【感想】きみの体は何者か ──なぜ思い通りにならないのか?

伊藤亜紗 / ちくまQブックス
(25件のレビュー)

総合評価:

平均 4.1
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ブクログレビュー

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  • 太田豊太郎

    太田豊太郎

    このレビューはネタバレを含みます

    思い通りにならない体と向き合う。吃音を例に話しているが、吃音の症状も向き合い方も一人ひとり違って、「吃音ってこういうもの」って決めつけない姿勢が全てに通じて大事だなと思った。思い通りにならない自分の体に、自分のメタファーを見つけること。鍵の錆びついた扉だったり、果汁たっぷりのゼリーだったり。メタファーは世界の見方を定義する。そして言葉にして自分で客観視できるようになるし、他者とも共有しやすくなる。最後のメタファーの章がとてもよかった。

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    投稿日:2024.04.06

  • am

    am

    伊藤さん自身の吃音体質を例に、たしかに当たり前に行っているが体の動きついて説明できないことの多さ、支配できないことを前提に楽しむ姿勢をしめすような導入の書。

    投稿日:2023.12.26

  • honmusubi

    honmusubi

    思いどおりにならない体について、筆者の吃音を例に挙げ、それも個性と受け入れられるような、自分の体のアイデンティティを探求する方法を提案している児童向けの本。
    本自体は薄くて読みやすく、上手くまとまっていると感じた。

    思いどおりにならない体について恥ずかしく思うのは、なりたい自分をうまく演じられないとき。
    ダメなからだや自分を受け入れるためには、体の声を聞くことだという。

    吃りの連発は言葉によって次の言葉への移行がスムーズにできないとき、難発はフリーズしたように言葉が出てこないときをいい、パソコンに喩えての説明が、とても腑に落ちた。

    メタファーを使うことによって、他人に自分の体の感覚を感じてもらうことで、”自分になってもらう”ということが印象に残ったが、表現力も問われるように感じた。

    タイトルから、体の機能や解剖学的な説明をした本かと思ったが、いい意味で裏切られた。
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    投稿日:2023.10.21

  • mm

    mm

    会話体でするすると読め、吃音について知ることができる。対象読者を過信しすぎない難易度と分量に感心する。ひろく中学生に読んでもらおうと思ったらこの程度のゆるさが必要。難しすぎ盛り込みすぎの子ども向け本があふれている中、しっかりと子どもを見ている人が書いている(もしくは編集している)のだろうなと感じる。続きを読む

    投稿日:2023.06.02

  • takeshishimizu

    takeshishimizu

    小中学生に本を紹介するにあたって、新しく出ている「ちくまQブックス」から選んで読んでみた。やさしく書かれてはいるけれど、中身は深いと思う。著者は吃音があるから大学の教員になるなんて思ってもいなかったようだ。僕も体について悩みがある。中3のときだったと思う。ものすごくトイレを我慢したことがあった。それからしばらくしょっちゅうトイレに行きたくなって困った。高校に入ってからは休み時間ごとにトイレに行っていた。で、体育とかで2時間続けての授業があると心配だったけれど、それは全く問題がない。他に気が行っていればトイレのことは忘れている。だから、これは精神的なものだったのだ。大学の90分授業とかはまあまあ苦痛だった。でも、周りに知り合いがいなければ、知らん顔してちょっと抜け出せばいい。だから、友だち付き合いが悪くなってきた。コンサートや芝居に行くときも一人が多かった。長時間のバス旅行とかはなるべく避けた。大人になってからも長い会議には困った。とは言え、歳をとると、だんだんと図太くはなってくるので、途中で抜け出すことが気にならなくなり出す。するとトイレに行きたくなることも減って来る。もっとも、最近では筋肉や自律神経など体の衰えもあってか、いつでもトイレに行ける状況でもすぐトイレに行くことが多い。まあ、ということで自分の体のこととは言え、なかなか思うようにはいかないものだ。本書の中でも頭では分かっていても体がうまく動かないというような言い方をされている。頭というか脳になるのだろうけれど、でもその脳も自分の体の一部でしかない。だから心身をパカッと2つに分けてしまうのもどうかと思ってしまう。うーん、うまいメタファーは見つからないのだけれど、自分の体は自分のものであって自分のものではないような気がする。人前でしゃべるときなんかも、知らない人が多いときにはやはり緊張するし、頭が真っ白になってしまうこともある。でも、話したいことがちゃんとあって、たどたどしくても、手振り身振りを加えて話をしているとなんかうまく伝わるような気がする。流暢にしゃべっている人とか見ていると「プレゼン上手だなあ」とか思うのだけれど、なんか空々しくて伝わってこないなあなんて思うこともある。まあ、負け惜しみかもしれないが。本書の著者の伊藤亜紗さんは最近の僕の「推し」(あまりこんな言葉は使いたくないけれど、でもぴったりなのだ)である。「利他学会議」もすべてYouTubeで見ている。とにかく面白いのだ。で、その伊藤さんの前髪なのだけれど、今年の分を見ると、一部色付いている。これはおしゃれで部分染めをされているのだろうか、それとも単なる白髪なのだろうか、それがちょっと気になっている。続きを読む

    投稿日:2023.05.28

  • 司書KODOMOブックリスト(注:「司書になるため勉強中」のアカウントです)

    司書KODOMOブックリスト(注:「司書になるため勉強中」のアカウントです)

    「きっと体が好きになる!14歳からの身体論
    体は思い通りにならない。けれど体の声に耳をすませば、思いがけない発見が待っている! きっと体が好きになる14歳からの身体論。」

    伊藤亜紗(いとう・あさ)
    1979年、東京生まれ。東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター長。同リベラルアーツ研究教育院教授。専門は美学、現代アート。主な著作に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』、『どもる体』、『記憶する体』、『手の倫理』など。

    性についてのお話なのだと思ったらちがった。
    著者は吃音があり、吃音についても知ることが出来るので読んでよかった(『きよしこ』『ペーパーボーイ』を読んだ時に出会いたかった一冊。三島由紀夫の『金閣寺』も、吃音の主人公の話だったのか!)


    自分の体は「自分の思い通りにならないもの」
    例えばいつ死ぬかわからないし老いや死を止めることはできない。
    でも、「思い通りにならないこと」は、おもしろいことである。それは、「思いがけないこと」でもあるから。

    著者は吃音であり、自分で吃音の研究をしtことがきっかけで
    ・自分と同じ感覚を持っている人がいることを知った
    ・自分とは全然違う仕方で吃音と付き合っている人がいることを知った。広い世界をしることができた。

    研究は、研究者だけがするものではない。自分が納得いかないこと、困っていること、疑問に思っていることに真摯に向き合うなら、それは全て研究。自分の身体に耳を傾けて、研究してみて。

    当たり前にできること(喋る、走るなど)は、
    「当たり前にできる」=「かんたんにできる」ことではない。むしろ、考えるとできない。身体が無意識に、自然とやってくれていることは沢山ある。そうなると、自分の身体は、不思議で、不気味で、得体のしれないものである。

    「体が勝ってにやっていうこと」を知ることは、きみがこれまで過ごした時間の厚みを知ることでもある。きみの体が、どんなふうにして、いまのきみの体になったかを。つまり、体を知ることはきみ自身を知ることでもある。p.35

    自分の身体に100%満足している人はいない。。そんな体とうまく付き合うために、みんな自分なりの工夫をして、自分の身体を作ってきたはずだ。 p.78

    ちょっとだめな自分の身体を認めること。恥ずかしさとうまく付き合うことも、自分を好きになるためには必要。著者は吃音を出さないために、言いにくいことばを言いやすく「言い換え」たりする。でも言い換えは、自分の本音ではなかったり自然体ではなかったりするので、リラックスして好きな人といるときにはおもいっきりどもりながら自分の言葉でしゃべりたい。どもる自分を大切なひとに丸ごと受け入れてもらいたい。
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    投稿日:2023.04.13

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