
総合評価
(5件)| 0 | ||
| 0 | ||
| 1 | ||
| 2 | ||
| 1 |
powered by ブクログ【概略】 「社会主義・共産主義」という言葉から連想されるイメージは、実は本来の出発点は違ったものとなっている。そんな社会主義・共産主義を「人間の自由」という要素にスポットライトを当て、日本民主青年同盟(民青同盟または民青)の学生を相手に開催されたオンラインゼミでの質疑応答を書籍化。 2025年12月09日 読了 【書評】 国家観は保守、地方公共団体の運営はリベラルな感覚じゃないかなと思う自分がいて。そのため政治家の方達の書籍を手に取る時は、相対的に自分とは逆側の方のものを意識的に手に取るようにしててね。・・・で、今回、「そういえば自分は志位さんの書籍、読んだことないなぁ」と思っていたところにリハックという動画チャンネルで志位さんが対談されているところを目にして。「これは何かのご縁だな」と手に取った次第。読者としての立場は、頭から否定せず、そして重箱の隅をつつく・・・なことはせずにポジティブに読みたいなぁと思って読んだ。 読了、というか読み進みている間の印象としては「あぁ、そりゃソ連の人達をはじめ、当時の人達は共産主義に対して桃源郷のようなイメージを持ってしまうよねぇ」というもの。桃源郷じゃなくて理想郷かな?相手のことを信じて、性善説にたって、人間の無限の可能性を信じて、物質的にも精神的にも成熟に成熟を重ねた姿・・・のように思えた。これは嫌味でも皮肉でもなく、(少なくとも自分が生きてる間は無理だとは思うけど)ひょっとしたら何百年・何千年先にそういった形態になっていたら素敵だよね!ってのは感じた。 まず「資本主義」という言葉の普及にマルクスが多大なる影響を与えてるというところが興味深いよね。そして共産主義=粛清なイメージ・・・ではなく、マルクスやエンゲルスが説いていた共産主義は、もっともっと現代の人々が持つ「自由」のイメージに近いものということ、意外だったね。やはり常に「なぜ?」「問い」から広がるアンテナをはって、さらには実際に調べるという行動をしなくてはと思ってしまった。 同時に、本書で語られる理想の姿は、「国家」という枠組みとして実現するには相当に、本当に幾千年の年月を要する・・・代わりに、存外と「コミュニティ」という極めて少人数で、尚且つなにかしらの共通項が属するメンバーにある状態においては、その理想に近いものになるのではと想像してしまった。(環境対策といったものとは別の理由で)「生産」に対し一定の規制・制限をかけることは現実的ではないし、その生産量の調整や見込み・推測などが適切かそうでないかの判断なども(AIに任せるという世界線以外は)難しいようにも思えてね。逆にコミュニケーションを面と向かってやることができる少人数においては、その意思疎通における齟齬は少ないような気もする。「マス」というフェーズに入った途端、歪みが出るような気がしてならないのよねぇ。もっとも、内ゲバなんてこともありえるから少人数でも難しいような気がする。 しかしながら、本書で紹介されているマインドについては、現代の、とりわけ若い世代の方達には刺さるような気もする。ホントに個別化が進んでてさ。高校生相手のワークショップで、自分の好きなコトを他者に紹介してもらおうと提案したのね。昭和や平成の前半だと、グループ内で好きなコトのシェアを占めるものって、なにかしらあったハズなのよ。それこそ「巨人大鵬卵焼き」じゃないけれどさ。「鬼滅の刃ぐらいは共通項でありそうでしょ?」とタカをくくっていたら、ある人はフリースタイルのバトル、ある人はディズニー映画、ある人は純文学と、バラバラ。多様になってきたのよね。こういった状況だと、「自由」だって本当に人によって感じ方が違ってくると思う。そんな多様な状態で、コミュニティがどんどんセクト化していくような状態だと、個を尊重する本来の共産主義のマインドは認められていくような気もする。 ただ一方で、とある人の「自由」は時として別の人の「自由」と衝突することもあって。その多くは自由を履き違えた発想かもしれないけれど、自分の自由と他人の自由は、干渉しちゃうこともある。そんな中でどうやってその衝突にどうやって折り合いをつけていくのか、がハードルなのかなぁ。この辺りはもうしばらく、自分の脳内での議論が必要な気もする。 本書は青色のカバーのもので、志位さんは最近、赤色の本も出版されたそうな。赤色の本も既に入手しているので、こちらも併せて読んでみたいね。
0投稿日: 2025.12.10
powered by ブクログ夫が、共産主義の意味がちゃんと分かっていないから読んでみたいと図書館で借りた本です、私も理解していないから読んでみました。 そもそも、マルクスもエンゲルスも共産主義社会の最大の特徴として「人間の自由」を挙げていて、それを可能にする社会の在り方を追求し続けていたそうです。 学生時代にそんな風に習ったっけ?! 現代を振り返ってみれば、資本主義のほうが時間を搾取されていませんか?!貧富の差に苦しんでませんか?! 自由な時間を取り戻し、豊かな未来社会をつくるには共産主義が一番ですよ、という内容でした。 それはわかったけど、共産主義のもと労働をすると、どうして自由時間が増えるのかそのしくみがわからなかったし、余暇を個人の趣味に使っていたら社会の発展はない気がするし、資本家に搾取されなければ、国民は自然に熱意をもって仕事に取り組む想定をしているようだけど、怠け者も続出だよねと思うし、共産主義って性善説の中で成り立つ机上の空論ばかりだなあ、という印象で終わりました。。純粋とも言う?! そうではない、ちゃんとした理論が本書にも描かれていたのかもしれないけれど、私にはこれ以上は難しくて言葉の意味も分からなくて理解できなかったです・・
2投稿日: 2024.09.16
powered by ブクログ私の共産主義の知識は中学時代のまま。国が国民に仕事を与えて失業者ゼロを目指すといった感じ。 ・それなのになぜ今でも日本共産党が存在するのか ・共産主義で仕事にやりがいは得られるのか ・共産主義で技術の進歩はあり得るのか などを知りたくて本書を手にした。 結果として上記の回答は本書では得られなかった。 以下、本書で知ったこと。 ・資本主義では貧富の差が拡大するばかり ・資本家は利益を追求することしか考えていないから地球環境は悪化するばかり ⇒だから共産主義がいい ・共産主義になれば資本家に搾取されないから自由な時間が増える(自己成長に時間を費やせる) ・共産主義になれば失業者がいなくなるので生産性が上がる 書いていることは何となく理解できるが、突っ込みどころ満載。 ・自由時間が増えればアル中やギャンブル依存症が増えるでしょ ・失業しない社会ならまじめに仕事をしない人が増えるでしょ とにかく性善説が前提になっているように感じた。 また最初に「分かりやすく書いた」と記しているが、まったく読みづらい。 例 「まず利益第一主義は~~新しい社会の客観的条件をつくりだします」 「社会の客観的条件」とは何? こんな記述ばかりで5ページに1回眠たくなった。たった150ページでもさらっと読める本ではなく、学者が「教科書の内容を漢字を減らして解説しました」といった感じ。漢字だけ減らしても内容をかみ砕いてくれなければ理解できない。 また、「共産主義=自由がない」と考えていたが、本書では「共産主義こそ自由の条件である」といったことを何度も言っている。ならば働かない自由もあるの? 「分かってほしいのよ!」という熱意は伝わったが、結局7割理解できなかった。「共産主義になればどう幸せになれるのか」をバカにも分かるように書いてほしい。国民には私レベルの人間も少なからずいるのだから。
0投稿日: 2024.08.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
残念ながらこの政党の果たすべき役割を考えると本書の★の数は1個でも多い。 私的に簡潔に言い切れば、「資本主義社会とは、屁理屈による、形を変えた奴隷制、窃盗、詐欺、横領、賭博、売春、殺人、戦争・・・あらゆる犯罪の合法化である。」 この屁理屈によるあらゆる不当な支配から人々が自らを解放し全面的自由を獲得する道筋を示すのが共産主義の学説だ。 衣料品通販大手「ZOZO」創業者の言い訳は滑稽。 曰く「格差を縮めるには資本を分散させる」「みんなで株を持とう。目指せ国民総株主」。これではリスクを全国民に押し付ける事になる。こんな妄想では無く、生産手段の社会化=科学的社会主義しか方法が無い。そんなにご自身が嫌いなら、それこそ大資本家だったエンゲルスを見習った行動をすれば良い。 本書は概論的であり、それを実践により豊かに発展させ=自分の言葉で有権者に語るのは読者であるが、著者は東大の物理工学科卒、個人名義の著作ならもう少し「しんぶん赤旗」連載時より加筆し理系らしく表現出来ないのかと正直思う。 或いは著者はアマチュアピアニストだそうだが、エリック・サティは熱心なフランス共産党員で、スターリニストには理解不能な自由奔放な作曲をした。この辺も話に加えれば、「共産主義の自由」(p77)により具体的な肉付けが出来た筈だ。 この政党の任務と役割=綱領路線で考えると本書は現状認識に於いて危機感と警戒感が低く、一種イデオロギー的後退すら感じる。既に1970年代に「海水の平均温度が1℃上昇すると大変な事になる」と当時の「赤旗」に掲載され今は1℃を超えている。またこの政党は前世紀末頃までは「国民に安易に『未来社会』=『共産主義社会』の青写真を提示してはならない」と自ら厳しく戒めて来たのに今は「未来社会論」である。 未来社会や理念を国民、有権者に「言って聞かせる」のでは無く、厳しい現実社会の具体的な問題と如何にそれと戦い解決するのか・・・具体的な現実から話を進めるべきだろう。 p109には反論がある。 ①「高度な生産力」日本では「産業空洞化」、「衰退途上国」と言われる様にその大半が失われつつある。(例:太陽電池、液晶パネル) ②「経済を社会的に規制・管理する仕組み」は継承どころか日本には無く、逆に独占資本が社会を支配している。(アベノミクス) ③「国民の生活と権利を守るルール」も継承どころか全く不十分でこれから闘い取る内容では無いのか。(例:国民健康保険料、年金問題、生活保護受給妨害問題) 「国民に危機感を煽らず展望を示す事」と「能天気」は全く異なる。或いは著者は「しんぶん赤旗」の記事を毎日真面目に読んでいるのかと疑いたくなるのだ。 自分の体=時分割の体 人生は崩壊する素粒子と同じで、時間軸上の存在。物理の常識では質量とエネルギーは等価。「人の命=人生の時間=お金」と表現出来る。 *剰余価値学説では、簡単に言うと、材料に加工(労働)を加えて製品にするとその価値が大きくなる。その価値の増加分は労働者の労働力=命を削った物である。 生まれてから棺桶に入るまでの時間軸を全部他人に取られたのが奴隷。自分の体=時間=命は総て奴隷主の物。「奴隷は死んで初めて自由になる」と。 奴隷制から時代が進んで資本主義社会になると、形の上では労働者は市民。しかし生産手段を所有しない労働者は時分割で、時間軸上の自分(=労働力=命)を切り売りしないと生きられない。「形を変えた奴隷制」とはこの事。 切り売りされ買い叩かれる命、時間軸上で自分自身の為に生きている時間=自分の体=自分の命がドンドン短くなる。 本書では「自由な時間の横領」と言われるがもっと深刻に直接的に命が奪われると言うのが本質。 原発事故の際のテレビアナウンス「直ちに健康に影響は有りません」=即死はしないと言う程度、これと同様。 非正規、ギグワーカーは雇用主の都合の良い時だけスマホで呼び出されて働かされる。 「定額使い放題」にされてしまう、管理職、技術者、教員等々も地獄。 労働者はドンドン自分の時間=命を奪われる。 そして日本の労働者の多くは「自己責任論」で洗脳されているので、どんなに長時間労働が苦しくても、収入が少なくても、「それは自分に能力が無いのがイケナイ」と自ら納得してしまう。 最終的には過労死、徴兵されての戦死で、この時間軸はポキっと折れた様に先が無くなる。これが資本主義の正体。 ここをイラストやアニメーションで分かりやすく説明する理系と美術系のセンスが必要に思う。 自由な時間が増える もし共産主義社会が実現できたなら、「労働時間が短くなり自由な時間が増える」だけなのか?労働は嫌な事なのか=今までの社会では大方そうだった。趣味では無いからどんな社会でも仕事には責任があるが、共産主義社会では搾取が無くなり労働の本質が大転換される。 あらゆる職種の人々が労働の主人公になる。だから、労働者各自の創造力や良心が遺憾なく発揮され、労働その物が労働者、農民の専門家としての自己表現として開花する。 工場労働者も窓口業務の人も心底消費者=自分達自身の仲間に親身になった仕事が出来る。 製薬、自動車のデータ不正や環境破壊は自動的では無いだろうが少なくなるだろう。「誰のために働く=自分達自身の幸福=他の皆の幸福の為に働く」と言う喜びと自覚が生じるからだ。 これを形式的に押し付け「自発的」の名の元に強制し、その実態は品質管理では無く独占資本による人間管理の手法であったのが今までの社会の在り方。 発狂者続出で悪名高いQCサークルとその源泉の、一見は民主主義を装ったISOが分かりやすい例。 CADで設計し、外注と一緒に機械を作り上げ、自分で調整し、それをまた別の会社に納品する。そこにはその機械を待ちわびる、別の会社の労働者がいる。不具合を出したらその人達を苦しめるし、使い易い安全な機械を作れば歓迎される。 大学を出てから政治一筋では、例え「労働者の党」の幹部の人でも、幾ら科学的でも机上論だけで「仕事としてのもの作りの喜びと苦しみ(=命を削られる)」のこうした実体験は著者には無いだろう、気の毒だがそれが本書に反映している。 今でもこうした責任を伴う生きがいは潜在的に有るのだが、それが人間的に民主的に全ての人の物になるのだ。 「労働者が真の主人公」、正に現憲法の精神「国民主権」の延長線上にあるのが共産主義社会。だから、保守政党は共産主義ばかりか現憲法をも敵視する。 青年 今の日本の若い人達には「共産主義には自由が無い」どころか「批判するのは嫌なヤツ」と言うのが定着してしまった。 此処では詳論しないが、それは財界とアメリカが学校教育、マスメディア、文化、サブカルチャー、玩具迄支配し総動員した、「戦争推進のメディアミックス」を半世紀以上に渡り実行している結果だ。前述の「自己責任論」も同様。 なぜ独占資本はせっせと「戦争推進のメディアミックス」や「自己責任論」で国民を若いうちに洗脳するのだろうか。短期的に日本では憲法9条を破壊して日本を戦争する国に引き戻す事であるが、科学的社会主義の学説の「社会変革の主力が労働者階級である」事を彼らなりに熟知しているので、社会変革を阻止する為に労働者、国民を子供のうちから洗脳し、自主的な判断力を奪い、歯向かわない様にしている。 実例として大分市の中学校社会科の教員は「私達は考えられない人間を作る事を使命としています。」云々*1と真顔で言ったそうだ。 そして日本のナショナルセンターの一つは右傾化し政府与党にすり寄っている。 財界に使い易い従順な日本国民、アメリカに使い易い戦争への批判力を奪われた日本国民がこのメディアミックスで大量に養成された。 大変恐ろしい事であるが、この政党の党員かつ有給の地方組織の職員である事を公言している漫画評論家にもこうしたタカ派サブカル=ガンダム等が大好きな=実際の戦争にも腹の底では無批判な人物が存在する。*2 民主主義勢力、平和勢力にもこうした人物が深く浸透/潜入していると言う現実も著者には直視して欲しい。 そしてこの政党の教育政策にも瑕疵がある。 前述上記の「戦争推進のメディアミックス」に公教育が組み込まれているので生徒や教員が悲鳴を上げるのだ。この政党の教育政策に限っては、この政党の「綱領路線」と矛盾しているので生徒と教員の苦しみの根本原因=憲法違反と言える管理主義教育の源が「財界とアメリカの戦争戦略に使い易い国民の養成」にある事が関係者に理解/表現出来ない。 この教育政策の瑕疵の問題はもっと根が深いかも知れない。「戸塚ヨットスクール」が大問題になった当時、「赤旗」は戸塚ヨットスクールを擁護する連載記事を連載していた。しかし、ある時期を境に読者に対する謝罪無しに、記事の内容を180度転換し、戸塚ヨットスクールを批判する側に回ったのだ。 この戸塚ヨットスクールの問題は共産主義以前に重大な人権と民主主義の問題であり、この政党の機関紙の記事の過誤はそれこそ共産主義に対する誤解を増長させる内容であったが、紙面に謝罪、反省が掲載されなかった。共産主義はおろか人権と民主主義に無理解な人物を編集部に潜入させてしまったとも評価出来る。 件の戸塚氏は今も暴力=体罰を肯定する立場である。こういう教育の名に値しない立場と闘うのがこの政党の歴史と役割ではないか。 日本の青年は 「自己責任論」と 「戦争推進のメディアミックス」 で洗脳され 反共主義以前に「批判するのは嫌なヤツ」が定着している。 その上にこの政党の「綱領路線」と矛盾した教育政策の瑕疵と言う問題がある。 こうした市井の(民青の良い子ちゃんでは無い)青年達に胸襟を開いて話を聞いてもらうには相当の工夫、努力と時間を要する。 クリチカルパス 他のレビュアーの方は「現実社会の問題を解決するには共産主義しかないというのは乱暴」と言う意味を書いている。では他に有効な道筋が有るのだろうか? この政党もいきなり「社会主義社会を目指す」とは大昔から言っていないし、核兵器や環境問題も資本主義の下でも出来る事を直ちにやらないと人類に未来は無い。先ず民主主義を徹底し、財界やアメリカの横暴に歯止めをかける事だとこの政党は以前から言っている。そして国家間の対話による核戦争、戦争の防止。 しかし、暴走して来た資本主義による、核の危機、環境破壊は著者の言う通り引き返せないギリギリの所に到達してしまった。 日本語の3つの「K」核兵器、環境破壊、階級社会、この3つを解決出来ないと、人類はおろか地球生命全体が太陽の寿命より遥かに前に滅びると思われる。 宇宙には多くの人類が存在するだろうが、人類が存在する限りどの星にも階級闘争が存在し、3つの「K」が解決出来なかった星の人類、生命は早期に絶滅しているかも知れない。 人口の1%程度のイスタブリッシュメント=独占資本は、「地球がダメになったらテラフォーミングで自分達だけ火星に移住すれば良い」と漫画見たいな事を考えているが、地球環境を管理出来ず、額に汗して農作業をした事も無い超大金持ちが、火星の環境で農業が出来るとは思えない。AIのロボットに働かせるのも無理だろう。ロボットを作り、そのソフトを書くのも労働者だからだ。 大変残念だが私達地球生命も淘汰の過程にある。 恐らく人類の存在する星の1%程度しか生き残れないだろう。 私達は生き残れるのか、「必ず共産主義社会に到達する」のではなく、共産主義はクリチカルパスでは無いのか? 変質の危険性と事実 科学的社会主義の言う「人類本史」に辿り着けるには膨大な時間がかかるし、紆余曲折も多い。 その紆余曲折の大きな一例として、今の中国共産党は事実上新自由主義政党でありアメリカに育て上げられた物だ。共産党を詐称し、赤い旗を振りながら残忍な新自由主義政策を自国民に行うのは、他国の財界にも有意なのだ。「あれが共産主義の実態だ!」と自国の国政革新運動=本物の共産党を抑え込む事が出来、さらに中国への投資で利益を上げるので、多国籍化した独占資本には中国共産党は有り難い存在なのだ。 最近の中国の資本主義は帝国主義の段階に到達しているのではないか?公海を一方的に自国領とし、軍事的挑発を強めている。正に「ニセ左翼」とはこの事だ。 戦争の原動力 支配したい国、地域、民族を分断し、対立させ、殺し合い(戦争)をさせてその双方を支配するのが、世界人口の1%程度で世界の資産の90%を所有する人々=所謂独占資本の手口である。 例えばウクライナ戦争で沢山の高価な戦闘機が撃墜される。その代金はロシア、アメリカ、ウクライナ、欧州各国の国民が税金で支払う事になる。それで各国の軍需産業は戦争で肥太り、各国々民は戦闘で死ななくても、地獄の増税による福祉、医療、年金の削減、切り捨てで、結局命を奪われる、これが戦争と戦争準備の実態だ。現在戦時下に無い我が国もこの状態ではないか。 中国を仮想敵としたアメリカを中心とした軍事ブロックが作られつつあるが、その中国の新自由主義、帝国主義を育てたのもアメリカの独占資本=アメリカ帝国主義である。正にマッチポンプ、ヤラセ、サクラ、「ニセ左翼」とはこの事で、こんな「茶番劇」で人命が奪われる。 旧ソ連中国の様にならない保障(p131) むしろこの政党が高度に発達した資本主義国のイタリア共産党の様に右転落する危険性があると考える。 具体的な兆候としてはこの政党は昔から「誰の為に何と闘って来たのか」自明であり、第24党大会でも大企業の横暴との闘いが数多く報告されているのにその大会決議に「決して大企業を敵視する物では無い。」の一文がわざわざ書き加えられている事である。 「一体誰に気を使っているのだろう」と疑うのが普通だ。 高度に発達した資本主義国の共産党故の弱点もある筈で、これに対する警戒感が本書には無い。 また比較的最近の兆候としては松崎いたる、松竹伸幸、鈴木元の存在だろう。更には「ブクログ」のレビュアーにも存在する「党員」を自称/詐称する彼等のシンパサイザーだ。これは主に日本を戦争する国に引き戻す為の独占資本とアメリカ筋の差し金と考えられる。 「高度に発達した資本主義国の共産党故の弱点」を多国籍化した独占資本=戦争推進勢力は既に熟知していて、この政党の内部からの破壊、右転落、分裂を企てている、その現れだ。 或いは多数者革命の過程で「共産党と名の付く政党」或いはその一部幹部が独占資本に飼いならされてしまうのだ。それ程彼等は巧妙、狡猾である。 この政党での著者の前任者は、前世紀の終わりごろ「赤旗」の1面トップに「21世紀のマルクスが歩いてくる」と自身をマルクスに例え讃えた、自惚れた自己に対する個人崇拝的な記事を書いた。(この政党の機関紙の私物化でもある。)こういう弱点も多国籍化した独占資本は見逃さない筈だ。 本来、共産主義=科学的社会主義は「個人崇拝とは無縁」の筈で、この政党は毛沢東一派=中共との闘いで、それを学問的にも実践的にも経験していた筈である。 複眼視、客観視 物事には必ず2つ以上の側面がある。著者は少し以前「複眼視する事が必要」と良く仰せだった。この事は著者とその所属政党に対する見方にも当然当てはまる。 或いは総ての物事には歴史的制約がある。自らの歴史的制約を「仕方なし」と放置せず、科学的に自己批判、検証可能なのが科学的社会主義=共産主義の発展する源泉、生命力ではないのか。 例えば性的少数者の方々に対するかつての誤った認識をこの政党は謝罪し方針転換している。 著者の前任者である、引退した不破哲三氏に対する否定的な側面を含む再検討も必要だと思う。氏の著作「スターリンと大国主義」の全文では無く、その一部をこの政党の文書(=公式見解)としたのはその表れと考えられる。 ファシズムと戦争は燎原の火の如く広がるが、民主主義、科学的社会主義の実現には多くの時間と対話が必要なのだ。 コミュニズム≒コミュニケーション 「コミュニズム」私には「通信主義」「対話主義」とも読める。一切の暴力を排除し、慣れあいでは無い対話と一致点での共同、選挙による闘争で人類を進歩させ被抑圧者を解放し階級社会を克服する、正に民主主義の学説だと痛感する。 但し「対話党」なんて党名に変更してはならない、滑稽だ。目的が「共産主義社会の建設」なのだから今の党名を変更する言われは無い。 生命の問題 この学説は「生産関係と所有関係の矛盾の解決、即ち搾取の廃絶」「一切の暴力と強制の廃絶」を目指す学説であるが、更にその先が有る様に思う。 生命の根本原理「代謝と生殖」による競争の緩和である。 生命の「弱肉強食」「自分の遺伝子を残す為には手段を択ばす」が階級社会の大元の支配と搾取のルーツである。 人類が滅びてもそれは「自分さえ良ければ良い」と言う「生命の本質的エゴ」を知性で解決出来なかったと言う事になる。 生命を化学反応と捉えると非常に複雑で出発物質には無いその反応に無関係で酵素=触媒ですら無い物質をもかき集めて核爆発すら引き起こす。 生命は化学反応だけでは無くソフトウエアベースでも有るのだ。 況や核兵器も生命の所産である。 オリハルコン 昔から一番国民の側に立っているこの政党が国民から一番嫌われている現状。 共産主義学説は両刃の剣であり、それを使いこなそうとする者自身にも、少しでも疚しいところが有ると意思を持っているが如くその者にも襲い掛かり、疚しい部分を切除する。 そうやって自らの膿を出し切り、苦しみながらでないと、この剣を使いこなし、真の民主主義社会、共産主義社会は作れない。 だから反共デマ攻撃や戦前のこの政党に対する虐殺等の弾圧が仮に無かったとしても人々はこの剣=共産主義学説と共産党を恐れるのだろうか。自己の客観視、相互批判と自己批判には勇気を要する。 科学者と共産主義者が冷静に学問的に絶望する時が恐ろしい。 そうならない様に小さな一歩を一人ずつ。 ひとりの自惚れた「英雄」では無く多くの人々の頭脳にオリハルコンを! *1:イスラエル軍元兵士が語る非戦論 ダニー・ネフセタイ著 p77 *2:紙屋高雪はその言動では無く規律違反でこの政党を除名された。
0投稿日: 2024.08.13
powered by ブクログ初心者向けの政党プロパガンダ本に言うのも野暮な話だが、結論ありきで説明が粗雑。資本主義の欠陥(分配の失敗)はおっしゃる通り。資本家に富が集積し、他方で今日の暮らしもままならない労働者が多数を占める社会は誰が見たって異常だ。だからと言って進むべき道が共産主義しかないと言うのは極論に過ぎる。何にでも裏表があるものだ。共産主義のネガティブな側面も取り上げた上で、それでもなお資本主義の修正よりマシですよ、と言わなければ信用されない。 生産手段の社会化がどのように自由時間創出に寄与するのかの説明もないし、そもそも「時間だけあってもね」と言う人は多いかも知れない。そしてソ連の失敗は社会段階が未発展のうちに共産化したからだと言うが、現在から100年前を見て「遅れていた」と判断するのはナンセンスだ。社会の発展は連続的なのだから、どこまで行けば十分かの共通理解を得ることは難しいだろう。 共産主義最大の課題は社会発展のインセンティブ設計にあると考える。生産余力を全て自由時間に変えて余暇に注ぎ込んでしまったら社会の発展はなくなる。この点では資本主義の拡大再投資システムに圧倒的な分がある。世の中にはキリギリスだけでなくアリも必要なのだ。 とは言え同党の安保、福祉政策には共感できるものが多い。この本は若い人に向けた入党勧誘が目的のようなので、敢えて難しい議論を避けている面もあると思うが、もう少し理論を肉付けした続編を期待したい。
0投稿日: 2024.07.31
