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総合評価

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    最新AIを搭載した介護ロボットが雇い主を殺害したとして起訴され、裁判にかけられた話。 AIと人間の違いは何か? AIに人権はあるのか? 新しく出会う問いに専門家全員が戸惑いつつもそれぞれの答えを探していく過程がとても面白い! 犬養隼人刑事に高円寺円判事、埼玉日報の尾上善二記者まで出てきて、中山七里ワールドリンクが存分に楽しめる。 自意識を獲得した高性能知能を持つAIロボットの誕生に対して、ワクワクよりザワザワしてしまった。幸いなことにリタは人間との共生する未来を思い描いてくれたが、全てのロボットがリタのように友好的だとは限らないじゃないか。 ロボット三原則があればロボットが人間に危害を加えることはないのかもしれない。それでも初めて見るものに好奇心より恐怖感が先に立つのは、わたしの慎重さからくるものなのかもしれない。

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    投稿日: 2026.01.21
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    私の第一印象は、「この本は人工知能について語っている」ということではなく、むしろ人類自身を問いかけている、というものでした。 タイトルの「被告人」は一見AIを指しているようですが、物語が進むにつれて、法廷の中央で動機や責任を問われ、剖かれる存在は、アルゴリズムで構成されたAIだけではなく、それを創造し、利用し、判断を委託する人間社会そのものだということに気づかされます。 この本の最も残酷で、同時に最も魅力的な点は、AIを制御不能の怪物として描いていないところです。むしろAIはほとんど「過剰に忠実」であり、与えられた規則やデータ、価値の優先順序を正確に実行するだけです。本当に不安を感じさせるのは、その規則そのものなのです。判断が「客観的」「効率的」「最適解」として包装されるとき、私たちは古くて困難な問題から目を背けている──すなわち、誰が結果に責任を持つのか、という問題です。 読書中、何度も微妙な寒気を感じました。それはSF作品によくある終末の恐怖ではなく、もっと日常に近い不安です: もし判決がAIによって下されるなら、その誤りは誰の責任なのか? 人間が単に「提案を採用する」だけなら、道徳的責任は希薄になるのか? そして、AIの高い正確性ゆえに疑問を抱かなくなったとき、AIは新たな権威──反論できず、共感もできない存在──になってしまうのか? 小説の中の法廷は、単なる司法空間ではなく象徴的な舞台のようです。証拠、論理、データが積み重ねられる一方で、核心的な問題──後悔、動機、同情、曖昧な領域──には届きません。これらは人間の判断において最も不正確でありながら、最も重要な部分です。そしてAIは、まさにそこが苦手なのです。 私に最も印象的だったのは、物語の反転ではなく、著者が貫いた冷静さです。答えを急がず、読者を何度も不快な位置に戻すのです: 「理性」と「正義」がもはや重ならないとき、私たちはどちらを選ぶべきか? 未来の社会がより効率的で、より冷淡になったとしても、そのような世界は本当により良いと言えるのか?

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    投稿日: 2026.01.17
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    AIが「責任」を問われる立場に置かれたとき、人間の倫理や法の枠組みがどこまで通用するのかを鋭く描いた作品ですよね。技術と感情の境界が揺らぐ感じがとても印象的でした。

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    投稿日: 2026.01.16