虚空の人 清原和博を巡る旅
鈴木忠平(著)
/文春e-book
作品情報
清原和博という「虚空」を巡る旅
私はなぜ、清原和博に引きつけられるのか。ベストセラー『嫌われた監督』(ミズノスポーツライター賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)の著者が描く堕ちた英雄の4年間と翻弄された男たちの物語。
目次
プロローグ こだま六八四号
第一章 甲子園の祈り
第二章 怪物
第三章 祭りのころ
第四章 脱走
第五章 虚空の人
あとがき
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商品情報
- シリーズ
- 虚空の人 清原和博を巡る旅
- 著者
- 鈴木忠平
- ジャンル
- 教養 - ノンフィクション・ドキュメンタリー
- 出版社
- 文藝春秋
- 掲載誌・レーベル
- 文春e-book
- 書籍発売日
- 2022.07.27
- Reader Store発売日
- 2022.07.27
- ファイルサイズ
- 1MB
- ページ数
- 304ページ
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この作品のレビュー
平均 4.1 (28件のレビュー)
-
【感想】
私はずっと、清原和博という野球選手が好きではなかった。
王貞治を超えると言われながら、その才能を無駄にした「無冠の帝王」。常に威圧的な態度を崩さず、乱闘騒ぎをしょっちゅう起こす。移籍した先の…ジャイアンツでは「清原軍団」を作りチームの雰囲気を悪化させ、オリックスに移ってからは鳴かず飛ばず。引退してからも騒動を起こし続け、最終的には覚せい剤使用で逮捕。世間から消えてしまった。
500本塁打以上を放ってなお「失敗作」と言われるのは、清原が捨ててしまったものがあまりにも大きすぎたからだ。せめて素行さえよければ、手綱を握れる指導者がいれば、王に匹敵する野球選手が生まれていたかもしれない。そう思えてならないのである。
しかし本書を読んで、清原は「作られた存在」なのだということを知れた。かつての亀田興毅と同じだ。カメラの前で大きな態度を取り、視聴者が欲しいものを演じ続ける。亀田はヒール像を求められたが、清原はヒーロー像を求められ続けた。KKコンビでの甲子園制覇、ドラフトでの別離、高卒一年目にして3割30本、ジャイアンツでの桑田との再開……。だが、清原は演技をするにはあまりに純粋すぎた。その大きな身体には似つかわしくないぐらい繊細で、弱い人間だった。最後は、その重圧に自身が押しつぶされてしまった。
我々は、そうした「表の清原」しか見ていない。そして、今もその裏に「英雄・清原」がいるはずだと、錯覚し続けてしまう。清原の内面には、栄光を手に入れた男にしかわかり得ない葛藤と焦燥があるはずだと考えてしまう。それは筆者だけではなく、宮地や野々垣、かつて甲子園で対峙した投手も同じであり、その答えを探る様に清原に引き寄せられていった。
「清原和博をやるのって、結構しんどいんですよ」
自身が語ったこの言葉が、清原の本心なのかもしれない。そして、清原という存在がいかなるものなのかを、端的に表していると言えるだろう。清原は、あまりに普通の人間だった。
「そこには何もなかった」
それが清原をめぐる物語の結末だ。
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かつて世間を賑わせた清原は今、youtubeで自身のチャンネルを持ち、野球の情報を発信している。松坂や谷繁といったレジェンドたちと対談を組んでおり、貴重な話も盛りだくさんだ。今現在の清原が気になるという人は、チェックしてみるのもよいかもしれない。
https://www.youtube.com/@user-it3fi8jk2h/featured
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【まとめ】
1 清原と甲子園
筆者が清原に初めてのインタビューを行ったのは、2017年の夏のことだった。
(今は覚醒剤を使っていないと断言できるか?という質問に対して)清原「いろんな人を裏切ってしまった後悔が大きいので、今のところ(覚醒剤を)使いたい気持ちにはならないというのが正直なところです。これから先、どうなるかは分からないですけど、逮捕されてから今までは……そういう気持ちです」
筆者「人生に満ち足りていたはずの清原さんが、なぜ覚醒剤を使う必要があったのでしょうか」
清原「野球をやっていれば、たった一本のホームランですべてを帳消しにできたんですけど野球が終わってからはぼっかりと心に穴が空いたようになって……。もう自分が自分ではないような気がして、だんだんと夜の街に飲みに出るようになったんです」
2008年に現役を引退した清原は解説業などの傍ら、選手だったころは持てなかった家族との時間を増やした。とりわけ二人の息子の少年野球を生きがいにしており、週末になると必ずグラウンドに足を運んでいたのだという。一見すれば、幸せを絵に描いたようなスター選手の第二の人生であったが、清原は平穏な日常では満たされなかったという。
週刊誌で薬物疑惑が報じられる少し前から、解説やテレビ出演、講演などの仕事に穴を空けるようになり、やがて夜遅くまで酒を飲むことが増えた。深夜の歓楽街で覚醒剤と出遭ったのではないかと言われていた。まもなくして妻と離婚すると、息子たちとの接触が許されなくなり、少年野球も遠目から見守るしかなくなった。孤独のなか、球界の知人との連絡も途絶えていった清原はさらに薬物へ逃げるようになっていった。
清原は抜け殻だった。何度か取材を行うも、目にはずっと光がなかった。覚醒剤への禁断症状と表裏になるように鬱病に悩んでいた。東京のマンションではひとり壁を見つめ、ブツブツと独りごとを呟き、気づけば昼日中、タワーマンションのベランダに立って下をのぞきこんでいるのだという。
そんな清原に変化があったのは、2017年の年末。「来年の夏に、甲子園の100回大会の決勝戦に行きたい」とこぼしたのだ。
そんな清原に力を貸したのは、現役時代から親交のあるゴルフクラブメーカーの社長、宮地だった。「甲子園に行きたい」と言った清原のために、社会復帰を兼ねたトレーニングを行うも、上手くいかない。
「あれが本当におれたちの知っている清原和博なのかねえ……」
清原が懇意にしているステーキ屋『サカイ』のマスターはそう言った。
甲子園に行くといっても、ただふらりと訪れるのとはわけが違う。観衆が求めているのは夏の締めくくりにふさわしい決勝戦である。その厳粛な戦いの最中に人々が清原に目を留めたらどうなるだろうか。薬物に手を染めた英雄に投げかけられるのは好奇の視線なのか、あるいは罵声なのか。そのざわめきが、たとえ一瞬でも決勝戦を阻害してしまったらどうなるのか......。
清原は二度と社会に戻れなくなるかもしれない。筆者が契約している雑誌も、筆者自身も大きな責めを負うことになるだろう。
2018年8月21日、100回大会決勝戦当日。宮地と清原が甲子園についたのは午後1時半を過ぎたころだった。バックネット裏にある記者席からさらに段を上がったボックス席、そこが清原のシートだった。
「これです。これが甲子園なんです」清原は前を見つめたまま呟いた。「なんていうか……。静かなんです」
清原の存在に周囲の人々が気づくと、期せずして客席の一角から拍手が起こった。それはほんの一瞬の出来事であり、球児たちに贈られたものに比べればごくささやかだったが、たしかに清原が甲子園に受け入れられた瞬間だった。「ぼく、33年前、本当にここにいたんですね……」清原は笑った。はっきり笑みとわかる表情だった。逮捕されてから何をもってしても取り戻せなかったものだった。
そこから、清原は変わった。甲子園球場での出来事と記憶が清原に光を投げかけた。自ら誰かに話しかけるようになり、顔には笑みが戻ったのだ。
2 清原が落ちた闇
「1985年の11月20日、あの日は忘れられません」
それは清原の口から出た言葉だった。
「覚醒剤で逮捕されてからいろいろなことを忘れてしまいましたけど、あの日だけは死んでも忘れません」
1985年11月20日というのはプロ野球ドラフト会議の日だった。18歳の清原が憧れていた読売ジャイアンツから指名されず、大学進学を表明していた桑田が一位で指名された日。盟友として知られていたKKコンビに分断が生じた日だった。
筆者は清原の闇を探る旅に出る。
訪れたのは井元俊秀だった。PL学園野球部の黄金期を築いた伝説のスカウトであり、1985年のドラフトのすべてを知る男である。
当時、PL学園には二人のスターがいた。甲子園本塁打数歴代一位の13本を放った清原と、20勝を上げた桑田。
グラウンドでのKKコンビはガチリと噛み合っていたが、学園内での二人は対照的だった。
桑田には、PL学園で三年間をともにしてきたメンバーでも立ち入れない領域があった。エースピッチャーにしては物静かで、輪の中心に自ら進み出ることもなかった。ひっそりと自分だけの内面世界を守っているようなミステリアスな雰囲気を持っていた。
一方で清原は朗らかに内面を開放していた。とくに甲子園優勝した三年夏の終わりから秋にかけて、彼はクラスの主役だった。
「昨日は実家に阪神のスカウトが来てたわ。その前は南海と近鉄も来てたらしいわ」
ドラフト会議が近づくにつれて、清原の周囲はプロのスカウトたちの往来で騒がしくなっていた。当の清原はその内幕を開けっ広げに、ユーモアを交えて仲間たちに話して聞かせた。そのため、休み時間も放課後も、清原のまわりには同級生たちの人だかりができていた。
「でもな、おれは一位で巨人にいくんや」
一方の桑田は、最後の夏が終わると早稲田大学進学の希望を表明した。それによってドラフトの指名ができないわけではなかったが、本人があえて強い意志を示したことで、プロ側は強行指名しても入団を拒否されるリスクを抱えることになった。そのためか、新聞紙上に桑田の名前が躍ることは少なくなっていった。
しかし、桑田の本心は違っていた。本当はプロに行きたかったのだ。
ドラフト当日、清原は6球団の一位指名を受けるが、本命の巨人からは指名されなかった。一方で、桑田はその巨人から一位指名を受けた。
ドラフトの発表は授業中だった。チームメイトの本間が教室に滑り込み、「桑田、おめでとう!巨人の一位やぞ!」と叫ぶ。
しかし、反応はなかった。誰もが顔を伏せたり、窓の外に視線をやったりしていた。静寂を破ったのは清原だった。大きく舌打ちをすると机の足を蹴った。その音が静まり返った教室に響いた。
清原は何人かを隔てて自分の前方に座っている桑田を睨んでいた。桑田は俯いたままだった。本間には二人の間に流れている空気が何なのか分からなかった。
クラス中の視線が桑田に注がれていた。俯いていたエースはやがて立ち上がると、無数の冷たい視線から逃れるように教室を出ていった。
清原と桑田の周囲には彼らの卒業が近づくにつれて、大人たちの影が見え隠れするようになっていた。グラウンドにはプロ球団のスカウトたちが頻繁に姿を見せるようになり、寮の入口にはスポーツメーカーから贈られたバットやグラブ、シューズなど野球用品が積み上げられるようになった。新聞紙上には、プロ野球界が二人をどう評価しているかについての談話が掲載された。とりわけ渦中にいたのが清原だった。桑田が大学進学を表明したこともあって、ドラフト最大の目玉としてマスコミに取り上げられるようになった。清原は、世の中の関心をあおるための道具にされているように見えた。
KKをめぐる争奪戦は裏でも動いていた。少し前から、早稲田大学を出てプリンスホテルに進んだという人物が野球部に関わってきていた。その人物は卒業生の進路の世話をしながら、桑田に囁いたのだという。
「おれを通して早稲田にいけば、学費は一切いらないから」。井元はその人物を、西武ライオンズの管理部長である根本陸夫が送り込んだスカウトだと見ていた。
また、巨人も水面下で動きを見せていた。
KKの分断は、大人たちによって作られたのだ。
指名終了後、井元の自宅に桑田が訪れた。
「先生、ぼく………密約なんてしていません」
孤独に立ち尽くす桑田の姿から井元はすべてを察した。おそらくは野球部の仲間たちから疑惑の目を向けられた。何か胸に刺さることを言われたのかもしれない。その空気に耐えきれず教室を飛び出し、そのままここへやってきたのだ。
「いいか、記者会見では何を訊かれても、巨人に指名されて困っています。戸惑っていますと、そう言うんだぞ」それは桑田と清原を守るためであり、野球部を守るためでもあった。
だが桑田は言った。
「なぜですか?」真っ直ぐな眼で井元を見ていた。
「先生、ぼくは嬉しいんです。巨人が清原よりもぼくを選んでくれた。こんな嬉しいことないじゃないですか。それなのに……なんでそんなことを言わないといけないんですか?」
それは、桑田がずっと抱えていた、偽らざる本音だった。
午後の記者会見。自らが巨人に指名されなかったこと、盟友の桑田が巨人に一位指名されたことについて、清原に質問が飛ぶ。
「いまは……何も考えたくないです」清原は泣いていた。
対して、巨人から指名を受けたことについて、桑田に質問が投げかけられる。桑田は淡々と答えた。
「子供のころから憧れていた巨人に一位指名されて嬉しいです」「でも清原くんがかわいそう。あれだけ巨人にいきたいと言っていたのに、蓋を開けてみれば一位はぼく……。なんだか悪い気がします」
表情を変えることなく語った桑田に記者たちの視線が冷たく刺さった。
この瞬間、KKは分断された。悲劇のヒーローと、強かな悪役とに。
井元は当時を振り返りこう言う。
「あのドラフトではみんな失ったものがあるんです。桑田はあれから悪役になりました。清原だってあれから同情のようなものを寄せられて、何をしても許されるようになった。それが果たして彼にとって良いことだったのか……」
3 虚空の人
「栄川さんはずっと清原さんのこと心配しとったんです。あの人はお母さんに尻を叩かれたり、栄川さんのような人に引っ張られていないとだめなんです。清原さんはそんなに強い人じゃないって、みんな分かっていましたから」
リトルリーグで清原のチームメイトだった和田雅史はそう語る。栄川さんとは、リトルリーグの監督だった栄川良秀のことである。
清原に先天的な才があるのは明らかだったが、その裏には脆さが同居していた。例えば投手としてマウンドに立った清原は敵にも味方にも心の揺れが手に取るように分かった。味方がエラーをして失点すると明らかに肩を落とし、ベンチで涙することもあった。感情を隠すことができなかったのだ。
2019年の春、宮地から連絡があった。
「キヨさん、また元に戻っちゃったんです……」
清原が変わったのは、母の弘子が他界したこと、そして酒を再び飲み始めことがきっかけだった。
筆者が再び清原に会ったのは2019年の年末。初めて会ったときと同じホテルでのインタビューだった。
「ぼくが語れることなんて、ありませんよ」
「執行猶予が明けたら、いきなりぼくが元のようになるんじゃないかと世の中の人は思っているのかもしれません……。でも、その日がきたらいきなり聖人君子になれるわけじゃないでしょう。今も毎日、心と体の状態を保つことだけで必死なんですから」
筆者はこう返した。「その葛藤を、そのまま吐き出してもらえませんか?」その日のインタビューはそこで終わった。
清原の執行猶予が満了したのは2020年6月15日。それから数日が経過し、筆者は清原の住むマンションに訪れた。
「清原和博をやるのって、結構しんどいんですよ」
トンネルを抜け出した男はそう言った。かつての英雄は光の中に戻ってくることを期待され、自らもそう望んできた。だが、ようやく陽射しを浴びたというのに、本人は憂鬱に沈んでいた。
マンションの部屋にも清原の内面にも、あらゆる矛盾が整然と放ったらかしにされていた。変化と停滞、愛と憎しみ、純粋と狡猾が同居していた。本人はその両極を演じ分けているつもりのようだったが、筆者には極端な二面性そのものが清原和博であるように思えた。
自らの弱さや矮小さというものは、誰にも知られないよう本能的に心の奥底に隠しておくものだ。ところが清原は、多くの人が覆い隠そうとする部分を無防備にさらしていた。あえてそうしているのではなく、おそらく自覚しないままに。
清原という人物のなかには意識でも無意識でもなく、何もないようでいて全てが存在するような場所があった。表現するならば、虚空のような場所だった。筆者はそこに惹きつけられていた。宮地や野々垣や、かつて甲子園で対峙した投手たちが、まるで自分を投影するように清原に惹きつけられているのもそのためではないだろうか。
2016年のあの夜、目の前に清原という対象が現れた瞬間から、この闇の先には光があり、その過程に劇的な物語があると思い込んでいた。だが実際には光も闇もなかった。足を向けた先には、ひたすら人間のままならなさがあるだけだった。ラストシーンとなった日も劇的なことなどなかった。グラブやバット、写真が飾られた清原の部屋は一見するとドラマに満ちた人生のストーリーが並べられているようだったが、実際の清原はただ目の前の現実にもがきながら生きていた。続きを読む投稿日:2022.12.13
人は過去の出来事を自分から切り離すことはできないし、ずっとついてまわるもの。それがいいものなよくないものかは別として。
清原さんの話の続きが読みたいです。桑田さんから話が聞けてないので桑田さんに取材…して欲しい。桑田サイドからみたドラフト会議のような感じで桑田さんの本も作って欲しいなと思った。続きを読む投稿日:2023.12.28
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