地下道の鳩 ジョン・ル・カレ回想録
ジョン ル カレ(著)
,加賀山 卓朗(訳)
/早川書房
作品情報
イギリスの二大諜報機関MI5とMI6に在籍していたことを明かし、詐欺師だった父親の奇想天外な人生を打ち明ける。スマイリーなどの登場人物のモデル、紛争地域への取材、小説のヒントになった出来事、サッチャーをはじめとする要人との出会いも語る話題作
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商品情報
- シリーズ
- 地下道の鳩 ジョン・ル・カレ回想録
- ジャンル
- 教養 - ノンフィクション・ドキュメンタリー
- 出版社
- 早川書房
- 掲載誌・レーベル
- 早川書房
- 書籍発売日
- 2017.03.15
- Reader Store発売日
- 2017.03.15
- ファイルサイズ
- 0.6MB
- ページ数
- 368ページ
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この作品のレビュー
平均 4.6 (6件のレビュー)
-
序文だけでもうすっかり心つかまれてしまった。
大人による、大人のための文章。
これよ、これ! こういうのが読みたかったのー! と、私の脳みそ含むからだ全部が喜んでいるのを感じた。
もともと、ミステリ…や探偵小説の類はあんまり好きじゃないから、ジョン・ル・カレの作品も「ナイロビの蜂」しか読んだことない。
でも、これまで読んだ推理小説は読んだ端から忘れていって、ほぼ頭の中に残っていないけど、「ナイロビの蜂」だけは、割と心の深いところに沈殿していて、読み終わった後もよく思い出します。
小説があんまり良かったので、映画もすぐ見たほど。(そして、映画も悪くはなかったけど、小説の方がだんぜん良かった)
この回想録を読んで思ったけれど、この人の文章スタイルが非常に私好みなんだろうと思う。たぶん。
ある出来事について語るとき、「その出来事のどこを切り取るか」っていうのは人によって全然違うと思うし、それによって話がどこへ向かうか、というのも全く変わってくると思うのだけれど、この人の視点とか切り取り方、それによって導かれる結論が、私は本当に好きだと思った。
それはもう序文から現れていて、タイトル「地下道の鳩」の由来となったル・カレの子供のころの記憶の話もそう。あとの方の回想で出てくるメンフクロウのエピソードとセットでとても印象的。
ただ、残念なことに、私の知性がル・カレに全くついていけていないせいで、この素敵な序文の最後の文章を読んで、え、と思った。
「この光景がずっと私の心に焼き付いている理由は、私自身より読者の方がわかるのではないだろうか。」
・・・え・・・すみません・・・私にはわかりません・・・(涙)
ああ、でも、こんな風に、いちいち全部説明しないクールなところがとてもとても好きなんです。(と、珍しく熱く愛を語る)
読んでいて、ぎょっとしたところがあった。
ナチス狩りに携わっていたジャーナリストを取材した時の話。
もちろん、ナチス狩りということが戦後ずっと広く行なわれていたことは私も知っているけれども、私はずっと、ナチス狩りは裁判にかけるために行われているのだと思っていた。
そうじゃなくて、復讐が最大の目的で、裁きを受けさせるためではない、と知って驚愕してしまった。(もちろん裁判に持ち込まれた人もいたとは思うが、ここではそうではないケースが出てくる)
そのナチス狩りの様子(=要するに殺人)について淡々と語るジャーナリストとの会談場面――
「こちらの仕事の説明をしている暇がないこともあった、とマイクは言う。そうなるとわれわれは、たんに彼らを殺して去った。時間があるときには、どこかへ連れていって説明した。野原や、倉庫に。泣いて罪を告白する者もいれば怒鳴り散らす者も、命乞いをする者もいた。ほとんど何もできない者も。(中略)
”われわれ" と言いました? "われわれ" とは具体的に誰ですか。あなた――マイク――自身も復讐に加わっていた? それとも、もう少し一般的な "われわれユダヤ人" という意味で、あなたはたんにそのひとりということですか?
マイクは、私にはよくわからない "われわれ" を使いつづけ、別の殺しの方法を説明する」
この「よくわからない "われわれ"」がなんかじわじわ怖い。
このエピソードのそこを切り取るル・カレがさすがだ、と思った。
ほかにも、ソ連崩壊直後の完全に混乱したモスクワで「保険屋が来たせいで従業員が出社しなくなってしまった」という、そこだけ聞いてもまったく意味の分からないエピソードもそうだったが(もちろん、読めば意味はわかります)、私という人間は、本当に「秩序のある世界」しか知らないんだなと、自分のナイーブさ(日本語のナイーブじゃなくて、英語の意味のナイーブ)と混乱の世界との大きな隔たりを思って気が遠くなった。
子供みたいな感想で申し訳ないけれど。
学校を卒業して働き始めたとき、「ああ、社会というのは学校みたいに1+1=2っていう明快な答えがないんだなぁ」とため息が出たが、この本を読んでいると、私の暮らしている場所は、やっぱりだいたい「1+1=2」が普通に通用している世界だと思った。
向こう側の世界(たとえばパレスチナとか)から見れば、私の人生は、さまざまな理不尽からは信じられないくらいに無縁でいる。
そのことを強く実感させられた。
なんと幸せなことかと。
ところで、サッチャー。
有名人のエピソードって、話す人や場面によって、人物像が全然違ってたりするものだけれど、サッチャーって、誰が語っても、誰の回想録を見ても、いつもキャラが全然ブレないところ、ちょっと笑ってしまった。続きを読む投稿日:2022.05.22
十代のなかば頃、父のいつもの派手なギャンブル旅行の道連れでモンテカルロに行った。古いカジノの近くにスポーツクラブがあり、そのふもとの芝地に海を見晴らす射撃場があった。芝生の下には小さなトンネルがいくつ…も並んで掘られ、海側の崖に出口が開いていた。そのなかに、カジノの屋上で生まれ、囚われていた生きた鳩が入れられる。鳩たちの仕事は、真っ暗なトンネルを抜けて地中海の空に飛びだすことだ――昼食を愉しんだあと、立ったり寝そべったりしてショットガンを構えているスポーツ好きの紳士の標的となるために。弾が当たらなかったり、かすったりしただけの鳩は習性にしたがって生まれ故郷のカジノの屋上に戻っていくが、そこには同じ罠が待ち受けている。(序より)
ジョン・ル・カレの心にずっと焼き付いて消えない光景。鳩たちの運命はまるでスパイの運命のよう。何故そう思うのかは、読者の方が知っている、とカレは言う。
『寒い国から帰ってきたスパイ』、『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』に始まるスマイリー三部作等、1960年代に書かれ、半世紀を過ぎて今なお屈指のミステリである数々の名作を世に送り出してきたジョン・ル・カレ。
詐欺師であった父親のもとに生まれ、イギリスの二大諜報機関MI5・MI6に在籍し、権力者たちに引き寄せられ、東西冷戦、中東紛争、ソ連崩壊と刻々と変化する国際情勢を目の当たりにしてきた彼が、85歳にして上梓する回顧録。
『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の下地になったと思われる、実際に合った空前絶後の二重スパイ事件、トビー・エスタへイスやジェリー・ウェスタビー、ジョージ・スマイリーを彷彿とさせる人々との思い出。
彼の記憶に沿って書かれた38章のエピソードをすべて読んだ後には、もう一度カレの作品をあらためて読み直していきたくなる。
ジェームズ・ボンドのように派手なアクションを起こすわけでもなく、魅力的な美女の誘惑もないスパイ小説がなぜこんなに面白いのか。ジョージ・スマイリーが謎を一つ、また一つと解き明かしていく、その一見地味だけど重厚なディテールの醸しだす不思議な魅力を、きっと再発見できるだろうから。続きを読む投稿日:2021.01.19
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