「本当の豊かさ」はブッシュマンが知っている
ジェイムス・スーズマン(著)
,佐々木知子(訳)
/NHK出版
作品情報
「勤勉は美徳」ではない。人類は農耕を開始する前の20万年間、今よりずっと少ない労働時間で、ずっと豊かな暮らしを送っていた。はたして私たちの「労働」「豊かさ」に対する考え方は正しいのか? 気鋭の人類学者が、現代文明の“常識”を根底から問い直す意欲作。
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商品情報
- 著者
- ジェイムス・スーズマン, 佐々木知子
- 出版社
- NHK出版
- 書籍発売日
- 2019.10.25
- Reader Store発売日
- 2019.11.18
- ファイルサイズ
- 15.7MB
- ページ数
- 416ページ
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この作品のレビュー
平均 4.0 (5件のレビュー)
-
このレビューはネタバレを含みます
「あるよい事例では、狩猟採集民の方がわれわれよりも労働時間が短い。彼らはいつも食料を探す努力をしているわけではなく、探すときもあれば探さないときもある。それにのんびり過ごす時間がたっぷりあり、年間のひとり当たりの昼寝の時間はほかのどの社会よりも長い」とサーリンズは説明した。
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サーリンズがとりわけ興味を示したのが、狩猟採集民は適性栄養量だけの限られた物質的文化に満足し、しかも繁栄していることだった。彼らの幸福になるための方法は、ほんのわずかな物質的欲求しかもたないことで、そのささやかな欲求を満たすには限られた技術があれば事足り、よけいな努力は必要なかった。狩猟採集民はすでに手にしているものより多くを望まないというシンプルな方法によって満足している、とサーリンズは説明する。(p.31)
人類の歴史がはるかに長いサハラ以南のアフリカでは、変化の影響も独特だ。人間が長期にわたり暮らしてきた事実は、人間と動物が複雑な生態系の一部としてともに進化したことを示している。その結果、生態系の植物種と動物種は高度な知性を持つヒト科の捕食者の存在に徐々に適応し、そのおかげで捕食者自体も現在まで生き延びることができた。いまになってサハラ以南の大型動物類が差し迫った絶滅の危機に瀕しているのは、植民地時代にアフリカ大陸に銃器が導入され、そのあとの人口爆発によって大型動物類の生息地が大幅に失われた結果としか考えられない。(p.58)
不思議に感じたのは、ツェンナウの話にも、ほかのジュホアンの話にも、具体的なできごとや記憶に残る人物が出てこないことだった。私がしつこくせがんでも、偉大な狩人や男を誘惑する悪名高い女、狂人、影響力のあるシャーマンなどの話は特定の個人としては出てこなかった。それに残酷な殺人や浮気の噂、戦争や抗争や同盟についても、深刻な干魃やわびしい乾季、異常な降雨についても具体的な話は聞けなかった。ところが、ときどき悲惨な旱魃やひどい飢餓が起こったとか、窪地や川床が冠水するほどの大雨が降ったとか、そんなとき人々はどう対処したかという話は出たし、ジュホアンにはいつも腕のよい狩人と悪い狩人や、嫉妬深い愛人と誠実な夫、影響力のあるシャーマンがいると言った。現在は過去のあらゆるできごとの積み重ねではなく、過去のできごとが新しい形で再び起こるのであって、つねにそんなふうに古い時代では物事が成り立っていたということだった。(p.116)
ジュホアンと同じようにグイも、変化は周囲の世界に内在し、秩序立った予測可能性によって抑制されていると考える。どの季節もその前の年と完全に同じではなく、干魃があったとか大雨が降ったとかの違いはあるが、それは予想できる変化の範囲内に含まれる。つまり毎年訪れる夏には、以前の夏と同じところも異なるところも両方あるというわけだ。新しい時代では、「現在」を理解するには、まったく予想不可能なことなるできごとを因果関係でつなげていく必要があるが、古い時代ではそんなことをしなくても「いま」を理解できる。
過去と未来をほとんど重要視しない世界では、死もすぐに忘れられ、死者の身体と記憶は葬られた砂山の下に消えてなくなり、残された霊魂がうろついている。先祖がどんな人物かを基準にして自分が何者かを探ろうとしたり、過去に遡って古い家系をもとに自己のアイデンティティ、あるいは権利を考えたりする者はいない。そうする必要がないからだ。ほかの動物のように、彼らは世界を教養しており、自身が存在しているだけでその権利が与えられる。(pp.118-119)
私はツンタに、この木の大枝が折れて悲しいかと訊いた。彼は肩をすくめた。私は質問を変えて、この木にまつわる有名な物語や神話があるかと訊いた。彼はまた肩をすくめた。そしてこう言った。これはハチミツがよく採れるよい木で、いくつもの容器がいっぱいになった。この木の近くに窪地があるのもよかった。窪地が水で満たされると多くの動物が水を飲みに来る。この木は獲物を担う狩人の隠れ場所になった。この木を見たいと訪れる観光客もわずかにいる。しかし、どの植物でも言えることだが、そうした恩恵のほかにこのバオバブにまつわるこれといった特別な話はないと彼は話した。(p.158)
ほとんどの社会が、人間を自然の世界とは別の何かであると概念化している。ジュアンホのような狩猟採集社会ではそうではない。彼らにとって世界に存在するあらゆるものが自然であり、人間世界のあらゆる文化は動物世界の文化であり、「野生」の場所も暮らしの場となる。そのためジュアンホは、ゴミに苛立っても汚染とは思っていない。少なくとも観光客と同じようには思っていない。彼らの大半は、秋を迎えるカラハリの木々の落ち葉か、ホールブームの近くの地面に散らかるバオバブの実の割れた殻ぐらいにしか不快に感じないのだ。(p.163)
ジュホアンは雨を単なる一連の気象現象とは考えていない。彼らの超然とした「創造の神」がいじくり回す自然の力と信じている。創造の神は、自分が出たらめに創った土地や人間、動物をなすがままにさせて満足している。その神は、ジュホアンの別の神、トリックスターの「ガウア」に、地球上でお節介を焼く仕事を任せた。その当てにならない嫉妬深い神は意地の悪い性格だが、ときおり、驚くほど優しい行動をとることがある。(p.177)
人類学者と考古学者のあいだでは、猟と肉食と人類の進化に関して意見が交わされるが、そのあらゆる議論において、著しく無視されていることがある。それは最も顕著な人類の特徴のひとつである、他社に(人間にも動物にも)感情移入する能力だ。つまり、ほかの人間や生物の世界に自身を投影し、彼らの視点で感じたり、考えたりすることである。(p.235)
ジュホアンの考えでは、動物の視点をもつというのは、動物に対する憐みや同情を感じるということではない。存在のさまざまな仕組みにおいて、幸福や死、苦痛は宇宙の秩序の一環に過ぎないと理解することだ。宇宙の秩序では、あらゆる動物は自身の役割を受けいれている。多くは肉であり、それ以外は狩人である。人間やイヌなどのように。状況によって肉にも狩人にもなるものもわずかにいる。(p.240)
新石器時代に多数の交換システムが生まれ、人々のあいだで余剰の流れができた。農耕牧畜社会で開発されたあらゆる交易や交換オンシステムは、物理的な品物の移動や蓄積を可能にしたが、それらは人間生活で体感的にわかる敬意や愛、天国へのアクセス、運のようなものを希薄にした。余剰物の生産や管理、分配のとりわけ効果的なシステムを開発した社会が最も急速に成長し、最も影響力をもつようになった。(p.316)投稿日:2020.11.01
このレビューはネタバレを含みます
コイサイマンとも呼ばれたブッシュマンについてはこのブログでも何回かとりあげている。「人間にとってスイカ とは何か」とか「ブッシュマン・シャーマン―エクスタティックなダンスでスピリットを呼び覚ます」など…である。また「ボーントゥーラン」も記憶に新しい。この本で驚いたことはたくさんあったが、その一つは人類の分化と拡散の遺伝子による研究の結果である。アフリカの大地溝帯で生まれた人類は一方は北に拡散し、ヨーロッパ人やアジア人、アメリカ人となり、一方は南にいきコイサン人となった。コイサンの住むところでは哺乳類は絶滅しなかったが他の民族のところろはマンモスやオーロックスをはじめ多くの野生哺乳類が絶滅していいく。狩猟を基本とするコイサン人は昨日のことも明日のことも考えない。そして週に15時間働くだけで幸せに暮らす。この本では新石器時代以降に人類が獲得した知恵や技術が環境に悪影響を与え、人類を不幸に導いている側面に光を当てる。飽食、未来への不安、見栄、欲望、土地を占有するという考えなどケインズやマルクスより資本主義の課題をより始原にに立ち返って考えている。難しい箇所もあったがなかなかの好著でした。続きを読む
レビューの続きを読む投稿日:2020.09.02
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