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powered by ブクログ高次脳機能障害になって理解できた、貧困取材対象者たちの不自由感。やる気がない・だらしない、ではなく、必死に頑張ってもできないのだと。制度の利用も困難。働けない脳を持った人々に、自己責任ではなく、どう対応し支援していくか。 当事者として書いてくれたこと、表現してくれたことが、社会にとって大きいと思います。
0投稿日: 2025.10.06
powered by ブクログ貧困状態に陥るような脳の機能不全がどのようなものか解説した一冊。 高次脳機能障害に陥った経験のある著者が、生活や仕事の上で脳が正常機能しない状態がどのようなものかを実体験からわかりやすく説明している。実体験ゆえの説得力がある。当事者研究っぽい。 早口でまくし立てる人の話を聞いている時、頭が真っ白になる経験が何度かあったので、他人事とは思えない。ワーキングメモリが少ない自覚がある、不安ゆえに物事を先延ばしにすることも度々ある。これらの重度の状態が重なると貧困に陥るのだろう。しかし傍から見て入れば、自己責任で片付けたくなりそうだ。 対応策を提示しているのがとても良かった。しかし、信頼できる他者への依存、というのは難しいところだ。よほど理解のある人でないといけない訳だし。その点、著者は運が良かったのかもしれない。生活保護を取り巻く環境が改善しているという話では認識を新たにした。
1投稿日: 2025.10.06
powered by ブクログ面白かった。発達障害だが、感情の消耗や過度の疲れやすさ、不安への過集中の持続など健常の人には存在しないことが驚きだった。そりゃ我々は生きてるだけで疲れるなと思った。発達障害の知人が片付けが苦手でものを溜め込んでしまうのも、だらしないからではなく、不安から身を守るためで、自分の家族が疲れ果てて寝ている、自分の状況の説明ができない、なにがなんだかわからないという状態にも説明ができた。私も漫画は描けるが、役所の書類を書くのは苦手だ。福祉関係の仕事に就く人にもぜひ読んでほしいと思った。久々にいい本よんだわ。
1投稿日: 2025.10.05
powered by ブクログ脳が疲れる状態は、自分も経験から分かる気がする。また、「ケーキを切れない非行少年たち」からも分かるように、どうしても理解できない人がいるのも分かる。本書は著者の経験論からの話が多くて、もう少し客観的な視点や科学的な視点から書かれていたらいいのになぁと思った。(単に私がそれを期待して読み始めたのがいけなかったのだが)
0投稿日: 2025.10.03
powered by ブクログ衝撃の内容だった。そしてかつてそういう人が職場にいたことに気づいて落ち込んでしまった。やはり知らない事は罪だなぁとも。 行政で働く人たちは必読と思った。福祉部門に限らず。 ホワイトカラーの人は他人事ではないよ、との著者の言葉。切実でした。 はぁー
29投稿日: 2025.10.03
powered by ブクログ脳機能障害になった著者が実際に体験した「働けない脳」「不自由な脳」の実態について書かれています。 私の周りにも約束を守れない、毎回遅刻をしてくるような人がいましたが、それはもしかしたら「だらしがない」訳ではなく、「働けない脳」なのかもしれない。 この本を読むまでは、そのようなことを全く考えたことがなかったので、新たな知見を得られて良かったです。 そして、将来自分も同じような状況に陥った時に、この症状の存在を知っているか否かで心の持ちようが大きく違ってくるような気がします。
12投稿日: 2025.09.16
powered by ブクログ貧困なのは自己責任、という世間の風潮に「NO」とはっきり言っている一冊。閲読するまでは実際に私も『貧困自己責任論』に対して肯定的だったのだが、今では考えを改めた。 高次脳機能障害になってしまった人の脳の中で何が起きているのか、なぜ貧困に陥ってしまうのか、また、福祉制度との斥力が生じてしまうのはなぜなのかといった事を分かりやすく説明している。社会福祉に興味のある人におすすめしたい。
1投稿日: 2025.09.14
powered by ブクログこの本の中で印象に残った言葉・・・。 他者から信頼されたいのに、努力してもできないと自分を責めてしまう真面目なあなたこそが『本物のあなた』であり、自堕落でどうしようもないあなたは『あなた自身の本態』ではない(本文を引用した文章ではなく要約した概要です。) そして、あとがきの一番最後、筆者の心の底からの一文です。
1投稿日: 2025.09.01
powered by ブクログ脳の機序が失われることにより働けなくなることがある、という実体験を基にした話。筆者の著書は昔からよく知っておりますが、まさかよりによってそんな方に脳の病気が襲いかかるとは、、、運命のイタズラというか、だらしないとされる貧困な方々の謎を解き明かす為に神様が与えた試練なのかもしれない、とすら思ってしまいました。とにかく動けなくなる、大事なことほど考えられなくなってFreezしてしまう、ということが脳の状態によってはあるということ。脳梗塞のようなはっきりした病気以外でも途中出てくる例では何となくゆっくりそういう状態になってしまう人も居るらしく、また勿論虐待などの影響でも同様の症状は出るようで、相変わらずやるせなくなりました。
1投稿日: 2025.08.19
powered by ブクログ前半は、かつて筆者自身が取材したケースについて、脳梗塞により後転的に脳が不自由になったという立場から、何が原因で一般的に理解しがたい行動に繋がるのかを再検証した内容。 後半は、それらのケースを踏まえて支援の側ができること、当事者の自己理解の重要性、行政の関わり方の提言などを行う。 それほど長い本ではないが、伝えたいテーマが明確で、また自身も当事者であるために状況を世間にわかってほしいという強い意思が伝わってきた。 本としては読み応えがあったが、実際に我々や行政が何をできるのか、というところは考えさせられる。
2投稿日: 2025.08.14
powered by ブクログオーディオブックで。先天的、あるいは後天的な脳の障害や、幼少期の生育環境が、適切な福祉にアクセス出来なくさせる要因になっている。また脳の障害は目に映らないため、健常者には改善する、という発想が生まれない。何にせよ楽をしたがるわたしたちだから、見えないものの悲惨さには考えが及ばないのだ。そうぞうりょく想像力を働かせなくてはならない。
58投稿日: 2025.08.10
powered by ブクログ貧困と脳にどのような関係があるのか気になり読みました。 内容は、著者の最貧困女子を水増しした内容とで、あまり新しい発見というものはなかった。 内容もかなり、この本の中でも重複してて読みにくかったです。 貧困と脳の関係についても、納得がいかない内容でした。
8投稿日: 2025.08.06
powered by ブクログ2025.7.31 27 酔った次の日とか、寝不足のときとか、全然そうではないと思うが、部分的に共感できるところがあって、怖さでもあった。 いろんな人がいる、それは脳に原因がある場合もある、グラデーションであるということを改めて感じた。
2投稿日: 2025.08.05
powered by ブクログ本来、支援が必要とされる人が、自分からはなかなかそうした支援に繋がろうとせず、なぜそうなってしまうのかを筆者自身の経験も踏まえて考察している。周りから見れば怠けているだけのようにしか見えないことでも、実は脳の機能が著しく低下しているせいなのだと筆者は言う。もちろん、高次脳機能障害、脳性疲労、先天的な機能低下を一緒くたにすることについては疑問もあるが、筆者自身もその点に関しては慎重な態度を示している。大切なことは、ときに支援が必要とされる者が支援者の意に反した行動を取ってしまうが、それは脳の機能が低下しているが故に起きることである、という視点を支援者が持っておくことである。 当人の不安を減じることの重要性についても説かれており、そのために信頼できる他者との関係性が必要と筆者は述べているが、なかにはその段階で躓く者も一定数おり、そんなものがあったら苦労しないよと思う。
2投稿日: 2025.08.02
powered by ブクログ自己責任ではない! その貧困は「働けない脳」のせいなのだ。 ベストセラー『最貧困女子』ではあえて書かなかった貧困当事者の真の姿 約束を破る、遅刻する、だらしない――著者が長年取材してきた貧困の当事者には、共通する特徴があった。世間はそれを「サボり」「甘え」と非難する。だが著者は、病気で「高次脳機能障害」になり、どんなに頑張ってもやるべきことが思うようにできないという「生き地獄」を味わう。そして初めて気がついた。彼らもそんな「働けない脳」に苦しみ、貧困に陥っていたのではないかと――。「働けない脳=不自由な脳」の存在に斬り込み、当事者の自責・自罰からの解放と、周囲による支援を訴える。今こそ自己責任論に終止符を! ☆3つけてるけど3.5をつけたい。 歳とともに 脳が疲れるということを実感することが増えてきたような気がしています。 本が読めなくなる、ドラマの内容が入ってこない。そんな時はしばらく横になって 目を閉じて脳を休めるとずいぶん楽になるのでそうしています。 けれど、ここに書かれているのは休んで治るものでは無いんですよね。 不自由な脳の存在は 確かに一般の人からは受け入れるのは難しいだろうなと思う。判断が出来ないと思います。 この本を読んで 納得した方々がたくさんいるんじゃないかと思う。 私も歳を取るにつれ どんどん不自由な脳になっていくかもしれない… 出来る限り、気持ちに余裕を持って 他人と接するように心がけたいなと思いました。
20投稿日: 2025.07.21
powered by ブクログ・高次機能障害の方がどのような不自由をしてるかが、分かった。確かに一般の人からは受け入れるのが難しいと思う ・どこまでが症状で、どこまでが甘えなのかも他者からは判断が非常に難しい。確かにあの人は実はそうだったのかもと思うような人はいた。そういう人にぜひ読んで欲しいと思ったが、おそらく読書もできないかもしれないと思った。 周りからはなぜ働かないのか?と思われているが、実は働けないのかもしれない。他者に理解されない苦しみが症状をさらに悪化させるケースはいくらでもあるだろう。 もし自分の子供がそうなった時は信じて接しようと思った。 ・うつ病や、ホルモン系の病気、妊娠などでも同様の症状が起きる事は勉強になった ・110ページまでしか読んでいないが、他に読みたい本あるし、概略は掴めたと思うから、終了。また気になれば再購入する。損切りも大切
0投稿日: 2025.06.29
powered by ブクログ作者の鈴木大介氏は、映画化もされた漫画「ギャングース」の作者(肥谷 圭介)が原案としたノンフィクションルポルタージュ「家のない少年たち」や脳梗塞を発症し高次脳機能障害の当事者となりつつも執筆した「脳が壊れた」の作者でもある。 同著「最貧困女子」等の取材対象となった貧困当事者たちには「約束を破る」「遅刻する」「その時やらなければならないことから逃げる」「圧倒的に事務処理的な作業が苦手で、逃げたり先送りする」等々といった共通した特徴がある。 なぜそうなのか。 「それは本人の努力不足・本人の問題」と“自己責任論”で片づけられるであろうこの問いに、作者は高次脳機能脳障害の当事者になるという経験を通して「やらない」ではなく「できない」それは脳の機能そのものに由来する事なのだと考える。 脳のワーキングメモリが小さい場合、“普通”の人ができる事が処理できずにフリーズしてしまったりする。そういう特性を持った人たちが、今まで自分の「なぜ」の対象だったのだ。 そしてこれは、生まれもってそういう特性を持った場合と、作者のように脳梗塞のような外的要因だったり、過度のストレス等のような環境要因によって後天的に起こることもある。つまり“誰にでも起こりえる”現象だ。 というお話。 ――――― 「寝坊して遅刻?自己責任でしょ。」 「学歴が無いから仕事に就けなくて貧乏ですって?知らないよ自己責任でしょ。」 「仕事ができないからクビになった?自己責任でしょ乙。」 「生活できないほど貧困?知らないよどーせ今までサボってたんでしょ?自己責任だよ。」 誰が言い出したかはわからないが現代ではメジャーなフレーズとして使われている“自己責任”という言葉。 かくいう僕も“自己責任論者”である。努力しないやつがどうなろうと知ったことではない。勝手に苦しめばいいし、僕に迷惑をかけないで欲しい。今でもそう思う。 ただ、それは“自分と同じ事ができる人”を対象とした場合だ。 大人になり、たくさんの人を見て、たくさんの人と接する中で 「なぜ、あの人はこんなに仕事が遅いのか」 「なぜ、あの人はこんなに話が下手なのか」 「なぜ、あの人はこんなに簡単な事が理解できないのか」 「なぜ、同じ人間なのにこんなことも出来ないのか」 たくさんの「なぜ」を僕も僕なりに感じていたが、この「なぜ」に対して1つの解を示してくれた気がする本だった。 しかし上記に“今でもそう思う。”と書いたのは、この作者は高次脳機能障害を抱えながらもそれとうまく付き合うための努力をし続けているからだ。 作者はこの「なぜ」の対象を“支援が必要な存在”と位置付けているが、僕はその“支援”とは“努力の仕方”を学ばせ根気強く生き続ける力を身に着けさせることだと考える。 そんな事を考えながら読んだ本だった。 「貧困に悩む人の理解」のために読む本というよりは「そういう存在もいる中で、自分の取る行動をどう位置付けるか」のために読む本だと僕は思う。 ↓Amazon↓ https://amzn.to/4eloyhL
11投稿日: 2025.06.26
powered by ブクログ自分の悩みの本質に初めて触れてくれた内容でした。誰にも理解されず自分の中だけで消化していたことを綺麗に言語化されていて、読んでいて自分がとても救われたように感じられました。自分を責める事をやめ、自分を愛する事を少しずつ学んでいきたいと思います。
11投稿日: 2025.06.24
powered by ブクログ貧困と脳の関係を著者自身が健常者から脳障害となって追体験し、データともと付き合わせて詳細にまとめるという稀にみる説得力のある一冊だった。 あと問題提起も現実的で自分もあるきっかけで脳障害になるリスクもありそれを考えると怖くなった。 これは社会人に必読としていい本だと思う。
1投稿日: 2025.06.23
powered by ブクログ本書の趣旨とは違うかもだが、 脳が疲労して動かなくなるという状態は、ときどき自分の身にも起こることで、その状態が頻繁に起こるもしくは常にその状態というのは考えただけでそりゃ大変だなと その人の人格ではなく、脳のせいなのだ、もしくはそういう病気なのだと考えてみると、いくつかしっくりくる事例も多くあるし、そういう人たちへの理解を深めると共に、自分の脳疲労への解像度を上げ、適度に休むことが大事
1投稿日: 2025.06.20
powered by ブクログどこぞの作家さんの紹介に誘われてみた。 前提条件なしで入ったのは非常に良かった。自分が働きたくない原因を解明する本ではなく、脳の機能障害により働けなくなる現実があるんだよって話でした。 興味深いお話でサクサク読めた。何か見えていなかったものが見えてくるのではないかと言う予感がする。 知らないことを知ることは、世界が広がるにつながるんだなぁ。
1投稿日: 2025.06.11
powered by ブクログどうしても遅刻する。約束を守れない。探し物に時間の経過を忘れる。仕事が異様に遅くなる。対話速度についていけない。重要課題を先送りする。問題に向き合えば何も行動できなくなる。頭の中で何がおきているかを説明できない。傍目には理解されない。…骨折していれば走れないように、脳の障害だから、出来ないこともある。努力が不足しているからではない。自己責任を問うよりも、寄り沿って考えてあげよう。あきらめるのではなくやれる方法を見出してみよう。病は突然やってくる。事故に遭うかもしれない。自分がそうなったらを想像してみよう。 「供給能力を棄損しても財政の健全化を優先する」「将来、放射性廃棄物の処理で困っても、今原発を動かした方がよい」…健全な脳どころか、人並み以上に頭脳が優れているとされるエリート達も含めてそう信じ込んでいる。GDPシェアが下がり続け、相対的貧困が止まらない国。「不自由な脳」が貧困につながる。脳の障害を知ることで、誰もが自分の脳には限界があることを気づかなければいけない。
1投稿日: 2025.06.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
【感想】 ホラーだった 高齢者が、駅では案内図を見ずにすぐに人に尋ねたり、IT化についていけないことが不思議であったが、脳機能が低下している人から見た世界を知って納得した 脳機能を低下させてはいけないと強く感じた 【要約】 貧困は個人の努力不足ではなく脳機能の低下によって引き起こされる 加齢による認知機能の低下が仕事や日常生活に与える深刻な影響 ①遅刻の常態化②約束を破る③作業の遅延④会話の困難⑤外出への支障 脳機能の低下が与える精神面への悪影響 ①感情の抑制喪失や常に不安に襲われる状態②公的支援の申請すら困難になる 脳機能低下の予防にはDHA 脳機能を一度低下させてしまうと元には戻らない
1投稿日: 2025.06.07
powered by ブクログ以前から「最貧困」たる社会「弱者」についての本を出版されていた鈴木先生だが、脳梗塞から高度脳機能障害を患っておられたとは知らなかった。 ただそのせいで、「最貧困」者と面談していてどうにも共感しきれずにいた「社会不適合性」の原因が、脳の働きにあることを強く感じた。というか、実感した。というか、ほぼ体験した。 これは貴重なレポートだ。 従来から問題意識を持って取り組んでいて、しかもそこにしっくりこない部分があって、何の因果かそこに落ち込んでしまい、それを冷静に分析して表現することができる。 先天的であろうが後天的であろうが、脳機能に障害が発生すると、どうも共通して発現する症状があるらしい。 頭が重い。疲れる。 作業記憶域が使えない。 注意が維持できない。 自己表現的コミュニケーションが取れない。 不安が拭えない。 自己肯定感が持てない。 人が使えるエネルギーは一定であって、当然精神活動に使えるエネルギーにも限りがあるから、「正常」な状態で使わなくていいエネルギーを使わざるを得なくなれば、通常の働きに障害が出るのではないかと思った。 脳が働きたくても働けないのだ。 その結果陥る貧困。 これは痛い。 本の後半に行くと、それが社会や制度への怒りにも転嫁しているようだが、正直、だからどうなのだと思うところはある。 自己責任ではないよ。 それはそうだ。 だからどうなのだ。 自己責任でなければ、日々の生活に汲々としている「我々」が手を差し伸べなければならないのか?いつか自分もそうなるかもしれないから? どうもその辺が難しい。共感しづらい。真っ直ぐ歩いていく人間は幸せになるべきだが、幸せでないのは間違っているわけではない。 制度としての福祉はあるが、不十分だという。不十分だろう。原資は税金であり、公平でなければならいのだから、枠に当てはめるようにするのは当然だと思う。 それに、そういう制度にたかる奴もいるからな。フリーライドは許せないという感情は当然だ。 新しい問題提起に是非なってほしい。 だが、その先に何ができるか、何をすべきかは別の問題であろう。
1投稿日: 2025.06.03
powered by ブクログ「最貧困女子」などのルポを「世代間を連鎖する貧困」という視点などから発表してきた著者が、自身が脳梗塞によって高次脳機能障害となったことにより、脳の機能障害から貧困に陥らざるを得ないという視点から捉え直して、改めて過去の取材を当事者としての観点から再発見し、なぜ「だらしない」「さぼる」ように見えるのか、当事者・支援者・周辺者はどうしたらよいか、などを詳述。 短期記憶の機能低下、注意力の低下、現況の把握力・判断力・事故決定力の喪失など具体的な記述から、これは悲惨な状況であること、「自己責任」ではないことなど認識できた。自分の認識が変わる本。 【目次】 まえがき 最貧困女子から10年 第一章 「なぜ?」の原風景 第二章 自己責任的に見える当事者 第三章 やっとわかった彼らの言葉 第四章 「働けない脳」の僕たち 第五章 なぜ彼らは座して破滅を待つのか 第六章 なぜ彼らは制度利用が困難なのか 第七章 「働けない脳」でどうするか?ーー当事者と周辺者・支援者へ 第八章 唯一前進している生活保護界隈 最終章 貧困の正体 あとがき
1投稿日: 2025.06.02
powered by ブクログ「最貧困女子」などの著者であるこの人自身が 脳機能障害を経験して初めて分かったという、脳の超短期記憶の障害、ワーキングメモリの枯渇、によって生じる作業不能やコミュニケーション不全について、書いてある。 そうなってしまった本人には、大変な状況だと思うが、そばにいる人が、それを助ける方法は、あまり考えにくい。 福祉制度が、実際にはかなり改善してきているという記載が、かすかな救いだ。
1投稿日: 2025.05.30
powered by ブクログ子供の頃から苦しんだものの正体が鮮明になった気がした。 家族や学校、部活、バイト先、職場で怠け者として扱われ罵られてきた。 家族には「怠け者でーす」という開き直りキャラを演じて、お前は本当にだらしないな!と言われながらも生きてきた。 この本を読みはじめてすぐ涙が出てきた。そうなんだよ、いくら頑張ってもまわりに追い付かないし同じようにできない。頭の中が不安感でいっぱいで目の前の作業を素早く処理できない。何か不利な目に遭うのではといつも苦しくて気が付けば何もしないまま時間が過ぎている。 遅刻しないように出勤して9時間耐えるだけで精一杯。ただそれだけで1日の体力と精神力を使いきり、家に帰れば寝たきり。家は荒れて散らかり放題。1日外の世界と関わっただけでもう心も体も限界。そして精神疾患を抱えた。 今の日本社会で生きていくためには朝出勤して9時間耐える、それのために人生の全ての時間を捧げないとならない。そんな他の人から見たら意味不明な私の人生を、私の頭の中身を説明してくれた本だと思う。 誰にも家族にも理解してもらえない苦しみを、ここまで解像度高く書いてもらえたことが本当に嬉しい。 この本に出会えて本当によかった。鈴木さんありがとう。 できればこの後家族にも読んでもらいたいと思う。
3投稿日: 2025.05.08
powered by ブクログ脳梗塞によって高次脳機能障害を患った著者が、「障害者」となった現時点の目線を通してライフワークとしてきた貧困取材に再度向き合うような内容の本。 この分野はどうしてもサヨク的なイデオロギーが強い書き手が多いが、鈴木大介はルポライターらしいフラットな目線で捉えているのが新鮮で面白い。 貧困について、貧困当事者の無能に理由を求めるのは忌避されることが多いが、著者は自身がまさしく障害によって能力を失ったことにより、貧困には間違いなく能力不足が関わることを見つめる。 当人の無能から目をそらし、環境にばかり責を求めるのもまた不誠実な振る舞いなのだ。 また、行政に対する目線もサヨク的活動家目線とはまた違うのが面白い。著者は、生活保護行政は間違いなく良化していると伝える。しかし、活動家にとっては行政が改善し、生活保護が利用しやすくなっていると言うことは、自身の役目の終焉を意味し認めにくい。 それゆえに、サヨク的オールドメディアや活動家は生活保護行政の悪辣な面ばかりを取り上げるが、それがまた素朴に困っている人たちを行政から遠ざけて苦しめているという視点は、イデオロギー的書き手ではない鈴木大介ならではだろう。
1投稿日: 2025.05.07
powered by ブクログ脳の働きと貧困について 著者が高次脳機能障害になったからこそ、気づいた、脳の障害。 見えない障害と書かれていてなるほどなぁと 自分の考えに当てはめて考えるのではなく、他者の立場にもっと寄り添って物事を見れるようになりたいと感じた一冊。 著者ですらできないのだから できるとは思わないけど、頭の片隅にそっとメモしておこう
1投稿日: 2025.05.06
powered by ブクログここに書かれていることは、多分、いわゆる本書で言及されているような当事者たちと直接関わったことのない人には、なかなか理解が難しいかもしれない。 私は筆者の言わんとするところは非常によくわかる。実際そういう人物、事実に日々直面しているからだ。 ただ、残念ながら行政で支援にあたっている職員も、なかなか当事者の本質を理解できていないことが多い。支援にあたる職員が専門職である場合ももちろんあるが、いわゆる行政職であるにもかかわらず、支援の仕事の割り振りをされていることも少なからずあるからだ(そのことも一つ問題であるとは思うのだが、専門職という人材を確保するのが難しいという面は確実にある。募集しても人が集まらない)。 また本書にある通り、支援対象者本人の責にできないところに事象の原因があることがほとんどで、だからこそ支援者はなんとかしてその牙城を崩そうと試みるのだが、思いの外ハードルは堅牢だったりする。 本書内で書かれていることのほとんどはその通りと思うのだが、唯一生活保護の相談・申請に関する部分だけは、ちょっと違うかなという気がする。「まず相談」ではなく「申請」からできるように、と筆者は言うが、丁寧に状況を聞き取り、ニーズを正しく理解することなしに適切な支援は組み立てられない。なにも、申請をさせないために相談させるわけではない。ニーズをきちんと把握することが全ての支援の大前提。また生活保護を希望する人全てに均等に機会を提供するためには、それぞれの事情を勘案し、誰から見ても公平に支援が提供されていると納得してもらえるものでなければならない。 ただ、その「相談」という行動こそが、彼らにとってあまりにも難しいことは、これまでの経験からわかり過ぎるほどよくわかる。 本書を読んで考えたことは、やはりベーシックインカム、この制度こそが人々の生きる権利を公平に支える制度なのかも、ということだ。 理不尽な扱いを配偶者から受け、でも自身は精神疾患により生活を成り立たせるほど働くことはできず、でも障害年金をもらえるほどには重くなく、生活保護受給は止むに止まれぬ事情があって受給が難しい、離婚もできない頼れる親族もいない、という人がいる。こんなケースでももしベーシックインカムがあれば、利用できる制度と組み合わせて、配偶者と離れて自立することができる。 今のどうにもならない制度の不備を埋めるには、もしかしたらベーシックインカムが最善なのかもしれない。
6投稿日: 2025.04.27
powered by ブクログ同じ内容が繰り返し書かれていて、冗長であった。もう少し踏み込んだ内容を期待していた。 当事者のことはある程度理解はできた。 筆者は支援を行政の責任としているように感じたが、民間や地域のネットワークによる支援の方が重要だと感じた。
2投稿日: 2025.04.20
powered by ブクログ梅宮れいか先生の授業で紹介された本 子ども家庭支援の心理学 ーーーーーーーーーーー 宮代キャンパス 配架場所コード2F:受付カウンター前 分類記号:114 著者記号:F ーーーーーーーーーーー
0投稿日: 2025.04.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
正直自分自身も同じ「脳の不自由」状態ですが、知りたくない、想像したくない話ばかりです。 とても沢山の人のことと著者自身でも脳が不自由になった「働けない脳」の状況の当事者になったことからの考えが書かれています。 読みにくいのですが、もっと多くの人のことも書きたかったけれど、最低限度本書に書かれたことは伝えたかったという著者の心境だったのだと。 本書は日本の話しですが、世界中で貧困が連鎖していて、どんどん「社会内格差」が固定して広がってきていることがとても明らかになってきて、貧困な社会層は自覚することは辛くても、せめて自覚することからはじめられると良いのですが。 貧困ということにも関連したことで、森嶋通夫さんが本の中で、たとえ善人であったとしても貧弱な弱者達に対するとても否定的なことが書かれていたことも思い出しました。 まえがきー最貧困女子から10年 ・脳の不自由は、他者からもわかりづらいが、当事者自身でも自分に何が起こっているのかわからず、混乱を極めるだろう。 第一章「なぜ?」の原風景 ・「買い物の会計ひとつできない」理由 ・「不自由な脳」で生きる結果として、人は高確率で貧困に陥る 第二章自己責任的に見える当事者 第三章やっとわかった彼らの言葉 ・脳が疲れる=脳性疲労のリアル ・その「疲れ」はスルーされてきた ・自身でも理解困難な脳性疲労 ・脳性疲労は自罰につながり、カミングアウトは困難 第四章「働けない脳」の僕たち ・短期記憶の機能低下で「すっぽかし」「ダブルブッキング」が頻発 ・必死に頑張っても「仕事が異様に遅くなる」 ・現況の把握力、判断力、自己決定力の喪失 ・世の中の対話速度についていけない ・判断ができない=自己決定ができない ・「なぜできないのか」を説明できない ・まずは自分を責めないでほしい 第五章なぜ彼らは座して破滅を待つのか ・現況の把握困難から中長期課題の把握維持困難へ ・嫌なあいつが忘れられない ・問題の本質は不安と対峙することの困難 第六章なぜ彼らは制度利用が困難なのか 第七章「働けない脳」でどうするか?ー当事者と周辺者・支援者へ ・「症状」「不安軽減」の自己理解 ・診断名よりも不自由の対策を学ぶことがファーストライン ・同じ「不自由な脳」の当事者のライフハックに学ぶ ・できる仕事」と「できない仕事」を把握する ・「できないこと」よりも「できる」ことを探す ・適度な依存 ・不安を軽減すれば、最大限のスペックを発揮できる ・見えない障害の当事者が訴える、就労継続の困難 第八章 唯一前進している生活保護界隈 ・実際の対応、申請するにあたってのアドバイス ・実際に受給したら楽になったか? 最終章 貧困の正体 ・日本に貧困がない時代などあったのか? ・アウトローな彼らに感じた身体特性 ・アウトロー少年少女における、三つの障害的因子 ・彼らの経済圏・文化圏 ・表社会からは隔絶した円環の摂理 ・制度そのものにつながりにくい・制度が見えづらい世界 ・憲法の定める人権と尊厳を毀損する理不尽 あとがき
8投稿日: 2025.04.13
powered by ブクログよく世界経済が成長を続けるの例えとして、明日が今日よりいい日になることを願わない人類はいないという言葉があったりする。 ただ生まれ育った環境や脳の仕組みでそう思えない人が一定数いる。 自分が生きやすいマジョリティ側として生まれたことを感謝し、マイノリティ側を否定しないような寛容さでいたい。
1投稿日: 2025.04.13
powered by ブクログ最近見たアメリカのお掃除系YOUTUBEビデオに、汚い家を無償でただただ綺麗にする、というのがあった。男性が他人の家、しかもときには解体前の家などを隅々まで綺麗に掃除(ディープクリーニング)するというものである。その人はいろいろと呟きながら掃除をするのだが、どうして彼が人の家、しかも尋常じゃ無いくらいにゴミや汚物が溜まった家を掃除するのかという問いに、「俺は貧しい地域で育ったんだけど、親も適当だから子供らはお互いの家をよく行き来してたんだ。家はいつも不潔な環境で、俺のダチの家もたいてい汚かった。汚い床、マットレス、居間、台所、そういうところで過ごすのが普通だったし、それが当たり前だと思ってたのさ。今掃除してる家と同じようなもんだ。で、俺はそういう環境で育ったからわかるんだけど、みんな掃除とかできないんだよね。できないできないってやってるうちにどんどん不潔になっていくわけ。俺もちょっとADHDだからわかるんだけど、そういうもんなんだよ。できないんだよ。だから今、俺がやることにしたのさ」みたいなことを(超簡約すると)言ってた。 それを聞いて私は「なるほどな」と我が家の非定型発達(ADHD)気味の家族のことを考えたのだ。たしかに、めんどくさいから掃除しないとかのレベルじゃない次元で、掃除も管理もできない。物をなくす。時間の「感覚」そのものがない。自分の言ったことはその後すぐに反故にするのも問題なし。そして強い不安感。この鈴木大介さんの本を読んでさらに納得である。いや、なんとなくわかっていた。うちの家族が環境悪くて知能も少し足りなかったら、絶対困窮してたと端から見てて思う。 本にもあるが、「貧困とは、脳の認知機能が不自由をきたすことによって高確率で陥る二次的な症状であり、社会の中に立ち現れる「現象」」である。 貧困は貧しいことで困窮するという意味だと思うのだが、むしろ、もともと困ってる人がいろいろな不運に遭遇し、結果として貧困の状態に落ち込んでしまうというほうが正しいのではないか。つまり、貧困は「困貧」だろう。 私はどちらかというと定型発達の人間なので、よくもわるくも業務遂行能力に凸凹感がない(まあ、それも病気や事故によって将来変わるかもしれないので、今のところ、としておく)。しかし、脳の高次脳機能障害の人や非定型発達の人は、凸凹してるのである。 私の母は5年前に脳溢血で倒れて以来、高次脳機能障害の症状をもって生活している。明らかに以前とは違う。鈴木氏よりもっと軽度ではあるが、それでも以前のように「しっかりした人」ではなくなった。お金の管理はできなくなった。料理も変なのが出てくる。畑仕事は計画的にできないから難しい・・・などなど。でももう70代半ばだったから、趣味の洋裁だけやってればいいじゃないかと私ら家族は納得した。 が、これが若い人だったらと思うと恐怖である。脳の機能が先天的・後天的理由で阻害されていたら・・・。そりゃ生きてくことそのものが大変。学校も大変、仕事も大変、家庭生活も大変。少なくとも私の息子は大変そうだ。本人も自覚していて、「俺普通の仕事できないじゃん?」と・・・。人に聞いたり、書類を読んだり、計画を立てたり、そもそもそういうことがハードル高いんだそうだ。知能は高いのに、業務を遂行する能力が低いので、側から見たら「だらしない人」に見える。 でも、海外に住んでいる私だって外国人としてよくわからない外国語に接しながら暮らしているから、たとえば銀行の書類とかが来たらもう読むのが大変、というのはわかる。正直、途中でやめてしまう。そもそも最初から開けないこともある。会話を聞いて理解できないなんて日常茶飯事。なにを言ってるかわからない。一部を聞いて予想してる感じ。脳の機能障害は、そんな感じなのかな・・・と思う。まあパニックにはならないけれども、避けたいという気持ちはよくわかる。 とまあ本にはあまり関係のないことをいろいろ考えた。 鈴木さんは脳梗塞のあと、奥さん(発達障害持ち)との関係や自分がやってきた仕事(当事者に話を聞くルポ)を振り返って、その都度、それをちゃんと本にして世に送り出している。この10年、自分も当事者として共感し、言葉を持って語るその力がさらに輝きを増してる感じがする。 文章的にはちょっとくどいかなあと思うこともあるが、それでも、この人の生き方とか伝え方は私は好きで、これからどんな方向で社会を切り取ってくれるのかなと楽しみである。ある意味、ルポ作家が当事者性を持ってさらに深く語ることができるという特異な立場は、物書きとして天に与えられた特別な何かなのかな(天命というか・・・)、とも思う。
2投稿日: 2025.04.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
人との約束を破る、遅刻する、バックレるだけでなく、自ら破滅へと突き進んでいるようにしか見えない行動を取る人は少なくない数いる。何故そのような行動を取るのか、一度脳の機能に重大な障害を負ったライターが、自らの経験から気づいたことをまとめたもの。元々貧困のルポを書いている方なので、そのルポの際には完全に理解していなかったことが今回で解明したことも含め、今までの集大成といった位置づけになっているものと思う。周りができることの一番は、まず、一見だらしがない人は脳の仕組みが原因かもしれない、と慮ってみることだ。 なぜ、普通の人ができることができないのか。できないどころか、しようとしない、サボっているように見えるのか。この時に自分の中で起こっていることを言語化しているのは流石文筆家。著書内に、このような経験は健常脳者でも軽度のものなら起こりうる(故に、この現象を乗り越えられないのは甘えだと見られがち)とあるだけあり、確かに、文字は目に入るのに読めない、見たそばから何を書いてあったか忘れる、膨大な情報の中から必要な情報を探せない、といったことは自分でも脳がすごく疲れているときによく出る現象。これがもっと重いとなると、もう書類を書くこと・読むこと自体放り出したくなるだろう。ということくらいの解像度のある記述なので、健常脳者に伝わらないことはないと思う。 読んでて思ったのは、著者は病前は結構自分に自信があったのではないかと。身一つでハードなルポを書ききるくらいの体力、コミュ力、言語化能力、人間関係構築力、更に発達障害の妻を支えているという自負と度量。そういうものがあったのかなと。そこから、急に今までできていたことの大半ができなくなるという状況に陥った時のショックといったら想像以上のものだろう。 そういう状況でも今まで培った知識から、ライフハックを使ったりできたとある。が、行の多い文章を読むときに定規を当てる程度のことであれば、自分もやってるし、何なら職場の人の多くもやってる。それは脳が不自由だと自覚したからやってるわけでは勿論なく、自分の力を過信せず少しでもミスを減らすために、普段から行っている心がけの一つだ。自分の力に自信がある人は、そんなことを普段からやろうなんて思いもつかないかもしれない。 と、考えると、本著でもホワイトカラー従事者ほど、不自由な脳下でのリスクが高いと述べているが、まさにホワイトカラーの自称シゴデキが、普段から心がけなんて行わず備えも行わないことで、いざ不自由な脳となったときに今まで自分がいた世界と変わりすぎてパニックになりやすいだろう、という点でも想像はつく。 とはいえ、この本を読むと普段の心がけ程度のことで多くをカバーできるような問題でもないのはわかるが…。 コミュニティという形は、他の人から見ればどれだけ危うい性質なものであっても、弱者にとってはよりどころとなる、との記述がある。それだけ人の力はデカい。将来今の形とは違う形で弱者に対する支援が成立したとしても、それは人の力であることに変わりないだろう。近頃はコロナをきっかけに行政も含めてデジタル申請が進んでいるが、デジタルは主体的にならないと使うのが難しい。特に行政で、弱者以外も層に含むような施策だと公平性の観点もあるので、今のような申請自体は残さざるを得ない部分があるだろう。そうした場合に本に出てくるような脳が不自由な人には、支援する人が一つ一つの動作に寄り添って申請を行うということがこの先更に必要になるかもしれない。ただ、役所の中で窓口や福祉職場が政策決定部署に比べて下に見られるように、このような支援をする人のこともずっと軽んじられるのではないか、必要性がこの世に浸透しないのではないか。こういう人の力こそ、AIに代替できないというのに。 「ケアの倫理」を読んだ後だったこともあり、そんなことを思った。
1投稿日: 2025.04.02
powered by ブクログもともとは私も、生活保護なんて、怠けているだけ。自己責任、と思っていた。 やる気がないだけだ、と。 しかし最近、いろんな人に接し、いろんな本を読むことで、考えが変わってきた。 自分で考えれば判断できることを、考えないで動いてしまう。 流されてしまうのだ。 世の中、脳がきちんと働いていない人が大勢いると。 63年間生きてきて、今までそういう人が少なかったのか、 いやいや自分に物事を判断する目がなく、そういう人の存在に気づかなかったのか。 後者の可能性が高い。 そんな考えを持ちつつある中で読んだこの新書。ずしんと来た。 貧困をテーマにしていた著者は、脳梗塞で今までできることができなくなった。 スーパーで払うべき金額を財布から出すことも困難になった。 その時初めて自分が取材してきた貧困に苦しむ人たちの行動がわかってきたという。 彼らは取材といっても約束の時間を破る、用意するよう依頼した資料を持たない、 やるべきことをやらない。ちゃんとやれば貧困から抜け出せるのに、やらない。 しかし、これを著作にしてしまうと、「自己責任論」に薪をくべるようなもの、 敢えて伏せた。 しかし、やらない、のではなく、できない、彼は身をもってそのことに気づいた。 先天的か、虐待や暴力などの後天的かは別として、脳が働かない、あるいは、 今の世の中の厳しい決まりに適応しない。結果仕事ができず、貧困に陥る、、、 そうだ、虐待の原因として、先天的に脳が機能しないゆえに親が苦しみ、 そうなってしまう、ということも書いてあった。余計に悪化させる、、 あまりに苦しい。 脳なんて、皆どこか機能していない部分があるはず。 農耕社会であれば、多少のそれはどうにでもなったはず。 それが今の管理社会、特に日本のように、電車が早く着いただけで詫びるような 社会では、すぐ社会とずれてしまう、、、貧困に陥ってしまう。。。 そんな世の中で、格差が広がる。貧富の差が広がる。 とんでもないことだ。 もちろん地頭のよさで世の中のニーズをつかみ、大金持ちになるものもいよう。 でもそれとて、その人間が生まれる前に今の社会は用意されていた。 それは彼の努力ではないのだ。 まして、企業内競争に勝っただけの社長や、偏差値だけのエリート、 世襲議員がうまい汁を吸うのは論外。 競争社会は是と思う気持ちは今も強い私だが、この貧富の差はありえない。 年収100万と何十億ほど人間に差があるわけがない。 いや、脳の働きの問題で世の役に立ってないとしても、極貧で生きなくてはいけない ということはないはず。死にたいと思いながら生きることはないはず。 社会からずれただけなのだ。。。 再配分をうまく采配するのが政治家の勤め、そしてその采配通りに動くのが官僚。 これらが機能するのは難しい、というのがフリードマンだし、私もそう思う。 思うが、やらないわけにはいかない今の経済。 どうしたものか。 答えは出ない。 しかし、脳が働かない人が貧しくていいわけはない。 第1章 「なぜ?」の原風景 第2章 自己責任的に見える当事者 第3章 やっとわかった彼らの言葉 第4章 「働けない脳」の僕たち 第5章 なぜ彼らは座して破滅を待つのか 第6章 なぜ彼らは制度利用が困難なのか 第7章 「働けない脳」でどうするか?―当事者と周辺者・支援者へ 第8章 唯一前進している生活保護界隈 最終章 貧困の正体
3投稿日: 2025.04.01
powered by ブクログ仕事で人間関係のストレスが高かったとき、自分でも不安を感じるほど集中力の低下を感じた。その後、異動したこともありあの時ほどひどいことはなくなったが、この本を読んで、あの時の自分役立たず感はコレか!と思った。 今健康に働いている人だって、誰でも陥る可能性があるし、理解ある家族や友人がいなかったらどんどん悪化してしまうリスクがあると思うとゾッとする。 ドラマ化とかして、本人が説明出来ないその辛さがもっと一般的に広まるといいと思う。
1投稿日: 2025.03.30
powered by ブクログこの本を読んで、 「見えない・理解されにくい複雑な条件によって生じる不自由」を深く理解できました。 著者が過去の取材資料を基に、かつて理解できなかった人の気持ちを汲み取り、過去の自分に伝えるように執筆した過程は相当な苦労だったと思います。 そのため、決して批判的に受け取ってほしくはないのですが、それでもやはり、その立場になったからそう思うようになったのであって、と、読んでいて少し頭をよぎりました。 私は、自己責任論が強くなる背景には、人々の生活や精神状態が不安定であることがあるのではないかとも思いました。 簡単に言えば、気持ちや生活に余裕がないと、他者へのあたりがきつくなり、思いやりを持てなくなる。そのため、配偶者や家族の愛情が思いやりにうまく紐づかない限り、必要なサポートを提供できる人、それこそ本書にある「適度な依存」に耐えられる人がいないのではと感じました。 「どうすればもっとサポートしてあげられるか」と考える愛のある家族や配偶者、あるいは会社のマネージャーのような視点で読む人には非常に参考になります。 しかし、信頼や愛がない家族や同僚、ただ同じ国民として読むと、 大変なのは分かってる。でも、私も自分でいっぱいいっぱいなんです。そんな中、自分の中で再現できない不自由さを理解してほしい。と言われても、そのメッセージが心苦しく感じる部分もありました。
3投稿日: 2025.03.30
powered by ブクログ「されど愛しきお妻様」「脳が壊れた」の著者がまた新たに出された著作、タイトルも最初の著書「最貧困女子」に絡む内容なのかな、ということで発刊から気になっていたもののやっと手に取ることができ読了。 難しい内容ではないものの、咀嚼しながら読んでいたせいか読了までかなり時間がかかりました。 発達障害系や後天的に脳に何らかの障害を負った人が日常的にどんな困難を抱えながら暮らしているのか、当事者からの視点で解き明かしてくれたのがとても納得できました。 大抵の場合そういう人達は自分の状況を自分で語る言葉を持てないので周りも理解して援助したり出来ず、流されたり放置されてしまうことが多いと思いますが、こうして言葉にされると「そうたったのか!」と腑に落ちることばかりでした。 こう言っては何ですが、著書のように貧困の人を取材してノンフィクションを出しているような人がまさに当事者になったことに運命のようなものがあったというか、「よくぞそんな目に遭ってくれた」というような因縁めいたものを勝手に感じてしまいました。この人でなければこのように「行政につながれない」人の理由を言語化して世に出せなかっただろうと思います。 p110ほんとうに、どんな疾患や障害が原因かは別にしても、実に様々な要因で人間の脳はたやすく「働くのが困難な脳」になり得る。けれどここで、理由もわからず混乱するのと、不自由な背景に何らかの症状があるという機序を知るのとでは、大きく異なる。 たしかにそうだろうと納得すると同時にまずそんなふうには考えられない人が当事者の殆どではないかとも思う。 自分に不利なことを言われた時に自己弁明的発話が出来ないことを指す裁判用語で「供述弱者」(p100)という言葉があるそうです。 知的障害や発達障害のある人をここでは指しているようですが、そのような障害がなくても「供述弱者」傾向のある人はかなりじつは居るんじゃないかなぁと思います。 生活保護ユーチューバーという人がいることも知らなかったので驚きました。 「本来はやりたいことがなくても、別に人は生きていてもいい。生きてるだけでもいいはずなんですけどね」というしばさんの言葉が染みました。 最終章にでてきた「被害児童」の生育歴には想像を超えた凄まじい悲惨さがあり言葉をなくします。 p238福祉とは、それを利用する者を施す側が望む「枠」に嵌め、嵌まらない者を除外するものであってはならない 本当にその通りだと読了後つくづく思いますが⋯現実は難しいんでしょうね。 本書は社会問題ジャンルに分類されていますが、精神科や児童発達関連の医療の方々にもぜひ読んでいただきたい一冊だと思います。
7投稿日: 2025.03.29
powered by ブクログ科学的エビデンスがないので、やや説得力には欠ける内容だと感じた。筆者の実体験も元にした話なので、共感する部分などもあり、また人生においてこういう人達が時折自分の周囲にもいたことを思い出させられた。
1投稿日: 2025.03.28
powered by ブクログうつを発症するほどのストレスは、脳に想像以上のダメージを与えているのだと感じた。疑問点が少し解消された気がする
1投稿日: 2025.03.27
powered by ブクログ脳の力が弱くなると、社会に参加できなくなりやすいと説き知ることができる本。 脳の力が弱くなるのは、本著の述べた他に、私なりに思うところは、スマホ依存然り、ポルノ依存然り、アルコール依存、タバコ依存、本書では触れていない影響も脳の力が低下してしまう原因であることを私たちは知らなければならない。 健常者とは何か、普通とは何か、働けないとは何か。 私たちは幸せに生きるために行動している。生活保護や社会保障も充分に活用するのは正しいと私は思う。 この本では安易にメンタルクリニックに行かない方が良いと触れていたが、私は、メンタルクリニックは活用するべきだと思う。注意する点は、自分にあった症状を得意とする精神科をおすすめする。医師にこの症状を得意とする医師は誰かを聞くのもいいだろう。 私は、精神も肉体もメンテナンスは必須であると考えており、生活保護も社会保障も活用し、いつか、社会復帰できる場を見つけたときには、きっと、他の人とは違う、あなたにとっての幸せな環境での社会への参加ができるだろう。
1投稿日: 2025.03.24
powered by ブクログおすすめされたので読んでみた。 最初の、お金の計算が出来なくて商品も置いて泣きながら出ていく女性の描写がとても印象に残っている。
2投稿日: 2025.03.20
powered by ブクログ●2025年3月17日、グラビティの読書の星で紹介してる男性がいた。「まだ読んでる途中だけど、色々と感じる所があって参考になります。」 ブクログだと「古畑ぬん三郎」さんのレビューが良かった。 ●2025年10月9日、読書メーターで「代々続くウルトラ・リッチ 「お金づかい」の知恵」のレビュー読んでたら、ページ下部の「この本を読んだ人がよく読む本」欄にこの本が表示されてた。
0投稿日: 2025.03.17
powered by ブクログ「働けない脳」の医学的とも言える解説に終始 する。閉塞した社会に生きる若人。太陽は必ず登る。輝く明日を信じよう。
0投稿日: 2025.03.16
powered by ブクログ貧困は脳のせいだという話で納得しかない。そういう人たちと仕事していると実感する。割り切りと諦め、知った上での対策が丁寧に描かれていてよかった。
1投稿日: 2025.03.15
powered by ブクログ衝撃の内容 自分の過去体験を辿れば思いあたる事がそこかしこに見える リアルタイムで取り組んでいる人間関係にも考えなければならない事が多々見えてくる 過去現在未来にわたって知識として持っておくべき事実
1投稿日: 2025.03.15
powered by ブクログお金の本だと思って読んだら福祉分野の書籍 福祉分野の言葉が説明なく書かれているの難点 何度も同じ説明が繰り返されるので後半は飽きるが 脳機能障害の知人がいると そうだよねそうだよねと納得するばかりの作品 そっと寄り添う大切さを心から感じた作品
2投稿日: 2025.03.12
powered by ブクログ少し前に、「風呂キャンセル界隈」という言葉が話題になった。「あぁ、面倒くさくて入れないとき、あるよね」。そう笑いを持って受け止めた人も多いだろう。しかし、それを笑えない人たちがいる。本気で風呂に入れないのだ。入りたくないわけではない。入らないといけないこともわかっている。でも入れない。どういうことか。 うつ病の兆候としてよく挙げられることのひとつに、入浴の困難がある。健常者でも夜遅くにクタクタになって帰宅し、「もういいや、風呂は明日の朝入ろう」と考えて、そのまま寝てしまう経験はあるだろう。うつ病になると、朝起きた瞬間その状態からスタートする。謎の疲労感と倦怠感。十分に寝ているはずなのに疲れが取れず、体がだるい。歯を磨く、服を着替える、髭を剃る……日常生活にさまざまな支障が出始めるが、いちばん顕著に現れるのが風呂である。 医学的には「易疲労性」と呼ばれるが、本書では「脳性疲労」という言い方をしている。脳が疲れた状態、脳のはたらきが低下している状態、つまり体じゃなくて脳が不自由な状態。この「不自由な脳」がいかに貧困と結びつきやすいか。それが本書のテーマである。 「不自由な脳」は一般に理解されにくい。それは怪我や肉体の欠損と比べて見えにくいということもある。内臓疾患でもレントゲンや各種検査の数値で可視化されるが、脳の「不自由さ」は数字や言葉で伝えることが難しい。だがそれだけではない。 著者はもともと貧困層や生活困窮者を取材してきたルポライターである。その中で、彼らには共通した特徴があることに気づいていた。時間を守らない、計画性がない、約束を破る、危機的状況なのに何もしない。なぜこんなにもだらしがないのか。でも著者はあえてそれを書かなかった。書けば「こんな人間は貧困になって当然だ」と自己責任論の燃料になり、貧困者に対する攻撃を助長してしまう。そういう危惧があったからだ。だが同時に、著者自身もその「なぜ」を深掘りせず、「結局そういう人たちなのだ」と考えることしかできなかった。 それが一変したのは、著者が脳梗塞で脳機能障害を負ってからである。そこではじめて、彼らが「やらない」のではなく、「できない」ということに気づく。冒頭の例を思い出してほしい。誰かが「風呂に入れない」と言っても、健常者は「そういうことは誰だってあるよ」と、自分にとって既知の困難の延長線上で理解してしまう。「できない」のではなく「やらない」だけ。つまり努力が足りないとしか思ってもらえない。この断絶感。 僕の話をしよう。前に勤めていた会社で隣の席だった先輩の話。その先輩は真面目で几帳面な性格だった。彼の作る資料はいつも綺麗に色分けされていて、先輩の性格をよく表していた。その先輩があるときから急に遅刻や欠勤が目立つようになった。昼頃にようやく出社しても、パソコンの画面をただぼうっと眺めている。僕は先輩の分まで仕事しなくてはいけなくなり、正直心の中では「もっとしっかりしてくれよ!」「気合いを入れろよ!」といつも毒づいていた。ほどなくして先輩は会社を辞めた。いま考えると、その先輩は間違いなくうつ病だった。それが理解できたのは、僕自身もうつ病になってからだった。 でも、そういうのは病気の人でしょ。病気と怠けてる人を一緒にしないでほしい。そう思うかもしれない。だが、著者は過去の貧困の取材を振り返って、その対象者たちに高い頻度で発達障害や精神疾患による精神科通院歴があったことを思い出す。そして何より、「確実に間に合う時間に家を出たのに約束に遅れる」「買い物でレジの表示金額を見ても財布からいくら出せばいいかわからない」といった、かつての取材対象者たちと同じ状態に著者自身も陥っていた。そこではじめて「不自由な脳」、すなわち「やらない」のではなく「できない」脳が存在することに気づく。 こうした不自由脳の持ち主は、現代的な社会生活から容易に脱落する。なぜなら、この社会は「できる脳」を基準に回っているからだ。不自由なのが体であれ脳であれ、介助も経済的支援もないまま生きていくのは同じくらい無理ゲーなのに、脳の場合は助けてもらえないどころか自己責任論の矢を向けられる。「俺たちは同じ環境でこんなに頑張っているのに、たったそれしきのことで!」というわけだ。そうやって当事者は口を閉ざす。いっそう自分の苦しさを隠す。 うつ病というと、一般には気分が落ち込む病気と思われているかもしれない。しかし、うつ病や双極性障害のような精神疾患は、もっと全般的な脳機能の低下を伴うことが多い。たとえば僕の場合、朝から午前中にかけての意識や記憶が不確かになる。自分が何をしていたのか、あるいはいま何をしているのかすらわからないことがある。こんな経験があった。頂いた桃を冷蔵庫に入れておいたので、それを食べようと思った。だが、冷蔵庫を開けたら桃がない。妻が帰宅してから「冷蔵庫の桃どうした?」と聞いたところ、驚きの答えが返ってきた。今朝僕が自分で剥いて食べていたというのである。刃物を使っていたのに、その記憶が一切ない。寝ぼけているだけだと思うかもしれないが、催眠状態のような感じで自分に保証が持てない。自分が自分でなくなってしまったようで、シンプルに怖かった。 そんな僕も夕方から夜になると、だんだん意識がはっきりして、普通の生活が送れるようになる。問題はそこだ。周囲の人間は元に戻った僕を見て、「ほら、やっぱりできるじゃん」と思う。そして、できるときの僕を基準にして「やる気がない」「サボってる」と判断する。健常者は意識はコントロール可能なものだと思っている。なぜなら、脳とはまさにコントロールする器官だからである。したがって、その脳が「不自由」になったときにどんな事態が立ち現れるか、想像がつかないのだ。 ほかにも本書を読んで思い当たるのは、中長期的な思考や判断ができないことである。僕の場合は予定を立てて計画的に実行することができない。たとえば、僕は家で家事をやりながら仕事しているが、休みの日に妻から「洗濯して」と頼まれる。これは簡単だ。ところが、平日の夜に「洗濯物が溜まってるから明日洗っといて」と頼まれると、かなりの確率でできない。やることはまったく同じなのだが、「明日の予定に組み入れる」になった途端、急に難易度が上がる。いつから始めていつまでに終わらせるか(普通はそんなこと意識せずにできると思うが)、それが思考できない。気がついたら夕方になっている。目の前のことをひとつひとつ処理していくのはできるが、To Doリストを作って優先順位をつけてやろうとすると、混乱して何をすればいいかわからなくなる。本書に出てくる建築デザイナーの女性と同じだ。あるスパンの中で自分の現在地がどこで、いま何をすべきかが思考できない。 だが、こんな僕でも誰かがタスク管理してくれれば、健常者と同じように仕事することができるのだ。いや、僕はもともとデザイナーで、デザインしたりこういう文章を書いたり、クリエイティブな作業なら普通の人より得意だという自負さえある。つまり、体の不自由な人でも適切な支援があれば社会生活が送れるように、脳が不自由な人にも支援が必要なのだ。だから、まずはその「不自由さ」を可視化すること。それによって不毛な自己責任論を終わらせること。それが本書の目指しているゴールである。
14投稿日: 2025.03.07
powered by ブクログ発達障害をテーマにした小説を立て続けに読んだということもあり、ここに書かれていることは、腑に落ちることばかりだった。 著者自らが、脳梗塞による高次脳機能障害であり、自分ができなくなってしまったことを例に挙げていることで、説得力が俄然増している。 脳のワーキングメモリが働かない状態。 これが全ての鍵だった。 ワーキングメモリの低下は誰しもが経験することなので、だからこそ、頑張ればなんとかなると思ってしまう。できないのはただの甘えだとも思ってしまう。たって自分はなんとかしてきたから、と思ってしまう。 なんで支援ので差し伸べていのに、そんなにぐうたらなんだ!なんで約束を守れないんだ!やっぱりそういうところがダメなんだよ! そう思ってしまう。 けれど、それとは全く違うんだ、と経験者だからこそ、著者は主張する。自分もかつてそうだった。でも今見た数字も一瞬で忘れてしまう。なにをどういう順番でやればいいのかわからないで立ちすくんでしまう。 これは、ワーキングメモリの問題なんだと。 全く次元が違うのだと。 そして、ライフハックを工夫することで、改善されることも多くあるという。この具体的な援助の方法はいい。大上段に構えて上から目線で書類を渡すのでなく、わかりやすく番号をふること。指をさしてどこに書けばいいか誘導すること。1行ずつ読むように他の行を隠すこと。 こんな簡単なことでパニックを抑えることができる場合もある。 支援の方法を変えることで、支援が生きる。 そうやって適度な依存をすることを自分も周りも許容すること。 この本が売れていて多くの人が手に取っていることで、貧困は自己責任だと切り捨てるだけの風潮が少し変わるとよいなと思う。 合理的利他主義的なことを敢えて言うと、結局は、自分たちのためにもなることだ。
26投稿日: 2025.03.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
p153 生活保護の水際作戦の基本方針として、「いきなり申請でなく、まずは相談から」のスタイルを採っていた福祉事務所が多かったと聞くが、「相談から」は実に当事者の弱点を理解しているものだなあ、などと思わざるを得ない p167 厳密な診断名を得るよりも、単に認知機能の低下があれば共通して似たような不自由が起きること、その対策を学ぶことに導くことこそが、薬物療法でいるファーストラインではないかと思うのだ p185 障がい者手帳を取得している当事者から聞き取れる非常にありがたいサービスが、ハローワークのスタッフが前職や得意分野などをしっかり把握したうえで、面接に同行してくれるというもの p190 本来言語聴覚士の職域にあって注目すべきは、僕の脳画像の言語野が損傷しているかいないかとか、発話能力の点数だし、経験があるほど引っ張られるのは「他の当事者との比較」「平均的な健常者との比較」による、話せているか話せていないかの評価である けれどこの言語聴覚士は、極めて単純に純粋に、僕の訴えのみに注目してくれた。僕が発症前の自分の基準に比較して、いまものすごく話しづらい状況にあると言っている、そのことだけに注目して、その苦しさをどう改善できるかを真剣に考えてくれたのだ。 p217 救われるべきときに救われなかった子どもらが長じて差別と排除の対象になるのは、耐え難い理不尽だ。さらに彼らは間違いなく、世代間を連鎖する貧困というものが、連綿と続いてきた日本の現実であることの、生き証人でもあった p236 困窮するものを純粋に苦しさから救わんとするのが福祉
2投稿日: 2025.03.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
YouTubeでこの本のことをオススメされていたので読んでみた。 貧困と障がいについては結構な確率で関連がある。よく情弱という言葉もでてくるが、貧困に陥る人は高確率で障がいを持っている、またはグレーな診断を受けたことがある人が多い。 筆者は長年取材をしてきたが、自分が高次脳機能障害に陥ったことで、今までの意識を改めたと書いている。 「働かない」のではなく「働けない」 この心理を実体験を通してわかりやすく書いてくれている。 障がいを持っている、または持つようになるととてもじゃないがまともに働けない。というものだった。 はたから見たら、サボっているようにしか見えないけど、実は違う。ということを説明してくれているので、なるほどそういう感じなのかとよくわかったし、生活保護についても書いてくれているので参考になるだろうと思った。 ただ、こうならない方法のようなものはない。あくまで、貧困者に対する自己責任論の払拭を試みたいということのようだ。
20投稿日: 2025.02.27
powered by ブクログ約束破る、遅刻する、督促状を読まない、など、貧困者に関するなぜ?という問題意識が面白そうで購入したが、正直言って期待外れ。理由は一言で言えば、脳の病気のため。自己責任論を否定したいが為に、都合の悪いことは全部無理矢理脳の病気のせいにしているように感じる。 そんな貧困者は悪い脳の病気に操られているだけの人間未満の存在とし、人格を持つ個人、主体性、責任をもちえる基本的な人として扱われない。それは物凄い侮辱行為、非人間的行為だと思う。
1投稿日: 2025.02.26
powered by ブクログ『最貧困女子』や『老人喰い』などを書いた著者は2015年に脳梗塞を発症した。その後遺症として高次脳機能障害と診断され、かつて自分が取材した貧困当事者と同様の状況に陥ってしまう。 約束や時間を守れず、他愛ないコミュニケーションがとれなくなり、簡単な文章を読み解けない。それは脳という重要な器官の機能不全がもたらしたもので、本人たちのせいではなかったのだ。障害を負ったことで、彼女・彼らが置かれていた苦境が初めて理解できたという皮肉。 うつ病などでこうした症状が現れるかは不明だが、著者の気付きには確かな説得力があった。
5投稿日: 2025.02.25
powered by ブクログ「自己責任」という言葉について考えるきっかけを与えてくれました。人間それぞれ違うし自分にできて他人に出来ないことや他人ができて自分に出来ないことがあるという当たり前のことに気がつきました。「出来ないのは努力が足りないから」と言った価値観をいつのまにか刷り込まれていたように感じる。出来ることをやればいいと思う。
2投稿日: 2025.02.24
powered by ブクログ著者が高次脳機能障害に罹患し、不自由な脳の当事者となって書いた本。 高次脳機能障害だけでなく、発達障害などの理解にとても役に立った。 あとがきがとても感動した。 患者さんへのアドバイスが満載だった。
1投稿日: 2025.02.11
powered by ブクログ職場のストレスでうつ症状と診断され、休職していましたが、同じ症状が見られました。現在は復職し、元に戻ったと思っていましたが、この本を読んで、疲労しやすくなり、疲労が一定数貯まると途端に人の言っていることがわからない、文字を見て認識しているが頭に入らない自分がいることに気がつきました。
3投稿日: 2025.02.04
powered by ブクログ2024/12/23予約10 最貧困女子の取材後、著者本人が高次脳機能障害になり過去の取材時の違和感に気づく、というもの。だらしない、時間を守らないなど、それを書くと自己責任論争になるため、敢えて避けてきたが、やらないではなく、できないということを実感として感じた、とのこと。生まれたときから障害を持っている人は、以前と比べることができないため自分の極度の疲れと、一般的な疲れが違うことに思い当たらない。 疲れは客観視できないから、それを抱え生活するのは確かに無理。その経験はなかなか知ることができないため貴重な本。
3投稿日: 2025.01.25
powered by ブクログhttps://www.youtube.com/watch?v=qKwUx7QbX2k 岡田斗司夫 https://www.youtube.com/watch?v=POyCT2pfIZY https://www.youtube.com/watch?v=i9nKaXVfPbk
0投稿日: 2025.01.21
powered by ブクログ高次脳機能障害の当事者となった著者が、かつての取材で出会った貧困の中にいる若者たちの特性を、再度捉え直し、彼らの言葉や行動を翻訳する。そして、脳の障害を持つ当事者自身の対策と、周りにいる家族らの支援のあり方について提言する。当事者ならではの説得力がある。
1投稿日: 2025.01.13
powered by ブクログ貧困に大きく影響する不自由な脳の働きは、貧困だけでなく、虐待、PTSD、DV、うつ病、発達障害など過酷な環境や疾患など、誰にでも起こりうること(特に人と接する仕事やホワイトカラーの人)が丁寧に説明されていて、分かりやすかったです。範囲を広げれば、抗がん剤治療やワクチン接種後のブレインフォグも、一時的かもしれないですが、不自由な脳に該当するとも考えられ、こうした人の復職支援もこうした視点が参考になると思いました。
1投稿日: 2025.01.11
powered by ブクログずっと考えていた劣悪な家庭環境と発達障害の因果関係。正解がここにあった!作者が終始自分の間違いと向き合っていて良かったな。中盤はくどかったけど高次脳機能障害や発達障害の当事者への共感、慰め、解決方法提示も兼ねてるだろうからしょうがないか。あとがきも染みた。所謂ヤンキーや売女と言われてるような人間の背景が不条理で同情深いものだということがもっと知られるといいな。 メモ ・貧困家庭の連鎖。 ・認知されない水面下の自助努力。(高次脳機能障害に近いワーキングメモリーの低下やそれによるパニック、様々な判断能力認知能力の低下) ・女性はセッ久ワーカー・ナイトワーカーへ、男性はヤクザへ。 →劣悪な環境から逃げた先で学んだマジョリティの社会性による沼。 ・振る舞いや問題解決の誤学習。劣悪な生育環境により脳の発達が妨げられ、後天的な発達障害に。 ・これらを考慮できない人による無慈悲な"制裁"という間違った自己責任論。
1投稿日: 2025.01.08
powered by ブクログうつ病の真っ只中だった時、まさにこの状態だった。 書類や本が読めない、自分で取ったメモを見てもさっぱりわからない、不意の質問に頭が真っ白になる、簡単なメールの返信に半日かかる、“不安”になればなるほど頭は働かなくなる…そして、突然限界が来て休職に至った。 当時から、自分でもこういう困難があると思っていたし、ネット上を探せば同じ病気で同じように困っている人は沢山いた。だから、界隈ではこれらのことは当たり前のように共感を得ていた。 こういう辛さ、困難さを家族には説明してきたつもりだったが、おそらく、伝わっていなかった。 「あの時、この本があったらよかった」 この本を相手に手渡して、こんな風になっていると言えたらよかった。そうしたら、不安が減ったかもしれない。もしかしたら、業務調整だって出来たかもしれない。もっと早く回復出来たかもしれない。今も残る脳性疲労は、もっと少なかったかもしれない。 支援者や周囲の人、今はまだどちらでもない人(でもいつそうなるかわからない)に、ぜひ読んでほしい。そして、この困難を想像してほしい。きっと、想像してもわからないと思う。けれど、そういうことがある、と知ることで、当事者に対する見え方はきっと変わる。
12投稿日: 2024.12.28
powered by ブクログ最貧貧困女子から10年 なぜの原風景: 違和感の原体験 圧倒的不可能感 不自由な脳→貧困 当事者: 不動産ローン破綻者 失業プロセス タスクの優先順位を見失う 彼らの言葉: 脳がつかれる=脳性疲労 自身も理解困難 脳性疲労→自罰 働けなくなる不自由 働けない脳: 探せない&融ける時間 把握・判断・自己決定力喪失 供述弱者 座して破滅を待つ: 不安スイッチ 依存の風景 制度利用が困難: 背景症状 記入作業≒地獄 書類を作る側の問題 当事者と周辺者・支援者へ 生活保護界隈 貧困の正体: 生涯特性 円環の摂理 1. 貧困と脳 - 本書では、貧困が脳に与える影響について触れられている。特に、貧困に直面している人々が「働かない」のではなく「働けない」状況にあることが強調されている。 2. 社会的期待と現実 - 社会的な期待が高く、貧困層に対する偏見が根強いことが述べられている。特に、周囲の人々が持つ「自己責任論」が、貧困層の人々に対する理解を妨げる要因となっていることが指摘されている。 3. 心理的影響 - 貧困状態にある人々は、脳の働きが低下し、ストレスや不安にさらされやすいことが説明されている。これにより、判断力や決断力が損なわれることがあり、日常生活における困難が増大する。 4. 自己理解と周囲の理解 - 当事者自身が自分の状態を理解している一方で、周囲がその理解を欠いている場合が多い。自己理解が高い当事者でも、周囲の無理解がストレスの原因となり、コミュニケーションの障害となることがある。 5. 社会的支援の必要性 - 生活保護制度などの社会的支援を受けることが難しい理由が述べられている。例えば、制度を利用することへの恥や恐怖が、支援を求めることをためらわせる要因となっている。 6. 事務処理能力の低下 - 貧困層の人々は、事務処理能力が低下しているため、必要な手続きや申請を行うことが困難である。特に、行政手続きにおける複雑さが、彼らをさらに追い込む要因となっている。 7. 労働環境の変化 - 労働環境における変化や、職場でのストレスが脳に与える影響についても言及されている。特に、仕事の負担が大きくなることが、精神的な健康に悪影響を及ぼすことがある。 8. ケーススタディ - 具体的なケーススタディを通じて、貧困と脳の関係がどのように現れるかを示している。特に、実際に貧困に苦しむ人々の体験が、理論的な議論を裏付ける形で描かれている。 9. 支援への期待 - 社会的な支援を受けることの重要性が強調されている。特に、周囲の理解や支援が当事者の生活にどのようにプラスの影響を与えるかについて考察がなされている。 10. 結論 - 貧困は単なる経済的問題ではなく、脳や心の健康に深く関与していることが本書の核心である。貧困層に対する理解と支援が、社会全体の福祉に寄与することが重要であると結論づけられている。
0投稿日: 2024.12.26
powered by ブクログ人から見たらサボっているのでは?どうしてそんなことができないの?と自己責任論で分かりやすく分類されてしまうような人たちが、筆者の体験に基づいてなぜ彼らはそうなのかを解説した本でした。 我々の日常生活でも、やろうと思っていた事を別の事に気を取られて忘れてしまったり、考えるのも嫌な事から目を逸らしていたら忘れたり、本を読んでいてもいつの間にか仕事の事を考えていて全然ページが進んでいない事にはっとする瞬間などがありますが、脳の障害や疲労により、そういう症状が極端に現れてしまった人たちが、社会的にも貧困に陥りやすいと言う事が分かりました。 そう言った症状が、先天的なものなのか?後天的なものなのか?などもう少し深堀されていると良かったと思います。筆者によると特に子供のころの虐待や搾取などの体験が大きな影響を与えているようですが、虐待を受けると誰でもそうなるのか?先天的に困難がある人が虐待を受けるとそうなるのか?など、もう少し知りたいと思う点がいくつかありました。 実際に今できる事が難しくなってしまった時の対処案なども丁寧に書かれています。何でも分かりやすく片付けてしまう今の世の中で、多くの人が持つ視点とは異なる視点の学びはあったと思います。
3投稿日: 2024.12.18
powered by ブクログ「貧困者はなぜ怠惰なんだろうと思っていた。自分が高次脳機能障害になって彼らの気持ちが本当にわかった。」 この繰り返しに辟易した。
1投稿日: 2024.12.16
