「帝国」ロシアの地政学(東京堂出版)
小泉悠(著)
/東京堂出版
作品情報
朝日新聞(読書欄)、読売新聞(「本よみうり堂」)、産経新聞(書評欄)、毎日新聞(「今週の本棚」)をはじめ、北國新聞、北日本新聞、東日本新聞、信濃毎日新聞など各紙で紹介! 第41回サントリー学芸賞(社会・風俗部門)受賞作品。 【本書の内容】ロシアの対外政策を、その特殊な主権観を分析しながら読み解く。今やロシアの勢力圏は旧ソ連諸国、中東、東アジア、そして北極圏へと張り巡らされているが、その狙いはどこにあるのか。北方領土問題のゆくえは。蜜月を迎える中露関係をどう読むか。ウクライナ、グルジア(ジョージア)、バルト三国など、旧ソ連諸国との戦略的関係は。中東政策にみるロシアの野望とは。ロシアの秩序観を知り、国際社会の新たな構図を理解するのに最適の書。北方領土の軍事的価値にも言及。第41回サントリー学芸賞(社会・風俗部門)受賞作品。
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商品情報
- シリーズ
- 「帝国」ロシアの地政学(東京堂出版)
- 著者
- 小泉悠
- 出版社
- PHP研究所
- 掲載誌・レーベル
- 東京堂出版
- 書籍発売日
- 2019.06.25
- Reader Store発売日
- 2019.10.25
- ファイルサイズ
- 17.8MB
- ページ数
- 292ページ
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この作品のレビュー
平均 4.3 (30件のレビュー)
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【まとめ】
1 ロシアの国境はどこまで伸びるのか
ロシア周辺における国境問題には、ある種の特殊性が認められる。つまり、国家の境界というものがひとつながりの閉じた線としてではなく、より曖昧なグラデーショ…ン状にイメージされているのではないかと疑わざるを得ないような事例がしばしば見られるのである。
ロシアの国家観においてイメージされる境界とは、浸透膜のようなものだ。内部の液体(主権)は一定の凝集性を持つが、目に見えない微細な穴から外に向かって染み出してもいく。仮に浸透膜内部の「主権」が着色されていれば、染み出していくそれは浸透膜に近いと ころほど色濃く、遠くなるほどに薄いというグラデーションを描くことになるだろう。一方、浸透膜は外部の液体を内部に通す働きもする。もしも外部の液体の方が浸透圧が高い場合、膜の内部には他国の「主権」がグラデーションを描きながら染み込んでくる。
ロシアの主権は国境を超えて及ぶのだ。
2 ロシアのあいまいなアイデンティティ
ソ連崩壊によって「ロシア的なるもの」は国境で分断され、新たに出現したロシアの国境内には、他民族や多宗教といった「非ロシア的なもの」が抱え込まれることになった。つまり、民族の分布と国境線が一致しなくなったわけで、こうなると「ロシア」とは一体どこまでを指すのか(国際的に承認された国境とは別に)という問題が生じてくる。これは地政学(ロシアの範囲)をめぐる問題であると同時に、アイデンティティ(ロシアとは何なのか)の問題でもあった。つまり、「ロシア」の範囲を「ロシア的なるもの」の広がりに重ね合わせるのか、「非ロシア的なもの」をも含むのかという問題が生じてくる。
プーチンはロシアの地政学思想として「大国志向」を有しているとされる。大国志向的国家観においては、ロシアが旧ソ連諸国を帝国的秩序の下に直接統治することまでは想定しない。その一方で、旧ソ連圏で生起する事象に関してロシアが強い影響力を発揮できる地位を持つべきであると考える。したがって、旧ソ連諸国はロシアにとっての勢力圏であり、NATOのような外部勢力が旧ソ連諸国に拡大してくることも阻止されなければならない、ということに なる。
3 主権と勢力圏
ロシアの軍事的介入の積極性は、旧ソ連諸国以外と旧ソ連諸国で違う。ロシアは、主権とはごく一部の大国のみが保持しうるものだという考えを持っている。この主権国の定義は、強大な軍事力(核)を有しているか、軍事同盟関係にある他国との間で優位にあるか、というものが含まれる。このような能力を持たない旧ソ連諸国は真の「主権国家」ではなく、したがって「上位の存在」であるロシアの影響下に置かれるのは当然だ、というのがロシアの論理であろう。
ある大国が周辺の国々に対して権力関係を行使しうるとき、そのエリアは「勢力圏」と呼ばれることが多い。現在のロシアが目指すのは、他国との間に消極的勢力圏――積極的に何らかの振る舞いを強制しうるような関係でなく、「主権国家」 にとって不都合な振る舞いを手控えるよう圧力をかける関係――を維持することだ。この「消極的」の定義には、ロシアから距離を置く国の引き止めや、NATOやEUへの加盟を目指す国々への圧力も加わる。
ロシアの理解によれば、ロシアは、より弱体な国々の主権を制限しうる「主権国家」=大国であり、その「歴史的主権」が及ぶ範囲は概ね旧ソ連の版図と重なる。その内部において、ロシアはエスニックなつながりを根拠とするR2P(保護する責任)を主張し、介入を正当化してきた。
一方、ロシアの「歴史的主権」が及ばない旧ソ連圏外においては、ロシアはウェストファリア的な古典的国家主権の擁護者を以て自らを任じてきた。それゆえに、ロシアは旧ソ連圏外でのR2Pの行使に対して極めて否定的な態度を示すとともに、米国の介入を厳しく非難してきた。
1999年のインタビューでは、プーチンは「彼らは国連憲章を変えようとするか、NATOの決定をその代わりにしようとしている。我々は断固としてそれに反対する」と述べ、西側が国連をバイパスして独自の軍事力行使を行う傾向に強く反発していた。国連安全保障理事会の承認なしでNATOが軍事力行使に踏み切ったことについて、ロシアは、グローバルな安全保障問題に関する意思決定プロセスから自国が排除されたとの認識を強く持った。
4 ウクライナと勢力圏
ブレジンスキー元米大統領補佐官は、ウクライナを勢力圏内に留めておけるかどうかは、ロシアがアジアから欧州にまたがる「ユーラシア帝国」でいられるのか、それとも「アジアの帝国」になってしまうかの分水嶺であると主張した。
ウクライナ人とベラルーシ人は民族的にも、言語・宗教・文化などの面からも、ロシア人との共通性が高く、時に「ほとんど我々」と呼ばれる。この3つの民族は一つの国家のもとに留まらなければならないという認識がロシアにあった。
ソ連崩壊後、新生ウクライナはロシアの勢力圏からの脱出を目指したが、これは簡単なことではなかった。国際価格の数分の一という安価で供給されるロシア産天然ガスなくしては、ウクライナ経済は立ち行かないためである。自国を通過するロシアの天然ガスパイプラインから多額の通行料収入を得てもいること、多くの工業製品や農産物がロシアに輸出されていること、ヒト・モノ・カネの往来が活発なことなどを考えても、ロシアとの関係を簡単に絶つわけにはいかなかった。したがって、ウクライナは当初、ロシアとの関係も悪化させないよう配慮しつつ、西側との関係深化もめざすという多角的な対外政策をとった。
ロシアにとってのウクライナは自力で独立を全うできない「半主権国家」であり、「上位者」であるロシアの影響下にあるものとみなされている。つまり、ウクライナはロシアの一部またはそれに準ずる領域ということになる。
このような観点からすれば、クリミアはたしかにウクライナ人だけのものではなく、ロシア人にとっても「共有財産」であろうし、「ロシアの一部であるところのウクライナ」をNATOに加盟させかねない暫定政権は、領土的一体性を損なおうとする勢力と言えなくもない。そしてロシアは、自らの勢力圏であるウクライナが西側によって侵食されるのを防ぐため、戦略的地であるクリミアを急遽押さえた。これはロシアにとっても、「ロシアの一部であるところのウクライナ」にとってもNATOから身を守るための防衛的行動である――このように、プーチン演説では、「ウクライナはロシアの一部である」がゆえに、「ロシアにとってよいことはウクライナにとってもよいことだ」というロジックが貫かれている。続きを読む投稿日:2023.06.27
ロシアの主権や勢力圏に対する考え方に触れられるいい本だった。
ロシアなりのロジックを理解する助けになった。
(無論、ロシアのロジックは国際的な標準とは程遠いものだが……)投稿日:2023.12.08
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