小山田圭吾の「いじめ」はいかにつくられたか 現代の災い「インフォデミック」を考える
片岡大右(著)
/集英社新書
作品情報
炎上を超えて、小山田圭吾と出会いなおすために。
コーネリアスの小山田圭吾が東京五輪開会式の楽曲担当であることが発表された途端、過去の障害者「いじめ」問題がSNSで炎上。
数日間で辞任を余儀なくされた。
これは誤情報を多く含み、社会全体に感染症のように広がる「インフォデミック」であった。
本書は当該の雑誌記事から小山田圭吾の「いじめ」がどのように生まれ、歪んだ形で伝わってきたのかを検証するジャーナリスティックな側面と、日本におけるいじめ言説を丁寧に分析するアカデミックな側面から、いまの情報流通様式が招く深刻な「災い」を考察する現代批評である。
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商品情報
- 著者
- 片岡大右
- 出版社
- 集英社
- 掲載誌・レーベル
- 集英社新書
- 書籍発売日
- 2023.02.17
- Reader Store発売日
- 2023.02.24
- ファイルサイズ
- 3.3MB
- ページ数
- 272ページ
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この作品のレビュー
平均 3.5 (12件のレビュー)
-
今日のメディア環境下で促進される誤情報や偽情報の大規模な拡散ーインフォデミックーは何故起きて、我々はどう対処すればいいのか。本書はそのために書かれた。よって、私のように小山田圭吾やコーネリアスの音楽を…聴いたこともないような者にとっても重要なことだと思い、紐解いた。
何故起きたのか?
幾つかの要因のうち、重要だと私が思ったのは世の中が単純化を求めているから、ということだ。
学校時代の回想の一部が無惨に切り取られ、匿名掲示板に集う人々による悪意に満ちた拡散の果て、際立って恣意的なあるブログ記事が不当に信頼を得たことで、小山田圭吾の歪曲的な人物像が広範囲に共有されることになった。本書を一通り読んで、私も片岡さんと同じく「(小山田は)不当に過ぎる重荷を担わされている」と判断する。でもそれは曲がりなりにも250ページを辛抱して読んだからだ。
最初、もしどんな歪曲があったとしても、「(障害者へのいじめ関わりがありそうだから)パラリンピックの担当者には相応しくないだろう」と通り一遍のヤフーニュースを読んだ人間は思ってしまうような、揺るぎないかに見えた単純な「事実」が提示された(だから、小山田辞任を「傍観」した私を含む市民を免じるわけではないが、ここでは扱わない)。
1番衝撃的なインタビュー記事を、SNSで140字以内に載せる事ができたことが「拡散」に拍車をかけた。
でも、誰もが納得できるように物事を説明すれば、この本のように10万字以上の解説が必要である。此処に一つの問題がある。
もちろん、物事を単純化することは必要だ。
その一方で、
これは私の30年以上にわたる持論なのだけど、
議論が二分するような問題は、
間違いなく重要な問題である。
その時、問題は間違いなく複雑系である。
そして、その幾つかは大きな括りで言えば、
インフォデミックが起きている。
例えば
従軍慰安婦像は「反日の象徴」である。よってその展示を予定していた「表現の不自由展」も反日展覧会になる。そんな暴動が起きそうな展覧会は危険だから、中止するのも「仕方ない」。
例えば
マイナンバーカードが健康保険証化されるのは「仕方ない」。よって、カードを作るかどうかは本人の選択だけど、「大きな」制限とお金がかかるから、カード化が進むのは「仕方ない」。
例えば
台湾海峡で戦争の「危険性」が増している。そのために備えが「必要」なので軍事力倍増も「仕方ない」。
こういうのは、単純化して反論できない。不才不肖の私ならばせめて少なくて5万字と1ヶ月以上の完全自由な時間が必要だ。
片岡さんは本書で「何が起きたのか」については語っていたが、この複雑系に向き合うために「ではどう対処すればいいのか」という事まで触れてはいなかった。ただ、他の宣伝インタビューでは、
「私たち人間にとって、心地よさを通して複雑さに向き合うための道筋を提供してくれるものは、一つは広い意味での「芸術」だと言えます。」(「世界の複雑さと向き合うための、シンプルな方法。」https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/1876864/1/)とは言っている。
白でもなく黒でもなく、複雑さを一目で見渡す手段を「芸術」は確かに持っているのかもしれない。(だからこそ、従軍慰安婦像が、日本人の多くに直に見られなかったのは残念だった。)
ちなみに、現在、2021年7月16日に炎上騒動を無批判に伝えた毎日新聞と、その後追随報道した各新聞、辞任表明直後の「報道ステーション」アナウンサーが「いじめというよりは、もう犯罪に近い」と発言したこと、またさまざまなSNSの中でその震源地となったブログ主は、未だ一切事実経過の正確な説明と謝罪をしていない(ブログ主はいまだに片岡さんを罵倒に近く非難をしていた)。拡散に重要な役割を持った個人並びに組織が安全地帯にいるという、この世界的な構造も、またインフォデミックの大切な要点なのかもしれない。
たけさんのレビューで、本書を知りました。ありがとうございました。
続きを読む投稿日:2023.04.30
人文学者の手によるインフォデミック糾弾の書。僕は著者のような小山田圭吾の特別な信奉者というわけではないが、若い頃、パーフリから「Fantasma」まではそこそこ熱心な聞き手だったし、そこから20年以上…も経たのちに持ち上がった件の「いじめ」報道と炎上騒ぎには心底辟易していた。ただ僕の抱いた疑念は著者のそれとは全く違い「なんであの小山田圭吾ともあろう者が『オリンピックの楽曲制作担当』などという名誉職を引き受けたのだろう?」というものだったけれど。念の為に申し添えれば僕はボランティアにも参加したオリンピック賛成派で、それ自体は全く無害な催し(であり、それ以上のものではない)だがそれに付着している栄誉やら何やらは本当にくだらないと思っている。そこに唐突に加えられた小山田圭吾という強烈な色彩が、オリンピックのその無害さとどうにも相容れないものに思えただけだ。
そういうわけで、本書の第3章までの内容にはさほど共感することができなかった。確かに当時の邦楽ジャーナリズムが欲するように方向づけられてしまった面は否定できないだろうが、この奇矯なイメージづけで小山田が得たものもそれなりに大きいように思えるのだ。当時の小山田は、繊細で美麗な楽曲のコンポーザでありながら、攻撃的で非道徳的な面を併せ持つ一種理解し難い奥深さを持つアーティストとして認識されていた。そこに例のROJ・QJの一連の記事は一定の貢献をしたと言っては本当に過剰なのだろうか。それが反ヒューマニズムであるとして糾弾の対象となる度合いが、この数十年で大きく変動してしまったのは本当に不幸なことだが。
ただ、第4章の内容にはかなりシンパシーを感じた。自分の経験に照らしても、自分が「いじめている/いじめられている」まさにその時は、自分が「いじめる側/いじめられる側」にいるという意識は確かに希薄だ。しかしいったんそのような状況が閉じられた後で、それは「いじめ」や「パワハラ」であるという外部からの指摘ないし定義づけに接すると、そこではじめて「あれはいじめだったのだ」という明確な認識を持ったりする。他人が同様の状況(本書の言葉を借りればある種の「構造」)のもとで経験したエピソードに触れることで、自らの経験を事後的にその文脈で容易に捉えなおしてしまうのだ。
これはつまり「他人の人生を生きる」ということだ。自らに固有の感性に基づくのではなく、他人の経験や批評を介してでしか自分の人生を評価できなくなってしまう。これは確かに著者のいうとおり由々しきことであり、奔逸する情報があまりに多すぎて、個々の情報を自らの経験に基づいて吟味する暇もなく脊髄反射に反応することを余儀なくされている我々が容易に嵌りがちな陥穽だと言える。「自分がエコーチェンバーの中にいるかどうか」は事後的にしかわからず、その外に出てみて「自分はエコーチェンバーに囚われていたのだ」と初めて認識できる。これはまさに「いじめ」の経験の図式と全く相似ではないか!「いじめ」と「エコーチェンバー」に同一の構造が隠されていることを喝破した、この著作は小山田圭吾のファンならずともぜひ一読すべきものだと思う。続きを読む投稿日:2024.02.17
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