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ブスの自信の持ち方
ブスの自信の持ち方
山崎ナオコーラ/誠文堂新光社
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総合評価

38件)
3.4
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9
15
3
1
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    一つひとつの回が自分にとっては強烈で、包み隠さずストレートに伝える山崎ナオコーラさんの言葉が強く頭に残った。 容姿が優れていれば、どこまでも遠くまで影響を与えることができる。でも、身近な人になると優劣など気にしない。ここに勝機がある。 読むにはとても体力がいるため、また余裕があれば読み直します。

    24
    投稿日: 2025.08.17
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    自分をブスと言うと そんな事ないよと言ってもらうけれど なんかもやもやしてたその理由がわかった ブスは事実だしどうにもならない それによって生きづらくなることが問題なんだ amzn.to/3fQzLKn #読了

    0
    投稿日: 2025.07.05
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    図書館でエッセイを読みたいなと見ていたら、タイトルが気になって読んでみた。ブスの指南書とかではなく、ブスだからといって差別するのはやめようみたいな内容。分かるような、分からないような。多様な人たちをそのまま受け入れたらもっと生きやすいよねとちょっとだけ感じて、ちょっと元気になる感じもしたけど、最後は愚痴を聞いている気分にもなった。

    15
    投稿日: 2025.04.20
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    顔がいいってなんだろう。 羨ましいと思ってるけど、何が得なんだろうって思っていて、この本を読みました。 時間や距離を飛ばせるってことを書いてあって、なるほどと思いました。

    0
    投稿日: 2025.03.23
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    以前からラジオ番組『アフター6ジャンクション 2』や西加奈子さんのPodcastでの紹介を聞き、吉高由里子さんも大河ドラマでの時代考察の参考として読んだと聞いていた山崎ナオコーラさんの著作を自身の関心と交わる様に感じたので初めて拝読した。 読んでみての一番の感想は、私の中にあった不安定な基準に一本の柱を通してくれた作品だと感じた、である。 生活をしている中で性別、容姿に関する先入観、ついてまわるイメージと、こうした方が良い、こうするべきであるという圧力を感じる場面を日常的に体感し、おかしいと感じながらも、これは合わせられない自分がおかしいのだろうと思っていた。 沢山ある正しそうな雰囲気を持つ声のどれを指針とするべきかも分からないままに、フラットでありたいと思いながらも女尊男卑的な考えに寄り添うにもなっていたと思う。 この本の通してくれた柱はがっしり固定する石柱ではなく、五重塔の中央にある様な木の柱のイメージで、そんな不安定だった指針に理由を与えてよりシンプルにしてくれた。 女性が強い立場になる事を求めるのではなく、根本的にどの立場に対しても公平である為に弱い立場に手の届く配慮を行う。 弱い立場という前提で行動や言葉を発するときに、ある種の差別を行う当たり前も取り除かなければ、熟成された社会足り得ないと納得した。 また、悪口は文脈により単語に依らない。も、大切な考え方だと思った、そして、それを実行する為には思考を放棄しない常に自身の発言が及ぼす効果を考えることが必要だと感じた。 小さな子供が〇〇と言ってはいけないと言われて、隠語のように悪口を言う事。 大人が日常的な言葉に悪意を忍ばせる事。 どちらもが上記に当て嵌まり、これの改善を私の倫理観としたいと思った。 差別をしない事は私にとっては能動的な事だから、もっと知ることを大切にしていきたい。

    0
    投稿日: 2024.05.14
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    作家として、社会を変える使命を持って文章を紡いでいると感じるエッセイでした。 序盤は、「うーん、主張が強いなぁ」とちょっと疲れる印象を感じながら読んだ。読み進めていくうちに、後半には、うんうんと頷きながら読めた。 だんだんと、主張が染み込んできて、なるほどなぁと納得できる読書となりました。 著者のナオコーラさんは、自分のことをブスと認識している。そして、ブスによって誹謗、中傷を受けた経験を持つ。が、ブスによって自信を失っているわけではなく、克服したいとも思っていない。 ブスと言われる人が、ブスを克服し、自信を持って前向きに生きようと主張したいわけではない。そういうエッセイでは、全くなかった。 第17回から21回までの「新聞様」の章。報道機関の「新聞」様に対する批判は、なかなかだ。報道機関は、報道することに正義、使命を持っているが故にありのままの状況を伝える。写真を撮り、載せる。しかし、被写体となった人にとっては、納得のいかない写真があったり…… 著者が納得のいかない写真(目が半開きのブスに写ったもの)削除してもらうまでの流れを通じ、報道機関の尊大さを感じた。やはり、人がやる仕事。謙虚さと、人の気持ちを慮ることが大切だ。 最後の章と、あとがきに全て集約されてる。 差別をなくしたい。社会を変えたい。 この一言に尽きる。ここがこの本の主旨。 確かに、劣等感を克服するということも個々人の人生を輝かせることには重要だろう。 しかし、社会全体の問題として、容姿で差別をする人がいない社会、もしくは少ない社会を標榜し、実現する方向に進むことが大切だろう。全員がより心安らかに過ごすことができる社会。より成熟している社会だ。 受け皿の広い、懐の広い、許容範囲が広い、お互い認め合える関係で溢れる社会。 ナオコーラさんの発信は、とても重要だ。と感じた。

    20
    投稿日: 2024.05.03
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    ナオコーラさんらしさ全開で愛おしい。 ブスの人も、自信もってこうね!という内容では全くない。 ナオコーラさんがルッキズムに対して、差別全体に対してどう感じているかを熱い気持ちで、でも淡々と綴られているエッセイ集。(とはいうものの、このタイトルなので、書店員の方から「この人、顔のことでで悩んでいるのかな」と思われそう、とか自意識過剰にちょっと考えた。笑) 序盤に、"私の考え方は少数派で、違う考えを持つ読者の方が多いんじゃないかな、と予想している。"と記載があるように、すべての考えが一致する人は少ないと思った。 だけどそのあと"私は違う考えの人に、私の考えと同じに染まってほしいとは思わない。「へえ、こういう人もいるんだ」程度の読みで言い。違う人にも面白がってもらえる文章を書ける自信はある。違うまま共存したい。"と続くように、意見が違ったとしても、ユニークな考え方だな~という読み方をするのが楽しい。(他の人のレビューのなかには、ブスブス書いてあって不快だった、など真っ直ぐ受け止めようとしすぎるあまりに楽しめなかった読者もいたようで、ファンとしては勝手に残念に思ってしまった) P.35 自信というのは、「ある」「ない」ときっぱり二つに分けられるものではなく、高めだったり、低めだったりする、なだらかなものだ。 百パーセントの自信を持っている人は世界にひとりもいない。おそらく、ゼロパーセントの人もいない。 十パーセントの自信で何とか生きていたり、九十パーセントの自信で悠々とやっていたり、人それぞれだ。 そして、私が顔と文章に違う度合いの自信を持っているのと同じように、「この分野では、まあまあ自信がある」「こっちの分野では、少なめの自信しかない」と思いながら、やりくりして過ごしている人も多いに違いない。 しかも、自信は時間とともに増減する。 P.52 「美人」という言葉が差別的に作用しているフレーズは、意外と世界に溢れている。 普段は、相手を褒める文脈、ポジティブな文脈で目にすることが多い「美人」という言葉だから、タブーな雰囲気がなく、差別的な意図で使いたくなったときに(とはいえ、多くの執筆者が「美人に対して差別をしよう」なんて自覚を持たないまま差別をするわけだが)、「ブス」を使う時以上に簡単なのだろう。安易に言ったり書いたりしてしまっている。 世間的には良い言葉とされていても差別の文脈で使われることがあるし、世間的に悪い言葉とされていても差別の文脈になっておらず人を傷つけないこともあるし、差別の文脈で使われていなくてもその言葉の世間的な力のほうが強くて差別になってしまうこともある。様々なタブーがある。言葉と文脈をうまく繋ぎ合わせるのはなかなか難しいのだ。 P.71 「結婚に優劣がある」という考え方があるせいで、結婚差別が起きている。自分の子どもや親戚などが顔の良い人と結婚することが、自分自身の社会的成功に繋がる、または「社会的に成功している感」を周囲に自慢できる、と考える人が出てくる。そういう人は、子どもや親戚などの「結婚します」という報告に際して、その婚約者が世間に求められるような要旨をしていなかったら反対する。反対しながら「自分は悪くない」と思う。「世間がその婚約者を低く見るだろうから、お前は苦労する。だから、自分は反対してあげるのだ。自分が悪いのではなく、世間が悪い。世間の逆風から守ってあげるために反対するのだ」とという思考をする。「また、こういう嫁(または婿)しか迎えられないような家族だと世間から低く見られたら困る。自分たちはこの嫁(または婿)を悪く思ってはいないが、世間というのはそういうものだ。親戚一同がバカにされる。だから、家族のために、反対してあげるのだ」とも考える。 (ここは言い切りが過ぎるだろうな、とも思ったけど、分かりやすい文章を心がけた結果だろうし、ハッキリと言葉で思い浮かべたことはなくても、何となくこういう考えをもってしまっているひとは多いんだろうな、と思う。) そもそも、結婚に対して、「良い結婚」「悪い結婚」と世間が評価することをやめればこういう人はいなくなるのだから、世間が変わればいい。ワイドショーなどの功罪もあるだろう。結婚や離婚や独身でいることなどに、他人が良いとか悪いとかコメントするのは愚かなことだ。 ついでに、結婚そのものを良いことだとする考え方もなくしてしまおう。結婚を決めた人に対して、「一人前になったな」「責任を持てるようになったんだな」という見方を廃止する。結婚しようがしまいが、しっかりしている人はしっかりしているし、しっかりしていない人はしっかりしていない。 結婚や離婚を社会的な評価につなげてはいけない。 P.90 日本は、少女を大人扱いしすぎだと思う。 少年のことは子どもだと認識しているのに、少女のことは大人だと勘違いしている。 日本では、「男はバカだ」「男は駄目だ」といったことが大人に対してもよく言われていて(もちろん、私はこういうセリフが嫌いだ)、「男子高生はガキ」「男子中学生はまだまだ子ども」といった少年向けの言葉もたくさん耳にする。 その一方、「女性は頭がいい」「女性はしっかりしている」といったことがさかんに言われ、「少女は早く大人になる」「女の子は男の子よりも成長が早い」といった少女向けの言葉が溢れる。 マンガなどでも、小学五年生くらいから「お母さんの代わり」ができる設定になっているものをよく見かける。家事を行ったり、「お父さんたら、駄目でしょ」「お兄ちゃん、しっかりしてよ」などと父親や兄を叱ったりする。 おそらく、「男性は仕事をしたら大人。女性は生理が来たら大人」という間違った概念が世間に蔓延しているのだろう。 精通があったからといって大人にはならないのと同じように、生理によって大人になることはない。女性から見た男の子が性的に魅力を持ったからといって、その子が大人にはならないのと同じく、男性から見た女の子が性的に魅力を持ったかどうかは、大人になる基準にはならない。 だが、性的な魅力のある女の子は大人の男性とも普通に会話できると思われがちだ。女性は十代前半から大人と渡り合える、と誤解されている。 そういうわけで、まあ、十八歳以上に対してなら総選挙のようなものも仕方ないのかな、と思えるのだが、それでも、二十二歳ぐらいまでの若い人に対しては性的魅力を評価することには慎重になった方がいい、と私は考えている。(略) 女子小学生も女子中学生も女子高生も女子大生も、男子小学生や男子中学生や男子高生や男子大生と同じように、バカでガキだ。 まだ成長の途中で、繊細で不安定だ。 このぐらいの年齢の時期に、「私は、胸に魅力がないから、後ろを向いてお尻の角度がかわいく見えるように写真を撮ってもらおう」だとか、「私は、あんまりかわいくないから、面白いことを言ってキャラ立ちしよう」だとかいったことを考えさせられることが、アイドルにとっても客にとってもプラスになるとは思えない。 P.96 「(筋トレを始めた頃は)まだフィットネスのブームが来る前だったので、『気持ち悪い』とか『どこを目指しているのかわからない』とか、もう散々…。でも、自分が好きなことをしているから、何を言われても気にならないんですよ。『もうやめよう』とは、一切考えませんでした。『好き』は無敵。大きなエネルギーになるんです。埋められない自信のピースは、自分で埋めなくちゃ、と思います」(小原優花) ぼくの夢は、一流のプロ野球選手になることです、そのためには、中学、高校でも全国大会へ出て、活躍しなければなりません。活躍できるようになるには、練習が必要です。ぼくは、その練習にはじしんがあります。ぼくは3歳の時から練習を始めています。3歳-7歳までは半年位やっていましたが、3年生の時から今までは、365日中360日は、はげしい練習をやっています。だから一週間中、友達と遊べる時間は、5-6時間の間です。そんなに、練習をやっているんだから、必ずプロ野球の選手になれると思います。(鈴木一朗) こんなことを言うとあるいはまた馬鹿にされるかもしれませんが、規則正しく生活し、規則正しく仕事をしていると、たいてのものごとはやり過ごすことができます。誉められてもけなされても、好かれても嫌われても、敬われても馬鹿にされても、規則正しさがすべてをうまく平準化していってくれます。本当ですよ。(村上春樹) 様々な分野で活躍するいろいろな人たちが、規則正しく小さな努力を重ねているみたいだ。「自分の好きなことを見つけ、毎日行うことができる適切な量の目標を設定し、それをひたすら続けて自信を持つ」ということをしている偉大な人が世界にたくさんいるらしい。 批判やバッシングで付けられた傷は、批判やバッシングがなくなったときに治るわけではない。おそらく、自分の行った努力だけが、自分を助けてくれる。自分が目標を定め、自分が努力をして、それを自分が認識したときに治る。自分だけが、自分の自信を回復できるのだ。 だが、私がこのことに気がついたのは、ごく最近だ。 昔の私は、「自信とは、何かを達成したり、周囲から評価されたりしたときに湧いてくるものだ」と誤解していた。 P.107 努力は、素敵だ。前回書いたように、自分で決めた目標に向かって、自分で努力をしてそれを自分で認識するのは、自己肯定のために必要で、生きる上で大事なことだ。 だから、「努力している人」は、それを自分で認識し、自分に誇りを思っておけばいい。 周りを見渡して、「努力不足の人」をチェックする必要はない。他人が努力しているかしていないかによって、自分の努力が肯定されたり否定されたりすることはない。自分だけが自分の努力を知っていればいい。好きで努力しているだけだ、とわきまえておく。他人は全く関係ない。 自分に集中していれば、他人のことは気にならなくなる。 そもそも、「努力不足の人」は、決して「努力している人」を批判したくて努力不足を選んでいるわけではない。 意思が弱かったり、行動力が足りなかったり、他にもやりたいことがあっていそがしかったりして、同じ努力ができていないだけだ。努力を無価値なものとしたくて、努力しないことを選んでいるわけではない。 だから、「努力している人」は、「努力不足の人」を攻撃する必要も見下す必要もない。 「自分は努力が好きだから、自分に関する努力をしていこう」と考えて、他人の価値観は放っとくのがいい。 (とはいえ、誰かからひどい扱いを受けた時、自分の努力で相手を見下すことでしか自分を保てない時って、若い時ならあるよな、とか思ってしまった) P.144 まず、「差別と区別の違いをはっきりと認識するのは難しい」という問題について考えてみたい。 私自身、差別と区別を瞬時にしっかりと判断する自信がない。他人をグループ分けする時、かなり注意深くならなければ失礼なことをしそう、自分はやばい、と思っている。 たまに、「差別と区別は違う」と言った途端に安心し、すっきりとした顔になって、思考停止してしまう人がいる。おそらく、「差別というのは、他人を見下すことだ。僕は他人を下に見ていないから、差別はしていない。区別しているだけだ」というシンプルな考え方をして、「区別、最高!」で終わってしまうのだろう。 しかし、差別とは、他人を見下すことだけではない。 たとえば、「僕は、男性をバカだと思っている。それに比べて、女性は頭が良い。男性は女性に適わない。だから、バカな男性とは違う、女性らしい素敵な仕事をして欲しい。女性は素晴らしい」だとか、「女性は育児ができて、すごい。男性にはとてもじゃないが母親のような真似はできない。育児をする女性は美しい」だとかいったセリフを、「女性を差別しているセリフだ」と私は感じる。私の他にも、このような話をされた際に「差別的なことを言われた」と聞く女性はかなり多いだろう。でも、発言者は、「僕は女性を賛美しているわけで、決して女性を見下していない。むしろ女性を尊敬しているのだから、性差別をしていない」と堂々としていることがある。 他にも、「障害者は清らかだ」「同性愛者には美人が多い」など、相手を上に見ていても差別的なセリフを発してしまうことはかなりある。(略) みんなに当てはまることではないのに、イメージで線を引き、強制的に職業や居場所を移動させるのはおかしなことだ。 P.268 よく、犯罪者のことを、「社会にうらみを持っていた」といった紹介をしているが、それを見て、私は「自分もだ」と感じる。私が犯罪者になったら、「社会にうらみを持っていた」と紹介されるかもしれない。(極力、犯罪は起こさないようにする)。 「ブスと言われた」という私の悩みは、決してコンプレックスではなく、社会へのうらみだ。 劣等感に悩んでいるのではなく、社会がおかしいから悩んでいる。正直、自分が変わるよりも、社会を変えたい。 「社会を変えたい」と言うと、怒る人が結構いる。「まずは自分が変われ」と言ってくる。いや、まあ、自分も少しは変わった方がいいかもしれない。でも、少なくとも、容姿を変える必要はないと考えている。きれいな人との方が仕事付き合いがしやすい、ブスは迷惑、と思う人がいるかもしれない。だが、迷惑をかけているとしても私は自分の顔を変える気はない。迷惑をかけて何が悪い。社会で生きているんだ。迷惑をかけたりかけられたりしてやっていくんだろうが。また、内面をちょっと変える、視点をちょっと変える、という努力をするとしても、「ブスだからせめて性格美人になろう」なんてことは、死んでも思わない。なんで、ゆがんだ価値観の方へ自分が合わせなければならないんだ?「性格美人」ってなんだよ、バカじゃねえのか。「性格の良い素敵な人」でいいじゃないか。なんで女性だからって、「性格美人」なんて言い方をされなくちゃならないんだ。

    3
    投稿日: 2023.11.07
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    最後の、おじさんに対する嫌悪感とか潔癖なところがすごく共感できた。性別とか年齢で一括りに敵をつくらずに、驕ることも萎縮することもなく、誰にでもフラットに接することができるようになりたい。

    3
    投稿日: 2023.01.15
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    感想 人類はルッキズムを克服できるのか。進化の中で醸成された差別意識には一部合理的な面も。だが克服しなければ真の多様性は達成されない。

    0
    投稿日: 2023.01.14
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    予備知識なく、自虐的なエッセイ本を想像してしていたら、全く違った内容で驚きました。ルッキズムが引き起こす様々な問題について、これでもかというほどに掘り下げて語っていて、いろいろ気づかされました。 この方の本は初めて読みましたが、作家というのは、ここまで深く物事を考えるものなのかと感心した一冊です。

    2
    投稿日: 2022.10.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    直接的には美醜の問題に関係なさそうな事柄も述べており、意外にも社会派なエッセイだと感じました。 題名から単純に「ブスが自信を持てる、前向きになれるような著書」だと思って読むと少し肩透かしを食らうかな?といった印象です。 「美人はそうでない人に比べ3000万円得をする」なんて話も話題になっています。美人とブス、普通な容姿の人を同等に扱えとは言わないから、せめて差別のない社会になってくれると浮かばれる気がします。 「トロフィーワイフ」という言葉は本著で初めて聞きました。逆に高学歴で高収入な男性と結婚した女性がSNSのアカウントのプロフィールにわざわざ書いていたのを以前見かけたことがあったので「トロフィーハズバンド」といった文化もあるような気がします。 私自身重めの奥二重がコンプレックスなので「まぶた」や「化粧」の項目は興味津々で読みました。 私は「お化粧やお洒落は自分に自信を持ち戦闘力を上げる武器」だと考えているのでここぞ!という日には必ずお化粧をします。でもそうでない日は肌を労りたいのでノーメイクで過ごします。 性別に関係なくお化粧をしたい人(日)はお化粧をし、したくない人(日)はしない、そんな自由が認められていけばいいですね。

    1
    投稿日: 2022.07.19
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    本筋とは逸れますが、新聞社が受賞式で無断で撮った写真を掲載することがあるのは驚きでした。 SNS時代、とかく盛れることがフォーカスされがちで、見た目に自信がない私は肩身が狭く暮らしていましたが、どんな人も胸を張って生きていていいんだ!という勇気をもらえる1冊でした。

    1
    投稿日: 2022.04.08
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    物書きになりメディアに顔を出したことで見知らぬ人からブスと言われるようになった著者が丁寧にルッキズムや差別について書いた作品。 実際に自信の持ち方はこれだ!と書いているのではなく これにはこんな背景がある これはこんなこととも繋がっているということとともに そもそもブスという言葉で他人を攻撃する人の問題であってブス側の問題ではないと言い続ける。 デビュー作が出た頃から読んでいる作家さんだったけれど 私自身は彼女の顔を見たことはなく(作品しか読んだことがなかった)ので こんなに丁寧にブスについて考えるほど人に避難されたことがあるということも初めて知った。 ブスという言葉は攻撃力が高く「全否定」ととらえる人もいる。 それは別の部分に自信があってなお。 特に若い間はそうなのではないかと思う。 だからこそ「これにはこんな問題も潜んでいるよ」と伝えてくれるこの本は必要なのだろうと思う。 私はこの本を西加奈子さんがポッドキャストで紹介していて知った。 自分のルックスについて悩む方へのお勧めの書籍として。 私もきっと容姿について悩む人へのおススメと言われたら今後この本を挙げるように思う。 美しくなるための本は沢山あるけれど、 ブスと言われることの傷やその背景、心のありようやそれらを咀嚼するためのあれこれを書いてある本は中々見当たらないから。

    1
    投稿日: 2022.03.10
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    初めての山崎作品。 振り返って見てると生きてきて誰かに正面切って「ブス」と言われたことがあったろうかと考えて見たけれど記憶にない、と思う。たぶんあったとしても小学校の低学年に男の子に言われたくらいだろう。 そういう著者のような体験のない者としては、たしかに言ってることはわかるし、なるほどって思ったところもあった。とくにいわゆる美人に対するきれいが故の差別については私も知らない間にしていたことがあったろうと思う。 恋愛の項で「モテたいのか(特定の人と)恋愛がしたいのか」という話はだれにでも当てはまりそうだし、そもそも差別の根幹については分かりやすく読めた。 ただ、後半にいくにつれて理論なのか私怨なのか分からないというか、それが混在した結果、文体の圧が強烈に感じられて読み進め辛くなっていった。 最後、関わった方々のプロフィール紹介がテーマになんとなく絡まっていて良かった。

    1
    投稿日: 2022.02.26
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    私はニュートラルに人と接せている方だと思ってたけど、もしかしたらブスとか未婚っていう言葉に目を瞑っていただけなのかもしれないな。

    0
    投稿日: 2021.09.14
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    人の容姿をとやかく言うような人はこちらから狙い下げですしそもそも容姿気にするような社会がいけないのか〜まあそれもあるな〜なんて思ったりした。差別というと大袈裟かもしれないけどわたしも差別してることも今まできっとあったのだろうし、自分の思考が正しいのかそうでないか、それは差別じゃないのか、と考えながら生きていくのは思ったよりエネルギーが必要で難しい。誰かを傷つけないようにだけはしていきたい。化粧の話、好きでした。わたしも化粧めんどくさいので本当適当に済ましているけどそれでいい社会がいいな。

    0
    投稿日: 2021.09.09
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    著者の本はおそらく初読。ある読書会の課題本になっていたのを見て気になって手に取った。 すごいタイトルの本だけど、性やその他カテゴライズされたものへの差別や権利などについて綴ったエッセイ。自分の普段の何気ない思考を省みるきっかけになった。それが純粋に自分自身の思考なのか、社会によってそうさせられた思考なのか…考え出すと、いかに色々な要素で自分が成り立っているのか分かり、複雑な社会で生きているなぁ〜そりゃ大変なわけだと思う。 一番印象に残ったのは「規則正しさ」が周囲の雑音に惑わされない心や全ての自信につながる、という以下の部分。 「自分の好きなことを見つけ、毎日行うことができる適切な量の目標を設定し、それをひたすら続けて、自信を持つ」 「自分の行なった努力だけが、自分を助けてくれる。自分が目標を定め、自分が努力して、それを自分が認識した時に、自分の自信を回復できる」 「自分で決めた目標に向かって、自分らしい努力をこつこつやる以外に、生きている間にすべきことはない」 「小さなことでもこつこつ続けていれば、死なない程度の自信は自然と湧いてくる」 最近自分も歳を重ねてなんとなく思っていたことが言語化されているようで嬉しくなった。 与えられた環境・考え方を無自覚に受容するだけでなく、自分自身にしっかり問いかけて、疑問を持つところはきちんと向き合う、という著者の姿勢を私も大事にしたい。

    13
    投稿日: 2021.07.05
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     タイトルのパンチ力につい手に取ってしまった。「ブス」と言われて傷ついた人が読者に多い本だと思うけど、そこまで傷付かなかった人や加害者の人に呼んで欲しい。    著者は作家デビューしたころから容姿で中傷をあびるようになった。その影響で顔について差別をする人に対して考えるようになったようだ。映画化もした「人のセックスを笑うな」の著者でもある。  「差別のない世界に変えよう」が著者が一番伝えたいことだと思う。怒りをぶちまけているようにも見える。その怒りや理不尽さは私も何度も感じたことがある内容ばかりだったので、著者の怒りや苦痛を少しでもわかった気になっている。  「何でパッとしない顔の人がこんなに自信たっぷりなんだ?ムカつく。」心の中で何度も呟いた記憶がある。自分の心が弱いから、気が付かないうちに差別をしてしまっていた。本書を読んでいてそのことに気がつき後悔と反省。

    4
    投稿日: 2021.05.15
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    自分の中で深く根付いていた差別意識を明確に自覚した。 私は、私を若い女だという理由で当然のように差し出させようとしていたおじさんたちに多分ずっと憤っていたと思う。 笑い流したり受け流したりしながらちょっとずつすり減って行く私を見ながら何も救ってくれなかったおじさんという属性を私はきっと今も憎んでいる。 ただ、だからといってその属性にいる全ての人にこの気持ちを向けても良いのでは無くて。 自分を正当化してきたこの気持ちこそが差別なのだとやっと気づけた。

    5
    投稿日: 2021.04.18
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    タイトルから、自分のコンプレックスをどうやって乗り越えていくか、みたいな内容を想像していたけれど、今、問題になっているさまざまな社会問題に対しての問題提起みたいな本だった。 性別とか容姿とか世代とかそういう区別は関係なく、自分らしく生きることができて、多様な人を受け入れてくれる差別のない社会ができることを願います。

    4
    投稿日: 2021.04.16
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    山崎ナオコーラさんも「わきまえる女」であり、ほとんどの媒体が「わきまえる女」であるよう女を躾けている。今起きてる問題を山崎ナオコーラさんはどう思うか知りたいな。

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    投稿日: 2021.02.13
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    メモ→ https://twitter.com/lumciningnbdurw/status/1346387476932300800?s=21

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    投稿日: 2021.01.06
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    途中まで「そうそう。これを中高生の時に読みたかった!」と得心しながら読んだが、後半は著者の写真騒動とか個人的な怨念と拘りが強すぎてちょっと怖かった。

    0
    投稿日: 2020.12.12
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    印象的なタイトルだし、実際に「ブス」という言葉がそれはもう数えきれないくらいに出てくるんだけど、書かれていることは容姿についてだけではない。 その人が本当にやりたいことが、それとはまったく関係のないこと、容姿や性別、年齢、出自などによって不当に制限されること、否定されること、それって個人の問題ではなくて社会の問題だよね!ということが一貫して書かれている。 自分の信じていることを大事にしつつも、試行錯誤しながら書き進めたんだろうなぁということが伝わってきて、自分もあれこれ考えながら読んだ。

    2
    投稿日: 2020.05.04
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    ブスブス、ブスの安売り?自分をブスと思う人いるんかな?初読みの作家さん、ひとつひとつの言葉が尖ってて読みにくかった。読まれてナンボだからもっと文章力磨いてって言いたいけど、またコレに反応するんかな?自意識過剰ゴケ生えてる。

    0
    投稿日: 2020.04.18
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    著者はブスだとえらく叩かれたそうだ。 私もおそらくどこかで著者近影を見たことがあるはずなのだが、あまり記憶にない。 (その後見る機会があったが) 私が覚えているのは作品の内容であり、著者の顔ではない。 こういう顔してたんだ、と思うことはあるけれど、美人かそうでないかで好きな本が決まるわけではない。 同じように漫画家や声優は顔を出していないことが多い(最近はビジュアルも大事、などと言われて大変だと思う)。 出なきゃでない、出たら出たで文句を言われるようだが、大きなお世話だ。 言ってるお前は何様だ、と言いたくなるが、結構このブスという言葉は傷つく。 私も多分に漏れず言われたので、気持ちはわかる。 19頁から26頁の中で、 「自信のなさはあなたが自分の頭で考えたことが由来ですか?」 「誰かから押しつけられていないですか?」とある。 この問いと、104頁、 「小さなことでもこつこつ続けていれば、死なない程度の自信は自然と湧いてくる」 は、小さな、でもきっと大きくなるであろう自信の芽だった。 もちろん、著者の全てを解ることなどできないし、 そういうもんかな(ちょっと違うかもな) そりゃ知らなかった、 全くその通り! など一冊の本の中でも色々な思いが駆け巡る。 しかしそれは至って当たり前の感情だ。 なぜなら、私は彼女ではないし、私も彼女ではないからだ。 なんだかスッキリした気がする。 もちろん、全部の悩みがこれだけで解決!にはならない。 けれども笑えるようになった。 あまりにもブスブスかきすぎている、あるページは完全に笑える。 笑いは、やっぱり、強さだ。

    6
    投稿日: 2020.02.06
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    図書館にて。 おすすめの書評を見て借りてみた。 きつい、きつい、読むのがすごくきつかった。 日頃見ないようにしている女としての生きづらさを突きつけられる。 ごめんなさい、熟読はできなかった。 もう少し歳を重ねたら、きちんと読めるようになるのだろうか。 また挑戦できますように。

    2
    投稿日: 2020.01.10
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    ひどい。。ひどい作品すぎて言葉失った。最近の作品、特にエッセイのナオコーラさんは自身をブスって言うことが増え、すごく悲観的で見ていて不快になる程捻くれてるというか…なんだろ、難しいなって。 さらに結婚された旦那さんのことも下に見ていないというけど、高卒とか年収とかわざわざ書かなくていいのではと。そう、気にしてないなら書かなきゃいいじゃん、読んでて気持ちいいものじゃないんだからってずっと思ってたのが、一冊になってしまって、 読むか悩んだけど手にとったらまぁひどい。 ブスブスブスブスって連なってる文章には辟易したし、でももしかしたらいい方向に行くかもと思い読み続けたけど、すごくひどいままだった。読んでて疲れて時間もかかったし、終始不快だった。病んでるのかな。執念深すぎて怖いほど。 わたしの読書人生で一番ひどい本だった気がします。

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    投稿日: 2019.12.17
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    山崎ナオコーラさんが好きで借りたのだが、こうブスブス言われると気分が悪くなってしまう。 ご本人の写真は見たことがないので、本人が言うほどのことなのかどうかはわからないが、言わせたい人には言わせておけばいいのに。 人の悪口を言う人なんて、他人をこき下ろさないと自分が上になれないだけだって。かわいそうな人なんだよ、きっと。

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    投稿日: 2019.11.27
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    この本のちょいまえに偶然平野啓一郎氏『「カッコいい」とは何か』を読んだが、個人的にはそちらのほうがかなり客観的で資料等に基づく考察だったから好み。山崎さんは…正直小説のほうがいいな、エッセイより。タイトルの「自信の持ち方」がどーも読者のためっぽくない。自分の経験に基づいて自分に言い聞かせているような感じ。

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    投稿日: 2019.11.11
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    第一回「はじめに」と第三十回「本当に『ブス』と言ってはいけないのか?」に筆者の主張がすべて詰まっていると思うので、忙しい時はここだけ読めばいいと思う。 ブスに対する差別だけではなく、美人に対する謂われなき偏見にまで言及しているので、単なる自虐本やフェミニン本ではなく、きちんとした社会派な意見をもった本であると感じた。 印象的なフレーズは「ブスは人間の価値を決定する事柄ではない」というもの。この本のすべてがこの言葉に詰まっていると思った。

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    投稿日: 2019.10.21
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    言われてみればしっくりくるのに、言われないと全然わからないことを、ずばりと言い当ててくれる。ナオコーラさんの文章を読むと、いつも力が湧いてきます。

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    投稿日: 2019.10.16
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    言葉で区別することを嫌う著者がブスのワードと自身との生活を重ねたエッセイ。 お葬式のくだりは共感できるが、 いろんな部分が飯食山されすぎてて、 新聞に対してそんなふうに思ってたのか、 おじさんという言葉にそこまで深読みしてたのかと思う。

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    投稿日: 2019.10.10
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    「自分で決めたことを、自分が続けている」という感覚が自信に繋がる。 自分で決めた目標に向かって、自分らしい努力をこつこつやる以外に、生きている間にすべきことはない。 そうだなーと思った。 “自信の持ち方”という方に今更ながら感銘を受けた。

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    投稿日: 2019.09.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「自分に自信を持てるようになりたい」 そんなことを、考えたことがありますか? 「自信」とは、自分を信じることができること。 自分のことなので、自分で、自分を信じればいいのだけど、 それが、すんなりといかないから、悩みになる。 なぜ、すんなりといかないか?というと、 自分を信じられるような何かを見つけられないから。 何かを見つけていても、それを信じ続けることに不安を伴うからだと思う。 山崎ナオコーラさんは、エッセイ「ブスの自信の持ち方」の中で、次のように書いている。 批判やバッシングでつけられた傷は、批判やバッシングがなくなったときに治るわけではない。 他人からの賞賛や拍手によって、回復できるわけでもない。 おそらく、自分の行った努力だけが、自分を助けてくれる。 自分が目標を定め、自分が努力をして、それを自分が認識したときに治る。 自分だけが自分の自信を回復できるのだ。 ここで指摘されているのは、誰かの評価軸を基準にして努力することは、意味がないということ。 自分が作った基準を自分で努力してクリアしていく作業をすることで、自信が持てるということです。 私はコーチングのクライアントさんに、「例えば、1年後の自分を想像して、どんな状態になっていたいか?」 を考えてもらうことがあります。 「こうなっていたい」という状態を思い浮かべる時に、 本当に、自分自身がそうなりたいのか?ということも、改めて、問い直していただくようにしています。 友達から見た自分だったり、親から見た自分だったりを気にして、「こういう自分になりたい」を考えており、 本当に自分自身がそうなりたいのか?改めて考えていただくと、「あれ、違った」ということに気が付かれることもあります。 周囲を気遣うことができ、学校でも比較的成績が良かった方は、他人の基準を自分の基準にしていることに気が付かず、 他人の基準と照らし合わせているために、自己評価が低くなっていたり、 いくら努力しても充実感が得られなかったりして、悩んでいることもある印象を受けます。 コーチの問いに答えているうちに、ご自身の中にある矛盾に気が付くことが、自信を持つための第一歩だという気がします。 山崎さんの著書は、 「ブス」というワードを切り口にしていますが、上下関係、ハラスメントがある関係を切り抜けていくために参考になる考え方、 「どう生きていくか」を見つけていくためのヒントが書かれている本だと思います。

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    投稿日: 2019.09.25
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    前々からナオコーラさんが自分の事をブスって言っており、それがとても心が苦しくなります。今回はブスについても書かれていましたが、もっとテーマを広げて社会派のエッセイでした。要は物事は区別して考えるべき、って内容でした。どうしても話の流れで区別すべき事なのに、一緒になってゴチャゴチャになってしまう事ってあると思います。ナオコーラさんが言いたい事は理解できましたが、今回のこのエッセイでは何故か林真理子さんを思い出してしまいました。

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    投稿日: 2019.09.17
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    今、感じている課題や問題は全てグラデーションだと言うことを忘れてはいけないと思った。 例えば、本書のタイトルにもあるように、「ブス」と二項対立として語られる「美人」も、グラデーションだし、「男性」「女性」も、A派B派に分かれて討論しましょう。といっても答えは出ない。本当の思いや間隔は多数決では決められない。 自分の意見や考えを強く持つとき、他の何かを押しつぶしてしまってはいないだろうか? そんなことに思いを馳せられることこそが、読書をして学んだことなのではないだろうか?

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    投稿日: 2019.08.18
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    どうして人は他人を非難するのか?というのが子供の頃から疑問だったけれど、それが社会の問題だというのはなるほどと思った。私はもう大人で、素敵な大人として楽しく生きたいので、もっと文化的で成熟した社会にしたいなぁ。

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    投稿日: 2019.08.12