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宙色のハレルヤ
宙色のハレルヤ
窪美澄/文藝春秋
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総合評価

13件)
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    誰かを好きになることに決まりや形はない、自由でいい、だけど思うようにいかない不自由さ。もがいて自分なりの答えを見つけると、出会いと別れも歳を重ねることも全部今の自分でいいよねって思える気がする。窪美澄さんの言葉が少し疲れた部分にスッと入って穏やかに流れていく。

    1
    投稿日: 2025.11.14
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    恋愛絡みの短編集。結婚まで考えていた人との再会の話は悲しかったなぁ。ここまでの偶然はなかなかないにしろ、再会するって、やっぱり苦しい。

    66
    投稿日: 2025.11.12
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    後味少し苦味の残る短篇集。 居酒屋の女性の店員が気になって、町で偶然出会って…と現実味のない感じで関係性が進展していく話が印象に残った。 もはや最初から出会い自体が仕組まれていたのだろうか?「中野さん」は一体何がしたいのか?「中野さん」の夫は、彼女のこの奇行を受け入れているようだがそれでいいのか?等いろいろ気になる。 何にしろ、失恋の痛手を被ってまだ完全に立ち直れていないところ、今度は詐欺のような恋愛をすることになった主人公が憐れだ。 でも、なぜか「中野さん」はそこまで悪い女性ではない気がする。本当は何か辛いことがあって、それを紛らわすためにこういう行動をしてしまうんじゃないか…とか考えてしまう。 うーん、後味悪し。でも嫌いじゃない。 学生時代に好きだった友人を事故で亡くした老齢男性の話も良かった。 好きだと告げることもできず、ずっとこの人は後悔していたのかもしれない。男だから、大人だから泣いちゃいけないなんてことはなく、悲しいときは泣けばいいという、なんてことない言葉が沁みる。 自分の気持ちを押し殺して数年生きるというのは、どんなの辛いことなんだろう。想像できない。

    10
    投稿日: 2025.11.10
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    様々な形の“愛”をテーマにした6篇の作品を収めた短篇集。 「海鳴り遠くに」は夫を亡くした後、海辺の別荘で一人暮らしをする女性の話。「風は西から」は母子家庭の男子高校生の淡い恋物語。「パスピエ」は居酒屋で働く女性と据え膳食わぬはの関係になる男の話。「赤くて冷たいゼリーのように」は私立高校で掃除の仕事をする高齢男性の話。「天鵞絨のパライゾ」は仕事と結婚を両立しようとする女性の話。「雪が踊っている」は子供を通して別れた恋人と再会する話。 どれも小説としての完成度は高いけれど、今のぼくにはまったく響かなかった。残念。

    3
    投稿日: 2025.11.03
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    2025/08/11 一般的に受け入れてもらうことが難しそうな恋愛ばかりの短編集。メンタル病んでる人が多い印象。出てくる食べ物がとても美味しそうで食い意地張ってる私はそっちに惹かれてしまった。

    0
    投稿日: 2025.11.03
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    窪美澄さんの読み手を引き込む描写で、それぞれの短編はどれも印象深かったです。装画は、タイトルを上手く表現されていると思いました。 好きになる人は人それぞれでいいと思うのですが、相手があってのことです。だから、なかなか上手くいかなくて悩む人はたくさんいると思います。LGBTQという言葉がようやく浸透してきたなかでも、偏見はあります。この短編集ではその事も含めて、人を好きになることの喜び、そして難しさが書かれていました。 【海鳴り遠くに】 海辺近くの別荘で暮らすようになった女性の物語です。自分の本当の思いは口に出さなければ伝わらないと、やっと気づいたことが書かれていました。 【風は西から】 男子高校生が自己の弱さと向き合うなかで、言葉にしなくては思うことにもならないし、相手にも伝わらないと気づかせてもらったことが書かれていました。 【パスピエ】 行きつけの居酒屋のバイトの女性から助けを求められたことから、人を好きになることの怖さを改めて実感したことが描かれていました。 【赤くて冷たいゼリーのように】 一人の老人の切なさがたまりませんでした。弱い立場だからこそ気づけることがあるのに、それを表立って言えない現実がありました。ずっと閉じ込めていた思いが、ほんの少しの間でも満たされたことが、救いになってほしいと思いました。 【天鵞絨のパライゾ】 本当の優しさに触れたように感じた物語でした。こんな自分のことを好きだといってくれた人との結婚生活、そして別れ。どうしようもない状態なのに寄り添い、悲しみを思いきり吐き出させてくれた友達。国籍が違うけれども、同じ悲しみを味わった者同士の絆のようなものを感じました。本当に自分のことを大切にしてくれる人って、意外にそばで見守ってくれているようです。 【雪が踊っている】 雪の日の場面がとても印象的でした。安堵と共に過去への思いをぶつけた女性と、それをただ受け止める男性。二人が共に親となり、その息子たちが無邪気なことで、余計に複雑な思いが伝わってきました。「会いたい人にはきっと、また、どこかで会えるんだよ」という言葉と降り続く雪が、切なかったです。

    58
    投稿日: 2025.11.01
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    窪美澄さん、2作目。 前回読んだ「給水塔から見た虹は」と比べて、 ずいぶん大人なテイストだったが、とても良かったし、好みの文章だった。 短編の1つ1つ、サラッと読めるがどれも濃厚で、長編を読んだかのような満足感があった。 切ない愛や苦しい愛など、胸が締めつけられる場面も多かったが、それでも、やはり人を愛することは素晴らしい、と思える短編集だった。

    10
    投稿日: 2025.10.31
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    「海鳴り遠くに」 「風は西から」 「パスピエ」 「赤くて冷たいゼリーのように」 「天鵞絨のパライゾ」 「雪が踊っている」 恋愛をテーマにした6話収録の独立短編集。 どの恋も一筋縄ではいかない。 甘いだけの恋愛小説を求めていない私には窪美澄さんが描くヒリヒリとした表現が刺さる。 年代も境遇も恋愛対象も様々な登場人物達、それぞれの恋の行方をドキドキしながら読み進めた。 短編小説でありながらドラマ性があり終始脳内で映像が浮かんだ。 ままならなさに切なさが込み上げ、愛おしさに心が震える。 心の琴線を刺激するほろ苦い余韻が残る恋愛小説集。

    12
    投稿日: 2025.10.31
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    様々な形の愛や恋やそれとはまた別の何か。 友愛や性愛および無性愛。 心の内面の揺らぎや矛盾のようなものを丁寧に掬い取っているような、心のやわらかい部分を生々しくもやさしく描き、感情の微細な震えのようなものを捉えるほどの繊細さを感じた。 最後の数行で物語がストンと落ちる。 洗練された数行の気持ち良さは文学的カタルシス。 心の中でスタンディングオベーション。 物語の温度感が変わるような余白を持たせつつ、決めでも纏めでもない静かな反転のような、そんな綺麗な終わりかたはとても叙情的で、感情の落ち所がとても心地良くて、生きていくことの不安定さや難しさをふんわりと包み込むように肯定されたような感覚。 微かな痛みを伴いながら救われる。 その痛みに心当たりがあるのかも知れなかった。 人が人を想う愛、そこに性別や年齢や立場なんて関係ないはずだ。 誰にだって否定されるべきではない。 どんな愛だって、すべて等しく美しいのだから。

    2
    投稿日: 2025.10.30
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    キュンとなったりギュッとなったりドキドキしたり何か1冊で自分も恋に落ちたような気分になりました。 恋愛の形とかさまざまだけど、美澄さんの小説は温かさをいつも感じるから好きです。 これも恋かな。

    48
    投稿日: 2025.10.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    恋とか愛とか、心の柔らかい部分を描いた物語。その柔らかい部分が愛によって包み込まれたり、柔らかいからこそ簡単に傷ついたり。 感情の描写が、とても繊細だと感じました。 私が特に好きだと感じたのは、「天鵞絨のパライゾ」です。ユーシェンと主人公の関係性。 恋情があるわけではない。けれど、深くお互いを愛し大切にしているように見えました。それでも彼らは、恋情ではないから自分の人生のために、自分のやりたいことをするために、相手の人生を大切にするからこそ離れる選択をする。恋情だと、近くにいようとしてしまうけれど、近くに居なくともお互い大切に思っているとわかっているからこそなのかな?私は思いました。人を好きになるって自分よがりではないか、相手に迷惑じゃないか、そんなことを考える夜もある。人との関係に悩む夜に読んで欲しいと感じました。

    3
    投稿日: 2025.10.23
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    あなたは、初めてのデートの翌日、彼女からこんなことを言われたらどうするでしょうか?  『ごめんね…私、○○君が好きなのかどうかわからなくなっちゃった』 『公園で待ち合わせをし、二人でスワンボートを漕』ぐといういかにもなデートの光景。『二人でクレープを食べて、ちょっと背伸びをして、喫茶店で高いコーヒーを飲んで…』という高校生のデートのワンシーン。そんな時代を遠い過去に見る私には、羨ましい思いだけしかありませんが、初デートに臨む身には『僕は大きな失敗をしなかったと思う』という帰宅後の安堵感はその先考えてもとても大切だと思います。 しかし、そんな翌日、『好きなのかどうかわからなくなっちゃった』というまさかの一言を彼女から投げかけられたとしたらこれは一大事です。そんな二人の関係がその先どうなってしまうのか、他人事ではありますが、その結末をとても知りたくなってもしまいます。 さてここに、さまざまな年齢、さまざまな境遇の主人公たちの恋愛模様を描き出した作品があります。まさかの背景事情に驚かされるこの作品。短編でここまで読ませる物語が書けるのかと驚くこの作品。そしてそれは、『人を好きになること』にこだわる窪美澄さんが描く、”一筋縄ではいかない”恋の物語です。  『冬はあの人が亡くなった季節。心がきゅっと縮こまる』と、『夫を亡くして三年が経』ち、『三十八になった』と主人公の中野恵美は思います。『今もあの人が残したもので経済的には困ってはいない』という恵美は『千葉のはずれの小さな別荘』で『近所づきあいはない。子供はいない』というなか、『いつの間にか昨日が今日になっている』という日々を送っています。『あの人の気配がまだ濃厚なあのマンションにはいたくなくて』、『平屋建て、六畳、八畳、台所に風呂、トイレがあるだけの簡素な住まい』で『別荘暮らしを始めた』という恵美。そんな時、『玄関のベルが鳴』り、『午後二時過ぎ』、『携帯で時間を確かめ』、『玄関ドアを開けると』、そこには『私よりは若い。二十代後半くらいだろう』と思われる『一人の女性が立って』いました。『隣にしばらく住むことになった佐伯といいます』と話し始めた女性は、『あの、それで、来た早々、トイレが詰まってしまってですね…』と話し始めます。当初、ピンと来なかった恵美でしたが、『あ、あのもしかしてトイレ?』と訊くと『すみません!貸していただいてもいいでしょうか?』と言う女性は、『玄関を上がる』と、『廊下の突き当たり、風呂場の横です!』と言う恵美の言葉に従って『まるで野原を駆ける野兎のよう』にトイレへと駆け込みました。『素性のわからない人間を家に入れたこと』を『ネガティブ』に考えた恵美でしたが、『ほっとした顔をし』、『さっきより明らかに顔色もいい』女性を見て緊張を解きます。『ここの別荘古いでしょう。水まわりはいろいろトラブルが多いの。いつか私もお借りすることがあるかもしれないし。気にしないでぜんぜん』と声をかける恵美。『本当にごめんなさい。でも助かりました』と話す女性は、『すみません!これをお渡ししたかったんです』と『紙袋を差し出し』ます。そこに 『有名なバターサンドが入ってい』るのを見て、『あ、私、これ好き』と受け取る恵美は、名前を名乗ると『一人でここに暮らしています…何か困ったらここに』と言うと『メモ用紙に携帯の番号を書』きます。それに『えっ、いいんですか。こんな初対面のわけのわからない女に。じゃあ、私も』と言う女性は、メモを見ながら恵美の番号にかけます。『あれが私の番号です』と言う女性は、『本当にありがとうございました!』と言うと去っていきました。再び一人になり、『これ、あの人も好きだったな』と思いながら、『バターと砂糖と小麦粉でできた重量感のある菓子』の『ひとつをさくさくと瞬く間に食べてしま』った恵美。そんな時『携帯がいきなり震え』ます。『さっきは本当にありがとうございました!』と表示された文字を見る恵美は『近すぎる関係は苦手だ』と思うも、『それでも返事をしないのはバツが悪い』と思い直し『いえいえ、お互いさまですから』と打ちます。しかし、『これが正解なのかわからないし落ち着かない。だから、誰かが自分の生活に介入してくるのは嫌』とも思い『なかなか送信でき』ません。そんな恵美が偶然にも知り合った佐伯との関係性を深めていくそれからが描かれていきます…という最初の短編〈海鳴り遠くに〉。印象的な表現が頻出するなかに恵美の内面がしっとりと描かれていく好編でした。 2025年10月8日に刊行された窪美澄さんの最新作でもあるこの作品。”発売日に新作を一気読みして長文レビューを書こう!キャンペーン”を勝手に展開している私は、2025年7月に金原ひとみさん「マザーアウトロウ」、8月に藤岡陽子さん「春の星と一緒に」、そして9月には角田光代さん「神さまショッピング」というように、私に深い感動を与えてくださる作家さんの新作を発売日に一気読みするということを毎月一冊以上を目標に行ってきました。そんな中、女性や社会規範に生きづらさを感じる人々の孤独や苦悩をリアルに描き出し、繊細な心情描写で共感を呼ぶ作品を多々発表されている窪美澄さんの新作が発売されることを知り、これは読まねば!と発売日早々この作品を手にしました。 そんなこの作品は、内容紹介にこんな風にうたわれています。  “「好きだ」と言ってくれる男性と結婚するも、少しずつすれ違っていく心に気づかないふりをして生活を続けようとする「私」に、海辺の別荘で出会った隣人の画家を忘れられない「私」…。恋に落ち、人を愛することに決まったかたちなどない。目の前の気持ちに、ただ必死に追いつこうとする人々の姿を描いた6編の短編を収録。一筋縄ではいかない、珠玉の恋愛小説集” オール讀物の2023年2月号から2025年3・4月号にかけて掲載された六つの短編が収録されたこの作品では、内容紹介にある通り、まさしく”一筋縄ではいかない”恋愛が綴られていきます。私は今までに窪さんの作品を12冊読んできました。その印象からは代表作「ふがいない僕は空を見た」や「晴天の迷いクジラ」、そして大作「トリニティ」のような長編に圧倒的な魅力を感じさせる作家さんという印象があります。しかし一方で直木賞受賞作「夜に星を放つ」のように短編集にも印象的な作品が間違いなく存在します。まるで長編を読んだかのような読後が味わえるのが窪さんの短編の特徴だとも思いますが、この作品でもその印象は変わりません。そんなこの作品のなかでは、特に最初の短編に印象的な表現が頻出することに心を惹かれました。まずはこの点からご紹介しておきましょう。  『砂時計の砂がさらさらと落ちるように、日々を溶かして生きていた』。 最初の短編の主人公、中野恵美は夫を亡くし、他人と極力関わりを持たない中に一人別荘での暮らしを送っています。『熱すぎる炬燵に足を突っ込んで、天板の上に突っ伏して、波の音を一日中聞いている』という暮らしをこんな一文で表現しています。  『海からの鋭い風が耳元で金属的な音をたてる』。 この短編は〈海鳴り遠くに〉というタイトルが象徴するように海辺の別荘が一つの舞台になります。『金属的な音』という表現によって、風の音がやけにリアルに聞こえてきます。  『鳥が、私がいつまでも名前を知ろうとしない鳥が一羽、空を回旋している』。 『雨に濡れた海岸を砂に足をとられながら歩』く恵美が見上げる空をこの表現で表します。『朝の光のなかで、私は幸せだった。ここに暮らして、こんなに満たされる日が来るとは思わなかった』という心情の恵美が見る光景です。なんとも印象的な場面です。他の短編でも印象的な表現が登場しますが、海を身近に感じさせるこの短編には特にその印象が強いと感じました。 では、次にこの作品に収録された六つの短編から三編をご紹介しましょう。  ・〈風は西から〉: 『両親が離婚したことは、やっぱり自分にとって突然降りかかった災いみたいなものだった』と『生活が大きく変わってしまったこと』を嘆くのは主人公の桐原睦。しかし、母親との『二人きりの生活に慣れ』、『絶対に受からないよ、と言われていた都立高校』に進学できた睦は『災いの次に幸福がやって来た』と高校生活に馴染んでいきます。そして、『高校二年になったときに彼女ができた』という睦。『僕が先に好きになったわけじゃない。彼女、岡倉さんのほうから「好きです」と告白』され、『幸福が加速している!』と感じます。『有頂天になったまま、何をどうしていいのかまったくわからなかった』というなかに『おつきあい、みたいなことが始ま』り、『デート、みたいなことも』した睦。『僕は大きな失敗をしなかった』、『失礼なことを言った記憶も、した記憶もない』と振り返る睦でしたが、『翌日の月曜日、誰もいない学校の渡り廊下に呼び出され』ます。『ごめんね…私、桐原君が好きなのかどうかわからなくなっちゃった』と岡倉に言われた睦は…。  ・〈パスピエ〉: 『新しいバイトの子が入ってきたんですよー』と、『よく行く居酒屋さんで、顔見知りの店員さん』に『小さな秘密を打ち明けるように』言われたのは主人公の板倉。『足がとっても綺麗なんですよー』と言われた板倉ですが、『女性の足にはあんまり興味は』ありません。そして、『店のなかに目をやる』と、『見慣れぬ女の子が不慣れな感じでテーブルの皿を片付けて』おり、名札には中野という名前がありました。場面は変わり、『とある日曜日。駅前で中野さんを見かけた』板倉は、『中野さんの後ろを適度な距離をとって歩』きます。『中野さんの足に、ちらり、ちらり、と視線を投げかけながら歩く』板倉は、『足は確かに綺麗』だと思うも『足フェチじゃないから、刺さった!というわけでは』ありません。しかし、『後ろ姿にときめいたことは事実』だという板倉。そんな板倉は『会社の先輩との恋が終わったばかり』で『恋に疲れてい』ました。そして、それからも居酒屋に通い続け、中野のことを見る板倉は、別の日、再び街中で中野と再会します…。  ・〈雪が踊っている〉: 『紡君のお母様でいらっしゃいますか?』と息子の『紡が通う補習塾から電話』を受けたのは主人公の藤井弥生。『実は紡君、お友だちと少しトラブルがありまして…』と説明を受けた弥生は『はい、はい、わかりました、とそこには誰もいないのに頭を下げ、電話を切』ります。『トラブルっていったいなんだろう?という気持ちと、またか…という気持ちがせめぎ合う』なか、塾に向かった弥生。『悟が僕のことを馬鹿って言ったんだよ!だから僕』と主張する紡とは別室に入った弥生は教師からことの次第を聞きます。『運悪く、紡君の拳がその相手の子の目のすぐ近くに当たってしまって』、『一言でいいので、お詫びの電話だけでも』と言われた弥生は、塾を後にし、自宅に着くと聞いた番号に電話をかけますが『何度電話をしても出』ません。そして、『午後九時に近い頃』相手方の父親から電話がかかってきました。『申し訳ありません』、『いえいえ』、『悟が悪いんです』というやりとりの先、『あの、もしかして、弥生…さんじゃないですか?』と突然訊く男性は…。 三つの短編をご紹介しました。内容紹介に”珠玉の恋愛小説集”と記されている通り、すべての短編にはさまざまな恋愛のかたちが描かれています。それは、それぞれの短編における主人公たちの年齢、境遇の違いからもよくわかります。冒頭の短編〈海鳴り遠くに〉の主人公・恵美の物語には一見、恋愛は描かれていないように感じます。しかし、そこにはトイレを借りに来た隣人の女性、佐伯の存在があり、その先には”海辺の別荘で出会った隣人の画家を忘れられない「私」”と内容紹介に記される通りのまさかの関係性が描かれています。〈風は西から〉の主人公は高校生男子の睦です。生まれて初めて付き合い始めた岡倉に『私、桐原君が好きなのかどうかわからなくなっちゃった』と衝撃的な一言を投げかけられた先の物語が描かれます。〈パスピエ〉では、居酒屋でバイトとして働く中野を意識するようになったこれまた男性の主人公・板倉視点の物語が描かれます。そして、〈雪が踊っている〉の主人公は、子供同士がけんかをした先に、謝罪の電話を入れたはずが、相手の父親から『あの、もしかして、弥生…さんじゃないですか?』とまさかの問いかけを投げられ動揺する主人公・弥生のそれからが描かれています。まったく異なるシチュエーションのなかに、それぞれに育まれ、育まれてきた恋愛のかたちがそこにあります。窪さんは女性主人公だけでなく、男性主人公を描くのも抜群に上手い方であり、この作品でも主人公の性別関係なく読ませる物語が一貫しているように感じました。  『小さな出会いと別れは、もう災いなのか幸福なのか見分けがつかない。それでも、そうやって、人は小さな傷をたくさん負いながら生きていくんだろう』。 そんな思いのなかに、人はそれでも恋愛の感情を抱いて生きていきます。人が生きること、それは人を愛することでもあり、それなくしては人の人生は味気のないものになってもしまいます。この作品に収録された六つの短編の主人公たちは、過去に、現在に人を慈しむ思いを抱く喜びを感じながら生きています。そんな彼らの心の機微を余すところなく描き出したこの作品には、窪さんのとことん読ませる圧倒的な筆致に裏書された奥行き感のある恋愛物語が描かれていました。  『その頃の僕は、恋に疲れていた。恋はもういいや、と思っていたし、あんなに大変なこと、もう一度できるか?と誰かに聞かれれば、できません!と大声で答えていただろう』 そんな思いの先に、それでも新たな恋の思いに苛まれていく主人公の短編など六つの恋模様が描かれたこの作品。そこには、さまざまな年齢、境遇の主人公が過去に、現在に恋愛の感情に囚われていく姿が描かれていました。印象深い表現の頻出にうっとりするこの作品。短編とは思えない圧倒的な読み味に窪さんの上手さを感じるこの作品。 『人を好きになること』という言葉の重みを深く感じさせてくれる素晴らしい作品でした。

    287
    投稿日: 2025.10.11
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    【たとえままならずとも。あたたかな恋の旋律】今、僕は中野さんの足と暮らしている――。人を想う気持ちを前に正しさなんて気にしちゃいられない。一筋縄ではいかない恋愛小説集。

    0
    投稿日: 2025.09.12