
総合評価
(853件)| 220 | ||
| 270 | ||
| 201 | ||
| 35 | ||
| 10 |
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
非常に読みづらかった。言葉が古風だからなのか、描写が多いからなのかはわからない。 どう行きたい、どうしたい、など自分の芯のようなものがなく流れるがままに生きているからこうなるのかなと思ってしまった。が、一歩間違えれば自分もこのような漂うような人生だったかもしれない。芯がある人には芯がない人の思考を理解することができないのかも…?
0投稿日: 2026.01.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ムルソーと自分には似ているところがあるような、ないような… 読み終えたあとも、ムルソーはどんな人間なのか?とページをめくりながらぐるぐる考える。 ママンの埋葬のときの看護婦の言葉を聞き、「逃げ道はないのだ。」と思い、その言葉を獄中でも思い出す。これがムルソーの人生の捉え方なのかな、だから、自分の周辺で起きたらことや自分が起こしてしまったことを淡々と受け入れていて、無関心や無感動な人間に思えるんだろうか。 カミュを読むのが初めてというのもあってか、とても難しかった… 他の作品も読んでみたい。
0投稿日: 2026.01.15
powered by ブクログ『異邦人』は、正直なところとても読みにくい作品だった。 文章は終始淡々としており、ムルソーの内面が語られることはほとんどない。だが、その抑揚のなさこそが、彼自身のアイデンティティなのだと感じた。彼の性格上、感情に大きな起伏はなく、仮に何かを感じていたとしても、それは文章の上では事実として平坦に述べられるだけだ。そのため感情移入はしづらく、読者として距離を感じ続けることになる。 しかし読み進めるうちに、外から見た自分自身もまた、ムルソーと似た存在なのではないかと思い始めた。人と同じことをせず、他人との距離を保ち、感情を積極的に表に出さない。淡々としているように見えるその在り方は、ムルソーと重なる部分がある。彼の生き方は、理解されにくいが、決して空虚なのではない。 特に強く引っかかったのは、ムルソーが受けた裁きの顛末である。本質を大切にする自分にとって、それは到底妥当だとは思えなかった。人が人を裁く以上、そこには必ず主観や価値観が入り込み、本当の意味で罪を測ることなどできないはずだ。ましてや、神への信仰心や感情の示し方によって罪の重さが左右されることには、強い違和感を覚えた。 『異邦人』は読みやすい小説ではないし、明確な救いも提示しない。だがその分、世界や社会の価値観、そして自分自身の立ち位置を静かに問い返してくる作品だった。読み終えた今も、整理しきれない感情が残っているが、その居心地の悪さこそが、この小説を読んだ証なのだと思う。
1投稿日: 2026.01.12
powered by ブクログ今の自分には難しすぎた。 ムルソーは自分に正直で嘘をつけない性格だったからこんな結末になったのかな。
0投稿日: 2026.01.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
1. 象徴的なキーワード:「理由のなさ」と「界隈」 • 「理由がない」ことの衝撃: 世の中や裁判所は「原因と結果」のロジックを求めるが、ムルソーの行動にはそれがない。殺人の動機さえ「太陽のせい」という身体的感覚のみ。この「理由のなさ」こそが、世界の不条理そのものを象徴している。 • 「界隈」というノリへの違和感: 養老院、裁判所、あるいは友人たちのコミュニティ。それぞれの「界隈」が持つ独自のルールや正解に馴染めないムルソーの浮遊感は、現代社会における孤独やシステムへの違和感と重なる。 2. 死生観:希望を捨てた先にある確信 • 司祭との対峙: 「希望を持たず、完全に死ぬと考えて生きているのか」という問いに対し、震えることなく「そうです」と答えるムルソー。不確かな「救い」という仮説を排除し、死という「絶対的な確定値」だけを直視する潔さが、理系的な誠実さとして響く。 • 極限状態の等価性: 死というリミット(極限)の前では、どのような生き方(変数)を選んでも、最終的な解は同じであるというニヒリズムに近い境地。 3. 言葉への誠実さ:愛と意味の剥離 • マリイへの回答: 「愛しているか」という問いに「たぶん愛していない」「それは何の意味もないことだ」と答える。言葉を感情の装飾として使わず、事実を記述する「記号」としてのみ扱う。 • 意味の拒絶: 世間が「愛」や「悲しみ」というラベルを貼って安心しようとする中で、ムルソーだけはラベルのない「生のデータ(感覚)」をそのまま生きようとした。 4. 脇役たちが照らす「人間らしさ」 • サラマノ老人と犬: 罵り合いながらも犬を失って泣き崩れる老人の姿は、執着の中に生きる一般的な人間像を象徴している。母の死に泣かなかったムルソーとの対比によって、「人間らしさの定義」が揺さぶられる。 5. 結論:最後の叫びと世界の受容 • 最後の爆発: 物語終盤の激しい叫びは、自分の「無意味な人生」を他者に否定させないための尊厳の表明。 • 優しい無関心: すべてを吐き出した後に訪れる、世界との和解。世界が自分に無関心である(意味を押し付けてこない)からこそ、自分は自由であり、幸福であるという逆説的な結末。
0投稿日: 2026.01.06
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読後感はあるが、釈然としない。表現は好きだが、何が言いたかったのかうまく掴めなかった。しかし文章からとんでもないパワーを感じた。 主人公が母を養老院に入れ、年齢を知らず、死に際し涙を流さなかったがために、不本意な殺人事件で死刑になってしまう裁判の不公平性と死刑の確実性を痛烈に批判していることは分かったが、なぜ殺害理由を太陽のせいにし、多くの人に憎悪を持って見送られたいと思ったのかその本意を掴み取ることができなかった。もう一回ゆっくり読みましょう 1日経って2回目読んだ。 やはり終盤のムルソーの言葉のパワーは凄まじい。検事の身勝手な推測で理不尽に死刑にされ、人の生に対して何かを悟り、一貫して自分のことを達観して主体性を持っていなかった主人公が感情を爆発させる。しかし、太陽は何のメタファーだったのだろう、なぜ何人もママンのことを泣く権利はないのだろう、なぜ、残された望みは処刑の日に大勢の見物人が集まり、憎悪の叫びをあげて欲しいのだろう。 なんとなくは分かるが、はっきりとは掴めない。うーんもどかしい。解説読みます。 解説なるほどすぎる。内田樹先生が古典は曖昧なところが多いと「先生はえらい」にて語っていたが、カミュもその定義でいくと間違いなく古典。研究者の解説を読んでもまだ突っ込めそうなところがある。面白い。
0投稿日: 2026.01.04
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ムルソーにかなり深く共感できた。全てを読み取れた気はしないので私の一方的な考えだが、自分の人生が感情に深く入ってこない感覚。 例えばムルソーは母の葬式で母の顔を見ようともしなかったが、死なない方が良かったと述べている。 周りのあれこれはこの小説の本質ではないと思う。ムルソー自身も彼の人生に対し執着していなかったし、むしろ彼にとって人生はただそこにあるものでしかなかったから。 しかし最後にムルソーが自分が正しいと確信し、弁護士や牧師に対し考えを誤魔化さなかった姿勢から、彼の自分自身への忠実さを感じた。
1投稿日: 2026.01.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
主人公は倫理的に欠落しているところがあり、それが結果的に彼を無実の罪で処刑台に送ることになる。彼は人と違うところを持つことで(異邦人であることで)この世界に居場所がなくなったことを最後に受け入れ、救いを拒否する。何ならそれが彼にとっての救いであると言わんばかりの最後。テーマは不条理であるとのことだが、同じくカミュのペストがそれに抗い、最後は克服しながらも常に不条理はそばにあるという終わり方をしたのと比べると対照的な終わり方。異質なものを排除しようとする社会と、不条理を受け入れることによる救いを描いた作品と解釈。
1投稿日: 2026.01.01
powered by ブクログ※評価はつけておりません 気持ちわる〜い小説でした。今まだ味わったことのない気持ち悪さです。ただこれを理解できるように書く作者が本当にすごいと思いました。 主人公の考えはなんとなく理解はできるのだけど、決して自分ではそう考えない、が最後まで続きます。共感ができなければ同情もできませんよね…。 彼の周りの人たちの描写の薄さも気持ち悪いです。自分たちの立場を省みず、命を助けてくれようとしてくれている人たちに対して抱く感情としては薄すぎて驚くくらいです。 しかも後になって彼はそういう存在についてどうでもいいと表し、なんなら一人についてしか思いだしていないような印象です。そこまで主人公にとっては己の考え、思考、感じ方が重要であり、それ以外に興味を惹かれない、いうところも非常に気持ちが悪いです。 人間は一人では生きていけないはずで、主人公もその世界に生きているはずなのに、いざ彼の頭の中には自分しかいないのです。これでも社会人としては真面目な印象を与えるのです。 気持ち悪くて怖い小説でした。
0投稿日: 2026.01.01
powered by ブクログ『今日、ママンが死んだ』『太陽が眩しかったから』などのフレーズが有名な作品。不条理文学の一つとして、人々に理解されない主人公の内面も含めて魅力的。しかし、難解かつ人によっては釈然としない内容である。 解説・再読が必要かもしれない。
1投稿日: 2025.12.16
powered by ブクログ読み出してすぐに不安定さを感じる。それは別に冒頭でママンが亡くなったことから話が始まるからではなく、その周辺を淡々と描写していくムルソーの一人称がそう思わせたんだと思う。判決まではどこか他人事のような一人称だけれど、判決後はある種の興奮状態のように思考が鋭くなっていく。判決がでるまで、愛するママンが亡くなったことを受け入れられず、ずっと彷徨っていたのかもしれない。 ムルソーの人間性は、証人尋問が終わったあとに彼が捉えた街の様子にあるんじゃないかなと思って思わず涙が出てしまった。 ママンのこともマリイのことも絶対大好きだったよね。言葉で表現されなくても伝わってきたよ。愛する表現が一般的な人と違うだけなんじゃないか。それをも込みの『異邦人』なのかな。 また読みたい。
0投稿日: 2025.12.11
powered by ブクログ人間誰しもが主人公のような所があるんじゃ無いかな。 倫理、ルール、道徳、宗教、空気感で役割を無意識に演じてるけどピュアな人間って主人公みたいな思考をするのでは無いかな。そのせいで見えてるものが見えなくなってる気がする。 彼女に愛してるかって聞かれて愛してないと思うと答えるシーンがすごく印象的だった。自分の感情に嘘偽りが無いんだなぁと。自分だったら反射で愛してるって答えちゃうなぁ笑
0投稿日: 2025.12.06
powered by ブクログあまりにも淡々と物語が進んでいくなかで、主人公のどこか人間離れした淡白さに不安を煽られる で、いきなり「あああぁ!やっちゃったぁー!」となる(語彙…) この主人公が異邦人なら、令和のSNSに蔓延る魑魅魍魎どもはもはや異星人なのでは…などと思っ(文字数
0投稿日: 2025.12.06
powered by ブクログ素晴らしかった。 最初の方は何も事件も起こらずつまらなかったけれど。 母親の葬儀で涙を流さない人間は、すべてこの社会で死刑を宣告される恐れがある、という意味は、お芝居をしないと、彼が暮らす社会では、異邦人として扱われるほかはないということである。 解説より。 主人公は、こんな世界でも嘘をつかずに生きた。 その結果、死刑判決を下された。 私はどう生きたらいいんだろうと考えさせられた。 嘘をうまくつく人たちが普通の人で、嘘をつかないASD の人が宇宙人と呼ばれるのにも似ているなとか思った。
1投稿日: 2025.12.05
powered by ブクログめっちゃすきだった。うむむ。こーゆーことってあるよね すべての行動に意味があるわけじゃないんだよね 言う必要ないことは言わない、これは人らしくないけど人らしいんだよな
1投稿日: 2025.12.02
powered by ブクログ久々にこういう名著読んだ 初カミュ。1942年の本。難しかった 個人的には、独特な思考回路を持つ人間の一生の物語だと感じた。世間からみたら異質だけど彼本人からしたら極めて当たり前。そんな人間も、結局は普通の人間と同じように生きて死ぬ。『人間が生まれながらにして無意味で無償はゴールではなく、出発点なのだ』 こういうタイプの本だと別はカフカの変身のみ履修してるんだけど、 カフカにとって宇宙はしるしに満ちているが、カミュの見方は地上的である。 という解説の一文がとても分かりやすかった ペストも読んでみたいと思う!
9投稿日: 2025.12.01
powered by ブクログ結構よかった 太陽が常に眩しいような日常が穏やかでいい。 死を前にして「ありとある親しい物音を味わう」 自分目に見えるものをもっと大事にしたい 23歳で「世界をのぞむ家」に住む
1投稿日: 2025.11.24
powered by ブクログ主人公ムルソーは自分の母親の死についても無関心 母親の年齢すら知らず、ガールフレンドとの結婚についても「どうでもいい」と言う 友人から言われるがままに行動したり、全く主体性がない。 彼はこの世界からの異邦人であり、虚無的でその自覚すらない。 ある日浜辺でアラビア人を撃ち殺し、裁判にかけられる その法廷を持って初めて世界からの疎外感が芽生えるのである。 そして下された判決は死刑 なんとも皮肉だが「死の到来」をもって初めて「生」を実感し、 またこの世界との繋がりを感じ始めたのである。 前半部は淡々と綴られる情景描写が多いが、非常にシネマティックなシーンがある。 ガールフレンドに取り残され、朝を迎えたシーン「ベッドに彼女の髪の毛が残した塩の香りを求めた」 がとても美しい。
1投稿日: 2025.11.20
powered by ブクログ難しかったです。何が描かれているのかはわかりましたが、なぜ、そうなるのかわからないところが多々ありました。 なぜ、主人公が殺人を犯したのか、主人公が母親が亡くなった時に涙を見せなかったことが非道と捉えられるのか、時代背景や国の違いもあるのかもしれませんが、自然に受け止めることができません。
0投稿日: 2025.11.15
powered by ブクログ感情が読めない男の、感情にフォーカスしない物語。 不条理に抗うでもなく、解釈し、受け入れていく姿はカミュ自身を表現しているのだろうか。 ところでタイトルは「異邦人」だが、これはどう言う意味だろう
0投稿日: 2025.11.13
powered by ブクログ不条理=世間が道理としている論理が通らない と言う意味で使われるので、ここでは 世の中の道理としている人間らしさがムルソーに通じない、という意味に見える。 が、そこではなくてこの本の不条理とはちょっと違う意味で、 世の中の当たり前とか道理とされてるものが、そもそもそんなに意味を求めても仕方ない=不条理 と言うふうに捉えた方がいいと思った。 そう解釈すると、ムルソーに問われる なんで悲しまない?なんで殺した?そんなような問いに人間らしい答えが出てこないのは そもそも別におかしいことじゃない 意味を求めること自体が無意味 というメッセージに捉えられるのかな と思った。 まぁただあんな男を生かしておいたら人間社会がある意味壊れると言うふうにも捉えられるからそこは別問題なのかもしれないけど。
8投稿日: 2025.11.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
裏表紙に書いてあるあらすじでネタバレを喰らった。 しかし、あらすじを読んだ時と物語を読み終わった時とでは、主人公の印象がだいぶ変わった。最初にあらすじを読んで良かったと思った。あえてネタバレしているのかもしれない。 あらすじだけ読むと、主人公がすごく冷酷な人間に思えるが、本編を読むと彼が嘘をつかないまっすぐな人間だとわかる。彼の自分に対しても他人に対しても嘘をつかないところを少し見習いたい。
5投稿日: 2025.11.07
powered by ブクログふわふわ。現代チックでは無いが表現が評価に値する。現代がノルウェイの森だとするならば、やはり時代を感じる。不条理な世界観は素晴らしいが、主人公の生き様と心情表現に難あり。
1投稿日: 2025.10.15
powered by ブクログ「異邦人」アルベール・カミュ(20251013) ムルソーは感情が薄く論理的で合理的な人間(のように見えやすい) 母親の死でも特に何も感じなかった様子は、私の実家の犬が死んだ時や祖母が死んだときの自分とよく似ていた。 別に死んだからといって何もない。私の人生がそいつの死で何か大きく変わるわけではない。(葬式とかは出ないといけないから1日くらいは影響する)特に感動するような死に方でもない。そんなことを思い出した。 ムルソーには彼女がいて結婚しようかどうかを尋ねられた時に「好きではないが君が結婚したいなら結婚しよう」と言う。 私の場合はおそらく「うーん」等と濁してしまうだろう。 ムルソーのように自分に正直に言えた方がずっと楽だろう。 それは同時に無神経にならなければならない。 ムルソーは果たして無神経だったのだろうか? それともそんな言い回しをすると相手に失礼だ というのは私の認識している世間の一般常識なんだろうか。 ムルソーは圧倒的素直さだけでその常識に楯突いたのだろうか ムルソーは太陽の暑さから逃れるために岩陰に座りナイフを向けていた男を撃つ。 撃った理屈は 岩陰に座っていた男の場所に移動し太陽から逃れたかったからだ。 しかし実際に撃ってしまった意味はムルソー本人にもわからない。 法廷で彼はなぜ撃ったかと問われた際「太陽のせいだ」と言う。 敵が起き上がったから、ナイフを持っていたから など いくらでも理由をあげようと思えばいくらでもあげられる。 でも彼は正直な男だ。彼女に「愛していない」と言い、母の死に対しても形式的な涙や悲壮感は出さないほど正直な男だ。 撃った理由は無限にあり、それら全てを上げるのが面倒くさくなったのではないだろうか? また彼は世界を愛して恐れていた。太陽はこの世界の本質だ。 太陽が生まれてなければ地球自体 存在しえないものだったであろうし そういった意味合いでも「太陽」と言う言葉に全てを集約させた。そんな回答だった。 ムルソーは わからないことを分かった気にしない 周りの正解を自分の正解にしない 自分に嘘をつかない まともな人間 異常な人間 その区別すら己でつけることはない。 この世界では 空気を読んで単純な理由で納得する それがまともで 自分に嘘をつかない人は空気が読めない人となり 異常とされる だが実際には 生きる目的も与えられず勝手に産み落とされただけのこの世界に正解などあるはずがない。 であるくせに人間は何事にも意味を見出そうとし、 なぜだか「死ぬ事」は辛く悲しいこととされている。 だが元々目的もない意味不明な世界だ。 死ぬことが良いか悪いかすら実際は誰にも決められない。 最後の 「サラマノの犬にはその女房と同じ値打ちがあるのだ。機械人形みたいな小柄な女もマソンが結婚したパリ女と等しく、また、私と結婚したかったマリィと等しく罪人なのだ。」 この部分えぐいほど共感したけど共感の方向性が違うかも。 普段からすごくよく思うのは 私の数少ない友人や家族とその辺の道端のホームレス の命の価値は 私にとっては全く一緒だということ。どこでどう死のうが構わん。どこでどう生きようが構わん。私にとっては全くどうでも良いことなのだ。と思う。 ムルソーはそこに需要を見出し、私はそこに空虚を見出している。 「私は初めて世界の優しい無関心に心を開いた」 彼があの男を撃った日も世界と太陽は無関心で彼を焦がしていた。 独房で彼が世界に心を開いたこの日も全く同じくこの世界は誰に対しても無関心で存在していた。 世界はいつだって無関心である。 受け取り手がどう思うかは当の世界本人には知ったこっちゃない。 INTPでスキゾイド気質の私には非常に共感できる内容であった。 カミュの他の作品も読んでみたくなった。 また「異邦人」というタイトルは「違法人」とも掛けられているのではないかと感じた。 調べてみたが特に言及はなく、あくまで私自身の推測に過ぎない。
14投稿日: 2025.10.14
powered by ブクログ4.5/5.0 ひたすらムルソーの内省が描かれている小説なのに、全くムルソーの「心」が見えない。 ハードボイルドで、ある種ロボットのような主人公は、何を思い、人を殺し、その理由を「太陽のせい」だと答えたのか。 ただ、この上手く言えない、自分でもよく分からない感じが凄く人間の本質を突いているように感じた。 そして、翻訳の文体がめちゃくちゃかっこいい。(なるほど、中村文則さんの文章は完全にここがルーツだったのか!)
1投稿日: 2025.10.14
powered by ブクログ一般的な常識とはかけ離れているムルソーであるが、その場その場の感情に対して素直に行動するのは好感がもてる。またその即物的な描写が印象的。「私ははじめて、世界の優しい無関心に、心をひらいた。」
1投稿日: 2025.10.09
powered by ブクログ当たり前を演じることを強要する社会に対する不条理を訴える作品。 ムルソーは多分、自分を生き続けたのだろう。求められる行動や信仰をせず、その様子は周りからすれば異邦人だったのかもしれない。ただ、皆が死刑囚、死を待つ定めの中で、自分を生きることがどれだけ大切でどれだけ難しいか。そんなことを考えさせられる作品であった。ムルソーの思想とカミュの思想は近しいのだろうが、自分には、それらを言語化する能力がないことが悔やまれる。
1投稿日: 2025.10.07
powered by ブクログカミュは1957年当時史上2番目の若さでノーベル文学賞を受賞したフランスの作家。本書『異邦人』はサルトルの『嘔吐』とともにフランス小説史上の傑作である。そんな世界的名著をたまたま家の本棚で見つけたので読んでみた。 第一章は小説のストーリーとして面白くも可笑しくもない...それが第二章になるとがぜん読むスピードが上がる。人殺しをしたのは太陽のせい、斬首刑が言い渡されれ司祭に向かって、いま死のうが100年後に死のうがどこに違いがあるのかなどなど...この辺りがカミュが実在主義と言われた所以なのかな。
10投稿日: 2025.10.05
powered by ブクログ自分の実力不足で半分も魅力を理解できなかったが、犯罪の重さが常識的感覚の有無に左右されるという不条理を描いているのだろうか。 自分を貫くというか取り繕わない姿勢や、普段の主人公の感覚に違和感を覚えるなど、多様な感覚、価値観が得られるように思った。 村田沙耶香さんの本を読んだ時の感覚に似ている。
5投稿日: 2025.09.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ママンが死んだ時ではなく、誰かを殺した時でもなく、処刑される身になって初めて 世界を自分に近いものと感じ、生き返ったとムルソーは言う。 晩年、ママンが養老院で過ごした日々についても心情を理解できたようだ。 同じような身にならなければ、その人に近づけない・・私たちは何かの判断基準で勝手に判断しているだけなのかも。ムルソーの弁護人も司祭も本当の意味でムルソーを理解していないし、できない。 肌のぬくもり 夜と大地と塩の匂い 光の雨 夕暮れ・・・生きている中でその感覚を誰かと分かち合うことができたら、人生に意味がなくても私たちは孤独ではない。 その記憶はどこかでまたプレゼントのように差し出されるといいな。
2投稿日: 2025.09.22
powered by ブクログアルジェリアの太陽と海の描写が美しかったです。 ムルソー氏の思想も、最後の司祭の思想も、あるいは検事や陪審員の思想も、それぞれの実存により形成されたものなので、本来的には、宇宙的に見れば優劣はない。 あくまで、私の価値観から見れば、ムルソー氏には、太陽や海を愛し、友や彼女、隣人を、そしてママンのことも大事していたように思えるし、誠実な面も多いにあった。だから、殺人は犯して欲しくなかったし、犯すべきでなかった。しかし、彼にはそうしてしまうような危うさが常に付き纏っていたように感じた。それは虚無感や気怠さであり、希望の欠如でもあると思う。 作中の最後に彼が見た希望は、出来れば、私的には、別の形での希望として、見出して欲しかった。
3投稿日: 2025.09.21
powered by ブクログ当初、本作で書かれる不条理は、ムルソーの性格を指しているのだと思っていた。ムルソーの日常のシーンでも所々垣間見える異常さ。そこを取って不条理を描いたのだと。 たが、不条理なのは社会の方であった。 当たり前の人間性を当たり前のように強要し、異端を認めず、理解できないものは排除する。 ムルソーの言動が自分たちの尺度では理解できないから死刑にする。不条理は異常な主人公てはなく、それを取り巻く社会を構成する人々だ。そして、読者である私自身もその社会を構成する一員であることに気づかされる。 解説ではカミュ自身の言葉が引用されておりその中で「お芝居をしないと彼が暮らす社会では異邦人と見なされる。ムルソーは嘘を拒否し、演技をしなかった。嘘を付くとは、無いことを言うだけでなく、あること以上のことを言ったり、感じること以上のことを言ったりすることだ。我々は生活を混乱させないために毎日嘘を付く。」ということが書いてあった。 私自身も日々嘘をついているの側の人間だ。ムルソーの言動こそ嘘のない魂の表出であるというのなら、私の言動は嘘ばかりで、感じること以上のことを平気で言ったりしているのではないか、本当の自分とは何なのかを考えさせられる。
9投稿日: 2025.09.20
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
薄い本のわりに読むのに時間がかかってしまった。一文一文が短く区切られていて読みやすい印象を受けた。特にムルソーがアラビア人を殺すシーンでは、短い文と、人を殺すときの、思考が高速回転するようなリズムがマッチしていてよかった。しかし、発言にかぎかっこがあったりなかったり、自分にとって難解な思想が語られていたりと、同じところを読み直すのが多かった。 自分は、ムルソーないしはカミュの思想に関して以下のように考える。彼は、いずれ訪れる「死」の立場から見れば、それまでの人生で何を信じ、どんな行動をするのかは、すべて同じ価値である、という風に考えていると思った。だから能動的に選択することは無意味であり、人生とは、たったひとつの「死」という宿命から立ち上ってくる暗い息吹の道筋をたどることである。 たしかにこの考え方だと、「幸せになるためには正解の選択肢をとらなければならない」という自分と周りからのプレッシャーからの解放を感じることができるし、そういう意味で、「世界の優しい無関心」というフレーズはとてもしっくりきた。
3投稿日: 2025.09.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「きょう、ママンが死んだ」という有名な冒頭から始まる本作。主人公は友人のトラブルに巻き込まれて人を殺し、その動機を「太陽のせい」と答える。母を悼むこともなく、理解不能な態度のせいで死刑判決を受けてしまう。 彼は社会的な「心の証明」や「物語化」に価値を置かず、ただ事実を受け入れる。 母の死を悼まなくても、生前に交わした時間は揺るがない。殺人の動機が太陽であろうと憎しみであろうと、起きた事実に変わりはない。しかし、その答弁が冷徹で心が欠落した人物に映り、話の通じない異邦人のように見えてしまう。 その思想が鮮やかに露わになるのが、ラスト近くの司祭との対峙。 司祭に「心が盲いているから生を諦めている」と憐れまれたムルソーが激しく怒りをあらわにし、逆に死んでいるように生きているのはお前だと、断じてからの怒涛の叫びのシーンが素晴らしかったです。 自分には死しか残されていない。だから生きていられる。いつだって私は正しかったし、誰もが処刑されるのだ。という事を滔々とまくしたてるシーンで初めて、ムルソーという人物を少し理解できたように感じました。 本作は同じ言葉を話しながらも、根底にある価値観がまるで異なる人間同士は、互いに理解不能な「異邦人」たり得ることを描いています。そしてその断絶が、時に社会からの排除や不条理へと繋がっていく。読み手に、普遍的で根源的な問いを突きつける一冊でした。
3投稿日: 2025.09.06
powered by ブクログ深い小説だ。そして人間存在に対する深い救済の小説だ。 そう思った。 アルベール・カミュ『異邦人』を読んだ。よく読後の感想で語られるように、確かに不条理といえばまことに不条理な話である。アラブ人殺しの罪ではなく、ママンが亡くなった時に涙ひとつ見せなかったことを理由に有罪、しかも死刑を宣告される主人公。死刑執行の方法は公衆の面前での斬首刑。被告人の主張はろくに聞き入れられず、国家によって罪を一方的に作られ、彼はただただ執行の日を待っている。 不条理といえば、殺人の動機を「太陽のせいだ」と主人公が主張するのもまた、不条理なのかもしれない。誰かを恨んでいるとか、仕返しをするとか、そうした明確な殺意とは遠く離れた動機だから。しかし最後まで読み切った時、「太陽のせい」としか言い得ないムルソーの心境はいくらか分かったような気がした。朝から夕方まで海辺でギラギラと照りつける、どこに隠れても照りつけてくる、その逃れられない太陽から逃れるために思わず引き金を引いたとすれば。 彼はとにかく逃れたかったのだろう。 ギラギラの太陽から。そう、逃れられない息苦しい社会から。 ママンのいた養老院しかり、理不尽な裁判体しかり、兄弟だと言って馴れ馴れしく言い寄ってきて抱擁まで求めてくる見知らぬ司祭しかり、彼を幾重にも取り巻く社会の襞からムルソーは逃れたかったのだろう。文庫版の末尾の解説に「母親の葬儀で涙を流さない人間は、すべてこの社会で死刑を宣告されるおそれがある、という意味は、お芝居をしないと、彼が暮らす社会では、異邦人として扱われるよりほかはないということである」というカミュ自身の言葉が紹介されているが、都合の悪い真実はあえて見ず、道化のように芝居をしながら表層的に取り繕って動いているバカバカしい社会から、ムルソーは逃れたかったのではなかったかということである(この意味ではムルソーは覚者である。覚者であるがゆえに、彼は虚無的である)。 この作品が描かれたのは1940年という。第二次世界大戦の真っ只中であり、フランスの隣ではドイツのヒトラー、イタリアのムッソリーニが台頭し、混迷極まってゆく息苦しい世界情勢がこの作品の背後にはあるのだろうと思う。 だが、もう少し敷衍して考えてみると、この小説は80年前の歴史物語ではなく、まったく現代性を帯びていることに驚かされる。 忖度。マスコミによる強引な世論形成。本質を見ない雰囲気だけの投票行動。人気選挙。捜査機関による犯罪創作。事実隠し。 今私たちのこの社会には、薄黒く不穏でバカバカしい風が轟々と音を立てて吹いているが、この作品を読むと、この風は少なくともカミュの頃から(あるいはもっと以前から)ずっと吹いていたと知らされる。 さて、冒頭で私は、これは救済の小説だと書いた。 本作品末尾の「すべてが終わって」の部分が、解説が言うようにヨハネ福音書の「わがことすべて終わりぬ」に通じ、磔刑にかけられたイエス・キリストに繋がるのかどうか私にはわからない。しかし、訳のわからない理由で有罪を被せられ死刑宣告をされ、鬱々とした気持ちで執行の日を待つムルソーと同じく、鬱々とした気持ちで読み進めてきた私にとっては、ここへ来て一つの光明を見た気がした。カミュは(ムルソーも)人間という存在を深く信頼していたことを知ったからである。 L’Étranger。異邦人。 それは、マジョリティがマイノリティに対して使う言葉としてではなく、社会の真実を見、真理を見る者という意味で、人間存在に対するカミュの、限りない信頼の表現であった。
2投稿日: 2025.08.27
powered by ブクログ主人公ムルソーは、現実世界に幸せを見出せていない(出来ない)人間のようです。宗教を信じておらず、無関心な感情が浮き彫りになっていますが、亡くなったママンに対する気持ちの複雑さが不条理を引き立てています。 本人はなかなか難しい性格の人物。けど、愛しているから結婚しようと言ってくれる女性もいるのに何故? 登場人物の全員があまり賢くはありません。事の成り行きを深く考えず、行動を起こしています。 それでも、人間らしい感情に魅力を感じるのはフランス文学ならではかもしれません。
1投稿日: 2025.08.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
私を含め多くの人は、自分と違う感覚を持つ人を怖いと認識する。お母さんが死んだら涙を流すものだし、結婚は好きな人とするもの。終盤まで、ムルソーの心情が描かれず、淡々とした描写が続くが、最後の最後に本音を聞くことができて、どこか安心した自分がいた。最後のページ、もっと理解したい
1投稿日: 2025.08.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
良かった。何が悪い、と思う…。私は「そう」あることを許してくれないか…と悲しくなることが多いが、ムルソーは怒り、清々しいほどに最期を迎えようとしているのが良かった。
1投稿日: 2025.07.30
powered by ブクログママンが死んだ 書き出しが天才すぎる、アウトサイダーに出会うたび「おいおい、ママンが死んだのか」って言いそうになる
1投稿日: 2025.07.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
母親の死に反応悪かっただけで、裁判で不利な印象に持ち込まれる空気、小説の中の表現かもしれないけど、ありそうな話だし、心の中の閉塞感が自分もわからなくはないので、憂鬱に感する共感が残った。 難しいこと考えてるうちにもう疲れたぁってなる心象描写がめっちゃわかるなと思った。
1投稿日: 2025.07.24
powered by ブクログ人生で大きく影響を受けた作品。人生は無意味でだからこそ自由なのだ、という達観と希望を交えた視点にムルソーという青年が至るまでの話。ムルソーの見出す世界の美しさを青年期特有の若々しさを持って描く反面、世界の不条理や誰からも理解されない孤独感のコントラストが秀悦です。最初から最後までとても美しい小説
2投稿日: 2025.07.15
powered by ブクログ太陽のせい...なんのこっちゃ、で何十年もほったらかしでした。身内の不幸の後、偶然目につき一気に読了。名作とはこれ。
1投稿日: 2025.07.13
powered by ブクログここ連日暑い日が続いていて、だからなのかこの作品の世界観、主人公彼の世界観がめちゃくちゃリアルに感じて、ひょっとしたら自分がその世界にいたら同じような感じとなるかもなと思ってしまった。 読み始めた当初は、太宰治の人間失格っぽいなーと普段の生活では表さないけれど、頭の中で感じてることまんま文章にしてるのがすごいなあという感想だったのですが、前半中盤ときて、後半、まさかこの作品法廷で争う場面があるとはまったく想定外で、さらに内面に向き合う感。アラフィフ世代のリアルは時代感関係ないのかもしれない。
2投稿日: 2025.07.12
powered by ブクログ不条理をテーマとした純文学作品。 カミュは、不条理を「人間の理性的な要求と、理性的には理解不能な世界の間の乖離」と定義した。 ムルソーの行動に意味を求める人々と相容れぬムルソー、カミュの扱う不条理を深耕するには他の著書や彼の辿った人生を訪ねなくてはならないだろう。
2投稿日: 2025.06.27
powered by ブクログ主人公のムルソーが殺人を犯し、死刑に至るまでを描いた物語。 「太陽のせい」というセリフで有名なアルベールカミュの作品。カミュは以前コロナ禍の間に「ペスト」を読んで地獄を味わったのですが、こちらはどんな話なのか全然知らなかったので挑戦してみた。文庫で150ページほどなのでいけるだろうと思ったけどやっぱり難解で飲み込むのに時間がかかった。 ムルソーは淡々としていて何を考えているのかわからない男だなと思ったけど、よくよく読んでみると、罪の減免のために真実を捻じ曲げた証言をすることを良しとせず、最後まで神を拒み続け、一貫して自分の信念を貫いた人物だとわかった。弁護士や牧師からしたらムルソーは自分たちの常識が通用しない「異邦人」そのものだったんだろうなぁと。 文章からじりじりと焼き付ける太陽の熱さや空気のにおいが伝わってくるようで、ムルソーがアラビア人を撃ち殺した時の心境がなぜだかわかるような気がした。そしてその理由はまさに「太陽のせい」としか言いようがない気がした。
9投稿日: 2025.06.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
冒頭「今日、ママンが死んだ。」が有名すぎて、逆に読んだ気になっていた一冊。実家のトイレに置いてあり、薄いので読もうとしてみたことは何度もあるが、当時はいい歳をしてクールぶった男の「ママン」呼びにウケてしまって、まったく先に進めなかったのを覚えている。 まさに「異邦人」と呼ばれてしかるべき特異性を持った主人公と、そのまわりの人々との生活が描かれており、よほど冷めた性格の人間でなければ「新鮮である」と感じられるだろうし、私としてもとても面白かったのだが、エンタメとして見たときに、主人公が恋に落ちたり、会話をしたり、人を殺したりと盛り上がる場面で、さあここから盛り上がりのテッペンへ行くぞ!とこちらがワクワク思うと、その度に主人公は「まあ、いいか」とひとりで落ち着いてしまうのが、特色でもありひっかかりでもあった。そんな、冷めてしまう主人公が変わっててオモシロい!と思える人もいれば、盛り上がりに欠けて萎える、と思う人もいるだろう。 後半につれて主人公の死刑も決まり、冷きった人間が、生命共通の恐怖である【死】に立ち向かう際の、たとえば突然の絶望や発狂を期待したものの、主人公は結局、内々で感情を飲み込み、解決し、理屈をつけてスンッ……としてしまった。私が死刑執行人であれば、なんと殺しがいのない!と死ぬまで酒場で嘆いたことだろう。
1投稿日: 2025.06.18
powered by ブクログ異邦人というタイトルに惹かれって読んだ。自分自身その集団の多数派と違う世界で生きることが多く先日の大峯奥駈道修行でふとこの言葉が出たからである。この話で異邦人とは何か?主人公が母の葬儀に棺の中を確認せず涙を流さずその埋葬の翌日に映画を見て女と寝たことを批判されたからか、挙げ句の果てアラブ人の殺人の罪を犯しその罪そのものではなくこの人間性を批判されて死刑になり、主人公はそれを受け入れてしまう。自身の信念の頑強さを最後まで曲げることなく。おそらくその他者と違う、その違いを隠すことなく正直でいたからこそ異邦人となりそしてそれを許さぬ社会に抹殺されたのだろう。かつてフランスはもっと自由な国と思うことが多かったが、このように他者を排除する社会だなとフランス企業を離れた今思うところである。
2投稿日: 2025.06.17
powered by ブクログこの種の気味悪さというものは、人生をついてまわるものだと思っている。 普通とは何か?という問いに類似する。 誰しもが異常な人間であるにもかかわらず、体裁の良い普通という、虚構に生きている。 はたまた、自分だけが本当に異常なのではないか、それを認めたくないだけではないかと思わせられることもある。
9投稿日: 2025.06.15
powered by ブクログ主人公が今まで出会ったことのないキャラ性だった 自分の未来に不利益が生じようとも、表面の現象よりも内省への興味が強く、衝動的な生き方 親近感を覚えるところも多く、 また一般的な感覚がかなり欠けており、かといってはちゃめちゃでない辺り、魅力的なキャラに感じた 印象的なのは、他人評価に興味ないであろうに、 レエモンとのレベルの低いDV話を楽しんでいるわけでもないのに拒否するでもなく、わざわざ手紙を書くところ 『それは私が不幸のとびらをたたいた、4つの短い音にも似ていた。』
6投稿日: 2025.06.01
powered by ブクログ法や宗教に依拠しない真実の人を描いているんだろうか。 「しない理由がないからする」、「あれはしないが別のことはする」といったような、いろんなものを否定し続けた先にある動機と、積極性はなくとも虚無に陥らないムルソーの姿は危うく、一貫性がなく、なぜか魅力がある。 もとより人が理屈で説明しきれるものでもない、まったくの不幸にもなりきれないという、逆説の希望も見いだせる。 読み切れない部分が大半だが面白い。
3投稿日: 2025.05.26
powered by ブクログこの作品の何が不条理なんだ…あ、この世界かと思いながらの読書でした。 ムルソーではなく、彼を取り巻く世間のほうが不条理なんだなぁと…この人は「全ての事柄に抵抗しない」のかな。自分の行動に嘘つかないし、諦めも早いし。。。 殺人は法に反するから、罪を償わねばなりません。 でも、「母親の葬式で涙を流さない」や「神はいない」で重罪人みたいに言われるのは違うのでは…と。 キリスト教、それもカトリックの観念が強い世界で、「すべては虚妄」とかいう仏教みたいなこと言ってたらそりゃ“異邦人”として異物扱いされてしまうよな、と思います。 裏表紙とか、紹介でよくあるあらすじで、読む前は「その辺の人を“誰でもよかった”みたいに殺したのかな…」と思っていたけれど、そうではなかったです。 暑さでイライラしてたのはあったけれど、相手も全く知らない人ではなかったし。現行犯逮捕でなかったとしても、容疑者として取り調べられる関係ではありました。 やっぱり、これキリスト教圏の人々には衝撃なのかなぁ。司祭から「“わが父”と呼んでよ」と言われても、「父じゃないし…」としかならない。宗教的に埋められない溝があって、この感覚がわからないのがわからないです。
14投稿日: 2025.05.26
powered by ブクログ不条理•反抗をテーマにした作品 主人公ムルソーの中での世界は美しいものであったことに変わりはないが、それがそれを受けいれない当たり前の世界に生きる人々には受け入れなかった。ムルソーが母を愛してないわけじゃない。マリイを大切にしてなかったわけじゃない。彼の世界、倫理観の中では全てを愛していたはずだった。
3投稿日: 2025.05.24
powered by ブクログおそらく大学生ぶりに読んだ。三島由紀夫と寺田寅彦に触発されて、そういえばカミュの「異邦人」はなんだったんだろうと思い立った。昔、一読した時は、ただそこに共同体から放逐される人物の要素とはこんな感じかと思って、なんとなく心強い味方を得た気分だった。 再読して思ったのは、作品の時代背景とカミュが「反抗」の思想の人だったという見解が、自分のなかでわだかまっていたこと。どちらかというと、作品よりもカミュが何を信念としていたのか気になっていた、と気づいた。主人公ムルソーと出来事との温度差は最後まで埋まることはないし、そこを埋めるための優し気なストーリーに彼は拒絶し尽くした。それによって彼は、心無い人として極刑を免れなかったが、彼は彼の世界を愛していた。そこに尊厳はあるし、またムルソーにとっての他者を尊重してもいた。それだけならば、別に誰の味方でもないし、誰の敵でもない、と思う。自由も不自由もある人生を一般化して、同一化するようなことは彼にはできず、具体的、肉体的、または欲望的な感性が、他者へ干渉してはばからない棘の刺さった箇所を洗い流すみたいに私の気持ちを落ち着けてくれた。 ただ公的な場に連れ出されたこと、そうなるきっかけを自ら作ったことは不幸だったかもしれない。いや、きっかけは作ったとしても、その結末はなりゆきだった。孤立を人生のそばに置き、それを受け容れて個人の尊厳を貫くからには、イデオロギーの強く働く場所では彼が最たる弱者である。抗っても受け入れても、未来に待つのは死だから、期待も妄想も一つ一つ確認しながら断崖の下へ放り投げて捨ててしまうみたいに、置いて行く。ムルソーの言葉はとても真摯で、わからないことにはわからないという態度を貫き、公の前で死ぬ準備もきちんと進める几帳面さが読み取れる。そう思えば、ムルソーの前には何であれ刑罰の意味はあった。事実、刑吏との会話に出た、女への欲望が刑務所では取り上げられること、すなわち自由がとりあげられて権利を行使できないことが罰になる、という説諭を理解している。その軽重をとやかく言ってもしかたがない気がする。何のためにムルソーの権利は取り上げられるのか、裁判の中からは読み取れない。あるいは本当に、母の柩の前で涙を見せなかったという本心が、自分自身に対する引き金となったのかもしれない。ムルソーはなりゆきの結果であっても罰を受け容れた。 このような空間と時間を自分のものとして、人生の自信を確かにする言葉をまだほかに知らない。とてもいい本だと思う。私はムルソーを信頼できるし、カミュの「異邦人」を信頼できる。 メモ:ニーチェの運命愛
2投稿日: 2025.05.24
powered by ブクログ「ママンが死んだ」と「太陽のせい」くらいしかしりませんでしたが…。 「太陽のせい」については、読んでみるとp24からp78でその過程が克明に書かれています。 しかしだからといって殺人が許されるわけがありません。 周囲に理解されない作者自身が『異邦人』だと言いたかったのでしょうか。 * 解説で太陽は〈真実〉の象徴とありました。主人公の生き方に共感はしませんが、少なからずわかる部分もありました。 世間の常識を押しつけられて嘘や演技をする生き方をするのではなく、自分に対して〈真実〉である生き方は、人間の普遍的な何かを揺さぶります。 カミュがノーベル賞をとったは、その辺りに理由があるのかもしれません。
14投稿日: 2025.05.18
powered by ブクログ「こうでなければならない」というものにうんざりすることは私もよくある。不幸があったときには悲しそうで、残念そうな顔をしなければならない、良いことがあったときにはガッツポーズをしなければならない。ムルソーほどではなくとも、自分もそれができないときがある。それによって不利益を被ることもある。自分に正直に生きることが正しいのではないのか、を考えさせられた。
2投稿日: 2025.05.10
powered by ブクログ1957年、ノーベル文学賞を受賞したフランスの作家、アルベール・カミュの代表作。「異邦人」というタイトルは記憶の中にありながら、今まで読んでいませんでした。 読み始めて「これは自分には合わないかも?」と思ったのも束の間。短文がどんどん、たたみかけられるかのように頭に入ってきて、ページをめくる手がとまりませんでした。 主人公の男、ムルソーが殺人を犯すまでにいたる過程が記された第一部を読み終えたのはあっという間。第二部の刑務所での生活、裁判、死刑宣告....読み応えありました。自分が陪審員になったかのような気持ちで読んでいました。 最後まで不可解なこと、この上ないのですが、一人の人物について、小説の中でこんなに深く考えたこと、あまりなかったです。 人が人を裁くことの怖さ、真実がいかにして事実から引き出されるべきなのか、考えさせられました。死刑制度の在り方についても頭をよぎりました。長編に匹敵する重厚さをもった小説でした。
30投稿日: 2025.05.01
powered by ブクログ物語は終始、淡々とした語りで話が 進んでいく カミュの作品がそうなのか、 訳がそうなのか、 この主人公に合わせて、そうしてるのかは 他のカミュの作品を 読んだことないから分からない 正直に生きることの難しさや不条理 執筆されたWW2の時代は 更にそうだったから 評価されたのかなぁ と思いを馳せた
22投稿日: 2025.04.27
powered by ブクログすぐに疲れて眠くなったりして、面倒くささから適当に返事した結果、物事がどんどん悪い方へ転がって。馬鹿正直で寡黙なせいで誤解され、弁解するのも面倒で…という。まるで自分を見ているようで、自省しながら読みました。ムルソーさんにもっと体力があれば、もうすこし違う結末になったかもしれませんね。
0投稿日: 2025.04.19
powered by ブクログすごく良かった。 うだるように暑い北アフリカの情景が克明にかつ綺麗に描写されていて、凄くリアルに感じた。 「舞台ー主人公ー他登場人物」の役割分担がしっかりされていて、読みやすく、物語に没入できた。 なんせ主人公の内省が読み応えがあり面白い。 いつかアルジェリア行ってみたいなー、名作。
0投稿日: 2025.04.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
人間は死という最大の不条理を背負っている以上、人生におけるあらゆる営みは無価値となってしまう。 価値が無いなら、何年生きていたって意味がない。 ただ、ムルソーは自信を持っていた。 人生は無価値という真理を誰よりも堅く握りしめていた。 死刑執行前夜。 世界とのつながりが消えることは、世界がムルソーにとって無価値と化すことであり、宿命的に無価値を背負った人間とは「兄弟」であると、ムルソーは悟った。 だから、幸福を感じられたのかもしれない。
0投稿日: 2025.04.06
powered by ブクログ物語が淡々と進んでいく。 自然に対する文章が美しいのは、ムルソーの心を表しているように思える。 ムルソーがいう「健康な者は、多少なりとも、愛する者の死を望んでいる」という言葉は、強く印象に残っている。 人間は皆死刑囚なのだろうか。
0投稿日: 2025.03.25
powered by ブクログ第一部は読みやすかったが第二部の後半の不条理を叫ぶところは正直よくわからなかった。 ある日母が養老院で死ぬも葬式では涙を流さず特に感情も湧いてこない主人公。その翌日マリンと海水浴に行き体の関係を持ち喜劇映画を見ており、この行動が後の殺人事件の裁判で非人道的行動だと非難を受ける。主人公はマリンと共にレエモンの友人の別荘へと遊びに行く。そこでレエモンと一悶着あったアラビア人グループと遭遇し喧嘩に発展しレエモンは怪我を受け主人公はレエモンが所持していた拳銃を渡される。一度別荘に戻った後に主人公のみが散歩に出かけ三度アラビア人たちと遭遇し、主人公は持っていた銃で相手を殺してしまう。裁判では主人公の感情のなさやその日の行動から斬首刑が言い渡され最終的に主人公は幸福のために皆に死刑の様を見てもらいたいと願う。 解説にあった「母の葬儀で涙を流さない人間は、すべてこの社会で死刑を宣告される恐れがある、と言う意味は、お芝居をしないと彼が暮らす社会では異邦人として扱われるより他ないと言うことである。ムルソーはなぜ演技をしなかったのか、それは彼が嘘をつくことを拒否したからだ。嘘をつくと言う意味は、ないことを言うだけでなく、あること以上のことをいったり、感じること以上のことをいったりすることだ。しかし生活を混乱させないために、我々は毎日嘘をつく。ムルソーは外面から見たところと違って、生活を単純化させようとはしない、彼は絶対と真理に対する情熱に燃え影を残さぬ太陽を愛する人間である。」と言うのがとてもしっくりきた。
0投稿日: 2025.03.21
powered by ブクログ彼は死にたがっていたようには見えない。人が皆、罪を抱えていると言うような、宗教的な観念があるようにも見えない。彼にとって生きているうちに起こるあらゆる事象は死と比べれば瑣末なものであった。 世界は何事にも無関心であり、それはすべてのものに平等で、裏を返せば、皆に特権を与える優しさがある。死を目前にして、彼は自分の未来を受容し、同時に彼の人生を受容した。その時、彼にとって自分の死すらも特別なものではなくなり、無関心な世界と一体になったような感覚を覚え、幸福を感じたのではないだろうか。 彼の幸福は、世界が無意味であることを悟った後に得られた、誰にも奪われることのない静かな自由でもあった。
0投稿日: 2025.03.04
powered by ブクログ共感できるところはない。わたしができない考え方をする人だ。生と死、判決に関する考え方なんかは新鮮で、こうやって考えたい〜とか思わないけど、そういう人もいるんだなあ、と、視野が少し広くなった気がした。
0投稿日: 2025.02.26
powered by ブクログ第二部最終章が全てだが禅問答の様な哲学的な三島由紀夫的な、解った様な解らないような ?。光輝高齢者としましては、 寿命を減らさない為にも淡い恋愛モノなぞでも読みますかな!
0投稿日: 2025.02.26
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
『きょう、ママンが死んだんだ。』 ノーベル文学賞作家、アルベール・カミュ。若干43歳でノーベル文学賞を受賞したのは、本作によるところが大きいと言われている。 本作は『この世の不条理』を当時のフランスの時代背景を舞台に描かれた作品。 一種の風刺的なメッセージも含めているようにも感じる作品だったように思います。 ただ、高々130ページ程度の作品でしたが、まぁページが進まない。 時代背景の違いは勿論のこと、今まで読んできた日本文学とは文体も違う。そして、この世の不条理について触れているが故、かなり考えさせられる内容。 解釈するのに時間もかかったのかな。 正直、ちゃんと理解できているかは微妙。きっと何回も読み直していくと、もっと気づきがある本なんだろうな。 ・ ・ ・ ・ ・ 私ははじめて、世界の優しい無関心に、心をひらいた。 太陽の眩しさを理由にアラビア人を殺し、死刑判決を受けたのちも幸福であると確信する主人公ムルソー。不条理をテーマにした、著者の代表作。 母の死の翌日海水浴に行き、女と関係を結び、映画をみて笑いころげ、友人の女出入りに関係して人を殺害し、動機について「太陽のせい」と答える。判決は死刑であったが、自分は幸福であると確信し、処刑の日に大勢の見物人が憎悪の叫びをあげて迎えてくれることだけを望む。通常の論理的な一貫性が失われている男ムルソーを主人公に、理性や人間性の不合理を追求したカミュの代表作。
2投稿日: 2025.02.17
powered by ブクログ「エクリチュールの零度、無垢なるエクリチュールとは、願望も禁止も命令も判断も、およそ語り手の主観の介入を完全に欠いた、「まっしろな」エクリチュールのことです。これこそバルトがその生涯を賭けて追い求めた言語の夢でした。(中略)バルトはアルベール・カミュの『異邦人』のエクリチュールを「理想的な文体」と絶賛しました。」(内田樹著、『寝ながら学べる構造主義』より抜粋) いかに不条理な内容であっても、それに対する説明や主張は何もない。ただ、主人公の行動について、淡々と事実のみが書き連ねられる。ただ文章が文章としてのみの役割を果たした「純粋な文章」が出来上がっている。 また、この小説の不条理な内容について、主人公の一部の行動は解せないと感じながらも、一部については現代社会であれば許容されるような行動もあるように感じた。その当時のアルジェの社会構造の中において発揮される不条理さが描かれた本作は、実存主義者であるカミュの、構造主義への挑戦とも捉えられるように感じた。
9投稿日: 2025.02.16
powered by ブクログ社会的規範や道徳律からはみ出た人間はあたかも「異邦人」とみなされ、しばしば排除される。 確かに、殺人は大罪だろう。しかし、そこに至る過程は必ずしも主人公の意図したことではなく、成り行きの結果という要素が多分に含まれる。殺人とは全く別の要素である、母の死に対する哀悼の不足=人間性の欠如と関連づけられ、公衆の面前での斬首刑という判決に至る過程は、やはり不条理であろう。 神を信じないことについても、戦前の当時の社旗的規範や道徳律からするとやはり「異邦人」とみなされたであろう。しかしその節を曲げない主人公は、「異邦人」たる自己の存在性を捨てることがない。 これらの社会的規範、道徳律といったものは時代や地域により変容していくものなのだろう。公衆の前で処刑が行われた1920年代のフランスと、今の世の中は隔世の感がある。しかし、いつの世にも「異邦人」は存在するのだ。世の中がどのように変化しても不条理は形を変えて存在するのだから。
0投稿日: 2025.02.08
powered by ブクログ主人公の少しサイコパス気味で無機質だけど、どこか淡々と過ごしていく姿にひかれる。 だけど最後に神父にぶちぎれるシーンに人間らしさと共感を感じた。 しかし言っていることは間違ってないんだけどもうちょっと言葉のチョイスなんとかならんかったんかムルソー。
0投稿日: 2025.02.04
powered by ブクログ異邦人として描かれているはずのムルソーに対して、存外にもさほど違和感を感じることなく読了。ムルソーはその異常性をアラブ人を撃ってしまうことで社会活動に発現させてしまうが、精神活動においては誰しも(自覚の差こそあれど)同様の異常性を保有しているのではないだろうか。すなわち異常性を持つことは正常性の表れだとも思う。数年後に再読したい。(好きな解釈http://denkilemon.hatenablog.com/entry/2013/12/23/031407
1投稿日: 2025.01.29
powered by ブクログ前半の味わい深い情景描写と、後半のセンセーショナルな心理描写と哲学的な思索、どちらも素晴らしいです。何より飾り気のない文体が好きです。
0投稿日: 2025.01.22
powered by ブクログ不条理の矛先がそっちだとは思わんかった 共感しちゃいけないものを反復横跳びする感覚があり、面白かった
1投稿日: 2025.01.14
powered by ブクログ言葉と認識の距離感、感情の滑らかさという幻想を壊しながら進んでいくずれたビートが良いなと感じる。例えば親の死を悲しんでいるふりをしなければ人として認められない、異邦人となる社会において、より切実に今に、行動にのみフォーカスすること。司祭に丸めこめられようとするシーンのブチ切れる場面、刑務所における淡々とした描写がよかった。ベケットの小説みたいに気持ちが機械のように描写されていて、自分の気持ちだけど、他人事のように扱っていると言うか、その感じは私もわかる。私の好きなものや感じることは自分自身で制御することができないのだ。
1投稿日: 2025.01.05
powered by ブクログ古典文学ということで身構えていましたが、想像していたよりかも読みやすかったです。 不条理に対して、自らの信念を貫こうとする主人公の姿を通して、人間の儚さや無力さを感じると同時に人生の意義や実在について考えさせられました。
1投稿日: 2025.01.04
powered by ブクログ● 2024年12月11日、グラビティの読書の星で紹介してる人がいた。このアプリだけで、14659人の登録者がいるのすごい。 ● 2025年2月22日、YouTubeで「本を読むこととお金を貯めること」で検索して出たショート動画、「頭のいい人がこっそり読んでる本4選」のコメ欄に書いてある、皆のおすすめ本。 https://youtube.com/shorts/xdxuWn5jcTA?si=HWLgoUfFBAqRCGMB
0投稿日: 2024.12.11
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ムルソーは、母親が死んでも涙を流すことなく、葬式の翌日には海水浴や女性との情事を楽しむ。さらには、太陽を動機として、アラビア人に対する殺人を犯す。これらの行動は、世の中の常識から外れている点で、ムルソーの不条理さを表しているといえる。 一方で、彼は悪意を持って上記の行動に至ったのではなく、自然の本能や必要性に従ったに過ぎない。彼の主観を基にするならば、神の存在や常識といった曖昧な概念によって自然の要求を否定する点で、彼自身ではなく、むしろ世の中の側が不条理といえるかも知れない。 むき出しの自然を否定する世の中が滑稽なのか、はたまた自然を無抵抗に受け入れるムルソーが滑稽なのか。どう生きるべきかという問いに、新たな視点を加えるような一作だと感じた。
1投稿日: 2024.11.25
powered by ブクログ初めて『異邦人』を手に取ったのは、アスファルトが陽炎で揺れる八月の午後だった。窓際の日差しを避けるように斜めに座り、扇風機の風に吹かれながら最初のページを開く。 「今日、ママンは死んだ。いや、もしかしたら昨日かもしれない」 この一文で、部屋の空気が少し変わった気がした。 ムルソーの世界に入り込むにつれ、不思議なことに私の部屋の温度とページの中の温度が重なっていく。アルジェの浜辺を照りつける光は、この日本の真夏の光と何も変わらない。汗を拭いながらページを繰る指先に、彼が感じた熱を実感した。 読み進めるうちに気づいたのは、この小説が持つ静かな力だ。母の死に際して涙を見せないムルソーを、周囲は非難する。でも、果たして悲しみに「正しい」表現方法などあるのだろうか。 列車の中で、誰かの携帯画面に流れる訃報に「心よりお悔やみ申し上げます」と書き込む指先。SNSで広がる「#祈り」のハッシュタグ。私たちの感情表現は、見えない何かに引っ張られているような気がしてならない。 ムルソーは、その重力から自由だった。それとも、単に無関心だっただけだろうか。彼の視線は、私たちが「当たり前」だと思っている全てを、どこか遠くから眺めているように見える。 アラブ人殺害のシーンは、今でも鮮明に覚えている。眩しい光の描写に目を細めながら読んでいると、扇風機の風さえも熱く感じられた。不思議なことに、「太陽のせいだった」という彼の言葉に、納得してしまう自分がいた。 夏の終わりに本を閉じた時、何かが変わっていた。電車で涙を流す人を見ても、結婚式で笑顔の写真を撮る人を見ても、その表情の向こう側に別の何かを感じるようになった。 人は皆、どこかでムルソーに似ている。社会の期待する「正しい」感情の表し方と、本当の自分の間で揺れている。彼の物語は、そんな私たちの姿を映す鏡なのかもしれない。 この本を読み終えた後の世界は、少しだけ違って見える。人々の仕草や言葉の端々に、見慣れた風景の隙間に、何か別の可能性が垣間見えるようになった。それは不安だろうか、それとも自由だろうか。 その答えは、たぶん真夏の日差しの中にある。
1投稿日: 2024.11.17
powered by ブクログ抽象よりも具体的なものを重んじる感じ。 今見ても目新しい。 楽しく読めた訳ではないが、作者の遍歴とかは面白かった。
0投稿日: 2024.11.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
体感以上の説明は保身の嘘で、嘘をつかないで、生きてきた自分を肯定している。責める人の感情は理解できるし死刑で満足だ。かっこいいんだよ。
0投稿日: 2024.11.05
powered by ブクログ本当の自由とは不自由を知ることからはじまる。 何かと生きることに対して意味を持たせようとする世の中。意味を持たない者は社会から抹殺される不条理。 考えれば考えるほど難解な作品だったが読んでよかった。 訳が少し読みづらくてもったいない。
0投稿日: 2024.11.04
powered by ブクログ逃避行の相棒。帰りの特急やくもの中、二人で眠り一人で目が覚めた後黙々と読む。彼はまだ私の肩に頭をのせたまま眠る。私に身体を預けて眠っている間に本を読む時間が大変好きだとかっぱを着て海へ散歩した日に思った。起きても手は握ったままだった。 その日の彼は今まで見てきた人間の中で一番眠そうな人間。長くて短い六日間。
1投稿日: 2024.11.02
powered by ブクログ本書にはいろいろな読み方が許される。海に反射する太陽光に眩暈をするのもよし,裁判の過程におけるズレを発見するのもよし,哲学的に倫理的に神学的にどうか……どのみち待つのは拒絶ではあるが。
0投稿日: 2024.10.29
powered by ブクログ思っていたよりもするすると読めたが、何を読んだのか振り返ると言葉にするのがとても難しい。 まるで本当の現実を見たよう。主人公の虚無感が妙にリアルでありつつ、非現実的でもある。虚無であるようで、実は極であることを後書きを読んで腑に落ちる。 「太陽」と「海」を前にしてここまで漠然とした絶望感漂う眩しさが描けるのがすごい。私は一体何を読んだのだろうか…
0投稿日: 2024.10.11
powered by ブクログずっとアランドロンのイメージ。 死刑判決を受け入れていく論理展開が、面白かった。 自分が同じ状況に陥ったら、恐い。 それまでは、無感情気味だったのに、自由が奪われると、いつもの日常が尊いものに思える。思い出の中の自然の描写が綺麗だった。
0投稿日: 2024.10.08
powered by ブクログおもしろかった 返却期限が迫っていたのでざっと読んだ 本書が意図していることを全て読み取れてはいないと思うが、端々に魅力を感じるどこか不思議な作品だった
0投稿日: 2024.10.02
powered by ブクログ自分を虚偽の言論や態度で正当化しない。そして何の希望も持たず、死んでいくことを思いながら生きていくなんて、もはや理性のある人間の為せる業ではない。
0投稿日: 2024.09.29
powered by ブクログ主人公のムルソーは誰よりも繊細で、正直な人間かもしれない。 そう感じる作品です。 母の死をもってしても、事件を起こし裁判にかけられている時でも、感情的な反省や回顧は垣間見れません。 現代で言えば、空気の読めないやつ、何かの障害でもあるのか?と言われるでしょう。 しかし、読み解くと、ムルソーは認識した上で正直に答えている。結果的に周りからはマイナスの評価を受けるとしても。 人間の生活における不条理さや生きづらさを、主人公を通して感じさせる作品でした。
10投稿日: 2024.09.26
powered by ブクログ次回の読書会課題図書。 こんなに薄いのに読む体力を要する。 翻訳本には随分慣れてきたけど、やはりなかなかしんどかった。 施設で暮らす母親が亡くなったという連絡を受けたムルソー。 仕事を休んで葬儀に向かい、母を見送るところから始まる。 彼の、母の死に対する態度は確かに不可解で、常人なら持つであろう感傷は微塵も感じられない。 物語はムルソーがなんだかんだで殺人の罪を犯すところで第一部が終わり、第二部で裁判と判決の舞台へ。 ネタバレしてしまうのを恐れる小説でもない気がするので、以下、備忘録として内容に触れる。 正直初読だと出来事を追うことに精一杯で訳がわからなかった。 理解できたとしたら、ムルソーの見えている世界がどうも普通とは違うんだな、ということぐらいで、ムルソーの世界観に合わせてこの出来事の一連の意味を考えてみても、どうもしっくりこない。 そしてこれは解説を読んだあと再読して気がついた。 多分彼は物事に意味を見いだしては行動していない。 起こった出来事にただリアクションするだけで、その自分のリアクションに対する意味づけをしない。 年老いた母と一緒に生活できないから施設に送り、母が亡くなったので葬儀に向かう。マリイが美しくて欲望を感じたのでそういう関係になり、レエモンに頼まれたから脅しの手紙を書く。 そして太陽が眩しかったからアラブ人をピストルで撃ち殺し、死刑判決が出たらいつ死んでも死ぬのは変わらない、人生に意味などないと、上訴を却下して受け入れる。 目の前の出来事にただ反応をするだけなので、深い意味や抽象的な概念に依る行動の理屈などは全くないのだ。 ムルソーのそんな行動は、普通の考え方だと意味がわからない危険人物として映る。まるで自分とは文化が違いすぎて到底行動原理を理解できそうにない異邦人のように。 ところがムルソーから見てみれば、裏返して同じことが言えるだろう。 最後のシーン、司祭に対してキレまくるその態度、その苛立ちに現れているように感じた。 この作品、不条理を描いた古典として語られることが多いようだが、 具体に飛びついてリアクションだけで生きる人間って、もしかしてわりと多いかもしれないとも思う。 ムルソーは極端なだけで、ちょっとだけわかる部分もあったしな。 いやはや、…やっぱり人間って面白い。
0投稿日: 2024.09.23
powered by ブクログ仕事で不条理なことがあって、ずっと読みたかったカミュの異邦人を読むことにした。 ママンが死んだ翌日に海水浴に行って、マリィとセックスをして喜劇映画を見て、太陽が眩しかったから人を殺した。そんなあらすじを読んで、「不条理」を体現したのが主人公ムルソーだと思ってたけど、そうじゃないと思った。 本当に「不条理」なのは、母が死んだ時に泣かなかったから、神を信じないから、という理由で1人の人間に死刑を言い渡す、そういう世の中なんじゃないか。現代社会でも感じる「人間の不条理」、って一体なんなんだろう。ムルソーもその周りの人間も、何がちがうのだろう。 ムルソーは感情がないから人を殺したり死刑を受け入れたりしている訳じゃない。死刑をしっかり怖がり、取り乱し、でもこの世界を諦めて、自分を偽るのをやめて、その結果として死刑を受け入れていた。ムルソーこそまさに「不条理」を受け入れている人だと思った。 解説より 母親の葬儀で涙を流さない人間は、すべてこの社会で死刑を宣告されるおそれがある、という意味は、お芝居をしないと、彼が暮らす社会では、異邦人として扱われるよりほかはないということである。ムルソーはなぜ演技をしなかったか、それは彼が嘘をつくことを拒否したからだ。嘘をつくという意味は、無いことをいうだけでなく、あること以上のことをいったり、感じること以上のことをいったりすることだ。しかし、生活を混乱させないために、われわれは毎日、嘘をつく。ムルソーは外面から見たところとちがって、生活を単純化させようとはしない。ムルソーは人間の屑ではない。彼は絶対と真理に対する情熱に燃え、影を残さぬ太陽を愛する人間である。彼が問題とする心理は、存在することと、感じることとの心理である。それはまだ否定的ではあるが、これなくしては、自己も世界も、征服することはできないだろう 最初はムルソーやばいやつやん、と思いながら読むけど、どんどん、ムルソーこそが人間らしい人間なんじゃないかと思えてくる。昔も今も、多くの人がこの作品を絶賛しているのは、ムルソーが対面している世界の不条理さに少なからずみんなが共感していて、その不条理を避けるために流れに身を任せるんじゃなくて自分に嘘をつかずに正直に生き続けるムルソーに対して、憧れとまではいかずとも、すごいな、と思うからなんじゃないかな。 ムルソーは、否定的で虚無的な人間にみえる。しかし彼はひとつの真理のために死ぬことを承諾したのだ。人間とは無意味な存在であり、すべてが無償である、という命題は、到達点ではなく出発点であることを知らなければならない。ムルソーはまさに、ある積極性を内に秘めた人間なのだ。
1投稿日: 2024.09.23
powered by ブクログ大学入試で出題され、頭が真っ白になったあの日からトラウマだった作品。10年経ってようやく読了。 前半はなかなか主人公・ムルソーの気持ちについていけず、淡々と進む事実に目眩を起こしそうになるが、マリィの登場やサラマノ老人との掛け合いあたりからだんだんこのムルソーが好きになってきてスラスラ読み進めることができた。 本題の意味のわからなさを差し置いて印象的なのは、やはり実感を伴う風景描写だ。照りつける太陽、海の波しぶき、裁判所の朝の日差し、アイスクリーム売りのラッパの音、夕暮れの空…。 殺人の瞬間、そして弁護士の弁論の途中、そんなものに気を取られるムルソーの感性がなんだか嫌いになれない。 お母さんの遺体を前に飲んだミルクコーヒーが美味しかったり、独房で家の家具の配置と詳細を思い出しながら時間を過ごしたり ( ”たった一日だけしか生活しなかった人間でも優に百年は刑務所で生きてゆかれる”) 興味のない話に対して、善意と愛を持って耳を傾けてみたり、彼を人間の屑だと切り捨てるにはちょっと違和感がある描写が積み重なる。 むしろ彼の正直さお茶目さと動物的な?感性や衝動に愛おしさのような感情すら生まれていた。 結局この物語はなんだったのか…? なにも言葉にできないまま解説を読み進めると 作者・カミュが丁寧にその解説をしてくれていた ”お芝居をしないと彼が暮らす社会では異邦人と扱われるよりほかはないということである。ムルソーはなぜ演技をしなかったのか、それは彼が嘘をつくことを拒否したからだ” ”彼は絶対と真理に対する情熱に燃え、影を残さぬ太陽を愛する人間である。彼が問題とする真理は、存在することと、感じることの真理である” ムルソーはひとつの真理ーつまり人間とは無意味な存在でありすべてが無償であるという命題は出発点であることを知らなければならない。 ムルソーは積極性を内に秘めた人間なのだ。 なるほど、分かったような分からないような。 でもこういうのは分かったことだけ分かった気になればいいのだと思う。 社会から断絶された療養生活を送っているとなおさら、それぞれの社会で作ったルールに都合の良い演技をしながらみんなが生きてるっていうのは本当に頷ける。 そして、何もできない病人である自分にとって、「存在すること、感じること」の肯定はそんなに小難しい話ではなくて、とても身近な日々の命題だ。自分の今を照らしてくれると途端にその小説を好きになれるんだね。 さあ今日も太陽の暑さを感じながら庭の木々を眺めて静かに時を過ごそう。
0投稿日: 2024.08.08
powered by ブクログ翻訳は確かに日本語的に???となる部分が多かったが,そんなものはどうでもいい。当たり前であることと真理との違いを一貫して問い続ける圧巻の名作。 4年かけて書き上げたというけど、それでいてムルソーの行動や価値観に少しの矛盾や変化がないところにムルソーひいてはカミュの情熱を感じる。 人々が極悪人に死刑を望むことは人間的にごく自然ではあるけど、それが生物的、世界的、宇宙的に見て正しいかということは疑わなければいけない。 つまり、死刑って人間がうま〜く生きていくために、その邪魔になるような人間を脳死で(これはちょっと誇張ね)排除するためのただのメカニズムなんじゃないかなって、 考えざるを得ないほど人間に対する疑問が頭を埋め尽くす作品。 死んでしまったらただの肉塊。泣いても意味ない。受け入れ難いけどそう思わせるだけの力がありました。
3投稿日: 2024.08.03
powered by ブクログ元々なのか翻訳の仕方なのかは分からないが、一文が短く冒頭から非常に読みづらく感じた。 自分の感性の問題なのか、どう読み込めばいいのか分からなかった。
2投稿日: 2024.07.31
powered by ブクログムルソーは、自分を第三者的に見ています。こんなことが本当にできるのでしょうか。第三者的に見ているからこそ、他者の発言に対して「それはおかしい」「同意できない」となるのでしょう。私も自分を客観的に見ようとするものの、ここまで冷徹に自分を見ることはできません。やっぱり自分が可愛いのです。
0投稿日: 2024.07.20
powered by ブクログムルソーは、友人の敵を銃殺する。 裁判において動機を聞かれると、太陽のせいだと言う ムルソーは非情な男なのかどうか。違うだろう 葬式なんて、案外泣けないものだし、介護というのは表現のしようのない感情が付きまとう 実際銃殺してしまうというところで、ある種の非情さはあるのだろうが、母の死にも無感動であると言われる点は違うだろうと思う。 名作と言われ、時の流れに淘汰されずに残っているのがよくわかる作品。
11投稿日: 2024.07.20
powered by ブクログムルソーはとても自己を内観していて素直な青年だと思った。 『ママンが死んだ。』ことにそんなに悲観しなければならないのか疑問。 自分が殺めたならまだしも、ママンの死は避けようがない事実。それを事実として受け入れ葬儀にきちんと出席し、また自分の日常へとすぐに戻っていく。ただそれだけの行為のように思った。 むしろ自分が変えられるもの、変えられないものを区別できている印象をもった。 少し異端性はあるものの、普段の人間関係は良好、仕事もきちんとしている この青年の何が問題なのか。 器用に生きていく(多少小賢しく)ことができない人間に、この世の中は生きづらい。 事実を俯瞰してきちんと把握し、偏見を持たずフラットに物事、人を見る目を養いたい。 人間は不幸な状況にも最初は不快感を感じるが、じきに慣れてしまう。結局はその状況に対する心持ち次第で如何様にも人生は過ごせるのだなと感じた。 理解を深めたいのでまたそのうち再読
6投稿日: 2024.07.18
powered by ブクログさらっと読んでしまったので深く考えてはいないが名作であることが何となくわかる。(私の理解力が乏しいだけかもしれないけれど、名作ってわりとどれもそんなふうに感じる) 人として大切な何かが欠落している主人公。でも読者が自然と自分に似たところを見出してしまうような。 あらすじを呼んだだけではあからさまに狂ってるやばい主人公かと思っていたが、一見何の変哲もない、静かに狂っているタイプの主人公で意外だった。 裁判のシーンはリアルで読みやすい。 終盤の司祭にブチ切れるシーンは痺れた。 何故か読後「この世は全て茶番だよ」とマツコの声で再生された。
1投稿日: 2024.07.02
powered by ブクログ初読 絶対に後ろのあらすじは読んではいけないことがわかった。全部書いてある。 あまりわからなかったが解説を読んだりして少しはムルソーの人物像が掴めてきた もう一度読みたい 彼の純粋さを理解したい
0投稿日: 2024.06.29
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
不条理小説、カミュの作品は初めて読んだが、はじめ私は主人公ムルソーに対して激しい感情の動きがなかったり、あまりにも文体が客観的過ぎることから、社会一般で言われている人間性というものが欠けているのではないかと思い、主人公の行動や言動に理解できず小説を読むのに苦しんでいた。しかし彼が逮捕された後の裁判にて被告である彼なしでことが進み、死刑を宣告される不条理が起きた時彼は万人とは違う行動原理を持っていることが分かった。それは、万人には社会的信頼とか、自分ではどうしようもない事柄を嘆き、神だとか、そういうものに心を傾けるが、彼は自分の肉体的欲求と己の意思だけが自分の行動原理であり、太陽が照りつける海岸で自分に与えられた行動の選択肢がなくなってきて結果的にアラビア人を殺すことになろうとも、裁判で死刑になろうとも、彼はそれを受け入れていることに気づいた時に初めてムルソーのことを理解できたと思った。特に一番最後のムルソーが司祭に向けて放った言葉がとても印象に残っている。再読すればまた新しい発見がありそうなとても面白い小説だった。
2投稿日: 2024.05.22
powered by ブクログ純粋な、あまりに正直な男は不条理に殺された。不条理を受け入れて殺された。 親の死に涙を流せない男は死刑にされて然るべきなのか。主人公は一見、感情の無いサイコパスのように見えるけど、多分それは違う。彼は女に対して愛を感じるし、友達の話を聞くことができる。ただ、彼は正直だった。正直すぎた。この世界に対して正直に生きようとすれば死刑にされてしまう。 カフカの不条理とは違って、主人公が不条理を選んでる。
1投稿日: 2024.05.17
powered by ブクログ主人公の行動心理が理解、共感しづらかった。 けれどこの作品は主人公に共感、理解できない方が作者の伝えたいことが表現できているのかなと思う。 これから色んな本を読んでいった後にもう一度読み直してみたい。
0投稿日: 2024.04.20
