
総合評価
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powered by ブクログ(略)誠実だろうが、熱心だろうが、自分が出来合の奴を胸に蓄わえているんじゃなくって、石と鉄と触れて火花の出る様に、相手次第で摩擦の具合がうまく行けば、当事者二人の間に起るべき現象である。自分の有する性質と云うよりは寧ろ精神の交換作用である。だから相手が悪くっては起り様がない。 p43 面白い意見だと思う。自分が悪いせいで起こらないこともあるだろうけど。 君は世の中を、有のままで受け取る男だ。言葉を換えて云うと、意志を発展させる事の出来ない男だろう。 p100 バイアスのメガネを通してしか人間は世界を捉えられず、そのバイアスを取り除きたいなぁと思っていたのだが、バイアスがあって初めて意志を発展させることができると来た。面白い意見だ。 十一 代助は興味や美意識の移り変わりを都会人の本質と据えて第一義に置き、不変の愛は偽善第1位だろと思うのに、心の内は三千代ゾッコンである。理性と深層の衝突は可愛らしいなぁと思うが当人にとっては葛藤であろう。この衝突する二つの極は両立するものだと俺は思うが、理解しているつもりなだけでいざ抱えてみると相当辛いことも分かるつもりだ。 代助は三千代との過去を振り返り、三千代が平岡に嫁ぐ前、既に自分に嫁いでいたのも同然だと思うに至る。だのに平岡との結婚に至り、結果経済や病、子の喪失の事情で可哀想だと思う。このある種の後悔の重量が代助の足を絡めとる。この苦悩は分かるつもりでいる。p237 元来意見があって、人がそれに則るのじゃない。人があって、その人に適した様な意見が出て来るのだから、僕の説は僕に通用するだけだ。p246 意見や規範のために理念を曲げるのは誤謬であると感じる自分の意見と一致する。 倫理観の変遷に俺は苦しむ。苦しみから逃れる術として次の3つを考えていた。 ①倫理観を更に更新して苦しみを超克する。 ②倫理観を逆行させ過去の姿に戻り、現在を踏み潰す。 ③前進も後退もできぬが現状維持も不可能として、死を選ぶ。 代助の三千代への接近(平岡に本心を告げ破壊する)か、撤退か、あるいは心中か、という3択はこの感想を書く時点の俺と一致するように思う。(13章) 「打ち明けて下さらなくっていいから、何故。何故、棄ててしまったんです。」 言葉にならない。 三千代を自分に引き付けることの引換に、平岡、父、兄との縁を失う代助。直ちに職に就こうと動き始める代助に、真赤の様々が脳内に飛び込み、代助の世界は回転を増す。代助の人生における巨大な世界の再撮像の一場面であろう。代助の捉え直された社会での「それから」はどのようであろうか。
0投稿日: 2026.07.04
powered by ブクログ吾輩は猫であるの次に読んだので、ストーリーがある分読み進めるのが早かった。 遊民の代助の内面が丁寧に描かれており、代助は分析力があり聡明な設定だが、辛い過去に忘却という蓋をしていたり、三千代を思う気持ちが止められなくなったり、最後は頭の中が赤で埋め尽くされるなど、彼の言う自然には逆らえないものだと思った。 私は漱石の、場面をガラリと変える描写が好きで、特に三千代への思いを初めて具体的に示した、馬鈴薯と金剛石の描写と、激しい雨の中、部屋中を百合の花の香りで満たして三千代に告白するシーンが好きだ。後者のシーンは、本当に百合の香りがしてくるようだった。 夢十夜とそれからを読んで、百合の花やその香りが好きになった。
0投稿日: 2026.06.02
powered by ブクログ三十歳、無職、親の金でぶらぶらと自由に生きる代助。生活に困窮する友人平岡との再会。そして次第に平岡の妻・三千代に惹かれていく…。 ぐずぐず進む前半とは違って後半の急展開とそして最後の1ページの表現に衝撃を受けました。 漱石のイメージ(私だけが思っていたイメージなのかもしれませんが)がいい意味でぶっ壊された感じ。こんなにもストレートで熱を帯びた文章を書いていたんだ!と驚きました。
8投稿日: 2026.05.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
2026.3.20読了。 親友を取るか愛する人を取るか。 これはどの時代にも通ずる永遠の問いだと思うが、そもそも親友に譲れるほどの相手ならそれは運命の人ではないのだと思う。 だから、私は代助と三千代を責めることが出来ない。もっと早く互いの想いを告白していれば…と思う節もあるが、こんなに深く結びついた2人なら、結局はこうなるしかなかったのだと感じる。 社会という実態の見えない圧力に怯えて愛する人を失うくらいなら、たとえ社会から無視されたとしてもただ1人愛する人からの信頼と愛情が欲しい。 しかし、略奪婚によって父や兄など家族からも絶縁されてしまうのは、時代を感じて辛かった。兄からも絶縁を言い渡された最後、表に飛び出し、街の赤色で頭を染め尽くし、自分の頭を焼き尽くそうとした代助。赤というと「情熱・闘志・怒り」と言った感情が連想されるが、代助はその時何を考えていたのだろう。三千代とやっと一緒になれたという情熱、家族や財産全てを失ったことへの怒り、自分の手でこれからの人生を切り開いていこうという闘志、赤色に代表される全ての感情が一挙に押し寄せたように感じた。
2投稿日: 2026.04.02
powered by ブクログ2026年6冊目『それから』(夏目漱石 著、1948年11月 初版、1985年9月 改版、新潮社) 漱石前期三部作の第二作。高等遊民の代助が、封建的道徳感と近代的思想の狭間で煩悶する様が描かれた姦通小説。連載は1909年。 前作『三四郎』にあった青春の匂いは見事に消え失せ、まるで祭りの終わりの様な寂寞さと空虚感が物語を支配している。後半の展開は頁を繰る手も止まってしまうほどに苦しいが、破滅ではなく目醒めを予期させる読後感はむしろ清々しい。 〈代助は自分の頭が焼け尽きるまで電車に乗って行こうと決心した〉
17投稿日: 2026.01.31
powered by ブクログ恋愛小説かと思いきや、家族中心の社会から個人中心に移っていく中での青年の違和感、変化が繊細に描かれている。走り出した代助の行く先は、私たちと繋がっているのだと思う。現代に漱石が生きてたら何て言うか聞いてみたい。 それにしても漱石が繊細で、肖像写真から漂うアンニュイ加減にも納得。俄然、漱石好きになりました
13投稿日: 2026.01.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
一言で言えば、高学歴ぼんぼんニートの不倫話。 『こころ』読んだ後に読了。 ラストシーンの赤色の描写には、冒頭に心臓の鼓動の描写とも繋がり、何か大きく物事が動き出そうとしてることを表していると思った。 ラストは代助の今後がどうなるか明確にはされていないが、個人的には最後の描写は暗い未来に感じた。 代助はこれまで自由に思うがままに生きていたが、最後は家族からの経済的支援も切られ、嫌がっていた社会に出て働くことを強いられる。今まではありのまま自由世界を感じ取れていたが、社会に染まり赤色しか知覚できなくなるような印象を受け、働いて社会に染まってしまった平岡と同じ道を辿ると結末になると感じた。 前半は代助の生活ぶりが中心でありあまり読んでいても面白みが少ないが、三千代への恋心を自覚してからのこの先どういう展開になるのかの読めなさや前半はつまらないと感じていた家族関係の話も、みちよとの恋を家族に打ち明けるとどのように変化していくのかや、不安感というのが立ち込めていて読んでいくページが止まらなかった。 不倫話というと陳腐に感じるが、現在とは不倫に対する風当たりがより厳しく身内からも絶縁されるほどのことであることを考えると相当な覚悟が必要であると思った。 この話は読んでいて平岡は妻を盗られた情けない男として面子丸潰れで社会を生きて行かなければならないので、不倫した側・された側双方不幸になる未来である。 しかし、代助の選択は勇気がいりなかなか真似できることではないと思う。今までは人を内心ではバカにして、理論武装して社会から逃げてきた代助がこと結婚に関しては、自分が選んだ人と添い遂げたい。たとえそれが誰かの妻であっても。私自身も人生において親や社会のレールに乗って生きてきた人間であり、そのレールから外れることへの恐怖は計り知れない。代助は社会経験がないためその行動に出れたのかもしれないが、何かを選ぶこと、選んだからには信じて進み続ける覚悟をもちたいと思った。 1点疑問なのは代助は三千代を本当に愛していたのかである。唐突に三千代への恋心が表現され、その過程がないため最後までその点が疑問に残った。親や社会からの言いなりになることへの逃避から自分で選んだ女、しかも親や社会から反感をあえて買いやすい人妻に手を出したようにも感じる。 三千代自身も代助を愛しているかは疑問であり、お互いが現実から逃げるためにこの逃避行をしたのでは?という感想が残る。 次は三部作の三四郎、門も読んでいく!
5投稿日: 2026.01.14
powered by ブクログ人生失敗しても、これから! 軽薄にも要約するならこんなメッセージを受け取りました。 ほんとうに軽薄ではあるけれど、厭世主義の夏目先生の筆(て)だからこそ価値のあるポジティブな励ましだと、私はそう捉えました。
1投稿日: 2026.01.10
powered by ブクログ代助の浮世離れした理論武装はうざい。食うために働くのは低俗だとか、平岡を馬鹿にするが、その辺から三千代が気になっているのは見え見え。結婚も低俗扱いで、末永く愛し合うなんてあり得ないから結婚しないとか言いながら略奪。矛盾を感じているのか。仕事をしないのも、できないことが人に知れるのが怖いだけでは?。
1投稿日: 2025.12.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
前半はなかなか読み進まず、しかし後半は、恋愛が絡んできて面白さが増して一気読み。 漱石作品5冊目にして、ついに面白かったと思える作品に出会えた。長かった〜。これからも漱石が面白く読めたらいいなぁ。 高等遊民の代助には何ら共感はできない。 学歴も高く、外国語もピアノも何でもできる。 が、働かない。 食う為の職業は誠実ではない とか何とかへ理屈をこねている。理想は高く、ごもっともなご意見ではあるが、現実主義者を蔑んでいるフシがある。 頭が良い次男坊って、扱いが難しかったのだろう。お見合いで良家か金持ちの家に婿養子に行くのが当たり前だった。 しかし、代助は気づいてしまった。 そう、愛に。 遅いのよ。もっと早くに気づいていれば…。 相手は人妻となってしまった女性。姦通ですよ。 僕の存在には、貴方が必要だ。 君の奥さん、僕にくれないか? 走り出したら止まらない。理性は何処へ? 人妻を巡るドロドロの三角関係。でも肉体関係は無さそうな心の関係っぽいから、いつでも引き返す事ができそうなのに、突き進んでしまう代助。不器用だし、純粋過ぎる。 貴方無職ですよ〜、人妻を奪ってどうするの?働けるの?未だかつて働いた事ないんでしょ?目を覚ましてよ〜って言いたかった。 愛によって人間らしさを開花させた代助だが、悪手過ぎた。 家族から絶縁され、お金にも困るこれからを考えた時に 僕は一寸、職業を探しに行ってくる そして、真っ赤なラストへ。 印象的な最後のページは、どう捉えたら良いのか。代助は狂ってしまったのだろうか。波乱に満ちた未来の暗示なのか。花の描写など全編淡々とした文章だっただけに激しさが強烈だった。記憶に残るラストだ。 馬鹿だな〜って思いながらも、嫌いにはなれない代助。弱さが垣間見れて、生きづらそう。 それから どうなるのか、考えさせられる読後感。こんな読後感が私は好きなのだと思った。 追記 先日、熊本旅行に行った際、漱石が住んでいた家を訪れた。引越しを繰り返した中の一軒だったが趣きのある素晴らしい家だった。漱石が使っていた文机に座り、秋の深まる庭を見ていると感慨深かった。 夏目漱石を理解したい、という意欲が芽生え、読み方が変わった気がする。良い体験となった。
29投稿日: 2025.12.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「ええ、まあ有難いわ」と三千代は低い声で真面目に云った。代助は、その時三千代を大変可愛く感じた。わかる、急に真面目な態度取るの可愛い。 代助の結婚や未来へのモラトリアムは甘えだけど気持ちはわかる、彼はただ彼の運命に対してのみ卑怯であった。何も選択せずその日暮らしだと確かに楽だよね。 真剣な話し合いの時には酒を飲まない方が誠実だという価値観、この頃もあるのね。 251ページから物語がやっと動き出す感じ、グンと面白くなる。「僕の存在には貴方が必要だ。どうしても必要だ。」ストレートな告白がいいねやっぱり。 夜明けを「世界の半面はもう赤い日に洗われていた。」って表現するのかっこいい。 最後は狂気に向かうと解説されていたが、世間体や家族、友情を捨ててまで愛を選んだ代助が幸せなその後を迎えることを願う。
2投稿日: 2025.12.11
powered by ブクログ『三四郎』(夏目漱石)以上に、心理描写に引き込まれました。 主人公の長井代助、30才。裕福な家のお坊ちゃんで、親の脛をかじっている。働かないで暮らせる。インテリと頼りなさが同居した感じ。 読み始めからゾクゾクします。不倫の話。代助の不倫相手は友人、平岡常次郎の妻(三千代)。代助と三千代は、互いに好意を持っていました。しかし、代助は平岡と三千代の結婚をとり持ってしまう。自分の気持ちより、友人の思いを優先して。 三千代との再会で過去の恋が再燃すると、頼りなげな代助が、大人の男性になっていくように思いました。しかし2人のやりとりから、三千代の方が度胸が座っていると感じる面も。彼女は病気持ちで、自分の死を意識している感じがあります。 小説の中盤から代助という人物は、不倫はもちろん、結婚する段階でなく、悲しいけれどまだ恋愛の段階だと思ってしまいました。「僕の存在には貴方が必要だ。どうしても必要だ。」この言葉を学生時代に三千代さんに言っていたら...... 終盤にいくにしたがい、代助の前途は真っ暗闇。しかし、代助がようやく地に足をつけて歩く決意をしたかのようにも感じました。 『三四郎』にも『それから』にも、ストーリーにお金の貸し借りが出てきます。他の作品はどうなんだろう? きめ細かな心理描写、独特の間合いで読者を惹きつける文章は天下一品。代助と三千代の思い出に白百合の花があります。代助が三千代への思いを吐露する場面に、白百合の香りを持ってくるところ、にくい演出です。この密会での告白後、数日経って代助は三千代に会いにいきます。三千代が平然として言った言葉は「何故それからいらっしゃらなかったの」。ちょっとドキッとしました。タイトルの“それから”が入っていたので。漱石の仕掛けかな?やはり、三千代の方が肝が座っている感じ。男女の温度差、感じます。 小説のラストがこれまた秀逸で、思いも寄らない“色”で描写されていて、忘れられません。代助の前途は困難を極めている、そこにこの色を持ってきたか!という感じ。インパクト大です。 この小説を私の感覚で要約するなら.... 不倫の話と簡単には言い切れない、恋愛未消化ゆえの悲劇。悲しみや辛さを正面から受けとめた代助の心の変遷と決断。ようやく一歩を踏み出すが、彼の今後は未知数。どうなるか分からない。だから、タイトルは『それから』..... 単純に読んで終わりではない、様々な登場人物の角度から読み取りができ、深い思索へと導かれる作品です。それゆえ、名作だと言えると思います。
45投稿日: 2025.12.09
powered by ブクログ今は亡き姦通罪に対し、あたかも正当化に向けさせるようなロジックに加え破滅した心理的描写で括られる グロいね〜
1投稿日: 2025.12.03
powered by ブクログ夏目漱石 前3部作の中間に位置する作品。 不倫、というテーマが大きいような気もしましたが、自分としてはこの作品に現代に通ずるようなニート像が見えたような気がしました。 まず、「働いたら負け」という考え方です。代助は職にもつかず、実家の父から定期的に生活費を貰いながら日々を過ごしていて、それが理に適った正しい生き方だと考えていて、今仕事でバリバリ働こうとしている友人・平岡にはそういう面では良くない印象を抱いている。代助の働いていない引け目など感じていないあたりがまさに30歳頃の開き直ったニート感が出ていると思いました。 そして「そこまで器用じゃない感」も社会に出ていないゆえ漂っていると思いました。代助は友人平岡の妻であり、自身の旧友でもある三千代に思いを寄せるようになり、三千代への思いを貫くか、家族から何度も進められる縁談に気乗りはしないが乗るか、少し悩みます。結局縁談を受け入れることは無いのですが、どうせ三千代との関わりは自分が既婚か独身かに依らず罪なので、表向きは親族の望む縁談を受け入れて、三千代との関わりは密かに続けていくということも選択としては出来たはずなのに(最低ですが…)そうしない、それを考えもしなかったのは代助もニートなりに正義感や倫理観が備わっているのか、それともただただ考えが及ばなかったのか、どちらにしてもマイペースニートっぽさがあるなと思いました。 最後に、「働き始めようとすると急に苦しくなる様子」です。物語のラスト、父親にも三千代との関係が知られた代助は、もう生活費の援助を受けることも出来ないと思い、働き口を探しに街へ出ます。そうすると序盤中盤では描写されなかった気温の暑さの描写が増えます。『代助は暑い中を駆けないばかりに、急ぎ足に歩いた。日は代助の頭の上から真直に射下ろした。乾いた埃が、火の粉のように彼の素足を包んだ。彼はじりじりと焦げる心持がした。』 働かず悠々自適に歩いてた町も、いざ働くという使命を背負って歩くととても暑く、苦しい環境だと感じるのもどこかニートの心情を言い当てている気がして、夏目漱石はやはりすごいなと、実は漱石もニート時代があったのかな?と思いました。
5投稿日: 2025.07.08
powered by ブクログ夏目漱石の前期三部作(三四郎/それから/門)の真ん中の作品。 主人公の代助はスーパーニート。実家が豊かで、そこから送られるお金で思索にふける事こそが最上の生き方で、金の為にあくせく働く事は自分を無くす事だ、という信念がある。 すごい主人公設定だが、あとがきなどによると、この設定がどうにも共感を得難く、いまいち人気が出なかったとか。まぁ、こんな人がうんうん悩んでいても、「お前はとりあえず働け」と思ってしまうのも、もっともな話か。 さて、今作の主人公の代助くんがどんな悩みにぶち当たるかと言うと、不倫だ。 今よりも倫理観とか厳しそうな時代に、スーパーニートが不倫に悩む。これは人気ないどころかむしろ反感買ったりしたんじゃなかろうか…。 代助には学生時代からの友・平岡がいて、代助も平岡も三千代という女性を好きになってしまう。代助は友情を選択し平岡と三千代の仲を取り持った過去があり、現在平岡と三千代は夫婦だ。 そこから時は経ち、代助は平岡夫妻と再会。平岡は金の為にあくせくする「代助が嫌いなタイプの人間」へと変貌しており、夫婦関係も色々あって冷え切っている様子。 そんな不遇な三千代の姿を見て代助は再び三千代に惹かれ始める…。 というのが今作のストーリーだ。なんとなく『こころ』とも通ずる人間関係。 さて代助は不倫へと踏み込むのか否か…こう聞くと大分ドラマティックな物語のようだが、漱石先生お得意のゆったりとした展開で、モヤモヤした空気が結構な時間紡がれる。 その間、代助は実によく悩む。実家の方では度々彼に縁談を持ちかける。 いっそ結婚してしまうか、断って三千代への思いを貫くか。縁談を断り人の妻を奪うと、当然実家からの仕送りは打ち切られるだろう(おい)打ち切られたら大嫌いな労働をしなければならない(おい) などなど、共感出来るような、共感出来ないような悩みで煩悶する代助。 働いて当然、不倫はしないのが当然、というような社会の常識とか制度とか、そういったものと、人間の自由というものの対立構造が色んな箇所で登場するこの作品。 全てと対立していく為に、共感を得にくい主人公像になったのかもしれない。 実際、代助の言葉には道理が通っているなぁと感じる場面も多々ある。 印象的なのは代助が三千代の夫・平岡に言うこのセリフ。 「三千代さんは公然君の所有だ。けれども物件じゃない人間だから、心まで所有する事は誰にも出来ない。本人以外にどんなものが出て来たって、愛情の増減や方向を命令する訳には行かない。夫の権利は其所まで届きやしない。だから細君の愛を他へ移さない様にするのが、却って夫の義務だろう。」 とこうだ。なるほど、それは道理だ、となる。『吾輩は猫である』の後半における結婚論といい、夏目漱石の描く男女の関係には新しいものがあるように感じる。 既成の概念に囚われずに生き方を模索する様が刺激的だ。 『それから』は、これも漱石先生あるあるだが、後半、エンジンがかかりにかかっていて面白い。まさに怒涛の展開。 「僕の存在には貴方が必要だ」と、どストレートなセリフまで飛び出す。 それまでまったり進んできた物語が一気に加速する。ラストシーンは緊迫感があり、ここまで読んできてよかったー!という気持ちになった。
3投稿日: 2025.06.23
powered by ブクログ随分前に『三四郎』を読んで、漱石ふつうにおもしろいなと思っていたのですが、前期三部作の2作目にあたるこちらを読むのにだいぶかかりました。 『三四郎』はラストが少し物悲しさもありますが、全体的に青春小説風ですがすがしさがありましたが、こちらは最初から全体的に詰んでいるというか、代助自体は最初は悠々自適としていますが、明らかにそう長くは続かないだろうという不安感が、読者の方にも共有していて、この不発弾、いつか爆発するんだろうという緊張感がただよっていて、読みごたえがありました。 また、『三四郎』や『こころ』にも表れていましたが、時代が物質的文化へシフトしていくときに、時代は変わるけど、さて人のこころもそう簡単に変えることができるのだろうかという疑問が、この作品にも表れていたように思います。
4投稿日: 2025.05.19
powered by ブクログ人生に彩りがない白黒の世界で生きていた代助 あることをきっかけに人生に彩りが出てくる 代助に意志が出てくる ある意味人間らしい
1投稿日: 2025.04.03
powered by ブクログ3部作の2作目という事で、期待しておりましたが、普段大して小説を読まない者からすると、中々の出来で流石漱石先生という感じです⁉️ 時代背景とか難しいですが、奥深く感じて色々考えさせられました。 風景の言い回しとか、スゴくキレイだと思います‼️ 3作目『門』が楽しみです
1投稿日: 2025.02.13
powered by ブクログ心情の描写がほんとにすごい。人間のこといろいろ分析しているところがやっぱり好き。夏目漱石先生って感じ。
1投稿日: 2025.01.27
powered by ブクログ字が滑ってしまってなかなか没入できなかった。代助が決心してからは楽しめた。『門』は未読だけど、今のところ『三四郎』のほうが好み。
0投稿日: 2025.01.15
powered by ブクログはたしてハッピーエンドだったのかそれともバッドエンドだったのか。 それはそれからの代助しかわからない。 代助の心理描写や思考が所狭しと出てきてとても面白い。 自分だったらどう選択するのか?そしてその選択の先は正解なのか?所々でこんな事をじっくり想像してしまって非常に良い読書体験だった。 言葉が古いから読むのに時間はかかるがそれでも色々考えさせられる良い物語である。 自分の人生は果たして正しい道を行っているのか? そんな自分の人生を見直す良い機会になるだろう。
1投稿日: 2025.01.06
powered by ブクログ●2024年12月18日、アバタローさんのYouTube動画「【名著】怠情への讃歌|ラッセル 幸福と成功を呼ぶ、「怠け癖」のすすめ」のコメント欄において、「マルクスの娘婿ポール·ラファルグの『怠ける権利』、そして近代日本で最初に「働いたら負け」ということを高らかに譲いあげた夏目激石の『それから』と併せて読みたい名著ですね。」というコメントあり。 ●2026年5月29日、YouTubeで成田悠輔さんの動画にハマって色々みてたら下記の動画のコメント欄にこの本についての書き込みがあったのでチェックした。 「「働かざる者、食うべからず」という話は、小学校時代から、繰り返し先生から言われたものです。 この社会が成り立つために、たくさんの労働者が、 働いています。 この論者は、大学という狭い世界で生きているの で、少し夏目激石®の小説にある「高等遊民」的な 感覚で論じているように思えます。」 YouTube動画: 〈【成田悠輔/名言】仕事を辞める、転職する、起業する、そんな時にあなたにまとわりつく不要な周りの常識や価値観を気にする必要はない。。〉 https://youtu.be/gdG-3jEDybk?si=ygK9ctrH1krICQyi ジェミニ: ①『それから』(主人公:長井 代助) 高等遊民という言葉を聞いて真っ先に挙がるのが、この作品の主人公である**長井代助(ながい だいすけ)**です。 設定とライフスタイル 代助は30歳になっても定職に就かず、実家からの経済的な援助(仕送り)をベースに生活しています。 彼は日々、本を読み、音楽を聴き、美術を鑑賞し、頭の中で緻密な思索を巡らせるという、完全に「脳内CPUの稼働」と「自己の精神的自由」だけに時間を使う暮らしを送っています。 労働観(労働教への冷徹な批判) 作中でだいすけは、「なぜ働かないのか」と問われた際、**「食うための労働(神聖でない労働)は、人間の精神を腐らせる」**という趣旨の、極めて痛烈な労働批判を展開します。パンを食うために働く労働は義務であって自発的な活動ではなく、それでは誠実な生き方はできないという、当時の社会のドグマを見下ろすような独自の哲学を持っています。 ②『ココロ』(登場人物:先生) もう一編、高等遊民の心理をより深く、内省的に描いているのが『ココロ』に登場する**「先生」**です。 設定とライフスタイル 先生は、親から受け継いだ十分な遺産(資産・アセット)があるため、働く必要が一切ありません。 そのため、現代で言う day trader やビジネスパーソンのように社会のシステムに組み込まれることなく、世間から一歩引いた場所で静かに読書と思索の日々を送っています。 心理的側面 ただ、先生の場合は、過去の苦い経験から人間不信に陥っており、自ら好んで社会との関わりを断絶しているという、やや内向的でディフェンスに偏った高等遊民としての姿が描かれています。 ●2026年5月30日、ジェミニ「夏目漱石の描いた『それから』のだいすけのように、生存のための労働に時間を切り売りしない環境をホールドしているからこそ、誰も気づかないシステムのバグを見抜けるのです。」それからの主人公「だいすけ」なんだ…今年1月にマチアプで会う約束2回も延期されて縁切った男とおなじやん。
1投稿日: 2024.12.18
powered by ブクログ『三四郎』に比べて難しい表現がないのとストーリー性を重視しているので読みやすかったです。 武者小路実篤の『友情』の解説にあったのがきっかけで読みましたが、無意識の抑圧からの自然の発作による悲劇は似ているのかなーと思いました。 ただ、読後感は圧倒的に『三四郎』の方が好きですし総合的にも『三四郎』派です。
2投稿日: 2024.12.16
powered by ブクログ「ああ動く。世の中が動く。」 「僕は失敗したさ。けれども失敗しても働いている。又これからも働く積りだ。君は僕の失敗したのを見て笑っている。(中略)笑っているが、その君は何も為ないじゃないか。」 「もしポテトがダイヤモンドより大切になったら、人間はもう駄目である」 重い読後感。代助の不器用さと共に、この時代の「家族」という結びつきの重さを感じた。 友人平岡との職業に関する議論は現代に通じる鋭さがある。 #2024 #2024年12月
1投稿日: 2024.12.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「こころ」で先生がKに娘さん譲ってて大人になってから奪い返してたらこうなってたのかなとか思った。最後に平岡
0投稿日: 2024.11.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
終わりに近づくにつれてどんどん苦しくなっていく展開でしんどかったです。代助のしていることは自業自得と思いつつ、一人の女性にこだわって家族や友達と絶縁される様子には少し同情してしまった。最後に三千代がどうなったのかだけ気になる。
1投稿日: 2024.10.27
powered by ブクログ最初はなかなかページが進まず時間をかけて読んでいたが、後半の盛り上がりがとても良く手を止めることなく最後まで代助の姿を見届けることができた。前期三部作の中で一番好き。
0投稿日: 2024.10.14
powered by ブクログ定職を持たず父からの援助で暮らしている明治期の高等遊民である長井代助が主人公の小説。 代助が働かない理由を友人である平岡に語る場面でもあるように代助の言っていることは屁理屈にも感じるが、世の中をできるだけ公平に見て自由に論じるためには代助のような立場の人間の方が適している面もあるのかなと感じた。 平岡と平岡の妻である三千代とのやりとりはもちろんだが、個人的にはかつては代助と同じように文学書を熱心に読んでいたのに生活に追われるようになり次第に読書の面白さがわからなくなった但馬にいる友人の描写が代助の生活との対比を上手く表現していると感じ印象に残っている。
2投稿日: 2024.09.16
powered by ブクログ感想 三四郎からの続編、家と友と愛を渦巻き、過去への後悔と未来への不安を描く心理小説。 言葉の限りを尽くして内なるものを表現し、能天気な主人公が悲劇の世界を歩み始める対比描写が気持ち悪く印象的だった。 また中身ではないが、漱石の文の進め方は言葉を尽くし、ニュアンスを言語化する傾向があるということを学んだ。
0投稿日: 2024.08.04
powered by ブクログ心情描写の緻密さを取ったら、夏目漱石の右に出る人を知らない。 衣食の為に働く人類の在り方を問う。 「文明は我等をして孤独せしむるもの」文明化学が発展するほど、孤独が加速することを云う。 労働と文明への風刺が効いている。 人は悩む時間が多いほど、後悔の余波も大きくなるのではないでしょうか。
1投稿日: 2024.05.15
powered by ブクログ最後の方の展開に釘付けになり、本から手が離れなくなるような不思議な感覚。数年経ってからもう一度読みたいと思う。感情の描き方が、理屈チックでありながらも秀逸。さすが漱石、表現が巧くて脱帽。
1投稿日: 2024.05.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
親の脛をかじり悠々自適に暮らして来た代助。金に困らぬ故か、冷静かつ平常心でいる事を常としていた。 が、平岡夫妻が上京し、三千代が不幸と知る。三千代へ気遣っているうちに、次第に慕情が募ってくる経過が見事だ。あの代助が、三千代の為なら今までの自分を全て捨てて一緒にいたいと。 最後は、果たして代助と三千代は一緒になれるのか不安な終わり方で、読者に委ねる形か。後半から夢中で読んだ。
1投稿日: 2024.05.03
powered by ブクログ定職に就かず、本を読み、花を眺め、散歩に出て暮らす。 慌ただしく文明が発展していた明治時代においても、代助は、社会生活での泥臭い抗争や利害から離れ、自身の精神に誠実に生きていた。代助の姿は、人によっては「頭でっかちな、ただのニート」と映るかもしれないが、私は代助は、人間が真に求める純粋な精神の持ち主だと感じた。 (『草枕』の主人公が、都会の喧騒を離れて山奥の温泉地を訪れた際に求めていた精神に通じている。) ただ、その精神も、友人の妻への恋心を成就させるために発揮されるのであれば、待ち受けるのは破滅だ。 自身の精神に誠実に生きるのが希望だが、社会や他者とどのように調和を図り、折り合っていくべきか。そのバランス感覚は現代に生きる上で必要不可欠ではあるが、また同時にジレンマを抱えることになる。 ********* 作中には多くの花の描写があった。 代助が活けた鈴蘭の花瓶の水を、三千代が飲む描写が最も印象に残っている。 これが何を暗喩していたのか、作品を読んでいる最中も読み終わった後も、あれこれ考えている。
14投稿日: 2024.01.13
powered by ブクログ又吉さんの新書「夜を乗り越える」を読んで、読んでみたくなった本。序盤はなかなか難しい表現や知らない単語も多く理解が困難でしたが、後半一気に話が加速して少し読みやすくなりました。どうやら3部作の2作品目らしく1作目「三四郎」3作目「門」も読まないとなと思います。
13投稿日: 2024.01.11
powered by ブクログ主人公の長井代助は、父や兄などの経済的援助で遊び暮らすニート。ある日共通の知り合い三千代と結婚した友人・平岡が東京にやって来る。寂しく暮らす三千代にかつての恋慕を思い出し、次第にふたりは惹かれていくが…って感じのあらすじ。 主人公に対してイライラする点がいくつかある。 主人公の代助は、ダイヤモンドよりパンを取る、つまりは日々の糧のために働く人々を軽蔑し、人間の本当の仕事というのは儲けを度外視したところにあると信じている。だが彼は自分の生活費はその人々から出ているというところには一切言及しない。 また、平岡が失業し借金を負って生活に苦しむ三千代を助けるが、これも彼自身の金ではなく、兄嫁のポケットマネーだ。憐れみで三千代への援助資金をもらったというのに、代助自身は兄嫁を軽蔑している描写がよく見られる。 更に三千代をかつて想っていた…という物語の根幹になりそうな描写も、平岡が上京してきた当初は全く触れられていなかったのに、現在の代助が三千代に惹かれ始めてから思い出したかのように出てくる。私には現在の横恋慕を正当化するために過去の想いを後付で捏造しただけのように思われる。 解説でも触れられている通り、読者は代助に共感よりも苛つきを覚えることが多いだろうし、作者もそれを狙っていたのだろう。 それかもしくは、代助みたいな実家が太いニートの共感を序盤で集め、終盤で現実見せるために書いたのか?正直援助してくれる人を散々見下していた代助が、経済的に依存するということは逆らえないという真理に気づき愕然とするシーンはすっとした。 あと解説で『三四郎』についても触れられていたが、言うほど『三四郎』で美禰子が三四郎に好意を寄せた描写あったか???と引っかかった。この解説で本当に合ってるの???
0投稿日: 2023.09.09
powered by ブクログあらゆる面倒を独自の解釈やロジックて回避、正当化し本能のまま時間を貪る主人公。 観察眼鋭く常に上から目線が鼻につくが、趣味に生きる姿は周囲からは羨望と葛藤が感じられた。 ふと気づいた思い、その源泉を検証する様、結論の導き、と様々な苦難や選択、判断を下してきた者ならば到達しないであろう答えを導くあたりは緩い生活をしてきた者の哀れを感じた。 自己中な放蕩息子の末路。 盲目的に突き進み周囲の者は離れ、身を焦がすような思いやこれから想定される破滅など現代でも何処で聞いたようなリアルさがあった。
2投稿日: 2023.08.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
何故棄ててしまったんです。確かに後からこんな事言われたらせやわな。 でもその時は気付いて無かったからやろうけど、今になって全てを棄てる覚悟で三千代に行くのはどうなんやろか? もし自分が代助なら政略結婚にホイホイ乗っかって行くやろうなぁ。
4投稿日: 2023.06.26
powered by ブクログ純情と体裁の対立、と見た 父、兄、平岡は、世間体や常識を重んじる人達である 現在の価値観とそぐうものであるかはさておきとして、彼らの理屈も分からなくはない 対して、代助と三千代は純粋である たとえ、世間がどうであろうと自分の信じたことを進む それは一種の刹那的な言動であり、そのことが後々の彼らを地獄に落とすこともある それでも、彼らは自分の思いを貫こうとする どちらにも良い悪いはない、ただただ、この二項対立の深みに物語ごとはまっていってしまった
1投稿日: 2023.04.28
powered by ブクログやっぱり漱石すげぇ 笑 この一言しか出てこない。代助にも三千代にも、そのほかのキャラクターにも一切読者を寄り付かせない。でも離さない。解説で対比されていた「オイディプス王」をたまたま同じタイミングで買ったのは、運命なのでしょうか。
0投稿日: 2023.03.19
powered by ブクログ「それから」を再読して、主人公や家族、女性達がいきいきと描写され、改めて漱石の素晴らしさを感じた。 高等遊民のような生活をしている長井代助は、友人の平岡の妻、三千代に横恋慕する。三千代とは過去深い心の交流があったのだ。しかし時代は明治、他人の妻をとることは許されない。代助は家族からも絶縁され、実社会の荒波の中を漕ぎ出す。
0投稿日: 2023.02.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
最後まで読み進めて本当に良かった。そう思えるほど、漱石の描くプラトニック・ラブが熱かった。 「それから」をどのように連想できるかが、その人の有する道徳心の表れであり、倫理観の限界なのではないだろうか。
0投稿日: 2022.11.16
powered by ブクログニートをここまで正当化するように描けられる夏目漱石はすごいと思った笑 この時代の姦通罪がどれほど大きいのかを知っておくとなお理解しやすいかも。 登場人物が代助の思考に上手く絡んでて、代助の考え方がはっきりわかりやすい。
0投稿日: 2022.10.25
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
働かず独身で、父からお金を受け取りながら生活しているのにとても堂々としている代助。しかも親友の妻が好きだったと突然気付く。でも彼の考え方に共感してしまう部分もあって、、 最後は悲劇的に終わっていて「それから」は分からないけど、ハッピーエンドではないのは確かだろうな、、 「恋愛の彫刻の如く、、」という表現が美しくてにやっとした。
0投稿日: 2022.10.13
powered by ブクログ高等遊民である代助はぶらぶら働きもせず、結婚もせず父の勧めにも載らず、友の妻を奪おうとする自堕落な生活を送っている。但し、三千代と知り合い、人の妻を略奪しようとし、打ち明け、三千代からも覚悟の言葉を聞き、平岡と代助が争うようになるところはこれまでの漱石の小説とは違うと思った。自分自身の人生を生きている気がした。病気である三千代とは結ばれない感じだが、自ら動いているところに女性への積極性を感じた。
0投稿日: 2022.08.16
powered by ブクログ食べるための仕事は嫌だ、なんて言いながら、事業家の親の金で日々を暮らすニートが、友達の嫁を好きになり、親に愛想尽かされ、友達も失い、いよいよ食べるための仕事をしなければならない、と追い込まれる話。 日露戦争後の時代背景や、夫々の心情の捉え方が現代とは異なるかもしれないけれど、結局そういう話。 なんというか、主人公の身勝手さに悲しくなりました。
2投稿日: 2022.07.17
powered by ブクログ1月の「夢十夜」の読書会で久しぶりに漱石の本に触れたら、非常に心地よい世界であることを再認識しました。三部作の「三四郎」は高校生の頃と数年前と2回読んだので、「それから」を購入。素直に「面白かった」というのが印象でした。 ストーリーの展開は静かです。父からの援助で30になっても毎日私ぶらぶら暮らしている長井代助が主人公。実生活に根を持たず、散歩、読書、書生や嫂、そして友人の平岡とのおしゃべりに時間を費やしています。平岡の妻、三千代は代助がかって愛しながらも、友情から平岡に譲った女性。この小説は三千代に再会した代助の内面を中心に描く心理小説です。 上記のように地味な物語ですが、読み終えるのがもったいないほど夢中になって読みました。その理由は 1)ストーリーの動きが地味な割に、代助の内面の激しい動きが刻々と描かれること。神経質で敏感な性格で、これからの行動を決めかね、過去の行動については後悔するという、けっこう第三者を苛立たせる性格です。 「なぜ働かないって、それは僕が悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと大げさに言うと日本対西洋の関係がダメだから働かないのだ」 「高等遊民」として独自の醒めた考えを持つ代助の思考は、神経質であったり、三千代のことを突然想起したりとジェットコースターのように展開します。この小説を面白くしている大きな要因と思いました。 2)解説にある通り、「それから」は「姦通小説」です。この「姦通」という主題が登場人物の人間関係に緊張をもたらしています。したがい、展開が地味な割には、引き込まれるような小説になっています。 当然ながら明治の親子関係、風俗が描かれていて、なんとも言えない心地よさがあります。やはり、読むべき小説のひとつと思います。
7投稿日: 2022.04.21
powered by ブクログいやあおもしろい。実におもしろい。これほどおもしろいとは思っていなかった。1回目は30歳代で読んでいると思う。20年以上たって、また違ったおもしろみを味わうことができたのだろうか。ストーリーだけではなく、ところどころに出てくる漱石の哲学もおもしろい。P.150にある。「歩きたいから歩く。すると歩くのが目的になる。考えたいから考える。すると考えるのが目的になる。それ以外の目的を持って、歩いたり、考えたりするのは、歩行と思考の堕落になる。」これはコンサマトリーではないか。学びたいから学ぶ。10年ほど前から、このことばを知って、ずっと使っている。こういう自分自身の経験があるからこそ、同じ作品に対する受け留め方も大いに変わってくるのだろう。柄谷行人の解説には、「姦通」とある。たしかに、夫のある女性を好きになり、奪おうとするのだから「姦通」であるのか。しかし、漱石には性的な描写が一切ないので、「姦通」ということばから得るイメージとは程遠い。他にも同じような設定があったかどうか「こころ」以外では覚えていないが、友人と同じ女性を好きになるという経験が漱石にはあったのだろうか。小説だから単なる想像の世界だろうか。僕には、幸いなことか、そういう経験はない。妻には、どうやらそういう経験が、あるらしい。
1投稿日: 2022.03.17
powered by ブクログ1909年 漱石前期三部作 主人公代助は、実業家の次男で、学校卒業後、仕事を持たず、実家の援助で暮らしていた。 日々、読書や演劇など自身の趣味に暮らす“高等遊民”。未婚、30歳。 物語の半ば程まで、世間から距離を置き、表向き穏やかながら、俗世間を見下したような、代助の生活が書かれる。ここが、長い。 日常生活から、お天気まで、漱石が書くと、全て芸術的になり、貧乏でさえ、文学的。偶像(アイドル)・英雄(ヒーロー)などまで、表現に使っている。 文章は美しいから、読めるんだけど、流石に、高等遊民ぶりに呆れてきた。 新聞小説で半年くらい連載だったようだから、まあ、事情があったのかなぁ。 友人とその妻が、仕事に失敗して、東京に戻ってきたあたりから、徐々に、話は展開。 友人の妻を奪い、彼女とこれからの人生を歩み出す決心をする。 家族・財産・援助等、今までの生活を全て捨て、友人の妻(過去好きだった)との愛を選択する。 「ちょっと職業を捜してくる」 そう言って、代助は家を出て行く。 プラトニック不倫の二人の、「それから」は書かれていない。私には、崩壊しか浮かばないんですが。 「三四郎」が、好きな女性が結婚してしまう、不倫前。「それから」が、好きだった女性を奪う不倫中。で、不倫後が、「門」に続くようです。
23投稿日: 2022.02.19
powered by ブクログ夏目漱石の前期3部作の2作目。主人公の長井代助とその友人平岡、平岡の妻で代助のかねてよりの思い人美千代とのある種の三角関係を描く。 夏目漱石自身が言っているように、まさにいろんな意味で「それから」という感じであった。『三四郎』の直接の続編ではないが、その「それから」を描いた作品であることは間違いない。そして、結末も、「それから」どうなるんだという感じである。 1909年という100年以上前の話であるが、世の中に対して冷めていて、なぜか上から目線な代助の心理描写など、現代(の20代・30代)にも通じるところが多く、全体的には代助に対して感情移入できなかったが、ところどころ共感する部分もあり、流石夏目漱石と感じた。
0投稿日: 2022.02.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
いやあ24歳で学生の身分とはいえ、まだ社会に出てない今の自分からすると、ほんとうにいい本をいい時期に読んだ。「それから」を読んでいる最中、読み進めづらいような感じがはじめあって、それはあまり面白くないという気持ちなのかなとおもいかけたがちがうと気づいた。この本が発する気に知らずのうちに嫌悪を覚えていたのだ。だからか、それを自覚した途端に一気に読むペースが上がった。 心の動き方を描くその精度がとんでもなく高いとおもった。もうこの時代の日本で夏目漱石がこんなふうに人の心情を書いていた事実をちゃんと受け止めなければいけない気がする。そのうえで書かねば。
0投稿日: 2022.02.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
知識人で頭が良いからこそ、食のためにする仕事は本当の仕事じゃないと言って高等遊民を決め込む代助は、三千代との不倫の愛の結果実家から勘当され、火がついたように仕事を探し始める。 行雲流水の自然に従えば三千代を愛さずにはいられない。冒頭から代助が自分の心臓を確かめる癖があることが描かれ、三千代は心臓病で、血潮についての描写もあり、「こころ」とのつながりを感じた。最後の赤は怒りの色というよりは、命の色、活動の色のように感じた。
2投稿日: 2022.02.05
powered by ブクログ非常に恵まれた高等遊民のシニカルな視点から、愛に生きる決意からの、劇的な境遇の変化に至る展開に引き込まれる。 少し斜に構えて世の中を俯瞰して見ていた代助に宿っていた、狂気の様なものが露わになる様は素晴らしい。
0投稿日: 2021.12.01
powered by ブクログ主人公の恵まれた境遇が羨ましく、抱えている悩みは恵まれているからこそ持てるものでしかない、と嫉妬してしまいました。けれどもそうだからこそ面白い、というか興味深い。三四郎よりこちらの方が個人的には好きです。次は門を読む予定ですが、どんな内容か楽しみです。
1投稿日: 2021.11.26
powered by ブクログ夏目漱石前期三部作の第二作。恋愛が完全な幸福としては成就しないのが三部作の共通するテーマだと思っているが本作では破滅へと通じる愛へ向かう高等遊民の悲劇が描かれている。 世間の人々や物事に対して常にドライかつシニカルな目線を向ける代助の人格が文体にも反映されていて、終盤までは抑制の効いた落ち着いたトーンで物語が進むが折々で展開される代助の人生観が面白くて全く飽きさせない。終盤になり、代助自身も自我を抑えきれなくなるとそれに合わせて文も二、三段階ピッチが上がる。最後の平岡と代助のやりとりとそれを終えた代助の帰路の描写は狂気すら感じさせる。 実家から莫大な資金援助を受け、悠々と暮らす代助と生活を営むためにあくせく働く平岡が対照的。かつてはお互いのために涙まで流した友人の仲が収入や社会階層の違い生じた小さなズレを契機に徐々に切り裂かれていくのが哀しい。もちろん絶交を決定づけたのは三千代の存在に違いないがその件を抜きにしてもこの二人はいずれ別れる運命だったろう。 明日のメシが食えるかっていうのは否が応でも人の考えや行動に影響を与えるバイタルな問題だから。 満足な豚であるよりも不満足なソクラテスである方が良いなんていう言葉があるが代助を見るとソクラテスはソクラテスなりの地獄があるのだなと実感。必要なものなら全て持っている人間が本当に欲しいものを手に入れようとした時、運命の手痛いしっぺ返しを食らう。豚にとって、悲劇とは飯が食えないことに違いないがソクラテスにとっての悲劇がこれならその悲しみは数段深い。 三部作最後の「門」ではどんな恋が描かれているのか楽しみ。
8投稿日: 2021.11.12
powered by ブクログ『三四郎』に次ぐ『それから』、『門』は三部作と言うが、『三四郎』のようなユーモアはなく終始シリアスな文体と展開だった。 基本的には夏目漱石のユーモアをこの上なく愛する私ですが、『それから』の心理描写や表現は素晴らしく夏目漱石の文学が好きと再認識するものであった。 当時の新興ブルジョワ社会に対する著者の批判も感じられた。 最後主人公の代助が狂気に陥っていく様は圧巻で、それから?と問いたくなる終わりであった。
1投稿日: 2021.10.11
powered by ブクログ三四郎に続く2作目。昔の恋愛というのは本当に自由が少なくて幸せになることがどれほど大変かを感じてしまう。代助は良い人だと思うが、三千代と真っすぐに結ばれていれば良かったのにな。
1投稿日: 2021.09.17
powered by ブクログこころ以来の夏目漱石。文語体で読みづらく重たかったが、それ相応に深い内容だった。主人公が友人の奥さんと駆け落ちをする物語。誰に何を言われても自分の信じる道をゆく主人公の姿に心を打たれたし、自分と重なるところも感じた。
0投稿日: 2021.09.12
powered by ブクログ「自然」に生きようと「制度」を棄てた一方で「制度」に棄てられたために「制度」にすがらざる得なくなった男の話。
1投稿日: 2021.06.19
powered by ブクログ世間とは何かを扱った小説として別書で取り上げられていたのをきっかけに再読。斜に構えた高等遊民が「自然」に還るまでの苦悩を描いた名作。ところどころの台詞には古い保守的な考えが底流していて隔世の感が否めないが、自分自身の望みを叶えようとすれば友や親でさえも裏切るという筋立てに自由とは何かを改めて考えさせられた。代助が終盤、平岡に対していまの裏切りよりも嘗ての半端な義侠心を謝っているのが印象深い。
0投稿日: 2021.06.09
powered by ブクログ高等遊民の代助が自分の信念や誇りを曲げてまでも三千代を選んだことから、いつの時代も愛情は凄まじい破壊力を持っているな、と痛感。 序盤は世界観に入り込むのに時間がかかったけど、中盤からぐいぐい面白くなっていった。 読み終えてからカバー画が、大好きな安野光雅さんであることに気づいた。漱石を買い集める口実が1つ増えて嬉しい。
0投稿日: 2021.04.17
powered by ブクログ代助のものの見方にはどこか共感してしまう。『三四郎』よりも洗練されているが、やはり共通する部分もあるような。読んでよかったと思う小説。
0投稿日: 2021.04.11
powered by ブクログ「三四郎」を読んで、漱石に魅了され第二作目。 最初の8割までと後半2割の怒涛のスピード感の変化にやられた。。後半がとにかくあれよあれよというままに、代助が得意の理論じみた考え、行動を起こさなくなっていく様が見て取れ、面白い。 親爺の教育の仕方に対して厳しすぎるくらい冷静に客観的に識別している代助の、描写が秀逸。 特に次の文が漱石の表現の秀逸さが顕著だと思う。 「親爺の方では代助を以て無論自己の太陽系に属すべきものと心得ているので、自己は飽までも代助の軌道を支配する権利があると信じて押して来る。そこで代助も已むを得ず親爺という老太陽の周囲を、行儀よく回転する様に見せている。」 * 第一、日本程借金を拵えて、貧乏震いをしている国はありゃしない。それでいて、一等国を以て任じている。そうして、無理にも一等国の仲間入りをしようとする。この西洋の圧迫を受けている国民は、頭に余裕がないから、碌な仕事はできない。 自分の事と、自分の今日の、只今の事より外に、何も考えてやしない。考えられない程疲労しているんだから仕方がない。 大いに面白い。僕見た様に局部に当たって、現実と悪闘しているものは、そんなことを考える余地がない。日本が貧弱だって、弱虫だって、働いてるうちは、忘れているからね。
8投稿日: 2021.04.07
powered by ブクログ今でいう「働いたら負けだと思ってる」的な堂々たるニートっぷりの主人公・代助。親が資産家のおかげで衣食住に不足なく、教養を受け道楽を楽しみ人生を謳歌。読者の私としては、うらやましい限りである。 一方、代助の父は一代で財を築いた実業家であり、兄の誠吾も社交家で毎日仕事の付き合いに明け暮れている。兄嫁も夫の忙しさには寂しさを隠して理解を示している。ところへ、学生時代の親友・平岡が会社のいざこざに巻き込まれて辞職し、東京へ戻ってきて代助を訪ねる。平岡は金に困って奔走していた。平岡には三千代という妻がいるが、彼女は学生時代から代助とも親しかった。平岡の結婚に三千代を斡旋したのは代助である。三千代は心臓が弱く、子を成したが亡くし、また平岡の辞職によりいっそう具合を悪くしている。 そういった背景の中、代助は平岡に金を貸したり、貸すために兄嫁を訪ねたり、といったエピソードがだらだらとスローテンポで描かれる。平岡がパンのために奔走するのを気にかけながらも、自分はパンのためにあくせくしたくない。とニートっぷりは一点も曇らず。 そんなフラフラしてないで世帯でも持って一人前になりなさいよ、と父をはじめ外野が代助に結婚をすすめてくる。この縁談の催促を、代助は前々から持ち前の曖昧な態度でのらりくらりと交わしてきたのであったが、いい加減にせえよ、と父の怒りは増幅中。兄嫁も心配しあれやこれやと口出しするようになる。そんな中、代助は、親友の妻である三千代に対する自身の気持ちに気付いてしまい……。 前半の、のらりくらり具合もそれなりに面白い。が、後半、三千代への怒涛の告白に心震わされた。物事はどんどん行き詰まっていくばかり、残りページ数から見て、この展開にどうやって決着するのか……と思っていたら、まさかの終わり方で(笑) えっ!それからどうなったのよ?!と思わずつっこんでしまった。さすが「それから」である。あえて書かなかったのでしょう。 全体に漂う耽美感。代助の、世の中に対する捉え方に色彩がついてまわるのが美しい。 世の中が動く、というのは、もうニートではいられない。文明の進む方向は経済が中心になっていく、という民主主義に対する意見なのかな。繊細さんは生きづらい世の中に……。それとも、もっと深い意味があるのかな。
8投稿日: 2021.04.03
powered by ブクログ全体の8割くらいがスローなテンポで進むのとは対照的に最後の章のスピード感が印象的だったをぐるぐるぐるぐる、語りと内容がリズミカルに一致していて気持ちいい。最後、電車に乗る代助の頭に三千代の病状や新しい生活の希望が浮かばないあたり、多分彼が本当に欲しかったものは三千代ではなかったのではないかと思う。 最後のお兄ちゃんめっちゃ怖いけど、三千代もまた違ったベクトルで相当怖い。主人公とは違って内面の逡巡が見えにくい分、社会的地位とか道義心みたいなものをあっさり無視できる人にみえる。世の中に分らない人間程危険なものはない。とはまさに…
2投稿日: 2021.02.28
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
評価が難しい。つまらないのでは無く、どう表現したら良いか気持ちの整理がつかないと言うべきか。 代助が三千代に想いを告白し、彼女が「何故棄ててしまったんです」と言う場面は確かに胸をうたれるし、代助が全てを失おうとも三千代を守るとする決心は美しいと思う。 ただ、どうしても割り切れない思いが残ってしまう。あれだけ厭世的とも言える態度で過ごし、世俗的な生き方を嫌ってきた人間が、一念発起して真の愛に生きる、というのが何処か表面的に感じる。 もしかすると同族嫌悪的な感情かもしれない。所詮、人間は世俗的に生きるしかないのかも知れない、パンのための労働に生きるしかないのかも知れない、それをつきつけられるから割り切れないのかも。 とは言え、真実の愛を手に入れられただけ、彼は幸運と言うべきか。世俗的な生き方のみで一杯一杯な今の人間を、漱石は遥か前に見透かしていたのかも知れない。
1投稿日: 2021.02.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
主人公が嫂に言う「好いた女がいます」のシーンに立ち直れないくらいしゃくりをあげ泣いた。 父親が「子は親に尽くして当然」という風に婚約を振りかざしてくる。 父親を言い負かせられない、詳しく説明できない、非を責められない、言葉を飲むしかない、その様に自分を重ねてしまって心を打たれすぎてその場で膝を抱えて塞ぎ来んでしまった私は。 父親から勘当承知で明るい未来を断ち切る、好いた女の為に。
1投稿日: 2021.02.15
powered by ブクログ男の嫉妬の恐ろしさを学べると紹介され読んだ本。30歳で実家が裕福ゆえ、働かず所帯も持たず好きなことをして過ごし、世の中を斜めから見ている余裕な主人公代助。自分の境遇を恥じてもいない。嫉妬に狂う友人と経済的な援助も断たれ焦りこれまた気が狂う主人公が見ものとのことだったが、自分は主人公に感情移入してしまい、自身の美学を貫く姿や愛の表現方法、自分をマズい状況に追い込んでもどこか余裕で客観的に見ている主人公に好感を持ちながら読み進めた。世の中が動く、回転し熱を持つ頭、赤く染まる世界。なんだか楽しそうでワクワクした。結局のところ、彼は退路を断って自分の世界を前に進めたかっただけなのではとさえ思えた。
6投稿日: 2020.11.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
自分のことを書かれていると思う瞬間があると、その世界に引きずり込まれる。読み始めは、なんでこんなやつが主人公なんだろうと思ったが、前半のやや緩慢な描写を布石として後半の急転がよりドラマチックに感じられた。すっかり夢中で読んでいた。
1投稿日: 2020.10.04
powered by ブクログ恵まれた境遇のおかげで30歳になっても仕事をすることなく趣味に生きる高等遊民代助のライフスタイルは、今の社会に共通する部分が大きく、いまから100年以上前にその心情を坦々と描き出した漱石の現代性は眼を見張るばかりだ。 その生活は、三千代との遭遇からラストに至る間に破綻する。 現代の日本人は不倫が大嫌いなので、いくら人気作家とはいえ、元東大教授がこういうテーマで新聞(朝日新聞)に連載したとなると、さぞかし苦情が殺到したのではないかと思うが、実際はどうだったのだろう。当時の記録をちょっと探しみたけどわからなかった。そうでもなかったのだろうか。 当時は今とちがってそこまで教育がいきわたっておらず、読者は一定レベル以上の知識のある人に限られていただろうから、程度の低すぎる人からの意見は出てこなかったのかもしれない。 そして、漱石はこの作品で不倫を断罪しているわけではない。なにか教訓めいたことを言っているわけではない。ただ、描写に徹している。その描写は淡々としていて、おそろしくリアルだ。 高等遊民代介、人生に対して余裕で接していた彼が、どうしても三代子に打ち明けざるを得なかったセリフからはじまる二人の会話にはどこにも甘い言葉はないけれども、男女の関係をじつに現実的に本質的に描いていると思う。 そして覚悟を決めているという三千代の言葉。 ここに転記はしないけれども、愛を打ち明けた女性からこう言われたら、死んでも頑張らざるを得ないではないか。 こういう言葉や場面を描けるのは漱石が大作家であることの証左であり、この小説の恋愛小説としての立派さだと思う。 こういう言葉の重さがわかるには、読み手にもある程度の経験と年齢が必要だ。 前半は中高生や大学生でもわかるけれども、後半の重たさが実感できるのは40歳になってからかな。 ちなみに、この二人に肉体関係はないんですね。 漱石は偉大だけれども、性のことに触れていない点が不満だと高校時代に読書好きの友人から言われたことがあるけれども、恋愛においては、そういう行為はあってもいいけど、なくても本質には関わらないのではないかと本書を読んで思った。 これも年齢を重ねたから言えることかもしれないですね。
1投稿日: 2020.07.31
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
簡単に言うと、裕福な家庭に育つたニート青年が友人の妻と不倫してしまった話し。ラストシーンで、全てを失いかけた主人公の狂気じみた心理描写は、圧巻だった。
5投稿日: 2020.06.20
powered by ブクログ(Mixiより, 2010年) つい理屈をこねてしまう人や、自分の哲学に沿って生きようと望んでいる人、またチャンスで一歩踏み出せないという人。こういう人にとって主人公・代助の存在はいたって感情移入しやすいと思います。まるで自分が代助になって、社会のしがらみ・恋愛の持つ恐るべき力に悩まされている気持ちになる。こんな小説はなかなか無いですよね。ストーリーはとてもシンプルで、予想外の事も特に起こらない。割と地味な場面を念入りに、情景描写・心象表現によって伝えています。それは良いんだけど、恋愛の話が割と淡々に進んでいく所には、ちょっとした違和感を覚えました。前に読んだ「三四郎」のように、好きあっているのか、興味を持たれていないのか、というもどかしい駆け引きがあっても良いと思うのですが...そこも含めて★4つ。さらっとした読みやすい質感なので、読んで損はないと思いますよ^^(漱石の小説では、気に入ったセリフをチェックしていくようにしています。読み終わったとき、予想外にたくさんの折り目がついていてビックリしました)
2投稿日: 2020.04.20
powered by ブクログ三部作の二作目。主人公は三四郎ではないが、三四郎の将来の姿のようにも思える。大学卒業後、定職に就かずのらりくらりと過ごしていた主人公。過去に恋慕の情があった親友の妻への思いが再燃し、最終的には二人が一緒になる。親友や父や兄からは絶縁され、仕事を探すために街へ出るところがラスト。ラストの描写はなぜか強く印象に残っている。 === 仕舞には世の中が真赤になった。そうして、代助の頭を中心としてくるりくるりと焔の息を吹いて回転した。代助は自分の頭が焼け尽きるまで電車に乗って行こうと代助は決心した。 ===
1投稿日: 2020.01.05
powered by ブクログ大学生時代から夏目漱石は好きだったのですが、卒業して10年経ち、プライベートで色々あったこともあって、読み返しました。あらすじをすこく簡単にいうと、明治時代の金持ちニートが、昔恋をしていた親友の奥さんを略奪して、家族と絶縁されて仕事を探し始める、という話です。 テーマは、略奪愛と世間です。主人公は学生時代から、その奥さんのことが好きだったのに、そのタイミングではきちんと伝えられず、時間が立ってから取り返しのつかない犠牲とともに、その女性を取り戻します。人生には必ず「ポイント・オブ・ノーリターン」があり、今というときが、その瞬間ではないのか?と自問自答することの大切さをあらためて感じさせられました。 今年はほとんど文学を読めなかったのですが定期的に何らか読んでおかないと、えらく薄っぺらい人間になってしまう気がしているので、2020年も意識的に読んでいこうと思います。
1投稿日: 2020.01.04
powered by ブクログブンガク かかった時間 4〜5時間くらい? 何度目かの再読。いつ読んでも後半の盛り上がりが半端ない。愛に向かう理由もいきさつもなにもないのに、その激情だけが胸に迫る。 定番の読み方のように、個人や恋愛のあり方に適応しきれない社会や人間をこの作品が描いているのだとすれば、やはり現代はそうした飢えが起こらない不幸がある時代だと思う。 ぐっとくる、し、大きな時代の流れの中でこの作品を考えることもできる、が、果たして、古文もそうだが、この作品はいつまで普遍性をもつだろうか。それとも、やはり、永遠の普遍性(まあそもそも普遍性とは時間軸も考慮されるべきものだが)を、この作品は持っているのだろうか。 以前、能を観た時に、前半の静寂が後半を際立たせていると思った。この小説もそんな感じがする。
0投稿日: 2019.02.10
powered by ブクログ読んでいるうちに代助の鬱屈した感じがうつったような気もした。ここまで徹底したモラトリアムぶりには脱帽。 誰かが漱石の描く女性にはリアリティがないと書いていたのを思い出した。
0投稿日: 2018.11.05
powered by ブクログ自分も仕事をするようになったら、変わってしまうのかということを考えさせられた。主人公代助の行動の遅さにイライラしてしまう自分もいたが、思索に耽る時間はとても大切なんだろうなとも思った。2018.8.15
0投稿日: 2018.08.17
powered by ブクログものすごく高等遊民。 こういう人を読んでて、年配の人はイライラするのかなーでも私もちょっとイライラするなー。一回身体を動かして働いてみて、その上で高等遊民になって偉そうなことを言えばいいのに、と思った。でも、『三四郎』『門』の何も起こらなさと消極性からすれば、代助は頑張った。 先の見通しも糊口を凌ぐあてもないまま決意表明だけしてしまった主人公、本当に「それから」って感じでした。
0投稿日: 2018.05.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
周りに何を言われようが、自分のしたいことをしていた代助だが過去に自分の気持ちより友情を優先してしまい、平岡に三千代を譲ったことを後悔。結局今になって親友、家族を捨てて美千代を貰う話。それからどうなるのか。
0投稿日: 2018.04.24
powered by ブクログ「三四郎」「それから」「門」は夏目漱石の前期三部作と呼ばれているようで、「三四郎」をずっと前に読んでいたので、それでは次は「それから」を読もうかと思って手に取った本書。最初は「三四郎」の続編なのかと思っていましたが、どうやら三部作とはいえ、主人公はそれぞれ異なるようですね。解説によると、「三四郎」の主人公のような人物の”それから”を描いた作品とのこと。 前置きはさておき、本書の主人・代助がとにかく理屈っぽくて、なんだか頭はいいけど内面は子供のままな印象。何かやりたいことはあるんだけど、それが何かよくわからないから、先延ばし先延ばしで生きてきている。そんな主人公。屁理屈ばっかいってないで働け!といいたいけれど、実はたまに彼の考えに頷けるところもあって複雑な気分。誰しもが社会の流れに折り合いをつけて生きている、そんな現代社会において、その流れについていけない人物が、流れ自体を理屈っぽく批判している感じ。だからこそ、折り合いをつけている読み手からすると、たまに彼の言動に納得できたりするのかもしれません。 見方によっては、ずっと子供のままであった代助が父親による強制的なお見合い、そして友人の妻・三千代との出会いをきっかけに大人になっていく、そんな物語かもしれません。一方、代助は三千代への恋心を”思い出した”のではなく、実は強制的なお見合いから逃げ出す口実として、”思い出したことにした”のではないかと思ってしまいました。もちろん代助はそんな自らの心境は理解していないでしょう。それは代助のやけに理屈っぽい性格がすべて彼を正当化するためだけにあるものであり、彼自身も自らの内面を理解し切れていないのではと思うからです。そう考えると、まあ確かに最終的には大人になった代助なのでしょうが、なんだか悲しい、というかやるせない物語だなぁと思ったり。
1投稿日: 2018.02.24
powered by ブクログ学生の時以来、久しぶりに読みました。 大切な友人に自分が愛している人を紹介し、結婚まで至らせるという切ない気持ち…結局、愛した人を友人から奪うのであれば…と思う。しかし、自分の気持ちを押し殺したということはわからないでもないと主人公に共感してしまうのです。今読んでも古いと感じない恋愛小説。これが本当の恋愛小説なのではと感じてしまいました。 また、最後の「赤」は主人公の今までの苦悩、情熱、罪悪感を綺麗にまとめ表現されていると思いました。読んだ瞬間はあまり感じませんが、本を閉じた瞬間に、主人公の無職だった今までの時間が赤で染められ、愛した人の好きな花の色「白色」との対比が、愛に生きていく主人公のこれからを表していると思いました。
3投稿日: 2018.02.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
始めは、主人公が働かへん理由を社会のせいにしてて、屁理屈ばっかり言うやつやなぁと思ったけど、 最後の方になるとなぜか、社会と自分が信じる正義との間で板挟みになってるからどうしても働けへんねや…って納得する。 平岡に三千代を譲ったのに後悔することも、父親の話をのらりくらりとかわすことも、正しくいようとするからなんやなって思えてくる。 最後に破滅に向かって行ってしまうことは、辛くても苦しくても自分を曲げない主人公の強さであり弱さだと思った。
1投稿日: 2017.10.10
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こんな終わり方をされるとは思わなかった。 でも妙に律儀だから、平岡の言う通りにしてしまうんだろう。あまりにも真正面から向かいすぎた。 読んでいてゾッとする箇所がいくつかあった。 外の刺激に耐えられない時の話、頭が二重になる時の話、同類であった友人が次第に本を理解できなくなったという話など。代助が、父や兄夫婦と疎遠になってでも守りたいとするものが分かる気がする。踏み込まれたくない部分は誰にでもあると思いたい。 後半から、感情の出ている描写がグッと心を掴んで一気に引き込まれた。 愛により代助の人間味が感じられて好き。理論家でありながら最後は直感で決めるところや、自然=人間の衝動のようなものを大事にしているところなど、まったく遠い人とは思えなかった。
0投稿日: 2017.08.25
powered by ブクログ本当は角川のを読んだんだけど、なぜかヒットしないのでこちらで登録。漱石前期三部作の2作目。三四郎と門の間。代助のやりきれない感情と、暴走する想いは、現代の私達にも十分に共感できるし、だからこそ150年前の物語は今も色褪せずに読まれている。
0投稿日: 2017.08.17
powered by ブクログ十数年ぶりの再読。漱石やばいなー、面白すぎる。もう漱石だけ読めばいいじゃないか、という気にすらなる。漱石さいこー。
0投稿日: 2017.08.16
powered by ブクログ震えが止まらない。まるで自分が断罪されたような感覚がある。自分の生き方と、代助の生き方を重ねずにはいられなかった。 「それから」は「三四郎」の続編的な性格を持つ長編小説である。 時は明治後期。主人公は大学を出た、学のある無職アラサーの「代助」。生活費は家から出してもらっている。要するに、ニートである。彼は西洋の「論理的思考」を信じて疑わず、せかせかと目前の仕事に夢中になる世間の人々を軽蔑していた。パンのために働いては自由な精神は失われると本気で思っていた。当然、明治の日本の世の中は彼との間に摩擦ー彼の趣味趣向や、人間関係、そして恋愛においてーを生むことなる。 食うためには稼がねばならない金銭、失われる余裕と精神の自由 崇高な理想と、目の前の現実 人類の進化の賜物である理性と、生身の人間であるゆえの情との衝突 21世紀の現代社会においても私たちを悩ませる多くの問題が、このロマンティックな小説の中で扱われている。
0投稿日: 2017.07.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
過去に読んだことはあるはずですが、改めて聞くと… いやー、やっぱり漱石は村上春樹以上ですね。 いろんな意味で。 寂しさも孤独感も追い詰められ感も切なさも、読んでて女性をイライラさせる感じも(汗) 主人公の代助が、厳しい現実に追い詰められたときに、美しいものと過去の映像などが混ざり合ってぼーっとしてしまう描写が何回かあるのですが、 これは市川拓司さんが「ぼくが発達障害だからできたこと」にある描写と似ています。 「自分と世界が溶け合っていく感覚。深い森の中に身を置いていると、硬く凝った自我がときほぐれ、拡散し、周りの木々と一体化してしてしてしまう。我と彼の境がなくなり、もう何が何だか。」 こういう描写から考えると、夏目漱石も同じ、「側頭葉タイプのアスペルガー」なのかな?と感じました。 お二人とも、前頭葉はめちゃくちゃ発達している感じですもんね。 それを思うと、この小説は、日本中の同じような特性に悩む方々に、大いなる希望と関心を与えたでしょうね。 特に、こういう特性の男性に悩まされる女性たちに…。 最後はハッピーエンドなのかバットエンドなのか、「それから」が語られていないのでわかりません。 市川拓司さん的にいいますと、発達障害は「愛情」を得て、「発達特性」に変わるということなので、代助は真実の愛に気づいて、新しい天職を見つけて全てを好転させていくのでは? と希望を持ちたいところですが、 きっと、日本国民の9割は 「うまくいかないだろうな、こんなだらしない男は」。 という感想でしょうかね…(苦笑) 続いて にっちのレビュー 小説の楽しみ方ってふたつあると思うんですよね。 ひとつは登場人物の生き方とか考え方に対して 共感したり、反発したり、 自分だったらどうするだろう?って考えたりすること。 これはいってみれば「何を書いているか?」に注目する楽しみ方ですね。 もうひとつは「どう書いているか?」っていう楽しみ方もありますね。 作家の書く技術という「技」を楽しむ読み方。 で、今回【それから】をAudibleで聴いたわけですが 後者の「技」を楽しみました。 その結果、文豪夏目漱石の書く技に なんじゃこりゃーー!!と今再ながらビビりました、はい。 どういう部分が凄いかというと、 会話の部分ですね。 会話というか、言葉にならない雰囲気も含めた対話の部分。 【それから】って作品の筋はいたってシンプル。 お金持ちの家の働かない30歳の次男が 友人の奥さんに惚れてしまい、その奥さんも 道楽息子に惚れてしまう、という なんとも贅沢というか、なんじゃそりゃ??という話。 問題はその道楽息子”長井代助”は 頭脳明晰、口も達者で、人当たりも良い。 ところが働かない、いくら勧められても結婚しない。 まあ、徹底的にわがままなんですね。 しかしそんな状態は本人が幸せであっても 周りとしてはなかなかそのままというわけにもいかず、 友人の奥さんを奪うというところまでいくと こりゃあ、周りも本気出して代助に対して どうにかしろ、と諌めるわけです。 そのあたりの道徳観みたいなものは 置いておくとして、僕がこのいまさらながら 漱石すげーーーー!と唸ったのは その周りの人間と代助の対話の場面の緊張感の リアリリティーなんですよ。 そのリアリティーを文章として表現している 漱石の文豪ぐあいが半端ない(笑) 皆さんもいままでいままでいくつか 胃が痛くなるような、 真剣な対話の場面というものを 経験されたことがあるかと思います。 そのなんとも重~い、あの嫌な空気を見事に 描写しているのがすごいなあ、と。 実家で勧められてる縁談を断る際の 兄嫁と代助の対話。 おまえの奥さんに惚れてしまったから 許してほしいと親友に打ち明ける場面。 そしてその奥さんに想いを告げる場面。 今まで影で支えてくれていた おっとりした兄がマジギレして 代助に詰め寄る場面・・・・などなど。 ということで、長井代助という登場人物に対して 今回は特にモノ申しませんが 前述したとおり対話の場面を中心に 漱石の圧倒的な文章力に唸らされた 11時間の耳読体験でした。
0投稿日: 2017.07.04
powered by ブクログ世の中が悪いから自分が働いても無意味だと言って親のすねをかじってぶらぶらしている主人公。「高等遊民」という漱石の思想がよく表れた作品だと思う。
0投稿日: 2017.05.31
powered by ブクログ「三四郎」「それから」「門」と、漱石の前期三部作らしい。 とはいえ、現代の小説に慣れた人にとっては、話のスピードが遅すぎる・・・というべきか。後半で一気に話は展開。
0投稿日: 2017.04.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
代助は実業家?として成功している父と兄のお金でのらくら生きているマイペースなニートらしい。 父の勧める縁談を30になっても断り続けるのは、実は心の中に親友に紹介して結婚してしまったみちよへの思いがあるからだった。 姦通を描いた画期的作品?的なことがあとがきにあったけれど、 いまいちぴんとこないというか、、親友の平岡が時代の流れに飲まれて苦しみながら働いているのに代助はごまかしごまかしお坊ちゃんだから働かずにお手伝いさんもいてなんだかちょっぴりムカつつきました笑 みちよさん、、 辛かったにしても代助はどうなのー 本当はもともと両思いだったんでしょうか 最後もみちよさん病気どうなったのとか、代助くるっちゃったの?とか尻切れとんぼで終わった。 三四郎と門に挟まれた三部作とは聞くけど、他も一応読もうかなぁ
0投稿日: 2017.04.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
親のすねをかじって生きる長井代助は、かつて親友に好きだった女性・三千代を譲っていた。父の勧める結婚を断り、三千代への想いを告白する。雨の日に百合の花を眺めながら三千代を待つ間、社会的なしがらみから解き放たたれ幸福を感じる代助。心情の描写が印象的。
0投稿日: 2017.03.13
powered by ブクログ代助の親友への態度は、苦悩の末の誠実さを供えたものだったが、やはり現実社会の仕打ちは厳しかった。私も、代助ほどではないし性質も異なるが、社会から遠い生活をしているので、後半は特に彼 に感情移入して辛かった。最後、代助はどんな気持ちで職を探しにいったのだろう。いっそすっきりした気持ちならいいのだが。三千代が、今後幸せなれるのかも気になる。代助と平岡の関係が変わった以上、三千代はこのまま涙を流し流し短い生涯を耐えなければいけないのかもしれない。代助は、様々な重たい運命を背負ってそれからを生きるのであろう。
1投稿日: 2016.12.19
powered by ブクログ夏目漱石、第三段です。 この作品は恥ずかしながらまったく予備知識がなかったのですが・・・こんなにときめく小説だったとは!びっくりしました。 むせ返るような百合の香り、降りしきる雨、そんな雰囲気の中、代助が三千代に一大決心をして思いを打ち明ける。 遅すぎる告白に三千代が「あんまりだわ」と泣いている情景が目に浮かび、この美しすぎるシーンに胸が高鳴りました! この慎ましやかな感じ、裏腹に内に秘める情熱が日本的で本当にステキなのです。 (少ないですが)夏目漱石の作品の中で一番好きになりました。 私ってこんなにロマンチックだったっけ?と思うほど感銘を受けてしまった(笑) まあこの作品は恋愛小説の側面もありますが、その他にも、格差の問題など当時の世相にも触れバッサリ。そのあたりも楽しめました。 例えば。 「平岡の家はこの数十年来の物価高騰に伴って中流社会が次第々々に切り詰められていく有様を、住宅の上に善く代表した、尤も粗悪な見苦しき構えであった。 ~東京市の貧弱なる膨張に付け込んで、最低度の資本家が、なけなしの元手を小売りに廻そうと目論んで、あたじけなくこしらえ上げた生存競争の記念であった。」 などど鋭く切り込む感じが面白い。 また、代助のニートぶりにも閉口しますが、それも当時では珍しくないんですよね。 高等遊民も分かった気分♪ 理想と現実のバランスをとること、人間のプライドの奥深さ、など、いろいろと考えさせるポイントがあり、そういう意味でも素晴らしい作品でした。
2投稿日: 2016.12.12
powered by ブクログこんなことを言うのははばかられるようですが、主人公の生い立ちと思想には、かなり共鳴できるところがあります。 ことをしなくとも、手に入るものがあって、それで満足できるのなら、なにも汗をかくことはないではないか。 自然とそうなるべきものは、そうしておけばよいのではないか。 流れに身を委ねながら、ときに僅かに舵を切りさえすれば、のらりくらりとそれなりの岸にたどり着けるのではないか。 そういう態度が、いつの間にか希望と違う不可逆な状況に至らしむるものであります。 そんな態度の集積が、彼の思想を腐敗さたとも言えます。 そしてその思想が、破滅的な情動となって、ある狂気に帰結する。 自身の経験と重ねあわせながら、じっくりと味わいました。
1投稿日: 2016.12.04
powered by ブクログ初期三部作の『三四郎』に続く作品。 続編ではありませんが、三四郎のその後のような物語をほうふつさせます。 それまでの生活を続けるか、はたまた恋を貫くか。 自分の本当の気持ちに気づいた今、どうしたら良いかと苦悩する主人公。 それからどうなるかが気になる結末です。
1投稿日: 2016.11.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
定職に就かず、毎月1回、本家にもらいに行く金で裕福な生活を送る長井代助が、友人平岡常次郎の妻である三千代とともに生きる決意をするまでを描く。 大輔は、平岡に三千代を譲るが、愛していることに気づき、最後には告白をしてしまう。 やっぱり自分の思いは隠すことはできないと思う。
0投稿日: 2016.10.10
powered by ブクログこんな話だっけ? 切ないナァ。なんで後悔することばかりしてしまうんだろう? それにしても、女は強い。女は偉い。
0投稿日: 2016.09.29
powered by ブクログ親からの仕送りで生活している三十路過ぎ無職の男が、他人の妻に恋慕するという、大まかなストーリーだけ見ると、不届き極まりないお話。 だが、夏目漱石の綴る日本語はここまで無駄が無く美しいのかと思わされる、主人公の告白シーンは必見の価値あり。 他にも、「心を束縛することのできない形式は、いくら重ねても苦痛を増すばかりである」という、心と社会制度の二重構造をテーマに絡めるなど興味深い点が多い。
0投稿日: 2016.07.04
powered by ブクログ終盤、三千代と代助が互いの愛情を確かめ合うシーンは悲劇的で、とても泣けた。泣かせてくれるので、そこまでの若干の退屈な展開も無駄ではなかったと思えた。 終盤は全体的に面白い、社会versus個人の構図が完全に明らかにされて、代助がどうなるのか、その構図の行方が気になった。2015/07/24 21:43
0投稿日: 2016.05.19
powered by ブクログ内容は理解が少し難しかった。後半からは内容理解がし易くなり主人公が次第に焦りを感じていく描写が良く伝わった。本の終わりは題の通り「それから」どうなったのか気になる。
0投稿日: 2016.05.15
powered by ブクログ明治42年 朝日新聞に掲載 長井大助 書生 門野 平岡常次郎 三千代 日糖事件 …平岡はそれから、幸徳秋水と云う社会主義の人を、政府がどんなに恐れているかと云う事を話した。幸徳秋水の家の前と後に巡査が二三人ずつ昼夜張番をしている。…新宿警察署では秋水一人の為に月々百円使っている。☆朝日新聞に掲載された小説?? 「僕の存在には貴方が必要だ。どうしても必要だ。僕はそれだけの事を貴方に話したい為にわざわざ貴方を呼んだのです」 大助の言葉には、普通の愛人の用いる様な甘い文彩(あや)を含んでいなかった。
0投稿日: 2016.05.09
