
死体入門
藤井司
メディアファクトリー新書
死体についての様々な蘊蓄を読んでいるうちに、現代の日本社会の死体忌避の傾向が浮かび上がる
死体についての様々な蘊蓄が披露されており、なるべく親しみやすく書こうとする著者の努力に敬意を表したい。法医学者としての著者が本書で訴えたかったのは、日本の社会が死体を忌み嫌い、遠ざけ、見ないようにしていることに対する異議であろう。皆いずれは死体になるのだから、現象としての死体の発生にもっと現実感をもつべきで、その意味では本書は優れた「入門」書。
1投稿日: 2015.06.08![ルワンダ中央銀行総裁日記 [増補版]](https://ebookstore.sony.jp/photo/BT00002416/BT000024162000100101_LARGE.jpg)
ルワンダ中央銀行総裁日記 [増補版]
服部正也
中公新書
単なる開発援助の経験談を超えて、国家経済運営において中央銀行のあり方を示した名著
著者の服部氏は、約50年前に、それまで何の縁もなかったルワンダで中央銀行総裁を務めた方である。本書は、そのときの服部氏自らの経験を記したものであり、発展途上国における技術援助の経験談として十分面白く読める。ただ、本書の神髄は、ルワンダ人の生活の向上、ひいてはルワンダ人の幸福の実現を目指して、国家の経済運営全体を構想し、それを実行に移していくところにある。氏は、外国人の不当な搾取を怒りつつ、それに対して直接的な懲罰を加えるのではなく、公平な競争環境を整え、ルワンダ人の経済活動を活発にすることで、必然的に不当な搾取が出来なくなるように仕組んでいく。その中で、倉庫業やバス事業など、一般的には中央銀行の役割とは考えられない活動にまで積極的に関わっていく辺りは痛快である。氏が実現した国家経済運営は、現場の経済事業を緻密に把握しつつ、政府の財政政策と、中央銀行の金融政策を一体的に運用していくことで目的を達成しようとするもので、財金分離といった原則に囚われるあまり、国家経済の浮揚に関心を失ったかにも見える現代の中央銀行が見失っているものが本書にはあるように感じた。その意味で全く古さを感じない普遍性をもった名著である。
7投稿日: 2015.06.08
創価学会と平和主義
佐藤優
朝日新聞出版
集団的自衛権に関する閣議決定の分析は優れたものだが、日本の宗教政党の未来については切り込み不足
元外務省職員で、鈴木宗男氏の事件に連座して服役したことで有名な佐藤優氏が創価学会をテーマに書いたもの。 本書の前半は、公明党が与党の中にあって、集団的自衛権の解釈変更に係る閣議決定にどのような影響を及ぼしたかを仔細に分析したもの。この閣議決定が集団的自衛権の行使を大きく認める内容となっていないことを明らかにしている。日本のマスメディアの喧伝していることと真逆の結論だが、マスメディアの無能さを改めて明らかにした点は評価したい。また、政教分離の原則の主旨を説明し、公明党が創価学会の支援を受けているからといって政教分離の原則に反するものではないことを説明している箇所も、現代の日本の政治を理解する上では基礎的な知識だと考える。 一方、本書の後半は、公明党と創価学会の行動原理を分析し、その躍進を願う著者がいくつか提言しているのだが、ここは感心しなかった。著者がキリスト教徒であるが故に、現代日本に多い無神論者に対する捉え方が浅薄に過ぎるのではないか。創価学会だけでなく、キリスト教、イスラム教、仏教など、あらゆる宗教に対して、多くの日本人は「うさんくささ」を感じていると考えるが、この点への切り込みなくして、日本での宗教政党の躍進は絵空事のように感じる。
1投稿日: 2015.06.08
イスラーム国の衝撃
池内恵
文春新書
「イスラーム国」の成立の歴史的な必然を解説する好著
著者は、イスラム政治思想史及び中東の国際関係論の分野で、2015年現在、我が国随一の学者の一人と呼んでよい。その著者が、新書という一般読者向けの形式で、昨今の報道では IS とか ISIL とか呼ばれている「イスラーム国」について分かりやすく解説した好著。第1次世界大戦後の中東史の中でイスラーム国の成立の必然性を語る部分は素人にも大変分かりやすい。また、イスラーム国が自らの行動の正当化するため、イスラム教の教理を巧みに引用していることを丁寧に解説しており、イスラーム国が過激なイスラム教徒を世界各国から引きつける理由もこれで理解できる。 正しい現状認識なしには、妥当な解決策は立案できないという観点から、本書は基本的な理解を促す良書である。ただし、読後は陰鬱な気分になることは覚悟したほうがよい。読者は、イスラム教自体にはイスラーム国の暴力を止める力がなく、例えばアメリカのような他者がイスラーム国を止めようとすることはかえってイスラーム国の求心力を増す方向にしか働かないということを思い知ることになる。
0投稿日: 2015.05.25
