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侏儒の言葉・西方の人(新潮文庫)
侏儒の言葉・西方の人(新潮文庫)
芥川龍之介/新潮社
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総合評価

56件)
3.7
10
16
16
2
1
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    私ね、若い時に読むべき(観るべき聞くべき体験すべき)ものを尽くすっ飛ばして形だけ大人になっちゃったんですよ。だから中身スッカスカのジジィなんですよねぇ。 先日「絶望名言」を借りてきた時にも「うっ。ここに出てくる作家ほとんど読んだことない。」と苦しくなりまして。 まぁめんどくさがりのパーを今更嘆いても仕方ない。まずは一冊読みやすそうなものをと思いまして絶望名言でも結構引用されてたこちらを借りてきました。箴言集なら私にも読めるかなと。 「鼻」 クレオパトラの鼻がもうちょっとこうならどうとかバカなこと言うなと。恋人は実相など見ない。一度恋愛に陥ればたちまち自己欺瞞は完全となる。そうそう。人間は見たいものしか見ない。脳がそういう風に出来てんだもの。 「暴力」 複雑な人生を簡単にするのは暴力しかない。権力もパテントを得た暴力。 どちらかというと後半の方がシンプルでいい。複雑な人生を簡単にする方法が暴力しかないのは、暴力のみがルールだからですよ。他のことはこの世のルールではないので綺麗に割り切れないんですよセンセ。 「椎の葉」 完全に幸福になりえるのは白痴の特権。 自閉症のため他人の感情が汲み取れない男性。知性や性格には問題なく、成人して結婚、中古車販売の会社経営してた。かなり成功してましたね。ただ彼は無表情で自分が障害を持ってることを自覚してる。そんな時頭に電極埋め込んだら「治る」と聞かされる。手術決行し無事成功。麻酔から覚めた段階ですでに他人の感情を読めるようになってた。で。しばらくして取材班がその男性を訪ねたら彼は浮かない顔。「些細なことにも感情移入してしまう。こんなに世の中が悲惨だと知らなかった。耐えられない。」と号泣。 昔観たNHKの番組だったんですが(海外のやつ)幸福になるためにはセンサー切らないといけないんですよね。だって敏感な針はプラスにもマイナスにも反応しちゃうから。 「仏陀」 シッダールタが6年も修行したのは王宮での豪奢な暮らしの祟り。その証拠にナザレの大工の息子は40日の断食しかしてない。 そうそう。後者は修行がほぼないに等しいんですよね。まぁどちらにしても世ま(以下略 「政治的天才」 荘厳と滑稽は一歩というナポレオンの言葉を引用。これに限らず物事ってグラデーションな上に両端が繋がってたりしますよね。セクシーさと滑稽もそうだし、男らしさ女らしさなんてのも両端が繋がってる。あまりにも男らしい男は女々しい。 「醜聞」 大衆は何故に有名人の醜聞を好むのか、について「存在しない優越に浸るため」としている。私は白蓮ほど美人ではないが貞淑であると。そして大衆は豚のように熟睡したであろう。 ちょっと芥川、言い過ぎよ? でも本当これだ。特にワタシ。これ。まさに。 「二宮尊徳」 親にとっては不名誉。両親たる責任上恥辱。 ただ不名誉も恥辱も感じるためには知性と品が必要なので本人達はなんとも思ってなかったんでしょうけども。 「強弱」 強者は敵を恐れず友人を恐れる。弱者は逆。 だから弱者は至る所に架空の敵を発見する。 何なの?俺のこと見てた? 「些事」 人生を幸福にするためには些事を愛さなければならず、些事を愛することは些事に苦しまなければならぬ。 これの調整今やってんの。まさに。私は狡いからなんとか愛の方だけフリンジを多くしてビラビラにしつつ、苦しみの方はツルツルにして染み込まないように出来ないかなと。今のところ無理なんだけど頭がおかしければ都合のいいことだけ拾って苦しみは捨てられるかも知れない。このことを先週友達のグループLINEで話したら話題変えられた。(何故 「神」 我々は神を殺すための無数の理由を持っているが、日本人は神殺しに値するほど全能の神を信じていない。 これよこれ。これがいいのよ。全能の神には太陽だけ担当してもらって、あとはかまどの神様とか切り傷の神様とか微風の神様とかそんなんで良くない?まずね、信仰する神と血が繋がってないのは人間の宗教として不自然。それじゃ主人と奴隷の関係じゃん。まぁ奴隷が集まって作ったのならば形式がそうなるのも納得だけれども。 「貝原益軒」 意気揚々と話した学生、これワタシ。私の人生いつもこれ。 んで芥川は「終始無言だった貝原益軒の侮蔑は辛辣を極める」としている。これも分かる。 世の中って本当に意地悪なんだよねー。まぁ私もチーム意地悪のメンバーですけどね。 この貝原益軒タイプの知り合いが2人いる。 彼らは顔も頭もいいから出過ぎたマネをしない。 ただ誰かが訳の分からない戯言を喚き散らしていると目の奥が笑ってる。爆笑してる。 そんな時私は声を掛ける。「楽しそうだね」と。 「芸術」 写楽を鑑賞した芥川。画中の人物は緑色の扇を胸に開いていてそれが全体を締めていたと。ただその緑は金色から発生した緑青だった。写楽を美しいと思ったのは事実、でも感じた美しさは写楽の美しさとは別。で、ここから。「こういう変化は文章の上にもやはり起こるものと思わなければならない。」 果たして文章の場合に緑青が生じるようなことはあるのかしら。それとも文章自体は変わらないけれど単語や言い回しが古くなって元の輝きを失った上に古典的な味わいが生じるようなことを意味してるのか。こういうのは阿久悠の言葉を思い出すねぇ。 どっかの映画監督とか漫画家が「的外れな解説するんじゃねぇ」とか怒ってたりしたけど、それじゃ芸術気取りで終わるんじゃないですかね。 「結婚」 性欲調整には有効、だが恋愛調整は効かない いやー性欲調整すら効かないと思うよ。 特に男。 じゃなかったらこんなに性産業が発展するわけないもの。 「多忙」 恋愛から救うのは理性ではなく多忙 古来の恋人は皆暇人 えー本当にぃ?殺人的スケジュールだったピンクレディのケイちゃんですら睡眠時間を捨てて野口五(以下略 「自由」 神だ道徳だなど連帯責任を負うのは本当の自由ではない かっこいいーーーーー。 「作家」 歌手俳優が幸福なのは作品が残らない レコードやビデオの出現でその幸福もなくなり、SNSのおかげで一般人ですら奪われましたよ芥川センセ。 「わたし」 両親に孝行だった。両親は年をとっていたから。 これ。そうだな。うん。子供は親を愛するもの。親が子供を思う気持ちなんかよりももっと深い。てか比べものにならない。 私はその理由を「親は2人MAXだけど子供はその気になれば5-10人、男ならば1000人でもあり得るから」と思っていたがシンプルに先に死にそうだからってのはありますね。確かに自分より両親が若く、自分よりも長生きしそうだったら親孝行はしない。 西方の人の方はまぁ読むには読みますがちょっと掴みづらい感じだった。もうちょっとパーにも分かるようにはっきりした味を期待したんだけどね。 星3

    17
    投稿日: 2025.11.21
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    メモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1756190250827923957?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw

    0
    投稿日: 2024.02.10
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    青年期には一度はアフォリズムにかぶれるべきだ。皮肉や諧謔、矛盾と撞着、ウィットやユーモアを学ぶ機会を大人は与えてくれないからだ。それなのに、大学入試ではそれらを解するかどうかを試してくる。 2006年 京都大学の評論「『曖昧さ』の芸術」(茂木健一郎)で、科学的でない言葉を批判する意味で「そんなものは『お話』であって、意味がない」の「お話」はどういうことか、という設問があるが、これなどは「お話」の「お」に込められた揶揄のニュアンスがわかるかどうかがポイントなのだから、気づけなければ厳しい。難関大に合格できるかどうかは、実はこんな能力の有無が大きく関係する。皮肉を解する力は、読解力としては高度なのだ。 アフォリズムとは、「物事の真実を簡潔に鋭く表現した語句」の意味で、「警句」「箴言」もほぼ同じ。この本からまずは穏便なものを紹介する。「人生――人生は一箱のマッチ箱に似ている。重大に扱うのは莫迦莫迦しい。重大に扱わなければ危険である」。もう少し毒のあるものを。「天才 ―― 天才の一面は明らかに醜聞を起し得る才能である」。「醜聞」とはスキャンダルのこと。若い歌舞伎役者たちもまたこの例か。 この本は、箴言集としては、まず読んでおきたい一冊。芥川の知性の鋭さとその底に見える人間愛に感化されてほしい。この他にも、有名な『悪魔の辞典』(ビアス)が、毒が効いていておすすめ。(K) 紫雲国語塾通信〈紫のゆかり〉2010年12月号掲載

    0
    投稿日: 2022.10.06
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    めっちゃ好き 皮肉ってるけどユーモアで自分のツボだった。 人生 瑣事 可能 二宮尊徳 が記憶してる限り、好きだったなぁ。 定期的に読むことで、グッとくる部分がまた発見できそうや

    1
    投稿日: 2022.01.23
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    ★3.5 "人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦々々しい。重大に扱わなければ危険である。" "弱者とは友人を恐れぬ代わりに、敵を恐れるものである。この故に又至る処に架空の敵ばかり発見するものである。"

    3
    投稿日: 2021.12.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    (「星」より) 『死は何処へ行っても常に生を孕んでいる。』 (「小児」より) 『軍人は小児に近いものである。』『殊に小児と似ているのは喇叭や軍歌に鼓舞されれば、何の為に戦うかも問わず、欣然と的に当ることである。』

    6
    投稿日: 2021.07.05
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    「侏儒の言葉」12/18「侏儒の言葉(遺稿)」12/18「西方の人」12/13「続西方の人」12/14

    0
    投稿日: 2020.12.12
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    烏兎の庭 第一部 書評 5.14.04 http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto01/yoko/shujuy.html

    0
    投稿日: 2020.05.10
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    30数年ぶりに読んだ。 僕は芥川龍之介の経験することのなかった年齢を生きているわけだが、それでもはっとするような言葉がいくつもある。若い頃こうした作品に心奪われたのも、よく分かる気がする。

    1
    投稿日: 2018.10.02
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    このレビューはネタバレを含みます。

     道徳は便宜の異名である。「左側通行」と似たものである。  道徳の与えたる恩恵は時間と労力の節約である。道徳の与えたる損害は完全なる良心の麻痺である。  妄(みだ)りに道徳に反するものは経済の念に乏しいものである。妄りに道徳に屈するものは臆病ものか怠けものである。  良心は道徳を造るかも知れぬ。しかし道徳は未だ嘗て、良心の良の字も造ったことはない。  わたしは古い酒を愛するように、古い快楽説を愛するものである。我我の行為を決するものは善でもなければ悪でもない。唯我我の好悪である。或は我我の快不快である。そうとしかわたしには考えられない。  ではなぜ我我は極寒の天にも、将に溺れんとする幼児を見る時、進んで水に入るのであるか? 救うことを快とするからである。では水に入る不快を避け、幼児を救う快を取るのは何の尺度に依よったのであろう? より大きい快を選んだのである。しかし肉体的快不快と精神的快不快とは同一の尺度に依らぬ筈である。いや、この二つの快不快は全然相容れぬものではない。寧ろ鹹水と淡水とのように、一つに融け合あっているものである。現に精神的教養を受けない京阪辺の紳士諸君はすっぽんの汁を啜った後、鰻を菜に飯を食うさえ、無上の快に数えているではないか? 且つ又水や寒気などにも肉体的享楽の存することは寒中水泳の示すところである。なおこの間の消息を疑うものはマソヒズムの場合を考えるが好い。あの呪うべきマソヒズムはこう云う肉体的快不快の外見上の倒錯に常習的傾向の加わったものである。わたしの信ずるところによれば、或は柱頭の苦行を喜び、或は火裏の殉教を愛した基督教の聖人たちは大抵マソヒズムに罹っていたらしい。  我我の行為を決するものは昔の希臘(ギリシア)人の云った通り、好悪の外にないのである。我我は人生の泉から、最大の味を汲くみ取らねばならぬ。『パリサイの徒の如く、悲しき面もちをなすこと勿れ。』耶蘇さえ既にそう云ったではないか。賢人とは畢竟荊蕀の路にも、薔薇の花を咲かせるもののことである。  人生を幸福にする為には、日常の瑣事を愛さなければならぬ。雲の光り、竹の戦(そよ)ぎ、群雀の声、行人の顔、――あらゆる日常の瑣事の中に無上の甘露味を感じなければならぬ。  人生を幸福にする為には?――しかし瑣事を愛するものは瑣事のために苦しまなければならぬ。庭前の古池に飛び込んだ蛙は百年の憂いを破ったであろう。が、古池を飛び出した蛙は百年の愁いを与えたかも知れない。いや、芭蕉の一生は享楽の一生であると共に、誰の目にも受苦の一生である。我我も微妙に楽しむ為には、やはり又微妙に苦しまなければならぬ。  天才とは僅かに我我と一歩を隔てたもののことである。只此の一歩を理解する為には百里の半ばを九十九里とする超数学を知らなければならぬ。  あらゆる言葉は銭のように必ず両面を具えている。例えば「敏感な」と云う言葉の一面は畢竟「臆病な」と云うことに過ぎない。

    0
    投稿日: 2018.08.20
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     侏儒の言葉には覚えておきたい言葉も惹かれるフレーズも多くあった。生前に掲載されたものと遺稿に分かれるが、どちらを読んでも文学者としての目指すところや考え方に触れることができるように思えたし、これを読んだ後にその作者の自殺について考えるとなんとなく頷けてしまうのが正直なところ。  芥川のイエス論である西方の人は、イエス・キリストにも聖書についても知識が乏しい私にはいまいちぴんとこなかった。聖書からの引用も多いし、説いてるのがイエス・キリストの話なので。かといって、当分は聖書を読む気もないのでこのままで放置に決定。またいつか、聖書を読めた際にでも読み直してみたい。

    0
    投稿日: 2017.08.20
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    評価が低いのはあくまでもわたしの読解力の無さが因である。 芥川の生きた時代背景を知らないと理解しがたい。ただ芥川の意外な一面を見せてもらった気はする。ニッと笑わせてくれたりして・・・キリスト様については何せ宗教の事ですからコメントする事は何もございません。あの世は有るのか、無いのかからスタートする話ですから・・・

    0
    投稿日: 2016.11.19
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    「侏儒の言葉」 ここまで人や世界が見てしまうと、そりゃぁ自殺したくもなるわなぁ…という感想。 「西方の人」 キリスト教的な前提知識が無きに等しいこともあり、晦渋過ぎて意味が全くわからなかった。

    0
    投稿日: 2016.05.07
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    『侏儒の言葉』は日常の事柄を別の視点からみた短文を収録してある。ハッとする文章あり。 『西方の人』は芥川のキリスト観を記述。難解ではあるが、解説が秀逸なため勉強になった。

    0
    投稿日: 2015.01.04
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    『チルドレン』(伊坂幸太郎)で引用さてれいた本。 以下 気に入った文 文書の中にある言葉は辞書の中にある時よりも美しさを加えていなければならぬ 道徳は便宜の異名である。 左側通行と似たものである 敵意は寒気と選ぶ所はない。適度に感ずる時は爽快であり、且又健康を保つ上には何びとにも絶対に必要である ……… 他にも気に入った文はあります。 ただほとんど 意味のわからなかったものばかり。知識と経験が足りないなー。 西方の人は 聖書を読んでから読み直したいと思います。

    0
    投稿日: 2014.05.27
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    事をなそうとする人には、逆説が有用な警句を与える しかし怠け者には、逆説が言い訳をもたらす 「侏儒の言葉」は、いろんな意味で芥川的だ 後世の批評を、ほとんどこれで先取りしてると言っても過言ではあるまい 「西方の人」「続西方の人」 芥川は若いころから聖書を愛読していたらしい しかし、キリスト教の信徒というわけではなかった 彼が愛したのは、あくまでイエス・キリストとその物語で 「悲しき天才」としてのキリストに、どうものめりこんでいたフシがある …しかし悲しき天才ということで言うならば たとえば、イエスに洗礼を与えたバプテズマのヨハネも悲しき天才だったし 芥川に言わせれば、ゴルゴダにおいてイエスを罵った盗賊や 殺戮者バラバも同じく悲しき天才だった キリストとは、世界変革の可能性を持って生まれ それゆえに世間から葬られてきた「悲しき天才」たちのことであり それは歴史上に何人も存在すると芥川は言う それら多くのキリストたちと、イエスをはっきり区別するのは マリアの存在であると言えるだろう すなわち、処女の母親である イエスは、マリアにとって必ずしも「愛の結晶」ではなかった なにせ、行為もなにもなく、いつのまにか身ごもっていた子供なのであるから そしてまた、自らを聖霊の子と自覚したイエスは、両親に対して冷たい態度を隠さない そのようなイエスの家庭環境に 芥川が、自らの複雑な少年時代を重ね合わせたとしても、まったく不思議はあるまい イエスを「古代のジャアナリスト」と呼ぶに至っては、もう完全になりきっている しかしその夜郎自大にも見える語りは 芥川自身の、生きてゆくむなしさを吐露しているようでもあるのだった

    0
    投稿日: 2014.01.29
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    「道徳の与えたる恩恵は時間と労力との節約である。道徳の与えたる損害は完全なる良心の麻痺である」(修身:p11) 「軍人は小児に近いものである。英雄らしい身振りを喜んだり、所謂光栄を好んだりするのは今更此処に云う必要はない。機械的訓練を貴んだり、動物的勇気を重んじたりするのも小学校にのみ見得る現象である。殺戮を何とも思わぬなどは一層小児と選ぶところはない。殊に小児と似ているのは喇叭や軍歌に鼓舞されれば、何の為に戦うかも問わず、欣然と敵に当ることである。 この故に軍人の誇りとするものは必ず小児の玩具に似ている。緋縅の鎧や鍬形の兜は成人の趣味にかなった者ではない。勲章も―わたしには実際に不思議である。なぜ軍人は酒にも酔わずに、勲章を下げて歩かれるのであろう?」(小児:p19) 「最も賢い処世術は社会的因襲を軽蔑しながら、しかも社会的因襲と矛盾せぬ生活をすることである」(処世術:p99) 「わたしは金銭に冷淡だった。勿論食うだけには困らなかったから」(わたし:p120)

    0
    投稿日: 2014.01.02
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    侏儒の言葉 伊坂幸太郎のチルドレンとモダンタイムスで引用されてたので読んだ 或仕合せ者、或夜の感想、批評学、可能、言葉、悲劇…等々ハッとさせられながら読んだ。

    0
    投稿日: 2013.11.14
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    芥川龍之介さん、ものすごい口悪い。 例えば、「小児」の項(言葉遣いは意訳)――  軍人は子どもに近い。英雄らしい身振りで喜んだり、栄光を好んだりするのは特に。機械的な訓練を大事にしたり、動物的な勇気を重んじたりするのも小学校だけに見られるこの。殺戮を何とも思わないところなんかはもう子どもとしか言いようがない。特に子どもにそっくりなのは、ラッパとか軍歌とかに鼓舞されれば、なんのために戦うかも考えずに喜んで敵に挑むところ。  だから、軍人が誇っているものだって必ず子どものおもちゃにそっくりだ。派手に飾った鎧兜なんて成人の趣味にあうものじゃない。勲章だって・・・本当に不思議だと思う。酔ってるわけでもないのに、どうして勲章なんかを付けて歩けるんだろう?

    0
    投稿日: 2013.09.15
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    「侏儒の言葉」は芥川龍之介の箴言集。短く鋭く、皮肉をきかせながら、この世の真実を突いていきます。その中で篠田桃紅さんにとって、とても大切な一節があります。それは... 続きはこちら→ annex ~篠田 桃紅~:スミスの本棚:ワールドビジネスサテライト:テレビ東京  http://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/blog/smith/2013/07/post150791.html

    0
    投稿日: 2013.07.11
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    芥川らしい諧謔も散見するが、その中に狭量と言うべきかストイックと言うべきか、自己に対する絶望感がありありと見受けられて、読み進めるのはおもしろくもありつつ少々息苦しい。

    0
    投稿日: 2013.05.26
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    ビアスの悪魔の辞典より、こちらのほうがアイロニーに富んでいる気が。特に「西方の人」はキリスト教への疑問と皮肉てんこもり。多分宗教を信仰に依らず理性的に解読しようとするとこうなるのだと思う。個人的に共感するが、幸せになりにくい思考回路だとも思う。批判的精神は必ず自己にも向かうからだ。

    0
    投稿日: 2013.05.16
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    火星や制欲や宇宙や子供や様々な事柄について縦横無尽に語りつくし、、、、語りつくして死を決意したのかな、、と思わせた一冊でした。

    0
    投稿日: 2012.11.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    『侏儒の言葉』 かっこいい言葉、というのがこの本にはたくさん詰まっていた。 さらり、とした言葉たちなのに、なぜか心に響く。しびれる!しかも、しびれる言葉が1つではなく、いくつもいくつもある。 『西方の人』 高校時代にキリスト教の勉強をしておいてよかった。そう思うのはキリスト教をテーマにした作品を読んだとき。西方の人は今までに読んだことがない感じのキリスト教を扱った作品だと思った。 じっくり読んだから、さほど厚くはない本だけど読むのにだいぶ時間がかかった。たくさんある注釈を読むのも、また楽しかった。

    0
    投稿日: 2012.06.22
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    芥川を読んだのは高校の教科書で読んだ『羅生門』以来。 この本自体は初めて読んだ。 伊坂さんの『チルドレン』を読んで存在を知ってから、ずっと気にはなっていた作品。 「或仕合せ者」「小児」「或夜の感想」が自分は特に印象に残った。 「西方の人」はあまり理解出来てない。理解しようとする気が薄いのかもしれない。 何年か後にまた再読してみたい。

    0
    投稿日: 2012.03.21
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    夫と読書会しました。 なんか細切れで散逸的で、 ちょっとちらかったかんじでした。 ただ、たまに芥川らしいはっとするかんじもあって、 やっぱり好きだなぁと思いました。

    0
    投稿日: 2012.03.14
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     伊坂さんの「チルドレン」で影響を受け読みました。結構笑えて、又納得することの多い格言集だと思います。

    0
    投稿日: 2011.11.26
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    芥川によるイエス論である『西方の人』。彼はキリシタン物の作品も多く残してるんだよね。作者はこの時期、確実に自殺を考えていたはずだけど、文字通り自殺したユダにはそこまで思い入れはなかったようで、「殺された」もしくは「死ぬ運命にあった」イエスと自己を同一視している様子なのが興味深い。芥川の考えでは、誰でも裏切り者になる可能性は大いにあったけれど、それがたまたまユダだった、ということなのだろうか。あと、この作品に出てくるマリアはすごく悲しい存在に描かれていて印象に残った。注釈も細かくて参考になります。

    0
    投稿日: 2011.07.28
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    人生マッチ棒話が有名。金言を持ち出す分、ある阿呆より説教くささで評価下がるが、考えとしては楽しい「侏儒の言葉」。「西方の人」では、キリストのデリカシーのなさなどを取り上げ、太宰よりもキリスト教でリラックスして遊んでいる。衰弱になるくらい、繊細な人ゆえ、ネーミングセンス極めてる。

    0
    投稿日: 2011.05.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    芥川龍之介。先に読んだ『歯車』の中にあった「僕はナポレオンを見つめたまま。僕自身の作品を考え出した。するとまず記憶に浮かんだのは『侏儒の言葉』の中のアフォリズムだった。(殊に『人生は地獄よりも地獄的である』という言葉だった)‥」この一文をきっかけにチョイス。 芥川が対象(外なる世界)を内なる世界に取り込むために綴るコトバの数々は、広がりと奥行きを芥川の世界に与え、なにより身近に彼を感じさせてくれるが、同時に芥川の抱える根源的な問題を直視することになる。(咀嚼)消化吸収し同化するかのように計らわられる外界との調和は自己との交渉ともいえる。この作業が辛うじて芥川の正気を保ってた時に行われていたとすれば『侏儒の言葉』から『続西方の人』にいたる4篇はまさに「人生は地獄よりも地獄的である」というアフォリズムを本質とした作品群だったといえる。

    1
    投稿日: 2011.04.04
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    色んな言葉に対する芥川氏の見解が述べてあるだけといえばそうだが、何故かおもしろい^^ 皮肉がきいてる それこそ侏儒の私でさえ理解し共感し笑える短いレビュー作品だと思った

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    投稿日: 2011.02.28
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    芥川龍之介の金言集(?) ハッとさせられたり、う~んとうならされたり、妙に納得させられたり。 でもやっぱり、イマイチわからなかったり。 ひとつわかったのは芥川はやっぱり稀代のインテリ作家だな、と。 もう一個の西方の人は正直8割意味わかりませんでした。 キリスト教をもう少し勉強します。

    0
    投稿日: 2011.02.08
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    おもしろい。この言葉に尽きる。様々な予備知識が要る為、いろいろ調べながら読み進めた。そういうのも含めて楽しむことができる。知識を深めて、再読したいと思う。

    0
    投稿日: 2011.01.09
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    11/21:伊坂氏のチルドレンの中で取り上げられていたので読んでみたが、固すぎて今の私には難しい。もっと時間のあるときに読んでみたい。それで積読。

    0
    投稿日: 2010.11.29
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    今まで読んだ芥川作品のなかで一番興味深かったかも。 輿論は私刑である、っていう一言がいいね。 日本人にありがちで一番嫌なところをえぐってます。 でも「よろん」ってものは自分一人では動かせないので、むずかしい。 ネット全盛時代だからこそ一人一人が心にとめておいたほうがよい。 と、Yahooニュースのコメント欄を見ながら思う。 西方の人、読みやすい。 さくさく進んだ。 さほど深いことを書いているわけでもないけれど、 そのくらいで私にはちょうどいいらしい。 どちらも、アイロニーが強いので、 消費文化と言った感じ。 私でも言えそうとか、気楽に思えてしまう。 そしてそれがよい。

    0
    投稿日: 2010.08.21
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    機知に富み、警句をもてあそぶことの好きな芥川が、その鋭敏な頭脳と自在な表現力を縦横無尽に駆使したアフォリズム『侏儒の言葉』は、彼の懐疑的な顔つきと、厭世的な精神を鮮明に伝える。また、死を決意してイェルサレムにおもむいたクリストに、自らの思想、感情を移入して自己の悲しさ、あるいは苦痛を訴えた『西方の人』『続西方の人』は、芥川の生涯の総決算とも言える。 (裏表紙紹介文より) *** 『侏儒』とは『体の小さい人、また知識のない人の蔑称』(Wikipediaより)だそうです。 漢字的に、“珠玉の~”とかそんな感じの意味かと思ってました。 無知を実感。orz この本で有名なのは p26『人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは莫迦々々しい。重大に扱わなければ危険である。』 という言葉でしょうか。 こんな感じで、芥川龍之介の言葉がたくさん載っております。 私はこの本を伊坂幸太郎の「チルドレン」で知りました。 それ以来ずっと読んでみたいと思っていて、やっと購入。 そして一応一通り目を通しはしましたが・・・。 なんというか、これはアレですね。 芥川作品をそれなりに読んでいてこそ、読んで意味のある本なのかしら。と思いました。。。 というか、芥川作品を読んで、さらに彼を理解したいときに読むと良いのかな? でも、いろいろと世間を斜めから見た言葉がたくさん載っているので、パラパラ読んでるだけでも面白い本でした。 *語句メモ* 【アフォリズム(Aphorism):格言】 人間の生き方、真理、戒め、武術、相場、商売などの真髄について、簡潔な、言いやすく覚えやすい形にまとめた言葉や短い文章。

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    投稿日: 2010.06.07
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    (2008.07.27読了)(1998.09.15購入) 「侏儒の言葉」「西方の人」「続西方の人」の3作品が収められています。 いずれも小説ではありません。 「侏儒の言葉」は、「警句集」とでも言うようなものです。「文芸春秋」の巻頭に連載されたものです。何度も読み直して、味わうような読み方をするのがいいのでしょうが、とりあえずざっと読み通しました。 「良心は我我の口髭のように年齢と共に生じるものではない。我我は良心を得る為にも若干の訓練を要するものである。」(12頁) 「我我の行為を決するものは善でもなければ悪でもない。唯我我の好悪である。」(13頁) 「芸術の鑑賞は芸術家自身と鑑賞家との協力である。」(20頁) 「シタアルタは王城を忍び出た後六年の間苦行した。六年の間苦行した所以は勿論王城の生活の豪奢を極めていた祟りであろう。その証拠にはナザレの大工の子は、四十日の断食しかしなかったようである。」(27頁) 「政治的天才とは彼自身の意思を民衆の意思とするもののことを云うのである。」(28頁) 「危険思想とは常識を実行に移そうとする思想である。」(33頁) 「我々に武器を執らしめるものはいつも敵に対する恐怖である。」(91頁) 「西方の人」「続西方の人」は、キリストおよびその周辺のことを考察した作品です。「西方の人」は、自殺前に発表された最後の作品、「続西方の人」は、最後に書き上げた作品です。この作品を書き上げた後に自殺しました。したがって、「続西方の人」は、死後に発表された作品です。 「クリストは古代のジャアナリストになった。同時に又古代のボヘミアンになった。」(119頁) 「我々を造ったものは神ではない、神こそ我々の造ったものである」(グウルモンの言葉)(123頁) 「若し共産主義者の目から見るとすれば、クリストの言葉は悉く共産主義的宣言に変わるであろう。」(142頁) 著者 芥川龍之介 1892年03月01日 東京府京橋区入船町生まれ 東京帝国大学英文科 1916年 『鼻』が夏目漱石に絶賛され文壇に登場 大学卒業後、横須賀の海軍機関学校で英語教師を務める傍ら執筆活動 1919年 文筆に専念するために教職を辞し、 原稿執筆の契約のみという形で大阪毎日新聞社に入社 1927年07月24日 35歳で自殺 (2008年8月1日・記)

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    投稿日: 2010.03.13
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    正義は武器に似たものである。武器は金を出しさせすれば敵にも味方にも買われるであろう。 人生は落丁の多い書物に似ている。一部をなすとは称し難い。しかし兎に角一部を成している。 人生は地獄よりも地獄的である。 あらゆる神の属性中、最も神のために同乗するのは神には自殺のできないことである。 我々はたいしたことのできるものではない。只出来ることをするものである。これは個人ばかりない、社会も同じことである。おそらくは神も希望通りにこの世界を作ることはできなかったであろう。 運命は偶然よりも必然である。 ニイチェは宗教を衛生学と呼んだ。それは宗教ばかりではない。道徳や経済学も衛生学である。

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    投稿日: 2010.03.05
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    「侏儒の言葉」は必しもわたしの思想を伝えるものではない。唯わたしの思想の変化を時々窺わせるのに過ぎぬものである。

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    投稿日: 2009.11.24
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    ******引用******  懐疑主義  懐疑主義も一つの信念の上に、――疑うことは疑わぬという信念の上に立つものである。成程それは矛盾かもしれない。しかし懐疑主義は同時に又少しも信念の上に立たぬ哲学のあることをも疑うものである。 ――『侏儒の言葉』 p.74

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    投稿日: 2009.10.25
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    何気なく父に 『一冊選ぶなら何?』 と突撃インタビューをして返ってて来た答えがコレ。 思わずノートに書き留める言葉が幾つか。 その中でも “人生”の言葉は、気づかされるものあり。

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    投稿日: 2009.09.18
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    090405(n 090909) 100119(n 101023) 100927(n 101003)

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    投稿日: 2009.04.05
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    侏儒の言葉だけ読みたくて買いました。 思ったことは 考えられていることはいつの時代も変わらないのだなぁ、と。

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    投稿日: 2008.11.15
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    「天才とは僅(わず)かに我我と一歩を隔てたもののことである。只(ただ)この一歩を理解する為には百里の半ばを九十九里とする超数学を知らなければならぬ。」 http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/158_15132.html

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    投稿日: 2008.05.11
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    侏儒の言葉 芥川の思想では無いと言っても、そう受け取ってしまう言葉の数々。 又 難解な部分もあり、手放してしまおうとしてしまった言葉たち。 又 それでも、ふっと読むと何となくニヤリとしてしまう部分があり、赤線さえ引いてしまう。 又 引き込まれる世界は、やはり芥川龍之介。 西方の人 芥川によるキリスト論というか新約聖書物語? 又 解説がついているが、「マタイ伝のどこそこ」というような書かれ方をしているため、手元に聖書があると、内容がさらに理解しやすいであろう。 又 もとより、聖書の話を理解してから、読んだ方がより一層楽しめる。 三浦綾子などの聖書入門書を読んでからでもよいが、新訳聖書の「マタイの福音書」を通読してからだと、趣深い作品となろう。 又 芥川の切支丹ものをまた読みたくなった。 又 畢竟、彼の作品は素晴らしい。 又 私にとっては学生時代以来の芥川龍之介作品であった。

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    投稿日: 2007.12.16
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    読もうと思ったきっかけは伊坂幸太郎の「チルドレン」(笑) うん、面白かった。好き。ちょっと難しかったけど。少し時間がたったらまた読み返したい。 あたりまえのことなんだけど、このひとに言葉にされて、どきっとなりました。 「侏儒の言葉(遺稿)」のほうが自分の中に入ってくるものが多かったかも。 西方の人はちょっとよくわからなかった・・・。でも友人のことを話すような語り口でふーん・・・?とか思いながらとりあえずじっと聴いてました。

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    投稿日: 2007.12.14
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    凄い好きです…!ただ侏儒の言葉のインパクト強すぎて西方の人の内容が脳内から吹っ飛んでるという不義。 知性不足でおっつかない部分もあったけどかなり影響されたのは間違いないです。 侏儒の言葉・輿論・鴉・或仕合せ者あたりが凄い印象深い。ゾッときたのは若楓・彼の幸福・わたし。

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    投稿日: 2007.07.26
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    「道徳は便宜の異名である。左側通行と似たものである」とか「良心とは厳粛なる趣味である」とか知的孤独から抜け出せなくなるような言葉をたくさん教えてくださる。

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    投稿日: 2007.05.03
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    ☆200611月21日読了。 っつっても、注解多すぎ!! 適度に読み飛ばし斜め読み。 適度が本当に適切かどうかは私もわからんw 伊坂幸太郎のなんか本、、、名前忘れた・・・を読んで、読んでみようと思った。 がっ!わけわからんーところがたくさんー。 シュジュなんて言葉初めて知ったよ。 しかも、これを読んだ後、また別の本を読んだらそれにもこの本のことが書かれてて、当たり前のことらしいことにチョット凹んだ。 また読み直せ自分。 補足:チルドレンだ。チルドレン読んだんだった。

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    投稿日: 2006.12.05
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    鋭い感性で人間を語ったもの。 彼の思想に全て賛同する必要はないけど、読めば彼の世界が少し近づくかも。

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    投稿日: 2006.11.11
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    ☆1つなのは、自分の責任。ごめんね、芥川龍之介。この作品を楽しめるほど、キリスト教についての知識を獲得できていないのです。ちゃんと勉強していつか、ちゃんと読むね。それまで本棚に置かせてもらいますね。

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    投稿日: 2006.09.17
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    伊坂幸太郎の「チルドレン」の中に引用があったので「侏儒の言葉」だけ読んだ。アフォリズムも芥川作品も初めて読んだが、かなり面白かった。「罪」についての部分が心を突いた。

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    投稿日: 2006.09.04
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    「不倫はしてもいいけど子供に迷惑かけるのは許せない」みたいな言葉があってどきん。普通の人じゃん芥川!すき!

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    投稿日: 2006.07.02
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    えぇっと厳密には侏儒の言葉しか読んでないです。 西方の人は半分ぐらいまで読んで、ええわ・・・って思ってやめました。 侏儒の言葉はね、いろいろな文や小説ちっくなのがあって読みやすかったです。 なんか、芥川龍之介はこんな風に考えててんやってその人を少し伺えてこれはこれでおもしろかったです。

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    投稿日: 2006.03.29
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    物語はあんなに簡潔明瞭なのに、思想を語るとどうしてこんなにわかりにくいんだろう。・・・自己完結した、人に理解されることを目的にしていない文章って感じがする。

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    投稿日: 2005.09.24
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    芥川のアフォリズム集。気取ることと短いものを書くことにかけては人後に落ちない彼の結晶したような箴言。ただ、少し世界を彼流に切り取りすぎた。

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    投稿日: 2004.10.05