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文学は予言する(新潮選書)
文学は予言する(新潮選書)
鴻巣友季子/新潮社
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総合評価

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    「ディストピア」「ウーマンフッド」「他者」の3つを主題にして文学を考えた本。 また読みたい小説が増えてしまった。 以下備忘録。 【ディストピア】 ディストピアとユートピアは両端にあるものではない。隣り合わせで紙一重のところに位置する。 上部の階層(コントロールする側)にとってはユートピアでも、下部の階層にとってはそうではない。 ディストピアの特徴。徹底した管理監視社会、全体主義社会。寡頭独裁政治。統制が厳しいため表向きは秩序だった平穏な生活。 この本のディストピア三原則の定義。1国民の婚姻、生殖、子育てへの介入。2知と言語(リテラシー)の抑制。3文化、芸術、学術への弾圧。 『侍女の物語』が書かれた1985年ごろ、アメリカが右傾化、全体主義化、独裁政権化の方向に進むなどと信じられていなかった。 美容整形や臓器移植、身体拡張、生殖補助医療、遺伝子操作、クローン、AIなども、かつてのようなファンタジーではなくなった。 管理社会や全体主義とは正反対の、自由で平等で各自の力に合わせて幸福を追求できる民主主義社会を目指すと、メリトクラシー(能力成果主義)の暗黒面にぶつかる。 白人中心主義の文学史を見直し。 戦略的ペア・リーディング。ふたつの小説を読み合わせて考えさせる教授法。 【ウーマンフッド】 女性は昔から声を奪われてきた。創造的・知的リソースを搾取されてきた。ミューズたちはアイデアの提供者であり、共作者であり、代弁者だったが、存在を消されてきた。 「ファム・ファタール(運命の女)」と「吸血鬼」というキーワード。 運命の女。男を惑わす魔性の存在として男性の都合で作られた。文芸作品だけでなく絵画のモチーフとしても。 男の欲望は抑制がきかない。それを誘発しないよう女性は気をつけるべきだ。一瞬にして聖性は魔性に、聖女は魔女にされる。 吸血鬼。同業者など近接した領域で仕事をする夫婦の場合、女性はアイデアを盗用され、「助手」として働かされ、育児に追われる。名前はクレジットされない。創造的・知的活動における精神的吸血。 かつて欧米の少女文学は、男性から女性への教育や訓戒を目的とした読み物が多かった。 うまく立ちまわらないと悲惨な目にあう。「おろかで賢く、か弱くて強い(賢いのにおろかしくなり、ときに頑なすぎて脆い)」という女性像が描かれた。 19世紀後半以降は女性への啓蒙という側面が薄れ、女性作家が活躍するようになる。家族小説や少女の成長物語も生まれる。道徳や節度から解放されていく。 【他者】 多様性と他者性。 アマンダ・ゴーマン(若い・黒人・女性)の詩の翻訳者について。「代弁者の資格」とは。 詩を文字で書くだけでなく声によって演じるスポークンワードというパフォーマンス。 コロナ禍以降、米国では詩のアンソロジーが流行った。 近年の米英の出版界では、詩小説ヴァースノヴェルと呼ばれる表現スタイルが増えた。詩のような形で書かれた小説。『エレベーター』など。 文学賞の国際化。英連邦以外への英語文学や他言語に拡大。 世界共通の教養必読書はない。かつての名作群には不変性や一貫性が期待されていて、文学後進国は「正しい読み方」を目指そうとした。 世界文学の特徴はむしろ可変性にあるとする考え。翻訳という「ダメージ」と引き換えに新土壌でより多くを得られる。翻訳されて貧しくなる文学はローカルな文学に留まる。 翻訳を原作から独立した創作物としてみる原典消失という考え。 何が訳され何が訳されないのか。同じ英語圏における格差も。「正当」な英語話者による旧植民地などへの支配。英語一強主義へ抵抗。 生まれつき翻訳ボーン・トランスレイテッド。一つはあらかじめ翻訳されることを見越して書かれたもの。もう一つは書かれて流通する過程あるいは成立基盤に、既に翻訳が組み込まれているもの。広義の自己翻訳。 4つの自己翻訳。1他言語で書かれたふりをするもの。2他言語からの翻訳のふりをするもの。3英文学が他言語や他文化的伝統に負っていることを考察するもの。4翻訳者自身を作者・協力者とみなすもの。 プリトランスレーション、あらかじめ翻訳されやすいように書くこと。批判も多い。 カズオ・イシグロはイングランドでしか通じない単語や言いまわしを避けて書く。 同化翻訳と異化翻訳。同化翻訳=あらかじめその言語で書かれたように読みやすく訳す。帝国主義的な支配関係。異化翻訳=原文の特性を生かして訳すが読みづらい。他文化への尊重がある。 翻訳者の不可視化。アメリカでは表紙に翻訳者名の不記載が多い。翻訳本であることを隠す。村上春樹を英語作家だと勘違いしている英語圏読者も。 翻訳で読むのは原文で読むのに劣るのか。 詩が他言語に翻訳できないという原文原理主義の傲慢。伊藤比呂美「自分の言語にふんぞり返っている」。大江健三郎、外国語詩と邦訳を並べ「ズレの空間に入り込む」。 多和田葉子。ディストピア文学の関節をあちこちで脱臼させ、笑いの爆竹を投げ込む。権威主義や全体主義に正面対決をしない。A語とB語の間の詩的な峡谷を見つけて落ちていきたい。 翻訳で重要な役割を果たすモンガマエ。閃、間、開、門、聞、閾。 本選びの基準。1自分から遠いものを選ぶ。他者や未知との出会いとして。2自分と近いものを選ぶ。親近感がわくもの。共感できるもの。自分の物語と感じられるもの。ネットは後者の価値観を強化する。 村田沙耶香「速度の速い正しさは怖い」。

    2
    投稿日: 2024.11.21
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    「ディストピア」「ウーマンフッド」「他者」。 著者がこれまで執筆した書評や時評から浮かび上がってきた三つの大きな主題。それを章タイトルとして意識しながら、大幅に加筆修正をほどこして新たに編まれたのが本書。紹介される作家や作品はカズオ・イシグロや小川洋子、川上美央子など元々大好きで既読のものも多くあるが、多和田葉子、奥泉光など評判は聞いていても未読だったもの、古典文学、「100分で名著のフェミニズム特集」で初めて知った『侍女の物語』など‥次から次へこれは読まねば!と思わされるものばかり。読書案内としても手元に置いておきたい。

    7
    投稿日: 2024.04.24
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    このレビューはネタバレを含みます。

    いや〜おもしろかった! 課題図書として『侍女の物語』を読んでおいて正解だった。 そもそも第一章の「ディストピア」が読みたくて買った本だったのだが、「翻訳」について書かれた部分が本当に勉強になった。蒙を啓かれるとはこのことかと。今まではなんとなく翻訳で読むというのは原文で読む体験に少しは劣るんだろうなとボンヤリ思っていたんだけど、全然そんなことはなく、それどころか翻訳によって新たな価値を得る作品があったり、翻訳は原作から独立した創作物と見る考え方もあったりして、全く翻訳というものをわかっていなかったのだなと感じた。 また、昨今の

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    投稿日: 2024.03.22
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    ディストピア、シスターフッド、他者の視点からまとめられた文学論。 散発的な印象はあるが、それがアクチュアルという意味でもあるのだ。 文学、大事だな。 この本のおかげで読みたい本がまた増えた。

    2
    投稿日: 2023.08.17
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    我々が小説にのめり込むとき、少なからずその物語を「自分ごと」として体験しながら読んでいることがある。これは自分のことかもしれない、この国のことかもしれない…。確かに多和田さんの『献灯使』『地球にちりばめられて』も小川洋子さんの『密やかな結晶』も川上弘美さんの『大きな鳥にさらわれないよう』も、知らない場所なはずなのに、どこか知っているような気がしながら読んだ。少しゾッとしながら。そうか、これが「ディストピア」小説か。この警鐘にもっと敏感にならねばならんな。SFとの違いもなるほど、わかった。他にも「ウーマンフッド」「他者」のテーマで、本当にたっくさんの文学が紹介されている。リストが欲しい!と思ったら巻末にあった。 また「他者」のところでは、読書を他者や未知との出会いの場とし、作者や主人公が自分と〝近い〟から信頼できる、共感した、だから作品を評価するという均質な感動が溢れているから、学生などには、自分からちょっと遠いなあ、と感じるものを読むことを勧めている、とのこと。納得。

    1
    投稿日: 2023.06.05
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「わたしは古典文学にしろ現代小説にしろ、ただちに実益にならないものを人間が読むのは、「宙づりの時間」を楽しむためだと思っている。」という文に救われながら、「近年、わたしは「外国文学のお勧め」を学生などに尋ねられると、「自分からちょっと遠いなあと感じるものを選ぶといいですよ」と答えることがある。読書を他社や未知との出会いの場ではなく、自らの知識や体験の追認として行う人が、昨今増えているように思うからだ。」という文で反省をしました。この本は私にとって「ちょっと遠い」本でした。読了はしたし、わかったつもりになっているけど、たぶん全然ちゃんと自分の身にはなっていない。できていない。中に出てくる本を読んで、またそこの部分を読み直して、を繰り返したい本。勧めていただいて、触れることができたことに、感謝です。

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    投稿日: 2023.04.27
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    『#文学は予言する』 ほぼ日書評 Day646 おそらくは最も有名な"ディストピア小説"である、G.オーウェル著『1984』、第1章では、そうした作品を数え切れぬほど例を上げつつ、現代の世相を斬る。著者が巻末で自ら述べている通り、本職は翻訳者の方だが、文学作品への造詣が驚くべきものである。 第3章では、万葉集から、現代作品までを、一気に机上に広げ、それぞれにおける新たな文学テクニックの進化を見事にまとめ上げる。 とても本書で紹介される作品を全て網羅することはできないが、特に面白そうなものは、早速図書館で予約してみた。 最後に、ディストピアものでは、身分階級や差別構造のような主題を扱うものが多いのは事実だが、そうしたことを記述する際に、"「女性は、話が長くなるから、発言する時間を制限すべきだ」と言い放つ、オリンピック組織委員会会長がいた"といった事実に反する記述や(ニュアンスの取り方はともかく、この発言は全文を読んだことがあるが、著者の指摘するような箇所は全くない)、菅政権での学術会議メンバー任命に関する言及等は、やめておけば良かったのにと思うところだ。 https://amzn.to/3llTMhL

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    投稿日: 2023.03.19
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    朝日新聞その他でチラチラ読んでいた文章を、まとめて読めて有難い。自分が読んできた作品も、作品の位置が明らかにされ、このようにテーマごとに深めてもらったことで、共感や興味も広がったような気がする。 未訳の、読みたい作品もたくさん。面白かった。

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    投稿日: 2023.02.02
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    古今の名著と当時の社会を照らし合わせながら読み解き、その作品がのちに現実のものになった事例も指し示す。 作家の想像力は、世界の行く末をも見通す。 それはひとえに作品を生み出す過程で蓄積された広く深い知識見識の賜物なのだろう。 またそれらを踏まえ、「物語」として後世に語り継がれるものを編み出す類まれな力も要るのは言をまたない。 読みたい本もたくさん増えた。

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    投稿日: 2023.01.29