この作品のレビュー
平均 4.0 (42件のレビュー)
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”自分の人生を語ってください”、と依頼されたとしたらどんな順番で話をするでしょうか?
世の中に偉人伝というものは多々あります。いつ生まれて、どんな幼少期を、思春期を経て大人になったのか。そして就職…して、結婚して、子どもができてこんな人生を生きました…と続く物語。そんな人生を語る時、幼少期の次に、大人になりましたが来て、その次に思春期の話をするというような順番が考えられるものでしょうか?
“物事には順序がある”
と言うとおり、世の中には人が自然に感じる、もしくは心地良く感じる”流れ”、”順序”というものがあります。これは、物語でも同じことです。鶴になって飛び立っていく姿を見せられた後に、機織り場を覗いている翁の姿を見せられても、知らねえぞ!と突っ込みたくなるだけです。亀がゴールテープを切るのを見せられた後に、うさぎ優位のレースを見せられてもなんだか興醒めもします。やはり物事には”順序”というものがあるのだと思います。
小説の世界にも”読む順番”を意識すべき作品は多々あります。辻村深月さんの作品群が有名でしょう。続編ともシリーズともされていないのに、”読む順番”を守らないと楽しめないという辻村さんの作品群。そこには、その順番を守ったからこそ、個々の作品一冊を読むより読後の感動が何倍にも増すというおまけがついてきます。
では、一連のシリーズとして刊行されている作品が、時系列に沿っていなかったとしたらどうでしょうか?時系列に沿って、というのはある意味”読む順番”の基本形です。しかし、そのシリーズを書いている作者が、時系列に沿わない”読む順番”を提示してきたとしたらどうでしょうか?作者は当然に何らかの意図をもってそのようなイレギュラーな”読む順番”を提示しているとも言えます。そんな時、読者はそれをどのように捉えるべきでしょうか?
そう、この作品はそんな”読む順番”に悩む物語。この作品のブクログのレビューが”読む順番”の話題に満たされた物語です。
『遠藤家がもっとも栄えていた頃に浜松駅で車を呼び、峰生の常夏荘と頼めば、それだけで長屋門の前に着いていた』という過去。しかし今や『駅から一時間半以上かかる山奥』にある同じ目的地を告げるとタクシーの運転手に聞き返されてしまったと嘆くのは遠藤照子。『アナウンサーが粛々と、今上天皇の容態を読み上げ』る車内のラジオを聞いていると『そろそろ峰生ですけど、その…どこらへんですか、アパートは?』と訊く運転手。指し示す先に現れた光景を見て『うわ、なんだ、これ。すごい門…。奥さん、ここは城?寺?』と興奮する運転手に『寺とは違います。ここが峰生の常夏荘』と話す照子は、『一人で東京の本家に行ってきた』帰りでした。『あの子のために』『早く伝えてやりたい。祖父を亡くしたあの子に』と『使用人が住む「長屋」に向かう』も誰も居ず、キッチンに向かうと『燿子ちゃんですか?つい、さっきまで、そこにいたんですけどね』とコックの千恵が答えます。『私に菜箸をくれまして』と見せる千恵は『おあんさん。燿子ちゃんは東京へ行けそうですか?』と訊きます。『おそらく、なんとかなる』と答える照子は『燿子が東京の大学に合格した暁には、龍巳が住まいなどの便宜をはかってくれる』と続けます。『親父様がそうおっしゃってくれるなら。勇吉さんもこれで浮かばれる』と目頭を押さえる使用人の鶴子。『遠藤家の山林の管理をしていた燿子の祖父、間宮勇吉は半年前に』孫の学費の工面のために働きに出たものの『深夜勤務の際に倒れて、そのまま帰らぬ人となった』という衝撃。自室へと戻った照子は扉の前に置き手紙があることに気づきます。『母のもとで暮らすと書いてあり、突然に常夏荘を出ていくことを詫びていた』というその内容。場面は変わり『浜松行きのバスの最後列に座り』、『膝に置いたボストンバッグに目を落とす』燿子は目を閉じ、『リュウカ君…』となつかしい名前をつぶやきます。そんな脳裏には『四年前、中学二年生の夏があざやかによみがえってき』ました。『四年に一度…大祭』が開かれる夏。『山車の稚児行列を先導する「明星の稚児」を、東京で暮らす本家の子息、遠藤立海が拝命』した夏。そのさらに『四年前、小学校四年生』の時、『親父様の息子、小学一年生になる立海』との運命の出会い。『あまりにきれいなので、神様だと思った』という立海との短い夏と別れ。そんな立海と四年の時を経て再び会えることを楽しみにしていた燿子は、遠藤家の紋である撫子を植木鉢で育ててきました。『おどるなでしこは、ぼくらのマーク』と言ってくれたことを覚えているだろうか、と思う燿子。そんな時『立坊ちゃんが行方不明になってね』と騒ぎが起こります。『ひょっとして…』と思う『燿子は対の屋の二階の屋根』に向かいます。そして階段を登った『板間の中央に立海が寝転んでいる』を目にした燿子。そんな燿子に『ヨウヨ。ぼく、帰ってきたよ』と言う立海。『うん、と答えたら、鼻の奥がつんとしてきた』という燿子。『忘れるものか、小さな神様。ずっと待っていた』という燿子と立海の『素晴らしい夏』の物語、そして、その後へと続く燿子の物語が始まりました。
『燿子はどこへ向かおうとしているのか。常夏荘で過ごした八年の間に何があり、これから何が起ころうとしているのか』とこの作品の位置付けを語る伊吹有喜さん。前作「なでしこ物語」は主人公・燿子が遠藤家の使用人である祖父の元に引き取られ、『小さな神様』と密かに思った当時小学一年生の立海とひと夏を過ごす物語が描かれていました。そして、この続編「天の花」ではそれに続く八年間の物語、常夏荘に生きる燿子の物語が描かれていきます。そんなこのシリーズで不思議なのは、このさらに10年後を描いた「地の星」という作品が「天の花」よりも前にすでに刊行されていたということです。世の中に数多ある”続編”をうたう作品群において、その”続編”に複数の作品がある場合、時系列を追って”読む順番”に刊行されていくのが通例だと思います。幼少期、思春期、そして大人になった後と”読む順番”に描かれていく限りにおいては、この主人公はどんな大人になっていくのだろう、と自然な感情で物語を読み進めることができます。しかし、これが幼少期、大人になった後、そして思春期というのが”読む順番”だとしたらどうでしょうか?どんな大人になったかという結果を知った上で、思春期の主人公を見ることになる読者。これはある意味で究極のネタバレとも言えます。そんな究極のネタバレ前提で刊行されたこの作品。伊吹さんの意図はどこにあるのだろうか?と、とても気になってしまいます。実際、ブクログのレビューや数多のWebサイトを見ても、このシリーズの”読む順番”が大きく話題になっているようです。私も散々に迷いましたが、ネタバレを前提に読むという感覚にどうしても引っかかってしまい、時系列順で読むことにしました。そして、読み終えた感想としては、あまりに違和感のない極めて自然な展開に、これ以外に”読む順番”はあり得るのだろうかと感じました。まるで「なでしこ物語」の後半に実は落丁があって読み落としていたページを読んだ、それほどまでに「なでしこ物語」と一体となった自然な作品世界。しかし、同時に気づいたことがあります。それは、「天の花」を読み終えてしまった私には、伊吹さんの意図された「地の星」を先に読んだ先にどのような世界が見えたのかを知る術がなくなってしまったということです。もちろん、「地の星」を先に読み終えた方は私と逆の感覚を味わうだけであって、どちらがどうということは言えないのかも知れません。しかし、これから読まれる方には、この”読む順番”に是非とも思う存分に悩んでから読んでいただきたいと思います。恐らくいずれを先に読むのが良いということには正解はあるようでないのだと思います。それよりも、読む前に思う存分悩むことで、この作品世界をより意識する、この作品に思いを強くする、そんな先に幸せな読書があなたを待っているのではないかと思いました。
そんな”読む順番”の楽しみ以外にも、この作品は単独で読んでも魅力的な内容に満ち溢れています。それが、独特な作品世界の魅力です。この作品でも前作の雰囲気感がそのまま保たれ、また登場人物も前作からの期間に応じた自然な成長を見せてくれます。
『いやなことをされたり言われたりしたら、目を閉じてうつむくことにしている』
というのが主人公・燿子の前作での姿でした。そんな燿子が前に進むために家庭教師の青井が素晴らしい言葉を語りかけてくれました。それが、
『「どうして」ではなく「どうしたら」と考える』。
というものでした。これが、前に進むことを躊躇していた燿子の人生を少しずつ変え、今の燿子を支える大切な言葉となっていることが、この作品の冒頭で示されます。そんな言葉を糧に『どんなことでも筋道を立てて考えれば答えは見つかる。そう信じてこれまでやってきた』とあれからを生きてきた燿子。『だけど今はその筋道を立てる力が出てこない』と、この大切な言葉の力さえも失わせるほどの環境に陥ってしまった燿子。それは、この続編の前提として、冒頭にまず明かされる祖父の勇吉の死がありました。しかもその理由が燿子の学費の工面であったことは、燿子に大きな衝撃となったことが伺い知れます。さらには今まで信じてきたはずの遠藤家の人々の中に起こった裏切りとも言える衝撃的な出来事が追い討ちをかけます。そんな燿子は『今となっては、あの人しか頼りにできない』、と前作の展開ではとても考えられない行動に出ます。それは、自身を置いて逃げた母親をやむなく頼ろうとするものでした。この作品はそんな絶望の中に生きる今の燿子が、四年前の立海との再開、そしてさらにその四年前の立海との夏の想い出を重ね合わせながら展開していきます。
そして、このシリーズでは、峰生という地に財を成し『うわ、なんだ、これ。すごい門…。奥さん、ここは城?寺?』と呼ばれるような立派な門を持ち、『小学校の校庭並みに広い』という常夏荘の詳細な描写。かつての栄華を垣間見るかのような描かれ方が独特な雰囲気感を醸し出すのも魅力の一つです。この作品でも『センチュリーが停まり、後部座席の窓がわずかに開いた』、『百畳敷とは、新潟の豪農の館にならって造られたという宴会用の建物』、と、遠藤家の栄華を伺わせる描写が登場するのみならず、『板敷きを歩きなさいな。使用人はそちらを歩くのよ。畳の廊下はお客様と、この家の人間の通り道』と厳しい言葉が燿子に浴びせかけられるように、”主人”と”使用人”と、未だ時代がかったたような遠藤家由来の人々の立場の違いを強調する表現が作品世界をある意味でまとめていきます。そして、そんな”主人”と”使用人”の関係を詩的に表すのが続篇、続々篇の書名ともなるこんな詩の一節でした。
『みそらの花を星と言い、地上の星を花と言う』
それは、『星と花は実はおんなじ。咲く場所がちがうだけ。地上の花が天にほほえみかけると、天の花もほほえみ返す』というその関係性。時代を感じさせるこの作品世界になんとも見事な詩の一節で物語世界を上手く表現する伊吹さん。そこには前作から成長した燿子と立海の姿がありました。前作の雰囲気感そのままに展開する淡く優しい物語。乱暴に扱うと壊れてしまいそうな雰囲気感に満たされた物語は、『元号は昭和から平成へ。新しい時代の門が開いたことを、照子は強く感じた』という後半になって急に色合いに変化が現れます。『番組の間にはラジオの周波数が歌のように流れてきて、最後に「ジェイウェイブ」と言っていた』、『ワンレン、ボディコンという言葉をテレビで聞いたことがある』と、あの時代を象徴するような言葉が、純和風の世界観の中に突如として登場する物語後半。本来登場し得ない、異物感しか感じ得ないそんなカタカナ言葉が突如登場する物語後半。そして、ゆったりと描かれていた作品世界が大きく動き出します。前作を通じて、その緩やかに流れる心地よい時間の中に浸っていた読者は、えっ!と驚く他ないほどにスピードがあがってゆく物語は、そのスピードを落とすことなく全く予想だにしなかった結末へと歩みを進めていきます。そしてこれこそが続編「地の星」へと繋がっていく次の物語の舞台となっていきます。
『「天の花 地の星」篇は、燿子と常夏荘の人々をめぐる昭和と平成の物語です』と伊吹さんがおっしゃる通り、物語は平成の世へと続いていきます。そんな物語を時系列順で読みはじめた私はこの先どんな結末を見るのか?前作からシリーズ二作品を読み終えて、その作品世界の素晴らしさにすっかり魅せられたこの作品。「地の星」をすぐにでも読みたい!読まねばならない!そう強く感じた、独特の世界観の素晴らしさにすっかり魅了された、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2021.07.12
小さな神様と踊る撫子の景色。耀子も立海も結ばれるには幼かった。龍治と燿子の結婚はなるべくしてなったのだとわかった。地の星で受け入れがたかった結末にようやく納得がいく。立海は耀子にとって小さな神様だった…から。でも本音を言えば2人が結ばれてほしい。龍治は何を思っていたんだろう。続きを読む
投稿日:2023.11.12
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