【感想】模倣と創造

佐宗邦威 / PHP研究所
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    佐宗邦威(さそう くにたけ)
    株式会社BIOTOPE代表/チーフ・ストラテジック・デザイナー。多摩美術大学特別准教授/大学院大学至善館特任准教授。東京大学法学部卒業、イリノイ工科大学デザイン研究科(Master of Design Methods)修了。P&Gマーケティング部で「ファブリーズ」「レノア」などのヒット商品を担当後、「ジレット」のブランドマネージャーを務める。その後、ソニーに入社。同クリエイティブセンターにて全社の新規事業創出プログラム立ち上げなどに携わる。ソニー退社後、戦略デザインファーム「BIOTOPE」を起業。企業の経営者に伴走したミッション、ビジュアルデザインや企業文化のデザインが得意領域。山本山、ぺんてる、NHKエデュケーショナル、クックパッド、NTTドコモ、東急電鉄、日本サッカー協会、ALEなど、バラエティ豊かな企業・組織のイノベーション支援を行なっており、個人のビジョンを駆動力にした創造の方法論にも詳しい。教育現場にて、創造的学びを教えるビジョンのアトリエ・ワークショップをライフワークにして行なっている。著書に『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)、『直感と論理をつなぐ思考法』(ダイヤモンド社)、『ひとりの妄想で未来は変わる』(日経BP)などがある。


    模倣というと、あまりいい印象を持たれない方もいるかもしれません。デジタル時代になって、いろいろなアイデアにアクセスしたり、コピー&ペーストすること自体がとても簡単になりました。もちろん、他人がつくった作品を、自分の名前で出すことは、「パクリ」であり、やってはいけないことです。オリンピックのエンブレム問題が論議を呼んだのは記憶に新しいですが、同時にパクリのような安易な 剽窃 に厳しい目が向けられるようになりました。

    日本は1960年代の高度経済成長期には、ものづくり大国と呼ばれましたが、一方でその途上では「モノマネが得意」な国だといわれていたのをご存じですか。ものづくりをしている人はよく知っていることですが、まずは完成品を分解し、そっくり再現するという「まね」によって技術を学びます。構造がわかると、ちょっとずつ組み換えて(ハックしてと呼ばれます)、だんだん新しい発想ができるようになってきて、ついには独自の考え方をつくるまでに成長していくのです。

    「まねる」ときに大切なのは 小さな違いまで観察すること、それが自分の感性のセンサーを働かせる ことになります。感性のセンサーが働くようになると、自分のなかで、自分が「美しい!」「いいな!」などと思ったいろいろな感覚のデータベースがつくられ、自分のなかにたまっていくようになります。この章では、創造の守破離の第1段階である、守に当たる部分、模倣によって感性のセンサーを開いていく方法について紹介していきましょう。

    美大生が最初に学ぶ技術のひとつがデッサンです。デッサンしている私たちの頭のなかに何が起こっているか、を考えると、「まねる」というプロセスの意味が見えてきます。

    美大ではなくとも、中学校の美術の授業でデッサンをやった経験がある方は多いのではないでしょうか。りんごを目の前にして、スケッチブックに鉛筆で写す、あれです。デッサンは、上手・下手の差が出てしまうものなので、苦手意識を持っている方も多いと思います。僕もその一人でした。

    詳細はすべてわからなくても構いません。重要なのは、じーっと観察して、写すことなのです。

    このように、ありのままに観るために良い方法があります。それが、画家の絵を逆さまにしてそのまま写すというトレーニングです(次写真)。絵を逆さまにすると意味がわからなくなり、単なる線の集まりになります。意味を解体して、そのまま線の様子を観察してそれを書き写すという観察の仕方こそが、絵を描けるようになる重要なコツだったのです。

    デッサンをするということを少し分解してみます。りんごが目に入り、それを処理する脳のなかでは「どんな形、色、質感……なのだろう」と認知しようとします。そして、その認知をもとに、今度は脳から指令を出して手を動かすことになります。僕らは、絵がうまく描けないときに、「技術がない」と思いがちですが、絵を描くことの半分以上は、この観るという認知によって決まっているということです。つまり、大切なのは 目の前のものを正しく認知すること、すなわち「観察する技術」 なのです。

    効率や利便性を考えると、こうしたノートのデジタル化は良いところもありますが、僕はアナログなノートとペンを大事にしています。  僕は、パソコンとノートは使い分けています。インプット、つまり、情報を探したり、集めたりするときや、アウトプット、つまり、テキストメッセージにしたり資料をつくったりするときにはコンピュータが便利です。一方で、インプットとアウトプットの間、 集めた情報を自分なりの考えに落とし込む、「考える」プロセスでは、手書きのノートとペンを活用するようにしています。 そのほうが自分の考えが整理されるからです。

    これは、ペンを持って白紙に向かって手を動かすことが、「考えたものを描き出す」のではなく「描くことで考える」行為 だからです。

    まず、ボールペンを1本用意してください。そして、ネット上で好きなイラストを見つけ、そのイラストを写してみましょう。この1本を使い切るまで手を動かすのが目標です。  何もないところから絵をうまく描こうと思うとハードルが高いと感じると思います。僕がデザインスクールに留学して、スケッチをする際には、描きたいものに似たような絵をGoogle image検索で探して、似た写真を見ながら、それを写していました。対象物をしっかりと観ないと絵は描けないし、きちんと普段から観察できているものはそう多くはありませんので、まず最初は、まねして写すところからスタートしてみてください。

    その後、僕がデザインの勉強をしにアメリカに留学したときに、有名なアメリカ系デザインファームIDEOのデザイナーとして長年活躍された鈴木 元 さんとお話しをして、印象的だったセリフがあります。センスを磨くにはどうすれば良いのかを思い切って聞いてみたときの答えです。 「自分が気持ちいいっていう感覚に意識を向けることなんですよね。たとえば、いま僕たちが一緒に過ごしているカフェにいて、自分は気持ちいいのか? どこが、気持ちいいのか? 違和感があるとしたらなんだろうか?」

    つまり、日常のあらゆる瞬間の自分が何を感じているかに焦点を当てているのです。センスを磨くためには、とにかく「いいなあ……(余韻)」と思う時間を増やすことです。これが「感性のセンサー」を働かせるということです。

    コスパは大事ですが、 自分のセンスを磨くために、ここぞという場合には多少お金をかけてでも、良いものを体験することに投資する ことが大切です。

    KINTOという滋賀県で創業された食器やコーヒーポットなどをつくる企業があります。中目黒(東京都) などに路面店があり、緑ある生き生きしたリビングを彩ってくれる素敵な世界観をもった商品をつくって注目されているブランドです。一緒に仕事をするご縁にめぐまれ、社長の小出美樹さんにお話を伺った際に、センスの良い商品を開発できる秘訣を聞いてみました。

    その答えはシンプルで、自分たちの好きを大事にすること。そして、良いものを体験しにあちらこちらに行くこと。彼らは、海外への出張や視察を大事にしていて、さまざまな街を見て気になったものはすぐに取り入れてみるというものでした。

    KINTOの商品はどれもデザインが美しいだけではなく、ものの質感にこだわって素材まで厳選されていて、かつ、使いやすいものばかりです。  現代の住環境や食習慣に調和しつつ、長く使える道具としての機能にも目配りが行き届いているからこそ、「センスがいい」と多くのファンを獲得しているのです。

    海外でのトレンドリサーチは、間違いなく日本にいては感じられない感性を広げてくれるものですが、日本の地方都市巡りもおすすめです。日本の地方都市は、ここ数年で地域の食材や、文化資源、自然をうまく活用している素敵な商品や、ホテル、施設が増えています。『d design travel』という 47 都道府県のデザインを楽しみながら旅ができる観光ガイドブックをガイドに、日本のさまざまな都市を回ると、日本という国にある文化のDNAを感じることができます。

    実際に足を運んで体験したことで磨かれた「感性のセンサー」は、流行や質の良さを見極める目も育ててくれる のです。

    仮に 旅に行けないとしても、ありふれた日常のなかにさまざまな刺激があふれています。たとえば、近所の散歩。見慣れていたはずの風景にも、意外なところに地蔵があったり、個性的な看板が立っていたり、目線を変えるだけで見えてくるものがあるはずです。僕は、人気テレビ番組「はじめてのおつかい」の要領で、 4 歳の娘の近所の探索を陰から見守りながらずっとスマホで撮影する企画をやってみました。

    あるいは、美術館に行くときも少し目線を変えてみてほしいと思います。  あなたは、美術館で1枚の絵を何秒くらい観ていますか? 『観察力を磨く 名画読解』(エイミー・E・ハーマン、早川書房) によると、美術館を訪れた人が1枚の絵にかける時間は平均 17 秒だそうです。実際、自分のケースを考えても、順路に従って絵を見ていたときには、次の人のプレッシャーも感じながら、どんどん次に次に、と進んでしまっていたものです。しかし、それは美術館の絵の楽しみ方ではないというのです。

    お題は「自分が好きなもの」です。自分が美しいと思った色を毎日写真で撮ってもいいし、好きなダンスをコピーして動画に記録するのも良いです。文章なら、小説から気になったフレーズを書き写してみるなど。大事なのは、定期的に好きをためていくことです。

    人間は、人それぞれ得意なことが違います。ハーバード大学教育学大学院教授のハワード・ガートナー教授は、人間には 8 種類の知能があるといいます。言語、論理的・数学的、音感、空間、身体・運動、人とのコミュニケーション、自分とのコミュニケーション、自然との共生です。

    僕らが、大学までに求められる知能はこのうちの言語と論理的・数学的、人とのコミュニケーションに偏っています。僕らはこの、三つの知能が得意な人が成績が良いとされ、それ以外のところで 尖っている人は落ちこぼれ、と判定されてしまうことさえある、かなり偏った成績評価をされています。しかし、実際には、学校の成績は良くなくても、別の知能が優れている可能性は高いのです。まずは、自分…

    写真であれば、同じモチーフを毎日同じ時間に撮り続けてみると、季節によって同じ時間でも日の当たり方が大きく違うこと、自分は真昼のようなコントラストの強い日の当たり方より、曇りの日の優しいグラデーションが好きなことがわかってきたり、湿気の多い日のかすみがかった拡散された光のやわらかさや、雨上がりの澄んだ空気の美しさに目を奪われたり、あるいは同じ被写体をモノクロと…

    「まねる」ようにただただ繰り返し表現をしているだけでも、驚くほど多くのことに気がついていく でしょう。何かを感じ、それを振り返る…

    忙という漢字は、「心を亡くす」と書きますが、僕は、自分が心を亡くしかけているな、と思ったときは、スケッチブックとペンを持って1人でカフェにこもります。スマホや本は持ち込みません。何も書かれていないスケッチブックに向かい、ボーッと時間を過ごします。真っ白の余白を目の前にするとだんだん自分の心が自由になってきて、何かを描きたくなってきます。スケッチブックだからといって、必ずしも、絵を描く必要はありません。

    最近気になったことをただマインドマップのように書いていったり、気になった出来事や言葉をメモしたり、ペンを動かしているうちに描きたくなる図表やイメージをスケッチしたり。

    自分が主語の時間のとり方として、おすすめなのは日記を書くこと です。日記というのは、文字を書きながら、自分の内面との対話をしている時間とも言えます。  自分との対話の時間が多ければ多いほど、自分が主語の時間は増えていきます。

    感情を出すというのはあまりいいことではないと思われていますが、それはワナです。抑えることばかりしていると、だんだん自分がいろいろなことを我慢できるようになってしまう。そうすると、クリエイティブに不可欠な「違和感」を全部すり抜けて生きるようになってしまいます。感性が鈍くなれば、当然そこからは何も生まれない。スルーすることは、生きるためのひとつのコツではあるけれど、それは、感性豊かな生き方から遠ざかってしまうことになります。そのうち、あなたの創造脳が、どうせこいつに言ってもダメだ……と判断して何も語りかけてくれなくなります。

    気づいたときには、いつの間にか自分の内側の創造脳はいなくなってしまいます。自分の感情のフタを外し、自分のなかにある創造脳と会話を始めるためには、まずは、 世の中がどう思おうが、自分はこう感じているんだ!という心の叫びを吐き出すことが一番 です。

    日記は本来は誰にも見せる必要のないものです。あなただけが読める、あなたの内なる感情と向き合うノートをつくりましょう。まずは、自分の心の 赴くままに、プラスのこともマイナスのことも、独り言をつぶやくようにそのまま書いてみてください。一度書いたものは、読み直さなくてOKです。もし、ネガティブなものを残すことに抵抗があれば、コピー用紙や紙きれに書いて、書いたあとに捨ててしまっても構いません。

    このもやもやの正体は、違和感です。 世の中の価値観と自分の好き嫌いのズレを身体が無意識に感知して、それを教えてくれている のです。創造の世界において違和感は、自分から始まる創造のきっかけとなる気づきのサイン、なのです。  僕らは、社会でうまくやっていこうとするなかで、社会とはこういうものだ、という教訓を学んでいきます。

    たとえば、とりあえずは大学に進学したほうがいいだろうから、大学受験をする。  たとえば、全員が同じように見えるリクルートスーツを来て黒髪に染め直し、就職活動をする。  このような常識は、周囲の空気によって決められ、そして僕らは疑いもせずに無意識に従うことで、社会のなかで円滑に過ごしていけると思い込んでいます。  もちろん、それらには合理性があるから慣習になり、風習として残るのです。全員があらゆることをゼロから考えていると疲れてしまう、それだけの理由にすぎません。

    もしあなたが何か強烈に違和感を覚えることがあるとしたら、そのたったひとつか二つは、大事にしてほしいのです。

    自分は、外資系の企業を儲けさせるための 傭兵 になるのではなく、日本という場がもっと繁栄するために新しい価値をつくり出す人間になりたいのに。

    思えば、いま僕がデザインファームを起業し、日本の大企業とパートナーシップを組んで企業のビジョンや未来をつくる仕事に携わっているのは、そのときの、 働き方への違和感に対して正直であった から、だと思います。

    そのときに、気づいたのです。自分が評価や昇進を求めて働き続けるスタイルを、もはや僕は心から求めていないという強烈な違和感に。結局、仕事をやめることになりましたが、そこで僕はデザインやアートの世界に出会います。 10 年後、それは僕の天職になっていました。違和感をそのままにしなかったことで、自分の道をつくり出すことができたのです。

    デザイナーにとっては、違和感はデザインのアイデアを考えるインスピレーションです。多摩美術大学のTCLでは、プロジェクトで自分たちのブランドをデザインする実習があり、その最初の起点として「自分が生活のなかで感じた違和感を集めてくる」というものがあります。たとえば、衣食住、あらゆる瞬間に当たり前のように思っていることのなかの違和感に焦点を当て、それを解決するための商品やサービスを考えてみる、これを発想のきっかけにするのです。

    あなたは、妄想は好きですか? 次のお小遣いがあったら何を買いたいかなあ? あの子と付き合えたらいいのになあ。将来は、YouTuberとして有名になりたいなあ。将来こんな家を建てたいなあ。もし、自分が漫画の主人公になったら……。

    これは、いわゆるイメージトレーニングです。自分のパフォーマンスがうまくいっている状況をできるだけ頭のなかでイメージすることで、本番でも自分の力を発揮できるようになるので、スポーツ選手の世界ではよく使われています。この イメージトレーニングは、しっかりとした方法論で行なった妄想 だと思います。

    そして、その想像力を鍛えるための良い方法を紹介しましょう。 ①「目をつむって自分がワクワクするシーンを妄想する」 ②「それを物語として言葉で書いたり、スケッチで描いたりして、実際に表現してみる」 ③「表現したものを、自宅で見えるところに貼っておく」

    僕が思い出すのは幼稚園児のときに通っていたお絵かき教室での記憶です。当時大好きだった絵本『ぐるんぱのようちえん』(福音館書店) の絵を描いて、その絵を親に見せたとき、「この絵はすごくうまい。雲の形が風の吹いている方向まで描写されている!」と言ってもらってすごく嬉しかった思い出です。実際には、雲の形なんてそこまで考えていなくて、たまたま気分で描いただけだったのですが、なんとも言えない幸せで温かい気持ちになったことをいまでも覚えています。

    僕はすでに本を 3 冊書いていて、自分の作品を外に出すことに少しは慣れました。それでも、新作の企画を誰かに見せるときはとても勇気が 要ります。自分が考えていることって、それが絶対的にいいのか、悪いのかなんてそもそもわかりません。実際に見せてみると、 半分くらいが無反応(よくわからない)、 3 割くらいはより良い改善の提案をくれる、「いいね!」とほめてくれるのは 2 割くらいの人でしょう。

    また、必ずしも全員が良いと言ってくれるものが良いとはかぎりません。実際、世の中で見ると、「新しいもの」を見せると、新しいものほど半分くらいの人が反対します。しかも強烈に。でもその代わり、熱烈に好きと言ってくれる人も現れます。

      1人で頑張り続けることはとても難しいけれど、同じ境遇で仲間として一緒に頑張っている人がいれば、続けることがそれほど苦ではなくなります。 自分のやりたいことに引き込むことができれば理想ですが、そこまでいかなくても、お互いのそれぞれのビジョンにアドバイスをしあう仲間をつくってみたら、きっとそれだけで、一気に前に進むはずです。

    最初は、自分のやりたいこと!つまりビジョンというエネルギーから始まります。この時期は好奇心の赴くがままに面白そうなこと、やってみたいことをいろいろ模索してみると良いです。図にあるように、どっちに進むのかよくわからなくてもいいので、とにかくフットワークを軽くして、ひたすらいろいろなことを試行錯誤してみる。

    この人間の偶然つながって何かを生み出す力のポテンシャルを引き出すためには、 全身を使って考える ことが有効です。手を動かして考えたり、足を動かしてあちらこちらに出かけたりして身体を使う。同時に、いろいろな景色や、写真などの視覚的な刺激を入れる。そして、身体や視覚を使ったうえで、同僚とおしゃべりをしながら言葉で考える。  この 身体感覚、視覚、言語を同時に使うことは、頭のなかの複数の箇所を同時に刺激するため、偶然のひらめきが起こりやすくなります。人間の脳の特徴である創発を起こしやすくする のです。

    また、この創発を起こしやすくするうえでもうひとつ有効だといわれているのが、 片付け です。何か込み入った考え事をしたくなるとき、自分の机の上や部屋を片付けたくなったことはありませんか?  脳科学の研究によると、多くの情報がインプットされている頭から、考えなければいけない情報を一気に減らしたときに、ひらめきが起こりやすくなるといいます。自分の頭をコンピュータにたとえたときに、いらないアプリをすべて閉じて、メモリの働きを良くするようなものです。頭のパフォーマンスが良くなり、自然にさまざまな情報がつながりやすくなるのです。

    僕の場合は、最初にブログという文章によるメディアでの表現手段と出会い、毎日の出来事をエッセイとして書くというフォーマットを選びました。アウトプットの出口が見えてくると、自然と毎日いろいろなネタを収集したくなります。そして、僕の場合は文章がアウトプットなので、日々自分が何か書くネタを思いついたときにメモをしますが、これも表現の一部です。

    一人ひとりに必ず、自分に一番合った表現のフォーマットはあります。ただ、そのフォーマットと出会うのは簡単ではありませんし、 自分のインプット─アウトプットの得意なフォーマットと、実際に日常考えたりアウトプットしているフォーマットにズレがあると、その人の魅力は十分に活かせない という印象を持つことが多いのです。

    特に、これが促進されるのが、散歩をすることです。京都には「哲学の道」の愛称で知られる、哲学者・西田幾多郎 らが物思いにふけるときに散歩した道がありますが、ゆっくりと移り変わる景色を見ながら散歩をするのは、思索にとってとても有効な方法です。

      散歩というと暇つぶし、と思われるかもしれないですが、アイデアの熟成をする偉大な行為 です。スタンフォード大学教育大学院のダニエル・シュワルツ教授によると歩いているときには、創造性が 60%以上向上するという研究結果が出ています。

     僕は、企画を考えたいときには、 2 時間くらい徹底的にアイデアを考えたうえで、必ず散歩に行ったり軽いジョギングをしたりします。大体 20〜 30 分くらい走っていると、新たにアイデアを 2〜 3 個思いつきます。スマホを持っていって、思いついたら忘れないように自分にメールを送ります。いいものを生み出したいときほど、散歩やジョギングをするくらいの時間の余白をつくっておくことはとても大事だと思います。

    「あなたが一番発想を思いつきやすいのは、いつ、どこで、どんな景色を見ている所でしょう?」  アトリエといっても、なにも新しく部屋を借りる必要はありません。お気に入りのカフェがある人や、朝早起きして静寂のなかで自分の家のデスクに向かうのが好きな人もいるでしょうし、みんなが読書に集中している静かな図書館が好きな人もいるかもしれません。

    まず、時間です。人によって、自分の頭がスッキリとしていてゆっくり考えをめぐらせることができる時間帯があります。一般的には、朝起きてすぐ、もしくは午前中が、頭のなかがスッキリしていて一番創造的な思考がしやすい時間だといわれています。また、ある程度まとまった時間があったほうが創造的な頭は使いやすいです。最低 1 時間程度、できれば3時間くらい時間を確保できると良いでしょう。平日と休日、あなたは、どちらがそういう時間を確保しやすいでしょうか?

    次に、場所です。なぜか、自分の考えをめぐらせやすい場所があるものです。僕の場合は、自宅近くの多摩川沿いにある丘の上にある空を見渡すことができるスターバックスがとっても原稿書きがはかどる場所でした。適度に雑音がしたり、音楽が流れていたり、カラフルな壁や机があったり、自然の緑が見える場所は、脳がリラックスして創造的な発想が生まれやすくなるといわれています。あなたの家の近くにお気に入りのそういう場所は見つけられるでしょうか?

    アイデア出しは、いろいろなやり方があります。僕の前著『 21 世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング) などでも紹介していますのでぜひ読んでみてほしいのですが、特に大事なのは、A4の紙を半分に切って、 20 分で 20 枚のアイデアを漫画で描くというビジュアルスケッチによるブレーンストーミングです。

    絵は下手でもかまいません。手を動かしながら、そのシーンをイメージして考えることで、自分がつくりたくなるものが明確になりますし、不完全でも一度形にしてみることで、その絵から他のアイデアが生まれやすくなります。

    ついでに、鉛筆でスケッチしたものを、太ペンで輪郭をなぞり、少し色を加えてみましょう。イラストにメリハリがついて、満足度が上がります。これをビジュアルシンキングといいます。ビジュアルで発想することで初めて気づくことがあるはずです。ぜひ試してみてください。   このスキルを鍛えるためには、とにかく落書きをすること です。退屈な授業や、会社の定例会議では、ぜひ聞いている話を絵に描いていってみてください。手を動かして絵で表現することで創造脳のトレーニングになります。

    僕たちが生きている社会には、曖昧なものは良くないことという価値観があるように思います。言っていることがよくわからなかったり、何の目的でやっているかわからない議論は毛嫌いされる傾向にあり、もやもやした状態は歓迎されません。  それは一理ありますが、創造の世界にシフトしてから、気づいたのは「クリアすぎることは良いともかぎらない」という考え方も同時に重要だということです。

    新しいものは混沌(カオス) から生まれる といいますが、まずよくわからない組み合わせから自然発生的に何かの体感が生まれ、それがだんだんイメージになり、最後に新しい言葉になります。もちろん、体感とイメージと言葉が、全部ピタッとはまることはなかなか起こりません。

     創造的に生きるようになると、複数のもやもやを常に抱えながら生きることに慣れてきます。すると、もやもやを整理しすぎないおかげで、お互いアイデアが絡み合ってひらめきが生まれやすくなることに気づきます。 もやもやした日々を過ごすことに慣れる、というのは、創造する生き方に移行する過程で必ず経ないといけない儀式のようなもの です。

    では、もやもやとどう付き合えば良いか? 個人的におすすめなのは次の 4 つです。

    1  紙に書きなぐる  整理されていない状態をありのままに紙に書くことで、自分が何に違和感を持っているかを明確にする

    2  身体を動かす  頭のなかにいろいろ情報を入れてもやもやした状態になったら、散歩やランニングなどの軽い運動をすると、頭のもやもやが体内で消化されてすっきりする

    3  人に話を聞いてもらう  誰かに話をただ聞いてもらうと、自分がわからないことがわかる。相手には、あまり意見を言う人ではなく、聞いてくれる人や質問してくれる人を選ぶ

    4  新しいものが生まれる発酵期間だと信じ、寝る  そして、最後は新しいものが生まれると信じて、寝かせておく。もやもやしたら遊びに出かける、または寝てしまう

     画家のピカソはこのように言っています。 「絵は前もって考えつくされ、決定されるのではない、むしろ描かれている間、たえず心の変動に従う。絵は作者の欲求がそこに表わそうとしたよりもずっと多くのことを表現する。作者はしばしば自分で予期しなかった結果に驚かされる。線が対象を生まれさせ、色がフォルムを暗示し、フォルムが主題を決定する」

    僕には当時、戦略コンサルタントなる人たちが無闇やたらと手術をしたがる医者に見えました。むしろ、大事なのは、そこにいるメンバーが自分たちで自分たちを元気にし、そして新しいものを生んでいけるような場所ではないかと。そこで、西洋医学に対して漢方医療のようなコンサルティングのできる、栄養あふれる多様な人が交わるような場をつくりたい。そういう場をつくることが、未来の道を創造できる戦略参謀の姿ではないかと思ったのです。

    違うもの同士のなかに共通点を見つける

    有名デザイナーの佐藤可士和さんや佐藤オオキさんも、同時に複数個のプロジェクトを進行させているほうが良いと言いますし、これはクリエイター的な生き方をする人に共通の傾向なのです。

    これらのアドバイスは、基本的には善意から発せられる言葉です。過去、真面目に努力してきたタイプの人が多く、「失敗しない」ことが重要だと感じてきたからです。   リスクの最小化を重視する人にとっては、新しいアイデアは、「リスクだらけ」に見える のです。そのリスクを減らすために、良かれと思って、アドバイスします。

     なお、かの有名な作曲家ベートーヴェンは、耳が聞こえなくなったタイミングで、後期のピアノ・ソナタを生み出しました。耳が聞こえなくなったことで、外の目線で見た斬新さよりも、自分の内面から湧き出るまだ見えない不確実さを追求するようなモードにシフトしたのではないかといわれています。

    この研究からわかることは、最初は模倣(まね) から始めた人が、だんだん「自分の作風」が出てきて、自分発の表現を創造するなかで、社会と対話していくことに意識を向けていく、創造者の成長の流れそのものとも言えます。  こうして、模倣、想像を経て、人は創造をするようになっていくのです。  この創造者への道は、孤独な道のりともいえるかもしれません。

    クリエイティブというと、若い時期にこそ成果が出せるイメージを持たれるかもしれませんが、研究によると必ずしもそうではないことがわかっています。  アメリカの心理学者デビッド・ガレンソンが、著名な画家の人生を分析した面白い研究があります。  この研究によると、若くしてデビューした時期にもっとも輝くアーティストと、時間をかけて次第に作品の価値をあげていくアーティストの2種類に分かれるそうです。

    大人になり、デザインの勉強をし、デザインの仕事をしているいまになってみると、美術を学ぶことは三つの意味があったことに気づきます。ひとつ目は、 表現の技術。デッサンやクロッキーから始まり、自分の頭のなかのイメージを世の中に具体化する技術。二つ目は、人類の社会やメディアの環境が変わっていくなかで、世の中を新たにとらえ直してきた コンテクストの理解、つまり教養。そして、三つ目は、この本でも紹介してきたように、自分の頭のなかの イメージを解像度高く知覚する こと。これらを通じて、自分なりの世の中に対する感性を積み重ね、自分なりの創造をしながら生きることを喜びにしていく技術ではないかといまでは理解できます。

     この本が、あなたのなかにあるクリエイティブなあなたと出会い、創造者としての第一歩を踏み出す後押しとなることを心から願っています。
    続きを読む

    投稿日:2023.12.31

  • daisuket

    daisuket

    佐宗邦威さんの本。前に読んだデザイン思考の本が面白かったので読んでみたが、クリエイティビティはセンスではなくトレーニングと勉強で鍛えられるものであり模倣から入るのがいいんだよなど何度も読んできた話で期待ほどではなかったかな。ただ、具体的でわかりやすいという点では近いことを書いている本の中でも優れていると思う。思えばデザイン思考の本もデザイン思考という言葉で端的に語りにくいものを具体的にわかりやすく解説したところが良かったのでした。まだ気になる本はあったんだけどどうしようかな。続きを読む

    投稿日:2023.12.10

  • Modest Tapir

    Modest Tapir

    創造は模倣から始まるという部分だったり、いくつかは面白い部分もあった。
    だが基本的にどこかで耳にしたようなことの羅列で、何かしらのクリエイティブ関係の著作を読んだことある人には真新しさは感じない本だった。
    コンサルタント的な本。
    続きを読む

    投稿日:2023.08.30

  • ふも

    ふも

    私の考え方と似ていた。創造の初めは模倣、まねることからはじめてよいということ。
    でもただ真似することではなくどう真似るのか、それがよく分かりました。
    小中学生の時に「真似はよくない」と言われた人は多いはず。そんなふうに言われ続け、美術、アートが苦手になった人、創造することは自分には無縁だと思ってしまった人におすすめ。
    でも、第3章の創造(つくる)は、やはり難しいとは感じるでしょう。生みの苦しみはいつ何時も苦しいもの。

    これからは答えのない正解のない時代を生きていくことになる。なくなる職業もあれば、新しく生まれる職業もある。これからはクリエイティブな生き方が重要と言われていることの意味がよく分かる一冊。
    続きを読む

    投稿日:2023.06.25

  • みすけ

    みすけ

    創作が好きな人、興味があるけれど取り組めない人、そうでない人にもおすすめできる本だと思います。
    想像力の鍛え方や、センスの磨き方など、創造の学び方について書かれています。

    自分も日頃からアンテナを張って、感性を磨きたいと思いました。
    読むと創作欲が湧いてきます。
    続きを読む

    投稿日:2023.06.17

  • 本だなな

    本だなな

    とにかく思考を書き出すこと。時間を設ける。
    自分の興味を持っていることを同時に並行して行っていくことで最終的に自分の星座が完成する。自分の表現したいことが見えてきた。早く実行したい!そんな気持ちにさせてくれる本。続きを読む

    投稿日:2023.05.16

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