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powered by ブクログ大学の自治の話は興味深く興味深く読んだ。 大学も、大学生は消費者になってしまっており、訳わからない場所も一掃されてるから、居場所もなく、存在を受け止めてくれて吟味する場所もなく、ただただ消費するだけになり、自分が何者か•何のために生を受けたのか、など考えないから、表面的で薄っぺらい人が生産されてしまうという未来への危惧を読み取った。 他の章は、途中で断念。
0投稿日: 2026.01.15
powered by ブクログ流し読み。当事者として正しい情報と相互対話を通して自律して生きていくことは大事だよね、という。理想としてはそうだけど。
0投稿日: 2025.07.30
powered by ブクログ岸本さんが実践されている「ミュニシパリズム」ボトムアップ型の地域主権主義がとても参考になった。 排他主義的極右でもなく、左派的エリート主義でもない、トップダウン型の国家社会主義でもなく、全体主義的共産主義でもない。
0投稿日: 2025.06.02
powered by ブクログお金儲けや、そのお金を使って物や時間を消費することに全精力を使っていて、自分たちで自主的に行動して社会を変えていこうという気もない。全くの怠慢だ。 上から何かをしてもらうことばかり考えて、自分たちは何もしようとしない。怠慢だ。 資本主義に毒されてしまっている。このままではいけないと考えている人もいるにはいる。だってあまりにもいろいろなことがめちゃくちゃだから。行動に移せている人もいるが、仕事にクタクタになって、残りの時間スマホ見てる人が圧倒的多数だ。 怠慢な人の1人である私だが、できることを見つけて少しずつ行動しよう。
0投稿日: 2025.04.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
感覚的にすごく共感できた一節 →このような実践を踏まえた時、〈自治〉とは、「一見、便利なもの」に潜む抑圧の構造を認識し、かといってそれを全否定するのではなく、「ちょっとした工夫〈+α〉」で既存の仕組みを組み替え、世界の見え方を変え、このクソみたいな世の中をちょっとでもマシにしていくことだと理解することができます。こうした 見立てに立てば、大学を〈大学〉に、会社を〈会社〉に、病院を〈病院〉に変革することもできるかもしれません。このように、さまざまな領域で〈自治〉の可能性は開かれているのです。
0投稿日: 2025.04.20
powered by ブクログ不登校の男の子と古着屋の店長の話から、「小さくてバラバラな店が町に無数にあるからこそ、システムからこぼれおちる差異にあふれた人たちの問題に関与しうる」という部分がとてもグッときた。
0投稿日: 2025.04.11
powered by ブクログ治外法権という言葉がある位、「自治」の線引きはデリケートな問題だ。コスモポリタニズム(地球市民主義)のような大きな枠組みで自治を行う方が、世界平和になって良いのではとも思ったが、結局は、自治単位が大きくなってもそれを不満とした紛争は無くならない。だからといって、自治単位が小さくなればなるほど、対立を招く可能性が増えるし、効率性も下がる。本件を考えるには、当たり前のことだが「自治単位の適切な設定」と「適切な運営」が重要である。 資本主義には資本が資本を呼ぶように富を集中させる機能があり、それをもっての強者の理論がまかり通るようになり、弱者における「自治」を蔑ろにする部分がある。本書は、万人がコモンの再生に関与していく民主的なプロジェクトの検討を通じ、コモンが可能にする平等をもとにして、市民が積極的に参加しながら、社会を共につくっていけば良いと提案する。何だかユートピア的な発想だが、徐々にそうしたプロジェクトが動き始め、資本主義の暴走から民主主義を守るための道を示しているという。 大学の自治という事を考えれば、その結果は全共闘のような大学紛争であったし、違う自治との利害対立に対して、持たざるものが可能な範囲の力で必至に抵抗する図式しか思い浮かばない。こうした旧来の自治ではなく、「コモンの再生に関与していく民主的な自治」とは何なのか。市民参加による公共財の再生という事だけではなく、本書で面白いと思ったのは、「居場所としての店」。お店は資本主義における商取引の最前線という気もしたが、お店での交流が生み出す人間関係は居場所を齎しているという事だ。これは商店街の社会交流とネット販売を対比してみると分かりやすい。どちらが「より人間的か」という尺度で考えれば、人間が疎外されている構図が見える。 また、ハーバマスの言う「順応の気構え」にも通じるが、科学の進歩により市民が技術的に理解不可能な専門知があるが、これを如何に取り戻すかという議論。この辺はAIが役に立っていくのかもしれない。放射能もワクチンも、ほとんどの市民はメディアを通じての説明に感覚的にしか意見を持つことができない状態だが、それを打破していく事も重要だ。同様の事は、専門知全般に言えることで、健康以外にも政治や経済、歴史認識にしても閉じた範囲で知識が不足すれば、我々は他者に支配されるしかないのだ。 民主化と民間企業への払下げは異なる。民間企業が財に影響を持つことは危うい。水道の民営化はいかがなものか。それを踏まえた上で、とりわけ、専門知の民主化が重要で、その民主化により、適切な投票行動や運動ができるのが望ましいのではなかろうか。
64投稿日: 2025.01.09
powered by ブクログ地元に根強く残る金物屋さんや喫茶店の見方が180℃変わった。自治の意義・当事者意識をもって身近な所からでも(だからこそ)実践していくことの大切さを学んだ。
0投稿日: 2024.11.28
powered by ブクログ今の社会を変えたいと思うなら選挙で政権を変えることに一生懸命になるのではなく、自分たちの手の届く範囲で当事者意識をもって運動することが重要だと感じた。そのためにコモンを見直し、それを自治していくことが大切だとわかった。身近なところから社会を変えていけると希望がもてた。
0投稿日: 2024.08.31
powered by ブクログとても素敵な本。「自治」の実際が語られていて,なんか,やる気が出るような来ます。著者によっては,少し難解な部分もあるのですが…。 最後の斎藤幸平さんの「「自治」の力を耕す〈コモン〉の現場」より,今の教育現場にも通じる話を引用します。 …労働問題に取り組むNPO法人POSSEの代表である今野晴貴さんは,次のように指摘します。 ブラック企業問題が解決しない原因は,労働法が存在しないからではない。むちゃくちゃな働かせ方を取りしまう法律自体は日本にもある。あるけれども,労働組合が弱体化した日本では,企業のほうが圧倒的に強く,労働者には力がない。そのせいで,法律の運用が形骸化し,「違法労働」がまかり通ってしまうのだ,と。(本書245ぺ) 斎藤氏は,このように引用した上で,マルクスの主張を取り上げて次のように述べています。 …私が専門としているカール・マルクスは,トップダウン型の法制度改革を「法学的幻想」だと批判し,「下から」の変革を重視しました。具体的には,マルクスは,「自治」を育むボトムアップ型の組織を「アソシエーション」と呼び,このアソシエーションを広げていくことが,社会を変えていくための基礎だと考えたのです。(本書246ペ) 今ある労働組合をどうするのかも大切なことですが,今一度,現場の教員にとって大切にしたいものはなんなのかを話し合い,それを実現するために,どんな風にボトムアップしていくのか,どのように仕掛けていくのか,下からのしたたかな自治を作り出していくことが必要ですね。 言うは易く行うは難し…ですが,諦めないで,ときには,子どもの人権に関わることが明らかならば,現場で闘うしかないでしょう。 その積み重ねが,職場の過ごしやすさにつながると思います。 既存の労働組合の「とにかく数だけを守る闘い」からの脱却が必要なのでは。
0投稿日: 2024.08.23
powered by ブクログ「当事者意識を持つこと」の重要性を実感しました。 「自治」というテーマのもと、様々な分野における「自治」のあり方について論じられていました。 特に、現代社会における「上から」の改革の限界を指摘し、真の社会変革は、一人ひとりが「当事者」となることから始まることを強調していました。 この著書における「市民科学」の例は、この「当事者意識」の重要性を感じられます。専門家だけに任せるのではなく、市民自身が社会問題の解決に向けて積極的に行動を起こす「市民科学」の動きは、従来の「上からの」改革ではカバーしきれない問題に取り組む、新しい可能性を感じられました。 p125~武器としての市民科学を (木村あや) このような当事者意識を持つことの重要性を、様々な角度から浮き彫りにしています。 「上から」の改革に依存するのではなく、一人ひとりが「当事者」として社会に関わっていくことの重要性を、再認識することができると思います。
0投稿日: 2024.08.15
powered by ブクログ人新世の「資本論」の斎藤幸平、「永続敗戦論」の白井聡、岸本聡子杉並区長ら そうそうたるメンバーが自治を語る、コモンを語る、自律を語る。 正直難易度が高く、頭に入らないものもあった。 一番理解しやすかったのは藤原辰史さんの農業の自治。 古来人間は集って狩猟、農業を営んでいた。そこに自治があった。 種の保管、水の確保、料理。 最小単位の集団で、自分たちで取り決めをし、少しでも全体の収穫を大きくしようとした。 ここに国が絡むと、年貢を納めることになるが、これを金銭で納めるようにすれば 商売の考えが生まれ、余剰金で新しいものが買える。そこにも自治ができる。 などなど、人類の歴史に根付いた自治の話は分かりやすかった。 岸本杉並区長も、区長が一人で考えるのでなく、区民の声が区政を動かす、 その流れをどう作るか。実験を進めてほしい。 ・・と考えていくと、今の国政が自治とは程遠いことがよくわかる。 国民の声を聴かず、省庁、大企業の思惑だけで多額の税金が動き、 ものの見事にムダ金になる。 前明石市長泉氏の成功の真逆をしている国。 日本に相対的貧困者が15%もいる、というのは明らかにおかしい。 やれ五輪だ外苑再開発だ大阪万博だと無意味な金、一部に利権が流れる金の使い方 をする前に、能登半島支援もあれば、貧困層への対応があるだろう。 少子化を問題視しながら、若者や子を持つ家庭に手を差し伸べない。 大学に稼げと言い、奨学金という名の借金を学生に負わせる。 あ、自治と話がずれてきた。 いいたいのは、世襲議員と偏差値エリート官僚には、市民の声を聴く気がない、 ということ。 そんな奴らに国を任せてはいけない。 というか、国の単位がでかすぎるのだ。 今こそ道州制だ。 まさに地方自治体だ。 ・・・自治体もろくな職員がいない、という説もあるが、市民が見ている。 距離が近い。空気が伝わる。 国には外交と防衛だけやってもらって、それ以外の金の使い方は各道州に任せれば よい。 逆にそうしないと東京一極集中がますます進み、地方が死ぬ。 地方が死ぬ、ということは文化が死ぬ、ということだ。 美味しいものも食べられなくなる。それでいいのか。 ・・・この本の趣旨、斎藤氏の趣旨から反れたかもしれないが、 私の問題意識だ。
0投稿日: 2024.05.23
powered by ブクログ2024.04.20 読み応えがあった。コモンの自治が難しいという現実と、その一方で高い可能性があることを学ぶことができた。自分も実践しなければならない。
0投稿日: 2024.04.20
powered by ブクログコモンを実際、社会においてどうやったら実行できるの?っていうことに回答するような本。それぞれの著者の具体的な取り組みや考え方が紹介され、大いに参考になる。 民主集中制の危うさについて、斎藤さんから言及があるが、やはりボトムアップ的・水平的な関係性をいかに維持していくのかが大事なんだろうなと。
0投稿日: 2024.02.07
powered by ブクログ自治という言葉は、本来素敵な言葉だったはずだが、なんだか最近は少し揶揄されているような気もする。自治会というのは煙たい存在だし、自治厨、なんて言葉もある。 だが自治は大切な行為だし、言葉だ。 コモンという言葉はまちづくりでよく聞かれるようになってきたが、広場っぽいスペースをとりあえず作って、はいコモンでございます、というものが多い。 そんな状況でモヤモヤしている中、本書に出会った。 全体的に実ある話であるが、「市場原理と贈与交換のブリコラージュ」という言葉に出会えたのがとても良かった。 (本書の初出ではないが)
1投稿日: 2024.02.04
powered by ブクログ後半パートだけ面白い 暇と退屈の倫理学的な話で、「消費」に包摂されてしまってることの危険性を言っている
0投稿日: 2024.01.21
powered by ブクログ人新世の資本論で説かれていたことを、さらに具体的にどうやって実現していくか。それを斎藤幸平氏だけでなくさまざまなジャンルの人も語っている。 杉並区長の岸本聡子さんの章がとてもおもしろかった。 「共生」や「協力」「包括」「共有」といった、女性的価値で政治や選挙のやり方、組織のあり方をかえていくフェミナイゼーション、地域社会や草の根から発する市民の集合的な行動を大切にして「水平的で多様でフェミニン」なら関係を気づくことを志向することの大切さ(97ページ)とケアの視点、特にフェミナイゼーションが今年の私のキーワードになりそう。
1投稿日: 2024.01.09
powered by ブクログみんなの共有財、コモンについての話の前に、今の現状は新自由主義によって生まれた資本主義はどう出来上がってきたか、白井聡さんの説明から始まります。 60s-70s学生運動から始まったとされ、その中の日大紛争がまさか最近の日大理事長田中氏につながるとはびっくりですね。それに、反共産主義の統一教会、東大駒場寮や早稲田学生会館を取り壊した経緯、段々と学生運動は衰退しやっぱり綺麗な大学が魅力的になり、そして今では学食プリペで家族にも安心など、学生を孤立化させ、安心安全の無菌室へと誘導することで国の指示通りが一番安心だと信じ込ませた現在。なるほど、本当の自由がなくなっているのに、これだと気づかれにくいですね。こうして自治は衰退してしまったという。 松村圭一郎さんはわたしたちが思い込んでいる自治と自由とは「税という対価を払って後は専門家にお任せする」という意味になってしまっているようです。 その新自由主義マーケットをどう変えていくかが課題で、そこに古着屋とライブハウスの例え話しは素敵なエピソードでした。わたしも個人経営のショップや居酒屋、カフェなどに行って無駄話したりして楽しみながら貢献したいです。 コモンと同時にケアも含めて考える杉並区長の岸本聡子さんはアムステルダム、チリ、バルセロナなど海外の事例をもとにフェミナイゼーションで自治を変えたいと熱弁。 コラムでは斎藤幸平さんの神宮外苑再開発問題で、元々住んでいた方々のお話しの中で考えることが大前提だと納得できるお話しでした。 藤原辰史さんは、権藤成卿という思想家の失敗から自治を考え、人間にとって最も重要な「食」こそ、未来の自治ではないかと考えます。 社会を良くするために、反対運動の座り込みやデモで反抗しても失敗の歴史を見ればよくわかるという。 そこで最後に斎藤幸平さんが今までの国家から考えるトップダウン型ではなく、そこで暮らす身近な地域から課題を上げていく、ボトムアップ型で解決できないかをまとめていました。 リーダーは一人ではなく何人ものリーダーを交えて、アントレプレナーの能力を養っていくそんなイメージでした。 国家は大企業がたくさん税金を納めている以上資本主義的な政策ばかりで富裕層のための政策はこれからも続くと思います。そんな世の中ではいつまでも一般庶民は変わらないままですね。本当に良くするための具体的な対策が描かれた大事な内容でした。人任せにせず自分で考え判断して協力していきたいと思います。
6投稿日: 2023.12.12
powered by ブクログ資本主義による大量生産、大量消費の時代は終わりつつある。この危機を乗り越えるためのキーワードは「コモン」である。私たちも生き方を見直さなくてはならない。
1投稿日: 2023.12.05
powered by ブクログ「はじめに」から続く7章と「おわりに」まで、著者それぞれの立場や専門ならではの視点から、「コモンとは?」「自治とは?」を終始問われ考えさせられるのだが、事例が分かり易いし文章も読みやすく、押し付けがましくもないのでずんずん読める。これまでモヤモヤしていたことにやっぱりおかしいものはおかしいと言おうと思えたり、具体的なヒントも満載の一冊。
1投稿日: 2023.10.23
powered by ブクログ「人新世の資本論」を読む前から資本主義や新自由主義な世の中へ疑問を持っていた中で人新世〜に続いてこの本を読んだ。 さまざまな立場の方がそれぞれの領域で取り組まれている、自治が興味深かった。中でも自分の仕事に深く関わる第一章や服も好きなので第二章もおもしろかった。 自分は子どもに関わる仕事をしているが、その子ども達全員が生きやすい社会を作ることも大事な仕事だと感じた。「斜め」の自治を微力ながら、できる範囲で実践していきたい。
0投稿日: 2023.10.03
powered by ブクログラカン派の精神分析家の松本卓也氏と斉藤幸平氏の共同編者というのは、ラカン派に対して誤解があるかもしれないが、興味を持って読了。基本は新自由主義に毒された今の世界をどのように取り戻すか、という話であるが、徹底的に合理化するために民営化を進める新自由主義から人が最低限生きていくために必要なもの(コモン)は公営化しましょうというのが基本的な考えだが、日本では公営が悪のように思われる状況ではあるが、決してそうではなく、欧州の変化からも自治体レベルでコモンを取り戻す動き、ミュニシバリズムがトレンドになっている。日本では杉並区、中野区、世田谷区、この3区の動きから目が離せない。今後の変革に希望が持てる書であった。
2投稿日: 2023.09.16
powered by ブクログメモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1697173908234121338?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw
0投稿日: 2023.08.31
powered by ブクログ1章ずつ感想をメモしていた。そのまま、あげておこう。 白井 僕は自治寮に住んでいた。80年代。邪魔くさいなと思うこともあったが、毎月のダベリ会や寮生大会で多くのことを学んだのも確かだ。そういう時間や空間がいまの学生にはなくなっているのだなあ。駒場寮や吉田寮ほどではなくても、民青や中核の学生と議論したこともある。それもまたよい思い出だ。 松村 僕の夢は「こだわり本屋のオヤジ」だった。それを思い出させてくれた。町家に入ってすぐの土間に本や雑貨を置き、部屋に上がると中では寺子屋的に勉強会などがあり、ときに小さな舞台にもなる。坪庭の向こうに水回りがあって、二階に生活空間がある。うーん、人の集まる空間ができたらいいなあ。 岸本 フィアレス・シティとかミュニシパリズムとか、知らない言葉が出てくる。斎藤さんの本でバルセロナのことは、少しは知っていたけど。チリも大変やったんやなあ。杉並もそんなに盛り上がっていたのか。うちの自治会とか、議論するわけでもなく、ただただ早く終わることを願っているのではダメやな。自分事でないものなあ。まあでもまずは、その自治体で公教育というか、教員不足をどう乗り越えていくか、早急に動いていくべきやなあ。(教員不足が話題になっている。) 木村 たまたま今日映画「ミナマタ」を見た。そこでは被害者たちが科学的知識を持つどころか、専門家がデータを隠蔽したりしている。市民が科学的リテラシーを身に付けるのと同時に、科学者の倫理感覚(良心)を獲得できるような教育が必要なんだろうと思う。その最初が、小中学校での理科教育や道徳教育なのではないだろうか。 松本 中井先生の件がいい。批判するのではなく、そのなかでどういう工夫をすればもう少しましなことができるかを考える。「病棟を耕す」か。それから、べてるの家という名前は知っていたけれど、「幻覚&妄想大会」なんてしていることは知らなかった(読んだことあったかな?)。なんか感動的。自分のことは自分“だけ”で決めない、か。なるほど。ちょっとした工夫で既存の仕組みを組み換え、世界の見え方を変え、このクソみたいな世の中をちょっとでもましにしていく、それが〈自治〉なのだな。 藤原 当たり前だが知らないことがいっぱいある。最近、新聞の書評欄にあった無目的という目的を見て、無印という印もあるな、と思っていたが、無農薬という農薬もあるのかもしれない。それが資本主義にからめとられているのだな。克服するとか否定するとかではなく「考える」ことに留まり続ける、なるほどな。時間がかかっても落としどころを見つけ出す、熟議デモクラシー、民主主義の基本だな。 斎藤 斎藤さんが全体を仕切っているせいか、最終章は理論的な話が多かった。まあ、具体的な動きはコラムで取り上げていたからか。コモンの再生を目指す民主的なプロジェクトが、自治の領域を広げていくという話はわかる。ただこのプロジェクトに参加する市民はおそらく、他で生活に必要な収入を確保した上で、ボランティアで活動しているのではないか。活動に必要な経費は寄付に頼っているのではないか。それでは持続可能と言えないのではないか。まずは制度的に一定レベルまでの生活の保障が必要なんだろうと思う。夜間中学の活動をしている人たちに話を聞いても、やはりみな寄付でまかなっているようだ。それで生活できるのは、恵まれているのだなと思ってしまう。年金だけで生活できるのであれば、僕はいくらでもボランティアで活動しようと思う。そんな考えはなにか間違っているか? と考えてくると2章のお店の話が一番しっくり来るかな。しかし、そんな商売は持続可能なのだろうか(発展はいらない)。結構大変なのではないか。家賃やローンがないというのが大前提だろうな。宝くじで3000万当たったくらいではすぐ底をつきそうだな(日よる)。 シリーズ・コモンというのはこれが続くということか。ラインナップの紹介がなさそうだけれど。企画倒れにならないよう、期待しております。本当は、新書サイズの方がありがたい。物理的に置く場所がないという意味で持続不可能なのだ。
1投稿日: 2023.08.27
