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雁(新潮文庫)
雁(新潮文庫)
森鴎外/新潮社
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総合評価

75件)
3.8
14
29
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    やはり文体は難しいものの、ストーリーはシンプル。何かが少し違えば、その後の人生が大きく変わるという普遍的なテーマをこの頃から扱っている。平野啓一郎のお気に入りの作家とだけあって彼が、この森鴎外から思想的な影響を受けたことは納得。

    1
    投稿日: 2025.09.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    もう20年以上前、読書の楽しさを教えてくれた本。 文体が、鴎外の他の作品と比べて読みやすかった。 親を助けるために成金の愛人となった『お玉』と、スポーツも勉強も優秀で、将来を約束された男子学生『岡田』。対照的な二人の登場人物の繊細な心の通い合いを描いています。 鴎外のすごさって、女性の心理描写にあると思っています。 当時20歳そこそこの私が、「お玉の気持ち、めちゃくちゃわかる!」「そうそう、こんな時はこう思っちゃうよね~」と、共感しまくりながら読み進めました。 医者としても文化人としても超一流の鴎外。普通に考えると、女性の細やかな心の動きなんて想像もつかないんじゃない?と思ってしまいますが、全く違いました。 最後のシーンで、お玉が気持ちを伝えられず、岡田と別々の人生を歩む展開も良かった。読んでいて切なさ、悲しさを感じながらも、リアリティを感じ、ストンと落ちてくるものがありました。

    0
    投稿日: 2025.08.30
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    100年くらい前に書かれたお話 上野辺りが舞台なので現在と当時とでは ずいぶん面変わりしてるだろうな と思いつつ読む 前半の話と後半の話 合わせてひとつの話となるのが からくり細工のようで 深みも出て面白かった 呆気ない終わりのようだけど ちょうど良いキレ感と 微妙な余韻が残る感じが さすが森鷗外だなと思った

    12
    投稿日: 2025.02.13
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    【2025年8冊目】 僕が語る一人の妾と友人の話。金貸しの末造の妾になったお玉は、たった一人の肉親である父親を鑑みながら、慎ましく暮らしていた。だが彼女は、僕の友人である岡田に恋をしてしまう。行動を起こすことを決心したお玉だったが、一羽の雁が運命を狂わせるのだった。 初の森鷗外でした。序盤の話の流れと途中の流れが結びつかなくて、最初は物語がどう転ぶか全然わかなかったのですが、思わぬところで物語が交差し、そしてあっという間に離れていく建付けがなかなかに愉快でした。交差してからの終わりまでが超スピード。じっくりと語られた前置きがあったからこそ、どこか切なさが残りました。 味噌煮に悩まされたけど結果としては漁夫の利だったのかもしれませんね。

    0
    投稿日: 2025.02.01
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    高利貸しの妾であるお玉に横恋慕した書生・岡田を「僕」が回想する形で描写する 結末としてはハッピーエンドでは無いが、高利貸し・書生・妾といった異なる社会階層に属する人々のことか詳細に描かれており、当時の今とは違ったリアリティを感じることが出来た この点ではゾラやバルザックなどの小説に見られる「当時の社会を全て描く」といった思想の影響を少なからず受けていると思われた 屋台をやってる父親に庇護されてたお玉が末造に見初められて妾となっていくうちに身体的にも精神的にも成長を遂げ、末造すらも欺き自らが得心した恋愛に突き進んでいく、というのが臨場感と疾走感感じる筆致で描かれていて面白く読めた 中編で場面の転換も多く心情の描写も精細だから読みやすかった 作品が上野の無縁坂周辺で起こるため、そこら辺を地図などで確認しながらだともっと面白く読めると思う

    0
    投稿日: 2025.01.13
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    瑞々しさと少々癖のある文章で描かれた、ミニマルな不条理 思えば登場人物全員が、 運命に翻弄されていたり、知らず知らずのうちに欺かれていたりする。 主役2人は尊い恋心を持ちながらも、 その熱は何かを果たすことなく、 石を投げられた雁のように儚く消えてしまう。 しかし、それが故、人生の残酷さと無常の美しさがこの物語にはある。 「ぼく」の視点で、2人から聞いた話を語っているという構造により、「曖昧さ」があって、それがノスタルジーさに繋がっている。 記憶を未正確なまま手繰り寄せることによって、「今ここの感情」と「過去の映像」が美しく再構築され、独特の浮遊感がある、あのノスタルジックという感情が沸いてくるのだ。

    0
    投稿日: 2023.08.18
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    このレビューはネタバレを含みます。

    細君が読み終わったので図書館に返す前に私も。まぁ言っちゃえばカゴの中の紅雀が自由に飛翔する雁にポーッとなるってお話なんですが……。 文章がうますぎなのでさくさくと物語を楽しめちゃうんですけれど、しかし本を閉じてからジワリ恐怖させられました。だって鴎外さんぜんぜんお玉さんに寄り添ってないんだもん! しかも35年前のお話って『ノルウェイの森』かよ。春樹さんやってんなぁ! もちろんフィクション(?)なんですけどお玉さんの35年間を思うと辛すぎる。モデルいないですよね? っているんかい! っていうか末造のモデルがまさかの……。

    1
    投稿日: 2023.03.31
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    本妻、お妾さんと女性の心情描写が見事だった。 お玉さんが可愛らしい! 読了後、不忍池を散歩したくなった。

    0
    投稿日: 2022.08.08
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    まだ子供の頃に「よろめきドラマ」なる言葉があって大人が使っていた記憶がある。 今ならば「不倫物」というような意味だろう。 森鴎外という文豪の作品に果たして「よろめき物」というジャンルを当てはめて良いものかと 思いながらもその思いは拭えず読み進んだ。 男親の暮らしのために大学の寄宿舎の小使い上がりの高利貸し末造の囲い者になったお玉が大学生の岡田に想いを寄せ、なんとかその想いを伝えたいと焦る。 これだけを取り出せば「よろめきドラマ」としても成り立ちそうな気配。 その気配を打ち消すのはやはり岡田の放った石で命を奪われた一羽の雁の出現だろう。 あれは何を意味するのか。

    1
    投稿日: 2022.06.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    一年ぶり、「ヰタ・セクスアリス」ぶりの森鴎外 運命の悪戯。偶然の積み重ねによって岡田とお玉は結ばれることはなく、、、 けれどこれで良かったのではと考えることもできる。岡田は洋行が決まっていたから、せっかく結ばれたとしても又離れ離れになってしまう恐れがあるから。 語り手として話を進める僕の心情が推測される。彼は何を思ってこれを記述したのだろうか。「しかしそれより以上の事は雁と云う物語の範囲外にある。」

    2
    投稿日: 2022.05.19
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    ラストの玉の表情の描写が印象的。高利貸しの妾として、蔑まれる中、恋心を抱く岡田に一声掛けたいだけなのに、それすら、できずに終わる。 この物語の周辺、岡田が歩いたあたりを周ってみようかと思う。

    0
    投稿日: 2022.02.27
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    昭和54年2月10日 62刷 再読 明治13年の出来事として、明治44年から書かれた鴎外中編小説。 母親を早く亡くした世間知らずな美しい女性“お玉”は、生活の困窮から、高利貸の妾となる。騙された思いもあり、自身の運命から逃避したいと考えてみるも、年老いた父・無学な自分を考え、その生活を受け入れていた。そんな折、図らずも顔見知りとなった医大生に心惹かれ始める。 「鯖の味噌煮」と「石にあたった雁」という偶然の出来事が、二人の関係を始まる前に終わらせてしまう。という哀愁漂う儚い恋愛物語。 幾たびかすれ違う二人の淡い恋心が切なく、決して成就しないだろうと思っていたけど、まさか、不忍池の雁に石投げて死んだのを鍋にする為こっそり持ち帰る為に、会える最後のチャンスが潰れてしまうとは。。。 女性の仕事が少なかった時代、誰かを頼るしかなく、自我より運に左右されていたんでしょうね。

    6
    投稿日: 2022.01.17
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     物語のバランスが悪い。あれだけ面白要素を詰め込んだ末造を何故千葉に出張させて終わらせてしまうのか。それなら前半でダラダラ末造の設定に凝る必要はなかったではないか。勿体ない。  私は末造のキャラクターが好きだ。女房にはケチで妾に甘い典型的クソオヤジながら、自分なりの人生観を持ち世知辛い世の中を高利貸しの汚名を背負って渡ってきたクセの強いキャラクターだ。そんな彼のクセが、岡田とお玉の関係にどんな横槍を入れてくるのか、というところが物語の核心だと期待していた。が、裏切られた。

    0
    投稿日: 2021.11.16
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    このレビューはネタバレを含みます。

    個人的に非常に好みだった。末蔵の妻と妾に対する二面性やお玉の自我の芽生などが印象的であった。自我の芽生によってお玉は末蔵に対してのあしらい方を覚え、学生岡田に対する思慕を募らせる。岡田も満更ではないようであるが、何も起こることはなく2人は他人のまま終わるのである。この結末から鴎外が小説をロマンティックな展開を乗せつつあくまで現実に寄せていく、平凡に終わるように仕向けていると考えることができる。小説とはフィクションとノンフィクションを混ぜることで面白さが見えるからだろうか。 視点が岡田やお玉、末蔵ではなく岡田の友人の視点で語られることも非常に面白い。物語をただ当事者に語らせるのではなくなんらかを通して読者に伝えることで物語に深みが生まれる。今回はそれが岡田の友人だったのだろう。また、恋愛事情を第三者から見ることで、盲目ではないクリアーな描写ができているのではないか。最後のお玉の様子などは、又聞きしたものではなく、友人本人が見た様子である。こういった細かな描写が小説を作っているのだろう。

    3
    投稿日: 2020.12.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    最後まで冷や冷やして読みました。 女は強い。強くなるから美しくもなるのだなと思った。 初めての恋は失敗だったかもしれないけど、あの後もきっといい出会いがあって、お玉は自分らしい人生を過ごしたと信じたい。

    0
    投稿日: 2020.12.07
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    「夢見る帝国図書館」で刺激された読書の第二弾。 岡田は郷里から帰って間もなく、夕食後に例の散歩に出て、加州の御殿の古い建物に、仮に解剖室が置いてあるあたりを過ぎて、ぶらぶら無縁坂を降り掛かると、偶然一人の湯帰りの女がかの為立物師の隣の、寂しい家に這入るのを見た。(「雁」より) 「夢見るー」では、喜和子さんの愛人だった元大学教授が、まるでお玉のように無縁坂に部屋を借りて住まわせたエピソードが語られていた。 何故、無縁坂か。「雁」のなかでは、末造という金貸しの男が、お玉という若い女を囲い者にして、家を借りてやって住まわせる。その家というのが無縁坂にあり、お玉は無縁坂をしょっちゅう通る帝大生の岡田という男をちょっと好きになるという話である。元大学教授は喜和子さんをお玉のように愛していたのである。 実は3年前の正月に、帝大生岡田の散歩道をわざわざ辿ったことがある。私は水月ホテルという森鴎外ゆかりの宿に泊まっていた(何とホテルの中に森鴎外旧宅が保存されている)。そこではホテル作成の「雁」の小説と散歩道を編集した文庫本を売っていて、それを見ながら朝の散歩をしたのである。 岡田の下宿は、東大鉄門前なのだが、実はそこから歩いて10分ぐらいが無縁坂だった。私は勘違いしていた。「坂」という以上、上がってゆくと思っていたのだが、そのコースだと下るのである。右手に当時作られたばかりの岩崎邸、その左正面の辺りにお玉の「寂しい家」があったということになっている。現在は、マンションが建っていた。更に歩けば不忍池にぶち当たる。 この散歩コースは、普通に歩けば多分1時間。岡田は、その後不忍池を回って、上野広小路と仲町の古本屋街で物色して、湯島聖堂にたどり着く。麟祥院枸橘寺を回って岡田の下宿に帰るコースだ。観光客としては、途中、不忍池反対側の上野公園に行ってもいいし、不忍池の弁天様に参っても良い。麟祥院には春日局の穴の開いた不思議な墓もある。旧岩崎邸は、見どころいっぱいである。お勧めのコースだ。今度上京した折には、上野公園のベンチに座ってみたり、国際こども図書館に入ってみたり、そのまま藝大方面に歩いて行ってみようと思う。 「雁」を久しぶりに読むと、ひとつ気がついたことがあった。お玉と岡田が出会ったのは、明治13年の夏ということになっている。実はその時、湯島聖堂に東京図書館という帝国図書館の前身があったのである。幸田露伴少年が足繁く通っていた頃だし、夏目漱石も来ていたかもしれない。岡田も通ったかもしれない。いや、彼は架空の人物だった。当時の上野界隈が詳細に描かれている。 まったくもって物凄く趣向を凝らした恋愛小説ではない。 ‥‥要するに、妾だけれども、少女のような恋愛初心者として描かれている。森鴎外は、一種の心理小説を実験してみたかったのかもしれない。 結末は、まったく記憶の外にあった。蓋し、その時〈雁〉が登場して何を象徴していたかを知り得ても、運命の悪戯というものを了解する以外は、人生にはなんの役にも立たなかったとは思う。

    43
    投稿日: 2020.05.19
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    この本を読んで無縁坂を歩いてみた。 緩やかな情緒のある小道でこんなショートストーリーがよく似合う。 下げが名残惜しく清々しい。

    2
    投稿日: 2020.03.08
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    想像せずにはいられない! →https://ameblo.jp/sunnyday-tomorrow/entry-12167532047.html

    0
    投稿日: 2019.10.31
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    日常的な他愛もないとした話。 ただ、登場人物は活き活きと描写されている。 上野に森鴎外記念館があり、当時ここに滞在して「雁」を執筆したらしい。

    0
    投稿日: 2019.07.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    1回目の結婚も2回目の結婚も本妻にはなれず、妾や2番目の立ち位置にしかなれなかったお玉が医学生の岡田と出会い、運命を感じるが、いざ一歩踏み出そうとしたところで些細な偶然によって恋は燃え上がることなくしぼんでしまう… お玉の自分は「自分は生娘だったころより美しくはなっても醜くはなってない」と言い聞かせる姿に哀愁を感じる。

    0
    投稿日: 2019.06.28
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    著者:森鴎外(1862-1922、島根県津和野町、小説家) 解説:竹盛天雄(1928-、広島県、日本文学)

    0
    投稿日: 2018.12.20
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    文芸雑誌『スバル』にて 1911年から1913年にかけて連載された。 (wiki引用) 舞台は1880年(明治13年) ** 結婚相手に実は 妻も子供もいた事がわかり 絶望に井戸に身投げしようとする 裕福ではないけれど 美人なお玉さん… そんなお玉さんを妾にした 高利貸しのおじさま… お玉に無縁坂に家を買い与えて 毎夜通うおじさま しかしお玉はある日 家の前を通り学校へ通う 岡田という青年に恋をしてしまう ** まぁ皮肉三昧で 人生を物語ってます 今みたいにキャリアウーマンなんて ありえない時代 男の力を借りなければ 生きていけない辛さが ひしひしと伝わる… とにかくお玉さんが不憫な… 高利貸しの妻も同じく不憫な… * 純文学の面白いところは よくありそうな話を 事細かに分解して 登場人物の心情の奥深くまで 掘り下げて来るのが なんとも言えない * "欲しいもの" と"買いたいもの" の違いを説明した文章は 欲と諦めの狭間の 微妙な人間の心理を突いた解説w んーーよく分かる。 * タイトルの雁がいつ出て来るのかと 最後まで読んで、納得… そして住まいが"無縁坂"なだけある なんとも粋で切ないお話し…

    0
    投稿日: 2018.07.19
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    無縁坂とは不忍池を脇に入り旧岩崎邸庭園と東京大学医学部に挟まれた小さな坂である。文教と花街が混淆する地であった。その地を舞台とし学士と妾の邂逅をテーマに選ぶことで、森鴎外は前近代から近代へ移り変わる時代の変化を巧みに捉えたように思う。純粋無垢だったお玉が艶ある女性へ変遷することは即ち妾という前近代に染まることであり、洋行を決意する岡田は即ち近代化を示すのであり、交叉することなき異界の二人が交叉する過渡期を描くことで時代風景を描写しているのが本作品の主題かと思う。前近代と近代の決別が「雁」という象徴を投石にて死させる部分に込められている。岡田の本心を省略し、愛する人が外洋するお玉の哀切を描かぬことにより、人間模様をより昇華させた文学作品になっている。

    0
    投稿日: 2018.04.18
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    主人公のお玉の自我の目覚めと落胆が見事に描かれていたが、末造の妻の嫉妬にもだえる姿の描写も見事だった。

    0
    投稿日: 2018.01.06
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    初めてまともに鷗外の本を読んだ気がします。途中までは読むのが大変だったけど、お玉が自覚してからの展開がすごく楽しかったし今と変わらないなと思いました。最後の偶然が重なって結ばれなかったところは少しお玉がかわいそうだったけど、結局あの人と縁があったと最後に書いてあって終わり方が斬新だと思いました。ドイツ語がたくさん出てきたのもおもしろかった!

    0
    投稿日: 2017.09.28
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    高利貸の妾の純愛ものか?はたまたどす黒い愛憎ものか? 風貌と似あわぬ優しいタッチの鴎外。 「不しあわせな雁もあるものだ」 私の心はこの件に痛く反応した

    0
    投稿日: 2017.05.31
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     男に騙され結婚に失敗した美しい娘・お玉は、末造という男の妾となり無縁坂にある寂しい家に住んでいた。しかしある時末造が高利貸しであることを知り、お玉は絶望する。だが唯一の肉親である父に心配をかけさせたくない思いから一人でふさぎ込むようになったお玉は、やがて無縁坂を散歩道としてよく通る医大生の岡田に恋するようになった。「僕」の目からは、岡田側もまんざらではなさそうに見えた。末造も女中も翌日まで戻らない状況をつくり出したお玉は、その日家の前で岡田が通りかかるのを待ち続ける。しかしその日に限って下宿の夕飯が「僕」の嫌いなサバの味噌煮だったために「僕」は岡田を誘って二人で散歩へ出かけ、お玉は岡田に声を掛ける機会を失ってしまった。散歩中、雁を逃がそうと思い岡田が投げた石が、偶然その雁に当たって死んでしまう。思惑違い、偶然の重なりが原因となり、二人は結ばれずに岡田は洋行してしまった…。  無縁坂を舞台とし、無縁坂により繋がった男女が結局は無縁に終わる話、と説明してしまうのは乱暴だろうか。だがこのような文学作品は、まず簡単にシンプルに捉えることがから始めるべきだというのが持論。タイトルでもある雁に関するエピソードとの関連、お玉の自我萌芽、些細な物事の交差により生まれる偶然という悲劇などなど、森鷗外というビッグネームに深長な考察をせっつかれて多くの論考が出されているが、まずは素直に読書として楽しみたい。  ハッピーエンドの青春ものよりも、私は「雁」のような非ドラマチックというドラマの哀感漂う雰囲気が好きだ。人間は皆理想を描くが決して理想通りにはいかない現実の無情性、それに出会うたびに、その人間の精神の在り方が妙実に現れるのではないか。まずその場面の森鷗外による心情の描写がとても巧みで美しい。 『今はそれが只妾と云うだけでなくて、人の嫌う高利貸の妾でさえあったと知って、きのうきょう「時間」の歯で咬まれて角がつぶれ、「あきらめ」の水で洗われて色の褪めた「悔やしさ」が、再びはっきりとした輪廓、強い色彩をして、お玉の心の目に現われた。』  お玉は一度目の結婚で相手に裏切られた際、自殺を図る。その後拾ってくれた旦那が高利貸しであることを知り心を閉ざす。そして最後、岡田へ恋心を抱くも自分と相手は「無縁」という現実に何を思ったか。それから35年後に「僕」に当時の話をしていることから考えても、お玉の心にそれがどれほど胸に刻まれた悔いであったことかは想像に難くない。一方岡田も同じくお玉に好意を抱いているが、おそらくお玉と無縁に終わったことをそれほど心に留めていなかったのではないか。35年後の岡田は、お玉のことなど記憶にもないのではないか。これが精神の在り方の違いなのか、それとも男あっての女であった当時の女性の在り方に関わるのか。一点の交差地点をすれ違った男女の哀感が、切なく私の心に入ってきた。

    0
    投稿日: 2017.02.23
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    この小説の語り手は「僕」であります。時は明治十三年(本作の執筆は明治四十四年~大正二年)、この「僕」と同じ下宿屋に止宿してゐるのが、医科大学の書生であるところの「岡田」君でした。 岡田君は特段のがり勉ではないが、必要な勉強はそつなくこなし、試験の成績は常に中位を保ち下位にはさがらず、しかし遊ぶ時はしつかり遊ぶといふメリハリをつける人。几帳面らしく、生活習慣は実に規則正しく、時計を号砲(ドン)の時刻に合はせるのを忘れた人は岡田君に時刻を尋ねるほどださうです。 勢ひ周囲の信頼も厚く、下宿屋のお上さんからは「岡田さんを御覧なさい」と、他の学生を諫める時に必ず引き合ひに出されるほどでした。 そんな岡田君の散歩コースに、無縁坂の家の女がゐました。彼の散歩時には、その女は必ず窓から顔を出し岡田君を見つめてゐるのです。どうやら岡田君が来るのに合はせてわざわざ表に出るやうだと岡田君本人も気付き、以降は脱帽し会釈するやうになります。女はそれが嬉しいやうです。 そもそもこの女は、末造なる高利貸しの下へ迎へられた「お玉」といふ女性でした。しかし末造は妻帯者で、高利貸しといふ職業も隠してゐました。真実を知つたお玉の心は、この旦那さんから離れていきます。そんな時、毎日極つて家の前を散歩する書生さんに気付き、まだ会話をした訳でもないのに淡い慕情を抱くやうになるのでした。無論、この書生が岡田君であります。 或る時、お玉の飼ふ鳥が、青大将に襲撃され、絶体絶命のピンチに立たされます。そこへ偶偶やつてきた岡田君が青大将を退治するのです。田中邦衛さんではないよ。その事件をきつかけに、お玉は岡田君と会話をする機会を得たのであります。 岡田君は事が済むと直ぐに立ち去つたので、お玉はお礼を述べるといふ口実で、次回岡田君が家の前を通つたら、思ひきつて声をかけやうと決心しました。 しかし運命は残酷であります。とことんツイてゐないお玉。お玉の念願を打ち砕いたのは、下宿屋の賄に、「青魚(サバ)の味噌煮」が供されたことでした。「僕」はこの献立が気に入らなかつたらしい。喰はずに、岡田君を誘ひ外へ出てしまひます。散歩中に、不忍池で戯れに投げた石が偶然雁に当り、雁が死ぬといふ印象的な出来事がありました。岡田君たちは無縁坂に差し掛かりますが、彼一人ではなく、「僕」がくつついて行つた所為で、お玉は声をかけるタイミングを失するのです。つまり語り手の「僕」の罪は大きいですな。 お玉といふ、幸薄い女性のはかない恋愛が読者の胸を打ちます。偶然当つた石で落命する雁と、偶然「僕」の嫌ひな献立が出たことで断ち切られたお玉の想ひ。それだけに、意図的ではないにせよ「僕」の偏食が恨めしいですな。子供ぢやあるまいし、サバの味噌煮をそこまで嫌ひますか。美味いのにねえ。 唐突に挿入されるフランス語単語の数々(“fatalistique”とか“solennel”など)には、まあ微苦笑で迎へるとして、そもそも語り手を「僕」にする必要があつたのでせうか。特に末造やお玉関係の出来事など、余人の知り得ない内容がわんさか有るのですが。一応最後の辺りで、その事情に関して言ひ訳をしてゐますが、とても首肯できるものではないよね。 ......などとぶつくさ言つてみましたが、読後にはどつしりとした満足感が得られます。その文体はまるで明治の御代に別れを告げるかのやうに、(明治といふ空前絶後の変革期が生んだ)口語文小説の完成を急ぐ森鷗外の使命感みたいなものを感じるのであります。いや、わたくしがちよつとさう思つただけですがね。 ぢや、また。御機嫌よう。 http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-614.html

    4
    投稿日: 2016.02.18
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    うーん…分からない…惹かれ合う二人の人物それぞれから話を聞いた僕が、自らのフィルターを通して二人が出会うまでを描いた作品という設定。また、友人岡田から聞いた話と後に懇意になるお玉から聞いた話の間に時間のズレも生じているという。だが、それが作風にどう反映されているのかいまいち分からなかった。雁というタイトルに込められた作者の意図も読み取れない。当てようと思わずに投げた石が偶々当たってしまった不幸な雁に、何を投影したのか?妾についてはよく学べた。主人の存在や、妾の背景など、丁寧に書かれている。哀愁味は確かにあるが、うーん…読む力がないのだろう。

    0
    投稿日: 2016.02.11
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    最近現代小説ばかりだったので、久々の近代小説であった。初、鴎外作品。 100年も前の作品だが、とてもそうとは思えない。人の感情の機微というのは、いつの時代にも変わらないのかも知れない。 読んでいて感心したのは、ごく普通の、言ってみれば地味なお玉の心情の微妙な心の動きを描いている点だ。 無邪気で純粋な少女であったお玉が、世の中の苦みを知り、ドラマチックな出来事ではなくあくまで日常の生活の中で徐々に「女性」へと変化していく様子が、とても繊細に描かれている。 鴎外は一体どれだけの女性と交際してきたのだろう、と思ってしまうほどだ。 タイトルの「雁」に込められた意味も色々と分析されているようだ。 中盤までは全く登場しないのだが、終盤、お玉と岡田の運命がすれ違う分岐点として「雁」がとても象徴的に現れる。この雁の意味するところは多くの解釈があるところだが、渡り鳥である雁が死んだ、ということは、洋行した岡田の運命を暗示しているような気もしてしまう…。あくまで個人的な印象であるが。 また、お玉のその後に関しては、「僕にお玉の情人になる要約の備わっていぬことは論を須たぬ」(p128)と言いながらも、僕がお玉に好意を抱いていたことは明らかであり(p115)、「僕」が岡田に対して劣等感を抱いていることはなんとなく読み取れるから、どんな形にせよお玉とお近づきになれたことは確かだろう。 そう考えると、本作は単なる哀愁に溢れた淡い恋愛話というだけではない、どこかひんやりしたものを感じさせる。最後のたった一段落のあるなしで、物語の印象が大きく変わり、思わずウーンと唸らされた。。 馴染みの上野が舞台となっていたこともあり、情景を思い浮かべながら楽しめた。 この本を手にしながら上野を歩いてみたいと思う。 レビュー全文 http://preciousdays20xx.blog19.fc2.com/blog-entry-473.html

    3
    投稿日: 2016.01.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    直接言葉にしなくても、目と目を合わせただけで情熱的な恋ができた時代なんだな。 物悲しい読後感がなんとも言えない。 「僕」とお玉が相識になったきっかけと、その間柄について読者が興味を示すことを想定して、最後「読者は無用の憶測をせぬが好い」という文章で締めるところが粋である。

    2
    投稿日: 2014.12.30
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    夏目さんより、鴎外の方が好きだという気がしている。 鴎外の文章、上品。格調ある感じ? お玉、魅力的で素敵。 岡田さんとのすれ違いが、切ないけどああー!ありそう! と思う感じ。人生は、少しの勇気とタイミングですね。 不忍池とか、その辺りを先日散歩したのでそれも相まって面白く読みました。

    5
    投稿日: 2014.12.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    家が貧しく老父を抱えた娘が高利貸しの情婦にされるも、医学生と秘められた淡い恋情を交わす。しかし、医学生は洋行し別れが…という悲恋を第三者の目から観察した一作。鴎外はやはり「舞姫」がいいな。

    0
    投稿日: 2014.05.19
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    『森鴎外を読む』 読みやすく入りやすい作品だった。以前読んだ森鴎外は辞書とにらめっこだったが、今回はほとんど辞書を引かずに読了。言わずと知れた名作。 静かに狂う登場人物の思考に現代文学に欠けたカオス(明治時代にすでにカオスを使っているのには驚いた)を感じた。

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    投稿日: 2014.04.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    短いので手軽に読めます。 高利貸の妾お玉と医学生岡田の淡く若い恋を描いた作品……なんて表面をなぞればなんてことのない物語にしか聞こえないですが、無駄のない文章と行間に見える美しさ、人間臭さが味わい深く、クセになります。

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    投稿日: 2014.02.25
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    『雁』は1911年(明治44年)に発表されたこの作品で言わずと知れた代表作となっています・『灰燼』は同じく同年に発表され同時進行にて執筆されたと言われています。 『雁』の時代の設定は、1880年(明治13年)であります。高利貸しの妾・お玉が医学を学ぶ大学生の岡田に慕情を抱くも結局その思いを伝えることが出来ないまま岡田は洋行する。はかない女性の心理描写と身の上が如実に表現されています。 といった内容なのですが、『舞姫』の発表は、1890年(明治23年)となっていますので、御年28歳の時に発表された『舞姫』と49歳の時に発表された『雁』は、独逸留学つながりなので敢えて年齢の対比をさせていただきました。 言うなれば作品の設定が、鷗外先生が留学する前と留学した後に書かれた作品という事になります。  さて、この作品が何故鷗外先生の代表作なのか、と言う疑問が僕自身にはあります。 作品そのものは、どちらかというとはかない女性と岡田の物語で、取り立てて秀逸とは言えないと思ったからです。その疑問があって、この作品に限っては3回程読み直しました。  鷗外先生がこの作品を書かれたのは、満49歳、官職では陸軍軍医総監の位、陸軍省医務局長という軍医行政最高のポストにあったことを思えば、いかにも積極的な表現意欲といわざるを得ないが、僕の個人的な意見で言うなら49歳の年齢なれば本職の官職をこなしながら、『雁』と同時に『灰燼』も執筆しているのです。ここに何らかの因果関係があるのかと思わざるを得ません。しかしながら、そこでも作品自体の評価が高いことの理由が判然としないのです。 ただ、3回も読み返すと見えてくるものが、作品自体の内容ではなく作品の構成なのです。 巻末の解説にも書いていますが、「前に見た事と後に聞いた事と」を一つにまとまった「物語」に再構成されているのではないかと思うのです。 この構成の性格は、単に『雁』一個のものではなく、鷗外文学の深処に通じるものと思うのです。 「体験した話と聞いた話の融合」は、物語小説の世界では当たり前のように思われますが、例えば真ん中から折り畳める鏡があったとしたら、折り畳むと左右対象であることは「初めに見た物語をもってきて、最終部分にもまた見た話に戻る物語の進行で帰結しています。  これは、偶然か作為的なのかは分かりませんが、現実世界から夢を見てまた現実世界に戻ると言うものです。もしそれが作為的に構成を計算されたものであるなら、鷗外文学の真骨頂ではないかと思いました。一夜の長い夢を見た様な気分になりました。 ネットで検索をしても、この作品の書評はあまり見かけませんが代表作であるという理由は心情的に細やかな点と、思いが伝わらなかった残酷さを併せ持つ妙なのかもしれません。 既読の方も多いかと思いますが、今一度再読されてみては如何ですか。

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    投稿日: 2013.12.22
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    最近は日本の近代小説にはまっているので鴎外にも手を出してみたけれどこれは私にはあまり合わなかった。読解力が足りませぬ。出直し必至。2013/377

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    投稿日: 2013.12.22
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    裏表紙では偶然性が推されてるが、偶然性というよりは物事の多面性が言いたかったことなのではないかと思った。 人の数だけ見方があるから、身近な人のことですら理解するのが難しい。理解しようとすることしか出来ない。けど、それで良いのかな、思った。 鷗外はプレイボーイだったってのがよく出てたと思う。笑

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    投稿日: 2013.02.08
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    このレビューはネタバレを含みます。

    話の構成も、お玉の心理描写もとても良く描かれている。 のだが、どうしてものめり込めなかった。 合わなかった。 で片付けたくない作品。 暫く時を置いて読んでみたい。 猪瀬直樹氏がある記事で、太宰、漱石ら比較して鴎外の作品は 貧困をニヒリズムではなく、家長的な視点での生活臭を感じさせる と評していたが、初めて読んだ鴎外作品である本作からも、 その一端は感じられた。 鴎外は女性視点の葛藤を描くのが上手いね。

    1
    投稿日: 2013.01.08
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    森鴎外の作品を読む時には、いつも明治という時代背景を念頭にテーマ設定を考えてみる。 それは西欧文化に影響を受ける中での人々の心の葛藤のようなものではないか。(これは夏目漱石等の海外を知る明治の文豪に共通しているのだろう) 先日、文京区の森鴎外記念館を訪れたが、その際に鴎外がフェミニストであることを知る。娘の教育に対しても同様のことを感じた。 「雁」のテーマのひとつは、妾という旧態然の仕組みの中にあって、時代は女性の自立、自意識が芽生え始めている、その時代のミスマッチのようなものではなかったのか。 それは妾を抱える末造とその妻とのやり取りでも気付かされた。 以下引用~ 女には欲しいとは思いつつも買おうとまでは思わぬ品物がある。 ・・・ 欲しいと云う望みと、それを買うことは所詮企て及ばぬと云う諦めとが一つになって、或る痛切で無い、微かな、甘い哀愁的情緒が生じている。 女はそれを味わうことを楽しみにしている。それとは違って、女が買おうと思う品物はその女に強烈な苦痛を感じさせる。女は落ち着いていられぬ程その品物に悩まされる。たとい幾日か待てば容易く手に入ると知っても、それを待つ余裕がない。女は暑さも寒さも世闇も雨雪をも厭わずに、衝動的に思い立って、それを買いに往くことがある。 ・・・ 岡田はお玉のためには、これまで只欲しい物であったが、今や忽ち変じて買いたい物になったのである。

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    投稿日: 2013.01.04
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    年老いた父の暮らしを考えて、高利貸しの妾となった娘・お玉。 本当の恋を知らないまま、お玉は身のこなしだけは大人の女性となる。 そんな彼女が、時折窓から見かける美丈夫・岡田に恋をした。 純情に振る舞いつつも、内心は岡田に激しく恋い焦がれる。 岡田もまた美しいお玉を気にかけるようになった。 長らくいま一歩が踏み出せない二人だったが、遂に運命の日が訪れる。 ****************** 当時の湯島天神や本郷、上野などの描写が多く、「昔はそんなだったのかー」と今の景色を思い浮かべながら浸ることができました。 個人的にはお玉の方が岡田よりずっと想いの気持ちが強かったと思います。 岡田はどこか一線を引いて、「違う世界の人」と感じながらも憧れていたように思えました。 純粋な片想いって可愛らしいなー(*^^*) 気持ちだけが募っていく恋というのは沢山の人が経験していると思うので、読めばお玉に共感できるのではないでしょうか。

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    投稿日: 2012.09.28
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    医科大学生の岡田は、散歩の途中の無縁坂で、寂しげな家に住む女を見かけ、心を惹かれた。それは、貧窮する父娘の生活を助けるため、高利貸の末造の妾となったお玉であった。 お玉の方でも、いつしか岡田の通りかかるのを心待ちにするようになっていた。岡田への思慕が募るにしたがって、初めはただ無邪気な少女であったお玉も、次第に自我に目覚めていくが…。 偶然の運命に翻弄されたはかない恋を、岡田の友人「僕」の回想形式で綴る。 何だかもうちょっと波瀾があってもよさそうなものだが、明治の世ではこんなものなのかも。というより、それがこの作品のテーマなんだけど。

    0
    投稿日: 2012.09.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    主人公、友人、高利貸、妾、それぞれの生活や視線がそれぞれに独立し、お互いに少しずつ重なっている。 この時代感や風の流れまで、自然と肌に感じるさっぱりした佳品。

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    投稿日: 2012.08.31
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    テレビで主人公岡田が歩いた散歩道を再現していたのを見て、手にとってみました。名作ですが、読んだことなかったんだな。 こういう恋っていいなぁ、って思う。美しい。しかし、ハッピーエンドではないんです。 ただ、やたら地名が出てくるのですが、イマイチ映像化できない。横文字も多用していますが、はやりだったのかな。

    0
    投稿日: 2012.03.04
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    森鴎外と聞くと、文豪という印象が強すぎて手が伸びにくかったのだけど、いざ読んでみるとスラスラと読めて面白い。明治13年の話なんだけど、文体も古くない。美少年の大学生と高利貸の妾がひょんなとこから知り合いになって、微妙な空気を作って、でも距離は縮まらず。最終的に青魚、友達、投げた石、雁と様々な要素がおりなって、二人は一生離れ離れになる。伏線もあったり、頭で映像化しやすい小説でした。

    0
    投稿日: 2012.03.03
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    旦那と妾奉公という古典的な状況設定の中に、人智のむなしさを込めた中編秀作。物語るようなわかりやすい文体の中に当て漢字の多用と、英語・フランス語といった外国語を織り交ぜるという鴎外ならではの、明治の香り高い文章になっている。 物語は高利貸しの末造一家、妾奉公することになったお玉一家、そして、学生岡田と「僕」周辺の大きく3つに分かれるが、特に末造と女房、お玉と高齢の父親の心情描写が優れていて面白かった。 才覚に優れた末造の思いに反し、しだいに別心するお玉。そして制御不能な女房。お玉は時を経ず図太くなって、学生岡田と心を通わせていく。そして、あの日あの時に投じられた思いがけない一球に全てが収斂していく。書名は人の思惑とは裏腹に状況が進展していく象徴なのですね。

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    投稿日: 2012.01.22
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    今日も色々なお話が聞けて楽しかったです!せっかく本郷あたりが題材の本を読んだのに街歩きに参加できず、残念です。。

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    投稿日: 2012.01.07
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    ちょうど100年前の小説とは思えない程リアリティが溢れてる! 末造とその正妻とのやり取りに代表されるように人間味豊かな場面が多い。 明治期の東京の風俗が手に取るように分かるのも興味深いね・・・!

    0
    投稿日: 2011.12.10
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    「雁」というタイトルからは想像もできない内容でした。 主に男性の側から描かれた小説ですが、多くの女性が感銘を受けたのではないでしょうか。 この本の面白さは、妾の娘、高利貸しの旦那、旦那の妻、医大生の相反する男女4人の、対比にあると思います。 はじめは光と影のようにまったく交わることのないように思われた4人ですが、次第にの境界線はぼやけはじめます。 わたしたちは気づかないうちに幻想を抱き、先入観で忌み嫌い、よく知りもしないのにあたかも知っているかのようにふるまっているものなのだと感じました。 明治の粋や、ゆっくりした時間の流れを楽しむのもいいと思います。 大人の女性におすすめの本です。

    3
    投稿日: 2011.12.03
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    鴎外が好んで用いた独白に独白を挟む形式。ただし2つの独白に時間差がある設定。 ほんのささいな、しかし決定的なきっかけで歯車が狂う展開も得意の手法かな。 個人的には、お玉が蛇の事件をきっかけに岡田に急激にひかれていくシーンが気に入りました。 欲しいものと買いたいものの女性の心情変化には非常に共感。一度何かをきっかけに距離が縮まると、もっと近づきたい、近づいてもいいはずだ、と思ってしまうものです。 しかもそれがなかなか思うようにいかずに物思いに耽るようになって、生活が怠惰になる一方で美しさ・魅力を増していき、それが末造を勘違いさせる場面などは、恋する女性にありがちだと思いました。 舞姫と違って女性目線を中心に描かれているのもまた一つ面白いところ。鴎外は女性にお詳しかったのかしら。

    3
    投稿日: 2011.11.07
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    意外なほど読みやすかったです。最近の小説と変わらないくらいの言文一致具合。 大好きな旧岩崎邸付近の、純情な美男美女がすれ違う話。岡田という名の男性はもれなくパーフェクトなのだろうか、と邪念が入ったり入らなかったり。 11.04.06

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    投稿日: 2011.04.07
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    この本は英訳もされている。明治の初めの頃の物語だ。何と情緒あふれるすばらしい文学だ。人を引きつけて離さないストーリーの展開。だまされて高利貸しの妾にされたお玉の魅力的な事。江戸時代の女性の風俗画をみてるようだ。この文学には女性がよく出てきて、明治色の女性がどんな人生を送っていたかがよくわかる。

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    投稿日: 2011.01.21
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    ipadを持っている人は、i文庫というアプリがあるので、それで読むのが一番良いと思う。鴎外の味がわかるまで、読んだ。

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    投稿日: 2011.01.12
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    自我に目覚める女の話かと思いきや、最後の方に雁を食べる話になってるじゃないか!?って思ったら素晴らしい終わり方だった。いや、オモシロい。

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    投稿日: 2010.12.19
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    昔ほどの嫌悪感はなくなったけど…やっぱり読んでいてイラっとしてしまうのは何故だろう森鴎外。森鴎外は育ちが良くって学もあるクソ真面目な典型的優等生タイプなんでしょうね。文体からもそんな臭いがプンプンするからなぁ。その辺が鼻につくのかな。 しかし森鴎外作品の登場人物は何故こうも煮え切らないんだろう。「行動するならとっととやれ!」と何回もツッこむはめに。合わないんだなぁ。 その時代の資料として読む分には面白かったけども。明治のお妾さんの生活はこんな感じか。

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    投稿日: 2010.12.17
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    明治時代に書かれた小説ではあるのに読み易く、登場する人物の描写から、現代の人間となんら変わらないところに驚きでした。 いつの時代も末造のような男はやはりいるし、だからといって末造は憎むべきキャラクターでもない。 お玉のように妾として生きていくしかないという女性は今はあまりいないとしても、密かな恋に淡い期待をして、ほんの偶然、縁というそれだけのことでそれきり結ばれることのない恋、実は私たちの周りにこのような悲しい恋は毎日のようにはかなく終わっているのだと改めて思いました。 そう考えると、何気ない一瞬の出来事であっても、人の一生を左右していくんですよね。 岡田には多少イライラさせられましたが、だからこそこの物語は成立するのですし、結局のところやはり岡田のような男に女は惹かれてしまう。いつの時代も変わらないです。

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    投稿日: 2010.10.26
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    高校で「舞姫」を読んで、あんまり好きじゃないなぁと思っていた森鴎外なんですが、これはちょっと面白かったです。 歳と共に好みも変わっているんだろうか(笑) 切なかったです。ほんの些細な偶然が大きく歯車を狂わせていくんですね… お玉の身の上話がかなり長くて、やっと「僕」と岡田のところに戻ってきたと思ったら、急展開。「あら~~?」と、思う間もなく終わってしまいました。題の「雁」もなかなか出てこなくて、なんでタイトルが「雁」なんだろう?と思ってました。 なんとなく、タイトルは「青魚(さば)」でも良かったのかもね、なんて(笑)

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    投稿日: 2010.09.20
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    読み進めるにつれ、タイトルの「雁」とはなぜに?などと思っていたけれど、終盤、物語は意外な方向へ転がり、そして意外な結末を迎える。そのきっかけとなるのが「雁」だった。 物語は語り手の友人である岡田という青年と妾に身をやつした美しい女性・お玉の淡い恋模様を中心に展開していくが、語り手の位置がなんとも定まりづらく、不思議な作品である。あるときはお玉の心情が切々と語られ、あるときはお玉を囲っている高利貸しの旦那と嫉妬に狂うその妻とのやり取りが生々しく描かれる。 主人公は後々お玉と縁があり、この話を聞いたことになっているので、元々伝聞の話を後から組み立てたのだ、ということになっているが、そうすると、旦那の部分だけ、旦那が物語の語り手となっているようなのが少し不思議な感じだ。その若干混線したかのような目線が、まるで近代を迎えて日本人が直面した自己と自我との関係に対する迷いのようで、この物語の顛末(「雁」が引き起こした結末)とともに、不思議な読後感を残した。

    0
    投稿日: 2010.07.09
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    明治の話だが 現代の男の感情、女の感情、人間同士の感情の根底にも受け継がれているものがあると思った なんとなくメタファーが多いような気もしたり それは時代が違う故に、自分に勘ぐりが入っているのかとも思ったり

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    投稿日: 2010.06.20
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    前作「青年」に比べて格段にこなれた文章・内容。地名が多く出るので明治時代の古地図を手元に置いて読むのも面白い。

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    投稿日: 2010.05.09
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    大学の教授が森鴎外とか夏目漱石とか研究してるって聞いてこれは読まねば、と最初に手をつけた本。以前学校で舞姫を読んだときに文語体が異常に読みにくかったので鴎外からは一歩引いていたのだが、これは文章自体は比較的読みやすかったので購入。 場所や時代の設定に加え、現代人には馴染みの薄い単語が五万と出てくるので背景知識か資料が欲しい。後ろにある注釈を引きまくりながら読んでもやっぱりなかなか理解しにくい点があるが、土地勘を掴みながら読むとまた味が出るだろうと思うので、時間があれば地図と資料片手に二度三度読んでみたくなる。寧ろこれが作品の奥深さというものなのだろうか。何にしても一口で語れないあたりが深いなあ、と思う。 大きな内容から物語を二分することが可能で、前半がヒロインお玉と父親のすれ違いの話、後半が主人公の親友岡田とお玉の淡いやりとりの話。 前半の心理描写は緻密かつ直接的でわかりがいいし、携帯でリアルタイムに居場所を知らせることができるようになった今もこういうことありそうだなあと頷ける。 後半はなかなか進展しない恋心と人間模様が繊細に描かれ、読んでいて一種のもどかしさと緊張感を覚える一般的な感覚と、当時としては恵まれた環境にあったであろう岡田という人物の夢のような話が混ざり合って何とも不思議な読後感を覚えた。 ラストシーンの数奇な運命は舞姫同様やはりどこか鴎外自身の人生を彷彿とさせるところがあり、この手の結末があと何作あるのか気になるところだったりする。 他の作品も見てみたいなあ、と思った。

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    投稿日: 2010.05.01
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    しみじみとやるせない。人の縁は、ぞっとする程些細な出来事や思惑一つで育まれも、駄目になりもする。 余計な煽りは無いのに、その根底にどこか哀愁漂う鴎外の文体、やっぱり好きだなー。

    0
    投稿日: 2010.03.23
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    大学の授業で読んだ。 「うぇっwwそれで終わり?!まじかwwww」って感じの内容。 すかって空振りして、終わり、みたいな。 途中まではいいのに。 え?そこゆわなあかんやろwゆえよwwってすごく思ったw

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    投稿日: 2010.01.07
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    学生である岡田と高利貸しの妾、お玉のすれ違う縁を、岡田の同級生「僕」を視点に描いた森鴎外の中編小説。 岡田の、雁を逃がすつもりで投げた石が偶然雁に当たり雁が死んでしまうシーンに象徴されるように、思惑に反した偶然が重なり、岡田とお玉はお互いを強く想いながらもまともに言葉も交わすことなく、二人は縁を断ってしまう。 このような人間のすれ違いはこの物語の中に限らず、現実世界でも珍しいものではないだろう。 岡田やお玉にしてもこのすれ違いは、一生を通してみれば、取るに足らないものかもしれない。 人生の一面は、このような様々な縁の集積によって作り上げられている。 この物語は、たった一つの縁だけを強調して取り上げることで、一生のうちに何百、何千とある縁の個々の貴重さを訴えかけているのではないだろうか。

    0
    投稿日: 2009.11.29
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    鷗外先生というと「舞姫」を四苦八苦して読んだ記憶しかなかったんで、言文一致してて感動した。 たぶん今読めば舞姫ももうちょっと楽に読めるはずだけども… さて、もう作品全体から明治時代のにおいがぷんぷんして、読んでて幸せ気分だったぜ。 福地桜痴がひっそり悪口言われてて笑った。

    0
    投稿日: 2009.10.18
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    人と人とのめぐり逢いの中で「縁」というものの不思議さは、 どこかに誰かが舞台を用意して、そこにわれわれはそれぞれの役割を演じてるだけなのかもしれないとすら感じることもある。 この物語の主演女優である、無縁坂のお玉は、類稀なる美女でありながら、その縁には見事に恵まれていない。 最初の夫は結婚詐欺師のような男であり、その後は高利貸の妾となって寂しい生活を送っている。 そこへ現れた性格も頭脳明晰で、見た目も好男子の大学生岡田へのほのかな恋心と、お玉にとっては千載一遇の恋の成就の好機における、運命のいたずら。。 まさに縁に恵まれない、無縁坂のお玉の哀しい運命に、読者はじんわりと涙してしまう。 縁な異なもの、味なもの。。といわれるが、お玉にとって、味なものであったかどうかは、最後に読者にさとすだけで終わっている。 やるせなく、男と女の不思議なさだめを感じさせてくれる傑作。 (さだまさしがこの作品から「無縁坂」を作ったのだろうと自然に想像した)

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    投稿日: 2009.07.20
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    投げた石が図らずも雁を殺してしまったように、鯖の味噌煮によって叶うことのなかった恋の話。 こういうことってあらゆるところで起こってるんだろうなぁ。 ただこの話は第三者によって書かれているから、鯖の味噌煮が回りまわって二人の出会いを妨げたことがわかったのであって、普通なら、何も気付かずにただ過ぎていくだけ。 こんな話を読むと、やっぱりタイミングがすべてなのかなって思ってしまう。 つい最近、親子でゴルフ場に来ていたら、突然大きな穴が開いて6m下へ転落し、命を落とした母親がいたけど、それも回りまわった偶然が起こした不幸ということで済ましてしまっていいのかな。 そんなのって辛いよなぁ。 タイミングですべてが決まるなら人はただ運命に身を任せよということですか。 答えはないけどね。 この話は森鴎外によって明治12年に書かれたものです。 解説に書かれていた時代背景がすごく参考になりました。 見てみると、これはいかにも明治13年の話らしい。民権運動などがそろそろ芽生え始めて、社会の一部には強く積極的に生きた女性などがあっても、一般的にはまだまだ正しい意味での自我の確立などあり得なかった時代の、極めて市井的な一女性の目覚めやその挫折がいかにもその頃のものらしい頼りなさと哀れさとを以て描き出されている。 そんなふうに、女がふみつけにされているところに、彼女の自我と個性の道が確立されるなどということが、どうして簡単にあり得よう。その意味で、この作品に描かれたお玉の運命と、それを包んでいた背景とは、いかにもしっくりと溶け合ったものになっているのである。

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    投稿日: 2009.04.17
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    鴎外てんてーは、かたい!!!!!!!!!!! なんか必死で読んでた気がする。(そんな必死な内容ではなかった気がするけどどうだったろ)あのかたい文体が読みたくて。たしか好きだった気がする。(覚えてないのが多すぎて悲しくなって来た)

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    投稿日: 2009.01.27
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    哀愁漂う、いやらしい切なさが不思議な質感を生み出している。 このいやらしさは、たぶん森鴎外のエリート的自意識過剰によるものだろう。 女性に人格を認めてないのが面白いな〜。お玉はそれなりに考えたり、行動したりするわけだが、その根本であるはずの「性格」というのが見えてこない。 まああんまりこういうことを考えずに、全体の寂しい雰囲気を味わうための作品なのかもしれない。 女性の自我の芽生え、エリートのあり方、運命の歯車、云々…

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    投稿日: 2009.01.16
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    物語に何か大きな展開があるわけではないですが… ドラマティックさが無いのに運命の皮肉さを痛切に感じました。 頭がよく外面がよいが、高慢で金銭第一な高利貸しの「末造」 貧しいながら、老いた父を一人で支え続けた「お玉」 美男子な医学生「岡田」 ほぼこの3人で話は進みます。 性格も境遇もみな違うこの3人が ある運命的なズレ、または偶然で、ある虚しさを持つように見えます。 偶然は逆らえないほど大きい力。そう思えた話でした。 主人公(僕)がいなければ、どうなってたんだか笑

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    投稿日: 2008.04.12
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    お玉の自我の目覚めと淡い恋。 ひとりひとりの人物描写がきちんとされていて、細かなところまでキレイで悲しかった。 妾になって、主体性をあまり持たない女が窓の外を通る男を気にする。 2人の間にほとんど接点はなく、でもひたむきに見つめるお玉の視線を感じられるような作品。 叶わない恋も不毛ではない。

    3
    投稿日: 2007.08.30
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    文章的にちょっと敬遠していたのですが、読んでみたらとても素敵で驚きました。あの時代の恋愛って切ねぇなぁ。でもすごくわかるところもあって、悲しくなりながら頷きながら読んでいました。ただ、やっぱり言葉がわからなくて何度も辞書を引いたりってところで現実に引き摺りもどされてしまうんですよね。もちろんそれは私の頭の問題なんですけど。教科書には舞姫があったので、舞姫も読んでみたいと思います。

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    投稿日: 2007.04.18
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    書生の岡田と妾のお玉の言葉少なな交流を、傍観する「己」が語る。この第三者の介入がさっぱりさわやか、と感じる。

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    投稿日: 2006.05.01
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    心理描写も比較的平易であり、現代の若者でも理解できる部分が多いのでは。文章力もさすがは鴎外って感じ。暗い話を重厚な印象として残す力もさすが。

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    投稿日: 2005.12.06
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    池之端に住む美しいあのひとは、金貸しの囲われ者。 前近代的な設定と、鴎外先生ならではの心理学的解剖っぽい描写の冴えが絶妙なバランスでマッチングした佳品。 高利貸しの末造は、しかし、川越唐桟なんぞをさらりと着こなす小ざっぱりした旦那として描かれていて、なかなかどうしてただの俗物とも言い切れない魅力のあるひととして造形されているあたり、通俗小説に堕すまいとの鴎外先生の心意気が感じられる。 上野池之端あたりの描写、人々の暮らしぶりなど、明治の東京の様子を伺い知ることもできて面白い。

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    投稿日: 2004.10.04