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白鷺立つ
白鷺立つ
住田祐/文藝春秋
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総合評価

53件)
4.3
18
24
4
1
0
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    昔は出自が難しい人も多かったと想像できます。修行でアイデンティティを保とうとするのも分かる気がするします。もう一捻り欲しいかも。蔵書不成。

    0
    投稿日: 2026.01.26
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    直木賞候補作です。 住田さんは初なので受賞は無いと思いましたが、 この作はとても良かったです。 比叡の千日回峰の辛さが良くわかります。 複雑な境遇におかれた二人の生涯と心の動きが描かれ最後まで一気に読まされます。

    0
    投稿日: 2026.01.23
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    デビュー作らしい気合の入った物語。 主人公目線で読み進めていくと、敵役のなんと憎たらしいこと。 この物語は、クライマックスシーンでの「だまらっしゃい!」というセリフに帰着するための物語だと思った。

    1
    投稿日: 2026.01.21
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    一体全体あとこれだけのページでどう落としていくんだ!と、ハラハラしながは怒涛の後半をめくり続けた 背景の登場人物から浮き上がらせる2人の心の格闘具合。諸々映像で浮かび上がる情景。いやはや直木賞だろー!!!仏門の奥深さと浅はかさと本人たちの思い入れの錯綜感が半端ない。

    1
    投稿日: 2026.01.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    千日回峰行を成功寸前のところで失敗した恃照(じしょう)、彼は大行満大阿闍梨では無く、半行満大阿闍梨と呼ばれた。それは生き恥であった。 そんな彼の元に弟子が現れる。戒閻(かいえん)、憎たらしい彼もまた千日回峰行を希望する。そう2人は実は帝の子供、世にバレてはいけぬ存在が禁じられた者だった。 戒閻は200年も誰も成功していない千日回峰行のルートを選ぶ、しかも寒い冬に。 そして、最後を締める九日間の堂入りを行うが、何と彼は一日延長して十日目の堂入りを希望する。ただ、最後の最後に力尽きる。 忌み嫌いあった2人であったが、恃照は戒閻の亡骸を抱え、最後までやり通す。 そして、恃照は2回目の千日回峰行を行い、とうとう大阿闍梨になるのだった。

    0
    投稿日: 2026.01.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    おもしろかったけど、お坊さんってこんなに短気なんだって違和感が強かったです。 反行満って酷いですね。半人前みたいでジショウさんは辛かったでしょうね。

    0
    投稿日: 2026.01.19
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    さくっと読める訳では無いけど難しい言葉なのにしっかり内容が入ってきて感動する。読み返したくなる。そして千日回峰行を詳しく検索してしまう。

    2
    投稿日: 2026.01.19
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    死出紐を腰に付け山野を駆け巡り、失敗したら死ぬしかないという千日回峰行に以前から興味があった。 いつだったか、新聞の書評でこの本を知り、手に取った。 険しい行者道に丸太や大きな岩が転がっているように所々に特徴的な読み方をする用語が転がっていて、それを跨いでくぐって読み進めねばならないが、しかしストーリーはまさに行者が山野を駆け抜けるが如く、緊張感とスピード感のある筆致で、ぐいぐいと引き込まれてほぼ一気に読み切った。 千日回峰行という密教の秘儀をわかりやすく説明しながら、ストーリーを展開するのは難行だったのではないかと推測するが、膨大な取材に裏打ちされていることを感じさせつつも説明っぽさや理屈っぽさは感じさせず、師弟のぶつかり合う愛憎劇を丁寧に描いている点は筆者の筆の力だと感じさせる。 ところで、『華厳経』には十善戒という戒があり、不悪口(悪口を言わない)、不慳貪(欲深いことをしない)、不瞋恚(怒らない)、不邪見(よこしまな考えをしない)などが定められている。いがみ合い、憎しみを抱き、怒りを露わにする主人公たちは破戒的であるが、それが一層、彼らの人間臭い実像を描き出している。 本作品は筆者のデビュー作という。 おそろしい作家が出てきたものだ。 次はどんな作品に出会えるだろうか。

    1
    投稿日: 2026.01.18
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    松本清張賞 直木賞候補作 直木賞候補作ということで読む。 比叡山延暦寺に今でも残る北嶺千日回峰行という過酷な仏道修行。 これを満ずれば、大阿闍梨という高僧の称号が与えられる。 もし直木賞候補にならなかったなら、仏教の難しい言葉にひるんで読むことはなかっただろうが、意外に読みやすい。 北嶺千日回峰行についても、わかりやすく書かれている。 主人公とその弟子のいがみあいや葛藤、比叡山の高僧たちのいやらしさがこれでもかと著されていて、文章もうまく、なるほど直木賞の候補となったのもわかる気がした。残念ながら選ばれることはなかったが。 これがデビュー作というのも驚いたが、このまま書き続けられる人か見届けたいという選考委員の思いもあったのかな?

    30
    投稿日: 2026.01.14
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    千日回峰行という、現代の仏門に入っていない人間にとっては厳しさも動機づけも想像つかないような行事に対して、気持ちを没入させてくれる作品だと感じた。やっていることは現実離れしてるけど、登場人物の心情については人間臭くて、読者側が思いを馳せたくなる作品だった。

    1
    投稿日: 2026.01.14
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    第174回直木賞候補作の中で、最後に読んだのが『白鷺立つ』でした。 そして読み終えた今、はっきりと言えます。 最後に読んで、本当によかった。 しかも、著者の住田祐さん、会社員でデビュー作とは!! 小説の完成度もかなり高いのですが、プロフィールにも驚きを隠せません!! ちなみに、「白鷺」とは文中にこのように説明がありました。 ”白鷺とは、叡山における回峰行者を指して用いられる比喩である。” 物語の舞台は江戸中期。 比叡山・北嶺千日回峰行を軸に、二人の僧侶――恃照と戒閻の、静かで激しい憎悪劇が描かれます。 比叡山の修行が苛烈であることは、以前から耳にしていました。 けれど、この小説で描かれる北嶺千日回峰行は、想像をはるかに超えるものでした。 本作がとても親切だと感じたのは、北嶺千日回峰行が何であるかを、物語の中で丁寧に説明してくれる点です。 知識として知るのではなく、読み進めるうちに「体感」してしまう。 ページをめくるごとに、精神がすり減っていくのがわかるのです。 その極限状態の中で、 恃照と戒閻は最後にどのような決着をつけるのか。 精神と好奇心、その両方が限界まで追い込まれていきます。 とくに印象的なのが、戒閻の存在感です。 彼は台風の目のように、周囲の人間の感情をかき乱していく。 共感できる部分もあれば、恐ろしくなるほどの度胸と覚悟も感じる。 恃照は戒閻の師という立場ですが、戒閻の成長とともに、その存在感は次第に恃照を追い越していくように見えてきます。 さらにこの物語には、簡単には語れない「やんごとなき事情」が幾重にも張り巡らされています。 ・一部の僧侶しか知らない、恃照と戒閻の秘密 ・恃照が生き延びている理由 ・戒閻は千日回峰行を成し遂げることができるのか ・二人の煩悩は、どこへ向かうのか ・千日回峰行の先にあるものとは何か どれもが物語の緊張感を途切れさせることなく、最後まで読者を引きつけて離しません。 かなり重量感のある物語で、読み終えた後も余韻が長く残ります。 恃照と戒閻の対立を読みながら、「何かに似ている」と感じていたのですが、ふと思い出しました。 ドラマ『振り返れば奴がいる』の、石黒賢と織田裕二の関係性です。 目指しているものは同じ。 ――千日回峰行を成し遂げること、人の命を救うこと。 それなのに、なぜか反目し合ってしまう。 憎めば憎むほど、相手の存在が気になってしまう関係。 そして迎えるラスト。 二人の関係性が変わる場面は、涙なしには読めませんでした。 これまで「自分のため」の千日回峰行と信念を貫いてきた戒閻が、 初めて他人に心を向ける瞬間。 一方で恃照は、ずっと目を背けてきた自分の感情と向き合い、新たな決意をします。 北嶺千日回峰行は、修行者自身だけのものではない。 他人の心をも、確かに動かすものなのだと感じました。 読み終えたあと、北嶺千日回峰行が気になって仕方なくなり、YouTubeを見漁りました。 中でも印象的だったのが、北嶺千日回峰行を二度成し遂げた酒井雄哉大阿闍梨の映像です。 おそらく昔テレビで放送されていたものだと思いますが、感極まる内容でした。 私は千日回峰行を行うことはできません。 成し遂げた後の境地も、当然わかりません。 それでも、堂入り(九日間の断食・断水・不眠・不臥)を果たした後に語られる、酒井雄哉大阿闍梨の一言一言が、心に深く沁みてくるのです。 その言葉を聞きながら、ふと小説の「結」で、恃照が語っていた内容が重なりました。 個人的な感想ですが、『白鷺立つ』を読み、酒井雄哉大阿闍梨の映像を見る、 この順番で触れると、感動はより深まると思います。 思うところが多すぎて、正直まだ整理しきれていません。 それでも、この一冊が強烈な余韻を残したことだけは、はっきりしています。

    42
    投稿日: 2026.01.13
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    自らのアイデンティティのために命を懸けて苦行に挑む2人の仏僧を描いた作品で、重厚な歴史人間ドラマとして堪能させてもらった。 聖職者であるにもかかわらず、千日回峰行を満行して名声を得たいという、煩悩以外の何物でもない欲望を隠そうともしないキャラクター設定が面白い。 デビュー作で熱量たっぷりにこれだけのものを描ききったのは凄いことだと思う。 しかし読後は意外なほど印象に残らず、なぜかと考えたが、2人が憎しみ合う理由が出自と私怨というプライベート寄りの内容で、感情移入しにくかったところがあったためかもしれない。 それは自分が時代小説を読み慣れていないからかもしれず、時代小説好きの読者であれば印象は変わってくるのではないかと思う。

    0
    投稿日: 2026.01.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    凄まじく面白かったなぁ…… ジショウとカイエンの関係がぐっとくる。 最後は涙涙で。好きも毛嫌いもその人にベクトルが向いてる証拠なんだ。 難しい、家族みたいな気持ちなのかな

    0
    投稿日: 2026.01.10
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    箱根駅伝を見たばかりだったので、 恃照を山の名探偵、 戒閻は黒田朝日 を脳内キャスティングしてよみました

    0
    投稿日: 2026.01.10
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    死ぬ危険のある荒行、千日回峰行に挑もうとする「いてはならぬ存在」の僧侶二人の、猛烈に憎み合いつつも、同じようなままならぬ気持ちを抱えて修行する物語。歴史小説は普段あまり読まないのだけれど、苛烈な修行なのに静謐にえがかれたさまや、仏教でもどろどろした描写があるところ、そしてラストシーンには心揺さぶられる。個人的には、恃照は戒閻が弟子でよかった、と思いました。ほうじ茶の啜る音がきこえる気のする小説でした。

    0
    投稿日: 2026.01.10
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    初めての、住田祐さん。 直木賞候補作で知りつつも、『千日回峰行』という比叡山で行われている数少ない人が達成した修行に興味をもちYouTubeで拝聴し、その後に読みました。 『千日回峰行』は満行しなければ自害が待っている命がけの修行。断食、断水、不眠、不臥を貫き通す…この時点で死にかけるわ…。 恃照(じしょう)は『千日回峰行』を成し遂げなかったことに対しての葛藤から、戒閻(かいえん)が『千日回峰行』を成し遂げようとする焦りや嫉妬が生まれる。 こういう時は目的がすり替わっていると感じ取れた。 そもそも「人のために生きる覚悟」や「自己」と向き合いながら行う修行なわけで、それが恃照の焦りや嫉妬が「大阿闍梨になること」が目標になっていってしまう。 恃照はそこに気づかなかったのは師匠としてはどうなんだろう?なんて思ってしまったし、そんな師匠のもとにはいたくもない。が、きっとどこかで気づいて欲しいと願っている自分もいた。 人間の思考はバランスが偏れば、苦しみ・憎悪へと180度変わる。感情の起伏さは自分の脆さであり、そういった自分と向き合い自己を確立する修行だと実感。自分はやりたくないですが(笑) 初めての作家さん、しかもデビュー作(?) その世界へと誘う構成力、世界観に惹き込まれました。ただ…仏の世界は改めて思ったけども難しい…。 ★は4.5。

    10
    投稿日: 2026.01.09
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    涙の奥でふるふる、ユラユラ… 背中がそわそわ、ぴしゃりとしながら半日で読み終えた あるはずの余韻がなくて寂しかったり ないはずの余白があって心地悪かったり これはまた読みたい。

    0
    投稿日: 2026.01.07
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    比叡山、大阿闍梨、千日回峰業。僧侶が厳しく長い年月をかけて仏になり他を救う。何のために。己が生きた証に大阿闍梨になろうとするのか。 難しい言葉(仏教用語)が多いが、なんとか理解。

    11
    投稿日: 2026.01.05
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    わしはやり遂げた! 千日回峰行をやり遂げた! 皆の衆、これからわしのことを1Q大阿闍梨と呼ぶがよい! 千日回峰行とは、平安時代に相應和尚が神仏に捧げた祈りを起源とし、以来比叡山延暦寺にて千年の歴史を刻む仏道修行である これを満ずれば大阿闍梨という高僧の称号が与えられるのである その千日回峰行がどんだけすっごい修行かというのは書かない 千日回峰行を終えてすぐでちょっと疲れてるので書かない 気になるなら読んでみたら 直木賞候補作だし読んでみたら ちなみに、わしがやり遂げた千日回峰行は現代版です 昔の千日回峰行と比べものにならないほどきついものです それは、年末年始の休み6日間を家族と一緒に過ごすという修行 それがどのくらいきつく、辛く、悲しいかは日頃のレビューからお察しください、、、 まさにこの6日間を乗り越え1Qは大行満大阿闍梨となったのです。゚(゚´Д`゚)゚。 さ、明日から仕事初めです のびのび羽を伸ばせそうです ( ´ー`)フゥー...

    57
    投稿日: 2026.01.03
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    このレビューはネタバレを含みます。

    憲雄は恃照に戒閻という人生の張り合いを持たせたのだと思う。憎んでいる人間の一挙手一投足というものは、好きな人間のそれと同じくらい視界に入るものである。だが作中でも恃照が言うように、憎むべき存在の戒閻に、心のどこかでは羨望の眼差しを持ち、彼の行く末を見届けたいと言う思いがあったとも考えられる。戒閻がいなければ、恃照は早い段階で自死していたかもしれない。 戒閻は恃照を嫌い、また憎んでいたけれども、それは彼に己を重ねていたから。同じ血を流しながら、阿闍梨になれず、また死ぬこともできず、ただ残りの人生を消費しているだけの人間に、己の運命を重ねて見てしまった。故にこれまで途絶していた恵光坊流を復活させ、堂入りを1日延ばし、これまでの阿闍梨を超える存在になろうとした。 だが自身のため(自利行)だけではない。恃照がもう一度千日回峰に入行できるよう取り計らうため、誰も成し得なかった方法で阿闍梨となり、周囲の人間に否を唱えさせない存在と成る。そして自身が辿ったかもしれない運命を今まさに辿り、そして死に行かんとする恃照を救う(化他行)つもりだったのではないか。

    0
    投稿日: 2025.12.30
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    まさにのみ込まれていくようだった。 生き葬式とも呼ばれる、通称堂入り。 九日間、断食、断水、不眠、不臥を貫き、十万遍の不動真言をひたすらに唱え続ける。 失敗の許されぬ千日回峰行の峠。 そこに挑む僧たちの業火のような気迫に圧倒させられた。 当行満阿闍梨とならずに自害することと、 半行満阿闍梨などと呼ばれながら生きながらえること。 「この世にはおらぬはずの者」として生きねばならない恃照にとって、「生き恥の恃照」と呼ばれること以上に辛いことはなかっただろう。 決して出自を明らかにできぬ帝の子として 己の出自を忌む恃照と、血を貴ぶ弟子戒閻。 二人の憎しみ合う姿は、正反対のようでいて、囚われていることに変わりはない。 この世で最も憎き者 この世で最も許せぬ者 この世で最も認められぬ者 そのような弟子が、自身の悲願を成し遂げようとしている。 わかりあえる日はきっと来ないだろう。 同じ境遇として日の目を見なかった者としてではなく、遂げることのできなかった一人の行者としての無念を託すため、恃照は戒閻ただ一人のために祈る。 その姿は僧としてではなく、一人の人間として尊いものだった。 言葉では書き残すことのできない感動と気迫に包まれた圧巻の物語。

    6
    投稿日: 2025.12.30
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    すごい話を読んでしまったっていう感じ。 普段歴史小説を読まない自分からしたら 時代が遠い、思想が難解、漢字が読みにくいなどなど読者を振り落とす設定のはずなのにそれをほとんど感じさせなかった。 嫉妬・憎しみ・執着・承認欲求みたいなすごく刺さる人間の感情のぶつかり合い。極限の人間小説だった。

    1
    投稿日: 2025.12.28
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    ”白さぎ”つながりで『白鷺立つ』を読む。”白鷺”(はくろ)とは白さぎのことで、比叡山延暦寺に伝わる〈千日回峰行〉をする僧が森の中を歩く様子を白さぎにたとえた所からつけられたタイトル。 最近レビューを書くのが億劫で書いていないが、なかなかの力作でした。2025年の松本清張賞を受賞し、直木賞の候補作にもなっています。 (2025・11・23読了) 玉照院の師弟は〝やんごとなき秘密〟を抱えていた。 天明飢饉の傷痕いまだ癒えぬ比叡山延暦寺に、行不退——失敗すれば死といわれる〈千日回峰行〉を成し遂げようとする二人の仏僧がいた。歴史に名を残すための闘いは、やがて業火となり叡山を飲み込んでいく

    44
    投稿日: 2025.12.27
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    #住田祐「白鷺立つ」文藝春秋読了。北嶺千日回峰行の明王堂参籠、通称堂入りは行者の死を想定しているほど過酷な荒行である。成し遂げようとする二人の仏僧はいがみあう。関係などを踏まえ、その時代に命をかけた戦いが実に考えさせられる。著者のデビュー作と知り驚く。恐るべく新星。#直木賞候補作

    0
    投稿日: 2025.12.26
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    このレビューはネタバレを含みます。

    第174回直木賞候補作 普段時代小説は読まないのだが、直木賞候補作とのことで手に取った 比叡山の僧の修行の話(仏教に詳しくないので言葉が間違っているかも。)ということで見慣れない単語も多く読むのに苦労したが、それでもなお面白かった 帝の血筋を引くがその出自を公にはできないという境遇を持つふたりの行者。不退の行を完遂できなかったにも関わらず、その血筋ゆえ生きることを許された(許されてしまった、死ねなかった)師と、類まれな才覚を有しを誰もなさなかった最も過酷な方法でその行を成し遂げようとする弟子。お互い憎み合いながらも、同じ境遇の師に弟子に自身を重ねずにはいられない様子が何とも興味深かった たまたま最近読んだ宗教と通過儀礼に関する本の中に千日回峰行に関する記述があり、いかなる通過儀礼もそれをなすことでその前とは違う自分になることを自覚し、周囲もそれと認めるようになる効果があり、それ故、入信や成人などの折になされるという 行不退の回峰行を完遂できず、半行満なる唾棄すべき尊称を冠された師、恃照は、前に進むこともできず、行の前に戻ることもできず、さぞ苦しかったのだろう 弟子、戒閻は過酷な行の末、満行することなく命を落とすが、戒閻の生前のはからいで恃照は人生二度目の千日回峰行に挑み、見事満行する 戒閻がなぜ恃照のための行動をしたか、すぐにはわからなかったのだが、思うに、似たような境遇の師に自分を重ね、その師が半行満などと蔑まれていることが許せなかったのだろう そう考えると、戒閻が千日回峰行を全て恃照のためにやると言ったのが何ともいじらしくやるせない 教訓を引き出すとかえって安っぽいかもしれないが、たとえ打ちのめされても再び前に進んでいけないということはないのかな、と感じた

    0
    投稿日: 2025.12.25
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    他人を思いやる行動は美しい、それを強く感じた小説だった。終盤、千日回峰行がはじまってからの物語に惹きつける力は抜群で、食い入る様に読んだ。 大阿闍梨も千日回峰行も恥ずかしながら初めて知った。私は無神論者だが、このような過酷なことに挑んだ僧たちには敬意を払いたい。

    0
    投稿日: 2025.12.25
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    今回の直木賞候補作。 これがデビュー作とは、思えない。 とてもリズムのよい文章だった。 運命的に出会った二人の僧は、互いの内側に自分の業を見極める。師弟でありながら対立し続ける二人。 大阿闍梨になるため修行、その描き方もドラマを見ているかのように伝わってきた。次回作がホントに愉しみ。

    17
    投稿日: 2025.12.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    第174回直木賞の候補作。 住田さんのデビュー作ということで、とてもエネルギーに満ちあふれていた。 大行満大阿闍梨になるための壮絶な修行、北峰千日回峰行。 このような凄まじい修行があることを知って、驚いた。 同じ出自でありながらも反発しあう師弟。 正に“同族嫌悪”という言葉がピッタリ。

    1
    投稿日: 2025.12.23
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    (借.新宿区立図書館) 天皇の御落胤が二人続けて比叡山の同坊に入らされ、ライバルとなって自らの生きた証を千日回峰行に求める、という設定が少々わかりにくい。そこを無理やりにでも納得すれば一気に読み進められるなかなかの作品。

    1
    投稿日: 2025.12.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    正直、比叡山の修行の体系を全然理解しておらず、わかってたらもっと感動したかもしれないけど、この勤行にかける熱量と、やんごとない立場に置かれた2人の僧侶の間の確執とか想念の凄さでただごとでない緊張感で全編が満たされ、小説の分量として決して多くないけど、内容の緻密な重みとその感情に強く打たれた。しかし、第1作でこんな作品が書けるとは驚いた。松本清張?直木賞?なんか賞のイメージとしてはピンとこないけど、濃密・緊密な人間関係を描いた力強い作品。直木賞レースでないと決して読まなかったであろう作品。読んでよかった。

    2
    投稿日: 2025.12.22
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     これはちょっととんでもない作品を読んだかもしれない、と読後、感嘆の息が漏れてしまいました。  物語は十八世紀末頃からはじまります。平安朝前期に明王堂を開基した相應和尚以降、千年の歴史を持つ天台宗の荒行、北嶺千日回峰行にひとりの僧が挑むものの、行の途中で倒れてしまう。僧の名は恃照。大行満大阿闍梨にその名を刻むための行において、最後までやり遂げられなかった者は、自らの命を絶つ、という決まりがあったが、恃照には周囲には言えないある出自の秘密があり、特例として『汚名』とも呼べるような『名誉』を授かるとともに、死ぬことが許されなくなってしまう。やがてそんな彼は、ひとりの弟子を持つことに――。  荒行に挑んだ師弟の壮絶なドラマです。傑作です。私のこんな駄文を読んでいる暇があったら、すぐに本屋さんに買いに行ってください。誰にも言えない出自の秘密を抱えた師弟は互いに憎しみ、毛嫌いしながらも、その果てに、『絆』という言葉が安易に思えるほど、強く共鳴し合っていく。ラスト30ページくらいは涙なくしては読めないほどに感動的で、一読忘れがたい余韻があります。結末に直接触れるわけにはいかないので、すこし曖昧な言い方になりますが、足跡のなかった場所に初めて足跡を付けていく結末は、物語の決着としてこれ以上、美しいものはなかなかないんじゃないか、と思えるほど、鮮やかでした。

    2
    投稿日: 2025.12.21
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    このレビューはネタバレを含みます。

    私には難しすぎた。あと、全体的に指示語が多い。 持照という僧が苦行して失敗した。本来はその時点で自害すべきだが、先先代の天皇の隠し子だから死んだらまずいから、半分成功みたいな称号を与えられた。師匠の憲雄と弟子の持照。持照の付き人は二人とも自害。悲しみで引き篭もる。 もう1人先代の隠し子の太之助を面倒を見ることに。そして彼も苦行(千日回峰行)を望んでいる。ので、頑張って止めるつもり。の中。憲雄が死ぬ。太之助は戒閻となり、持照の弟子になるが生意気。 千日の1歩目の百日を修行。持照は死ぬべきなのに死なずに半分の称号を与えたのはなぜかと聖諦に問う。 戒閻は苦行をしたく、師匠の持照に会議で推薦してもらおうとするが、帝の子を苦行に出して殺したらまずいから却下。して別の弟子を推薦したら半分成功称号だと推薦不可だった。戒閻に勝ったと思ったら、憲雄の推薦書が出てきて、推薦されて千日苦行に入る。 帝の隠し子として何も残せない自分たちが名を残す。 最後、9日の四無行を10日に延期し、戒閻は死ぬ。持照は再度千日回峰行を行うことを決意する。

    0
    投稿日: 2025.12.19
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    白鷺とは命懸けの「千日回峰行」に挑む修行僧を指す比喩表現だそうです 白装束で、白い鳥のように清らかで力強くあるからだそう 「はくろ」と読ませていますが、もちろん「しらさぎ」とも読む んでこの「千日回峰行」ってのがほんと命がけなのよ 7年間かけて延べ千日間山中を1日約30〜40km歩いた上に最後は「堂入り」って言って9日間、断食・断水・不眠・不臥(横になること)で不動真言を唱え続ける、人間を超えた難行をやるんだって ってどこか白鷺やねん!( ゚д゚ )クワッ!! あんなもん朝からギャーギャーうるさいだけやないか!( ゚д゚ )クワッ!! めっちゃ糞まきちらすし わが町の市役所にもけっこう苦情が寄せられてるみたいなんよザギ被害 でも白鷺って法律で保護されてるんで、勝手に捕まえたり、ましてや殺したりしたらあかんのやで 1年以下の懲役または100万円以下の罰金ですって 気を付けよう!

    76
    投稿日: 2025.12.18
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    師匠の恃照と、弟子の戒閻は比叡山の僧。互いに奇特な縁を持つ二人は、何者かになりたいという強い気持ちをともにしているが、反発し、憎み合いながら、同じ堂で行を続けている。舞台は江戸時代中期。 穏やかな世界だと思っていた天台宗の総本山を舞台に、二人の想いと、ぶつかり合いの激しさが対比的。そして、大組織の上層部が抱える権威的、前例的、などの問題も。二人が抱える奇特な縁は、比叡山の中でも、上層部の一部しか知らされていない。それ故に、二人の想いは激しさを増すよう。 冒頭の場面、比叡山の明王堂で恃照が、明王堂参籠、通称堂入りを行っている。堂入りは、9日間、断食、不眠、不臥で不動明王の前で真言を唱え続ける過酷な行。その最後、三匝、狭い堂内を歩いて3周するという儀式の最中に、恃照は気を失って倒れた。 堂入りは、千日回峰行の700日を終えたところで行われるもの。この千日回峰行は、失敗したものは自害する覚悟で挑まなければならない。満行すれば大行満大阿闍梨の称号が与えられる。しかし、先例に倣わず、恃照は自害が許されず、「半満行」とされた。

    11
    投稿日: 2025.12.08
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    比叡山延暦寺を舞台に失敗すれば死といわれる千日回峰行に挑む二人の仏僧の軋轢やそれを取り巻く仏僧の世界を描いた作品。二人はどちらもこの世にいない存在とされる業を背負い、何者かになってその存在を記したいと渇望しこの苦行に挑んでいた。二人の軋轢は現代にもよく見られるものであり、時代が移り変わっても同じことで人は悩むんだなと思った。そして二人の渇望は抑制のきいた中でひしひしと伝わってきて、そりゃ受け入れがたいことだよなと少し同情した。

    2
    投稿日: 2025.11.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    叡山延暦寺の密教修行、北嶺大先達大行満大阿闍梨の話で、大阿闍梨と言えば千日回峰行という特に”堂入り”の9日間、断食と断水、不眠、不臥を達成させること、また不達すると自死せねばならぬという厳しい修行を達せねばならない。そんな修行に挑むのが普通の修行僧ならいざ知らず、帝の血を受け継ぎながらも世に知らしめることのできない曰くつきの僧で、自死させること即ち帝の子を見殺しにすることになり修行決行を認めるわけにいかない。それを押して修行を始めたもんだからさて大問題。こんな流れで話が始まりその修行結果は... 坊さんの修行話とか興味がないどころかそんなもの物語になるのかと疑ったがどっこいこれほど苦しくも目の離せない物語がほかにあるのかと思うほどにぐいぐい引き込まれてしまった。タイトルがまた素晴らしく、白(死)装束で修行で山を駆け巡る姿を白鷺に見立てており、何百年と昔から叡山で行われている密教修行僧を想う。 ただ、それにしても宗教というのは空しいに尽きる。

    2
    投稿日: 2025.11.25
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    このレビューはネタバレを含みます。

    幕を開けたら、知らない世界がいきなり現れて夢中になった。 ただ、主人公2人があまり性格に難ありで… でも、これ死ぬよ!と言う驚きの修行。 何のために?少なくとも人のためと言うよりは、やはり自分自身の何かを超えたいんだな。と解釈。

    1
    投稿日: 2025.11.21
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    評判が良かったので。 三体のあとに本作を読んだので、壮大な世界から、自分自身の内面と向き合うような狭くて深い世界に一気に変わって、それはそれですごく引き込まれた。 通勤電車で駆け足で読んでしまい、もう一度ゆっくり再読せねば。 結局他人にどう見られるかって、修行してる人でもめちゃめちゃ気にするのね。

    1
    投稿日: 2025.11.20
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    後桜町天皇の御落胤、恃照は百日回峰行にあと一間歩けば届くところを倒れてしまい失敗した。もともと百日回峰行に失敗したものは自刃せねばならない取決めだったが、しかし帝の血筋の者を殺すわけにはいかない。そのため当行満阿闍梨とはせず、半当行満阿闍梨として扱い、生かすことになった。その恃照のもとに、同じく帝の御落胤である戒閻が弟子入りし、百日回峰行をしたいと望む。

    1
    投稿日: 2025.11.11
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    出自を明らかにできず、生きたという証さえ残せぬ運命を背負った僧の師弟の物語です。 自分は何のために生を受けたのか、何を生きた証とできるのか――誰もが一度はぶつかる問いを描いています。 主人公は苦行に身を投じ、歴史に名を残すことで自分の存在を示そうとしますが、その願いは叶いません。 同じく高貴な血を受け継ぐ弟子と激しくぶつかり合い、互いを否定しながらも、最後には心を打つ結末を迎えます。 一人の人間として何を大切に生きるべきかを問いかけられたような、深く胸に残る作品でした。

    21
    投稿日: 2025.11.06
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    公に出来ない帝の子供という共通点を持つが故に反発し憎しみ合う恃照と戒閻の師弟関係がスリリングで面白かった。自分の意思とは関係なく、生まれ落ちた瞬間から自分として生きる(生きた)ことを奪われた彼らの哀しみや苦しみは、何者であるかを当たり前のように語れる読み手の前に抱えきれないほどの大きさで迫ってくる。恃照が過酷極まる千日回峰行へ引き寄せられる始まりが俗で人間的なところにあるからこそ最後の場面に信仰の微かなひかりを感じもする。

    2
    投稿日: 2025.10.31
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    仏門に入っても憎しみ、妬みの感情は沸き起こるがそれをおさえる事、動揺しない事が仏に仕える人なのだと思う一方で怒りに任せて殴ったりする座主もいる。 知らない世界の仏の修行に最初はよく理解できなかったが章ごとにふりがながあり、説明もあるので読み切ることができ辛い修行やこの世に存在しない人として生きる辛さもどっと感情が流れ込むような文章だった。

    3
    投稿日: 2025.10.23
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    このレビューはネタバレを含みます。

    普段なかなか読むことがないジャンルだったので、恐る恐る読み始めましたが、あっという間に物語の圧倒的な雰囲気に飲み込まれていきました。 恃照と戒閻は師弟である。戒閻は強い反骨心を抱いており、決して仲の良い師弟ではない。 にも関わらず、同じことを目標としそれを為そうとする。戒閻亡き後の恃照の変化に、心を打たれました。しかし戒閻も皮肉やというか天邪鬼というか…。草葉の陰からほら見ろ!とでも言ってそうだなと思ってしまいました。 また成し遂げたことは戒閻の方が凄いのかもしれないが、思いやりがあり、人を素直に認めることができる良照も素晴らしく出来た人物だなと思いました。個人的にはすごく好きな登場人物でした。

    1
    投稿日: 2025.10.23
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    比叡山延暦寺で千日回峰行をめぐる二人の僧の物語。今年、実際に延暦寺に行ったばかりだったので、現地の描写は実感を持って感じることができた。正直、二人には千日回峰行に挑むレベルの僧にしては人間味がありすぎる気がして、今いち話に入り込めなかったが、回峰行はじめ修行の事細かな描写は興味深く読めた。

    18
    投稿日: 2025.10.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    今年読んだ小説のベスト1(現段階) 群を抜いた面白さ。 エンターテイメント性ばかりでない。 重さもあるし、格調も高い。 なにより文体が素晴らしく、知らない言葉や読めない漢字が出て来ても、まったく嫌にならない。 辞書を引きつつ読み、のめり込む。 直木賞と芥川賞を同時に受賞してもおかしくない作品。 末恐ろしい新人作家が登場した。 (もちろん、評価は五つ★でもOK) 白鷺立つ 著者:住田祐(さち) 発行:2025年9月10日 文藝春秋 *第32回松本清張賞受賞作を単行本化(デビュー作) (2025.10.17読了) 白鷺(はくろ)とは、叡山における回峰行者を指して用いられる比喩。白き麻の浄衣をその身に纏い、山道を跳ぶように歩く姿から来ているという。 千日回峰行は、天台宗の北嶺千日回峰行(滋賀県と京都府)が有名だが、修験道の大峰山(奈良県)での千日回峰行もあり、過酷さからいうと後者だとも言われている。北嶺千日回峰行は、すでに故人ではあるが2回満行している酒井雄哉が知られている。80年前後にNHKのドキュメンタリーに出ていたが、最後の堂入りで生死の境をさまようような状態になると、自分の体からは死人の臭いがしてくる、と答えていたのが一番印象に残っている。 この小説でも、書き出しのところにそれがあった。死臭がただよい始めた堂入りの場面。主人公は恃照(じしょう)。過酷な回峰行を経て、最後に9日間、ある堂に入って断食、断水、不眠、不臥で経や真言を唱え続ける。無事に終えると「当行満阿闍梨」と称される。そして、残された行をこなして「大行満大阿闍梨」となる。一方、失敗すれば、自ら死を選ばなければならない。恃照はそれを乗り越え、最後に堂内を3周する「三匝(さんそう)」に入った。しかし、ラスト1周で気を失って失敗してしまう。本来なら、自害しなければいけない状態に追い込まれたが、天台座主を筆頭に幹部が出した結論は「半行満阿闍梨」だった。半行満ではあるが「阿闍梨(あじゃり)」の称号が与えられた。 それは、本人にとっては生き恥をさらすことに他ならなかった。修業する他の僧侶達には明かされなかったが、噂には聞くものが多く、陰口も叩かれる。 一体、なぜか?それは、彼が先々帝(後桜町天皇)の落胤だったため。死なせるわけにはいかなかった。後桜町天皇は実在した最後の女帝だが、生涯独身となっているのに実は子がいた。明かせないので比叡山に入れられたのだった。この秘密を知るものはごく僅か。 ところが、こんな「やんごとなき秘密」を持つ人間がもう一人いた。それが、恃照の弟子となる戒閻(かいえん)で、こちらは先帝(後桃園天皇)の落胤。知性、体力ともずば抜けているが、人間性に欠ける。思い上がり、生意気で、千日回峰行をすると最初から決めていた。そして、そこへ向かう百日回峰行をさせてくれないことに対し、不満を爆発させる。 落胤二人は師匠と弟子でありながら、憎しみあう仲でともなる。血縁もあるため、そこがよけにドロドロする。しかも、弟子の戒閻が大満行して大行満大阿闍梨となれば、位は逆転してしまう。 2人の落胤に関して、小説上では最初から「やんごとなき秘密」が明かされ、ミステリーでいうと倒叙物の要素にはなっているが、読み進むとそればかりでなく、「おお、そうくるか」と思わせるような謎も明かされていく。絶対的な力を持つ天台座主も、実は落胤だということが、ほんの一言だけ出てきたりする。 著者プロフィールには、1983年、兵庫県生まれ、会社員。とだけ書かれている。今年、本作で松本清張賞を受賞し、書籍化(本書)されてデビューとなった。 とてつもない新人作家。今年読んだ小説のなかでベスト1。 難しい用語や読めない漢字も頻出するが、辞書を引きながらものめりこむ。 博覧強記をひけらかす面もまるでない。 とても読みやすい。 それは、文体である。すぐれた文体というのは、特徴のない普通の文体のように思えるものを言うのであろう。巧まざる技の妙技とでも言おうか。 *************** 恃照の三匝には、小僧が2人ついていた。恃照は断るが、見ていた師匠がつけさせる。後に明かされるが、普通はつけない。なぜ小僧がついたのか?戒閻はそこを追及する。恃照に自分と同じ「やんごとなき秘密」があるからだろう、と最初から疑って追及したのであった。 小僧2人は失敗の責任をとり、互いの喉をついて自害。それを知った恃照はさらにショックを受ける。 先帝の後桃園天皇は22歳で崩御しているが、男児は残さなかったとされる。ところが、実際は戒閻がいた。どういうことか。今上帝光格天皇は、初めて閑院宮(かんいんのみや)から出た帝。閑院宮一派が、他の宮家の血を拝すために画策したのではないかと座主たちは想像する。 叡山の僧は、出家得度してからしばらく経つと、ひと月かけて前行、さらにひと月かけて四度加行(しどけぎょう)を経、入壇灌頂(にゅうだんかんじょう)、開壇伝法、広学竪義(りゅうぎ)などを受けて三年籠山に至る。三年間叡山から一歩も出ず、決められた修業を目指す。2年目は百日回峰行である。 百日回峰行を終える際に行われるのが、葛川夏安居(げあんご)という厳しい儀式。断食不眠で通し、その日ごとの修業や行事がすんで深夜になると、ひたすら木片を削り、宝塔や法剣などをこしらえる。 北嶺千日回峰行には、もともと三つの回峰道がある。無道寺谷回峰とも言われる玉泉坊流、西塔回峰とも言われる石泉坊流、そして飯室谷回峰とも言われる恵光坊流。恵光坊流は絶えて久しく、記録では天正18(1590)年が最後。戒閻はこれに挑む。 恃照にとって戒閻は ・この世で最も憎き者 ・この世で最も許せぬ者 ・この世で最も認められぬ者 戒閻は眞超と謀り、堂入りを1日延ばす密約を結んでいた。前代未聞。 そのまま死んでいく。 恃照は2度目の挑戦となった千日回峰行を満行し、大行満大阿闍梨となった。2度目に挑む者はこれまでに何名かいたが、1度目を失敗して2度目に挑んだ者は史上初めて。齢54歳での満行も記録上最年長。 ******* 相應和尚(そうおうかしょう):建立大師、北嶺千日回峰行の祖 恃照(じしょう):玉照院、先々帝(後桜町天皇)の落胤 戒閻(かいえん):先帝(後桃園天皇)の落胤、太之助改め戒閻(かいえん) 憲雄(けんゆう):玉照院、恃照の師僧、大阿闍梨、天明(1783)年に記録上16人目の千日回峰行の行満者 光佑(こうゆう):小僧 憲性(けんしょう):小僧 良照(りょうしょう):戒閻の兄弟子 堯諄(ぎょうじゅん):地福院(じふくいん)、恃照の1年遅れで入行、来年11月に堂入りを目指す 眞超(しんちょう):什善坊、さらに1年遅れで入行 眞仁(しんにん):恃照が回峰行を願い出た時の天台座主。 尊眞(そんしん)法親王:行満時の天台座主 聖諦(せいたい):高僧、方今(ほうこん)大阿闍梨では最も下に位置する、尊眞とともに恃照の満行を待っている 権僧正:高僧 *侍眞(じしん):浄土院の僧(東塔と西塔の境目に位置) 32歳で叡山に入り、28年になる。出家得度からは17年。 得度3年後の冬に坂本は大凶作、翌年は浅間山大噴火。 憲雄に付き添って京に下りると悲惨な有様だった。 寛政5年(3年前)晩春、出峰。 *寛政5(1793)年に正教坊(しようきようぼう)聖諦(せいたい)が同行を満行、つまり大行満大阿闍梨となったとき、叡山には三名の僧が次なる大阿闍梨にならんと千日回峰行に挑んでいた。 堂入りを終えれば当行満となり、行者は阿闍梨になる。堂入り後に同行を満行し大行満大阿闍梨になる。堂入り後、2年かけて約300日間の回峰が必要。 9日間の堂入りを満行して「当行満」を宣せられたが、最後の三匝だけできなかったので「半行満」ではどうかと聖諦が提案。「半行満阿闍梨」で決した。 「論湿寒貧」 享和2(18029年4月、戒閻は昨年から三年籠山に入っていた。 3歳年上の兄弟子である良照(りょうしょう)も同時に三年籠山に。 葛川夏安居 参加した新行 良照: 戒閻: 道安(どうあん):横川の飯室谷(いむろだに)から来た、後に長寿院住持となる 文恵:西塔の南谷から来た  

    1
    投稿日: 2025.10.18
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    江戸時代の比叡山延暦寺。北嶺千日回峰行という仏道修行に挑む僧侶。その厳しさは命を落とすこともある壮絶なものである。難しい言葉は出てくるけど、物語はすごくシンプル、真面目さが一周回って笑えてしまうようなところもあり。ただただ面白く没頭した。好き。

    12
    投稿日: 2025.10.09
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    いやー、面白かった テーマが千日回峰行だったのも新鮮だったし ラスト30ページは圧巻でした こういう本に出会えるから、読者は辞められません 今年のトップ3に入ります

    1
    投稿日: 2025.10.06
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    比叡山は今年も行きました。令和4年に初めて無動寺明王堂に、翌年は御祈祷もしていただきました。 千日回峰行の本や漫画は読んだことはありましたが、白鷺立つは素晴らしかったです。グイグイ物語の中に引き込まれました。  阿闍梨餅の紙袋は 阿闍梨様の絵だったのですね…

    4
    投稿日: 2025.10.06
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    2025年10月4日朝日新聞の書評で本書を知った。 評者は本社文化部記者・有田哲文。 「(我執から)脱却するためにこそ厳しい修行が なされるのだろう。しかし修行の動機が、 そもそも「我執」にあるとすれば」 これはかなりラジカルな話だなと思った。 「(千日回峰行が)成功すれば周りから羨望され、 己の値打ちを上げられる。あなたもそう考えた のではないですか」 「弟子への黒い感情が繰り返される記述に 飽くんことがない」 「著者はこれがデビュー作だという。恐ろしい 才能が現れた」 「恐ろしい才能」とまで言い切った。 これは読まないではいられないと思った。 P33 権力者がその保身に走らんとするとき、 想像を遥かに超える叡智を発揮するものだ。 P38 これは妙案のないときに日頃高僧らが採っている 手法であった。妙案がないか、前置きが長い。 核心が不在、もしくはなきに等しいからこそ、 修辞や装飾に走るのである。 P40 道中、怒りとも呆れとも寂しさとも言い表せぬ 感情に心中を支配されていた。 役には徹した。だが、本当にこれでよかったので あろうか。 P61 「お主がそのように考えることで何かに 資することなど…ありはせぬ」 P178 傲岸不遜にして博覧強記、 唯我独尊にして質実剛健。 P296 先例とは従うものではなく つくるものだ

    1
    投稿日: 2025.10.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    すごい小説を読んだ。 千日回峰行という修行があることはTV報道で見て知っていたが、このような手続きで行われる比叡山全山あげての大行事であることまでは知らずにいた。 考えてみれば当たり前のことかもしれない。 実生活とはかけ離れた仏教界のはなしだ。まして、昨今葬儀も以前のように身近なものではなくなりつつある中では、ますます縁遠いものとなっている。 そんな中で新刊帯に異形の本格歴史小説と書かれた本書をみた。 普段なら購入するまでしばらく躊躇うのだが、すこしも迷うことはなかった。 松本清張賞受賞がどのくらい売り上げに貢献するのかわからないが、本作は傑作だ。 千日回峰行のクライマックスであと数歩歩けなかったために本願成就できなかった 師匠と、おなじ出生の秘密をもち千日回峰行をめざす弟子との相克をこれでもかというしつこさで描写していく。最後の最後まで感情移入できなかった弟子の心のうちを知ったときのおどろきは非常に大きなものだった。そして伏線をさがすように急いで読み直すことになった。

    1
    投稿日: 2025.09.21
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    降る雪や衣擦れの音まで聞こえてきそうな静謐で荘厳な比叡山。 そこで繰り広げられる仏僧の師弟の、燃え盛る炎のような確執…。 おのれの生きた証を遺したい…という叫びにも似た願い。 圧巻のラストには言葉を失う。

    12
    投稿日: 2025.09.10
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    このレビューはネタバレを含みます。

    2017年に千日回峰満行を達成し戦後13人目の大阿闍梨が誕生したときのニュースを覚えている。 千日回峰についてのドキュメンタリーを見たこともある。それはとてつもない過酷さでちょっとやそっとの覚悟では足を踏み入れることのできない世界である。 失敗した時に自害するための「死出紐」と降魔の剣(短剣)三途の川の渡り賃である六文銭を携帯するという。けれど失敗しても死なせるわけにはいかない二人である。帝の血をひく二人の僧が執着したのは、満行とともに得られる永遠の存在。 聖であり俗である、確たるものでありながら隠されている、そういう不確かな自分への唯一のアイデンティティが「名」だったということなのか。 反目し合い憎しみ合いののしりあった二人の僧の、求め続けたもの。 うっすらと生まれていた予想をあざやかに覆すラスト。 すんげー、と素直に感嘆できる心のアスリート小説。

    4
    投稿日: 2025.09.10
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    【第32回松本清張賞受賞作 異形の歴史小説】江戸後期の比叡山延暦寺に、大きな秘密を抱えた仏僧の師弟がいた。命懸けの修行〈千日回峰行〉を成し遂げ、自らの存在を証し立てよ。

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    投稿日: 2025.08.07