1Q84―BOOK3〈10月-12月〉前編―(新潮文庫)
村上春樹(著)
/新潮文庫
作品情報
青豆は「さきがけ」のリーダーが最後に口にした言葉を覚えている。「君は重い試練をくぐり抜けなくてはならない。それをくぐり抜けたとき、ものごとのあるべき姿を目にするはずだ」。彼は何かを知っていた。とても大事なことを。──暗闇の中でうごめく追跡者牛河、天吾が迷いこんだ海辺の「猫の町」、青豆が宿した小さき生命……1Q84年、混沌の世界を貫く謎は、はたして解かれるのか。
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この作品のレビュー
平均 3.8 (216件のレビュー)
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〈10-12〉前編 5
ここから、各章の語部に牛河が加わる。
牛河が、青豆と天吾の過去を調べて、二人の繋がりをたどる。このあたりは、読者は、もうほとんど知っているのだから、ちょっと二度手間。
青豆は、…この世界に入り込んだ場所に戻るが、入り口は閉ざされている。そして、聖母の様に胎内に生命を宿す。
天吾は、昏睡状態となった父の看護にあたる。何故か、そこで空気さなぎに入った10歳の青豆を見る。いよいよ、青豆を探し出す決心をする。
青豆は、潜伏先の近くの公園で天吾を見つける。
さて、二人は出会うことができるのか?主題は、何であったかもう忘れてきてしまった。
この巻は、看護婦が天吾を誘ったり、牛河が活発になったり、猫の街が出現したり、混沌が深まった。
続きを読む投稿日:2022.12.03
このレビューはネタバレを含みます
『BOOK2』までは「1Q84」世界にある「さきがけ」や、そこにある謎としての「空気さなぎ」、「リトル・ピープル」、さらには、自分の考えに凝り固まっている人たちのキモチワルさが一見正しいことのように語…られるストーリーだったが。
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そんな『1Q84』も、『BOOK3』では天吾と青豆をめぐる、たんなるラブストーリーへとなだれ込んでいく。
ていうか、たんなるラブストーリーというより、ほぼ昔のトレンディドラマ(←死語w)だ。
村上春樹という人は、好むと好まざるに関わらず時代から逃れられない人なんだろうなーって気がしてしょうがないんだけど、この『1Q84』という小説は90年代の「月9」とか「トレンディドラマ」と言われたあのカルチャーにもろ影響を受けているように思う。
もちろん、村上春樹は90年代のトレンディドラマなんか見ていないだろう。
いや、意外と見てたのかなぁーw
ていうのは、ソニーの元CEOの平井一夫氏は現在63歳らしいのだが、テレビドラマの1回目だけは見て、これはOK、これは見ないと決めているってことなんだけど。
それは、平井氏いわく、ドラマというのは今の社会をトピック的に反映しているところがあるから、それをみることで、「なるほど。こういう考え方が今あるんだ」とか、「こういう風に描写されるんだ」という風に見て、ワクワク楽しんでいるらしいのだ。
今のドラマなんて、自分は全く見る気がしないんだけどw
でも、本当に優秀な人っていうのは、むしろ、そんな風に世の中のことを広い視野で許容力を持って見ているものなんじゃないだろうか。
そう考えると、村上春樹が90年代にトレンディドラマを見ていても全然おかしくはないように思うのだ。
もっとも、村上春樹という人はカッコつけの権化みたいな人だから。
トレンディドラマを見ていたなんて、口が裂けても言わないだろうけどさ(爆)
ま、それはそれとして。
村上春樹が90年代のトレンディドラマを見ていないにせよ、見たにせよ、著者は時代の影響を無意識に受けてしまうタイプだから。90年代に放送され、多くの人が見ていた数々のトレンディドラマによってつくりだされた時代の空気を吸うことによって、『1Q84』はこういうストーリーになったんじゃないかな?
そういう意味で、この『1Q84』という小説は、90年代というリトルピープルによってつくられた空気さなぎと言えるのかもしれない。
そんな『BOOKS3』だが、『BOOKS2:後編』から★を2つ増やしたのは、たんなるラブストーリーとして読むならば、これはこれで面白く読めると思ったからだ(^^ゞ
あと、『BOOK3』は牛河のパートが入ることで、他の主要登場人物のように何かを信じすぎている、言わば「1Q84世界」に染まっていない普通の人の視点が入るようになったことで、ストーリーがどこか風通しよくなった気がするのもよかったように思う。
牛河は、天吾や青豆のように自分の考えに凝り固まっていないから、読者もその後のストーリーをいろいろ想像できるのだ。
「猫の町」のエピソードが、やっぱりいい。
設定では「猫の町」=「1Q84世界」ということになっているのだけれど、そもそも「猫の町」は「1Q84世界」でのストーリーに出てくる千倉のことだ。
でも、「1Q84世界」に迷い込んだ青豆は高円寺で天吾と再会することになるのだから、天吾の住む高円寺も「1Q84世界」ということになる。
なのに千倉が「猫の町(=1Q84世界)」という異空間のように語られるのは、そこに天吾の出生の秘密(天吾の本当の両親は誰?)を知っているらしい天吾の父親がいるからだろう。
天吾は、子供の時、集金を容易にする目的で毎週末に連れて歩かされたことで父親を嫌っていて、また、それが原因である時から関係を絶っている。
さらに、父親は認知症で施設にいる。
普通、人は(それが親であろうと)そんなところに行きたくはない。
出来ることなら、行きたくないところには、ずっと行かないで済ませたいのが人情だ。
つまり。
他の村上春樹の小説に出てくる、主人公に都合のいいことだけを言ってくれる女性と同じ存在である、ふかえりは、だからこそ、父親のいる千倉を「1Q84世界」だ(ふかえりがどういう言葉でそれを表現したのかは忘れたw)、としたんじゃないだろうか?
そう考えると、父親のいる千倉は「1Q84世界」というよりは、天吾が地に足の着いた生活(=普通の大人として生きること)をしなきゃならない世界を象徴しているんじゃないかって気がするんだよね。
だからこそ、天吾は千倉に行きたくなくて、今まで足を向けなかった。
でも、大人になることなんて、別に大したことじゃない。
大人になることなんて、誰だって出来る。
だって、なるしかないんだもん(^^ゞ
大人って、なってみればわかるけど、意外と子供の時より楽だったりする(爆)
もちろん、社会的にもプライベートでも義務や責任が課されるから大変は大変だけど、でも、その人それぞれの身の丈にあった楽しみや幸せもあるわけだ。
つまり、それを象徴するのが安達クミという、ラブストーリーのヒロインなんかじゃないごくごく普通の女性ということなんだろう。
その安達クミは、天吾にこう言う。
「たまにはそういうのも人間には必要なんだよ。
おいしいものをたらふく食べて、お酒を飲んで、大きな声で歌を歌って、
他愛のないおしゃべりをして。
でもさ、天吾くんにもそういうことってあるのかな。
アタマを思いっきり発散するようなことって」と。
でも、そんな安達クミは、ずっと認知症の父親に会いに来なかった天吾に対して最初は素っ気ない態度だった。
つまり、最初、安達クミは、村上春樹の小説によく出てくる、主人公の男に都合のいいことだけを言ってくれる女性キャラクターではなかった。
そんな安達クミが、天吾にそんなことを言うくらい親しみを感じるようになったのは、天吾が普通の人と同じように父親に向き合ったからだ。
天吾のことを、普通のまっとうな大人の男だと認めたからこそ、天吾に好意を持ったわけだ。
さらに言えば、安達クミの同僚の看護師たちも同じように思ったからこそ、一緒に焼き肉を食べて、その後は自然に天吾と安達クミが二人きりになるように仕向けたわけだ。
そんな安達クミも、小説「空気さなぎ」を読んでいる。
でも、“人の精神を芯から静かに蝕んでいく”と感じた青豆と違って、安達クミはそれを、「私はね、あの本がすごおく好きなの。夏に買って三回も読んだよ。私が三回も読み直す本なんてまったく珍しいんだよ」と言う。
しかも、
「初めてハッシシやりながら思ったのは、なんか空気さなぎの中に入ったみたいだなってこと。自分が何かに包まれて誕生を待っている”、“私にはマザが見える。空気さなぎは中から外側をある程度見ることができるの。外側から中は見えないんだけどね。そういう仕組みになっているらしいんだ。でもマザの顔つきまではわからない。輪郭がぼんやり見えるだけ。でもそれがわたしのマザだってことはわかる。はっきりと感じるんだ」
と、それに対して全然ポジティブだ。
(安達クミの口調が他の村上春樹の小説に出てくる主要女性登場人物のそれでなく、今の普通の女性の口調に近いのはどういう意図があるんだろう?)
たぶん、それは「さきがけ」のリーダーが青豆に言った、
「世間のたいがいの人々は、実証可能な真実など求めていない。真実というのは大方の場合(中略)強い痛みを伴うものだ。(中略)人々が必要としているのは、(中略)美しく心地良いお話なんだ。だからこそ宗教が成立する」
「多くの人々は、自分たちが非力で矮小な存在であるというイメージを否定し、排除することでかろうじて正気を保っている」
ということに通ずるのだろう。
安達クミが「あの本がすごおく好きなの」と言うも、小松が「芥川賞なんて必要ない」というくらい売れている(世間に受け入れられている)のも、小説「空気さなぎ」という本が、“人々が必要とする美しく心地良いお話”で、“多くの人々が、(それによって)自分たちが非力で矮小な存在であるというイメージを否定ししてくれることで正気を保てる”からだということになる(…って、なんだか、まるで村上春樹の小説のようだw) 。
そんな小説「空気さなぎ」は、果たして悪しき本なのか?
青豆が感じたように、“人の精神を芯から静かに蝕んでいく”内容なのか?
たぶん、それは青豆の感じたことが「正解」なのだろう。
でも、青豆の感じたことが「正解」だとしても、安達クミをはじめ、小説「空気さなぎ」に飛びついた人たち、つまり、自分たちのような普通の人たちは、その「正解」では生きていけない。
なぜなら、
「真実というのは大方の場合(中略)強い痛みを伴うものだ。(中略)人々が必要としているのは、(中略)美しく心地良いお話」であり、「多くの人々は、自分たちが非力で矮小な存在であるというイメージを否定し、排除することでかろうじて正気を保っている」からだ。
だからこそ、いつの世にも「宗教は成立する」し。テレビやマスコミ、ネットは人々に耳障りのいいことだけ囁き、映画やドラマ、小説はきれいな話ばかりなんだろう。
つまり、小説「空気さなぎ」は、どこにでもいる普通の人である安達クミが「あの本がすごおく好きなの」と言うからこそ、あるいは、芥川賞なんていらないくらい売れているからこそ、“人の精神を芯から静かに蝕んでいく”悪しき本だということになる。
よって、この『1Q84』という小説も、特別な存在である主人公たちが結ばれる、たんなるきれいなラブストーリになって、ベストセラーになった(^^)/
いや。たんなるラブストーリーとして読んじゃうならば、『1Q84』は決してつまらない話ではない。
むしろ、読むことを楽しく受け入れることが出来る、かなり面白い小説だ。
だからこそ、それは青豆や天吾のように特別な人ではない自分のような普通の人は心の糧としてそれを求めるということなんじゃないだろうか?
たださ。
ラブストーリーの主人公として、ラストにきれいに結ばれる天吾と青豆がミョーに変な人なんだよねw
天吾ときたら、”勃起は完璧だった”、“あの雷雨の夜の勃起が完全すぎた”、“それはいつもよりずっと硬く、ずっと大きな勃起だった”って、自分のソレに魅入られているばかりだし(ーー;)
青豆は青豆で、“もし私が性行為抜きで妊娠したのだとしたら、その相手が天吾以外のいったい誰であり得るだろう?”だ┐(´д`)┌
もはや、この二人は小説の主人公としては画期的と言っていいくらいの変な人キャラなのだ。
読者としては、
オマエらって、この小説の主人公とヒロインなんだぞ。少しは、そういう自覚を持てよ! とツッコミたくなるっていうかー。
オマエら。いい加減オトナになれっ!って話だ(爆)
とはいうものの、主人公が大人になっちゃったら、お話は終わりだし。
なにより、村上春樹の小説に、大人の男の主人公は求められていないってことなのだろう(^^ゞ
それは、まさに「さきがけ」のリーダーの言う、
「人々が必要としているのは、(中略)美しく心地良いお話」であり、「多くの人々は、自分たちが非力で矮小な存在であるというイメージを否定し、排除することでかろうじて正気を保っている」ということなのだ。
そういえば、こんなこと書いている自分も「BOOK3:後編」のラストのなんともおめでたい展開に吹き出しながらも、「まぁー、よかった、よかった。めでたし、めでたし。アハハ」と心の中で拍手することで、かろうじて正気を保ったんだっけ(爆)続きを読む投稿日:2024.05.02
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