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ユダヤ人と近代美術
ユダヤ人と近代美術
圀府寺司/光文社
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総合評価

3件)
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    モーセの十戒の第2戒に基づき、ユダヤ人の美術への進出は大幅に遅れた。200~300年前まで、絵を描くことも見ることも自らに禁じてきた人々が、近代化、ホロコーストという歴史の中で、そしてその後、どのように美術に関わってきたか、興味は尽きない。「ラス・メニーナス(宮廷の侍女たち)」に描かれた17世紀のスペインの画家ベラスケス自身の姿に騎士団に属することを示す胸の十字。しかし、彼がユダヤ人の家系だった!シャガール、ピサロ・・・。彼らの絵の中の「ユダヤ性」探究は興味深い。20世紀初めのウィーンにおける圧倒的なユダヤ系の比率、特に医者、弁護士の比率の高さは凄い。一方で藝術家は少ない。ユダヤ人の教育への熱意、知性への渇望は迫害に源泉があったが、キリスト教社会への同化後も変わらなかった。誰よりも熱心にドイツ語などに精通したユダヤ人!しかし、完全なドイツ人とは見なされなれず、悲劇を呼ぶ。この本の著者が、ユダヤ人を列挙することに将来悪用される懸念があると書くほど恐しい根の深さ。仏においてもドレフュス事件が印象派の中に大きな亀裂を齎し、モネ、シスレー、シニャック、カサットらは親ドレフュス。ドガ、ルノワール、セザンヌらは反ユダヤを表明したという。米国には1800年頃にはわずか2000人ほどしかいなかった!バーネット・ニューマン「カテドラ」(1951年)の深い青一色の素晴らしさ!正に神の臨在を感じるユダヤの絵である。

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    投稿日: 2016.06.13
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    シャガールの実家は敬虔なユダヤ教徒の家庭ではなかったにせよ、彼の作品にもこのハシディズむ敵世界観は少なからず反映されていると考えてよいだろう。1911ン絵にシャガールはパリに出てきた。シャガールは名前を変えているが、ユダヤ人であることを取り立てて隠そうともせず、ユダヤ的な主題も描き続けた。そのようなスタンスをとりながら、ユダヤ社会でもキリスト教社会でも、画家としての広い人気と大きな名声を獲得していった稀有な画家である。シャガールはユダヤ人、ロシア人、フランス人のすべてのアイデンティティを資本主義・社会主義の対立の時代に持ち続けるために自制するしかなかった。どれも捨てずに抱えたまま画家として生きるすべと表現を模索するしか選択肢がなかったのである 。

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    投稿日: 2016.02.29
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    最も難しいテーマを紐解いてしまった。ユダヤ人と美術。同化という、圧力と戦略の両方である生き方の呈示に圧倒された。 わたしも宗教的にマイノリティなので、他人事で済まされなかった。 もっとユダヤを知ろう。

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    投稿日: 2016.02.29