
総合評価
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powered by ブクログそうか椎名誠も80才なんだと感慨深い。自分もいい年なんだから当たり前だろうと思うが、椎名さんはやんちゃなお兄さんで元気な人のイメージが強い。タイトル通り「未満、」な内容だが、盟友目黒孝二さんとの最後の電話「じゃあな、じゃあなと言って電話を切った」に胸が詰まる。きっと私もこうやって友人と死に別れていくんだろうなと思う。その日を前に会いたい人に会っておきたいと強く思う。
0投稿日: 2024.12.08
powered by ブクログ始めは,世界各地の葬送に関する抽象論が紹介されるが,ページが進むにつれてシーナさんの身近な日本各地の具体的な葬送の話に進み,死生観が展開する.死を考えることは,生を追求することに他ならない.シーナさんの多くの著書とはがらりと世界観の異なる葬送の話は,私事として死を真剣に正面から考える切っ掛けにもなる.
0投稿日: 2024.09.16
powered by ブクログなつかしい、なつかしい、焚火の活字中毒のニーさんが影になって表紙を飾っていて、ああ・・・、オイ?オイ?と立ちどまって、手に取って見ると、葬式とか、墓とか、遺言とか・・・ あのころから、いつの間にか40年ほどもたっていて、でもやっぱり、シーナはシーナでした。 アホブログでも、懐かしがっています(笑) https://plaza.rakuten.co.jp/simakumakun/diary/202408310000/
9投稿日: 2024.09.11
powered by ブクログ映画『四万十』 河合雅史『未来の年表』 全体は荘重な静けさの中で森閑としている 啓典『クルアーン(コーラン)』 土葬を主とするのは、自分が復活したとき骨だけでなく肉体を持ってそれを迎えたい、という意識が強いからなのだろう。 当然仏壇もないし、戒名なんてのはハナから論外だ。 アッラーを模ったものが一切許されないイスラム教では、そういう眼前の「祈りの対象」というものがちっとも存在しないぶん、イスラム教徒等の思いや願いは、遠い宇宙空間の彼方に静かに確実に向かっているようで、寧ろ不思議に安定した実感があるのが不思議だった。 そしてそれ等は長らくタイの田舎等でよく見られた遺体放棄に絡む恐怖症らしい その名残りは「窪」とか「谷」「沼」「林」等の付いている地名に残されている。 その頃島ではまだ食べられていた大きな赤海亀を持ってきて カロウト式 大阪・一心寺の「お骨佛」 フューネラルビジネスフェア二〇一八
0投稿日: 2024.08.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
脳梗塞をきっかけに、40代にして死を意識し始めました。 もちろん、死に対する意識は長らく持っていました。小学生で飼っていた猫が死んだとき、大学生で友人を亡くしたとき、30前後に立て続けに3回ほど入院をしたとき。 そしてこの度、脳の血管のバイパス手術ということでまあ死んでも何らおかしくない、と勝手に考え、当地でWillを書いたり、銀行口座・保険等を減らす、また一覧にしてPCのデスクトップに置き、妻や息子に何かあったらこれをあけろと指示したり。つまり、マジで死ぬことを意識したということです。 無駄なものを減らし、無駄なことに時間も使いたくない、大切な人と時間を過ごしたい、と思うようになりました。 結局バイパス手術はあれ?というくらいスンナリ終わり、当地に戻ってきて、あっという間に周囲にも心配されなくなり、嬉しいのか嬉しくないのか良く分かりませんが、とりあえずBAU(Business As Usual)になりました。 そんな時に、会社を辞めてしまった姉さん的な人に快気祝いランチをしていただいたときに借りたのが本作。 ・・・ 椎名誠さんというとエッセイストと旅人の良いとこどりみたいな飄々としたおじさん、という印象でした。 で、彼ももう80ですよ。そりゃあ死について考えますわな。 ・・・ 本作、椎名氏による死にまつわるエッセイ集であります。 これがまたとても幅広い内容。 墓にまつわる話、より詳細に言えば墓に骨ツボを保存するのってどうなの?という疑問。また骨を砕いて仏様の像を作っている寺院の話。古来の亡骸の処分方法と地名、キリスト教の埋葬やムスリムの埋葬、自然葬、海外の葬送方法(鳥葬とか)などなど。 年齢からすれば私なぞよりもぐっと死に近いわけで、ある意味真摯な言葉で死の周辺を捉えています。でも飄々とした表現は拭うべくもなく、椎名節とでも言うような何とも言えないリズムの筆致であります。 ・・・ その中で河合雅司氏の「未来の年表」に言及されている部分が幾つかあり、やはりかの本のインパクトは大きかったかと実感。 火葬場が増えない、火葬待ち〇日みたいな未来がくる、という将来です。それを見越して遺体安置サービスみたいな業ができるのだろうとか。 また地方から檀家制度が崩壊し、墓が維持できないという将来が見える中、もう墓とか持つのも、そして盛大に葬式をやるのもやめたいという椎名氏の気持ち。まあそうですよね。 私も自然葬みたいにサクっと海に散骨をしてほしいなあとか思います。 ・・・ ちょっと足らないなあと思ったのは、財産処分については殆ど触れていないこと(北海道の別荘を処分した話はありましたが)。 おそらく子さん方も立派に出世されているのだとは思います。でも、椎名氏も都心に不動産をもっていることを想定しますと、加えて動産なども相応あることを想定しますと(著作権なんぞも相続税の対象になるのかな?)、それらを相続するのにとてつもない税金がかかることが想定されます。 きっとイニシャルで数百万から、下手すると数千万の税金がかかります。 加えて晩婚化が進む昨今、場合によっては相続を受ける当の子供たちは、相続税の支払い時がまさに孫(子の子)の教育資金で首が回らない時期、という可能性もあります。 旅・自然・自由みたいなイメージと全くかけ離れますが、お金や財産のことにまで踏み込んで共有いただけたらもう一段椎名氏的にエポックメイキングな作品になったかも、とふと思いました。 自分の親の痴呆症が進むにつれ、財産の処分(それがたとえ少なくても)については本人が家族の前でコンセンサスを取るのが一番良いなあというのが今の私の感情であります。 ・・・ ということで椎名氏の死にまつわるエッセイでした。 お葬式、お墓、死について考えるきっかけとなるような一冊でありました。重たくない作品なので気になる方はまずは手に取って読んでみると良いかとは思います。
0投稿日: 2024.08.05
powered by ブクログ自分の年齢が平均寿命に迫り、海への散骨を希望している著者が、色々な国での葬送のしかたなどの見聞をまとめたルポルタージュ的なエッセイ集。 日本では、火葬が一般的だが、世界には様々な葬送法があるものだ。 火葬、土葬、風葬、樹上葬、ミイラ葬、水葬、鳥葬、舟葬、樹木葬などなど。 多死社会となった日本では、火葬場の順番待ちが問題となっているが、今後どのような早々の仕方が現れるのだろう。
8投稿日: 2024.07.31
powered by ブクログ■椎名誠『遺言未満、』集英社文庫 「ブックマーク99号で、面白かったので2度読んだと紹介されていた本を、99号を各地へ送り出したあとに借りてくる。文庫があったので、文庫のほうを。書名はさいごに読点(、)がついて、『遺言未満、』。 「青年の頃からの朋友である」文芸評論家の北上二郎(目黒考二)が、書名を含めこの本の内容を「よい」と評価してくれたことが、文庫版あとがきに書いてある。目黒考二は、椎名誠とともに「本の雑誌」を興した人だ。その目黒から「とつぜん肺ガンが見つかり、あと一ヵ月の命なんだ」と電話がかかってくる。目黒との「さらば友よ」の挨拶の話が書いてある。 椎名誠は東京生まれ。大阪の一心寺の「お骨佛」を知って感動したそうで、「念願のお骨佛をおがみに」という章がてっぺんのほうにある。一心寺は、宗派を問わず、檀家であるなしにかかわらず納骨でき、お参りできる。(私も人のお参りにくっついて行ってみたことがある。) 納骨された数万の方々の骨でつくられたのが「お骨佛」である。 ▼いま日本で一番多い墓は、…(略)カロウト式で、一人ずつ骨壺に入れて普通は永代供養がたてまえになっている。でも一族の子孫があちこちに越してしまったり、限界集落などでは人間はみんないなくなり、墓だけ残っている、というようなこともあちこちで起きている。またカロウト式だと結婚した嫁などが亭主より早く逝ってしまうと、殆ど知らない亭主型一族の骨壺ばかりの暗い穴に入っていくことになる。仲の悪い嫁と姑が永代一緒、ということもおきてくる。 その点、お骨佛はとにかく一五万人、二〇万人などという人々と一緒になるのだから、そんな気づかいもいらなくなる。(pp.34-35、「念願のお骨佛をおがみに」) 母が死んで25年、父が死んで7年になる。先に死んだ母の骨を、故郷の墓に納めていいものか…と父は迷い、自分にとっては故郷だが妻にとってはそうではないから(それに大阪からは遠い)…というようなことを言っていた。結局、母の骨はどこにも納めないまま、どうするねんと思っていたら、父も死んでしまって、どうするかなあと思案しつつ、父の骨もいっしょに置いてある。 父の故郷の墓は(開けたことはないが)形状からすると、おそらくカロウト式で、開けたら父の両親の骨壺が入っているのだろう(たぶん)。父の父(私にとって祖父)は早くに=父が10歳の頃に亡くなり、父の母(私にとって祖母)もそれよりは長生きだったが、私がものごころつかないうちに亡くなり(祖母に抱かれている写真はあるが、記憶はない)、どちらも五十回忌というのを済ませている。早く亡くなったのだなあと思う。 父の死後の事務手続きはほとんど済ませたが、残っているのが「父の故郷の墓をどうするか」。どうするかなあと思っている間に、私も妹たちも歳をとる。 そんな事情もあって、葬送や墓のことはそれなりに興味があり、ときどき本を読む。椎名誠の『遺言未満、』を読むと、これの前に『ぼくがいま、死について思うこと』という本があるというので、こちらも借りてきて読む。 ■椎名誠『ぼくがいま、死について思うこと』新潮文庫 こちらのあとがきにも、「友よさらば」と親友の西川良が急逝した話が書いてある。この本の単行本が出たのが2013年、1944年生まれの椎名誠は70近かった。同世代で亡くなっていく人もある年頃だろう。 『遺言未満、』を読んだときにも思ったが、椎名誠はずいぶんと世界を巡っているのだ。若いときには相当な無茶をしていて、九死に一生を得た話がいくつか(!)書いてある。 世界各地の=文化を異にするところでの葬送方法の違いは、そこの自然条件によるのだ、という話がいちばん印象に残った。 ▼モンゴルで火葬が一般化しないのは、広域を旅してみるとわかるが、本当にこの国は「草原」そのもので、木がはえているところはごく限られているのが大きな理由ではないかとぼくは思っている。森林限界をすぎているチベットと同じで、遺体を燃やすための燃料条件はかなり厳しいのだ。 話はちょっと本筋から外れるが、ぼくが世界を旅していて、いちばん自分の認識の糧になるな、と思うのは、その国それぞれの自然環境の違いがこうした「異文化」の基礎をなしている、ということに気づくときだ。極端な話、カナダ、アラスカ、ロシアの北極圏に住むネイティブに火葬という習慣はない。木が生えていないところで生活しているのだから、火葬にする燃料はおろか、捕獲したアザラシやクジラ、セイウチなどの肉を焼いて食う燃料すらない。だから彼らは無思慮な先進国の人々から「エスキモー」(生肉を食う人)などとの嘲りをうけながらも、肉を生で食うことによって肉や血のビタミンを破壊せずに全部吸収し、今日までの民族的存続を保ってきたのだ。(p.71、「わが子の亡骸を捨てに行く」) 母と父の骨と墓をどうするかなあ。 (遺言未満、 2024年6月22日 了) (ぼくがいま、死について思うこと 2024年7月3日 了) ※椎名誠 旅する文学館、というサイトがあり、そこに椎名の「自著を語る」がある。 『遺言未満、』 https://www.shiina-tabi-bungakukan.com/bungakukan/archives/17589 『ぼくがいま、死について思うこと』 https://www.shiina-tabi-bungakukan.com/bungakukan/archives/7174
0投稿日: 2024.07.07
powered by ブクログわれらが椎名誠さんの『遺言未満』だ。どんな死生観を聞かせてもらえるのだろうと期待して読み始めたが、期待は裏切られた。 国内外の葬送周辺を取材してまわったレポートだ。時に死生観が織り込まれるが、総量が少なく深みに欠ける。そのままストレートに、年齢的に死に近づくにつれ “死ぬ”ことについて椎名誠さんが考えたことを読みたい。 遺言未満、の読点ってなんだ? まだ続きがあるってことか? 本文中に書かれていたっけ?
0投稿日: 2024.03.10
powered by ブクログ〝この道をどこまでも行くんだ〟〝ぼくがいま、死について思うこと〟 この二冊と重なるような部分もある椎名誠の遺言未満という斬新なタイトルの本。 椎名誠といえばやはり旅であり、その僻地の習慣や独特な部分をクローズアップして語りかけるような文章、これは…と面白く読む。 ぼくがいま死について思うことでもあるが、日本の葬式や墓が当たり前と思っている私たちは、鳥葬や風葬、なんてビックリするだろう。ただ世界には、そうした方が自然だったり、永久凍土に墓を掘ることが難しいことはわかるだろう。 ちょっと書いてみよう、そう思わない部分を椎名誠がリアルに描いているから、怖いなってことも読んですごく心に残る。 この本を手にした時は、たまたま実父が旅立ったばかりでそんな時にこのタイトルをと言われたが、遺言が何か、未満とは何か知りたくて読んだ。 椎名誠も辛い別れがあったと知ったのは巻末だ。 人が亡くなることが身近にはない現代に、予習的な死を垣間見ることができるそんな本でもあった。 山下和秀さんに強引に書かせた体験記「東京都・豆南諸島まるごと探検」読んでみたい!
28投稿日: 2024.01.22
powered by ブクログ遺言状、葬式への想い、緩やかにも下降する体調・・・。シーナ氏も来年傘寿、そんなシーナ氏が見出した命の風景はどこに!
0投稿日: 2023.12.09
powered by ブクログ椎名誠『遺言未満、』集英社文庫。 学生時代、椎名誠のスーパーエッセイ『さらば国分寺書店のオババ』を読んでから一時は椎名誠の作品にハマり、『本の雑誌』も定期購読していた。当時、地方で『本の雑誌』を定期購読することは首都圏とは違い、なかなかの手間であった。 昭和軽薄体と言われる独特の文体を操り、半径500メートルのルポルタージュを書いていた椎名誠が、まさか世界を股にかけ、時折メディアにも登場するようになるとは思わなかった。 そんな椎名誠も80歳を迎える。先日、盟友の目黒考二が急逝したこともあり、80歳を迎える椎名誠は死について何を思うのかというタイトルが気になった。 死ぬということを理解している生き物は人間だけだと言う。確かに死を理解し、特別な思いを持って死者を弔うのは人間だけだ。そして、世界を見渡すと死者を弔う形は様々あるようだ。日本国内でも納骨された何十万体の骨を仏像にして弔う寺があるらしい。とった話から、椎名誠の筆はより具体的に終活や死へと向かっていく。 そして、『文庫版のためのあとがき』に書かれた北上次郎こと、目黒考二との別れのシーンは胸を打つ。 自分も還暦を迎え、終わりの時に備えて少しずつ準備することにした。まずは終の住処の問題である。数年前に再就職で福島に移り住んだのを機に、今年、平屋の中古住宅を終の住処に選んだ。そして、もう何年も住んでいない以前暮らしていた新築で購入した2階建ての家は不要の家具やら遊び道具を含めて売却した。 長年に亘り集めていた1万5千冊を超える蔵書も思い切って、コツコツと古本屋に車で運んで売却した。今後はカラーボックス1つを本棚にしてカラーボックスが一杯になったら売却することにした。 後は余り物を持たぬことを心掛けながら、残された時間をゆっくりと健康に過ごしていきたい。 本体価格660円 ★★★★★
55投稿日: 2023.12.07
powered by ブクログ久しぶりのシーナさん。 "死亡適齢期"という言葉が出て来るあたり、さすがだなぁ あとがきは、昔いっぱい読んだシーナさんの本たちを思い出して涙が出た。
1投稿日: 2023.11.28
