作家インタビュー:桜木紫乃

作家インタビュー:桜木紫乃

2017.05.08 - 特集

※本記事は2016.10.28時点のものとなります。

運命に翻弄される人を描き続ける直木賞作家・桜木紫乃さんが、7年ぶりにミステリー作品を発表。
ドラマ原作ならではの苦労や醍醐味、作家として追い続けたいテーマ、
そして、デビュー10周年を控えた決意を伺いました。

『氷の轍』ドラマ放送記念キャンペーン

『氷の轍』ドラマ放送記念キャンペーン 11月10日(木)まで『氷の轍』をご購入いただき、ご応募いただいた方から抽選で3名様に桜木紫乃の直筆サインをプレゼント!

■ キャンペーン期間:2016年10月28日(金)0:00~2016年11月10日(木)23:59

■ 当選者の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。
※本キャンペーンは終了いたしました。

桜木紫乃インタビュー

――新刊『氷の轍』はもともと、テレビドラマの原作として書き下ろされたそうですね。執筆前にドラマ化が決まっていたことで、いつもと執筆の勝手は違いましたか?

桜木紫乃インタビュー 「2時間ドラマの原作となる、ミステリー系の作品を」というお話をいただいて書いた作品です。実は書き始める前に、ドラマのプロデューサーにうっかり「どんな作品がお好みですか?」と尋ねてしまって。「うーん、『飢餓海峡』ですかね~(これまでに何度も映像化されている水上勉の代表作のひとつ。戦後の貧困から這い上がるため罪を犯さねばならなかった男と、彼を追う刑事の宿命を描いた作品)」という答えが返ってきて、その瞬間「聞かなきゃよかった~」と思いました(苦笑)。すごくハードルが上がってしまって。でも、書き手として、一度は書いてみたいと憧れる作品ではありました。

ほかにも、映像の方って思いもよらないリクエストをするんですね。「2時間を引っ張るために、詩か短歌のようなものがひとつ入るといいな」と監督がさらっとおっしゃって「そんなものか」と思ったんですが、家で探して探して。頭が割れそうになるほど考えて、ようやく見つけたのが北原白秋の『他ト我』という詩でした。ふとしたときパラッと開いたページに「二人デ居タレドマダ淋シ、一人ニナツタラナホ淋シ、シンジツ二人ハ遣瀬ナシ、シンジツ一人ハ堪ヘガタシ。」というこの詩を見つけたんです。よく考えたら私が今まで書いてきたものにもよくなじむし、私が言語化できなかったモヤモヤを見事に言い当ててくれていて、「あ、これこれ!」と。

一方で、「いかに映像化を気にしないで書くか」ということも今回は大きな宿題でした。私がちらっとでも映像を思わせる文章を書くと、編集担当に「桜木さん、小説の仕事をしましょうよ」って言われるの(笑)。映像は映像で、小説は小説で、それぞれ全力を出し切らなきゃ、というプレッシャーの中で作品を引っ張ってくれたのも、北原白秋の詩でした。――こうして、釧路市で殺された老人の自宅で女性刑事・大門真由が北原白秋の詩集を見つけ、老人が最後の最後にすがろうとした〝縁〟を紐解いていく、この物語ができました。

――桜木さんの作品の中で、ミステリーは珍しいジャンルですね。ミステリーを書くのは好きですか?

ふだん書いていないジャンルなので、ずっとお刺身を切っていた料理人が、急に「テリーヌにしてください」って言われているような感じ(笑)? です。

初めてミステリーを書いたのは’09年に発表した『凍原 北海道警釧路方面本部刑事第一課・松崎比呂』。弟を亡くした過去をもつ女性刑事・松崎比呂が、ある殺人事件を追いながら、戦後の混乱の時代を生き抜いてきたひとりの女性の人生に迫っていく物語です。実は、この作品を3年後に文庫化したとき「心残りのないように」と改稿したんですが、3か月もかかってしまったんです。いわばひとつの物語を二度書き上げたような、思い入れのある作品。今回は、ミステリーをリクエストされたこともあって、そこで学んだことを確かめながら書いてみたいと思い、同じ北海道警釧路方面本部を舞台にしました。

松崎比呂の物語は自分の中では終わっていたので、『氷の轍』では、もうひとり別の物語を抱えているヒロイン・大門真由で書いてみようと。自分の中ではまた新たな勉強のような気持ちで書きました。

ちなみに、登場人物はみんな好きですが、ひとまず『凍原』にも『氷の轍』にも登場する〝キリさん〟は無事に退職させたいですね(笑)。よくしゃべるわりに内側がよくわからない人なんですが、一作目では痛い過去があって、二作目では若い子の指導をしていて。松崎比呂は二作目でも相変わらずやんちゃ。書き終えてみると続編もいいものだな、と思うんですが、書いている最中は…(苦笑)。私にとってミステリーはふだん書いていないジャンルなので、本当に1本1本、勉強であり、挑戦です。

――この作品をはじめ、桜木さんの作品は、ご出身地である北海道・釧路を舞台にしたものが多いですね。人と人との距離感や、さまざまな過去を背負っているという設定は、北海道を意識して描いているのでしょうか?

意識はしていません、これが私にとってのふつうなんです。すれ違う人にそれほど興味を覚えないんですよ。やむにやまれぬ事情で北海道に行きついた人も多いので、詮索されることもすることもしない。生い立ちとか親の職業とか、他人の生活にお互いあまり興味がないように思います。

デビュー前、編集者から原稿に、「6月にもなって、ストーブを入れなくちゃいけないことなんてありますか?」って鉛筆が入ってきたのを覚えています。何を聞かれているのかもわからないくらい、それは私にとってのふつうのことだったんですが、物語を伝えるためにはもっと丁寧に書かないといけないんだと気づきました。それをできるのが、私にとっては生まれ育った釧路なんです。いつ日が昇っていつ雨が降って、気温は何度で人は何を着ているのかも全部わかるので。たとえば『氷の轍』でも、7月に麻のシャツを素肌に着ているおじいさんが釧路にいるのはおかしいんです。

――今後、北海道・釧路以外で書いてみたいところはありますか?

書いてみたいというか、「やらないとけないのかな」と思っています。とある大先輩から「お前、失敗してみろ。北海道から出てみなさい」ってアドバイスをいただいたんです。本当に、勉強ですよね。勉強していかないと。

…だから、失敗前提ということではありませんが、どこを舞台に書いても「寒っ!」って思えるような原点に立ち返るためにも、桜木は温かい土地を書く必要があるな、と思っている真っ最中です。私、海外旅行はしたことがないので、とりあえず日本のどこかで。

それに、来年は、新官能派としてデビューしてから10年を迎えるので、振り返るいい機会としても、男と女の話を書きたいな、と(笑)。ひと回りしてもう1回、勉強しているような気がします。

取材・文/酒井亜希子(スタッフ・オン)

桜木紫乃(さくらぎ しの) プロフィール

1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞を受賞。07年同作を収録した初の短編集「氷平線」が新聞書評等で絶賛される。13年「LOVE LESS(ラブレス)」で第19回島清恋愛文学賞を受賞。同年「ホテルローヤル」で第149回直木三十五賞を受賞。他著書に映画化された「起終点駅 ターミナル」、「凍源」「ブルース」「霧 ウラル」「裸の華」などがある。

桜木紫乃(さくらぎ しの) プロフィール

桜木紫乃の本

クーポンコード登録

登録

Reader Storeをご利用のお客様へ

ご利用ありがとうございます!

エラー(エラーコード: )

本棚に以下の作品が追加されました

追加された作品は本棚から読むことが出来ます

本棚を開くには、画面右上にある「本棚」ボタンをクリック

スマートフォンの場合

パソコンの場合