
総合評価
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powered by ブクログ本作は昨今のラノベのフォーマットを踏襲しつつも、変わり続ける世俗文化と変わらないで欲しいと作者が願う倫理観を、ジャンルの枠にとらわれずに描き上げた意欲作だ。 作風であるゆったりとした書き出しから、後半一気にたたみかける流れは、ここ数作の中でも冴えが際立っている。 ラノベ読者としてはかなり年配であろう評者にとっては、面白かった楽しかったという当たり前の言葉よりも、ひたすら没頭できる心地良い時間を過ごすことが出来た、というのが読了後の率直な感想だ。 ページ数としては標準的なボリュームだが、読み終えるまでの三時間があっという間に感じられ、とにもかくにも作品世界にどっぷりと浸かることができたのは嬉しい誤算であり、また、ここまで深く他者の創作世界に惹き込まれたのも学生時代以来の懐かしい感覚だった。 馴染みのある現代世界と創作世界との繋ぎ渡しも程よく練り込まれ、 会話のテンポの良さ、人物造形の現在っぽさ、軽妙な表現技法、 そして何より、重く辛い状況を前に進む力に変える話の展開力の強さは、 作者の初期の作品であるドラゴンの子育て譚よりも、遥かに深化していたことに舌を巻いた。 終盤に明かされる主人公格の少女の秘密により、ファンタジー小説自体の換骨奪胎、作品そのものの異世界転生といった考察の余地にも興味を惹かれた。 物語の前半はのどか視点で話が展開するが、後半はいつの間にかスバル視点に切り替わり、滑らかな筆致の隙間にあえて作者が散りばめた「引っかかる言葉」を拾い集めることで、読者とスバルがのどかの秘密に気付いていくという手法は特筆すべきものがある。 男性登場人物の少なさ、不条理な感情に左右される恋愛要素、主人公たちの足を引っ張る嫌な登場人物など、 話の展開を邪魔する余計な要素が一切合切排除されていたことも、 この一冊が持つ疾走感を後押しする重要な要素であろう。 挫折を経験しつつも前向きに社会復帰を目指す若者たち、 ルールや規範を大切にしつつも、人としてあるべき姿に忠実であろうと悩む若者たち、 そして、そんな若者たちを応援する頼れる大人たちの姿。 蛙田作品に通底する作者の願いが強く筆に込められた本書は、今こそ若者たちに読んで欲しい作品であることに間違いない。 作者ならではの視点の自由さ、逆転正転の自在さを駆使したこの最新作は代表作の一つとなるであろ。だが、成熟にはまだ早い。創作への飽くなき追究、自在な発想が今後も広がり続けてゆくのは、既に数十を超えた過去作からの軌跡が示している。次回作にも期待したい。
0投稿日: 2025.09.15
