煙の殺意
泡坂妻夫(著)
/東京創元社
作品情報
問答無用の面白さ、騙される快感!泡坂ミステリのエッセンスが詰まった名作品集。困っているときには、ことさら身なりに気を配り、紳士の心でいなければならない、という近衛真澄の教えを守り、服装を整えて多武の山公園へ赴いた島津亮彦。折よく近衛に会い、2人で鍋を囲んだが……知る人ぞ知る逸品「紳士の園」や、加奈江と毬子の往復書簡で語られる南の島のシンデレラストーリー「閏の花嫁」、大火災の実況中継にかじりつく警部と心惹かれる屍体に高揚する鑑識官コンビの殺人現場リポート「煙の殺意」など、騙しの美学に彩られた8編を収録。/収録作=「赤の追想」「椛山訪雪図」「紳士の園」「閏の花嫁」「煙の殺意」「狐の面」「歯と胴」「開橋式次第」
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商品情報
- シリーズ
- 煙の殺意
- 著者
- 泡坂妻夫
- ジャンル
- 小説 - ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
- 出版社
- 東京創元社
- 書籍発売日
- 2001.11.30
- Reader Store発売日
- 2015.05.22
- ファイルサイズ
- 0.7MB
- ページ数
- 305ページ
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この作品のレビュー
平均 3.8 (46件のレビュー)
-
創元推理文庫版で発売されたのが2001年なので、てっきり新しめの作品集なのかと思いきや、1976~79年と『亜愛一郎』シリーズと同じ時期に執筆されたものであるとともに、元のそれが入手し辛くなったこと…からの発売かもしれないと知り、内容に好みはあるかもしれませんが、ミステリファンならば、一度読んでおいて損はない作品だと感じました。
本書には、それぞれに趣の異なる8つの短篇が収められており、当時の時代背景も反映されているかもしれないと感じたのは、これまで私の中で抱いていた、泡坂妻夫に対する人柄の良さを思わせるイメージとは真逆のそれであり、それは人間には良いところも悪いところもあるのだろうなといった、漠然としたものというよりは、人間は時と場合によって、突拍子もなく平気で恐ろしいことを考えつく生き物であることを、ごく当然のように描いている、そこに感じられた容赦の無さであると共に、だからこそ見えてくる人間味もあった。
ここで冷静に省みると、亜愛一郎シリーズにも、確かにそうしたテーマは存在するが、作品全体を覆うユーモラスな雰囲気と亜自身の個性によって、大分和らいだ印象を抱かせる反面、この前読んだ「乱れからくり」には、本書と似たような人間の持つ闇の一面を垣間見たことから、泡坂妻夫も人間なのであることをようやく意識させられた、というよりは、そこに彼の作家性があるのだと思われたことに、実は騙しの美学だけではなく、思いの外、現実志向も強かったのではないかと感じられたのである。
となると、彼の中で思い描いているのは、物語がたちまち様変わりするようなミステリとしての面白さや陶酔感だけではなく、あくまでも、それを引き起こしているのは人間なのであるということも強く意識させられることにより、人間というものの得体の知れなさから考えさせるものもありながら、そこから派生する泣き笑いのような思いには、決して恐怖だけではない、そこに至るまでの気持ちがそうさせるのだと思わせるものもあった、そんな人間の不完全さに悲喜こもごもが宿っている点には、単なるミステリという枠だけでは収まりきらない、まるで人間自体が謎であるかのような書きっぷりに、泡坂妻夫の世の中の表と裏を見抜く、確かな眼差しがあるように感じられた。
思えば、最初の「赤の追想」から、いきなり後頭部を激しく叩きつけられたようなショックがあり、安楽椅子探偵仕立てなので直接的では無いものの、それでも彼の望みを叶えるための、その考え方には理解の範疇を超えた恐ろしいものがありながら、どこか哀愁も漂わせていた、それは人生のゴールが決して変わることのない、彼自身の悲劇とも思われる中、それに対して、人間の中に光と闇があることを当たり前に受け入れた彼女の言葉に、どこか爽やかさを感じられたのが一つの救いでもあった、生と死の対照性を、ある素晴らしいものに擬えて、人間の儘ならぬ様を見事なまでに描いている。
「椛山訪雪図」は、知識が専門的すぎて読み辛かったものの、最後は目にも鮮やかに、その意味するところを簡潔に見せてくれた、そこには「椛」の読み方から、実は最初からタイトルに全て込められていたことを思い知る、その正々堂々とした潔さと、死角を突いたような絶妙なバランス感が、泡坂妻夫の一つの持ち味だと思う。
「紳士の園」は、かなり闇志向が強い一品で、公園の奥でバーベキューパーティーさながらにあれを食べようとするのが、既に衝撃的だったが、それすらも些細なことに過ぎなかった最後の意外性には、それに対する並々ならぬ思いもあることから、単なる奇矯さだけではない、確かな説得力もあったのだが、それ以上に、この『大は小を兼ねる』的解釈の非人間性には、冷静に考えれば考えるほど空恐ろしいものがあった。
「閏の花嫁」は、最初と最後でがらりと景色が一変する、まさに泡坂妻夫の醍醐味を堪能しつつ、お伽話はお伽話だからこそ楽しいということも痛感させられ、人間も動物の一種であることを、改めて思い知る。
「煙の殺意」は、事件の捜査をしながらも、デパートの火事のテレビ中継から目が離せない望月警部と、屍体そのものが好きな斧技官の、ユニークなコンビだからこそ事件の真相に気付くことのできた、物語としての面白さとは対照的に、犯人の動機は本書の中で最も理解不能で恐ろしいものがあり、しかもそれを何の躊躇いもなく実行しながら、謝罪の一言も何も無く、これでも人間なのだろうかと思わずにはいられなかった、その衝撃は怒りよりも、どこか無関心風な望月警部と斧技官の様子も加わって、悲しくてやり切れないものへと変わり、確かにこうしたことも世界ではいくらでも起こっているけれど・・・といった、人間社会の闇の部分を深く抉り出しながら、「紳士の園」と見事な対照性を為した構成も心憎いばかりで、泡坂妻夫、恐るべしといった心境。
「狐の面」も専門的知識の読み辛さがあったものの、物語は心に響くものがあり、そこには奇術に対して奇術で対抗するといった、言葉は一緒であっても、そこへの拘りと思い入れには天と地ほどの差がある点に、泡坂妻夫の好きなものに対する真摯な情熱が、ひしひしと伝わってきながらも、それをユーモラスなタッチで描いたことに、彼の人間性が垣間見えた、それは最後の彼女に対する優しさもそうであった。
「歯と胴」は、犯罪者心理として起こり得る物語に斬新さは無かったものの、それを呼び起こす一つ一つの要素が、ゆっくりと明らかになっていく過程にあった、まるでホラー映画を観ているような恐怖には、思わず信じてしまいそうな臨場感で満たされているようであったが、これも人間に闇の部分がある故の思考法なのだと思うと、果たして人間とは、悲しい程に愛しい存在なのか、滑稽な程に愚かな存在なのか、よく分からなくなる。
最後の「開橋式次第」の、五代揃って一つ屋根の下で暮らしている家族の、人数が多すぎて名前を覚えられない面白さの裏で、くどい程に繰り返されるのは、人間は何かを拠り所にして生きていることであり、それが良くも悪くも、それぞれの人生に反映されている点を皮肉を交えて描きながら、どこか微笑ましさも感じられたのは、きっと完璧でないからこそ人間は特別に愛おしく思える存在なのだということを、改めて教えてくれたのだろうと、私は思う。続きを読む投稿日:2024.05.23
当作品、泡坂妻夫著『煙の殺意』収録の「椛山訪雪図」のオマージュとなったののが、米澤穂信『儚い羊たちの祝宴』収録『北の館の罪人』(初出:『小説新潮』2008年1月号)
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捜査そっちのけの警部と美女の死体に張り切る鑑識官コンビの殺人現場リポート「煙の殺意」を表題に、知る人ぞ知る愛すべき傑作「紳士の園」や、往復書簡で綴る地中海のシンデレラストーリー「閏の花嫁」など、問答無用に面白い八編を収める。続きを読む投稿日:2024.02.21
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