
総合評価
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powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
健三は学問によりいち早く「近代」を吸収したが、個人主義の目をもって故郷を眺めたとき、それは「家族」という名の伝統的価値観によって彼を縛るしがらみでしかなかった。また教員という職業から高給取りとみられていた彼は、かつての養家島田を筆頭に親族一同から常に金銭的援助を求められていた。しかし健三の家にも資産がないばかりか家計は火の車なのである。家族や慣習とったしがらみに悩まされ、また金策に苦労する中で健三は妻御住との夫婦関係も悪化させてゆく。二人の関係が冷えるほど、御住は当てつけの如く産まれたばかりの子どもの世話に傾倒する。しかしそんな妻を健三は冷ややかに見てしまう。「家族」というコミュニティが解体されていく時代において、いつかは自分も妻も自立した子どもに見放される運命にあるからである。それは奇しくも自分が今まさに島田を見捨てようとしているのと同じように。最終的に、健三は島田の執拗な金銭の無心に対して手切れ金という形で決着をつけるが、それによりこれまでのしがらみが片付いたとは到底思えないのであった。 「家族」という伝統的価値観から抜け出しきれない健三の葛藤が描かれているが、そこからの脱却を試みた先にあるのは、「お金」に象徴される近代的価値観による新たなしがらみであるという皮肉を感じる作品であった。
0投稿日: 2025.09.08
powered by ブクログ漱石先生の金言がところどころに見られて読んでいてハッとさせられた。 特に、p183の「何故物質的の富を目標もして今日まで働いてこなかったのだろうと疑う日もあった。〜みんな金が欲しいのだ。そうして金より外には何にも欲しくないのだ」島田のことを「彼奴の事だから人情で淋しいんじゃない。慾で淋しいんだ。」と評した120ページ、p223の「衰えるだけで案外変わらない人間のさまと、変わるけれども日に栄えて行く郊外の様子」の対照。ここ、「坑夫」での漱石先生の主張「人は時事刻々変わって行く」の主張と矛盾しないか?そして最後p333の「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起こった事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変わるから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ。」金言。これぞ純文学。 内容に関してはインテリ、金持ちの苦悩をしみじみと感じた。ただ金があれば人間関係も良いって簡単なものじゃないなと実感。細君と子供との関係も読んでて辛かった。細君可哀想。だけど細君強い。子供を公的な視点で怪物と評していたのは笑ってしまった。(300ページ)漱石先生の子供時代なかなか歪んでいるなと感じた。
0投稿日: 2025.08.23
powered by ブクログ養父母たちに何だかんだと無心される健三。妻との会話にはにべもないが、養父母達にはまた無心されても仕方が無いという気持ちが見え隠れする。 健三は誰もがそうだが、相手にああでも無いこうでも無いというやり取りが面倒臭いので、ぞんざいまたは適当な落とし所で折れていると感じた。 ストーリーとしてはスッキリしない。こんな立場にはなりたく無いと思う。 妻とは仲良く会話してもらいたいものだ。
0投稿日: 2025.07.29
powered by ブクログ坊ちゃんの痛快さや、こころの男心のナイーブさを味わった上でこれを読むと、話の飛躍さにビックリする。 育ての親から金をせびられ、それで終わりかと思うと知人を名乗る者たちまでもが金を恵んでくれと擦り寄ってくる。 まるで乞食のようだ。 完全なフィクションではなく、夏目漱石の実体験に基づいているとすれば、彼はなんと複雑な人達のいる環境で育ってきたのだろうか。 養子として迎え入れた子供が大きくなると、育ててあげたと恩着せがましい態度をとる養父母たちに嫌悪感を抱く。 人を変えて金をふんだくろうと策略する養父がいちばん嫌いだが、細君が病んだことに腹を立て、自分本位に振る舞う主人公にも嫌気がさした。 あれが嫌これが嫌と言いたい放題なわりに、自分の欠点を細君から指摘されると腹を立てる。 立派なのは口だけで、じゃあ有言実行しようと動くかというとそうではない。 それに、養父から手切れ金として100円渡すところも、あっけなく渡してしまうから呆れてしまった。 だからつけ込まれるんだぞ!と、思わず怒号が口から出そうになってしまった。 が、物語として成立されるために脚色を加えているなら見事なものだ。 いつの時代にも、他人の金に目をつけて寄ってくる奴はいるんだな。 夏目漱石の違う一面を知れた気がした。
0投稿日: 2025.05.29
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夫婦の分かり合えないもどかしさ、時代に関係なく共感できるところもありつつ、明治時代の「家」制度と比較して現代に生まれてきて良かったと感じた。 主人公の健三に対して、最初は細君の思いに近く被害妄想的な性格に嫌気がさした。 実父からも養父からも人間ではなくむしろ物品として扱われていたことは健三の人格形成に大きく影響していると推測され、その状況から脱したことでよく闘ったと誇りも持つとともに他と反りが合わなくなる様は気の毒にも思えた。 心に残ったフレーズ 「人間の内側はどうでも、外部へ出たところだけを捉まえさえすれば それでその人間がすぐ片づけられると思っているからさ。」「世の中に片づくなんてものほとんどありゃしない。一遍起こったことはいつまでも続くのさ。ただいろいろな形に変わるから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ」 / 自分勝手に見える健三だが、一緒に円い輪の上をぐるぐる廻るように、喧嘩しながらも時々手を携えて談笑する細君がいてくれて良かった、、と最後には思えた。
1投稿日: 2025.04.14
powered by ブクログなんとまぁ、鬱々とした話だろう。読んでいてどんどん気が滅入ってきます。「行人」なんかも相当暗い話ですが、それでもところどころにユーモアがあり、笑える箇所がありました。「道草」においては、それがないとは言いませんが、非常に少ないです。またそれも暗いユーモアというか、苦笑いしか出ないようなものです。 相当読むのがきついですが、ただそれがある意味心地よいとさえ感じます。辛気臭い話に心を預けて、ただただ揺られているうちに、感覚がマヒしていきます。辛いときに悲しい映画を見て、涙を流すとスカッとするのと同じような感じでしょうか。ちょっと違うか。 手放しでよかったねとは言えないものですが、最後は心なしか明るさを感じさせる終わり方でした。「門」と同じような感じですかね。まぁ、とりあえずはよかったねという感じ。奥さんによる「漱石の思い出」と対の関係になっているようなので、そちらも読んでみたいですね。
0投稿日: 2025.03.29
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いつ同じ様な状況になってもおかしくない、ぬるま湯の身動きの取れない地獄がえんえん続く。ラストの場面で一筋の光明を見ようとする。夏目漱石で一番好きな作品。
1投稿日: 2025.02.15
powered by ブクログ『明暗』の前にこの作品があるのだなと思うと感慨深い。 筆者自身の環境の変化(入院と退院)がこの批評に影響をもたらしてるのは多分にあるが、本作品中盤から、人物描写がさらに透徹していき小説家としてまた違うステージに立っているような気がする。この小説家としての技巧の変化は『明暗』に引き継がれていったのだなという淡い感想を抱いた。 谷崎潤一郎は『明暗』を屁理屈を重ねたものだというような批判をしていたような覚えがあるが確かに受け入れることの出来る批判だ。 しかし各登場人物の行動を細部にまで理屈立ててその原理を描写し、あたかも登場人物に対して絶対的な神のような存在になったかのように思えるまでの心理描写とそこから起因する行動描写に私は『明暗』という作品に非常な感銘を受ける立場である。その前身を味わうという意味で『道草』は夏目フォロワーからしたら必読の書と言えるのではないだろうか。
0投稿日: 2025.01.11
powered by ブクログ妻や養父母、兄姉、義父とうまくいかない人間関係。 もしかしたら相手側からしたら、健三とはうまくやっているつもりなのかも?ただ健三が神経質で頭が良くいろいろ考えてしまう性格だから、こうなっているのか。。 とはいえ、健三の考えることに共感できる点も多かった。
10投稿日: 2025.01.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
私小説に徹するという意味で、漱石の他の作品とは一線を画す小説。 海外留学から帰って大学の教師になった健三は、長い時間をかけて完成する目的で一大著作(『吾輩は猫である』に相当すると思われる)に取りかかっている。その彼の前に、十五、六年前に縁が切れた筈の養父・島田が現れ、金をせびる。養父ばかりか、姉・御夏や兄・長太郎、事業に失敗した舅までが、健三にまとわりつき、金銭問題で悩ませる。その上、妻の御住とはお互いを理解できずに暮らしている毎日で…。 徹頭徹尾、金、金、金。さして裕福でもない健三に群がり無心する親類縁者たちと、それに辟易させられっぱなしの健三。 金銭を描くことを文芸的にタブー視する作家もいる中、漱石の作品では躊躇いなく金銭問題が取り上げられますが、わけても今作は金まみれ。 おまけに細君とは反りが合わず、互いを責め続けるという、暗澹たる状態。現代ならとっくに離婚でしょう。 金を遣っても尽きる見込みのない親類の無心に、「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない」と吐き捨てる健三。 彼の嫌悪感はむろん自身にも向いています。劇的な展開こそないものの、光が見出せないため読後感は重い。 なお、今作は専ら健三、ひいては漱石の視点から描かれているため、妻・鏡子の口述をまとめた『漱石の思い出』で妻の言い分もひも解くとまた違った地平も見えそうです。
0投稿日: 2024.11.23
powered by ブクログ主人公の健三とその細君、住とはお互いに理解しあえない関係が続いている。それぞれその言い分が書いてある。健三は漱石、住は漱石の妻、鏡子を題材にしているとされている。 健三がどのように考え、どのように感じていたかはこの小説に書てある通りだと思うけれど、細君、住の考えや感じたことは漱石が想像して書いたものだと思われる。 私は健三の気持ちがよく分かる。自分もそんな感じを妻に対して感じている。住の考えや感じたことは本当にそうなのか、女性の方が読むとどう感じるのか聞いてみたい。漱石の想像に近いのか、相当違っているかどうなのだろうか?
0投稿日: 2024.10.12
powered by ブクログ漱石の自伝と言われる作品。主に以下3つの事を軸にしている。1.かつての養父から無心2.第二子の出産3.親戚との関係と体調。 全体的に暗く救いがない雰囲気。子供の出産と言うおめでたい事すら少しも喜びにつながらない。漱石は自身がこんなにも人々の心の襞を観察し表現出来るのに、身近な人達との接触では見栄などが邪魔をしてうまく付き合えないもどかしさを感じる。断ればよいお金の無心を断れないこと、妻への配慮にかける言動など、読んでいていらいらが募る。この作品の発表時期にもよるが身近な人達も含めてこうまで赤裸々に書いてしまうとは。 ストーリーがないので中盤中だるみしたが、言葉の表現が面白く、また漱石が生きた時代を深く味わえる貴重な作品。ふりがながあるので読みやすかった。研究家による注釈も興味深い。
7投稿日: 2024.07.21
powered by ブクログ夏目漱石の自伝的小説。親族に無心され続ける中での思いがまとまっている。以下、印象的な文。 ・(兄へ)「みんな自業自得だと云えば、まぁそんなものさね」これが今の彼の折々他人に洩らす述懐になる位彼は怠け者であった。 ・「みんな金が欲しいのだ。いや、金しか欲しくないのだ」こう考えてみると、自分が今まで何をして来たのか解らなくなった。 ・彼は金持ちになるか、偉くなるか、二つのうち何方かに中途半端な自分を片付けたくなった。然し今から金持ちになるのは迂闊な彼にとってもう遅かった。偉くなろうとすれば又色々なわずらいが邪魔をした。そのわずらいの種をよくよく調べてみると、矢っ張り金のないのが大原因になっていた。 ・「このおれをまたセビリに来る奴がいるんだから非道い」 ・もしあの憐れな御婆さんが善人であったなら、私は泣くことが出来たろう。泣けないまでも、相手の心をもっと満足させることが出来たろう。零落した昔しの養い親を引き取って死水を取って遣る事も出来たろう。 ・「単に夫という名前が付いているからと云うだけの意味で、その人を尊敬しなくてはならないと強いられても自分には出来ない。もし尊敬を受けたければ、受けられるだけの実質を有った人間になって自分の前に出て来るがいい。夫という肩書などは無くっても構わないから」 ・「女だから馬鹿にするのではない。馬鹿だから馬鹿にするのだ、尊敬されたければ尊敬されるだけの人格を備えるがいい」 ・ことによると己の方が不人情なのかもしれない ・金より外に人間の価値を定めるものは、彼女に取って、広い世界に一つも見当たらないらしかった。 ・「私の頭も悪いかも知れませんけれども、中身のない空っぽの理屈で捻じ伏せられるのは嫌いですよ」 ・「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない、一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変るから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ」 ・「御父さまの仰る事は何だかちっとも分りゃしないわね」
0投稿日: 2024.02.14
powered by ブクログ誰か俳優さんのオススメで読む。 漱石の自伝的小説だそうだが、大きな事件が起きる訳ではない。ないのだが、主人公の考えていることなど、まるで自分のことのように感じられた。 つまり自分勝手でプライドが高い偏屈な人間だということだ。
0投稿日: 2023.11.26
powered by ブクログ彼らは顔さえ見れば自然何か言いたくなるような仲のいい夫婦でもなかった。又それだけの親しみを現すには、お互いがお互いにとってあまりに陳腐すぎた。 健三はその先を訊かなかった。夫が碌な着物一枚さえ拵えてやらないのに、細君が自分の宅から持ってきたものを質に入れて、家計の足しにしなければならないと言うのは、夫の恥に相違なかった。 夫婦関係。モラハラ全開で身につまされる。自分は正しく、相手をこういうものだと決めてかかり否定しマウントをとる。気をつけようと思う一方で、そうそうそうだよねと共感的に読む自分もいる。金が主題だったが、今の自分の境遇では夫婦のやりとりの方が読み込めた。 漱石おなじみの細かい情景描写が少なかった気がして読みやすかった。
0投稿日: 2023.07.04
powered by ブクログどうも夏目漱石の作品は文学センスが足りないのか、楽しめない。昔の夫婦はこんな感じで「亭主」だったんだろうなとか思いつつ、それが妻君、姉と場面を変えても続くので冒頭の1時間で断念。
0投稿日: 2022.05.10
powered by ブクログ漱石の文学は一面的に読むものではない、この小説でも多面的に考えさせられる。 このことがひどく気になった。 主人公「健三」は大勢のきょうだいの末っ子で生まれてすぐ養子に出され、それが「健三」の精神的放浪になり、行き場所を失うのにつながり、本人が悩むとはなんてことだろう。 昔は家名を残すために養子縁組が多かっただろうし、子どもがない夫婦が寂しさのためもらい子しただろうが、「健三」の養子先は将来めんどうを(働いて)みてもらうがためもらったのだ。それでは子どもが道具ではないか。 養家先の不都合で9歳ぐらいの時に実家へ帰されたけれど、籍は養家先に20歳過ぎまであり、吝嗇な養父、養母の後難を恐れ、実父がそれまでの養育費を払い証文まで交すすさまじさ。 その実父もいらなかった子が返ってくるなんて、という態度なのだからたまらない。 三つ子の魂百までも、精神的苦しみは性格をゆがめる。 もう結婚して娘も3人いる主人公、その養父母に、きょうだいに、妻の父に金銭的にたかられるのだ。しかも夫婦の関係がうまくなく、錯綜した悩みに襲われる。 悩みに悩む主人公を、こんなに追い詰めてどうしようというのだろうと、怖気づいてしまった。『道草』なんて題はとんでもない。 全くこの通りではないだろうが漱石の自伝的作品という、なんとつらい人生だったのだろうね。 しかも、これがために文豪になったかも知れず皮肉なものだ。
3投稿日: 2021.08.29
powered by ブクログかつての養父と出会ってしまうところから物語は始まるのであるが、どうして健三は彼の出現を不安に思うのかが徐々にわかってくる。さすが夏目漱石、配偶者、幼い養子から見た養父と養母、姉とその夫比田、兄、それぞれの描写は凄いと感心させられる。 健三はたいした稼ぎもないのであるが、その健三にお金をせびる人達と健三はそれを断りきれない。貨幣経済が進展した明治時代の世相が透けて見える。
2投稿日: 2021.01.02
powered by ブクログ形を変えて繰り返されるもの、というようなニュアンスの言葉と、いつまで経っても同じ輪を回る夫婦との関係性が印象的でした。 夏目漱石の作品は、本当に繊細です。小難しい事を書いている訳ではないのに、心の在り方や人の気持ちの向き方の複雑さや、単純さを本当に細やかに描いていると思います。 子育て中&仕事へ向かう途中にずっと読んでいたので、また時期がきたらじっくり読みたい。
1投稿日: 2020.10.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
(個人的)漱石再読月間の14。 残すは未完の『明暗』のみ。 「小説として発表された自伝」とされている。非道い親族たちで、何故漱石が、お金がなくてツライ話ばかりを書いているかが明らかになる。楽しいことのひとつもない話。 漱石先生が神経症でひどい人だったということはよく知られていることではありますが、 親族、家族、胃潰瘍、神経衰弱の問題なしに、長生きしてもっとたくさん書いてほしかった。 ここまで再読してきて本当にそう思う。 せめて、明暗はもう少し先まで読みたかったなぁ。大好きなんですよ、『明暗』。読み返すの何回目だろう。
2投稿日: 2020.05.16
powered by ブクログ夏目漱石の晩年自伝的小説 小説家として踏み出していた彼が、親類からの金の無心に苦悩していた様子が描かれている。 ラストのシーンで「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起こった事はいつまでも続くのさ。ただ色々な形に変わるから他人にも自分にもわからなくなるだけのこと」 この言葉で、自分の人生への教訓というものが著されていると思うし、万人にも教えとして浸透する考えであると思う。 物語としては夫婦喧嘩が多く、親戚からの無心に耐えている漱石を想像すると不憫でならず、星は2つ。
0投稿日: 2020.05.05
powered by ブクログ現代小説とは違うので当たり前だが、話の流れに大きな変化はない。ざっくり言うと夫婦の日常生活を描いただけの作品。だけもも主人公の言葉で、日頃の自分を振り返ってみたくなるようなものがあったり、親戚付き合いとの中で主人公と似たような経験があったようにも感じた。自分が立派な社会人となり、人付き合いが増えるようになった時にもう一度読みたい作品。
0投稿日: 2020.03.29
powered by ブクログ人間関係の描写が生々しく実にリアル。面白い。妻とのやりとりはすれ違いはあるものの、漱石さんの優しさを感じられる場面もあり、ホッとする。
1投稿日: 2020.03.18
powered by ブクログ解説が非常にわかりやすかった。 内容は、まったくもうな主人公と妻の言葉足らずの間柄に肉親だけにストレートな思いのたけ、でもそれももちろん心の中だけに留めて、と、とても歯がゆい聞いてて嫌になっちゃう人物なのに、ついつい読み進めてしまう。 面白いんだよなぁ。
1投稿日: 2019.07.22
powered by ブクログ『こころ』の後に執筆され、漱石の自伝的小説とされる。妻とのすれ違い、親族からの金の無心などが綴られ、個人的には読むのにやや忍耐を要す。一方で妻と感情の行き違う折々の場面については、我が身に照らして身につまされる。。
0投稿日: 2019.07.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
義理の父親が現われて、手切れ金を渡すまでを描く小説だと思っていた。もちろん、主要な軸にはなっているが、むしろ健三をとりまく親類連中との金銭関係が広く綴られている。健三は、彼らに必ずしも好意的ではない。特に妻との関係、会話は冷えたもので、却ってユーモラスなぐらいである。 漱石の自伝的小説ということから、かなり事実に近いのだろうと思いながら読むと、面白い。 当時は国民年金がないから、年を取るまでに財産を作り上げるか、誰かから援助を貰うしかなかったのだろうか。
0投稿日: 2019.05.19
powered by ブクログ良かった。 主人公は極悪人というわけではないが、めちゃくちゃ善人というわけでもなく、普通にいそうなおじさん。仕事ぶりは熱心だが、常に時間に追われていて、ただ成功しているとは言い難い経済状況で、また奥さんに心を開かせるような態度をとれず、癖が強め。 自伝的要素ありとのこと。どこまで漱石自身が主人公に投影されているのかわかんないけど、気持ちいい作業ではないよね。自分の嫌なところを描くんだから。 自分もこういう部分あるあると思いながら苦しくなった。そう思わせる漱石の、人間分析&表現の鋭さが好き。
1投稿日: 2019.05.04
powered by ブクログ自伝要素のある漱石の小説のなかでは、あまり好きではない。 学者として成功したものの、金をせびりにくる養父や、厚かましい親族、そして仮面夫婦のような細君との距離感。リアリティがありすぎて、逆に重い。
0投稿日: 2018.12.31
powered by ブクログこの作品に至るまでの多くに登場する苦悩する主人公がいます。「道草」は明確に自身の過去を下敷きにしているとのことですが、他の作品にもやはり作者自身の苦しみが投影されていたんだなと改めて思い至ります。 先日、漱石山房記念館に行ってまいりました。周辺の路地を入ったあたりなどは、当時の香りがほんの少しだけ残っていて、また記念館て掲出されている夏目さんの生涯に触れ、なるほどこういう境遇から編み出された名作たちなんだ、と感じ入りました。 苦悩の末、全くなにも解決しないままであったり、あるいはむしろ精神を分裂してしまった主人公たちがある中で、本作は僅かではありますが一件落着の感がないわけではありません。これは、半自伝という性質から、自身の未来に向けて照らしたいかすかな光であったのでしょうか。
0投稿日: 2018.09.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
金のこと、新しい命のこと、代わりに死にゆく命のこと、切っても切れない縁のこと。大人になると現実味を帯びて絡んでくる、逃れられない事象に頭がクラクラする。 色んな厄介ごとが降りかかってくるが、それをかわしながら、どこかで自分を納得させ諦めながら生きていく。 後半の健三の言葉の意味を考えてしまう。事実はいつまでも消えないし現実は地続きなのかもしれない。
0投稿日: 2018.05.11
powered by ブクログ漱石の作品は、何回読みなしても、その度に違った印象や違った味わい、それまでにはなかった見え方のする作品ばかりだが、今回の「道草」は、一番その感が強かったかもしれない。 他の方もお書きになっているが、若い頃はネガティブな内容だけが続いて正直そんなにいい小説かな、と思わなくもなかった。が、数十年経って読み返してみると、置かれた状況は違うかもしれないが、いろいろなものが降りかかってきて、でもそれらを無視するわけにもいかず、そしてそれらは遠い昔に起因しているということは本当によくわかる。簡単に言ってしまえば「しがらみ」ということなのかもしれないが、それゆえ、大人になってからのほうが共感できる作品なのかもしれない。 今回の読書で、私の中の漱石作品ランキングの上位に食い込んだ。また読み返したとき、未来の私はどんな感想を持つのだろう。
0投稿日: 2017.12.01
powered by ブクログダラダラと長い坂道を登るように怠い、その癖良い展望も望めない。「門」と違って脱世間的ですらない。生々しい人間関係とお金に縛られながら苦悩する夫婦の物語。 道草を読むと、漱石が奥さんに対して相当な独りよがりの態度を取っていたことがわかる。その態度に共感してしまったのも、読んでいて何となく辛かった原因だったのかもしれない。 本作品に限らず、漱石の小説は現代文の問題で棒線が引いてあって「このときの登場人物の心情を述べよ」なんていう問題が付きそうな文章があると、すぐ次の文章で漱石先生が勝手に答えを解説しだすような部分が多々ある。想像力を働かせたい読者には余計なお世話かもしれないが、自分には寧ろこれくらいが丁度良い。
1投稿日: 2017.10.14
powered by ブクログ解説から、これが漱石の完成された最後の小説であったことを知る。何故『道草』と題したのか? 妻にも子にも優しくできず、元の養親からは無心され、思うように生きられない苦しさが、目的地へたどり着けないもどかしさと重なったのだろうか。漱石の自叙伝でもある本作は、読み手にとっても苦しさ、やりきれなさを感じさせる。だから、途中から妻・鏡子の『漱石の思い出』を読み始めた。そこには多少なりとも温かい家庭人としての漱石が見出されて安心した。漱石の作品を通じて所々で味わう江戸言葉も良い。
1投稿日: 2017.08.19
powered by ブクログ夏目漱石が伝えたかったのは 則天去私(私心を忘れて 天に任せる)だと思う。 厄介な親類との陰鬱な心理戦が多いが、寂しさでスタートした物語が 妻と赤ちゃんの幸せのシーンで終わり、主人公の それでも 生きなきゃいけない というメッセージは感じた。タイトルから 考えると 道草をしたが、則天去私の境地で、落ち着くところに 落ち着いた ということだろう
1投稿日: 2017.07.17
powered by ブクログ昨年(2016年)は漱石の没後100年といふことで盛り上がつてゐましたが、今年は生誕150年に当るのでした。二年続けての漱石イヤーなので、わたくしも『道草』を開いた次第であります。 『門』『こころ』などと同様に夫婦の問題が描かれてゐます。しかし『道草』がそれらと違ふのは、ほぼ漱石自身の体験を綴つた「自伝的小説」であるといふところですね。主人公の健三が即ち漱石本人がモデルであります。妻のお住が鏡子夫人、さらに金をたかる島田のモデルは養父の塩原昌之助となつてゐます。 ロンドン留学から帰国した漱石。英国では精神的にまいつたやうで、神経衰弱になつて、いはば志半ばで帰国する訳です。その後漱石は『吾輩は猫である』で世に出て、朝日新聞社の専属小説家となります。本作の冒頭に「健三が遠い所から帰つてきて」とあるのは、漱石がロンドンから帰国した事を指してをります。 本作の後は絶筆となつた『明暗』を残すのみで、漱石としては最後期に属する作品。もうこの時期になると、初期に見られた諧謔調は姿を消し、重苦しい雰囲気で物語が進むのであります。 夫婦関係はきくしやくしてゐます。夫は空疎な理屈を振り回す思ひやりのない変人として描かれ、妻は怠惰で夫の仕事にあまり協力的ではないやうに見えます。現在の目から見ると、お住は特段の悪妻とも思はれませんが、毎日夫よりも遅く起きるなど、明治の世では非難されるべき一面があつたのでせう。 しかし後にお住が出産する際には、何だかんだ言つて夫婦の結び付きを感じさせる場面もあり、ちよつと安心します。 序盤で島田に出遭つてから、後の色々な面倒(金をたかられる)を示唆するところなどは、読者の興味を誘ひぐいぐい引張ります。そして徐々に島田が接近する様子は、まるでサスペンス小説のやうであり、読者はどきどきしながら先を急ぐのであります。漱石はまるでエンタメ作家ですね、好い意味で。 それにしても「島田」がかういふ卑しい人物に描かれて、モデルの塩原昌之助の子孫の方は、この小説をどう感じるのでせうか。 漱石を余裕派と呼び揶揄してきた自然主義派が、『道草』で初めて漱石を認めたとの話もありますが、あくまでも自伝的小説であつて、従来の作風を変へてはゐないと存じます。小説作法の上手であるだけの話です。 「世の中に片付くなんてことは殆どありやしない......ただ色々な形に変るから他(ひと)にも自分にも解らなくなるだけの事さ」 http://genjigawa.blog.fc2.com/blog-entry-704.html
0投稿日: 2017.05.18
powered by ブクログ漱石は全作品そろえていた。けれどどうやら読んでいなかったようだ。新聞連載の「猫」を読みながらで、どうも話が混ざりそうになりながら、読み終えた。どうしてそんな思いをしてまで結婚生活を続けているのか。離婚するという選択肢はないのだろうか、と思ってしまう。そんな中でも新たに子どもが誕生しているから、そこがまた不思議だ。話はほとんど動かない。ほとんどが居間のなかでの話。養父母にお金をせびられる話と、あとはほとんどが夫妻の会話。いまでもこんな夫はいるのだろうな。だから、妻が夫に「早く死んでほしい」なんていう思いを抱くこともあるのだろう。いまなら、すぐにでも離婚ということもあろうが、しかし経済的に厳しい場合はガマンして、早く死ぬのを待つという状態の妻もいるのだろう。ところどころに心に引っかかる考えが述べられている。最後のページから。「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起った事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変わるから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ」
0投稿日: 2016.08.21
powered by ブクログそんなに裕福でもない主人公、健三のもとに絶縁した養父島田が現れ金をせびる。さらに姉、養母など次から次へと金をせびりにくる人達が現れてくるお話。 人生って面倒くさいことが非常に多いなぁと改めて思う。 めんどくせぇ…
0投稿日: 2016.08.12
powered by ブクログどこにも行けないこの感じ、私小説ってものなんでしょうか。 これは大人になってからじゃないと伝わらないかなーとしみじみ。今の歳だからこそ読み終えれたような気がします。きっと学生の頃じゃ途中で止めるか、妙な共感に陶酔してたかも。 途中、姉との会話だったか 「情で寂しいんじゃなく欲で寂しい」的な台詞があって、なんだかはっとさせられました。 生活って中々に寂しい。
0投稿日: 2015.05.15
powered by ブクログ本作は、けっしてつまらないわけではないのだが、ビッグ・イヴェントなどもなく、ただ淡淡と日記のように物語が進行してゆく。それもそのはずで、解説などによれば、本作は漱石の自伝的小説であり、登場人物も周辺の人物と同定されるモデル小説でもあるそうだ。しかし、だとすれば、漱石の人間性には軽蔑を禁じ得ない。本作の主人公・健三は、漱石を投影したと思われる人物であるが、コレがまたどうしようもない人間なのである。妊娠中の妻に対しては、あまりにも無神経な発言を幾度となく繰り返し、いっぽうでしばしば金を無心に訪れる島田という男に対しても、強い態度で追い返すことはできず、けっきょくいつも言いなりになって金を渡してしまう。思いやりもなければ威厳もなく、ダメな男の見本のような感じで、漱石がじっさいにこのような男であったと思うとおもしろい。文豪に奇人・変人が多いということは昔からよくいわれているが、やはり漱石もこの例に漏れなかったわけである。むろん、小説じたいへの評価と、著者の人物像は別に考える必要があるのであるが、しかしこの小説は、著者あってこその小説であろう。おもしろいと断言するポイントがあるとすれば、まさにこの部分でしかないのであるから。
0投稿日: 2014.05.05
powered by ブクログ様々な含みのある物語だと思うが、特に気に入った点がある。他人との分かり合えなさを描いている点だ。妻との会話が象徴的だ。妻からは理屈をこねていると言われる。それに対して歩み寄れない健三がいる。一方で妻は妻で、健三の考え方がわからない。そんなシーンが何度も出てくる。 単調にも感じるシーンの積み重ねが伏線となり、ラストシーンの言葉が胸に刺さった。人生とは同じことを繰り返すことだと漱石は看破する。意味がわからないと妻が返すところが、不気味さを一層引き立てる。 分かり合えないことを認識するところから、人間関係は始まる。人間関係から自己を確認するのだから、その意識は自己形成をする上でも重要なことなのだと思う。昨今は、男らしさ、女らしさで戸惑いがちな社会だ。なにが自分かわからなくなる人もいるだろう。自分らしさを取り戻す、きっかけになる本だと思う。
0投稿日: 2014.02.27
powered by ブクログ夏目再読。 この一文に象徴される一冊。 「彼は論理の権威で自己を佯っている事にはまるで気が付かなかった。」 彼の問題なのか、とりまく人々の問題なのか。 とても面白い作品です。
0投稿日: 2013.12.28
powered by ブクログ金の貸し借りなど、生々しい面が多く描写されている。 この小説には飾られた物、美しい物などは出てこない。 ただ健三の生活が淡々と綴られている。 いずれまた読み返したくなる作品だった。
0投稿日: 2013.08.15
powered by ブクログ漱石は、読んでいてとても相性の良い作家だと感じる。 考えていることの内容というか、傾向が、非常に近いので、共感的に読むことができる。 人間は過去に縛られながら生きる存在であり、その意味では、過去とはもっとも確かな存在の形式である。過去に起きたことは決して動かすことができず、決して片付けることができない。 漱石の書いた憂鬱は、過去こそが不安の源泉であり、したがって自分にはどうすることもできないのだという諦念にある。 そういう人生観には、個人的に親しみを感じる。
0投稿日: 2013.06.02
powered by ブクログお金を通して健三と色んな身内とのつながりが描かれていました。 ・健三と細君の 「同じ輪の上をぐるぐる廻る」やり取りが読んでて一番楽しかったです。面白おかしい一方、生々しくも感じました。お互いが相手の考えは間違ってる、どうかしてると感じたり、あるいはこういう性格だから困るという思いこみからくる言い争いは、作者特有のじめっとした味わいがあるなと思いました。そこがすごく好みです。 そして二人のすれ違い。健三が手に入れたお金を困ってる細君の前に放る場面なんか特に。あいつが笑顔でありがとうの一言でも言ってくれたらこっちの気分もよくなるのに、と腹の中で思う健三と、ぶっきらぼうに渡さないで一言かけてくれたらありがとうって言うのにと腹の中で思う細君。お互い思いやりや感謝の言葉さえかけてくれたら、こんな気分悪くしなかった、と思い合ってるところがあ〜もうこの夫婦はさ〜って感じです。後半なんて読んでるとやたら言い合ってるもんだからなんか笑ってしまった。夫婦なんだからそれなりに相手を認めている(あるいは諦めがついてる?)んだろうけど、両方とも気遣いがちょっと足りないゆえ、何かと喧嘩に繋がっていくのかなと思いました。 でも最後、「世の中に片付くなんてものは殆んどありゃしない」と言う健三に対して細君が何言ってるんですか解決したんじゃありませんかとは言わず、赤ん坊に話しかけて終わるって締め方が印象的でした。 ・全体として 島田のせびりをどうにか解決するって展開なんだけど、もうちょっと山あり谷ありな起承転結だったらぐわーっと読めたのかもしれない。話におおきい起伏がないからちまちま読んでは栞はさんで、を繰り返してくうちに出てくる女性キャラの名前と主人公との関係がごっちゃになって焦りました。電子書籍で読んでたから読み返すのに若干手間がかかった。こういう時紙のほうが素早く流し読めるんだろうな〜と思いました。
0投稿日: 2013.05.17
powered by ブクログ(1965.09.04読了)(1965.08.購入) (「BOOK」データベースより) 海外留学から帰って大学の教師になった健三は、長い時間をかけて完成する目的で一大著作に取りかかっている。その彼の前に、十五、六年前に縁が切れたはずの養父島田が現われ、金をせびる。養父ばかりか、姉や兄、事業に失敗した妻お住の父までが、健三にまつわりつき、金銭問題で悩ませる。その上、夫婦はお互いを理解できずに暮している毎日。近代知識人の苦悩を描く漱石の自伝的小説。
0投稿日: 2012.11.23
powered by ブクログ完成した小説としては、漱石最後の作品。(ほんとうの最終作品は未完の『明暗』) イギリス留学から故郷に帰った男、健三の話。本作品は私小説的要素が濃く、ほぼ漱石自身の身の回りで起こっていたことを題材としている。 縁を切った養父島田からの執拗な無心、お互い心の通い合いを求めているにもかかわらず、価値観を異にすることによる健三夫婦のすれ違い、喘息持の姉と、そんな妻を全くぞんざいに扱い夜遊びの絶えない夫の比田… 健三を取り囲む人間達は皆、金銭に縛られており、金銭という名の桎梏が健三を苦しめる。 「みんな金が欲しいのだ。そうして金より外には何にも欲しくないのだ」 そしてひたすら思索の世界にしか自分の居場所を見出だせないという健三自身の苦悩、妻の出産後も家族に対し情愛を注げずにいる自分へのもどかしさ… まさに今の私ではないか、と読んでいて驚きを隠せなかった。こう思う人は少なくあるまい。 「世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起った事はいつ迄も続くのさ。ただ色々な形に変るから他(ひと)にも自分にも解らなくなるだけの事さ」 そんな身の回りに溢れる人生の道草の話である。
0投稿日: 2012.11.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
夏目漱石の作品は人間味に溢れている。 極端な美意識の押しつけでもなく、 「日本的なもの」を無理に定義しようともせず、 ありのまま人間の姿、どうしようなく不完全な存在としての個人を描こうとしている。 人間味があるというのはそういうポイント。 三四郎では厭世的な青年の葛藤。 こころでは大切な人の恋人を好きになってしまうダメな大人。 道草ではもっと泥臭い人間が描かれている。 主人公は、学問に従事するそこそこの年齢の男。 細君ともギクシャク。(細君とのやりとりから垣間見える主人公のどうしようもなさや不甲斐なさ、甲斐性なしな感じがまたリアルでよろしい。) 養子に出されたときの人間の気味悪さ、親と子の不条理性、自意識の成長過程において傷を抱えた人の描写が非常に面白い。 特に、愛想を尽かすという行為が相手にとって最も効果的な仕打ち、という主人公の考え方に共感を覚えた人も多いのではと思った。 世の中ってなんて不条理で、その不条理な世界で生きている人間も決して純粋なんてものではなく不条理な生き物でしかない。いろいろな欲望が重なり合って、決してシンプルとは言えない世界で生きていくこと、それが人生なのだろうし、それだからこそ人生は面白く、美しいのだろう。
0投稿日: 2012.11.10
powered by ブクログ漱石、マジすげぇ。 示唆に富みすぎ。 人と人はなかなか理解し合えないけど、だからといって救いがないわけでは決してない。 この物語の中にはそのためのヒントがちりばめられてるような気がしました。
0投稿日: 2012.05.16
powered by ブクログ漱石の自伝的小説。 自伝とは言っても、漱石は、あくまで小説の「外側」からこの物語を書いています。 まるで、世界の外側から世界をかきまぜる神様のように、漱石は健三たちを見つめ、その苦悩や滑稽を淡々と記録しているんです。 ここから『明暗』、則天去私に向かうのだとおもうと、心がふるえます。
0投稿日: 2012.02.25
powered by ブクログ課題が残りました。巻末の「世の中に片付くなんてものはほとんどありゃしない。一遍起こった事は何時までも続くのさ。ただ色々な形に変わるから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ」です。確かに、人生の中は、「片付かないもの」だらけのような気がします。「色々な形に変わる」とは、どういうことなのでしょうか。人は、宿業を背負って生きていくもので、弱い部分に形になって現れると解釈するべきなのかといことなのだろうか。 主人公健三のモデルを作者自身と考えるならば、これだけ自分のこと、妻のことをみつめることができるのであれば、実生活は我を捨て生きられたのではと感じました。 「然し」という単語が、これでもかというぐらい出てくる点が非常に気にかかった。加えて、解説の柄谷行人氏の「しかし」の多さが気になってしかたない。
0投稿日: 2011.12.15
powered by ブクログ漱石の自伝というわれるが、あくまでも自伝的な要素があるというだけで、完全に自伝なわけではない。 夫婦の描き方が興味深い。
0投稿日: 2011.10.01
powered by ブクログ久しぶりに夏目文学に触れました。話の内容としてはまあまあ、面白かった。でも、「うおー、おもれえええええ」という驚嘆はありませんでしたね。
0投稿日: 2011.08.28
powered by ブクログ自伝 親戚の皆からたかられ、 奥さんとはかみ合わず、自分自身は屁理屈ばかり。 それでも生きて行かざるを得ない。 世の中に片付くなんてものは殆どありゃしない。一遍起こったことは何度でも続くのさ。ただ色々な形に変わるから他にも自分にも解らなくなるだけの事さ。
0投稿日: 2011.08.10
powered by ブクログドラマチックとは正反対で、平凡な人の失敗や回りくどさが表現されている小説。自叙伝的な要素を含んでいると聞くと、漱石らしいとも感じられる。じれったいのが嫌いな人は少しいらっとしてしまうかも…。
0投稿日: 2011.05.16
powered by ブクログ漱石が自分や奥さんを中心人物のモデルに書いた長編。目立った事件が起きるわけではないが、人間の中の被害妄想的な面などがリアリティをもって描き出されている。
0投稿日: 2011.03.11
powered by ブクログ漱石自身、といわれる主人公の健三が奥さんに対していわゆるツンデレ過ぎる。 しかもツン9,5:デレ0,5、みたいな。 でもなんかそこがいい。0,5のデレのためだけでも読んでみて良かったと思う。 あと、教師として採点に苦労する描写とか。 漱石が亡くなる前年に書かれたもので、しかも「猫」執筆当時の回想録の様でもあり、その辺を深読みしてもかなり好きな作品。 ≪2012年12月の感想(思いつきメモ)≫ 「漱石を共通の友人のように話せる人ってまだ会ったことないなぁ」 という言葉がふと出てきて、ああそうかと思い至った。 「夏目漱石」という名前が、まず先にあるからなのかもしれない。 それはともかく、この『道草』を初めて読んだとき、ますます漱石が好きになった。 なんか、自身のことを距離をとって、一種嗤い飛ばしているような印象を受けた。奥さんにつらく当たってしまうのも、自分勝手なことを言っているのも、全部解っているうえで書いてる、そんな感じ。 漱石はそうやって自分を見つめることができるひとだと思う。『文鳥』もけっこう自虐的でオモシロイ。 読んでいて、『吾輩は猫である』を書いていた頃の「夏目漱石」という人間そのものがここに描かれているんだと思って、鳥肌が立った。 模試の最中だったけど答案書き終わったからといって教室の一番後ろの席でコッソリ読んでいた、そんな高三の秋。
0投稿日: 2010.06.12
powered by ブクログ漱石晩年の自叙伝 互いに分かりあえないと思っている夫婦 お金をたかりに来る古い縁故 他人のことを理不尽と思いながら自分自身も理不尽な行動をする そんな自分を客観的に嘲笑するとこがおもしろいのかな 20090910
0投稿日: 2009.09.08
powered by ブクログ淡々と生活を描いた小説。主人公が次から次へと親類へお金を貸してばかりで、そのイライラする気持ちがよく伝わり読者もいやな感じになる、というよさがあります。健三・お住夫婦のすれ違いがリアルに描かれています。結局は似たもの同士な気も。
0投稿日: 2009.07.31
powered by ブクログ淡々と生活を描いた小説。 主人公が次から次へと親類へお金を貸してばかりで、そのイライラする気持ちがよく伝わり読者もいやな感じになる、というよさがあります。 健三・お住夫婦のすれ違いがリアルに描かれています。結局は似たもの同士な気も。
0投稿日: 2007.03.20
powered by ブクログ知識人なんてモノは、ヒトから煙たがられるのが世の常。 そんな夫を持つ嫁の苦労は計り知れないんですね。 オレ?まぁごくごく一般的なサラリーマンですから問題ないんですよ。 そんな感じ。
0投稿日: 2006.12.19
