草枕
夏目漱石(作)
/岩波文庫
この作品のレビュー
平均 3.9 (37件のレビュー)
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宮崎駿が愛する漱石の初期傑作。
漱石の『草枕』は、初期の傑作とされるがどうも読みにくい。〈智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい〉という冒頭の一文がとくに有名だが、さて、その先に進み…得た読者はどれほどいることか。僕は漱石の作品はあらかた読んでいる。それでも『草枕』だけは中途で放り出したままとなっていた。『吾輩は猫である』のような軽みもないし、『それから』『明暗』のように序盤から読者を引き込む物語性が打ち出されるわけでもない。主人公の絵描きの問わず語りに、それこそ“智に働きすぎて角が立つ”のである。
改めて挑戦してみようと思ったのは、少し前に観たNHKの「日曜美術館」がきっかけだった。「絵で読み解く夏目漱石」と題された回で、そこで『草枕』にミレーの傑作『オフィーリア』が登場することを知った。オフィーリアは、シェイクスピアの『ハムレット』に登場するヒロイン。主人公ハムレットの恋人だが、復讐のために佯狂となったハムレットに無下にされたあげく、父をも殺され、錯乱して川に落ちて溺死してしまう。ミレーの絵は、オフィーリアが溺死していく姿を描いたものだ。
『草枕』の絵描きの頭の中には、たえずこのオフィーリアの姿が浮かぶ。自分もミレーのような絵を描いてみたいと思うが、肝心の女の顔が浮かばない。
〈流れて行く人の表情が、まるで平和ではほとんど神話か比喩になってしまう。痙攣的な苦悶はもとより、全幅の精神をうち壊すが、全然色気のない平気な顔では人情が写らない。どんな顔をかいたら成功するだろう。ミレーのオフェリヤは成功かも知れないが、彼の精神は余と同じところに存するか疑わしい。ミレーはミレー、余は余であるから、余は余の興味を以って、一つ風流な土左衛門をかいて見たい。しかし思うような顔はそうたやすく心に浮んで来そうもない。〉
そんな折りに、絵描きは一人の女と出会う。那美という女だが、彼女は出戻りで、しかも周りからは「キ印」などと呼ばれている。ときに突拍子もない行動に出るからだが、しかし真の彼女はいたって聡明で美しい女性である。そして妖艶で、ときに男をどきりとさせる。那美の裸身の描写は、おそらくこの物語の肝となる場面だろう。
〈頸筋を軽く内輪に、双方から責めて、苦もなく肩の方へなだれ落ちた線が、豊かに、丸く折れて、流るる末は五本の指と分かれるのであろう。ふっくらと浮く二つの乳の下には、しばし引く波が、また滑らかに盛り返して下腹の張りを安らかに見せる。張る勢いを後ろへ抜いて、勢の尽くるあたりから、分れた肉が平衡を保つために少しく前に傾く。逆に受くる膝頭のこのたびは、立て直して、長きうねりの踵につく頃、平たき足が、すべての葛藤を、二枚の蹠に安々と始末する。世の中にこれほど錯雑した配合はない、これほど統一のある配合もない。これほど自然で、これほど柔らかで、これほど抵抗の少い、これほど苦にならぬ輪廓は決して見出せぬ〉
しかしながら、それでも那美の表情には何かが足りないと絵描きは思う。それは「憐れ」だという結論になり、那美はラストシーンでようやくその表情を見せる。熊本の温泉場には日本の原風景があり、おそらく漱石は、日本ならではの「オフィーリア」を描くには何が必要かをこの『草枕』で論じようとしたのだろう。
この『草枕』を熱烈に愛好する人物がいて、それが先頃引退表明した宮崎駿である。半藤一利との対談『半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義』では序盤から『草枕』への思いを熱く語っているが、これはなにも漱石の孫娘を妻とする半藤へのリップサービスではないだろう。宮崎が描く那美を、僕は観てみたい。
続きを読む投稿日:2013.09.25
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ちゃんとした純文学を久々に読んだ。冒頭の「山道を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹せば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」はあまりにも有名。
想像と妄想を重ねな…がら芸術を追い求める絵描きの話。芸術は自由の開放である…みたいな話はモームのサミングアップに準ずる。夏目漱石の漢文、英語など各文学への造詣の深さが窺える続きを読む投稿日:2023.12.04
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