
総合評価
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powered by ブクログ日常的な「説教」や沈黙の強要が、偶発的な無礼ではなく構造的な権力行使であることを鋭く示す。語る権利を奪う暴力の連続性を可視化し、物語が変わることで世界は変わりうるという希望を、フェミニズムの核心として提示している。
0投稿日: 2025.12.13
powered by ブクログ男の自分がこの本を読んで何か感想を言っても「男性目線」にしかならないのがもどかしいところ。マッチョイズムに嫌気がさしている自分としては、著者の「フェミニズム運動は女性だけではなく全人類を解放するもの」という言葉に力をもらった。家父長制という古臭い概念への対抗手段として健全にフェミニズムが機能し、男女の平等が実現することを願います。ウルフも読まなくちゃ。
0投稿日: 2025.10.23
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
Mansplainingという造語があるそうで、Wikipediaによると「男性による見下したような、自信過剰な、そしてしばしば不正確な、または過度に単純化された方法で女性や子どもに何かについてコメントしたり、説明したりする」ことなんだそうだ。 本書はこの言葉の出典となったエッセー集。男性に女性がひどい扱いを受けている、という話が延々と書かれており、事実はともかくちょっと読むのがしんどい。さすがにちょっと被害妄想チックなんではないかと思うようなところもある。。。
0投稿日: 2025.06.15
powered by ブクログフェミニズムについて学びました。女性を対等な人間として見ることのできない男性。男性的な社会に女性も男性も苦しんでいるということかなあと思いました。
1投稿日: 2025.02.04
powered by ブクログタイトルに惹かれて手に取った。 もう少し幅の広い社会学の本かと思ったが、筋金入りのフェミニズムの本だった。 上野千鶴子さんの本で、自分は思ったほどフェミニストではないらしい、と知れてしまったので、そのことを再確認した感じだ。
20投稿日: 2024.10.27
powered by ブクログフェミニズムについて話すときに、使いたい表現方法やデータがたくさんありました。女性も男性も、公平性の基礎を理解するために読んでほしいです。
2投稿日: 2024.04.12
powered by ブクログ男とは如何に愚かな生き物かと思わされるような内容だった。レイプが頻繁に起き女性には人権などないかのような語り口に辟易しながらも自分もその愚かな側の生き物かと思うと閉口するしかない。
1投稿日: 2023.08.30
powered by ブクログアメリカのフェミニズム運動の展開を、その時々の出来事にコミットする形で舌鋒鋭く語る。論評と言うより、同志を勇気づけるアジテーションと言った方がよいかもしれないが、それが滅法かっこいい。自分達を取り巻く状況を鋭く切り分け、何が問題なのかを大きな物語として提示するものの、安易な図式化に堕すことはない。すごいと思う。
2投稿日: 2023.03.21
powered by ブクログ「ミスターインポータント」! 女性なら誰もが出会う「蘊蓄オジサン」の話から始まり引き込まれて、あっという間に読み終えてしまった。 こういった男性の上から目線は、笑い話では終われない多くの集団レイプや殺人と地続きだ。 名付けの意義は大きいこと。 「マンスプレイニング」 「ドメスティックバイオレンス」 「性的特権意識」 「レイプカルチャー」 言葉ができると、その概念が定着する。言葉がないと、そこにあっても見えないものだ。 フェミニズムが行なってきた可視化=名付けの大切さを改めて実感できた。 ひとつかみに言い当てる言葉あったらなと思う現象は日常にたくさんある。これまでも複雑で一言では言い難い現象を一掴みにできる言葉は、フェミニズムの世界だけでなく、見通しを良くしてきた。 (撞着語法もその一つだろう。最近では「ツンデレ」という言葉が出てきて、視界が開けた気がしたものだ。) 最近では、キーツの「ネガティヴケイパビリティ」もそうだろう。ごく最近知ったこの言葉が、ウルフの分析で登場したのは驚いた。ウルフが語ってきたことが、まさしく宙ぶらりんで耐えている深い思索だという分析は嬉しくもある。 (でも言葉も使い古されるとその登場の新鮮さを失う。セクシャルハラスメントがセクハラと呼ばれたのは、人口に膾炙することの助けにはなったけれど、それがかえって言葉の価値をどんどん下げてしまうように。それは言葉の運命として仕方ないことだ) 「ウルフの才能の一端は、このまるでわからないという感覚に、このネガティヴケイパビリティにあるように思える。」 宙ぶらりんでいること。そこでとどまり続けることが希望の始まりだということだ。 またウルフの 「アイデンティティを統合することは、それ自体限定し、抑圧することにほかならず、彼女はそのように強いられることのない日常を求めている」 「複数であること、単純化できないこと」「もっとたくさんのものになろうとする力にほかならないのだから」 という考えは、まさしく平野啓一郎のいう「分人主義」的な発想だなとも。 帚木蓬生や平野啓一郎がこれらを含む欧米の哲学的思考や言説からそれぞれの言葉を導き出してきたのだろうが、日本だけでなく、世界的に、混沌としたものを単純化せずにそのまま受け取ろうとする流れになりつつあるのだなあ。ウルフの再評価もその一つの流れなのかもしれない。 二項対立を超えた、ポスト構造主義的な考えは、時代の要請でもあるということだ。 1980年台にフェミニズムに逆風が吹いたが、 グレーバーがいうように 「革命とは一義的には単一の政体における権力の掌握ではなく、新しい思想や制度が生まれ、その影響が広がる複数の裂け目である」 確かに、革命とは、今や目に見える権力闘争からもぎ取られるという形を取るのではなく、静かで確実なムーブメントなのだと思う。 こんなことを思い出した。 大学時代、学園祭のとある講演会に参加して、自分に起こるダブルバインドや、目の前の逆風を嘆いたら、講演の助言者の女性作家に「女性の革命は長い目で見なさい。確実に少しずつ静かに変化しているから焦らなくともよい」と慰めてもらったことがある。 今まで何度もその言葉を思い出し、確かにそうだなと思い、多少の揺り戻しがあっても、俯瞰で見ることを覚えたのだった。 複数の裂け目は確かにたくさん露出している。 焦らず、したたかに、諦めず、強くありたいと思う。
4投稿日: 2022.08.10
powered by ブクログ【オンライン読書会開催!】 読書会コミュニティ「猫町倶楽部」の課題作品です ■2022年5月23日(月)20:30 〜 22:15 https://nekomachi-club.com/events/b096ffdd0b0a
1投稿日: 2022.04.24
powered by ブクログソルニット自身がその著者とも知らず、「今年出たばかりのマイブリッジ関連のとても重要な本をしってるかね」と、いくら同席者がそれが彼女の本だと割って入っても滔々と、どうもその本を読んでいなさそうなこの男の人が長話をまくし立てたというエピソードをきっかけに、最終的にはその挫折や徒労感、フラストレーションを、女性を対象とした暴力や殺人といった、より深刻な社会問題に、信頼に足るデータと歴史的事実の検証によって接続していきます。 これらの、データに基づく女性に対する凄まじい暴力について、感想をかくことすら怖くなるような内容でした。 私自身、このような男性の暴力性に殆ど触れたことがなく、また、ミソジニストたちがなぜそれほどまで女性に対して嫌悪、暴力を当然のものとして向けるのかがどうしても現実のものとして理解し難いものだったのですが、一方で日常的に「女のくせに」とか「女の腐ったやつ」とか、そういうことを言う人はいるなと思ったし、「結婚したくせに女は社会に、街に出たがるな、家に引っ込んどけ」「そんなんだと結婚出来ないよ」「早く結婚しなさい」とストレートには言わなくても思ってるんだな、と思わせる男性はいるよな、と感じ、ひょっとしたらその延長上には、自分の思い通りにならない女性に対する目も背けたくなるような暴力に繋がることもあるのかな、と思いました。 マンスプレイニング
10投稿日: 2022.03.05
powered by ブクログ想像していた内容と少し違った。 女がどれだけ虐げられてきたのか、男がどれだけ愚かか、そのようなことを主張するのがフェミニズムなのだという勝手な思い込みがあった。女なのに。他人事のように考えられていたのはある意味では恵まれていたのかも。 印象に残った箇所と個人的な解釈 ・ネガティブケイパビリティ 分からないことと共にあることが出来る能力 →女性が主張し、権利を有する社会についていけない男たちに対して得体の知れないものも受け入れる寛容さが欠けているという批判? ・「解釈することは、対象を貧困化することである」→なるへそ〜 ・アイラ・ビスタ事件の犯人も、まるで我々その他大勢とは完全に異質の人間だと強調するかのように、繰り返し「異常者」と呼ばれていた。 →男には見えない、男による女への暴力 ・感情の問題をアクション映画のようなやり方でしか解決できない →男性犯罪者の方が女性よりも多いよね ・「甕や箱の中に戻らないものとは、思想だ。」 →なるほど〜
6投稿日: 2021.11.26
powered by ブクログ凶悪殺陣事件を紹介していくラジオで、 いつも被害者は女性、女児が圧倒的に多いことに悲しみをおぼえた。 女性であるだけで生きていくことにリスクが生じるのは、遠い国だけの話じゃない。 声を上げてくれた人々のおかげで、今は権利を主張することはできる世の中に変わりつつある。 しかし、まだまだ未来に向けて解決すべき課題は山積している。
5投稿日: 2021.11.07
powered by ブクログフェミニズムとは「女性も人間であるというラディカルな概念」 何を当たり前のこと言ってるかと思う人もいそうだが、過去、女性には人権などなく独立した存在でもなかった。今でも人間扱いせず、女性に思考など必要ないと思ってる人も多くいると思う。 当たり前だけど当たり前ではない。過去のさまざまな運動によって、少しずつ女性が人権を獲得出来てきている。 読んでて重い気持ちになった。本書からは作者の静かな怒りを感じる。 レイプ事件の話や、SNSでレイプ予告殺害予告の話が出るたびに男性を嫌いになりそうになる。もちろん全ての男性がそのような人ではないことはわかってる。 女性も読んだ方が良いが、多くの男性に読んで欲しい。夜道を歩く時後ろに男性がいたら怖くなってしまうこと、きっと知らないだろうなと思う。世界ではこんなにも女性の人権を踏み躙る犯罪が起きている。 内容はまあ良いけど、文章がかなり読みづらい。訳のせいなのかそもそもの書き方なのかわからないが、抽象的な表現や例え話が多すぎる。
5投稿日: 2021.09.16
powered by ブクログフェミニズムやジェンダーについてのエッセイ集。『フェミサイド』という言葉に関連して、女性嫌悪に囚われた男性心理の説明としてこの本から引用されていて興味を持った。また、表題のエッセイは『マンスプレイニング』という言葉が生まれる切っ掛けとなったものでもある(ただし、言葉を作ったのは著者ではない)。 特に「6 ウルフの闇」が好きで、さまよい歩くように(時には本当にさまよい歩きながら)思考することの大切さを改めて感じた。 また、言葉の選択や表現が美しく、手元に置いておきたいと思った。他の本も読んでみたい。
2投稿日: 2021.09.03
powered by ブクログ2021年8月 女が自分よりものを知らないという前提で偉そうにうんちくを垂れる、ちょっとイタイだけの男と、女が男である自分の意のままにならないことはけしからぬことだと女を殺す男もグラデーションであるというこの本の結論に衝撃を受けた。ずるずる悪化していくのだ。 俄かに信じられないと思うのは、説教したがる男たちはあまりに身近な存在だからだ。 わたしが若い頃、見知らぬ男から通りすがりに頭を叩かれたり、電車で突然怒鳴られたり、日常茶飯事だったことを思い出した。殺されはしなかったものの、現実、わたしもフェミサイドの被害者にいつでもなりえたし、こらからなりうるということである。 個人的な感覚だが、この本は『彼岸花の咲く島』と『破局』と食い合わせ?読み合わせ?がいい気がする。
4投稿日: 2021.08.31
powered by ブクログ近年はSNS界隈でフェミニズム論争が目障りなレベルでうるさく、ミソジニーとかなんとかなんとかとか、もう結局みんな優位に立ちたいだけじゃん的な気持ちでいて、できる限りフェミニズムを避けていたのだけど、ひょんなことからこの本を読むことになった。 これはおもしろい。 生まれてから40年弱、男性をやってきた身としては、明らかに話は女性よりおっさんの方が長いし、上司のマンスプレイニングには日々閉口しており、この本には妙な共感を覚える部分もある。 まあ、自戒もあるのだけど。 しかし、男性性というのは、やはり極めて暴力的なものだと思う。当の男でさえその凶暴さを持て余すのだから。 それを認識することがまず大事なのだろう。 それから最近ではSNSのめんどくさい感じとは別に、ジェンダーの問題がLGBTQを含め、今までより健康的な形で、盛り上がっている感じもある。 今後、社会システムにおいても誰もがジェンダーという重荷を背負わなくともいい時代になればいい。
3投稿日: 2021.04.21
powered by ブクログ感想はこちらに書きました。 https://www.yoiyoru.org/entry/2021/03/03/000000
1投稿日: 2021.03.16
powered by ブクログいまからたった五十年前には、厳密な意味でヘテロセクシャルでないものはみな、犯罪者か精神を病んでいるかその両方だとみなされ、厳しく罰せられた。そんな仕打ちから守ってくれるものは何もなく、むしろ法律によって迫害や排除が認められていた。 同じジェンダーに属するふたりの人間が結婚できるという考え自体、フェミニストたちが結婚をかつての上下関係のシステムから解き放ち、平等な人間同士の関係として再創造したからこそ可能になったのだ。さまざまな事柄が証明しているように、結婚の平等に脅威を感じる人たちは、同性カップル間の平等だけでなく、ヘテロセクシャルのカップルの平等という考えもおそれているのだ。
2投稿日: 2021.03.12
powered by ブクログまったくオッサンってしょうがねぇなぁ…(自分を含む)って思いながら読み始めたらなんと、説教から暴力行為、殺人にまで筆者はつなげていた。また欧米とアジア、アフリカの小国などを男女関係に例えてもいた。両方にあるのは「支配欲」だろう。こいつがこじれると殺人にまで至るのか… 女性に対してだけでなく一部の男性に対してもいだいている。自分の勝手な優位性みたいなものの恐ろしさを改めて知らされた。
4投稿日: 2021.03.08
powered by ブクログ生きのびるだけでこんなに大変でなかったら、どれほどの時間とエネルギーをほかの大事なことに使えるか、考えてみてほしい。ーレベッカ・ソルトニット 女性たちは日々、戦争を経験している
2投稿日: 2021.02.24
powered by ブクログエッセイですね。サクサク読めます。 理論的に男性が説教をしたがる背景を述べるというよりは、説教したがる男を革切りにそれらがエスカレートしてレイプ事件や殺人事件DV被害につながっていく、という流れ。アメリカのレイプ事件や殺人事件を中心に記述している。 以下読書メモ >> ・15歳から44歳までの女性が男性の暴力によってなくなったり障害を負ったりする確率は、マラリアと戦争と交通事故によるものの合計よりはるかに高い。 ・結婚によって、夫と妻は法律上ひとりの人間になる。つまり女性の存在そのもの、もしくは女性の法律上の存在は、結婚が継続する間は保留となるか、少なくとも夫の存在に組み入れられ、統合されるのである。夫の庇護のもと、覆われるようにして守られた状態で、妻はあらゆることを執り行う。それゆえ我々が使う法律用のフランス語では、既婚女性を「覆われた女性(ファム・コベール)」と呼ぶ。また女性は、貴族や君主のような上位者である夫の保護と影響のもとにある。そうした既婚女性の状態を「覆い(クーベルチュール)」ともいう。こうした理由から、男性は妻にはなにも譲渡することはできないし、契約を結ぶこともできない。譲渡という行為は、妻が独立した存在であることを前提としているからである。 ・産業革命以前は糸を紡ぎ布を織るのは女性の仕事だった。その作業からの連想で、昔話の中では女は蜘蛛と結び付けられ、蜘蛛には女性的な性格が与えられてきた。 ・ヒステリーはギリシャ語の子宮に由来する。極端に感情的な状態は子宮が動き回ることで引き起こされるとかつては考えられていた。 ・フェミニズムは今までも現在も、名付け、定義し、発話し、話を聞いてもらうための戦い ・問題は男性たちがよく言う「俺個人のせいじゃない」という言葉や、傍観者の男性が居心地悪く感じなくてもいいように、実際にそこにある遺体や被害者等から、そして犯人自身から話題を逸らすそのやり方にあるのだ #女はみんなそう(#YESAllWOMEN) フェミニズムについてツイートするたびに脅迫とか変態リプがくる。言いたいことを言うのがこわいなんておかしい。 #女はみんなそう 女性の身に起きてることに対してより、このハッシュタグに対して怒ってる男の方が多いわけだが。 #女はみんなそう 親切にしすぎれば誘ってることになり、塩対応すれば暴力をふるわれかねない。どっちにしろクソ女認定。
4投稿日: 2021.01.20
powered by ブクログ国立女性教育会館 女性教育情報センターOPACへ→ https://winet.nwec.jp/bunken/opac_details/?reqCode=fromlist&lang=0&amode=11&bibid=BB11422379&opkey=B160887247623526&start=1&totalnum=4&listnum=0&place=&list_disp=100&list_sort=0&cmode=0&chk_st=0&check=0000
0投稿日: 2021.01.04
powered by ブクログ現代のフェミニズムについて ウルフの自分ひとりの部屋を読んだあと、こちらを読むとたしかに100年でかなりフェミニズムは前進していると事実を知ったが、実際にこの30年生きてきて女性特有の生きづらさは当たり前のように日々感じているので、やっぱりまだ闘いの途中なのだと実感。感覚的なことを言葉にしてくれた。当たり前のことだと思ってたことをおかしいって言っていいんだよって背中を押された気持ち。 気に入ったフレーズ 未来は暗い それが最良 ネガティブケイパビリティ ジョンキーツ 不確かさや謎、疑念とともにあること パンドラの箱 精霊はランプには戻らない
2投稿日: 2020.12.22
powered by ブクログ表題になったの短いエッセイが冒頭に置かれ、その後どんどん厳しい女性差別の現実が語られる。 あとがきで著者自身も、まさか「説明したがる男たち」というちょっとした違和感から、世界中で性暴力に晒される女性たちの実態についてまで述べることになるとは、と驚いている。 その構成は突拍子もないことではなく、家父長制度により女性の存在が歴史から消されたり、性犯罪を告発する女性の発言が見過ごされたり、軽視される事実まで述べてはじめて、「たった一人の女性に起きている小さな問題ではなく、脈々と続く女性を取り巻く社会構造の闇」であることを指摘している。 この本自体は2014年に出版されたため、 2017年からフェミニズムが高まって世界的なうねりとなった #MeToo 運動には詳しく触れられてはいない。 ただし本書の中で、革命とはかつての歴史ように一夜にして社会構造を変革するということではなくて、変化が裂け目のように広がっていくものとして語られる。それらの連綿と続く地殻変動の流れを感じる一冊。
4投稿日: 2020.08.22
powered by ブクログ"民主主義とはこういうものだ。すなわち、すべての人間が発言権を持ち、富や権力や人種やジェンダー次第で、罰せられずに逃げおおせるようなことはないということだ。"(p.59)
3投稿日: 2020.05.13
powered by ブクログマンスプレイニングについて思うことが多々あり、この言葉が広まるキッカケになったという本作を手に取る。マンスプレイニング体験談だとか、マンスプレイニングのデータ(何だそれ)とかを織り込んだ詳しい解説本なのかと勝手に想像していたけれど、実はマンスプレイニングについて書いてあるのは一章だけであとは別の話だった。絵画の話とかヴァージニアウルフの章、謎を謎として捉える続けることのパワーについての話も興味深かったけれど、いかんせん最初の自分の間違った期待が大きく、そこに引っ張られてしまった。
2投稿日: 2020.02.08
powered by ブクログ文科相の教育勅語の話題、熊本ののど飴の話題、その圧倒的なまでの配慮のなさは知性の欠如そのもので、女性というのは男性の付属品であるという前近代的な、稚拙な思い込みによるものでしかない。どうしてそんな風に人をコントロールしたがるのか理解に苦しむ。そんな中、予言していたかのように現代の知性を代表するレベッカ・ソルニットの新作「説教したがる男たち」が邦訳されたので、早速読んだ。切れ味鋭い語り口と、緻密なリサーチに裏打ちされた安心感こそソルニットの真骨頂なのだけど、本作でもそれが存分に発揮されている。 本作の根底には「フェミニズム」が流れている。2010年代になってもまだ、男性優位の考え方が消えていないし、こと日本においては冒頭の二つの事件からしても後退すらしているように思える。ソルニットは圧倒的な知性をもってそれと戦う。そして我々が出来ることの一歩はソルニットの言葉を読み、その知性に一歩でも触れることだ。アホみたいな内閣の布陣を見ていると、がっかりしかしないが、それを成り立たせているのは「マンスプレイニング」(「男性は女性よりも知識が豊富である」あるいは「女性よりも多くのことを理解することができる」という全く根拠のない性差別)なものの見方が消えうせていないからでもある。男性主義的なもの独裁主義的なもの他人をコントロールしたがる征服主義的なもののカウンターとしてのフェミニズムを、説得力を持って遂行出来るのソルニットには信用がおける。 私は女性ではないのだけれど、いまの日本のこの状況にはなにか非常に許されざるものとか危機感を感じていて、景気が上向いたとかそんなことどうでもよくて、このままだと何も考えない人たちで溢れかえりそうだから、皆が少しでも、知性のかけらをつかむような行動をとるようにしなければならないとおもうのだ。それは本を読むこととか演劇を観に行くとかアートを鑑賞にいくとかライブを観に行くとかそんなことから始まるはずだ。いつもの日常とは少し違う何かを感じ取ることから始まるはずだ。そして、この本はすべての男性に何かを気づかせてくれるはずだから必読なのである。
5投稿日: 2019.11.05
powered by ブクログ全くこれだからアメリカ人て奴は! ……?果たしてそうかな? どこの国だって、似たようなものじゃないの?あるいは、もっと酷いか。 性犯罪の認知件数は氷山の一角に過ぎない。 痴漢盗撮強制猥褻。 ありふれているのに、声を上げられない。 一方で、夫婦でも、恋人でも、性行為を強制する・されるの関係はおかしいと思わないか? それとも、こんなふうに思っているの? 「レイプされた女性の身体は妊娠を避けるよう機能するはずだ」(43頁) これがアメリカの政治家の発言だなんて信じられる? でも、日本だって、報道されたり公になったりしていないだけで、こんなバカすぎる考えの人はいるんじゃないか。 別に男性一般を憎んでいるわけじゃないし、とんでもねえ野獣●△*$!なんて言うつもりもないし普段はいい関係を保てている。 ただ、誰にでも、一部の男性からクソみたいな扱いをされたことはあるはずだ。 美人かブスか、肌の露出の有無、時間帯、年齢、そんなこと関係なく、ただ、「女」だと言うだけで貶められたことが。 本書は、何も#男はみんなそう(#YESALLMEN)とも、#女はみんなそう(#YESALLWOMEN)と言っているわけではない。 やや強い言い方をすることもあるが、タイムリーで、そして絵画や文学といったクリエイティブな世界にも言及している。 特に、ヴァージニア・ウルフについて述べた箇所は、フェミニズム論、ジェンダー論を語る上で非常に参考になる。 女性嫌いな男性たちよ、女性をなぜ貶めるのか。 誰かを下位に見なければ自分の足元は揺らぐのか? それは免れられないものか? そんなことはないはずだ。
3投稿日: 2019.09.22
powered by ブクログここのところなんだか気になっていたのだが、他に読むものが多いし、値段のわりにはページ数がすくなく、コスパ低そうなので、先送りしていた。 が、たまには違った本を読むのもいいかな、と思い、買ってみた。 本をひらくと、行間や上下左右の余白が広く、「ページ数のわりには値段高い」感じは増幅されたものの、内容はかなり面白い。凝縮された内容がスピード感をもって語られていて、それがユーモラスだったり、知的だったり、詩的だったりということと両立しているのが不思議。 結果して、内容の満足度からみるとコスパは高い。 というか、個人的には好きなタイプだな〜。 内容的には、「今日のフェミニズム」という感じかな? 本のタイトルになっている冒頭のエッセイは、女とみると知的に一段低い存在とみていろいろ蘊蓄を語り始める男のエピソードからスタートして、これが今のレイプ・カルチャーな社会に繋がっているという話で、なるほどね〜、ああ、自分もそのカルチャーを維持することに貢献してるかも〜、と思った。 未来は見えないし、ときどき逆行しているように思えることもあるけど、フェミニズムがこれまでに生み出してきた大きな社会変化を再認識し、前にすすんでいこう、これは女性だけじゃなくて、男性も解放する運動なんだという感じかな? 個人的に一番感動したのは、ヴァージニア・ウルフの学会で発表された「ウルフの闇」。 「未来は暗い。思うにそれが、未来にとって最良の形なのだ」という引用でエッセイは始まる。 なるほどね〜。ここには、未来に対する決定論的な希望も絶望もない。不確実性を受け入れること。そのわけのわからない状態から生み出されているさまざまな可能性を祝福しているわけだ。 次になにが起きるかわからないという希望。 そして、この不確実性は、社会だけでなく、自己に対しても適用され、一つの「自己」という概念を揺さぶる。 「自分のなかにいるたくさんの自分」を認めること。その不安定性に踏みとどまることからなにかが生み出される。 「私たちはもはや自分自身ではなくなる。晴れた夕方の四時から六時くらいに家から外へ踏み出すとき、私たちは友人の知っている姿を脱ぎ捨て、無名のさまよい人たちの茫洋とした共和国に加わる」 「自己というのはさまざまな姿を持ち、ほうぼうさまよい歩いているものだから、いっそのことしたいように任せて邪魔しないほうが、私たちは真に自分らしくいられるのではないか。日常生活で求められるのは統一性だ。便宜上、人は統合された自己をもたなくてはならないのだ」 そうなんだよね。 「統一的な自己を持たなければならない」みたいなディスコースに息苦しさを感じていた最近のわたしの思考とぴったりシンクロする本でした。
5投稿日: 2019.04.29
powered by ブクログタイトルで読んでみました。上司が男性ばかりだと常にこういう構造になるので。日々のニュースを見て、加害者被害者の関係が圧倒的に男性から女性に向けられていることからしても。
2投稿日: 2019.03.30
powered by ブクログ説教したがる男たち。レベッカソルニット先生の著書。説教したがる男たち、説教男たちがいるのは日本だけではなくて万国共通であることを思い知らされました。私は自分が上から目線で説教されるのは耐えられないし、他の誰かが同じように上から目線で説教されているのを見るのも苦手。でも気づくと自分が他の誰かに説教じみた話を無意識にしてしまっていることもあるから困ります。
5投稿日: 2019.01.13
powered by ブクログ権威あるっぽいおじさんが、若い女の人に対して、物を知らないと決めてかかってなにか説明しだす。そういうのはありふれた光景だ。もちろん男がみんなそうってわけじゃない。でも、女はみんなそうってことが多すぎる。笑い話のようなあるある話の一方で殺人犯の90%は男性という事実がある。両者の間はグラデーションになっていて、つながっている。 一見絶望ともおもえるフェミニズムの問題。しかし著者ははこれからなにがおこるかわからないし、わからないことが希望の礎だと言う。複雑な問題を考える方法をさまざまな仕方で提示する。
2投稿日: 2018.12.30
powered by ブクログとにかく怒りのパワーがすごかった。 ヴァージニア・ウルフに触れるのは興味深くてよいのだけど、 彼女の詩を雪の上に書いてみろ云々のくだりなんか蛇足すぎる… でも、ここまで弁解の余地も与えず怒るのはなぜだろう?と考えるきっかけにもなった。 とりあえず、最初から最後までひたすら怒り続けているので、 ちょっとこれは精神的に元気100%の時でないと読むのきつい。 今回は疲れて途中でやめてしまったので、そのうちリベンジしたい。
3投稿日: 2018.12.09
powered by ブクログ言いたいことはわかるんだけど、論争的なテーマや、社会全体の問題については、なんでそうなってるのかとか、別の見方をする人、批判や反対している人々はどう言ってるのかとか抜きで一方的だと説得力がないと思う。 あ、『歩くことの精神史』の人か。 もう一回読んでみたけど、憎悪にあふれていて健康に悪い。なんでこうなるんだろうか、というか日本と同じでネットにいるとこうなってしまうんだろうとは思う。 タイトル、Menが主語でありmeは目的語である。Men f**k women, Subject Verb Object.
0投稿日: 2018.09.20
