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月は誰のもの?
月は誰のもの?
A.C.グレイリング、道本美穂/柏書房
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総合評価

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    この書籍「月は誰のもの?南極、海洋、アフリカの前例に学ぶ」(A.C. Grayling著、2024年)は、急速に進展する月探査と宇宙の商業化に対し、「人類の共通の利益(common heritage of mankind)」原則に基づく国際的なガバナンス体制の構築を提唱する重要な作品です。2024年の中国嫦娥6号による月裏側からの試料回収(水を含む40種の鉱物)とそれに対するNASA長官の「月は人類のもの」発言に象徴されるように、宇宙資源を巡る国際的な競争が激化する中、著者は地球上の類似事例から学ぶことで、宇宙空間における「ゴールドラッシュ」的な資源争奪を回避し、平和的で持続可能な宇宙利用を実現する枠組みの重要性を強調しています。 南極条約(1961年発効)は、本書で最も重要な成功例として位置づけられています。12カ国によって署名され現在59カ国が加盟するこの条約は、冷戦期にもかかわらず南極大陸の平和的利用を実現し、軍事化を禁止し、領土主張を凍結することで紛争を回避しました。特に米ソ間の協力、透明性の確保、科学的探査の奨励が成功要因として挙げられ、1991年の南極議定書により環境保護も強化されました。しかし2048年の再検討期限を控え、中国やロシアの南極での存在感拡大と商業的資源探査への圧力の高まりが、将来の課題として指摘されています。 国連海洋法条約(UNCLOS、1982年採択)は、深海底資源を「人類の共通の財産」と定め、国際海底機構(ISA)を通じた管理体制を構築した進歩的な事例として評価されています。マンガン団塊に含まれるニッケル、銅、コバルト、リチウムなどのハイテク製品に不可欠な資源の公平な分配と開発途上国への技術移転を目的としており、宇宙資源管理への重要な示唆を提供しています。ただし米国の未批准や深海底の商業採掘規制の課題も指摘され、宇宙空間での競争激化前の明確な国際合意形成の重要性が強調されています。 対照的に、19世紀後半のアフリカ分割(「スクランブル・フォー・アフリカ」)は、資源争奪と排他的支配がもたらす深刻な教訓として提示されています。1884-1885年のベルリン会議では、アフリカ住民の意見を全く考慮せずヨーロッパ列強の都合で国境線が引かれ、軍事力と技術的優位性、不平等な条約を通じてアフリカを支配しました。この結果、植民地住民への深刻な影響、不公平な資源分配、経済的搾取がもたらされ、国際協力なしに資源を巡る競争がいかに深刻な不公平と衝突を引き起こすかを示す重要な警告となっています。 現在の宇宙条約(OST、1967年発効)は、宇宙空間の平和的利用と「人類全体の財産」という基本原則を提供していますが、月の資源採掘に関する具体的規定の欠如、軍事利用(偵察衛星、対衛星兵器、サイバー攻撃能力など)の曖昧さ、商業活動の規制不足という重大な限界を抱えています。月には21世紀初頭にリチウム、ベリリウム、ジルコニウム、ウラン、トリウム、レアアース、水などの貴重な資源の存在が確認され、Artemis計画や中国の探査計画により資源探査が加速し、民間企業も積極的に参入している状況で、これらの不明確性は「宇宙争奪戦」のリスクを高めています。 宇宙経済は2022年時点で3500億ドル規模に達し、2030年には1兆ドルに拡大すると予測される中、通信、測量、GPS、放送など日常生活に不可欠な役割を担っています。月の水は将来のロケット燃料や月面基地建設に極めて重要であり、民間企業による地球軌道での販売計画も進行中です。しかし現在の国際的な宇宙ガバナンスは「混乱した」状態にあり、米国、中国、ロシアなど主要宇宙国間では安全保障と資源利用を巡る利害対立が顕在化し、共通の利益よりも国益を優先する傾向が見られます。 著者は結論として、「人類の共通の利益」原則を宇宙資源利用に明確に適用し、公平な分配と持続可能な利用のための包括的な国際合意の緊急な必要性を強調しています。技術的進歩は不可避であり、その適切な管理こそが重要であると述べ、国際社会が連携して合意形成を急ぐことで、アフリカ分割のような資源争奪による紛争を回避し、南極条約のような成功例に倣った平和的な宇宙利用を実現できると主張しています。本書は単なる警告ではなく、より良い宇宙の未来を築くための具体的な指針として、過去の教訓を活かした理性的思考と全関係者の関与による国際協力の重要性を訴える「教訓の書」として位置づけられています。

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    投稿日: 2025.06.14