
総合評価
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powered by ブクログ世界の終わりとハードボイルドワンダーランドがとても好きで、手に取った。読み終わるその最後まで、この物語がどこに向かっているのか掴めない、そんな世界が続いていた。 私たちは人生や物事に何らか自分だけの意味を見い出そうとし、そしてそれを掴むことはできない。主人公の大きな喪失の中、それでも彼の人生は続く。何を排除しても、彼の中の時間が止まったとしても、季節は進む。変わりゆく、移ろいゆくものとして。 自分という存在の不確かさの中で、意識とは別の、心が深く願うその先に、心が連れていくその先に向かって。 影か、本物か、どちらも自分。現実か、非現実か、自分の心が作り上げた幻想と、自分の意識が作り上げた幻想。
0投稿日: 2025.11.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
なんだかわからないけど好き。夢中で読んだ。 私は絶対夜の図書館なんて怖くて行かれない。でも本の中なら行ける。 最後の、彼女とさようならをした時、自分がそこでさようならと言ったかのように感じる。 村上春樹の小説は空気や匂いまでありありと感じることができる。 かならず、再読すると思う。 村上春樹もう71歳なんだ。。新刊を読めなくなる未来がくるのか…想像して悲しくなる。
0投稿日: 2025.11.14
powered by ブクログこれは村上春樹の最後の長編作品になるかもしれない。そう思った。 時計の針が進むこと、自らが老いていくこと。世界は変化を嫌うが、それこそが生きている証なのだろう。 日々、失敗を繰り返し、過去の栄光を思い返し嘆くこともあるが、そんな自分が美しいんだろうな… 本作も村上春樹ワールド全開であったな〜
11投稿日: 2025.11.12
powered by ブクログ読み応え…!! この物語から何かを見い出そうとしながら読み進むものの、掬い取れずにこぼれ落ちていくような歯痒さ。それでも一文一文の美しさや重くもあり軽くもあるような文体に引き込まれ、"理解度"なんて表面的なものに捉われずに突き進む気持ちよさ。そのような感覚を終始味わう読書体験であった。 とはいえ、自分なりにこの物語のテーマは?と考えてみると、「深いトラウマを抱えた人間が分裂を経て自我とシャドウを統合するプロセス」と言えるかなと思う。影をなくすというのは、過去のトラウマや心の深い部分を直視出来ず、"なかったことにする"ことかなと。影をなくすと、"記号"のような人格が残る。その人格だけでも、社会性を持って形として生きていくことは出来る。でも人と深く繋がったり感動したりすることは出来なくなってしまうのではないか。 下巻で登場するイエローサブマリンの少年は、恐らく主人公の心の深い部分を刺激し、影を思い起こさせてくれた存在なのだろう。最後のシーンが印象的で静かに感動した。 「あなたの心は空を羽ばたく鳥です。…あなたの分身が、そのあなたの勇気ある落下を、外の世界でしっかり受け止めてくれることを、心の底から信じればいいのです」 更に考えていくと、私の場合は瞬間風速的なトラウマによって壁の街を意識の中に拵えた感覚はないけれど、どちらかというとじわじわと、家庭環境や社会的なコミュニティの中で、"世間の目"のような壁に360°取り囲まれた街に住んでいる感覚はある。この物語の壁は、ディストピア要素もありながらどちらかと言えば"自分を守るため"の孤独だけど平穏で安心出来るユートピアでもある気がする。一方で私のイメージする世間の目に囲まれた街は、もっとディストピア感が強い。ジョージオーウェルの1984年のそれに近いような。 影を完全に切り離して壁に囲まれた街に身を置くプロセスは、1人の人間として統合された成熟を得るために、私にも必要なプロセスなのかもしれない等とも考えた。 ※なぜ門番ではなく門衛という言葉に変わっていたのか、些末なことだけどなにか引っかかることも備忘までに記しておきたい。
11投稿日: 2025.11.10
powered by ブクログさすがは村上春樹。訳がわからない。でも一気読み。 相変わらず変な作風だ。 1Q84の続きが読みたい!(あれで終わり?ってずーっと思ってます。)
0投稿日: 2025.11.04
powered by ブクログ下巻読み終わりました。村上春樹の小説は読み始めたら止まらない。 今回の小説は、どうしてこの登場人物がこの物語に必要だったんだろうって思う人がたくさん出て来た気がする…村上春樹なので特にその訳が最後にはっきり回収されることはない…その理由を自分なりに解釈できるようになるための知識や想像力なんかがあったら、もっともっと村上春樹を楽しめるんだろうななといつも思う。
15投稿日: 2025.11.02
powered by ブクログさまざまに推測をしながら読みましたが、その多くは不明なまま物語が終わりました。 他では味わえない世界観でやはり最後まで飽きがきません。日常の何からヒントを得て何に感化されてこの作品を書いたんだろう、と気にならずにはいられない。
12投稿日: 2025.10.25
powered by ブクログなかなかな世界観、村上春樹の世界観でした! 読んでいる最中はどういう事だろう、何が言いたいんだろうとはてなを思い浮かべそのはてなを楽しみながらの読了。読み終えてあとがきも読んで自分の中であれこれ想像しています。 答えが明確でなく抽象的な表現を自分なりに考察できるのが小説の面白さでもあるという事を改めて感じました。 謎だらけなのに辞めることなく読み続けていってしまうのがまた村上春樹の小説の魅力ですね。
0投稿日: 2025.10.16
powered by ブクログ今回も村上春樹ワールドに引き込まれてしまいました。よく分からないまま身を委ねると不思議な世界にはまり込んで面白かったです。
0投稿日: 2025.10.09
powered by ブクログとてもぼんやり読むと不思議な世界で、ん???? というような感覚があります。 ただ、客観的に見てみたり、もしかしたらこうかな?どうかな?? と自分なりに想像して読んでみると自分の中にもこういう部分があって、納得できるようなことがあったりして面白い世界です。
0投稿日: 2025.10.05
powered by ブクログハードボイルドとワンダーランドと同じ世界線の本 まとめるのが少し馬鹿らしくなるくらい話が目まぐるしく変わっていくし伏線は回収されない。 そんなの関係ないくらい村上春樹のつむぎ出す言葉も人間も世界も鮮やかでたのしかった。 もう71歳なのか、これが最後に読む村上春樹の作品になるかもしれないという覚悟で読むべきだったな
7投稿日: 2025.10.03
powered by ブクログなぜか、冬の朝、窓を開けて肺いっぱいに冷たい空気を取り込む日々が待ち遠しくなってしまった 現実世界で生きていく勇気をもらえた気がする。 私が生きるべき世界は壁の内側ではなくて外側だから。 二日後に何が起きるかさえもわからない、そして多くのことは意図とは関係なしに起こってしまう。 だから、「そう心に望みさえ」すればいい。 そして、私に勇気ある落下を外の世界でしっかり受け止めてくれることを心の底から信じていればいい。 それだけ 彼の創る世界がすごく好きだなあと改めて実感 チェットベイカーをBGMにコーヒーを啜りながら没頭する秋の日々、幸せだった〜
1投稿日: 2025.09.30
powered by ブクログこの物語は理解するというより、物語に身を委ねて、最後までそれを受け止める、そんな風に読みました。 夏前から読み始めて、随分と時間がかかりました。 今朝読み終わってしばらく余韻の中にいたら、しとしと雨が降り始めました。 暗いけれど、静かで落ち着く朝です。 全体的に暗く冷たく静かな物語ですが、その中に心の内部の躍動、綺麗な情景、温もりのあるもの、そういう心惹かれるものたちが敷き詰められています。 暖炉の火。熱いコーヒーとブルーベリーマフィン。コーヒー屋の女性。主人公が料理をするシーンなんかも、読んでいる私自身を温めてくれるようなときめく文章でした。 自分はどう生きたいか、必要な時に人は自分を信じ、その道を自分で選び取ることができる。 人はどこまでも孤独だけれど、時折その心を明るく灯すものがあること、時折誰かと交わることができること、そしてそれを誰しも求めていること。 そんなことを想う一冊になりました。
9投稿日: 2025.09.29
powered by ブクログ小学校の時に外では全く喋らない女の子がいたがもしかして⁈ 追伸、この書き込みした夜、その女の子が夢に出て来ました。
1投稿日: 2025.09.26
powered by ブクログとても、とても妖艶で綺麗で、それでいて少し切ない物語でした。村上さんの小説は、失われた愛がとても印象に残ります。あるいは、本当はあった未来や平穏。でも、意味も分からなく終わりのくる関係。世の中なんて理由のつけられないことの方が、多い。不条理で、美しい物語に感謝。
1投稿日: 2025.09.25
powered by ブクログ色々な作家の本を読んでみてから、村上春樹作品に戻ってくると、この世界観に浸っていることがただただ心地よくて、面白いかどうかは関係ないのだと気づく。『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』が何より好きな自分としては、また壁の中の世界を描いてくれたことを嬉しく思い、現実世界に耐えられなくなったら再読して壁の向こうへ行く妄想でやり過ごそうと思う。
1投稿日: 2025.09.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
村上春樹作品を久々に読んだため、少し退屈さを感じてしまったかもしれない。ただ、他の村上春樹作品よりかは割と理解ができる内容だった気がする。 上巻の途中から下巻の殆どを占めていた実世界の図書館で働く男は、壁に囲まれた街から脱した影であったとは気づかなかった。あまり深く考えていなかったために気づけなかった。 また、突如第3部から壁に囲まれた街の物語が再開するが、それは上巻で影を逃した主人公の視点であり、影を逃した後からそのままこの第3部に展開していたのは腑に落ちた。 完全に余談で、久々の読書であり特に後半は一気に読んだが、書籍を読破した後の何とも言えない穏やかな気分がとても好きだなと再認識した。忘れたくなくてここに書いた。
2投稿日: 2025.09.22
powered by ブクログ哲学的要素は理解出来ない部分も多いのですが、読みにくいわけではなかったです。 BGMとして流れてくる静かなジャズとか、香り高いコーヒーとか、格調高い図書館とか…雰囲気が良いですね。 ブルーベリーマフィンを食べたくなりました!おいしいコーヒーと一緒に! という私は、けっして不確かな壁の中には住みたくない、と思いましたが…
1投稿日: 2025.09.22
powered by ブクログSFというかパラレルワールドというか精神世界というか、よくわからない世界観だったけど、途中は面白かった。結局、子易さんは主人公の何だったのかが読み解けなかった。 色々と謎を残したままだけど、村上春樹さんなのでそういう世界観なのねと言う感じで、スッキリ読み終える話ではなかった。 売る
1投稿日: 2025.09.20
powered by ブクログ真実というものは存在しない。同時に、この世に確かなものなどない。自分の意識や肉体ですらそうである。その一方で、誰かを一途に想う気持ちは確かに存在する。自分自身の同一性、初恋の女性の姿、街、壁といったものは物語の中で変化を続けていくが、一途な気持ちだけは変わらない。そうした感情だけが確かなものとして、そして生きるための礎として、残り続ける。 また再読したい。
5投稿日: 2025.09.20
powered by ブクログなんでだろう?小説って読んだら大体すぐ内容忘れちゃうのに村上春樹の小説ってずっと忘れないというか、脳じゃなくて魂が記憶してるというか。世界の終わりとハードボイルドワンダーランド以来に壁の中の世界に入り込んだけど、世界の終わりとハードボイルドワンダーランドの時とはまた違った物を感じ取った。 「私の分身を信じる」ってなんかいいな。誰かを信じるよりももっと安心できる。影なのか本体なのかはわからないけど、私の分身を信じようと思う。あーもっと深く読めるようになりたい、、
0投稿日: 2025.09.16
powered by ブクログ夢と現実、影と本体など、抽象的な概念の中で物語が進む。コーヒーショップの女性やイエローサブマリンの少年が出てきたあたりから、だいぶ読みやすくなった。こんなにふわふわした設定で物語を書き切るのは本当にすごいと思った。
0投稿日: 2025.09.15
powered by ブクログハードカバーで読んだけど、文庫出たので再読。 立場や場所で影と本体のようなものが決まってくる。 でも、影と本体、どちらかにこだわらなくていい気がしてきた。 影的な部分も、本体的な部分も、両方とも自分の中にあるものだ。
0投稿日: 2025.09.12
powered by ブクログ今作の方が現実寄りに感じた。内なる心、過去に引きこもってるのは安全で、完結してて、幸福かもしれないけど、変化もない。外の世界は辛いこともいっぱいあるし、確実なことなんてないけど、人とつながる幸福があったり、変化を楽しんだり、五感で感じることができる(壁の中に音楽がないのはこれの対比かな)。自分は確固たる幸福な過去なんてものはないから、世界を作り上げられるくらい(そこに入り浸りたいと思うぐらい)の過去があるのは幸せなこととも思った。 生きていくために、内の世界に逃げ込んだりしながら、外の世界で戦っていきたいと思う。 (現実がどっちかなんて分からない、って物語だったけど、自分は外の世界が現実であって欲しい。じゃないと希望も存在しなくなってしまう)
0投稿日: 2025.09.11
powered by ブクログ村上作品によく出てくる失踪した少女と探す主人公 既視感があったのだが、最初期の作品をもとに書き直したと 作者のあとがきにあり、納得
0投稿日: 2025.09.07
powered by ブクログよく分からないけど凄く希望のある話だった。 自分の闇の部分と一緒に現実を生きましょうよ。現実と壁の中(自分の作り上げた世界なのかな)が入り混じり、闇の部分が現実を生きて、自分だと思っていた部分が壁の世界を生きている。 なんだかよくわかんなくなってきたぞ
1投稿日: 2025.08.29
powered by ブクログ上巻にて、主人公は新しい街にて、新しい生活を始めます。新しい仕事である図書館館長として、不思議な体験を通して、様々な人と関わっていきます。下巻では新たな登場人物もいて、それがきっかけとなり過去とつながります。主人公はなぜこの街にいるのか、以前の世界からどうして出てしまったのか。そして主人公は何者なのか。クライマックスに向かうにつけ、新たな事実が判明し、混乱と驚きをもたらします。街は誰の街なのか、そこに住む人々と彼女は何者なのか、自分は何なのか。最後まで謎の部分もあるのですが、それが不愉快ではなく、どちらでもあり得るという可能性の広がりが感じられます。 以前の著作の物語で、明らかにならなかった結末を、著者として提示されているのですが、結局誰が誰なのかといった謎が明瞭には語られていないところがあります。それは、そんなに重要なことではないというメッセージなのかもしれないと思いました。
1投稿日: 2025.08.25
powered by ブクログ村上春樹,読むのは何年ぶりだろうか。 文庫化が今年の4月,ハードカバーは2023年4月。6年ぶりの長編,ということだったようだ。 その前の長編は『騎士団長殺し』なのかな。 死者と生者がふわっと共存している感じが,作中に引用されるマルケスの世界と,たしかに似ているというか,同じ手触りだなと思う。
1投稿日: 2025.08.23
powered by ブクログ上巻から続くストーリー展開に気になったが、これは予想できなかった。いつもの通り伏線回収するわけでもなく、多くの謎を残しながらの結末となった。これがもしも全ての謎が解けてめでたしめでたしとなると、それは村上春樹小説ではなくなってしまうので、致し方ないところではある。
1投稿日: 2025.08.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
結局現実世界の私が影なのか本体なのかという点が難解。たぶん影を残して本体が壁の内側へ→壁の外側に脱出(本体)→本体が川を登って少年時代に戻って壁を抜けた時に内側の影と入れ替わり(たぶん「イエローサブマリンの少年」の記憶も無くなった)→本体外側の世界で影と一つになるの流れだと思う。 あと今一つテーマが分かりづらい。恐らく「生と死」「死への希求としての青春時代への懐古(少女への想い)」みたいのが個人的に読み取ったもの。少女と別れて「内(→死)」に入る。最後に「外(→生)」の世界で影と一つになる、の流れなのでたぶん「後ろを振り返らず新しい人生を生きていこう」みたいな感じかと思われる。
0投稿日: 2025.08.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
短編しか読んだことがなかったので、いつも以上に村上春樹の描く物語に深く奥まで吸い込まれたようだった。とても心地よかった、と思う。もっとそこにいたかった。 この物語が示そうとしているメッセージや明確な答えはわからなかった。自分の意識(心?)と身体、あるいは人に対して見せる自分と、自分にしかわからない自分の対比なのかな。でも1つになるとはどういうことだろう。同じ意識でも、潜在意識と顕在意識なのかもしれない。過去に大丈夫と思っていたことも、実際は深く傷付いていることに後々気づくことがあるように。 1つになったあとぼくはどうなったんだろう。 こちら側のぼくとあちら側のぼくが1つになった時(壁がなくなった時?)ようやくぼくが、ぼくという存在や性質を理解できた時なのかもしれない。 コーヒーショップの女性との仲は深まるのかな。心に壁を持たなくなったぼくの変化を感じて、もしかしたら女性自身が持っている壁はぼくが飛び越えられるものになるかもしれない。 結末はわからないし、現実と幻想なのか、どちらも現実なのかは確証はないけれど、世界観や言葉の紡ぎ方がとても好きだった。確かにストーリーは続いているのに、時間が流れていないような、静かな雰囲気も好き。その事実だけで十分ではないかと思う。 最近はオチのある本を読んでいたためか、何かしら明確な答えをくれると思っていたが見当たらなかったので、読了後にまず感じたのは非常に落ち着かない気持ちだった。というか怖かった。(そういえば読んでいる途中も先の答えが見えなくて、トイレに行くときの暗闇が異様に恐ろしく感じた。) 年々、自分の中で「物事には答えを見つけないといけない」というルール(正義感?)が強くなっていることに気づいた。これは「最近オチのある本を読んでいたから」ではなくて、調べれば欲しい答えが手に入るがその答えは本当のものなのかが怪しかったり、1つの物事に向けられる、それぞれが角度の違う意見を一気に、そして簡単に把握できてしまう現代の副作用なのかもしれない。「自分はどう思うか」に確信を持てていないというか、自分のことを自分が一番信じられていないというか。 皆んながこの本をどう評価したのかをまず調べたくなったけど、それはこの本を読んだ人がしてはいけないことだとなんとなく思った。気持ちをぐっと抑えて、文字を打ってみたら、自分が感じたことに向き合えて、気持ちも落ち着いた。 自分が向き合うべきことに触れたときに、外にある誰かの気持ちや考えを借りてきて自分の結論として認めていたこと、それがかえって自分を苦しめていたのではないかと気づけたことは、この本を読んだ今の私だからこそ得られた1番の教訓だと思う。ここまで書いて、嬉しくなった。なんだか自分のことを見つけてあげられた気がする。見つけたのは私なのも嬉しい。 この本は、自分が自分と向き合うというストーリー(たぶん)と、はっきりとしない余白を残した表現によって、読者自身が自分と向き合うようなシステムになっている気がする。イエローサブマリンの少年が引き継いだ後の壁の世界が、恐らくぼくの世界からは変わるように、読者の数だけ答えがあるんだろうな。そして、それでいいんだろうな。 ここしばらくはなんだか活字を読む気になれていなかったけど、本屋で見たときに吸い寄せられるように買った2冊。2日で読み切るほどには引き込まれた。これからの人生で何度も手に取り、読むたびにまた私なりの答えに出会う気がする。
7投稿日: 2025.08.11
powered by ブクログ村上春樹特有の比喩表現や世界観が多く、何が現実で街の中の話か分からなくなった。 自分は向いてないのかもしれない。 主人公「ぼく」は、海に近い静かな郊外住宅地に住む高校三年生です。高校卒業後、東京の私立大学へ進学し、一留後に書籍取次会社へ就職します。その後、福島県のZ**町の図書館館長に就職しますが、司書資格は持っていません。物語は、現実の世界と壁で囲まれた別の世界を舞台に展開します。主人公は、初恋の女の子「きみ」と高校生エッセイ・コンクールで知り合い、様々な人々との出会いを経て、自己の内面と向き合いながら成長していきます。壁で囲まれた世界では、「私」と「影」が重要な役割を果たし、夢読みの仕事や門番の仕事を通じて、街の人々との関わりを深めていきます。
0投稿日: 2025.08.10
powered by ブクログ2025.08.10〜09.02 村上ワールドを堪能。 どれが現実なのか。 私が今居る世界は、どこなのか。 もし、この私が影なら。 もし、この私が本体なら。 複雑だったし、読むのに時間がかかったけれど、面白かった。
4投稿日: 2025.08.10
powered by ブクログああ、ぼくは今出会うべくして今この本に出会ったのだな、と思える小説でした。 もしかしたら、今ここでこうしている僕はいわゆる影で、本体というか意識の深層というものは不確かな壁の向こうにある街にいるのかもしれない。 そうしてぼくは影に現実を任せて、ただ静かで時間が意味をなさない街のなかで、ありし日の思い出に閉じこもろうとしているのかもしれない。 でもきっとぼくも、いつか本作の「私」のように…。 傷ついてもなにかをなくしても、人は生き、時間は刻まれていかなければならない。 その残酷さと優しさを感じさせてくれる作品。 なんて静かで、救いに満ちた物語なんだろう。 村上春樹さんの小説に、これほど優しさとあたたかさを感じたのは初めてです。 自分の人生の大切な場面を振り返ると、その時々に合った小説に偶然出会い、そこから深い洞察を得られるのはなぜなのでしょう? この小説も、きっと自分の人生の一コマを思い出すときに必ず一緒に思い起こすことになる、大切な作品になりました。
1投稿日: 2025.08.08
powered by ブクログ続きが気になる時もあれば、なかなか読み進められない時もあった。 後半につれて登場人物が交差していくように感じるのが難しかった。でもきっと私の読解力が足りないせいで分からずモヤモヤ、スッキリせずに読み終えたのが残念。
20投稿日: 2025.07.24
powered by ブクログ上巻の期待感、謎を終盤まで引きずったまま、読了。最後は少し尻すぼみを感じたが、こちらの世界とあちらの世界、影が示唆するところを読み切れなかったからか。 個人的に、きみにもう一度会いたかったので、それは難しいと分かってはいたが、煮え切らなかったのかもしれない。 ただ、登場人物と二つの世界の世界観、そして何より、わたしたちは誰かの陰に過ぎないに対するアンサーには納得。著者の他作品も読みたくなった。
0投稿日: 2025.07.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
熱烈な村上ファンの人はこの先は読まない方がいいです。 「楽曲においてフィルイン(パターンの最後や繋ぎ目にドラムスが入れるオカズ)は多用するとダサくなる。」 上巻で感想に書いた村上文体、「まるで〜のように」というフレーズは、文にリズムをつけ次のシーンに移る前の装飾音符にあたるのでしょう。 綺麗な表現だなと思うし、春樹ファンはこれがたまらないのだと思う。 ただ、俳句のように少ない言葉で多くを表現している文章に感動を覚える自分は、この文体には最後まで気持ち悪さを覚え、時にイラッとすらした。 あくまでも個人の感想です。
0投稿日: 2025.07.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
十七歳と十六歳の夏の夕暮れ、きみは川べりに腰を下ろし、〝街〟 について語り出す――それが物語の始まりだった。高い壁と望楼に囲まれた遥か遠くの謎めいた街。そこに“本当のきみ”がいるという。<古い夢>が並ぶ図書館、石造りの三つの橋、針のない時計台、金雀児(えにしだ)の葉、角笛と金色の獣たち。だが、その街では人々は影を持たない。 本当の自分とは何か、を問いかけてきている作品だと思う。そして、影とは何かを問いかけている。 人に映る自分と心で思っている自分の対比であったかな?と思う。自分の中に入り込みすぎると影の世界に行ってしまい、他の人とのコミュニケーションが取れなくなっていく。ただ、ひとつのきっかけがあるとその世界から抜け出ることができるということではないか。今回の主人公にとって少年が実はそうであったように。 ごく一般の人はそのような経過を経ることがないからこの物語が奇妙に思えるのかもしれないし、奇妙に思えないのは、登場人物みたいに一種の自分の世界に籠ったことのある人なのかもしれない。
6投稿日: 2025.07.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
夢見たいな掴めない文章読んでた。疲れた!笑 学がないから読み終わった後は村上春樹さんの小説はもういいかなってなるけど、またいずれ何かの歪みでこの人の小説を読むんだろう。そんな感じの小説でした!
0投稿日: 2025.07.10
powered by ブクログ少し「美女と野獣」性を感じたり、街は死後の世界かなと思ったり、川を昇っていくシーンはやけに情景が浮かんだり、していると 仮止めしてた「こうかな…」が、「そうだよ」とは打ちつけられずに、いい具合に曖昧に終わる。三部に行くまでは割と地道な地味な道を行くストーリーなのだが、三部にいくと急にあたたかさが吹き始め、そしてまさかラストは街を出ていく。 街にはずっと居ても、二度と行かなくても…なんだかいけないようなそんな場所なんだろう。 面白かった。
1投稿日: 2025.07.08
powered by ブクログまるで不思議な図書館に入ったみたいだ。そこに並べられた書物には独自のルールで描かれた記号。影をなくさないとどうやらその扉を開くことはできないみたいだ。 簡単に他人の図書館を読むことはできないはずなのに、どうして子易さんが支配している図書館を継承できるのだろうか。少年の図書館に立ち入ることができるのだろう。文字は記号となり、絵画となる。 脳科学者が脳の構造について描いた小説みたいだ。 いや、構造そのものが図書館なのかもしれない。
0投稿日: 2025.07.08
powered by ブクログ図書館の前館長子易さんの過去、コーヒーショップの女店主の過去、みなそれぞれ深いところで傷がある。それが人の影の部分なのだろうか。物語の終りに少し唐突感があるけれど、人の影の部分も人間を形づくることをなんとなく感じた。 女店主さんとぼくとの会話が好き。何も解決しないけれど、大切な会話だと思う。
0投稿日: 2025.07.06
powered by ブクログ【2025年71冊目】 元図書館館長である子易さんの過去を知ったぼくは、添田さんと共にその秘密を共有しながら図書館長のしての日々を過ごしていた。そんな中で図書館に通ってくる一人の少年に意識を向けるようになる。「イエロー・サブマリン」のパーカーを着た少年は一心不乱に本を読み、誰とも交流をしないらしい。だがある日カフェでコーヒーを飲んでいたぼくに少年は告げる。「あなたの生年月日を教えていただけますでしょうか?」 下巻になって、よりあらすじを書く困難さを極める村上春樹作品…!いい意味で結末を委ねる建付けであり、それがまた余韻を残してくるのがちょっと悔しい。かつ、この物語の雰囲気は絶対に村上作品でしか味わうことができない、唯一無二とも言える。上手く言葉にはさせてくれないのに、なんだか心がもってかれる。 これはハードボイルドワンダーランドも、もう一度読まなくてはならないでしょうね。好きだなと思った記憶はあるのに、読んだのが随分前なので仔細が思い出せないため、新鮮に楽しめそうな気がします。 壁のある街と現実が絡み合う世界の中で、ぼくだけでなく、さまざまな人の人生の途中を見た気分がしますし、その後どうなったのだろうと、思わず考えてしまう建付けがずるい。 村上春樹さんの作品は好き嫌い得意苦手分かれると思うんですが、間違いなく他にはない雰囲気の物語を生み出す作家さんですね、あと、あとがきを読んで70歳超えてることに心底ビビりました。まじか!
2投稿日: 2025.07.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
コーヒーショップの店主、イエローサブマリンの男の子が出てきて物語が そう繋がるのか!まあでもそれが色々辻褄があってしっくりくるな。 でも、あそこで失われた女の子(影)と本来の僕から離脱した40代だけど17歳に戻った僕(影)が出会ってしまったら 壁の世界にいる僕(本体)は戻っても受け止めてもらえる時間軸がなくない? んんん? そして失われた女の子(影)=司書の女の子(本体)は結局どうなるの? 影同士で再会できたからジエンドなの? 40代同士で再会して欲しかったんだけど... なんとなくねじまき鳥くらいのカタルシスを求めてたから 肩透かし... 石原千秋先生の村上春樹論(まだあるのかな)で取り上げてほしい。 で、いくつかレビューを読んでいたのだけど。 子易さんは燃やし尽くすような愛を経験したから、それで良いと思っているのだよね イエローサブマリンの少年と司書の女の子(本体)はこの世界の中でしか生きられない存在。 僕はどうしても女の子に会いたくて現実を捨てて、影も解き放って女の子と平穏な日々を重ねていた。 でも、たぶん永久に女の子とは 深いところまでこころを通わせることはできない (壁の中はそういう感情を必要としない世界だから) 僕もようやくこれで充分なんだって気持ちの準備ができて現実に戻って前に進むことにしたということ? 女の子との焼き尽くすような恋は終わったことを心の底から納得して コーヒーショップの店主との大人のプラトニックな恋愛になっていくのか... それがないともはや福島にとどまる理由が無くなっちゃう気もするんだけどね。 さすがに野暮か。
3投稿日: 2025.06.30
powered by ブクログいろんな伏線が散りばめられていて、それぞれ自分で解釈していかないといけない。 物語自体はのめり込みやすかった。 2つの世界がつながるところは圧巻。 どの世界に居たいのか、どうしていきたいのか、それを選び取るのは今いる自身しかない。 そう言っているような気がする。。。 本当にそうだろうか?わからない、、 また何処かで読み直そうと思う。
0投稿日: 2025.06.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「私」とコーヒーショップの女性や、イエロー・サブマリンの少年の出会いと対話が作用し、「きみ」と「ぼく」とで作り上げた、壁に囲まれた街に違和感が生まれる。毎度のことながら、幻想的でウットリしてしまいますね。現実と非現実とが、生きているものと死んでいるものとが、ひとつに入り混じっている。まるで日常的な当たり前の出来事みたいに。 イエローサブマリン、すごく平和で呑気な歌だ(アニメはまだ観てない)過去も未来もない、繰り返しの街に役割を見つけて、自ら望んで入ったきみにも、いつか街を出ていく日は訪れるのだろうか。なんだかうらやましくも、かなしくもあり……この街には、猫はいないし……
1投稿日: 2025.06.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
マルケスにとってマジック・リアリズムはリアリズムであったのではという箇所がこの物語全体を表しているようで、すごーく納得した。 あとは、例えば「さよなら」という言葉一つとっても、その時の環境や感情、はたまた成長度合いによって捉え方が変わるように、言葉を受け止める心の形は常に変容している。その心の形をあちら側の世界として描いたんじゃないかなぁと思ったり。 今生きている私が「本体」であろうと「影」であろうと、表裏一体であることに違いはないし、私は私でしかない。けれど、中にはどちらか一方でしか生きられない人もいるんだろうなと。 普段本にドッグイヤーはしないようにしてるんだけど、この本はたくさん付けた。素敵な言葉が散りばめられていたし、今後手元に置いて何度も読み返すだろうと思ったから。 総じてめちゃくちゃ面白かったし大好きな作品のひとつになりました!
0投稿日: 2025.06.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
村上春樹の最新長篇。本作はかつて雑誌に発表後、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の原型となった短篇「街と、その不確かな壁」をべつの形で書き改めたものとして知られている。読んでみてたしかに随所に『世界の~』のエッセンスを感じることができたが、個人的にはむしろおなじく重要な登場人物として図書館司書が出てくる『海辺のカフカ』を想起した。いずれにせよ、村上春樹らしさが存分に詰まった作品であるといえるであろう。本作でもっとも印象に残った人物は子易辰也であるが、まさか登場した時点ですでにこの世からいなくなっているとは思わなかった。主人公たちもまた子易さんが築いた「『壁』に囲まれた『街』」の住人であるといえるかもしれない。あるいは、「イエロー・サブマリンの少年」がその「街」を築いたのかもしれない。本作に登場する「『壁』に囲まれた『街』」はすなおに解釈すれば1箇所だけであるが、それぞれの登場人物がそれぞれの/互いの「『壁』に囲まれた『街』」の住民とみなすこともできるのではないであろうか。
0投稿日: 2025.06.21
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
村上春樹のすごいところは、圧倒的ファンタジーで何が何だか分からないのに、現実との鎖を切らずに、読者にも現実に引き戻すタイミングを適宜与えているところにあると思う。娯楽として表面的に読んでもある程度は楽しめるように。意味不明すぎて読むの諦めそうになるタイミングで、続きが気になる要素とかを入れてくる。
2投稿日: 2025.06.19
powered by ブクログもやったので2ターン読みました笑 キーワードが一読目は謎で、2ターン目に『なるほど』に変わる、アメガムみたいな感じ(語彙力) 人は街に形成され、経験(記憶)に形成されている。その逆も然り。立ち止まる事も必要だし、進み続ける事も必要。 自分の中の『不確かな壁』が少し動いた気がしました。
19投稿日: 2025.06.18
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
今まで私の中で村上春樹は「好きではないが、なぜか読み続けている作家」だったのだが、この作品は好きな本だと強く断言できる小説だった。これまで個人的に苦手としてきた独特な比喩、アレゴリーによる難解さと性的描写がこの作品では殆ど感じられなかった。確かにいくつかの「不確かな」辻褄やアレゴリー(それも楽しみの一つではある)は存在するものの最後には全て納得がいった。全ての意味を完全に理解した訳ではないが、自然に納得がいったのである。一度ほどけた靴紐がまた結ばれるように。あとがきをみると、第1部で終わった可能性もあったらしい。確かに第1部だけを切り取っても物語としてはありだなとは思った。しかし第2部と第3部を経ることで霧がかかっていたモヤモヤとした物語が鮮明な太陽の光の中で完結したという印象を受けた。性的合体による何らかの到達、ある種の「希望の可能性」はこれまでの村上春樹の描写に多く見られたがこの作品では直接的な描写はなく、読者の創造にあくまでも委ねられている。村上春樹のセックス描写があまり好きではないので個人的にはありがたかった。この作品で描かれているのは喪失とそこからの復活を遂げるための自分自身の中での自分との対話の話だと思う。心の中に残った傷跡、記憶、それを乗り越えるのはそうした過去を忘れることではなく、過去にとらわれずに向き合うことではないだろうか。重要な登場人物である子易さんもその問題に勇敢に向き合った一人だ。本来の自分ともう一つの「影」の自分はどちらも結局自分自身である。この不確かな壁は誰の心にも存在し得るし、存在しているはずだ。久しぶりに読み終えて、とてもいい気持ちになった本だ。
2投稿日: 2025.06.17
powered by ブクログ相変わらず読みやすい文体で親しみをもってこの世界に入り込めました。 あとがきにあるとおり、壁に囲まれた街のモチーフは過去作にもあり、それと対を成す作品となっているようです。この2作品を比較して色々な角度から眺めることもできるような気がしますが、かなり毛色が異なっているので、私にはうまく消化できそうにありません。 街とそれを構成する人やモノが何を写しているのか。そして「壁」とは何か、その壁を通り抜けるということが意味するものは。それぞれが様々なものを象徴し得る気がしますが、その解釈はほとんど読み手に委ねられているようです。分析的に読む楽しさもあると思いますが、私はどうも面倒なので、頭に入ってきた印象をそのまま味わうことにしました。街の雰囲気は、行ったこともないのに容易に想像できます。夢で見たような、そんなところです。なにしろ夢がカラーだったことがあまりないので、その点で符合することが多いようです。 そんな中心的な位置づけとなる街のことは置き去りになりますが、私は第2部から始まる中年の物語が好きです。こういう生活って悪くないよなあ、と無責任に感じました。そこにある人間関係も、程よい距離感でとても素敵だと思います。こんなところでこんな風に過ごしたいなあ。 さて、一方で作品全体にどうも引っかかる箇所が見られます。ひとつは、老人が青春期を懐かしむような眼差し。近年発表された作品の多くで感じるものです。あの若く純粋な心と健康な身体はもう二度と手に入らないんだ……というような感傷を感じます。読み手の穿った見方かもしれませが、その気持ちがわからなくもないので気になります。 そしてもう一つは、不要だと思われるような注釈的なセンテンス。これまでの作品でも多く登場しますが、その程度がより強いものになっている気がしました。かつてはそれがおしゃれにも感じましたが、意味をあまり感じないようなものがやけに目に(鼻に)付くように思いました。
4投稿日: 2025.06.15
powered by ブクログ伏線は散りばめられたまま終わった。 伏線はこれからの私の人生の中で回収されていく気がしてならない。 「ねえ、わかった?わたしたちは2人とも、ただの誰かの陰に過ぎないのよ」 このセリフにはっとさせられる時が来るきがする。 その時私は本体なのか、陰なのか。
1投稿日: 2025.06.14
powered by ブクログ1980年に発表したものを40年後に書き直した作品。 世界の終わりとハードボイルドワンダーランドと並立する内容らしいが読んでいなくても充分楽しめた。 最後まで明らかにならない謎の部分が多くてそこは読み手が自分で想像して解釈しないといけないけど、個人的にすごく好きな終わり方。 色々とプラスの可能性の余地を残してくれていて。 少女が姿を消したことでその時から彼の心の時間は止まったまま。でも、実は長い間変化を拒んでいるのは実は自分自身なのでは? 誰もが意識の奥底にある不安、私もそうだけど、何かそこに違和感を覚えながらも明らかにすることなくそのまま生きていく。 そうすることが生きていくのに都合がいいから本能的に無意識に選択しているのだろうけど、ふとしたきっかけでその事実に気付かされることもある。 コロナ禍に書き直したそうだが、誰もが経験したコロナ禍で自然と内を見つめざるを得なかったからこそ、より共感できる世界なのかなと思う。 うつし世はゆめ 夜の夢こそまこと って江戸川乱歩の言葉思い出した。 人が現実と思い込んでいるのは夢であり、夜にみる夢の方が本物かもしれない。 あちら側とこちら側の境界線はどちらもすごく曖昧で現実と非現実は違うようででも本当は不確か。 今更ながら村上ワールドの沼にハマりそう、、、
7投稿日: 2025.06.10
powered by ブクログ相変わらずコッテリとした 示唆に富んだ話でした。 理解できる部分と理解できない部分があった。 しばらくするとまた変わるんだろうなぁ。
0投稿日: 2025.06.03
powered by ブクログああああー。。めちゃめちゃ!!面白かった・・・ 実は最初に書き上げたのは第一部で、そのあと寝かせているうちに「これでは終われない」と感じ二部、三部と書いたんだって(ご本人によるあとがきより)。 一部で終わるのと、三部で終わるのでは意味合いがかわるよな。。 終わり方としては、めっっっっっちゃ私この終わり方が好き。好み。めっちゃいい。良すぎる。終わった後でいろんなことや可能性をたくさん考えてしまう・・考える余地が残っているというのかな?半分はファンタジーと言えると思うけど、心理的な要素も強くて(どこからどこまでが?)その曖昧さがとって!も!いい。今までよりカフカよりもずーっと現実的ではなくなったかもしれないけど、いやこういうことでしょう!私もそう思う!そうだよね!そうだよ!って大興奮しながら読んじゃった。 それと、どうしても村上さんご本人と重ねて読もうとするからか? なんだろう・・空気感は今までと変わらないんだけど、今までより、人間臭さがはっきり文章にされてたように思う。主人公の心の動きや心理や考えていること(もちろん自分でもはっきりとわからないこと)を、言葉にしようとしているさまが文章で書かれていて・・いい意味で「普通」になったというのかな?物語における婉曲な(すぎる)比喩とか置き換えとか象徴的エピソードとかが多すぎなくて(笑)すごくいいなと思った。 主人公が涙を流して泣いたり、人生を振り返り気づきを得たり(これもはっきりと文章で書いてある、待つことについて)、あとは・・出てくる女性と一度もことに及ばなかった(というか、及べなかったのだ!)、異世界に行く、のではなく、目の前で現実が(これが現実ならばということだが笑)はっきりと混ざって歪んだり、女性を誘う時「誘った」っていう描写じゃなく「もしいやじゃなかったら、うちに来ないか?」って誘いのセリフがあったり? 今までの作品と根っこの構成要素は同じであり、言っていることは、言葉も物語も違えど同じ(物を含んでいる)って思った。 もしかして、村上さんは、変化することが苦手だったのかな?実は私は成長過程で、大人びたことを言ったり言動を変えたりするのが癪にさわり、わざと子供でいようと頑なに自分を変えず過ごしていた時期があったんだよね・・笑 今回の話は、少女がいなくなったことで心が止まっちゃった、ようでいて、実は長い間変化を拒んでいるのは自分なんじゃ?って気づきの話なのかなと。いろんなことがあっても、止まれない、変化していくものなのだと。これは自分もそうだけど、年齢を重ねたからこそ得られたものなのかもしれないけれど。 私はどちらの僕も僕自身なんだと思ってる。 『つまり私の意志を超える、より強固な何らかの意志というのは、私の外側にあるものではなく、私自身の内にあるものだと?』 『それは私にとって何か大事なことを意味しているのだろうか?あるいはそれはものごとの大きな流れとは関わりを持たない、ささやかな脇道エピソードに過ぎないのだろうか?だいたい「ものごとの大きな流れ」なんてものが私の周りに存在するのだろうか?』 『ホルヘ・ルイス・ボルヘスが言ったように、1人の作家が一生のうちに真摯に語ることができる物語は、基本的に数が限られている。我々はその限られた数のモチーフを、手を変え品を変え、様々な形に書き換えていくだけなのだ・・と言ってしまってもいいかもしれない。』 『壁は存在しているかもしれない、と私は思う。いや、間違いなく存在しているはずだ。でもそれはどこまでも不確かな壁なのだ。』
10投稿日: 2025.06.02
powered by ブクログ珍しく(?)村上春樹さん本人のあとがきが添えられていて、それがとても良かったです 下巻は動きがあり興味深く読めました 自分の感性が衰えたせいか、読み始めたタイミングが悪かったのか、ダンスダンスダンスや国境の南、太陽の西(特に好きな2作品)を読んだ時ほど深く入り込めませんでした それでもやはり、素敵な世界でした 今後読み返したくなる作品だと思います
10投稿日: 2025.06.02
powered by ブクログ40年越しの構想! 70歳超えて、完成、 とてもすごいと思った。 歳を重ねて、 やっと書く準備ができた というのは、 どういうことか、 なんとなくわかる。 歳を重ねて、人は相当変わるし 一方で変わらないところもある。 変わらない構想を 変わった自分が仕上げる。 うまく言えないが すごいなと思う 人生をかけて作られたという 言い方は、作者には不愉快かもしれないが、 そんな作品を読んだという充実感を感じた。
7投稿日: 2025.06.02
powered by ブクログ読みやすかったが、村上春樹が本当に言いたかったことはなんなのかを、他の方のレビューを見て、さらに解釈を深めたい。また数年後に読んだら、味わいが変わるだろうか?読書の愉しみは、そういうところでもある。
8投稿日: 2025.06.02
powered by ブクログ壁の街、影、少女、イエローサブマリンの少年などをどう解釈すれば良いのか。 いや、解釈など必要なくただ心で感じる事がこの小説なのかも知れない。
1投稿日: 2025.05.26
powered by ブクログ20数年前に、世界の終わりとハードボイルドワンダーランドを夢中になって読んだのを思い出した。 自分の中では、世界の終わり…と同じくらいお気に入り。何度も読み返そうと思う。
2投稿日: 2025.05.24
powered by ブクログこの世に実態などというものがあるのでしょうか?なにもかもが、うたかたの夢のように思えます。日々の生活、暮らしにも実感が持てません。ただわかっているのは、日が暮れれば遊園地の門は閉ざされてしまうということ。 現実とは目に見える世界ではなく、胸の奥底に眠る、もうひとつの世界のことなのかもしれません。 良くできた小説、面白い物語に共通する条件は、いく通りもの解釈ができること、登場人物に感情移入できること、そして読み返すたびに新しい発見があることだと思います。たとえば宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」やドストエフスキーの「罪と罰」などが、自分にとってそれにあたります。もちろん本作にも、それらの要件は備わっていました。 この小説の中にもわからないことがたくさんあります。というか、わからないことだらけです。それらの謎は最後まで謎のまま明らかにされることなく、すべてが読者に委ねられています。 ですから、読み手としてはいろいろと想像を巡らし、様々な解釈を試みることになります。物語を読むことの醍醐味は、そこにあるのではないでしょうか? また本作では、主人公のみならず、その脇を固める登場人物にも感情移入することができました。感情移入できる程度によって、小説世界への没入感が随分変わってきますので、この点は大事なことだと考えます。 現代を生きる人々に相通じる、意識の奥底に潜む不安のようなものを的確にとらえ、それをフィクションに置き換えて、うまく表現しているからこそ、共感を促すことができるのでしょう。 自分もそうですが、おそらく世の多くの人は、なにかが違う。なにかが間違っている―と思いながらも、そのなにかを明らかにしようともせず、ただ流されるように生きているのではないでしょうか?それが意識の奥底に潜む不安のようなものかもしれません。少なくとも自分はそのように解釈し、物語に登場する人たちに共感しました。 作者は1980年にも「街と、その不確かな壁」という中編小説を書いているそうです。これは書籍化されることなく、後に「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」という作品に生まれ変わりました。 村上春樹氏の場合、いくつかこのようなケース、つまり先に発表した短めの作品を、後に長編小説として作り替えるということがあります。 ただ本作は、かつて書いた作品を、一度別の長編小説として書き換え、さらにまたもう一度、数十年の時を経て新たな長編作品に書き直したという、きわめて稀なケースだと思われます。作者はなぜ、この物語にそこまでこだわったのでしょう?そういった意味でも、とても興味深い作品でした。 また、全編を通して死の気配が横たわっているように感じられますが、コロナ下で執筆されたことも、少なからず影響しているのでしょうか? https://note.com/b_arlequin
2投稿日: 2025.05.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
最近ミステリーばかり読んでいたけど、久しぶりに「物語の世界」というものにどっぷり浸かれた読書体験だった。久々の村上春樹ワールド堪能しました。 壁の街は精神世界なのか、あるいは何かの比喩なのか何なのか…は、(春樹さんのお考えはあると思うものの)読者一人ひとりの解釈に委ねられているし、答えも私たち一人ひとりのものでいいと思う。私個人的な解釈は、まだ全然まとまってないので書けない。(^^; ひとつ読後に感じたのは、これも自分の超個人的なことだけど… 私自身、子供の頃の環境に精神的に大きな影響を受けて、それに無意識のうちに囚われて生きてきた。そして、それに気づき始めたのは30代半ばのころで、ようやくその囚われから自由になってきた、(精神的に)違う場所に移動することができてきた、と思えるようになった現在は、はや40代半ば。 そんな自分と「僕」の人生の歩みは、重なる部分がなくもない…と。その見方だと、壁の街で生きる「僕」は、受けた傷や辛さからの逃避の世界で、そこは穏やかで平和だけども、どこにも行けない淀みのようなところ。そこで生き続けることは心地よいし、傷を癒すには絶好だけども、癒えたらまた次に、そこではないどこかへ進んでいくことがらできるし、そうしなきゃいけない。 …まとまらないけど、読了直後のいま、ひとまずそんな風に考えています。もう一度じっくり読み直そうかな… 壁の街から出た「僕」(果たしてそれは影なのか本体なのか?役割は場合に応じて入れ替わってるのかな)の、その後はどうなったんだろう。
1投稿日: 2025.05.22
powered by ブクログごく細部まできめ細やかに世界が作り込まれていて感心する。現代文の問いとして問える、それはつまり議論や解釈を深く追求し得る、あるいは長い年月の数多くの読みに耐え得る箇所が至るところ無数にあり、作品としての完成度が高く、著者が著名になっていることが頷ける。
1投稿日: 2025.05.22
powered by ブクログ壁に囲まれた街 それが「私」の精神世界の描写なのか、比喩なのか、作品をSFとして読むのか 正しい読み方はわからない 壁は勇気で、街は少年時代の夢 と、いう風に思われた 村上氏は世界を本作のように観ているのだろうと感じた
8投稿日: 2025.05.18
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世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドを読み返したくなる。 読後のイメージが明るくポジティブなのが良い。登場人物全員が救われることを祈らずにいられない。
0投稿日: 2025.05.15
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【ネタバレ注意】 1980「文學界」発表の、3作目の中編「街と、その不確かな壁」、単行本に収録されず。 1985「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」へ。 で、2023長編「街とその不確かな壁」へ。 以前ほど刊行に伴う異様な盛り上がりは見えなかったので、むしろよかった。 文庫を待って読んでみた。 以下、ファンは読まれないが吉。 宮崎駿の「君たちはどう生きるか」を見て、セルフオマージュという、なんというか胡乱な言葉で感想を述べるのをよく見た。 確かにその言葉は便利だし、本作でも頭に浮かんだ。 が、むしろ1980年代以降、ずっと書き続けてきた結果、以後の45年の間にそれを読んできた読者が表現する側に回って、村上春樹っぽい作品を作っている、その渦中に私たちはいる。 個人的には、アニメ、漫画、ゲームなどポップカルチャーに影響多大だと思っているし、90年代のエロゲとかまんま春樹やん、というのもあった。 だから、また春樹節ね、とか、もう飽きたよ、という感想自体が、春樹の磁場の中でひねこびたつぶやきを発しているだけ、だと思う。 という前置きで、感想としては、なんという凡庸な小説だと思った。 まず、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」前後の作品で、あんなに気が利いていると思わせてくれた小道具とか、舞台立てとかが、似た筋書きにもかかわらずなんと月並みなものに置き換わってしまったことか。 本作では川沿いの道とか、川の溜まりとかが重要視され、何度も何度も言及される。 「1Q84」の二つの月でも思ったが、見慣れてクソどうでもいい物事に、そこまで執着されても、なんだか。 邪推するに、川とか月とか、人間が触れる自然、エレメンタルなものに、象徴を含ませる視点を向けるようになったのだと思うが、つまらん……。 このつまらなさは、表現にも通じる。 ある時期から春樹は「( )」で補足するような書き方をしている。 これって邪推を重ねるに、読み返したときに文を書き換えるのをサボって、追記しているんじゃないかしらん。 また、「……した、……のように」という、追記型の比喩も多くなった。 これも同じく動作を書いたあとに思いついたのをそのまま書いちゃっているのでは。 しかもその比喩がほぼ100パーセント凡庸で、つまらん。 つまらないといえば、女性の描き方も。 これはコンプラ的に云々とか、今この時代に云々ということを言いたいわけではない。 実際春樹の女性観はキモいし、特定の時代の産物だなと思うものもある。 といっても2025年の今ああだこうだいう人も、80年代に放り込まれたら全然意識高く保てないと思う。 本作で思ったのは、むしろオッサンあるいはジイサンのドリーム押し付けられた女性ばかりで、つまらんなー、と。 敢えて露悪的な連想を書くが、松本人志が後輩アテンド芸人に、「女性セレクト指示書」を送っていたという。 要はオッサンって清楚系とか清潔感を求めるよね。 この好みって、「ノルウェイの森」の女性描写で極まるが、要は「見る用の女」と「抱く用の女」に分ける趣向で、川端康成のころから変わりない、男性の宿痾。 いや、まあ岸田秀が「男と女のポルノグラフィー」と書いたように男女共同作業で作り上げてきた幻想に、書き手も読み手も加担しているだけなのだろうけれども。 女子高生徒とか、図書館司書とか、コーヒーショップ店員とか、……むしろ我々の性癖って(新海誠とかを経由して)春樹に植え付けられたのかも。 つまらなさについて思うところをもうひとつふたつ。 まず、「騎士団長殺し」で安直に東北を描いたことに、うげっと感じたが、本作でも福島に言及。 しかもコロナ禍下で書いたらしく「魂の疫病」とか、しかつめらしく言及されるが、……要は流行便乗オッサンムーブ。 次に、「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」は名著だと思う。 が、春樹がつまらくなってきたのもこの前後。 もともと勉強家だった春樹が、海外文学の影響下でもがいていた80年代に比べ、ロジカルに作品を構築するようになった90年代の、深層心理学への接近って、本当によかったのか。長期的に。 「ねじまき鳥クロニクル」あたりでは奏功していたが、「海辺のカフカ」では明らかにお勉強のせいでつまらなくなったし、以後どれもそう。 究極は生と死と言い換えられる物事を書くために、こちらとあちら、此岸と彼岸、と構図化するようになった。 本作でもまた。 で、作者が考察や読み解きを期待する作品を出して、受け手が期待に従って考察をネット上に上げて、……本当にそれって読書が生まれる場なのか? 春樹影響下オジが思わせぶりな感想を垂れ流しているが、それって誰にとって意味があるのか? 結局ハルキストおっさんって、ハルキストガールを喰うためにバーでハルキについて語っているだけなんじゃないか? と、非モテオッサンの怨嗟を垂れ流してしまった。 これはオタクの決算でもあって、庵野秀明「新世紀エヴァンゲリオン」とか、浦沢直樹「20世紀少年」のような、謎まぶして回収せず魅力まき散らすタイプの作品と、きちんと回収することでブームを自ら抑えようとする、諫山創「進撃の巨人」とか、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」があって、2010年前後に切れ目があると感じている。 で、宮崎駿「君たちはどう生きるか」も本作も、前者だから、古臭さというか違和感を拭えないのだ。 以下、本作でいいなと思ったところを。 ・「君」ってもしかしたらアセクシャル、あるいはアロマンティックなのでは。 たとえば「1Q84」でディスクレシアを、1984年当時になかった概念にもかかわらず、強引に導入した。 また今風にいえば発達障害とかサイコパス的な描写は枚挙に暇がない。 で、本作でもまたサヴァン症候群の少年が登場する。 春樹と病の表象は、通史的に見たい。 ・イエロー・サブマリンの少年が、耳を噛むところ。(「騎士団長殺し」の「痛み」を連想。) ・イエロー・サブマリンの少年が、木彫りの人形になっているところ。 ポッドキャストで有用だと感じたのはふたつ。 ・小川哲「Street Fiction by SATOSHI OGAWA」 ・「越読る-本を読むこと、そして考えたこと」
9投稿日: 2025.05.14
powered by ブクログ久々の村上ワールド。大人視点だと「女性夕食に誘うなら行く場所くらい決めとかんかい」などツッコミたくなるとこ沢山あるけど、それも含めて懐かしい雰囲気、大いに楽しみました。 このシンとした感じが青春の名残というか...やっぱ村上春樹。 旧作も再読したくなりました。
16投稿日: 2025.05.13
powered by ブクログすらすら読めてしまった 自分が自分の分身であるような感覚、自分の「本体」がどこか別の場所で生きている感覚を村上春樹は抱えてきたのだろうか
0投稿日: 2025.05.12
powered by ブクログとりあえず読み返すのはよそう。上巻はすでに本棚にしまわれている。いま思い出せる範囲で書いていこう。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を予習のつもりで読んだのが悪かったかもしれない。あいだに単行本3冊と新書を4冊読んではいるが、それでも世界の終りのイメージは強く残っている。混ざってしまっていることがあるかもしれない。何かの勘違いがあるかもしれない。が、それも含めての読後感として書き留めておこう。まずは、取次ぎに勤めていた私が穴の底に現れたとき、上にいたのは門衛だったのか。その話はどことどうつながっているのか。壁から出たところだったのか。それとも入るところだったのか。きみはいったいどこに消えてしまったのか。街の図書館にいた少女がきみなのか。だとするときみはぼくの存在に気付いていたのか。最終盤、私は壁をすり抜け街の中に入って年齢をさかのぼっていった。そこにいる少年は私なのかぼくなのか。パーカを着た少年は街の中では上手にコミュニケーションがとれている。彼にとってはそこが生きていく場なのか。街から夢読みという役割を与えられてそこで生き続けていくのか。弁護士と医学生の兄がいる世界に、少年の居場所はないのか。ぼくとその影がともに壁の中に入っていたあいだは、こちらの世界でのぼくはやはり神隠しにあっていたのか。そしてその後、影が僕の身代わりとして外に出ていたのか。いや、でも、ぼくと影はいつのまにか一緒になっていたのではないのか。ぼくが壁の中に留まろうとしたにもかかわらず、気がつくと一緒になっていたのでは。子易さんの存在はたいへん大きい。村上春樹40数年の中でも、かなり大きな存在であるように思う。ベレー帽をかぶって、巻きスカートをはいたおじいさん。忘れられない存在である。5歳で亡くなった森、後を追って死んだ観理、存在しなかった林、それぞれの名前も印象的だ。しかし、イエローサブマリンのパーカを着た少年には名前がない。コーヒーショップの女性にも名前がない。名前はないが非常に現実的な存在だ。添田さんも現実的な役割を果たしてはいるが、それでも常に向こうの世界にいるような印象がある。唯一、コーヒーショップの女性だけが現実の世界に生きている。性的な悩みを抱え、身体をかたく締め付けている。最終的に、私はこの女性との関係に戻れるのだろうか。さて、前半、音楽や料理の蘊蓄はあっただろうか。それをなかなか見つけることができなくて少しさみしく感じていたが、後半、コーヒーショップに通うようになってからは次々と登場する。いつもの調子に戻るわけだ。多くのジャズが紹介されているが、そこまでは手が回らない。ロシア5人組はちょっと意識して聴いてみようと思う。しかし、これはいつの時代の話なのか。どこかにグーグルの文字があったように思うが、思い出せない2人は調べればすぐに出て来るのに。そして、ガルシア=マルケスは2冊読んだだけでもういいかと思っていたが、やはりまた読んだ方が良さそうだな。ちなみに僕は月曜日の生まれでした。きれいなお顔は持ち合わせていませんが。
2投稿日: 2025.05.12
powered by ブクログよかった。不思議な終わりだった。 「街」と「現実」のどちらが現実かわからなくなる。 というか、私たちは実は複数の現実を生きているのかもしれない。作品中でも何度か繰り返し言われるが。 実はパラレルワールドがあるのかもしれないという考えは、結構気に入った。この現実が全てではないと思うと、なんだか気が軽くなる気がする。 全く知らない外国に一人で行ってポツンと佇んでいる時と同じ気持ち。 名前のない喫茶店の女店主の好きなお酒がボウモア12年、好きな小説がガルシアマルケスの『コレラの時代の愛』だった。こんなに私と一致することある?!?!と、とてもうれかった。
3投稿日: 2025.05.05
powered by ブクログ下巻読了。 ふぅ・・本書を読み終わって、何だかとても長い夢を見ていたような・・そんな心地よいまどろみと余韻に包まれております。 この巻は、第二部後半から始まります。 ここで登場するのが、“イエロー・サブマリンの少年”。 少年は言います。 「その街に行かなくてはならない」 「〈古い夢〉を読む。ぼくにはそれができる」 彼は〈壁に囲まれた街〉に移り住むことを強く望みます。 そして第三部はその〈壁に囲まれた街〉が舞台となって・・。 ―― 何が現実であり、何が現実でないのか?いや、そもそも現実と非現実を隔てる壁のようなものは、この世界に実際に存在しているのだろうか? ―― この、マジック・リアリズム的な(本文中に、ガブリエル・ガルシア=マルケスの文を引用しているのも興味深いです)、幻想と現実が混沌とした、それでいて水の底のような静寂さもある世界に浸ることは、読書で現実逃避をしている私にとって、とても幸せな時間でした。 "解釈"とか"考察"とか、そんなんどうでも良くて、ただただ物語の中に浸りそして感じる・・そう、美しい音楽に耳を傾けるように(ちょっと村上節w)。 まぁ早い話、村上ワールドを存分に堪能できて、満足でした。 と、いうことでございます~。 巻末のあとがきも、村上さんのこの作品への思いが綴られていて良かったですね。 きっとこれからも度々読み返すことになる作品なんだろうな~・・と、思った次第です。 (美味しいコーヒーor紅茶とブルーベリー・マフィンをお供に♪) 因みに、私も"水曜日生まれ"なんですよね~・・いいんだか悪いんだか(;´∀`)
38投稿日: 2025.04.30
