古本食堂
原田ひ香(著者)
/ハルキ文庫
作品情報
鷹島珊瑚は両親を看取り、帯広でのんびり暮らしていた。そんな折、東京の神田神保町で小さな古書店を営んでいた兄の滋郎が急逝。珊瑚が、そのお店とビルを相続することになり、単身上京した。一方、珊瑚の親戚で国文科の学生・美希喜は、生前滋郎の元に通っていたことから、素人の珊瑚の手伝いをすることに……。カレー、中華など神保町の美味しい食と思いやり溢れる人々、奥深い本の魅力が一杯詰まった幸福な物語、早くも文庫化。
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商品情報
- シリーズ
- 古本食堂
- 著者
- 原田ひ香
- 出版社
- 角川春樹事務所
- 掲載誌・レーベル
- ハルキ文庫
- 書籍発売日
- 2023.09.18
- Reader Store発売日
- 2023.09.15
- ファイルサイズ
- 2.7MB
- ページ数
- 336ページ
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この作品のレビュー
平均 4.1 (157件のレビュー)
-
あなたは、自分が読みたい本のイメージを書店員さんに伝えたことはあるでしょうか?
今、この長〜いレビューを読んでくださっているあなたは間違いなく本好きでいらっしゃると思います。そんなあなたが本を読む起…点はどこにあるでしょうか?もちろん、私のこの長〜いレビューが起点となることは嬉しことですが、漠然とこういった本が読みたいという思いが先立つこともあると思います。そんな時、書店員さんにこんな問いかけをすることもあるかもしれません。
『あの…お弁当の作り方の本をずっと探しているんです。私、うまくできなくて』
まあ、『私、うまくできなくて』と自身のことをここまで話すのは余程のことだと思いますが、探している本を聞くことはあると思います。しかし、具体的な本の名前ではなくこんな漠然とした聞き方をされた場合、そこには数多の答えが存在するはずです。一方で、本好きなあなたには別の興味が湧くかもしれません。そんな質問をしている様を第三者的に知った場合、聞かれた相手がどのような本を推薦してくるのか。それは、本好きだからこその少し意地の悪い楽しみ方かもしれません。
さてここに、さまざまなお客様さんが訪れる神保町にある『古書店』を舞台にした物語があります。そんな古書店を訪れる客にさまざまな本が紹介されていくこの作品。登場した本が読みたくなってもくるこの作品。そしてそれは、そんな本がまさかのリアル世界に刊行されている本の紹介でもあることを知る物語です。
『よくわからない、古書店のことなんて』と、『九時に店を開けて、一時間ほど座っていたけど、誰も来ない』と思うのは主人公の鷹島珊瑚(たかしま さんご)。『本当に、東京に行っちゃうんだね』と帯広空港で見送られた時のことを思い出す珊瑚は、『郊外の、芽室に近い一軒家に』『兄、統一郎や滋郎』と暮らしていました。『本当は三人目も男の子が欲しかった親』は生まれてきたのが女の子だったことに失望し、『名前なんて三番目の女の子だから「三子」でいい、と言った』ことに対し、『兄、滋郎が「それはあまりにもかわいそうである」と主張し』てくれたことで名づけられました。そんなところに『「こんにちは」と言う声がし』、『隣で「ブックエンドカフェ」という名前の喫茶店を経営している』田村美波さんが入ってきます。『お早いのね』、『ランチの仕込みがありますから』と会話する二人。そんな中、『ねえ、ちょっとお聞きしていいかしら』と珊瑚は『思い切って尋ね』ます。『はい、なんでしょ』と返す田村に『あたしね、今、シャッター開けて掃除して、文庫本の箱を出して…他にすることってあるかしら。実はお店とかしたことがなくてね。何をしたらいいのか』と訊く珊瑚。それに田村は『おつりの用意とか必要じゃないでしょうか』等アドバイスをくれます。『小銭といくらかの札が入ったまま』のレジを調べる珊瑚を見て『滋郎さん、店の中で倒れたから、現金を出す暇もなかったんですね』と『声をつまらせ』る美波。
場面は変わり、『叔母さんの書店、今日、開店するらしいから、美希喜、ちょっと見てきてよ』と母親に言われたのはもう一人の主人公・鷹島美希喜(たかしま みきき)。『神保町で小さな古書店をやっていた大叔父の鷹島滋郎が独身のまま、昨年、亡くなった』という先に、相続の話が持ち上がりました。美希喜の父の光太郎は、滋郎の兄である統一郎の一人息子ですが、統一郎はすでに他界している一方で妹の珊瑚は両親の面倒を最後まで見た後『帯広市内に一人で暮らして』いました。そんな珊瑚に『財産のほとんどを』残したという滋郎に、美希喜の両親も異論なく同意します。そして、そんな珊瑚が滋郎の残した店を開けるのが今日という日に『大学の帰りに、お店の様子を見てきてよ。いえ、できたら行ける時はこれから毎日見てきて』と言う母親。『今通っている大学は、神保町の近くにある、O女子大という美希喜は、滋郎の『生前も何度か古書店に行』っていました。『自分は何になりたいのだろう』と将来何になりたいかよくわからないという美希喜は、『東大の文学部の国文学研究室にいた』という滋郎のことを思い、『あの人なら、私の疑問に答えてくれるのではないか』という思いの先に神歩町通いを続けました。しかし、結局、『大叔父が「何になりたかったのか」』を聞きそびれてしまったという美希喜。そして、美希喜は店に行き珊瑚と親しげに会話します。そんなところに、『あの…お弁当の作り方の本をずっと探しているんです。私、うまくできなくて』と語る一人の女性客が入ってきました。滋郎の残した古書店を舞台に本と美味しい料理の物語が紡がれていきます。
“鷹島珊瑚は両親を看取り、帯広でのんびり暮らしていた。そんな折、東京の神田神保町で小さな古書店を営んでいた兄の滋郎が急逝。珊瑚が、そのお店とビルを相続することになり、単身上京した。一方、珊瑚の親戚で国文科の学生・美希喜は、生前滋郎の元に通っていたことから、素人の珊瑚の手伝いをすることに…”と、内容紹介にうたわれるこの作品。『古書店』を思わせる表紙のイラストと書名、しかし、そこには何故か『食堂』という文字が踊る「古本食堂」という摩訶不思議な書名が興味を掻き立てます。そんなこの作品は、”カレー、中華など神保町の美味しい食と思いやり溢れる人々、奥深い本の魅力が一杯詰まった幸福な物語”とも説明される通り、”本 × 食”という本来組み合わされることのないものがタッグを組むという先に生まれたグルメで本好きなあなたにはたまらない一冊になっています。
“本 × 食”と言ってもなかなかピンとくるものではありませんが、この作品を手に取り目次を開いた読者はどことなくそのイメージが湧いてきます。この作品は六つの短編が連作短編を構成していますが、まずは、そんな短編に付けられたタイトルを以下に書き出してみましょう。
・〈第一話『お弁当づくり ハッと驚く秘訣集』小林カツ代著と三百年前のお寿司〉
・〈第二話『極限の民族』本多勝一著と日本一のビーフカレー〉
・〈第三話『十七歳の地図』橋口譲二著と揚げたてピロシキ〉
・〈第四話『お伽草子』とあつあつカレーパン〉
・〈第五話『馬車が買いたい!』鹿島茂著と池波正太郎が愛した焼きそば〉
・〈最終話『輝く日の宮』丸谷才一著と文豪たちが愛したビール〉
はい、いかがでしょうか。とても特徴のある短編タイトルだと思います。そこには、リアル世界に実在する本の名前に続いて料理の名前が記されていることに気づきます。例えば〈第一話〉の場合、小林カツ代さんの書かれた「お弁当づくり ハッと驚く秘訣集」という主婦と生活社から1984年10月15日に刊行された料理本の話題が登場します。そんな本はこんな形で登場します。『あの…お弁当の作り方の本をずっと探しているんです。私、うまくできなくて』と現れた女性は『写真がたくさんでていてきれいなお弁当の本はたくさん持っている』、でも『使いこなせない』と訴えます。そんな訴えに珊瑚が取り出したのが今から40年近く前に刊行されたこの料理本でした。
『小林カツ代さん、知ってる?』、『もう亡くなられたけどね…この本の特徴はね、写真がないの』
そんな風にこの本を紹介する珊瑚は、
『かぼちゃのスピード煮とか、とり肉とかぼちゃの煮ものとか、簡単にできて味がよくしみる、お弁当に入れるのにぴったりな煮物の作り方がたくさんでてるのよ…』
そんな風に説明を続けます。私はこの本自体は全く存在さえ知りませんし、読んだこともありません。しかし、リアル世界に実在する本ということで実際にどんな本なんだろうと、一旦読書を中断してAmazonのレビューを見てビックリしました。まるで、この作品に記述されているイメージそのままのレビューがそこに記されていたからです。当然のことながら、作者の原田ひ香さんはこの本を読まれた上でここに取り上げられているのだと思いますが、空想の産物ではなく、リアル世界に刊行されている本を小説の中に織り込んでいくというこの作品の試み。おすすめ本を紹介した作品というものがありますが、この作品はその考え方を小説に一体化してしまった!というとても画期的な作品だと思いました。
そして、空想とリアルの融合を見せるこの作品は”本”だけでなくて”食”においても空想とリアルが融合した世界を見せてくれます。今度は〈第二話〉を見てみたいと思いますが、そこに登場するのが『この近くにカレーのボンディがあった』と美希喜が訪れるリアル世界に実在するカレー店です。
『ボンディのビーフカレーは大きな肉がごろごろ入っている』。
そんな風にいきなり読者の視覚を通じて食欲を刺激する原田さん。
『ご飯にはぱらぱらとチーズがかかっていて、別にジャガイモが二個とバターが付け合わせだ。濃い褐色の香り高いルーを、ソースポットからレードルですくい取り、ご飯にかける時のどきどき感はなんとも言えない』。
思わず頭の中にイメージを浮かべてしまうリアルな”食”の描写。
『口当たりはまろやかで柔らかく、まるでビーフシチューか何かのようなのに、それはすぐに裏切られる。実はその底にしっかりしたスパイスの辛さがひそんでいるのだ』。
そんな風に見事な食レポを見せてくださいます。
『おいしいー!と心の中で叫んでいた』
美希喜の心からの喜びが伝わってくるその鮮やかな食の描写は原田さんならではです。原田さんと言えば代表作の一つに「ランチ酒」があります。あの作品では実在のお店を取り上げるも店名は明かさないままにたまらない”食”の描写で読者の食欲を刺激されました。この作品では、ついに店名をハッキリと記述してしまうという一歩進んだ描写を見せてくださいます。これはもう、リアルなお店に行くしかないですね!これだけ味覚が視覚によって刺激されきってしまうと行かずには済まなくなってきます。”原田ひ香さん × 食”の相性の良さを決定づける作品だと思いました。
さて、そんなこの作品は、珊瑚と美希喜という特徴のありすぎる名前の女性二人が主人公を務めます。作品中では、二人に交互に視点が切り替わって展開していきますが、珊瑚視点 = 『あたし』、美希喜視点 = 『私』という使い分けなど細かい工夫がなされているため、どちらの視点?とこんがらがることはありません。そんな二人の関係性は、鷹島三兄弟(統一郎、滋郎、珊瑚)において長男・統一郎の孫が美希喜になります。本文中では美希喜から見た珊瑚のことを『大叔母』という表記で表してもいます、そんな二人が急死した滋郎の残した『鷹島古書店』を切り盛りしていく日常が描かれていきますが、そこには物語を一本貫くかのようにふたりが抱える悩みの存在が並行して描かれていきます。
美希喜『自分は何になりたいのだろう』
珊瑚『東山さん、今頃、何をしている』
それは〈第一話〉でうっすらと匂わされていたものが各短編でどんどん色濃くなって短編間の結びつきを強くしてもいきます。一方で”本 × 食”の魅惑的な描写に酔わせてくれるこの作品はそれだけでなく、二人の女性のそれぞれの生き方を見せてくれるものでもあったのだと思います。
『神保町で小さな古書店をやっていた大叔父の鷹島滋郎が独身のまま、昨年、亡くなった』
『鷹島古書店』を滋郎に代わって営む珊瑚と大学院に通いながら大叔母でもある珊瑚を手伝う美希喜の日常がある意味淡々と描かれていくこの作品。そこには、”本 × 食”を絶妙にコンビネーションしたからこそ納得できる『古書があふれていて、おいしいものがあふれていて』という書名の意味に感じ入る優しさに溢れた物語が描かれていました。リアル世界に刊行されている本がそのまま紹介されるこの作品。美味しそうな”食”の描写に食欲が刺激されるこの作品。
“本”が大好きで、”食”も大好きで…というそんなあなたにぜひご賞味いただきたい、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2023.10.16
「青い壺」の帯に、原田ひ香さんが、「こう言う小説を書きたい」と書いてあるのをお見かけしたことがある。
登場人物一人一人の心理描写が細かく、そして面白い、そう言うことも考えるよなぁと思わせるところが多…く、少し「青い壺」と雰囲気が似ている良いな気はした。
最後まで古本屋はどうなるのかな思いながら読んだ。ほんとに東京にある飲食店の数々、美味しそう。それと、一人ものが東京に来てみんなに受け入れられて行く様子がとてもありありと思い描かれて、東京の街の素敵さを改めて感じた。続きを読む投稿日:2024.05.27
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