してイギリスに逃れ幸せに暮らす。再会後、マリは(うまく言えないが)アーニャの背景には幾多のルーマニア人の血と汗の臭いを感じ取っているが、彼女は無頓着にイギリス人としてのアイデンティティを持ちながら、コスモポリタン的楽観的主張をしている。アーニャの兄、ミルチャは両親の既得権益を貪るさまを毛嫌いして、学問の世界に生きる。片や特権を最大限活かし国外脱出した組、片や(多少特権にお世話になりながらも)自身の特権を恥ずかしく思い等身大の生き方をしようとする組、その残酷な対比が際立っている。そして、真っ赤な真実には血の赤さも含むように感じる。 三人目はユーゴスラビア人の才媛、ヤスミンカ。母国がソ連と反発し合う中孤独感を募らせていた。同じくソ連と反りが合わない日本共産党員の娘マリと、孤独を軸に仲良くなる。しかし、彼女は新しい校長にいじめられ、ユーゴスラビアに戻ることに。その後、ユーゴスラビアは崩壊。なんとヤースナの父はボスニアの大統領だった。父のいるボスニアと、セルビアの戦争で苦しむ。自分がユーゴスラビア人という自覚はあるが、ボスニア人(ボシュニャク人というべき?)という感覚はない。ムスリムでもない。この戦争が恐ろしく、亡命したい気持ちもあるが、それでもこの国が母国であった。セルビア人の友人もいるしモンテネグロ人の夫もいる。そういう割り切れなさに思い悩んでいた。彼女はその思いをボイボディナの素朴派画家の祖国への思いと重ねているようだった。 読んでいて感じたのは、実に若い(幼い)主人公たちが政治的な主張を何度もすることだ。特にアーニャの場合顕著だが、思春期真っ盛りの学生から『というわけで、ルーマニアの農民が草鞋しか履けないなんて完全なデマ、ルーマニアとソ連両国人民の友好に楔を打ち込もうとする悪質な反共キャンペーンだわ』という発言が出ることが真に幸福なことかと考えてしまう。 思春期くらいの学生が政治的思想に触れることには価値があるだろうが、それは自分で考える主体性を身につけるための過程において価値があるのであり、統治者に取って便利な政治的あるいは国粋主義的な模範解答を作り出すことには価値がないだろう。特に『悪質な反共キャンペーン』というフレーズは相手の名誉を地に落とす、破門にも通ずる恐ろしいものだ。反共というだけで相手に不道徳のレッテルを貼ってしまう。

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    投稿日: 2022.12.07
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    宗教が根付いていない日本人の私には、海外の宗教紛争はいまいちピンとこない感覚なので、今回すすめられなかったら一生読む事はなかったでしょう。 故郷から遠く離れた子供たちが当然のように抱く「愛国心」。その表現は様々で、矛盾を抱えながら必死に生き延びる姿が胸をうちました

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    投稿日: 2022.11.04
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    たぶん著者初読み。 ノンフィクションじゃないみたい。すごくいい。軽い内容ではないのに、あっという間に読んでしまった。心は中欧!

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    投稿日: 2022.11.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読書会参加二回目、課題図書 いい本を挙げて頂いた 米原真理さんは「犬猫好き」で有名でエッセイも楽しませてもらった 有能なロシア語の同時通訳者だったそうで、ゴルバチャフさんのお気に入りだったとか プラハの「ソビエト学校」の個性的過ぎる同級生三人 両親の生きざま、時代背景、国家まで背にして生きざるを得なかった彼女たち 三人を探し出し、涙の再会 夫々の過酷な人生を想う どうぞお幸せでありますように 万理さん、悔しいです 現在のウクライナ情勢も考えずにはいられない。 地図を見つめながら…… ≪ 激動の 東欧の点 真実は ≫

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    投稿日: 2022.10.21
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    著者、米原万里の少女時代の友人3人にスポットを当て、彼女たちとの思い出と、大人になってから再開したときのエピソードが描かれたノンフィクション。 父が共産党の政治家であり、チェコスロバキアに代表として家族を連れて送り込まれたという特異な生育環境だけあって、彼女が持つ思い出も一般的日本人からは想像も難しいようなワールドが広がっている。 チェコのソビエト学校に入れられていたという経歴から、自然と友人たちも各国の共産党関係者の子弟であり、共産主義が瓦解していく末路と共にそれぞれのその先を生きている。 それは、主義者から離れ自由に家族と小さなしあわせを持つ未来であるし、特権階級の欺瞞に飲み込まれ切って自身の矛盾すら理解できない醜悪な姿になった未来でもあるし、果てしない主義とナショナリズムの争いから逃れられない運命にあって疲弊する未来だったりする。 重い現実がそこにはあるが、筆者の筆致もあって各友人たちが実に魅力的なキャラクターとして描かれており、読み物として面白い。

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    投稿日: 2022.10.16
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    一気に読み終えました。 激動の歴史と少女時代の想い出が、鮮やかに映像になって 迫ってくるような、優れたドキュメンタリーでした。 あの時代の複雑な旧ソ連と周辺国の問題に、そこに生きている人の立場から触れることができました。 ロシアとウクライナの戦争が、単なる領土問題ではない、歴史や民族感情からくる根深いものだというのが少し分かったかもしれません。

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    投稿日: 2022.09.23
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    ロシア語翻訳者の草分けである米原万里によるノンフィクション小説。 日本共産党の代表としてプラハに赴任した父親に連れられて、小学校時代をプラハのソビエト学校で過ごすという、著者の特殊な体験を記している。 まず、ジュブナイル作品として最高に面白い。 3人の友人について、ソビエト学校での彼女らとの思い出、そして大人になってからの再会が語られる。 回想に滲み出ているのは、10歳前後の少女が持つ大人顔負けの気高さや鋭さ、そして大人になってわかる「あの頃」の他愛なさとかけがえのなさ。 『スタンド・バイ・ミー』や『IT』を観たときのように、二度と戻れない少年・少女時代への郷愁を存分に味わわせてくれる。 その上で、時間的にも場所的にも遠く離れた共産主義国の社会について、実体験に基づいて教えてくれる貴重な本でもある。 民族対立や複数の共通語、イデオロギーへの忠誠心など、日本では縁遠いこうした問題が子供にとってさえ決定的な影響力を持つ世界の話はいちいち新鮮で、目から鱗が落ちるような思いがした。 ウクライナ戦争以来、世間でも再注目されているようだが、まさしく今読むべき本と感じた。

    3
    投稿日: 2022.09.13
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    一度ペンで書かれた言葉は斧でも切り取られないの。 主人公マリの先生が発した一言にどきっとした。文章を気軽に発信できる今でも同じことが言えるのではないか。刺さる言葉は、国境を越え色褪せないのだと教わった気がした。 1960年代にマリが出会ったプラハのソビエト学校時代の親友たち、そして時を越えて再会する彼女たち。国に翻弄され時代の荒波にもまれる彼女たちの人生は、とてもノンフィクションとは思えず、読みすすめる指が止まらなかった。

    2
    投稿日: 2022.09.12
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    エッセイストの著者が、1960年代にプラハのソビエト学校でともに学んだ3人の友人を尋ねる。旧ソ連の影響の大きい東欧で過ごした学生時代と、その後の人生は三者三様に厳しいものだった。ギリシャ、ルーマニア、ユーゴスラビアと、それぞれに揺れ動く国の歴史でもある。 出版されて直ぐくらいに読んだが、ウクライナとロシアの今を見ていて、もう一度読んでみようと思った。島国日本では思いもよらない歴史を実感した。

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    投稿日: 2022.08.07
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    3人によくたどりつけたなあ、と驚く。 そんなことがあるのか、と。 それぞれの人生や人柄が強く感じられ、とても興味深かった。 社会情勢に弱いので、理解しきれない部分があったとは思うけれど。 文化の違いも感じられ、読んでいて楽しかった。 勉強は苦手だったリッツァは、偏見や先入観がない子どもの感覚や率直さをもっていた。 チャーミングな女の子だと思う。 リッツァとの再会は、読んでいる私も、いくつもの驚きの連発で、楽しかった。 自分の人生を守るため、自分をごまかし心を直視できないアーニャが悲しい。 国のことは、個人の力ではなんともできないことばかり。 目をそむけたくなるアーニャの気持ちはわかる気がする。 しかし、それでも祖国を愛するアーニャであってほしい。ズルい大人であってほしくない。そんなマリの気持ちも、よくわかる。 この先、人生の後半に自己のアイデンティティに向き合わざるを得ない時がアーニャにやってくる気がする。 なんとなく。 ヤスミンカの知性や人間性が美しい。 彼女がマリに手紙を書かなくなった気持ちはよくわかる。 「空気になりたい」という彼女の気持ちは悲しく痛い。その想いも、よくわかる。 時を隔てても、日本から探し訪ねてきてくれたマリの存在は、大きな支えとなったのではないか。 この先の彼女の生活が無事であってほしい、と、私も祈りたくなった。 3つの作品の中で、一番凛とした女性のように感じた。

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    投稿日: 2022.08.01
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    社会は大人の都合で変わっていく。民族は誇りと体裁による分断を繰り返し、対話ではなく暴力を先行していく。それが政治ならば、犠牲になる民は信奉するのだろうか。弱き者は諦めと妥協をひた隠すように生活の場を求めていく。血や思想が違うことが何故争い事の発端になるのだろうか。愚かな人間の政を冷ややかに見遣る筆致に引き込まれていく。権力の魔は恐ろしい。

    0
    投稿日: 2022.07.18
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    手記のような小説かと思って読んでいたら、実話だった。 昔の本だけど、今と重なることが多く、胸が苦しくなる。 いまに繋がる歴史

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    投稿日: 2022.07.09
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    カテゴリーはエッセイとされているが、まるで小説のような構成と展開。 少なからず脚色もあるだろう。 冷戦時代の東ヨーロッパがどのような状況だったのか、またその地域で暮らす西側諸国の子女の暮らしがいかなるものだったのか等、興味深い事柄の一端を知ることができる、貴重な生の資料でもある。 著者も自認されているように、お行儀という点を含み、なかなか色合いが強い文章なので、そこらの好みが合うかどうか。

    0
    投稿日: 2022.07.07
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    卒論には役立たないがおもしろい。チェコ、ユーゴスラヴィアが舞台だが、それ以外の国についても書かれているので、東欧を旅行する前に読むことをぜひ勧める。

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    投稿日: 2022.06.06
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    「米原万里」のノンフィクション作品(エッセイ?)『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』を読みました。 2002年度第33回「大宅壮一」ノンフィクション賞受賞作品です。 -----story------------- ユーモラスに、真摯に綴られた、激動の東欧を生きた三人の女性の実話! 一九六○年、プラハ。 小学生の「マリ」はソビエト学校で個性的な友だちに囲まれていた。 男の見極め方を教えてくれる、ギリシア人の「リッツァ」。 嘘つきでもみなに愛されているルーマニア人の「アーニャ」。 クラス1の優等生、ユーゴスラビア人の「ヤスミンカ」。 それから三十年、激動の東欧で音信が途絶えた三人を捜し当てた「マリ」は、少女時代には知り得なかった真実に出会う!  第三十三回「大宅壮一」ノンフィクション賞受賞作。 ----------------------- 小学生時代(プラハのソビエト学校)の級友三人の過去と現在について、それぞれ一篇ずつ物語が綴られています。  ■リッツァの夢見た青空  ■嘘つきアーニャの真っ赤な真実  ■白い都のヤスミンカ 東欧の歴史や文化、民族、宗教等に関する知識が乏しいので、なかなか頭の中でイメージを膨らませることができませんでしたが、読みやすい文体で、街並みや風景から心理状態までが巧く描写してあり、異性の物語にも関わらず、意外と感情移入できました。 ドキュメンタリー作品として映像化したいなぁ… と思われる感じでしたね。 そして、著者の鋭い人間観察力に脱帽しました。 東欧のことについての知識があれば、もっと愉しめた作品だと思います。 祖国ギリシャの空を「それは抜けるように青いのよ」と自慢し、勉強が苦手で性的知識が豊富なおませな少女だった「リッツァ」、、、 実は奥手で晩婚、苦手な勉強を克服し、絶対にならないと言ってた医者になり、ドイツで開業医として活躍。 平気で嘘をつくけど、愛されるキャラクターで、共産主義の理想を主張しながら、自分は特権階級として豪華な邸宅に住んでいるという矛盾をもつルーマニア人の「アーニャ」、、、 理想としていた共産主義の国を捨て、イギリス人と結婚し、イギリスで旅行雑誌の副編集長として活躍。 クラス一番の優等生で、美人で、絵画の才能も備え、いつも冷静沈着なユーゴスラビア人「ヤスミンカ」、、、 自国に戻り、サラエボで民族紛争に巻き込まれたかと思われたが、ベオグラードにいて戦火を免れ、外務省で活躍。 (その後、ベオグラードもアメリカとNATOに爆撃されるのですが… ) それぞれ、波乱万丈な人生を歩み、居住地もバラバラですが、著者の粘り強い捜索に運も加わり、無事、三人に再会できたというのは、なかなか感動的でしたね。 でも、最も印象に残ったのは、「ヤスミンカ」の父親が語る、十五歳でパルチザンに加わった経緯… 愛する生徒を守るために、自らが犠牲になった「ボグダーノビッチ」先生の思い出話に心を打たれました。 平和な日本に暮らしていると、なかなか気付くことのない、切実な思いが感じ取れる作品でした… 平和ボケになっちゃいけませんね。

    0
    投稿日: 2022.05.28
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    チェコのプラハ・ソビエト学校。マリの同級生、ギリシア人リッツア、ルーマニア人アーニャ、ユーゴスラビア人ヤスミンカは個性的。プラハの春、ソ連の軍事介入など、社会情勢は激動し、3人は思ってもみなかった道へ進む。ノンフィクションとは思えない読み応え。

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    投稿日: 2022.05.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ノンフィクションエッセイだとは思っていなかったので、 ずっと小説の棚を探していた 共産主義が台頭していた時代にソビエト学校に通っていた当時のエピソードと、ソビエト学校時代の友達に会いに行く現在の話が交互になっている 三つの章に分かれていて、三人の友達それぞれに会いに行ってるけど、同じような時期に会いに行ったのかな?おそらくそうらしい それぞれの友達が違うタイプの人だから、 読んでいて退屈しなかった こんなに身近に政治的思想を感じることってあるんだなぁと、 この本を読んで思った 戦争とか、イデオロギーとか、日常にめり込んでると感じた わたしは生まれた時から戦後で資本主義社会だったから、なんの違和感もなく過ごしてきたけど、 いまも違和感を持って暮らしてる人はいるんだろうなと思った 日常に溶け込んでいるから、 とても読みやすかったし、少しだけ当時の雰囲気を知ることができたような気がする 難しいところは飛ばし飛ばし読んだけど… ただ、表題になっているアーニャに対する作者の気持ちはマイナスな部分が多いのかなぁという印象を持った

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    投稿日: 2022.04.29
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    米原さんのノンフィクションですが、まるで良くできた物語のようです。もちろん良い意味です。 東欧の共産主義社会と日本とのつながりや歴史もまったく知りませんでしたが、旧友との再会、そして再会までのそれぞれの人生が心に響きます。 どんな物語なのかまったく知らずに手を取った私には嬉しいサプライズ的に面白い本でした。ぜひ一度読んでみていただきたい一冊。オススメ!

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    投稿日: 2022.04.24
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    やっぱり米原さんの本は面白い!! 「面白い」というのは読み物としてという意味で、内容は、切ない様な、心温まるような、そんなかんじ。 離れ離れになった友人を必死に探す米原さんの思いがひしひしと伝わる。 今のウクライナ情勢もあり、考えさせられる。 東ヨーロッパは個人的に全然馴染みがないけど、1960-70年代?の激動の東ヨーロッパのリアルな事情を知れる本でもあると思う。 文章ももちろん良いし、3人の友人それぞれを扱った3章立てだが、各章のタイトルに、青、赤、白の色の名前が入ってる。彼女らが共に過ごしたチェコの国旗はこの3色なのね。

    1
    投稿日: 2022.04.07
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    高校生の頃、東欧史に興味を持っていろいろ話していたら父親から渡された1冊。今まで読んだ中で一番好きなノンフィクションの1つです。いろいろな地域や人々の歴史を学んだり、多様な言語を学んだりするなかで、年々米原さんの書いたことがじんわり身体に沁みてきます。 「誰もが、地球上の具体的な場所で、具体的な時間に、何らかの民族に属する親たちから生まれ、具体的な文化や気候条件のもとで、何らかの言語を母語として育つ。どの人にも、まるで大海の一滴の水のように、母なる文化と言語が息づいている。母国の歴史が背後霊のように絡みついている。それから完全に自由になることは不可能よ」

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    投稿日: 2022.02.18
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    文体はとても読みやすく面白かったのですが 自分の知識不足を痛感させられた。 当時の歴史、時代背景にあまりにも疎く、理解できない 部分も多数ありました。 ただ民族感情が、人間の根本に必然的に存在し、これが 様々な紛争の原因ではないかと思わされました。

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    投稿日: 2022.02.11
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    ナショナリズムの感情って、どこから、どうして育つのだろうか。そしてそれがもたらすもの。[東]という言葉の意味するところ、感じさせてしまうニュアンス。 著者のような視点を持って、2022年以降を読み解いていきたい。

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    投稿日: 2022.02.05
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    1960年代、在プラハ・ソビエト学校に通っていた少女期の著者。その小中学校は、40カ国から子どもたちが通う学校。その後、ソ連崩壊、チェコスロバキアの分離独立、ルーマニアなど中・東欧諸国は激動の時代を迎える。1990年代、著者は、かつての在プラハ・ソビエト学校時代の友人を探す旅に出る。

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    投稿日: 2022.01.28
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    定期的に読み返す本。ドキュメンタリーとして放送されたのもよく覚えている。素晴らしい本なので皆に読んでほしい。

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    投稿日: 2021.06.19
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    私は海外小説は読むのですが、現実の海外事情にはほとんど興味がありませんでした。と書くと、後ろめたい気もするのですが。日本が好きなのです。 ただ、そうした興味の無さは、読書がきっかけで変わることもあるということを、今回、本当に実感させていただきました。我ながら驚いているのですよ。共産主義運動やユーゴスラビア紛争にしても。 元々、読もうと思った理由は、フォローしている方々が絶賛されている感想が多かったからで、この作品の内容について、日本に居るだけでは、本当に実感することのできないお話です。下手したら、一生知らずに終わってしまうかも。 それぞれの国があって、それぞれの民族、宗教、歴史がある中で、「ソビエト学校」での様々な事情を抱えながらも、個性的な生徒たちが集まった生活風景には、明るく微笑ましいものを感じながらも、次第に時代の荒波に飲み込まれていく為す術もなさを、大局的な視点で映し出される出来事には、何も思うことができず、情けないが、ただただ無心でページをめくり続けるだけ。このやり切れない無力感は、私の想像を遥かに絶する。 それでも、大いなる存在に強く抗う様や、考え方を変えるしなやかさには、国や民族に捉われない、その人自身の気持ちがはっきり表れていることが分かり、それがノンフィクションだということもあって、とても嬉しかった。 それは、おそらくマリとリッツァ、アーニャ、ヤスミンカとの友情にも。 このような形で、色々な国の当時の事情を、米原万里さんの視点で知ることができたことに、感謝したい気持ちでいっぱいです。 ノンフィクションなのですが、ドラマチックで生々しい展開は、劇的な物語といっても違和感がないほど、ストーリー性の高いことにも驚きでした。世界は広いし、安っぽいと思われるでしょうが、愛しい気持ちになってしまう。

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    投稿日: 2021.05.08
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    発表された当時は、かなり評判になっただろう。国際学校の仲間たち。それぞれの理由で通い、それぞれの事情で、といっても親の政治上の理由なのだけれど、離れ離れになってしまう。そこのところが、少女の多感さと相まって、感じいってしまう。かえすがえすも作者の早逝が、悲しい。

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    投稿日: 2021.04.25
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    完全に私の知識不足で話の半分くらい理解できなかった。いかに世の中、政治に疎いかを痛感させられたので、中学生から学び直したい。

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    投稿日: 2021.04.14
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    歴史、イデオロギー、友情...。著者の体験から綴られる貴重なドキュメンタリー。プラハ・ソビエト学校での先生と生徒の軽妙な遣り取り。外山先生の『ユーモアのレッスン』を思い出した。解説も斎藤美奈子氏という贅沢な一冊。学生時代に様々な国を一人旅し、触れた異文化のことを懐かしむ...。あぁ、旅行に行きたい!

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    投稿日: 2021.03.13
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    時の流れが人を変えてしまうと、最近痛感することが多い。 それを克明に、歴史という背景と絡めて描かれたこの本は、なんだか悲しさを覚えさせるものだった。

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    投稿日: 2021.03.08
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    当たり前だが、つい、忘れてかけてしまう。 どの時代にも、歴史の教科書のたった一文の出来事にも、その背景には自分と同じ人間が生きていることを。 解説の斎藤美奈子氏の言葉を借りるとすると"「具体的に生きる誰か」に対する想像力"。それこそが、自由に他国への情報へ接触し、物理的にも往来できるようになった時代を享受する私たちに必要な力であると思う。 この感覚が鈍磨しないよう、何度でも読み返したい。

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    投稿日: 2021.02.17
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    重いテーマだが、そうとは感じさせない文章の軽やかさ、テンポの良さがいい。女性ならではの視点や内容も新鮮でした。チェコやポーランドなど、戦中戦後の社会主義国にて、子ども時代を過ごした日本人作者の実体験。

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    投稿日: 2021.02.16
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    フォローしている沢山の方が絶賛している本。 たまたま最寄りの図書館に在架していたので、おーこれだ!と借りた。 冷戦時代に東側の国で子供時代を過ごした経験のある人は稀なのではないだろうか。 西側の自分たちが思い描くのは、窮屈で緊張を強いられるような生活だが、そんなステレオタイプな思い込みを吹き飛ばす、自由で破天荒な子どもたち。学校の先生たちもユニークだ。 目や耳から入るフィルターを通した情報と、そこに暮らす人々の声というのは必ずしも一致しないのだ、ということを教えてくれた。 「古本道場」でも米原さんの魅力を角田さんがチラッと伝えてくれていたが、他のエッセイもがぜん読みたくなった。 2020.12.6

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    投稿日: 2021.01.24
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    すごくよかった。 雑誌BrutusのNo. 930で養老孟司さんがおすすめしていた本。 ノンフィクションだけど、文章もストーリーも面白く読みやすかった。 著者米原万里さんの中学時代の友人たちが激動の社会、政治、紛争に人生を巻き込まれながら生きてきた再会までの32年。その話にとても興味深く引き込まれる。 著者のように、もっと多くの人が世界中に安否を案じる大切な友人を持つことが出来たら、世界はもっとよくなるのかもしれないと思った。

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    投稿日: 2021.01.19
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    舞台はプラハのソビエト学校。主人公のマリは父親が日本共産党の幹部であり、党を代表してプラハにある○○(名称は忘れたが革マルの世界版みたいなやつ)へ出向している。当時のソビエトと周囲の衛星国(チェコ、ルーマニア、ポーランド、ベラルーシ)で社会主義が理想の社会であると、当然のごとく信じられている。しかし徐々に不協和音が生じ始め、プラハの春とその後の弾圧等をへてソ連は崩壊する。その後主人公のマリが当時のソビエト学校の友人と再会するという物語。今だからこそ明かされる、当時の抑圧と弾圧、そこからの変節と転向、時を経て再開する喜びと、感じざるを得ない違和感。友情を描いた本でありながら、現実の厳しさを著者独自の経験から導き出した傑作。

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    投稿日: 2021.01.03
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    人から勧められたものの、なんとなく積読されてた本 これからは勧められた本はどんどん読もうと思うと心から思う それほど傑出したできだった 作者が個人的な体験を本当に大事にしながら思索をしているのがよくわかる あの時代のあの場所でないとあり得ないような稀有な体験をこの作者が余すとこなく表現できる筆力をもった奇跡に感謝したい ある種の世界の縮図ともいえる学校で新時代の思想のもと行われた教育が結果として、民族意識を強烈に意識する結果になるというのは、今グローバリズムが結果として民族主義の再燃をもたらすのを東側は先取りしていたのかと思う 共産主義という構造上民族を統合する方向に向かうかと思いきや、かえって民族主義や独裁がはびこり挫折したように、グローバリズムも民族主義や格差によって危機を迎えるのかもしれない 対照的なアーニャとヤーナスと真剣に向き合うことがいまこそ必要なんだろうと思う

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    投稿日: 2020.12.13
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    何度も読む本の一つ。 NHKの番組企画で著者の母校へ行った時の記録。 生き別れた時友人達の消息を探す気持ちがありありと伝わってくる。

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    投稿日: 2020.11.30
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    米原万里さんは、9歳から14歳までの間、プラハのソビエト学校に通われている。米原さんのお父様が日本共産党の幹部としてプラハに派遣されるにあたり、家族を帯同されたもの。ソビエト学校は、プラハに派遣された各国の共産党幹部の子弟が通う一種のインターナショナルスクールで、50カ国の生徒で構成されていた。授業は、ロシア語で行われる。 米原さんは、14歳の時、1964年に日本に帰国される。それから、30年を経た1990年代の半ばに、当時、仲の良かった、ソビエト学校の3人の同級生を探すことにトライする。3人の国籍は、ギリシア、ルーマニア、ユーゴスラビア。 3人を探す旅は、NHKで「わが心の旅 プラハ・4つの国の同級生」という番組として、1996年2月3日に放送されている。この番組は、実際にYou Tubeで視聴可能だ。私も観た。 本書の発行は、2001年なので、米原さんは、テレビ放送の後で、この話を書籍化されたのだと思う。本書は、2002年の大宅壮一ノンフィクション賞作品でもある。 14歳と言えば、日本では中学生。ただ、この話は、中学校の同級生を30年ぶりに訪ねるという簡単な話ではない。30年の間に歴史は大きく動いている。 ■ベルリンの壁崩壊が1989年 ■ソビエト連邦解体が1991年 ■ユーゴスラビア内戦は1991年から ソビエト学校のおおもとのソ連自体がなくなり、その衛星国であった東欧の社会主義国は体制が大きく変わり、また、ユーゴでは内戦が始まる。その過程で、共産主義そのものの力、東欧各国の共産党の力は弱体化する。それは、当然、各国の共産党幹部の子弟であった、米原さんの3人の同級生のその後の人生に大きな影響を与えずにはいられない。 と考えると、米原さんの同級生探しは、とてもスケールの大きな、激動の歴史の影響を探る旅でもあったのだ。 どちらが先でも構わないと思うが、本書とYou Tubeでの番組の両方を見られると、より立体的にストーリーを楽しむことが出来ると思います。

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    投稿日: 2020.09.03
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    旧友と再会するふわふわ物語かと思ったら全然違った件。 社会主義と資本主義、共産主義、民族紛争、人種差別……激動の時代を生き抜いた少女達の歴史ノンフィクションエッセイ。ページを捲る指が止められなかったし、読了したら目に見えない何かに圧倒させられた。 そして、如何に自分が“この時代の史実”に関して無知であるかを実感させられる。と同時に平和や愛国心、情報などに対して考えさせられる。 深い。実に深い一冊だった。物凄いドキュメンタリーである。推薦されるのも納得。ふと思い立った時に絶対に読み返したいなと思う。 「こういう本だったよ」と説明するのは簡単なようで難しい。それに、なんだか勿体無いから「取り敢えず読め」と言いたくなる本でした。

    2
    投稿日: 2020.05.27
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    毎年、毎年、読み返してしまう本です。 米原万里さんのプラハでの生活、当時の見ることができなかった東欧やソビエト連邦、たくさんの知りたかった東欧の国々、ロシア(ソ連)諸国の事を知ることが出来ました。 米原万里さんのお友達の方々も魅力的です。 こちらの内容の一部である、あの時のお友達たちを海外まで行き、探し歩く、ということをテレビで過去に放送されたようで、ネットで観たことがあります。 こちらを観たら、さらに雰囲気が伝わってきました。

    0
    投稿日: 2020.05.24
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    フィクションかと思うほどの友人たちとの会話のテンポの良さと続きが気になるワクワク感。筆者の友人3人の姿が目に浮かぶようなわかりやすい描写。ただ、東欧の歴史の知識が浅いと理解できない点もあり、特にルーマニアについてはもっと勉強する必要があると感じた。

    0
    投稿日: 2020.05.22
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    日本経済新聞で紹介! 著者はソビエト学校で個性的な友達と先生に囲まれ毎日を過ごした。30年後知り得なかった真実に出会う。

    0
    投稿日: 2020.05.22
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    トップレベルで私に影響を与えた本。 初めて読んだのは中学2年生、14歳。 その後学生時代を通し、ヤスミンカの「白い都 ベオグラード」に憧れ続け、6年後、私は実際にバルカン半島に訪れた。ドナウ河とサヴァ河の合流地、ベオグラード。ヤスミンカの言う通り、白い都ではないことを確認し、満足した。 それまで幾度となく読み返し、自分の見る光景と少女たちの視点を合わせようとした。 それはたぶん、私自身のナショナリズムを確かめたかったからではないか。私にはなかった、故郷への愛着と愛憎含む自国への強い関心。私は無意識に、それらを求めたのだと思う。 米原さんの描く、プラハに住む少女たちは、14歳の私とは違った。冷静に政局を把握しながら、望郷の念が募っていく彼女たち。しかしやわい郷愁に包まれる少女時代はいつまでも続いてくれるわけではない。あっけなくイデオロギーを覆すアーニャ、東西の生活環境の違い認識するリッツア、故郷を爆撃されるヤスミンカ。それぞれ故郷へ愛着を抱くからこそ、それに翻弄されながら生きていく。 国だけではない、宗教、言語、身分、コミュニティ、他者。人間は何かに属している。彼女たちもソビエト学校にいながら、それぞれの出身国文化にも帰属していた。「好きなもの」への帰属も違う。人間とはそういう帰属で成り立つ。 その無数の帰属先は、個々で微妙な差異を持つ。わずかではあれども、それぞれの差を尊敬できねば、戦いはすぐにでも起きてしまう。望郷とナショナリズムとはそういう、面倒で割り切ることのできない感情から成立するものなのだ。 私が正体をつかむことの出来なかったナショナリズムの本質が、このエッセイに詰まっているような気がした。 面倒で割り切れない感情から生まれた悲劇が、どうか忘れ去られることのないように、祈るばかりです。 もし手に取ることがあったら是非読んでみて。

    4
    投稿日: 2020.05.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ノンフィクションと思えないほど、個性的で魅力的な登場人物がたくさん登場する。そしてドラマティックな再会の場面に引き込まれた。 日本でずっと暮らしてたらあまり分からないが、多民族で形成される社会に身を置くと、嫌でも自分の民族性やナショナリズムについて意識することになる。そしてそれは、大きくて強い国でない方が、その国に占める自分の割合が大きい故に、思い入れが強くなるとの記述が印象的だった。 それは豊かな経験である一方で、民族間の戦争などのきっかけにもあるんだなと実感。もっと寛容になれればいいのにと思う。

    6
    投稿日: 2020.05.07
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    長年の読むのを楽しみにしていた本! ぜったい好きになる予感の本! やっと読めて本当に嬉しい… そして予感通り好きな本になる(笑) が、その反面想像以上にスケールが大きく、深い内容であり、本のレビューを書くのになかなか言葉が出てこない… 米原さんのノンフィクション 1960年プラハ マリ(著者)はソビエト学校で個性的な友達と先生に囲まれ刺激的な毎日を過ごしていた 9〜14歳頃だ 50カ国以上の国の子供達が集まっていた 故国から離れているせいか皆が愛国者 マリさんが居た頃は、国際間のデリケートな問題は校内で避けるという方針 お休みの日は宿題は無し!素敵(笑) のびのびとした無邪気な子供達の言動の端々に彼らの民族性や習慣、アイデンティティが垣間見える また社会主義情勢の時代背景も興味深い マリも敏感に感じ取ったり、あとから理解できることも多々あった(子供時代と30年後の感覚の違いも読ませる) その中の3人の友人とのそれぞれのストーリー それは多感な少女達の単純な友情と青春物語ではない 誰もが幼いながら自分の故郷を抱えざるを得なく、世界情勢に振り回されながらも激動な時代、彼らなりに生きていく 30年後、東欧の激動 (東欧の共産党政権が軒並み倒れ、ソ連邦が崩壊) で音信の途絶えた3人の親友を捜し当てたマリは、少女時代には知り得なかった真実に出会う 【印象に残った内容】 ・皆が愛国者だったが、故国が不幸であるほど望郷の思いが強くなるらしい ・無差別なき平等な理想社会を目指して戦う仲間同士のはずなのに、意見が異なるだけでお互いが敵になってしまうことが絶望的に悲しい ・社会主義の矛盾した経済不平等さ それに気づかないふりを続ける特権階級の人々 国民の平等を唱えながら貧富の差がある ・在プラハ・ソビエト学校および大多数の保護者はイデオロギー論争における自国と自国の党の正当化を子供たちに教え込むことより、子供同士の人間関係の方を優先して考えてくれたのではなかろうか ・ユーゴスラビアは社会主義諸国の一員ではなく社会主義を語るほとんど資本主義国であると言う見方が多く裏切り者扱いであった ・世界の共産主義運動の中で、左派に位置するとみられる日本共産党員の娘である私が、最右翼に位置すると思われているユーゴスラビア共産主義者同盟員の娘と仲良くなることで、論争と人間関係は別なのだと言うことを周囲に示したかった ・日本ではいとも気楽に無頓着に「東欧」と呼ぶが、ポーランド人もチェコ人もハンガリー人もルーマニア人も括られるのをひどく嫌うため「中欧」と訂正する ・「東」とは第一次大戦まではハプスブルク朝オーストリア、あるいはイスラム教を奉じるオスマン・トルコの支配収奪下に置かれ、第二次大戦期はソ連邦傘下に組み込まれていたために、より西のキリスト教諸国の「発展」から取り残されてしまった地域、さらには冷戦で負けた社会主義陣営を表す記号でもある ・後発の貧しい敗者と言うイメージがつきまとうのが嫌なのだろう 「西」に対する一方的憧れと劣等感の裏返しとしての自分より「東」、さらには自己の中の「東性」に対する蔑視と嫌悪感 これは明治以降脱亜入欧を目指した日本人のメンタリティにも通じる 自分の生まれた国や親の思想によって、世界情勢の変化が起こると、唐突に人からの対応が変わる 昨日までの友情が無かったことになる 当たり前の日常生活がガラリと変わる ある日突然、暴動に巻き込まれたり、家族が異国でバラバラに暮らしたり、突然連絡が取れなくなったり、亡命したり… 日本でのほほんと過ごしていた自分には本当に恥ずかしいくらいあり得ない世界である 遠い教科書の中のできごとを少女達やその家族、また彼女らの取り巻く環境を通じて生々しくリアルに知ることができた 平和な日本では、民族紛争や亡命なんて本当に遠い国の話でしか無いかもしれない しかしながら、多様化の時代、これからだってなにが起こるかわからないのではなかろうか 遠い国のことが急にクリアに目の前で展開され、手で触れ、感じることのできるような錯覚に良い意味で陥った 現代史の世界情勢、友情、これらのテーマを融合させ、まるで身近な出来事として体感できるような見事なノンフィクション小説だ 改めてこの頃の時代背景を理解したうえでぜひぜひ何度も再読したい

    43
    投稿日: 2020.04.23
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    最近読んだ本(といっても一週間に一冊読むかどうかですが)の中で、特に薦めたい一冊です。初めて彼女の作品を読んだのですが、事実に即していながら、バランスの取れた立場からの描写、登場人物の魅力。はじめからこのようなカタチになることを決められていたかのような作品。著者である彼女の大きな包容力を感じます。作品は3部構成になっていますが、それぞれの部で過去と現在とが描かれていて、その奥行きも楽しみの一つです。是非、読んでみそ。

    0
    投稿日: 2020.03.18
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    社会主義や共産党など、未知の世界のはなしで面白かった。自分は平和な世界で育ったなぁと改めて。当時アジア系の人たちは差別されやすかっただろうなとか、そのあたりも気になった。個人的にはヤースナの話が好きだった。

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    投稿日: 2020.03.09
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    1980-90年代の中・東欧地域の歴史状況とその中で生きる各地域の子供たちをオムニバス形式で振り返る自叙ドキュメンタリーエッセイ。 もう少しそれぞれの地域の政治事情や歴史を理解していればもっと深読みできたかもしれないが、 取り急ぎの印象は、政治的要素が強めなのに読みやすかったことである。 このような内容の中東を舞台にした作品が読みたい。

    1
    投稿日: 2020.03.03
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    かわいいタイトルだが、この「真っ赤」は共産主義のことだとは思いもよらなかった!社会の矛盾に気づいていながら、それを打ち消すために少女たちがもがいている様子が切なかった。 お洒落なやりとりが多く、ユーモアもあるが、複雑で悲しい歴史の重みが…。 ・・・・・・・・ プラハにあるソ連系の学校で共に過ごした筆者の3人の友達との日々と、大人になってから再会してからの話。その中に政治的な出来事が絡んでいく。 三者三様の性格、文化的背景を持っていながら、欠点も含めて皆に対する筆者の愛情が感じられた。どこにいるかはっきり分からないのに、はるばる会いに行く旅をするのだから、大切な友達なんだと思った。 また、筆者と友人たちの関係が、洗練されていながらもとても純粋だった。 西洋でも東洋でもない、日本とは少し縁の遠い地域の雰囲気が感じ取られた。特に「白い都」のベオグラードに行ってみたくなった。

    1
    投稿日: 2020.02.23
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    初めて読んだ作家さんだけど、読みやすいし、知らない知識もついておもしろい。 一話目がおもしろかったから二話目に変わって残念と思ったら、三話とも同じプラハのソビエト学校の別の女友達の話だった。 「たしかに、社会の変動に自分の運命が翻弄されるなんてことはなかった。それを幸せと呼ぶなら、幸せは、私のような物事を深く考えない、他人に対する想像力の貧しい人間を作りやすいのもね」という一文がまさに、私のことかと思った。日本人の多くが、良くも悪くもそうかもしれない。

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    投稿日: 2020.01.10
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    人と人との深い繋がりは国際間の問題には決して敗れることはない。国が違えど文化は違えど、仰ぎ見る空は同じ。著者の米原万理さんの実際の体験を元にしたノンフィクション作品。遥かなる時空を越えて、国境を越えて、重なり合う人と人との絆を美しく、切なく描き上げた作品。

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    投稿日: 2019.11.13
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    才能は、西では個人の所有物であるのに対し、ロシアでは皆の宝。 米原さんの別の著書でも見かけたが、これはなんて素敵な考え方なんだろうと改めて思った。 オリガ・モリソヴナの反語法が如何に作者の実体験に基づいたフィクションであったのか、これを読んだらよく分かった。リアリティがあるほど面白い。

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    投稿日: 2019.11.01