
総合評価
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powered by ブクログ『ザ・キャラクター』 ちょっと言葉にならない。 『表に出ろいっ!』 過去作セルフオマージュ満載。 能楽師の父は『TABOO』。「水を」は『パンドラの鐘』。 統一教会問題に揺れ、ジャニーズ問題に揺れた2023年-24年に再演してほしかった。 『南へ』 ナンセンスな戯曲だと思う。真面目に演出しすぎたんじゃないかと思う。青森のキリストの墓、それから熊沢天皇ネタ、すきだよなあ。天皇とサンカ、『異形にされた人たち』にも通じる。
0投稿日: 2025.09.04
powered by ブクログ『ザ・キャラクター』ギリシャ神話と現実が曖昧に絡まり、26年前に起こったあのカルト事件に繋がる。コメディで始まり、シリアスで終わる。独特な漢字の言葉遊びやドタバタ感、演劇でないとニュアンスを捉えきれないので映像が観たい。意図せずして3日前が丁度あの日だった。
0投稿日: 2021.03.31
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
テンション高い戯曲集。ギャグは面白かった。台詞のテンポもよかった。 言葉遊びと風刺に偏りすぎて肝心の中身は?。
0投稿日: 2015.03.23小説では、これほど言葉を使い倒すことはできないかもしれない
書道教室が神話空間と化し、集団とその物語が変容する。物語全てが、ギリシア神話さながらの、変容(=メタモルフォーゼ)を繰り返す。信じていたものが姿を変え、違う様相へと移り変わる「ザ・キャラクター」。キャラクターは性格であり、文字のことである。書かれた文字が意味することは、読まれることで音となり、意味は変容していく。 アミューズメントパークを偏愛する父、アイドル系を偏愛する母、ファーストフードを偏愛する娘。3人家族の偏愛が世界の終末を招き寄せる、亡き中村勘三郎と野田秀樹がダブル主演した「偏愛=何かにハマっている」家族の肖像「表に出ろいっ!」。ハマることで、現在にどうにかしがみつきながら生きる現代の人々の戯画でもある。 火山観測所に赴任した男と虚言癖の女。大噴火の噂を巡って、情報と感情と信頼、個人と土地の歴史が交錯する「南へ」。なぜ女は嘘をつくのか。嘘がつくことで何が得て、何を失うのか。 2010年から11年にかけて上演された、「信じるとは何か」を問う三部作。縦横無尽に言葉を使い倒す野田演劇は戯曲だからこその楽しみに溢れている。
1投稿日: 2014.06.10
powered by ブクログ信じるって何なんだろう。 ザ・キャラクター。最初は笑えるのに だんだん笑えなくなっていく。何かにはまっていく 時というのは、快感も常に伴わなきゃダメなんだなって、 読むという客観的行為によって再認識。
0投稿日: 2012.09.23
powered by ブクログ「ザ・キャラクター」「表へ出ろいっ!」「南へ」収録。 冒頭「ザ・キャラクター」公演パンフレット収録の「世界に通用しないモノを創る」という文を読んで、自分が日本人であり、日本語のおもしろさがわかり、その上でこのような作品に舞台で、さらに文面でふれることができる喜びをあらためて感じた。「表へ出ろいっ!」だけ舞台で観なかったのが、戯曲を何度も読むたび悔やまれる。
0投稿日: 2011.08.11
powered by ブクログ「ザ・キャラクター」「表へ出ろい!」「南へ」の三本立て脚本集。「ザ・キャラクター」が一番面白かった。「南へ」を観に行きたかったので、購入。(もう公演は終わってるので。。)野田秀樹、初めて読んだけど、結構面白かったから、ぜひ公演に行きたい。
0投稿日: 2011.05.23
powered by ブクログ「ザ・キャラクター」 この戯曲がもつコトバをどこまで理解できているだろうか。 問題は、このマドロミという存在だ。 私たちははじめ、マドロミとともに「俤」の中の「弟」を探そうと書道教室にするりと入り込む。 そして、探るために、自分の言葉でこの集団の狂気を増長させていくにつれて、あることを知る。 弟は、地下鉄サリン事件(そう言い切ろう)の犯人であった、と。 書道教室に騙されていた、殺された、被害者の家族という立場から、 結局最後に気がついてみれば自分は加害者の身内であり、 また、自分さえあの事件を増長させていった人間の一人へ。 私たちは、間違いなくつきつけられている。 お前は、まだ目を覚ましたくないのか? まだ、それでもまどろんでいる気なのか? 批判するその言葉、慰めのその言葉一つ、すべてに責任がある。 「幼い」では許されないのだ。 幼くてもいーじゃん!な論調に断固としてNOを突きつける。 勇気のいる話でもあると思う。 マドロミは私たちだ。 自分は、あの集団の狂気と、この社会で起きているできごとと、 それらを傍観しているだけの存在で、まったく関係がない、 と心のどこかで思っている私たち全てのことだ。 私たちは、今起きている何事とも無関係ではない。 一人一人が自分の問題として、引き受ける必要性のあることだらけなのだ。
2投稿日: 2011.03.25
