
総合評価
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powered by ブクログ来年から京都に住むことになったので読んでみた。京都がなぜ日本人の心だけでなく世界の人々も魅了するのか。その理由が少しわかった気がする。
0投稿日: 2025.10.28
powered by ブクログ京都にほぼ空襲の被害がなかったのは、原爆投下ポイントとして挙げられていたからである。 しかも、何度も却下されながらも、執拗に復活させた馬鹿者がいた。 もっとも結果的に京都が爆撃ポイントから外されたのは事実で、そこは「古都」についてのギリギリのリスペクトがあったのかもしれないが、何も感謝するポイントではないと思う。彼らは、原爆も、焼夷弾空襲も、躊躇うことは一切なかった。 米国による占領は、「マシ」ではあったがマシな対象が、あそことかあの辺ていうだけで、たかが戦争に勝ったくらいで、なぜ相手の文化を破壊する権利があるのか。明らかな戦争犯罪ですらない。 神社の神域にゴルフ場を作るってな、どういう了見か。 ギリギリ「ニホン」が残ったことに感謝すべきなのかどうか。
0投稿日: 2025.06.02
powered by ブクログかなり面白い。少しでも遅く取材を開始されていたら、関係者死亡で分からなくなっていたことを残されたのではないかと思う。
0投稿日: 2025.04.07
powered by ブクログ京都が原爆投下候補地になっていたことは知っていたが、その経緯としていくつかの説があることを知った。除外の理由が文化・歴史としての希少性や関心なのか、戦後の統治への影響の考慮なのか、様々な思惑があっただろう。戦後についても、GHQの接収や兵士の住宅確保に御苑を使うという話もありながらも、結果、植物園になったという経緯や、上賀茂神社の山をゴルフ場にするギリギリの調整がされていた話など、面白く読んだ。
0投稿日: 2025.04.04
powered by ブクログ米軍の空襲を免れた京都。だが広くは知られていないが、京都にも米軍の進駐による葛藤、隠れた歴史があったという。 ゴルフ場に変えられた上賀茂神社の御神木、米軍住宅が建てられた府立植物園など。 「ワシントンハイツ」で占領政策を追った筆者が、舞台を京都に移す。 原爆忌避伝説にも触れている。 一風変わった視点からの京都の歴史。
0投稿日: 2025.03.30
powered by ブクログいや、こんなことが京都で起こってたなんて、半世紀ほどしか京都に住んでないよそ者やけど、知らんかったわ。ちょっとビックリ。でも、読んでみると納得やわ
1投稿日: 2025.02.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
終戦後の京都と占領軍の関係について良く理解することができた。あまり戦争というイメージのない京都でのGHQとの「戦い」は現代の日本人も学ばなければならない。伝統文化が多数存在する京都ならではの話だと思った。
1投稿日: 2025.01.26
powered by ブクログ京都は歴史的な街だから戦争の被害をほとんど受けなかったと認識していた。京都でもこのようなことがあったなんて。今の京都があるのは奇跡なのかもしれない。
1投稿日: 2025.01.19
powered by ブクログ太平洋戦争後、アメリカの占領軍が各地を進駐、京都ももちろん占領された。その占領された京都の様子がエリアごとに紹介されている。原爆の投下対象に京都が入っていたがなぜ外されたのか、という大きな疑問も本書のテーマとなっている。関係者にインタビューも行ったとあるが、インタビュー内容の記載は少なく感じた。とはいえ大変面白い内容だった。政教分離で戦後、各地の神社は苦しく、上賀茂神社では神域をゴルフ場にされてしまった、などは流れをあまり知らなかったので今回改めて知ることができた。今の京都の風景は意外に占領軍が形作っているかもしれないねぇ…
1投稿日: 2025.01.05
powered by ブクログ戦争中そして終戦後の状況について、親がよく語っていた。最もつらかったのは、食べ物の乏しさ。薄い汁のようなものばかりしか食べることができず、すぐ腹が減ったとのこと。堀川や五条が広くなっていくこと、馬町に空襲があったことなど、リアリティをもって話すのである。 占領軍がかっ歩しているところは、あまり見なかったらしい。 にしても、植物園や丸紅の建物などが接収されていたことは、古い世代の京都市民は覚えているようだ。
17投稿日: 2024.12.22
