貨幣とは何だろうか
今村仁司(著)
/ちくま新書
この作品のレビュー
平均 3.3 (8件のレビュー)
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本書のはじめに、著者は「とりあえずは、論証ぬきで「貨幣は人間存在の根本条件である死の観念から発生する」という命題を前提にして話をすすめる」と述べています。ここでいわれる「死の観念」とは、著者が『排除の…構造』(ちくま学芸文庫)で論じた事柄が踏まえられており、本書はその応用編というべき内容になっています。
媒介形式としての貨幣が「死の観念」をうちにかかえ込んでいることを明らかにしたのは、マリノフスキーやモース以降の人類学でした。著者は彼らの議論にもとづいて、贈与されたものを破壊する慣習に、原初的な経済的・宗教的現象にひそむ「死の表象」を見てとります。そのうえで、一見したところ近代の貨幣経済にはこうした「死の観念」は存在しないように思えるものの、やはりそこには「第三項排除」という「死の観念」がひそんでいると考えます。
本書はこうした観点から、貨幣についての社会哲学的考察をおこなったジンメルの議論を読み解き、ゲーテの『親和力』とジッドの『贋金づくり』を「貨幣小説」としてとらえなおします。そのうえで、「死の観念」が刻印された貨幣を、デリダのエクリチュール論になぞらえる試みがおこわれます。プラトンからルソーを経て現代の超越論的純粋主義の哲学的立場にいたるまで、哲学者は媒介のない理想的関係を夢見てきました。これに対してデリダは、生き生きしたパロールではなく「死んでいる」エクリチュールの根源性を説きます。著者は、こうしたデリダのエクリチュール論を媒介一般に拡大することで、貨幣によって動かされる社会秩序を批判的に認識する視座を構築する可能性を見いだそうとしています。
本書にかいま見ることのできる著者の思想は、『交易する人間―贈与と交換の人間学』(講談社学術文庫)でより全面的なしかたで展開されており、著者の思索の道筋のなかで重要な位置を占める著作のひとつではないかと思います。続きを読む投稿日:2019.06.30
◆貨幣を経済的意味から解き放ち、非経済的な面、特に人に不可避な「死の観念」と結びついた人間関係の媒介物と解釈し、貨幣の意味の史的変遷、現代のそれを開陳せしめんと試みる。ただこれが奏効しているかは…◆
…
1994年刊。
著者は東京経済大学教授(社会哲学・社会思想史)。
◆社会関係の構築が人間の本質であることを前提に、その関係性の媒介物は不可欠であって、人間関係・社会関係の媒介者として貨幣を措定しつつ、そんな貨幣は置換可能な道具を超えた存在と解釈する。
これを➀先行研究、➁神話を含めた3つの作品に依拠し、文芸評論の手法を通じて一般化する書である。
しかしながら、➁はあくまでもメタファーないし比喩でしかなく、ファクトの証明方法の手順には則っていない(逆に、新奇な文芸評論という側面が強い。もっとも先の「貨幣論」を殊更用いなくても説明できそうとは思う)。
そもそもチンパンジーなどにも個体間の結合と個体間の優劣を基軸とする社会関係が存在するが、貨幣は使わない。あるいは貨幣様の観念も想定できない。
貨幣が関係性の媒介物とならない社会関係もあるにもかかわらず、それを等閑視している議論の進め方に、どうにも座りの悪さを感じずにはいられない。
つまり、道具性を超えたとの部分はそのまま納得できなかった。
さらに「死の観念」が社会関係を不可避と化してしまう人間という種において、社会関係と不即不離で結合する貨幣と「死の観念」が結び付く、とまで言うのは行き過ぎでは。
なるほど「死の観念」は人間に不可避ではあろう。
しかし、人間関係がそれだけを基軸としているというのは言いすぎであり、「死…」は人間において不可避とされる、数多のものの中の一つに過ぎないのではないか。
もとより、人間のみに妥当する、数多ある特質の中の一という限定された範囲で、「死の観念」が、人間関係の媒介物たる貨幣との結びつきがあり得るのだというレベルであれば、得心しないわけではないが…。
また、そもそもここで展開される論法として、比喩を根拠としているように見えるが、それは論が逆ではないか。むしろ、文学作品の分析は、理由の提示ではなく、論の判り易い説明以上のものではないとの感を強くした。
もっとも、個人的には、貨幣が経済活動の道具に限定するのではなく、物の交換の場面以上に意味を持つ道具である(道具であった)ことは否定しない(実際、歴史的事実としても、威信財、呪術や信仰の対象であったことは確かである。日本最古の富本銭がその例)。
そういう意味で、文字と貨幣の比較・類似性の検討を行っている記述は、なかなか面白いなとは思う。続きを読む投稿日:2018.05.07
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