脳の科学史 フロイトから脳地図、MRIへ
小泉英明(著)
/KADOKAWA
作品情報
脳科学というと、すぐに思い出すのが右脳と左脳の役割や海馬と記憶の話など。脳の機能を細分化した本はあまたあるが、脳本来の機能、全体像、歴史などを網羅した本は見当たらない。MRIの開発者で脳の機能を立体的に捉えられる著者による、脳の可能性とすべての人々が幸福に感じられる脳の役割を歴史的事実から紐解く。また、精神分析で有名なフロイトは脳の神経科学を研究したからこそ、意識や無意識の概念があったことなど、歴史の中に埋もれている脳に関するエピソードもちりばめ、読み物としての面白さも追求した一冊。
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商品情報
- シリーズ
- 脳の科学史 フロイトから脳地図、MRIへ
- 著者
- 小泉英明
- 出版社
- KADOKAWA
- 書籍発売日
- 2011.03.01
- Reader Store発売日
- 2012.05.11
- ファイルサイズ
- 2.4MB
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この作品のレビュー
平均 4.2 (7件のレビュー)
-
MRI.MRA.fMRIなどの開発に携わってきた筆者が書いた、脳という存在がどのように理解されてきたかの歴史や、この本が出版された時点で理解されている内容などが書かれた一冊
"脳"の歴史を振り返りつ…つ、理解していく入門書のような内容続きを読む投稿日:2023.05.07
『脳の科学史』と題されたこの本は、フロイトの意識・無意識の話から始められる。著者は、フロイトがもともと神経系の研究を行っていたとし、彼が思弁により精神分析を考え付いたのではなく、おそらくは神経系の知識…の基盤があった上で無意識などの理論を構築していったのではないかと論じる。現在意識は、覚醒(arousal)、注意を向けている(awareness)、自己意識(self-consciousness)の三段階の階層があるとされ、さらには意識下の活動が広がっているというように捉えられている。フロイトのこの洞察から始まった意識と無意識の活動を実証的に明らかにしていくというのが、「脳の科学史」だと捉えることができるのかもしれない。
実際に脳に関する実証研究が大きく進歩したのは、19世紀~20世紀にかけての戦争の時代であるという。特に戦争によって多くの人が脳に損傷を負ったが、その症例が脳地図の作成(フェリエ、ブロードマン、フレクシッヒ、デジェリン、ブローカ、ヴェルニッケ、ペンフィールドなどによる)を初めとする脳の研究を加速させたということは興味深い。著者が開発に関わったfMRIなどの非侵襲脳機能イメージングの技術は、そのような損傷・欠損を前提とせずに、正常・異常を問わず直接に脳の状態を測定するものであるからだ。このことは、脳の研究に戦争のような特殊事態を必要としなくなったことを意味し、その準備が整った今が脳研究が飛躍する時代となったということが言えるのではないだろうか。
実際にはまだまだ脳の研究はその端緒についたばかりであるという。「脳のことで、わかっていないのはすごく基本的なことが多いのです。わからないことがわかったということは、視覚がいちばんよく研究されていたからです。脳というのは、まだそういう分野です」という。現在、根拠薄弱なものも含めて非常にたくさんの脳科学の解説本がたくさん出版されているが、「本質的なことを言おうとすると、肝心なことがわかっていないから案外いえない」という。
「脳の伝達は並列分散処理で、分業しているところは意識下になって上がってきません。すべての処理がだいたい終わると、コンピュータのように逐次処理になります。すると道が一本になり、意識に残って自分が何を考えているかしることができるのです。並列処理から逐次処理に変わって、一つのことしかしないため、やっている過程が意識の中で見えてくるのです。
いちばん重要なことは、脳は並列処理をしているので、多くが意識下で行われているということです。そのため、意識には上がってこないことが、たくさんあるのがポイントです」
脳科学がまだ成熟していないことを示す例として、近年になって昔の常識が覆された脳の可塑性を挙げることができる。いくつかの実験において海馬の神経細胞が再生されることが示されたということだ(そのためには運動をする必要があるそうだが)。また、ミラーニューロンの話も人間のまねる能力を示すものとして最近見つかった事例として有名だ。これから自分が元気で生きている間にも大きな進展が期待される分野として楽しみである。
本の後半では、測定技術から少し離れて、脳と人間についてのいくつかの考察が示される。著者は、人間の他の類人猿との大きな違いは、言語化とそれによる未来指向であるとする。そして、その結果として「意識」というものが必要となったといえる。BMI(ブレイン・マシン・インタフェース)の説明の中で、ALS患者が植物状態になっても聴覚はあって(筋肉が不要)、意識も明確にあることが著者らが開発した機器でわかった下りは間違いなく感動的であった。この分野の研究は、これからも驚きと感動を与えてくれるのだろうな、という気持ちになった。
著者は日立の研究者で、MRIなどの医療用の脳内活動の計測装置を開発してきた技術者である。こういう本を書くのは、脳神経生理学系の研究者が多く、この手の本の著者の経歴としては非常に珍しいと思う。その著者が「測定が重要」と言うのは本当にその通りで、この分野の知見を広げるためには、時間及び空間での測定精度、擾乱要素の排除や補償、他条件の依存性の有無などを注意深く考慮して、設備の機能を向上させていく必要がある。特に費用や測定にかかる時間や苦痛、副作用、リスクといった課題をひとつひとつクリアしていかなくてはならなかったことは想像に難くない。
大学や病院の研究者でなく日立といったメーカーの技術者であっても、病院や大学などの研究機関と連携してこのような脳神経科学の進展に主体的に参加できるのは素晴らしい。脳神経外科医との協力しながら発展に寄与をしてきたんだろうなと思うと、立場やコミュニケーションの課題もあって大変だったかと思うが、うらやましい。カミオカンデにおける浜松ホトニクスにもなぞらえることができるのかもしれない。
著者の測定技術研究の始まりは、水銀中毒症の水俣病の調査における水銀含有量の測定であったという。水俣病患者の毛髪を分析すると1cm刻みで、いつ水銀が入ってきたか、水銀が入ったものをどの程度食べたかがわかるらしい。そのときに活用した原子核のゼーマン効果が、現在のMRIの原点になっているという。技術者としての始まりが、大学との官学連携の仕事であったわけだが、MRIの仕事においてもそのときの経験が活かされたのではないだろうか。人生というのはいろいろなつながりがあるんだなと思う例でもある。
新書で出ているが、決して手軽に書かれたものではなく、きちんと全体に配慮が行き届いており、もう少し書き足して重厚なハードカバーの本としても十分に通用する本。お薦め。
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脳ドックの測定で、MRAという方法で動脈瘤などの発見のために使われる技術があるが、脳梗塞の跡なども見つかるそうだ。歳を取ると小さな脳梗塞がたくさんできる多発性の脳梗塞を起こすとさらっと書いてあるが、物忘れなどに関係していると思うと怖い。今後、自分の脳にも否応なくそういった影響が訪れるのだろうなと思う。そこにどう向き合っていくのかが課題になってくるのだろうなと思う。続きを読む投稿日:2015.11.23
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