
総合評価
(7件)| 1 | ||
| 4 | ||
| 1 | ||
| 0 | ||
| 0 |
powered by ブクログジャケ買いしたけど、とても良かった。文章を解体すると言うよりも、伝えるための目的を大きな枠として文章を見るような感覚だった。説明書や硬い文章がすこぶる苦手だけど、こういう意図でこういう目的で形を保っている、それには誰かの「意志」があると思考することで苦手意識が減るような気がする。また、例に出されていた広告の宙ずりの感覚もなんて素敵な比喩だろうか!と驚いた。文を読み、形を考えるということは更に私を遠くに連れて行ってくれる気がする。あと、私が小説を好きなのは、色々な形が出てくるのが楽しいからもあるのかなと思う。もっと深堀したのも読みたい!
0投稿日: 2025.08.27
powered by ブクログ私が書いた文章が公用文として対外発表される可能性はないが、組織内で発信されている文章の意図が理解できた。なので、公務員の人は、第一章を読むべき。
0投稿日: 2025.07.19
powered by ブクログ学習指導要領、コロナ予防接種の注意点、広告、賃貸契約書などの文書の特徴を詳細に分析し、その分析をもとに文学作品(「坊ちゃん」「渋江抽斎」「卍」「蹴りたい背中」など)を解剖していく。 本としてもはじめはとても面白く、学習指導要領から読み取れるお役所気質(「議論するつもりはないのです。文句など言われたくない。ただ従ってもらいたい。だから弱腰になるような態度はとりたくない。」P29)は、その通りだなと膝を打った。 が、文学でない文章の分析があまりに続くと飽きてしまう自分がいる。なるほどと思いはするが、文学の文章のように面白くないし、分析すること自体に喜びがない。その特徴や性質を掴み、それを文学作品にも応用してみるっていうのは納得だし、各章の末尾にまとめもある親切設計なのだが。だんだんと文学だけでいいじゃないかと思えてくる。 これが大学の講義で一章一コマで週に一度やってくれたら、とても楽しいと思う。講義を心待ちにするだろう。しかしずっと読んでるとだんだん飽きてくるのよね。まあ、それほど文学作品の文章は深くて面白く、分析のしがいがあるってことはよくわかった。それに著者が講義してる東大に入るのは無理だろうから、本で読めるのはありがたいとも言えるね。 紹介されている作品は読んでいるものが多かったが、『渋江抽斎』は挫折していた。これを読んでもう一度チャレンジしたいと思ったので、読んで良かった。
0投稿日: 2025.04.02
powered by ブクログなるほど、と思ったのは、契約書は呪術と通ずるものがある、ということ。ことばの力で現実に影響を及ぼし変化を起こすための文書であるから、ふつうのことばとは違う「形」を与えられ,きれいな一次元的な世界、いわば現実世界を理想化したモデルを表している。(pp232-233)
7投稿日: 2024.09.22
powered by ブクログ文章は「形」から読む。これは、文章を読む際に重要なのは、言葉そのものよりも、その「形」を見極める力であるという。 その文脈で、特徴的な形態を持つ ・学習指導要領 ・料理本 ・広告 ・断片 ・注意書き ・挨拶 ・契約書 ・小説 ・詩 に登場する各ことばの「形」に注目し、そこからことばの働き方を見渡すことをめざしている。 形が重要となるのは、なにも小説や詩だけではなく、あらゆる文章で形は重要意味を持つ。 文は「既存の形式に縛られることばの領域」と「形式をつねに更新することが求められることばの領域」という区分する必要があり、前者は役所の文書などフォーマットが明確に定まっているものがあてはまる。 後者の筆頭は文学作品だが、手紙や挨拶、エッセイや解説なども含まれる。 何気に読んでいる文章も、そう言われれば「形」があることに気づく。それは法則と言っても良いのかもしれない。 緩い法則の分野はあるとしても、これを知らないと、良い文章が書けないのだろうな。
13投稿日: 2024.05.20
powered by ブクログ小さい頃から「本」が好きで、兄の教科書を兄より先に読んでしまうような幼稚園児だったから、自分にとって初めての教科書で谷川俊太郎の「ことば」に出会えたのはその後の読書人生にとって幸せなことだったんだなぁとつくづく。料理のレシピがニコニコしていたり、「契約書」や「注意書き」の文章が厳格で面白みに欠けるのはなぜなのか、など「文章の「形」に注目することで見えてくるもの」がなるほど!の連続でおもしろい。それにしても学習指導要領のわかり難さが憎い!
5投稿日: 2024.04.26
powered by ブクログとても好き。あらゆる人に読んでほしい。 『文章は「形」から読む』というタイトルであるが、ここで言う「形」というのは、「文体」と言った方がしっくりくる人もいるかもしれない。 基本的に、文章というのは、伝えたい「内容」と、その「内容」を伝えるためにどのように表現するのかという「書き方」でできている。雑な例だが、同じ「内容」を伝えていても、「すこし前に詰めていただけませんか」「すこし前に詰めろ」では、印象がちがう。 語尾や情報量、言葉の選び方で、偉そうに見えたり、なんとなくニコニコして感じられたり、丁寧な印象をうけたり。この本では、文章の持つ「内容」ではなく、この「書き方」の特徴に徹底的にこだわって、文章を読む。 本の中で取り上げれあげられる文章例は、「学習指導要領」「料理本」「広告」「断片(見出し、応援やかけ声、メモ・注釈など)」「注意書き」「挨拶」「契約書」、そして「小説」「詩」など多岐にわたる。ただ、一貫しているのは、一見して「客観的」で「論理的」に「内容」を伝達しているように見える文章にも、実は、「書き方」によって、いろいろな印象を生み出しているという考え方だ。 このことを理解するために、本のなかでときどき出てくる活動が面白かった。「学習指導要領」の文章を「料理本」っぽく書くとどんな文章になるか? カフェの「注意書き」を「詩」っぽく書くとどうなるのか? 伝えている「内容」をなるべく変えることなく、別の「書き方」で書いてみる。 そうすると、厳しい公的文書も私を主語にして体言止めにすると「料理本」っぽく見えたり、ただの「注意書き」も改行と繰り返しをするだけで「詩」っぽく見えたりすることが分かる。「書き方」が生み出す印象は、とてつもなく大きい。 文章の最も素朴な見方は、何かを伝えるために書かれるという考え方だと思う。そのため、何を伝えたいのかには目に行きやすいが、それがどう書かれているのかを意識することは難しい。自分が文章を書くときにも、一つのことを伝えるのに、どれだけのバリエーションで文章を書くことができるだろうか、と考えると心許ない。 こういった「文体」に関する意識は、文章を読みなれた人たち、自分の表現を模索している人たちにとっては、感覚的に持っているものだったと思う。それが、とても分かりやすく、まとまっていて、少し感動さえした。 言葉に対するアンテナをより高くしたい人におすすめしたい。
3投稿日: 2024.04.01
