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たそかれ
たそかれ
朽木祥、山内ふじ江/福音館書店
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総合評価

19件)
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    かはたれ、がよかったので続編も。 かはたれよりもより広いはなしで、登場人物も多い。戦争の悲しいはなしもあるけど、河童と人間の交流が美しい。不知のかっこよさよ。

    0
    投稿日: 2024.09.09
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    前編は「かわたれ」夜明け前の薄明かりに対して、この編は「たそかれ」夕暮れ時の黄昏。 母を亡くした麻と河童の八寸の話に対して、20年前にやはり人間と親しくなった不知という河童が、長い歳月を得てもう会えないことを納得して、八寸と共に散在が池に帰っていく話である。 会えない人間を待ち続ける不知の孤独を思って涙します。孤独の中でも暖かい思いやりをもらって少しずつ成長する麻。 ほんわかいい話でした。

    0
    投稿日: 2024.03.16
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     『かはたれ』の八寸にまた会えると思って、はやる気持ちを抑えながら読み始めました。八寸がまた麻やチェスタトンと再会出来ると思ってなかったので、それだけで心はハッピーに。 『かはたれ』と比べて、挿絵のインパクトが少ないのが残念だったけれど、登場人物のその後がわかり、みんなが幸せになっていく様子がわかり大満足です。 とても心に響いた河井くんの言葉… 〈人の心が悲しみや苦しみでいっぱいになってしまうと、音楽や絵や物語の入り込む余地はなくなってしまう。だけど、心がそのまま凍ってしまうわけではない。人の心の深いところには、不思議な力があるからだ。何かの拍子に、悲しみや苦しみのひとつが席をはずすと、たとえば音楽は、いともたやすくその席にすべりこむ。そっとすべりこんできた感動は、心の中の居場所をひそやかに広げて、まだ居座っている悲しみや苦しみを次第にどこかに収めてしまう〉  実際に河井くんの言っていることを身をもって体験してきたのに、日々の喧騒や苦しさで、またこのことを忘れてしまっていました。 『かはたれ』と『たそがれ』。この上なく美しいこの二作を読んで、鈍っていた感覚がまた呼び起こされてきた実感があります。とても大切な本になりました。

    8
    投稿日: 2022.08.20
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    河童時間ではそんなに時間はたっていないが、人間時間では4年の月日がたった散在ガ池。 八寸は長老に呼び出され、“不知”という学校のプールに住む河童を迎えにいくよう申しつけられる。 〇晴れ晴れと八寸と手をつないで歩く不知の姿に良かったなあと思った。 〇校長先生のお話を皆に聞いて欲しいなあ。 〇チェスタートンにあえた。

    2
    投稿日: 2021.08.25
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    「かはたれ」の続編。 前作はとにかく八寸がかわいそうだったけど、この作品では失敗する様子もひたすら可愛かった。 「こわくてあぶないのはむしろ、だれにでも見えるものしか見ようとしない人間たちや、目に見えるものしか信じない人間たちなんだ。」 校長先生の話の部分、不知と司の別れの部分、そして最後もやはり涙が止まらなくなりました。

    2
    投稿日: 2020.09.20
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    同じ作者の「かはたれ」の続編。 「かはたれ」を補完し、さらに拡がりを持たせている。 ただ、前作「かはたれ」を読まずに単独で楽しめるかと言えば少し疑問。単独作品としての完成度という点では「かはたれ」のほうが高いように感じた。 種による時間の流れの違い、が切ない。 犬のチェスタトンと河童の八寸が挨拶を交し合うラスト近くのシーンは、深く印象に残った。

    3
    投稿日: 2016.01.24
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    かわたれのほうがよかったなあ。不知はかっこよかったけどね。かわたれのように河童と人が共に成長していくというところが描かれていない。不知が能力がありすぎてなんでもありになってしまう気がする。それにかわたれの内容が説明されすぎる。たそかれだけ読んでもわかりやすいといいと思う。

    0
    投稿日: 2015.12.11
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    「かはたれ」の続編。 前作で親兄弟と再会した八寸が、長老に呼び出され、街の学校のプールに住み着いている「不知(ふち)」という河童の中でも尊い血族の最後の生き残りを、山の方に戻ってくるように説得してこいと命じられる。 八寸の可愛さは相変わらずで、好奇心もであるがゆえに、うっかり姿を晒し痕跡を残してしまったため、学校が河童騒動となるのが可笑しい。 そのおかげで、麻は八寸の存在に気づく。 プールで出逢った不知がそれはとてもとても美しい、銀色にきらめく肌を持つ河童というが、河童が故に「美しい」という想像ができなかったけどw 司をひたすら待ち続ける不知の心が切なかった。 最後は山に帰っていく河童たちだったけれど、また続編を出して欲しい。 というか、不知の一族が何故、不知を残して絶滅したかの謎が謎のままで、その物語も出るかもしれない。

    1
    投稿日: 2015.06.21
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    不知が身の上を語るあたりまでは非常に良かった。 これから不知が「死」をどう受容していくのかがカギだな、と思いつつ読んだら、ある意味ちょっと卑怯な展開。 孤独な不知と音楽を愛する少年司との友情は美しいが・・・。 突然河井君という少年が加わるのも、なんだかな、という感じ。 著者の心に響く音楽を表現したかったのだろうけど。 しかし、これ、ジブリが映画化するといいと思うな。 幻想的な美しさ、河童と人間の友情、音楽、戦争、古いプール、過去へのタイムスリップ、どれも映像向き。映像にすれば、著者が聞かせたかった音楽も無理なく聴かせられる。 クラシック通なら、この本に出てくる音楽はどれもおなじみだけど、メインの読者である小学校高学年から中学生くらいで、このメロディーがイメージできる子は本当に少ないと思う。 ラフマニノフ、シューベルト、カザルス、バッハだよ。 「ゴルトベルク」なんてのは、小中学生が好んで聴く曲とは思えない。しかもはっきりと「ゴルトベルク」やバッハと書いてあるわけじゃない。 大人向けの小説ではしばしばあることだけど、容易に検索できない子供に、こういうのはどうなのか。 沼にフルートを持っていったら、フルートが駄目になるのでは、など余計なことも考えた。 八寸があまり活躍しないのも気になった。

    1
    投稿日: 2013.11.04
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    「かはたれ」の続きのお話。個人的には、「かはたれ」よりも好きかも知れない。だけどそれは「かはたれ」を読んでいればこそで、あぁあの時あの人はこんなことを思っていたんだとか、そんな風に時を過ごしていたんだとか、色々な人の視点で様々な出来事の背景を知ることができて面白かったです。そして不知と司の友情にウルっとし、校長先生のお話にも涙。戦争学習などの時などにも読んで欲しいお話だと思いました。

    1
    投稿日: 2013.04.03
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    山の沼や池で今もひっそりと暮らす河童たち 人間に姿を見られたことで起こった騒動の果てに、 小さな八寸は人間のもとへ修行に出される しかしてこれもうまくは行かず、再び池へと戻った八寸に 長老は一つの役目を課した 「学校のプールに棲みついた、月読の一族の生き残りを連れ帰ってくるように」 木の皮で出来た地図と、お母さん河童が持たせてくれた沢山の木の実 そして姿を隠せる不思議な珠を携えて 八寸はペタペタと学校への道を歩むのだった。 * 多くを語りすぎることもなく 何かが足りないこともなく 絶妙なバランスで書かれた文章だなぁ!と読んでて感心した いざ迎えに行ったはいいものの、 月読の河童、不知は首を縦には振らず、 ガンとしてプールから離れようとはしない 誰かが何かを待ち続けている場所 そんなプールに1匹でいるのには、 深く切実な想いがあって。 優しさと、温かさと、悲しさとつらさと。 人だって河童だってそれを感じる心の 時間の長さは変わらないんだ

    0
    投稿日: 2012.10.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    あれから4年、麻は中学生に。でも八寸はまだ、こども、かな。 でもその子供さ?が不知にとってはよかったのかも。 純粋に人と慕う気持ちが同じだったんじゃないかな。 前回は麻の気持ちの方にいろんな変化、とゆーか成長?がみられたが、 今回はそのへんをふまえて、不知の哀しみ、を 救う物語だったな。 自分が救えなかった人、じゃなくて、自分を救ってくれた人として 思い出すことができる。 思わぬところで再登場してきた河井くんでしたが、いーことゆーなーと。 また校長先生もいーこといったなー。 目に見えないもの、その向こう側にあるもの。それを想像できる人になりたいなあ。 お父さんは残念。大きな川が流れてる、に笑った。 でも分かる。そーゆーの全く受け付けない人っているよなー。 ああ、別にそれが悪いってわけじゃないんだけど。 私はベランダから恐竜が頭のぞけてくるってゆーのわくわくしたい。 その物語読みたい~。 にしてもほんっと再会できてよかった。 うん、もうそれだけで十分っ。 朽木祥 くちき、じゃなくてくつき、しょう、さん。 作者略歴のところに広島生まれ、被爆二世、とあった。 なるほど、と。 そういうところが主題、ではないんだけど、 あの戦争で生まれた哀しみを、風化させたくない、という気持ちは あるんじゃないかなあっと思った。

    0
    投稿日: 2012.07.16
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    かわたれ は鎌倉郊外の散在ガ池に住む河童と人間の少女 麻 の物語でしたが、こちらは続編で、4年後の物語です。 かわたれで知ることになったみんなに再会できて、その後を知ることが出来て幸せな気持ちになれるのは、やはり、よく出来た物語であることの証明です。 前作で、河童の男の子に魅力にまいった人たちには、文句なしのお奨めです。といっても、これは蛇足で、そのような人たちはとっくに読まれていることでしょう。 さらに、蛇足ながら、私たちが深い山の中に静かに佇む巨木を見上げて感じるあの独特の感覚、、「神秘的なもの、神々しいもの」を、存分に味わうことが出来ます。

    0
    投稿日: 2011.10.29
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    前巻が「絵」なら今回は「音楽」がキーワード。八寸が家族と出会えて、ひとりぼっちの寂しさが埋められて、ほっとしながら読みはじめた。前巻よりも少し大きなテーマで対象年齢も少し上かもしれない。 戦争の話が色濃くて、大空襲の話は胸が苦しくなる。作者が被爆2世だということを知ってしまっていたから、広島の原爆のことも重なって読めて、余計に苦しい気持ちになった。銀色の河童が本当に繊細で美しくて、帰ってこない人を待ち続けるのが切ない。 音楽や絵や物語の持つ力の素晴らしさを謳いあげる本でもあった。本当に辛くて心に何も入りこむ隙間がなくても、いつかふとした時にすべりこむ。終章のその場面を泣きながら読んだ。 私自身はこの登場人物たちのように、ここまで辛い気持ちにも境遇にもなったことはきっとないと思う。それでもすぐにくじける気持ちを慰めてくれるのは、やっぱり数々の音楽や絵や物語だったと思う。それらがなければ、不安定で危なっかしい気持ちで過ごす毎日を、ここまで生きて来れなかっただろう。また一冊心を慰めてくれるすてきな本を読んで、明日ももう少しがんばろうかな、という気持ちになれた。

    3
    投稿日: 2011.06.01
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    待ち続ける心。わかっているというのと理解しているとの違いも・・・。いじめられっ子の少年が少したくましくなって出てくるけれど、非常にリアリスティックな登場になっていた。そこもまた狙いなんだろうとは思うが、ラストの締め方とともに、もう少し情緒あるタイプを私としては望んでいたのかもしれないなあと・・・読み終えて気がついた。 とうとうAmazonで1クリック買いしてしまった。 やはり、「かはたれ」を読んでからこちらに来ると、先の不自然さはまったくなく、これはもう、連続ものであり単独に読むものではなことがわかる。

    2
    投稿日: 2010.09.26
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    喪失、罪悪感、そして再生と赦し。戦争の悲しみ。八寸の子どもらしさと純粋さが話の重さを救っている。麻も河井くんもいい子だ。

    2
    投稿日: 2010.05.23
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    「かはたれ」と「たそかれ」。 似た言葉をタイトルに持つ『かはたれ』と『たそかれ』は、 1冊1冊で完成しているが、 『かはたれ』のストーリーを『たそかれ』が補完する形になっており、 『たそかれ』まで続けて読むと、 『かはたれ』で起こっていた出来事の意味がよりわかる、 という構成になっている。 著者が広島出身の被爆二世であることもあり、 戦争について描いているところが『たそかれ』独自の特徴である。 本書は、学校のプールで いつまでも誰かを待ち続けている様子の河童・不知の物語。 『かはたれ』に続いて、八寸と麻も登場する。 『かはたれ』から4年の月日が過ぎていた。 八寸が今回与えられた使命は、 学校の古いプールに住み着いてしまった不知を説得して、 散在ガ池に連れ帰ること。 不知は、月読の一族という高貴な出で、 本来なら散在ガ池を統べることができる河童なのであるが、 戻ってこないのだ。 不知の一族に対しては、他の河童も縁が深いので、 不知を連れ戻すことは、 24年前の事件のために肩身の狭い思いをすることになった 八寸の一族を救うことにもつながるからと。 再び人間の世界にいくことになった八寸は、 中学生になっていた麻と再会する。 麻は、八寸を描いた作品をきっかけに絵の才能を開花させ、 美術で国立中学に進学していた。 その中学は、不知のいるプールのある学校だったのだ。 そして、小学生のころに、いじめられているところを麻が助けた 河井君は、音楽で国立中学に進学しており、 彼もキーパーソンの一人として本書は進んでいく。 河童は人間の10倍かけて年を重ねていく。 人間にとっての戦後60年、70年のいう時間は、 河童には違う感覚で流れていたのかもしれない。 そして、戦争を体に刻んでいる著者にとっても、 その時間は、私達のそれとは違っていたのかもしれない。 不知の時間を描くことで、物語に戦争が織り込まれている。 不知が人を待っているその古いプールは、 戦争中から貯水槽として使われていて、 戦火に焼かれ水を求めて逃げてきた人々が そこでたくさん亡くなったといういわれをもっている。   死者の数があまりに多かったために、   あまりにも突然にこの地上から決めてしまったために、   亡くなった人々は生きている人々の暮らしの中に、   ごくあたりまえのように紛れ込んでいた。   過去は、過ぎたれど去らぬ日々だったのである。 また、20年前に不知を見た少年 (彼も河童を見ることができる存在だった。)に 再会することを通して、 麻は亡くなった母の面影に再会することになる。 かつて教員を目指していた麻の母は、 河童を見た少年と教育実習で縁があったのだ。 河童を見た彼に、「皆が忘れてもあなたは忘れないでね」と言った麻の母。 その言葉は、そのまま今の麻への言葉ではないだろうか。 生きていたらきっと自分にもそういったのではないかと麻も思うのだ。 いつまでも戦時中に出会った司を待ち続ける不知の気持ちに麻は共鳴する。 なんとか、不知を司と会わせたい麻と河井君は、 さまざまなことを試み、時間と空間について考える。   そうすると、ここは不知と司さんが別れたあとの時空なんだろうか。   過去の中の未来、っていうことなのか、   それとも時間は同じようになれ出ていて、空間だけ別なのか。   ここはあのころのプールと何が違うんだろう 空間が違う? 時間の流れ方が違う? 空間は一緒で時間の流れ方が違う? 空間が別だけど時間が同じように流れてる? 思い浮かぶままを言ってみるが、わからない。 それでも試みを続けた。 不知、麻、河井君、みんなの魂が それぞれに「耳に聞こえない音楽」を聞きはじめた、まさにそのとき・・・。 本書は、同じ時間、同じ空間に生きるとは、 どういうことなんだろうと考えさせる。 本を読んでいる私達にとって、 本の中の世界が今の自分の今であるということと同じである。 同じ時空間に無自覚にともにいても、 本当の意味でともにそこにいることにはならない。 そこに生きる人たちが、 ともにその時間を生きること、 その空間を生きることを願ってこそ、 両者の時空間は真の意味で重なるのである。

    0
    投稿日: 2010.01.02
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    「かはたれ」続編。少しだけ大人になった八寸が再び人間のところへ。 不知とのやり取りが徐々に変化するさまや、もう会えないと女の子を思ってぼんやりする姿が涙、です。最後の5人の交流のシーンはほっこりします。

    3
    投稿日: 2009.11.21
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    先行作品の「かはたれ」と違って、子どもが自分で読めるようになってから、本人に読んでもらいたい物語です。 読み聞かせの場合、泣かずに読むのが難しいからです。

    2
    投稿日: 2007.07.01