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きことわ(新潮文庫)
きことわ(新潮文庫)
朝吹真理子/新潮社
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総合評価

119件)
3.4
12
29
47
8
1
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    子供の頃の微睡みの中に見る夢現のような物語。自分が体験したことなのか夢に見たことなのか分からない、でも確かに自分の中にある思い出。 読んでいると自分も葉山で過ごしたことがあるのではないか、と錯覚するように記憶に紛れ込んできた。 子供の頃の夏の特別さを閉じ込めた作品だった。

    0
    投稿日: 2025.12.28
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    このレビューはネタバレを含みます。

    今年一冊目に読んだTIMELESSも、不思議な読了感と言葉の美しさがすごく好きで印象に残っているんだけど、本作もまた、すごく不思議な読了感で夢見心地。過去と現在、夢と現実が絡み合って未来に続いていく。夏に父を亡くし、実家に帰っては父がいた場所、父が歩く姿、父の声、言葉、あの時の色々を思い出して、過去と現在がごちゃごちゃになっていたので、そんな今のタイミングで読めてよかった、より深く物語に入り込めた気がします。今はもうみなくなったけど、暗闇の中で誰かに抱かれて、大丈夫大丈夫、って声をかけられる夢をよくみていたんだけど、あれはきっと死んだ祖母で、1.2歳の頃の私の記憶が夢に現れていたんだと思う。その夢を見ると妙に安心していられた、大切な夢でした。夢と過去と現実は全て繋がっている気がする。父の死を受け入れるには、まだ少し時間はかかるけど、無理に受け入れなくてもいい気もするな、とそんなことを思いながら読了しました。全ては繋がっている

    0
    投稿日: 2025.11.26
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    25年ぶりに再開した貴子と永遠子。 2人の記憶が絡まり合いながら、25年を埋めていく。 過去と現在、夢と現実が溶け合う世界にとぷんと浸かりながら読み進める不思議な感覚。曖昧で、浮遊感がある独特な文章。 絵画のような小説、という表現がしっくりくる。印象派の絵を思い浮かべながらページをめくりました。

    11
    投稿日: 2025.10.29
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    第144回芥川賞 著者、朝吹さんの経歴と家系に恐れおののきながら読む(福沢諭吉と遠縁で父親実業家の母親名翻訳家てどゆことなの) 現実と夢が交差しながら進む物語 人の夢の話って、本当に興味ないじゃないですか でも(恐らく)ものすごい文章力で紡がれているのでむしろ、文字から自分の経験へと回帰しながら物語を読むことができてしまう これ、多分芥川賞の中でもそうとう上位の作品なのでないでしょうか 別荘とかそういうアイテム1つ1つに著者の幼少期の体験が少なからず混ざっており、それを小説として昇華させている 大変高度で嫌味を感じるわけでもなく(そこが僕は1番すごいと感じた)文章量の割に読書時間がかかりました 何故かと言うと自分の体験を思い出せと言われた気がして、その時間が読書中にあったから 果たして読み方合っているのかわからないですけど 結局、わかることしか「書けない」と思うんですよ 先日の加藤シゲアキでも思ったけれど、わかることを書いている時の作家ってパワーが違う この朝吹さんも恐らくわかることしか書いていない それが地上より1段上の空気なのに、読む側は不快感なく読むことができる 人によっては「!」となる作品な気がします ただ、慎太郎の選評の方が愉快さで言うと僕は上かな あ、あと解説の町田さんやりすぎ

    18
    投稿日: 2025.10.08
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    正直、言葉が甘ったるくて気分じゃなくて、前半はいつ読むの辞めようかと言う感じだったけど、そのノイズみたいな、表面的な触感を押し撫で浮き出てくる形が凄く面白かった。てかこの体験が良かったのかも。聞きたいのは、わが星好きですか?月の話があったから繋がったんだけど、それ以上に夢に見て、遠くから眺めているより、実物を目に入れたい。想像上より生きてるって感じたいみたいな。あと解説の町田康がやぱパンク

    0
    投稿日: 2025.09.29
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    きこととわこ、夢と記憶、記憶と現実、生と死など多くの境が曖昧にもつれ合っていく文章だが、その感覚までは文章に明らかにされてしまっているため読み手が持ち得ず。25年の時間的な隔たりが曖昧になっていくのは少しグッと来る。

    0
    投稿日: 2025.08.26
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    再読。2014年新潮社冊子より。 わかったようなわからないような。芥川賞受賞作品を読むといつもこの感覚になる。 多分「読む」というより「感じる」ように読むのかな。

    1
    投稿日: 2025.05.01
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    2011年第144回芥川龍之介賞 “きことわ”は、貴子(きこ)と永遠子(とわこ) の二人の女性の名前から きこが、小学3年生の8歳 とわが、高一の15歳 まで 二人は葉山の別荘で共に夏を過ごしていた そして、25年後別荘の解体で久しぶりに再会 ふたりの思い出、記憶違いを会っていなかった時間を埋めるように文章が流れていく 目は文字を文章を追っているのに 自分の幼児期の記憶が溢れてくる しかも私は嫌な方の思い出ばかり きことわは決してそんな流れではないので 私の心情がそんな状態だったのだと思うのです 偶然にも最近友人と年甲斐もなく 8歳くらいの時の家庭の思い出を愚痴りあったからかもしれない

    79
    投稿日: 2025.04.13
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    海沿いの避暑地を舞台にした物語。ややこじんまりとしているが、空気感が良い。時間軸を取り払ったような構成が面白いんだけど、現在の登場人物が魅力に欠ける。現実ってそんなもんなんだろうけど、もっとセンチメンタル、ノスタルジックのほうに振って欲しかった。

    1
    投稿日: 2025.03.22
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    いい意味で気持ち悪さがある小説だった。文体はしなやかで所々ぴしりときまっていて、綺麗だった。特に『時』の描写がよかった。

    0
    投稿日: 2025.03.06
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    きこ、と、とわこ。 2人の、現実感のないふわっとした言葉たち。 全体的に、言葉が言葉の形をなさないような、ふわっと浮遊してる感覚。 正直よくわからなかった。 物語を読む、というよりも、文体を味わう本なのかも。

    0
    投稿日: 2024.12.21
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    ラジオで朝井リョウが「文章全てがクリスタル」と評していた。 本当にその通りで、全てが美しくて儚い。 葉山に行ったこともなければ、別荘に通う経験もない私が、夢を見たあとのように薄ぼんやり記憶と交差してしまうほど素晴らしい。

    4
    投稿日: 2024.12.01
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    何か遠いも記憶が脳裏を過るとき、こういう感覚だな。雑踏の中、聞きたい音だけを探して聞こうとするとき、こういう感覚だな。 こういう感覚を言語化して表現する力がすごいと思った。なるほど、なるほどと思った。 自分が普段読む作品に対して、この作品は少し文章が硬いように感じた。難しい言葉もいくつかあって新鮮だった。描写が細かい。 思い出ってみなうつくしいな。町中で何気なくすれ違っていく人たちにも、それぞれのこういった甘やかな記憶があるのだろう。そんなふうに思わされた。

    0
    投稿日: 2024.09.11
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    読者の感想で「絵画の様な本」表現がかなりしっくりきた。よって読み手も選ぶ作品だと思う。実際自分には内容を理解するのが難しく、だけどそれでいて何か言い表せない美しさも感じる。 不思議な本だった。

    3
    投稿日: 2024.06.25
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    夢を見た時の曖昧で不思議な雰囲気と、過去の記憶を思い出す時の実際に体験したはずなのに夢のような感覚が、混ざるように表現されていて好きな文章だった。お話も劇的なことは起こらないのにどんどん読み進めたくなるような展開だった。

    1
    投稿日: 2024.03.03
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    時間の流れを曖昧にする不思議な感覚。 豊かさに涵養された教養から生まれる、もはや日常からは遊離した美しい日本語。

    0
    投稿日: 2024.02.10
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    144回(2010年下半期)芥川賞受賞作 純文学ってこういう作品のことをいうのかな 絵画のような文学 泉鏡花を読んだ時 光がきらきらと輝いている 風景が脳裏に浮かんだ ゆめとうつつ 現在と過去 あなたとわたし の境界線が消失していて でもその境界線を探さなくてもよくて ただ描写を味わいながら読み進んでいく感じ

    3
    投稿日: 2024.01.18
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    この方の作品のファンになってしまいました。 独特な文学的な文体で、現実なのか夢なのか、ひらがなもあえて多くしてるんだと思うんどけど、また違った懐かしい描写に成功している。とにかく描写が懐かしいというか、なんとも芸術的な気分にさせる。 今月表参道の山陽堂書店でで個展もやってるらしいので行きたいとお思いました。

    32
    投稿日: 2023.12.12
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    僕にはとても読みづらい作品で、125ページの中編で読むのに6日間もかかった。もちろん時間の合計ではなく、かかる期間のことだ。 知らない言葉だらけで、調べたら源氏物語で使用されたとか、とにかく通常に使う言葉の代わりに普段使われない言葉に置き換えて使用されている。 教養の高さは感心するが、読む側のレベルが問われる。ひらがなも多く使われ、漢字で意味を感じ取るのに慣れた僕にとってこれもまた苦労した。 とこんなに文句を言うけど、やはり文学として評価されるべき作品だと感じた。知らない言葉を知っている言葉へ、ひらがなの一部を漢字へ置き換えたら、雰囲気そのものも変わってしまうかもしれないので、この雰囲気を出したいからこそこのような書き方になっているのも納得出来たし、主人公2人の裏にいる記憶にしか出てこない2人のお母さんもまた主人公で、短い数日間の話だが、4人の女性のそれぞれの人生、親子の関係性、文章としては軽く触れるのみだが、その度考えさせられる内容ばかりで、読んでいるうちに、なんか不思議な感情になれるという技術力も凄いと思う。 ある方の書評を見ると、ジブリの映画のような気持ちになれると。まさにそれ!と、とても共感した。時間というテーマをこのような形で表現出来るという発想も、短いからこそ決して簡単ではない構造が崩れずに出来たところも素晴らしい。

    3
    投稿日: 2023.08.06
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    第144回芥川賞受賞作 夢と現、過去と現在を混在させた曖昧な世界を調和させる表現力がすごい。子どもの頃の不確かな淡い記憶や微睡むような感覚。誰しも感じたことがあるけど、言葉にできない塵芥が物語になっている。 末尾の町田康さんによる解説が秀逸。

    2
    投稿日: 2023.04.15
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    このレビューはネタバレを含みます。

    「永久子は夢を見る。貴子は夢を見ない」という出出しが凄く魅力的で、その後の展開に大きな布石と仕掛けがなされていたのが素晴らしいと感じました。 記憶というあまりにも不確かなものを、ひととき共に過ごした二人の女性が共有し合う様子をそばで見させて貰った様な感覚を持ちました。 初めは永久子側が夢と現実の境界が曖昧なのを貴子の記憶が補正する話かと思っていましたが、物語中盤で、非現実的なことが起こるのが貴子であったり、いるはずのない永久子を服装まで言い当てたりと、貴子が夢を見ないのは、見ている自覚がないだけなのかもしれない、という展開になって驚くと共に、自分の読解力が追いつかず混乱させられました。 通しで2回読みました。 改めて読んだ感想は現実、記憶、夢、が折り重なって展開されていた様な気がします。どこがどれかというのは分かりませんでしたが、それこそが作者が使えたかったことかもしれません。

    2
    投稿日: 2023.04.02
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     2010年度第144回芥川賞受賞作。  別荘で出会った二人の少女が25年後に別荘の解体をきっかけに再会する。二人のかみ合うようなかみ合わないような記憶とこの25年の間に起きた出来事、夢と現実の狭間を通して二人の心は再び通い合っていく。そんな姿を描いた作品。  現実的な作品とは違うため、そうした作品に慣れている人は本作の世界にはなかなか入りにくい部分があるかもしれない。じっくり読まなければ、この小説の世界観には浸れない。

    0
    投稿日: 2023.01.23
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    綺麗な作品だなと思った。幼い頃の夏、限られた日数を共に過ごした永遠子と貴子の二人が、その夏の思い出の残る家を解体することをきっかけに再会するという大きなストーリーの中で、それぞれの今と記憶の中の心情や会話が織り重なって、まさに人が記憶を呼び起こす時の思考のちぐはぐさ、過去の感情と今の心の声が重なるような感じが表現されているなと思った(人によって少し記憶がずれているのもリアルだなと)。幼い頃の夏の思い出というのは大人になっても残り続けるもので、私も一時帰国で訪れた旅館の近所のお祭りでとった金魚を旅館に預けたことや(思い返すとだいぶ迷惑だな)、今は亡き母方の祖父とカードキャプターさくらの劇場版を見たこと等思い出したり。朝吹真理子作品の匂いがしてくるような表現がすきなのですが、自分の幼い夏の匂いと、作品中の表現から想起される匂いとが混ざって不思議な感覚になりました。

    0
    投稿日: 2023.01.03
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    薄い本だが、なかなか読み進められない本がたまにある。 これはそういうタイプだった。 表現が文学的すぎて「ん?」となり、私にとっては読みにくい本だった。 ストーリーを追わず、想像力がある人が文章表現をじっくり味わう本だろう。 著者の才能には感心するが、私のような、普通の読者は置いていかれる。

    0
    投稿日: 2022.12.25
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    きました、The芥川賞作品。二人の女性が再会することで生まれるコミュニケーションと気持ちの移り変わりという言い表すのが難しい感情を汲み取る表現はまさに芥川賞。ドップリとハマれる作品は休みの日には嬉しく仕事の日は避けたい。気持ち持っていかれるから。

    1
    投稿日: 2022.10.08
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    記憶の小説。 「楽しむ」よりも「感じる」小説だと思った。と誰かが書いていたがまさにその通りだと思う。 この作品の中では過去の記憶であったり、時間、事実というのもが曖昧に混ざり合う。 懐かしい葉山の別荘で、その付近の自動販売機の横で、香る匂いで、些細なことから記憶は派生し今と過去と記憶を混ぜていく。 髪の毛の絡み合う様の妖艶さであったり、古代魚を通した時間の示し方、空想とも怪奇とも比喩ともとれない非現実的な出来事。読み進めるごとに感覚は深淵へと進んで行く。 この小説を読んでいると今、本を読んでいる自分さえも現実的なものなのか夢の中なかの一部なのか確信を持てなく、持たなくなる。 この曖昧さは文学でなければ成せない世界だろうと私は思った。 曖昧であるが、文章という確定的な媒体で記された不安定な強かな世界。この作品を面白いと思える自分でよかったとさえ思えた。

    0
    投稿日: 2022.09.19
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    このレビューはネタバレを含みます。

    多分「楽しむ」よりも「感じる」小説なのかもしれない。 貴子(きこ)と永遠子(とわこ)が葉山の別荘で同じ時を過ごし、別荘の解体に伴い25年後に再会する。簡単に言えばそんな話。 冒頭の「永遠子は夢をみる。貴子は夢をみない」という一文があるのですが、最後まで読み、これは貴子の夢だったのでは?とも思いました。過去と現在が行き来したり、重なり合ったり重なり合わない記憶、「髪」の表現の妖艶さ、生と死・・・。生々しい官能的な世界に、私自身、彼女らの夢の中に連れ込まれてしまいそうな危険な感覚を覚えた。魅力的な作品。

    0
    投稿日: 2022.07.17
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    貴子と永遠子。二人は7歳違い。25年前に葉山の別荘で同じ時を過ごした。それから25年、再開した。柔らかい文章で不思議な感覚になる。あれは夢だったのか現実だったのか錯綜する。懐かしく切ない子供の頃の話に胸がキュンとなった。

    0
    投稿日: 2022.06.17
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    2011年芥川賞受賞作品。現在と過去、現実と記憶がないまぜになって「いま・ここ」の自己が希薄化し、二人の女性の身体は境界線を失って混濁する。他者は異物として対置されず、それどころか自己の一部となる。女性性を際立たせるための男性の介在はもはや必要なく、男性の主要人物たちはアブストラクトな背景と化す。同じことが男性の身体で可能なのか。文学における男性の身体は依然、他者=女性という支持体を必要とするのだろうか。

    0
    投稿日: 2022.04.07
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    読んでいるこちらも夢なのか、現実なのか、ふわふわしたような気持ちにさせられる。 ただただ曖昧で、時間の流れがゆったりと、でもすぐに過ぎ去ってしまうような感覚。 久しぶりに会えばあのときに戻れたような、でもお互いに覚えていることが違ったり、それが少し寂しいような、、自分は忘れたくない、覚えていたはずなのにそんなことが歳を重ねると増えるなぁ

    0
    投稿日: 2022.02.18
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    イメージが連環しているようで、繋がっていない「過去の思い出」と「夢」についての小説であったし、2人の髪の毛で過去の絡まりを表現する手法は見事だと思ったが、文章自体が平坦で少し合わなかった。 未来の約束をするのが良いなと思った。

    0
    投稿日: 2022.02.11
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    文章があわなかった。 好きな人はきれいだと言いそう。 独特な箇所がひらがなだったり、難しい普通使わない言い回し、言葉が多く短いのに読みにくかった。

    0
    投稿日: 2022.02.11
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    さらさらした文章 朝吹真理子さんの本を読むのは初めて。松濤美術館の同じ企画展を同じ日に見ていたり、わたしが根津美術館に行った日に、朝吹真理子さんが日経の日曜版に根津美術館周辺エリアに関するエッセイを書いていたり、何かと縁があるように思えて気になっていた。 場所と記憶の関係について、わたしも幼い時期に住んだ社宅を頭の中でありありと思い描けるのに、もうとっくに取り壊されて低層高級マンションになっていることを不思議に思ったことを思い出しながら読んだ。 なんでもないことがさらさらと重厚に描かれている。 不思議な描写の部分を咀嚼しきれなかった。 鉄線柄の浴衣いいなあ。

    0
    投稿日: 2022.01.03
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    芥川賞作品ということで手に取る。大学在学中の作品のようで20代でこのような文章を綴れる語彙力と描写力にこの方がまだ短い人生の中で一体どれだけの本を読んだのだろうと感嘆していました。幼い頃毎夏葉山の別荘で過ごした「きことわ」のそれぞれの記憶が25年を経て同じ別荘で鮮明によみがえる様がこれでもかと綴られる。記憶というのは五感に刻まれ深い場所にあっても何かの刺激と共に再び目の前にひっぱりだされるもの。同じ風景を見ていても人により記憶されるものは違う。一時濃密な時間を過ごした相手と何十年先に再会すると私ならどうなるだろうと考えて余韻を楽しみました。 因みに話の中に現在の北極星はこぐま座だがずっと後の北極星はそうではないと記載されていて死ぬほど驚いた(これってみんなが知ってることなの?) 芥川賞、私設図書にて

    0
    投稿日: 2021.07.25
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    少女時代に仲の良かった貴子と永久子とが再開する120ページくらいのお話。しっとりした筆致にうっとりする。

    0
    投稿日: 2021.06.30
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    このレビューはネタバレを含みます。

    かなり前に龍さんがおすすめしてくれた本。ようやく読了。 楽に読めたが、あまり体に入ってこなかった。これは本の良し悪しではなく、僕の体調に起因するものだと思う。暫くしてからまた読みたい。 どうでもいいけど、解説の町田康の文章、めっちゃ苦手だった。是非彼の本を一冊読んでみたい。

    0
    投稿日: 2021.06.17
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    読書開始日:5月1日 読書終了日:5月2日 所感 難しかった。 全体通してずっと貴子、永遠子の夢の中にいるようだった。 安定しない。 綺麗な表現と難しい漢字もあいまり、常に朝靄がかかっているような感じだった。 解説が欲しい。

    0
    投稿日: 2021.05.02
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    曖昧の美学か。過去のことは美化する。 親しい人が亡くなったら引越すのか。 夢の中の記憶と過去の記憶が交差して今が動き出す。なにも起きない日常。

    0
    投稿日: 2021.02.26
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    長編を読んでる間に少し疲れてきたので読みやすそうな短編をいくつか挟もうかと思ってこの作品を読み始めましたがこれが意外と骨のある作品で薄さのわりに結構難渋しました。時間こそかかりましたが無事読了。現実と夢、過去と現在の間をたゆたうような作品でした。 町田康の解説が面白いというレビューを読んで手にとった作品でしたが確かになかなか面白いことが書いてありました。

    3
    投稿日: 2020.08.18
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    記憶のあいまいさ。 過去の積み重ねが今であるなら、 今ある自分のいかにあいまいなことか。 人から教えてもらって、好きになった アーティストのポスターが 急に目に付くように感じる。 人間は、脳のキャパの問題から、 目に入る情報のほとんどを 切り捨てている。 同じ道、同じ時間を共有してるはずなのに、 全く違う記憶を生きている。 人はよく、過去は変えられないが 未来は変えられる、という。 実は、過去も変えられるのだ。 全ては、今ここにいる自分に 引き寄せられる。 過去も未来も、今の自分の手の中にある。

    0
    投稿日: 2020.05.10
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    【新潮文庫2014夏の100冊2/100】貴子と永遠子が25年を経て再開し会話するのは現実、でもそれを覆い尽くす様に取り巻く幼少期の話は互いに曖昧で、読み手を幻想的な夢の中に引き込むよう。好みが非常にわかれると思う。終始霧の中にいるようで、かつ、文章も平仮名が意図的に多用され、私にとっては厚さの割りに読みづらい本だった。鮮明な話を好む私のような人には向かない雰囲気。ただ、不鮮明ながら、どことなーくの心地良さはあった。

    0
    投稿日: 2020.05.05
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    ふわふわとゆったり時が流れていく不思議な感じ。 繊細で丁寧な言葉遣い。 自分の夢と母の夢が繋がったこと、一度あったな。 小物も同じで驚いたけど、すごく怖かったから百花の気持ちが分かる気がする。 月は地球から 「年間、約三.八センチ地球から遠くなるの。」

    1
    投稿日: 2020.04.26
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    千と千尋の神隠しのような、 日本古来の時間の流れかたを感じた。 効率化、時短、資本主義そんな現代を生きるためのワードをちょっと横において読みたい一冊。 時の流れはいつも取り止めもなく掴めないけれど、この本の中に少しだけ閉じ込めてくれている気がした。

    0
    投稿日: 2020.04.17
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    のんびりと時間が過ぎていく感じでよかった。小さい頃の大切な思い出って、忘れられないものですね。短いけれど、素敵な物語だと思いました。

    1
    投稿日: 2020.03.13
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    多分、好きな人はとても好きな感じなんだと思います。私はそれほどでもない感じでした。細かな描写とか言葉の遣い方などは面白く気持ちの良い読後感でした。

    1
    投稿日: 2020.03.12
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    . . 【読書の時間】  とりたてて、特別なことが起こるわけではないけれど、心が動く。 子供の頃の時間を共有しつつも、突然縁が途切れ25年間会うことのなかった2人が、別荘の取り壊しを機に再開する。  すごく、淡々としているんだよね。 でも何故か胸がギューーーっとなる。 なんでかな。。 「わーー!久しぶりー!元気だった!?」 そういう騒がしい再開の喜びが溢れる、ような感じじゃなく。 なんだかひそひそ話で昔話が語られているような。 ふふふ…みたいな。 静謐な空気感が漂う。  2人の間で覚えている話が食い違ったり、そういうことってよくある事だとは思うんだけど、このお話の空気感の中ではそれも現実と夢の境目がふわふわとしていて不思議な感じ。ちょっと怖いことが起こったりもするけど、それも白昼夢のような、そんな感じ。  懐かしい日々を思い出すときに胸が痛くなるのは、貴子の母の春子が亡くなってしまっているからなのかもしれない。 思い出が美しくて懐かしくて優しいのと同時に、1つの喪失感がある。  春子が2度と戻らないという事が、過ぎ去った時間が永遠に過去のものっていう感覚を強くするのかも。

    0
    投稿日: 2019.10.31
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    良かった。何がどう良かったのかが私には上手く言えないけど。こういう小説って探すの難しい気がするから出会えたことがまず嬉しい。 その「こういう小説」って、誰にでも書けるものじゃないと思うんよねえ。だから凄いなと思う。最初から最後までちらつかせ続けるキーワード(夢とか2人の髪とか)とか、何かこう上手いっていうのか。凄いなあと思う。こういう小説を書けることが。芸術。文字で綴られる芸術ってこういうことなんじゃないんかな。

    0
    投稿日: 2019.09.05
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    引きずり込まれる文体。時間と空間を一緒に移動しているような気分になりました。町田康氏の解説がいつになったら、作品の解説をはじめるのだろうという状態で面白かったです。

    0
    投稿日: 2019.05.24
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    朝吹真理子さんの言葉を読んだのは確か「羽生善治 / 戦う頭脳」で羽生善治×朝吹真理子両氏の対談でした。これは朝吹真理子さんの文章ではなく対談なので、多少修正していようとも基本は口述だったはずなのですが、読めば分かると思いますが「この人は何者だ?」と思う程会話自体が美しい。丁寧な言葉を喋る人だとかそういう次元じゃない。なんだか羽生名人が朝吹真理子さんという文学作品の登場人物と対談しているような現実離れした美しい話し方で、それに惹かれて代表作だと言われる芥川龍之介賞受賞の本作を読みました。 起承転結がどういうことではなく、流れている文章自体が美しい、それ自体を楽しむような美しい小説でした(地の文には一体合計何回改行を入れてるんだろう?と思う程に少ない。Kevin SaundersonがKraftwerkのMan-Machineアルバムを聴いた時に「Kraftwerkにはシンバルがない」と言ったものに近い感動を感じた。強引につなげてますが本当にそう感じた)。文章に対する装飾がほとんど皆無で、ず〜っと上質なAmbientとかを読まされている気分。ポワポワ。 重度の睡眠障害者は夢と現実の区別がつかなくなった経験があると思う。これに不安障害が繋がると現実が現実を超えてしまうことがあり、これが本当にきつい。本書は夢と現実の垣根を超える小説ですが、あの夢と現実の超越が本書ほど美しければよかったのにとか、少なくともそうなるようにイメージして睡眠障害を迎えられたのではないかと思うと時期的に少し惜しい思い。 美しい小説だ。

    1
    投稿日: 2018.12.11
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    さまざまな事物の表現と漢字のひらきかたとそれらを滞りなく配した文芸(文章芸)らしい文章 小説としての主題選定もそれを邪魔しないてきとうな塩梅だが 同じような「文芸」でも『乳と卵』のほうがより噛み合っている印象

    0
    投稿日: 2018.10.26
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    別荘で共に夏を過ごした小三と高一だった貴子と永遠子の二十五年後の再会。夫と小三の娘と暮らす永遠子の家族模様に年月の流れを思う。特別なことは起こらないまま記憶を共有する二人が穏やかな文章で綴られて、たまに出る古風な言葉遣いで独特な雰囲気な一方で、身近に感じる描写たちに引き寄せられる。薄いのにみっしり。

    0
    投稿日: 2018.10.16
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    過去と現実が厳密に切り離されることなく、夢の話かと思いきや、昔の自分に思考が飛んで行ってたり、ふわふわたゆたいながら、大枠としては25年ぶりの邂逅が描かれる。これを読みながら、”あ、ひょっとして『仮往生~』で描かれていたのって、こういうことだったのかも”って、ちょっとかの作品に近づけた気がしたりもして。まあでもあれはあれ、これはこれ。思わずうっとりするような素敵な情景描写をふんだんに散りばめて、ちょっと不思議な余韻を残しながら進行する、きこととわの物語。中編小説くらいのボリュームながら、その分量以上に濃密に、2人と寄り添える作品。素晴らしいです。

    0
    投稿日: 2018.04.11
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    読みながら、自分の子供の頃の記憶も一緒に混ざり込み、別の思考に迷い込むので読み進むのに時間が掛かった。不思議な体験。

    0
    投稿日: 2018.01.21
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    貴子と永遠子という二人の女性の、幼い頃の思い出と、25年ぶりに再会した今の話。 記憶は時に都合のいいように変わることもあるし、同じことでも人によって見てるポイントが違ったりもするし、その違いがもどかしかったり楽しかったり。 曖昧で優しい雰囲気の物語。

    0
    投稿日: 2017.09.24
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    …あかん、俺にあわない種類の小説でした。 日常生活と幼いころの思い出を、繊細な文章とセンスある小道具で演出してあります。スゲー出来事は起こりませんが、主人公女性2人の思い出と現在の気持ちの移り用を、さざ波をなぞるが如く丁寧に丁寧に描写していきます。 …野蛮な俺には、そういうの味わいきれないねんなぁ。 タイトルもなんだかなぁ、俺がこれつけたら「子供のダジャレか!」になるはずなんだが…。 読み手を選ぶ作品ってことなんだろう。残念ながら(とも思ってないけど)俺は不合格のようです。

    0
    投稿日: 2017.04.04
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    からまる、からがる、こんがらがる。 別荘の管理人淑子の娘、永遠子と、母春子、叔父和雄とともに遊びに来る七つ下の貴子。 二人はお互いの髪がからまり、境が分からなくなるほどの濃密なかかわりをもっていた。 二十五年経ち、その別荘の解体が決まり、二人が再会する。 子どもの時の思い出をたどるだけで、特に大きな事件が起きはしない。 現在と過去もからまり、記憶も二人の間で揺れ動く。 永遠子の夢と現実も境がとろける。 境目を溶かし、一体になることをエロスというなら、確かにこの小説はエロティックだ。 けれども、一部の女性作家にあるようなどろどろした感じはない。 芥川賞つながりか、同じく受賞した小川洋子の「妊娠カレンダー」の雰囲気に似てるか、と思ったけれど、あの作品にある悪意のようなものもない。 文体のせいもあろうけれど、すっきりと清潔感がある。 「からがる」など、いくつか、ことばの使い方にはっとした。 いい意味で、文学らしい文学作品だと思う。

    0
    投稿日: 2016.12.17
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    とても静かで淡々とした空気が流れる。丁寧な言葉で描写された情景の一つひとつが頭に浮かぶ。生と死,自分と他者,過去と現在がそれぞれに交錯し合いながら,登場人物の時間を通りすぎていく。

    0
    投稿日: 2016.10.28
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    文庫本化した直後に買ったのだけれど、読んでは挫折し読んでは挫折しを繰り返してやっと読み終わった。 なんで挫折してたのかというと、どっちが永遠子なのか貴子なのか、これは回想なのか今の出来事なのかがすぐ分からなくなるからで、つまりは作者の策略にまんまとはまっていたからだった。 言葉の選び方と並べ方がとても綺麗。私だったら逆立ちしたって出てこないような言葉がたくさんあって、こういう語彙の中で世界を認識したら世界はまるで違うものになるだろうという気がした。そういう意味で何度も読み返して自分の一部にしてしまいたい。

    0
    投稿日: 2016.06.01
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    このレビューはネタバレを含みます。

    はじめ、句読点も少なく、平仮名ばかりの文に若干戸惑いつつ、とはいえ読みにくいというほどでもなく、すらすら進む。 と思ったら、貴子目線になった途端、一気に現実的な文体になる。 ここで、 永遠子は夢をみる。 貴子は夢をみない。 という冒頭の2行が活きてくる。 二人が子供時代を過ごした別荘を取り壊すことになり、25年ぶりに二人が再会し、別荘を片付けていく2日間の物語。 突然の再会が記憶を呼び覚まし、過去と現在の記憶が入り混じりながら展開していく。 が、オチがない。。。 淡々と物語は進み、最後に何か大きなどんでん返しがあるだろうと、まだ数ページを残した状態でラストシーンのページをめくったら、「解説」の二文字が目に飛び込んできてびっくりした。 残されたページは解説と既刊の紹介。 普段ミステリーばかり読んでいるので、オチがない話というのは、なんとなく落ち着かない。

    0
    投稿日: 2016.04.25
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    最初から最後まで夢を見ているような、何だか不確かな感覚になる。芥川賞を受賞しているのですね。私には良さがあまりわからなかった。

    0
    投稿日: 2016.02.25
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    過去と現在、夢と現実が交差され、クラクラと眩暈のする浮遊感がありつつも、とても美しい文章に圧倒されました。ちょうど二ヶ月ほど前に葉山に住む知人を亡くし、未だ信じられない気持ちのまま、同舞台の葉山での想い出や情景なども重ねつつ読めました。貴子と永遠子の再会後のお話しが知りたい。ずっとこの浮遊感を味わいながら読み続けたいと思いました。

    0
    投稿日: 2016.02.16
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    素敵な文章だった。 本を読むたのしさには、物語の世界に入り込むというのと、文字を追うという2つがあると思っていて、これは完全に後者。一文字ひと文字がするすると体に染み込んでいく感じがした。 何回も読みたい。

    1
    投稿日: 2016.01.03
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    雲量、駘蕩、初めて知る言葉をゆったりとした時間の中で楽しめる作品。 設定、描写、かなり好みです。 町田康のあとがき、面白かった。

    0
    投稿日: 2015.08.28
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    かなり良い。 プルーストを想起させるような、夢と記憶、現実とが交わる物語。 描写として度々繰り返される「浮く」「流れる」という言葉が時間の「流れ」と記憶が「浮き上がる」ことの比喩なのではないかと感じ、またそういった作者の戦術に辟易した。 凹凸がない物語だから文学史にあまり詳しくないひとにはつまらなく映るかもしれないが、作品のクオリティは極めて高い。 この作品以降、全然作品が発表されないのが残念。

    1
    投稿日: 2015.07.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    個人的に芥川賞小説は嫌い。つまんないわりにカッコつけた小説が多いから。 この本にしても読む前は「また芥川賞かよ、ウゲッ」だった。正直読みおわった後もかなりウゲッ感はある。漢字のふしぜんなひらきかたなんかはウゲッて思う。でも予想してたほど嫌な本じゃなかった。人間の、とくに女のとりとめのない意識の流れを追うのは結構気持ちいい気もした。忘却と記憶の繰り返しで自分を発見し続けるのも。たまに文章が脳みそに入っていかなくてウゲッて思う。せめて字体がこういうぬめぬめしたのじゃなくもっと固くしてくれたらよかった。

    0
    投稿日: 2015.07.10
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    あなたとわたし、昔と今、夢とうつつ。 芥川賞受賞作。25年ぶりに再会した貴子と永遠子。姉妹のようで、違う二人。文章のリズムに乗れれば、さらっと読める。この話は現実なのか、夢なのか。ふわふわとしてつかみどころがない。でもそれがこの小説の魅力か。

    0
    投稿日: 2015.04.29
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    このレビューはネタバレを含みます。

    再読。第144回芥川賞受賞作。25年の歳月を経て、再会をした貴子と永遠子。歳の離れた2人だが、どこか双子の姉妹のような雰囲気を感じてしまう。独特の雰囲気でまったりと流れる時間と言葉を無理に理解しようとせず、そのまま読み流すという大切さを知る。

    0
    投稿日: 2015.03.26
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    晴れた日に ほこりっぽい洋館を一回りしたら 外の日差しを浴びて冷たい空気を吸いたくなる そんな感じ

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    投稿日: 2015.02.28
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    時間と年月と世界と、夢と記憶と現実と、自分と周りの人と世代と、すべてが絡まり合って溶け合って一つの認識となり、ただ古代から時間は流れる・・という感じの静謐な世界。

    0
    投稿日: 2015.01.12
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    4,5年前の芥川賞作品です。 著者は若くてきれいで話題になりましたよね。 さて、 表層的には、言葉遣いの趣味がいい文学作品という印象。 知らない言葉や、頭の奥に眠っていて これを読むことでそこから起こされた言葉などが多くありました。 よくそんなに言葉を知っているなぁと感嘆しました。 さらに、そういった言葉を使うことで、 うまく言い得ているために、表現の奥行きが深まっています。 難しい言葉には難しい言葉なりに、 こめられた意味の深さがあるもんなんですねぇ。 内容に関しては、 他愛なく、おしなべて言えば、平板なのですが、 一様ではないんですよね。 品がよくて、驚きの無い小さな万華鏡みたいな変わり映えのし方かなぁ、 あんまりうまく言えていませんけれど。 濃密だけれど、むせることはない空気感、 時空の濃密さをできるだけとらえた、みたいな文章です。 5秒刻みで知覚しているのがふつうの人だけどすると、 この著者は2秒刻みで世界を表現しているというように 感じられるところもありますね。 主人公の貴子と永遠子の二人がひとしい扱いで、 ヒロインとして両立しています。 そこらへんは、二人が一緒に出てきた時にもそうなので、 うまく書いているなと思いました。 二人の主観がからみあうからこそ、 この作品のさらっとしているんだけど濃密という感覚を 作り出せているのではないか。 しりすぼみにならずに、 ちゃんと最後まで表現をあきらめていない。 汗臭くではない感じで、全力を尽くしている。 だからこそ、言葉の勉強になる作品だと思いました。 小説を書く人にも、勉強になるでしょう。 130ページ弱の中編ですけれども、 さらさらっと読み飛ばせない言葉遣いなので、 それなりに読むのに時間はかかりますし、 負荷もありますが、 そこは作品の方に身をゆだねて、 文学の世界に浸ってみるのがよろしいのではないでしょうか。

    0
    投稿日: 2014.12.26
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    たぶん、いつかこの本を読み返した時、その時が夏であればよりいっそう、心地よくて好きになれるんだろうなと感じた。 今読むには、季節が少しさむすぎる。

    0
    投稿日: 2014.12.08
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    さらさらと目に落ちてくるきれいな日本語は、筆者の独特の感性と知性の賜物。 現実と幻とが交差する不思議な世界観もまた良い。 何故芥川賞の作品なのか、読んで分かった。

    0
    投稿日: 2014.11.06
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    本日読了 夢みぬ喜子と夢みる永遠子。 少女だった頃も、 25年後再会した現在も、 互いの髪を絡ませあった2人。 2人の流れる意識と揺らぐ記憶、 そして、永遠子の時に記憶を蚕蝕する夢が、 糸雨の日の遠景のように 境界を無くし溶けあう、 そんな物語。 独特の文体。 文体の妙、文章の個性と言えば 金井美恵子さん、多和田葉子さんを思い浮かべるけれど、朝吹真理子さんのそれは、もっと柔らかくて軽やかなリズム。 新たな文体の創造、とさえ感じる。 ジャーマン・エレクトロニック・ミュージックの巨人、 マニュエル・ゴッチングによる名盤『E2-E4』の話題が物語中に何度か出てきてびっくり!

    0
    投稿日: 2014.11.04
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     「ロバート・キャンベルの小説家神髄」でキャンベル氏がインタビューしている6人の作家のうちの1人が朝吹真理子であった。彼女の芥川賞受賞作が「きことわ」だというのだが、そのタイトルの意味がわからず調べてみた。現代語でも古語でもないらしい。ネットで検索して、それが登場人物の「貴子」と「永遠子」の名前からきていることを知った。  ある批評家は古典的響きがあるという。しかし古語は出てこないのだという。またある人は無駄にひらがなが多いという。本当にそうなのか読んでみようと思った。  確かにひらがなが多い。でも無駄だとは思わなかった。また今風の物語の中に現代の人があまり使わないであろう言葉が出てくる。 「つらつら思いだしながら」 「疾(と)く過ぎてゆくようであり」 「人ぞめきにまぎれながら」 「春風を駘蕩(たいとう)と感じる」 「窪に雨水がたまるがすぐに干(ひ)る」 「じきに冬だね」 「音なく雪が垂(しず)れる」 「もっとあえかなものをみたいと思った」 こんな表現が古典的響きを出しているのか。明治の文学には出てくるようだ。こんな表現を現代の物語の中にさらりと挿入できるところが凄いのだろう。だからこそ芥川賞にも選ばれたのだと思う。

    0
    投稿日: 2014.10.31
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    幼年を夏の別荘で過ごした2人の少女が、25年後に別荘の解体をきっかけに再会する。プロットだけを言えばこの一言で済んでしまうが、25年という長い時間を経て、お互いの記憶と眼前の現実が溶けあい、不思議な空間を描き出した小説。 そこまで説明的ではないけど、保坂和志の一連の作品群に近いものを感じて、これから更に面白くなりそうな作家という印象。曖昧なものをその曖昧さをうまく残したままで具体的な言語に落とし込んでいく作業は簡単なものではないだけに、ぜひこうした世界観の作品が続くなら、次も読んでみたいと思わされた。

    0
    投稿日: 2014.09.22
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    芥川賞受賞作。 貴子と永遠子できことわ。 25年前に触れた感触、匂いが洗練されたセンテンスで書かれている。 雨粒のひとつひとつを感じさせる丁寧な描写もあり、時には大胆な表現もあり、まさに“洗練”という表現が相応しい。 また、きことわの品の良さが随所に感じられる。 逆に品が良すぎる事で一種ホラーのような何かが起きそうな感覚もあり、少したじろぐ。 何かが起きるわけでは無いが、読後の充実感は大きい。

    0
    投稿日: 2014.09.17
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    ふたりの少女を中心に話が展開し、時を経てふたりはおばさんとなり、再会する。思い出ははかない。波の泡のようだ。それは秋のもう暮れ終えようとした時間の泡である。

    0
    投稿日: 2014.09.10
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    過去の記憶、少しだけ年の離れた一夏だけの友人との思い出と再会。特に何か起こるわけでなく、ただ少しずつ過去の記憶をなぞっていく。それぞれの義親とのことと、風景。 それらがとても丁寧に描かれている。 ってそんだけの話。 お話に展開を求めてしまうととてもつまらなくなる。花を眺めるだけ、風景を眺めるだけで楽しめる情緒豊かな人におすすめ。 人間模様という風景を眺めるような小説なので。 駄作、と言うわけではないことは数ページでわかる。しかしエンタメを求む私は最後まで浸れることが出来ませんでした。

    0
    投稿日: 2014.08.28
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    やわらかい文章で、私はとても好きだ。 とりとめのない日常のことなのだけれど、それが特別なことのように思える。 出だしからして、引き込まれ、時間の概念だとか、過去の記憶だとか…誰しも一度は感じたことがあるであろう、ごくごく日常の些末な事柄が、大切なことに感じる。 ひとまず余韻に浸ればよかったと、解説まで一気に読んでしまったことが残念だ。 読後の心地よい余韻に浸り、解説は時間を空けて読むべきだった。 とはいえ、素敵な小説に出会えて、幸せな気分になった。

    1
    投稿日: 2014.08.21
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    幼少時に別荘で毎年会って遊んでいた貴子と永遠子。貴子の母の死を境に音信が途絶えていた。別荘を解体して土地を売却することになり、25年ぶりに思い出の別荘で顔を合わせた。 現在と思い出が同じ過去形で絡まり合って描写される。絡まり合う貴子と永遠子の髪の毛のように。 これぞ純文学という小説。読者を楽しませる意図は微塵もない。ただひたすら状況を描写する。それを読んで読者の心が動くかどうか。動くところもあったし、そうでないところもあった。全体としては物足りなかった。 文章はとても上手で綺麗で、風景が心に浮かんで来やすい。 貴子を最後まで「たかこ」と読んでしまい、あ、きこだった、といちいちつっかかった。これがなければもっとなめらかな読書になったと思う。

    0
    投稿日: 2014.08.17
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    情景描写が豊かで、ほっこりしんみりするお話。 とかく情景描写が多い小説ってダレる事が多いのだけど、 ここで描かれるのは常に2人の主人公どちらかの思い出の中の風景で、 彼女達が記憶をたぐる速度と、読み手の想像する時間がちょうどかみ合うようで、 するする読み進める事ができます。 そのあたり、ものすごく計算されている気がする。 記憶の描写なので断片的なのだけど、 そのひとつひとつに凄まじいディテールがあって、 温度やにおいまで記録されているかのよう。 それが誰かの記憶だからこそかえって生々しいのか、なんなのか。 上質なものに確かに触れたという感触がある良作。

    0
    投稿日: 2014.08.14
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    淡々とした文体。夢と現実、過去と現在、死者と生者の境界が曖昧な世界。自然の描写に五感が刺激される。これまでに読んだ小説にはない、新鮮な読後感だった。川上弘美さんがちょっと近いかも。

    1
    投稿日: 2014.08.03
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    子供の頃のおばあちゃんの家を思い出す。夏休みになるといとこたちがやってきて、一緒に過ごす。海が近くて、古い家で・・・。ノスタルジーを感じるお話でした。

    0
    投稿日: 2014.08.02
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    自分が良いと思ったものを、みんなも良いと思っていたら嬉しい。 そんな期待があるのならアマゾンのレビューなんて読むべきじゃなかったのか? 文学って別に具体的な・強烈な・書きたいことがあってやるもん、って規定されているわけではないと思うんだ。 特に女性作家はその傾向が強いと思う。だから、男性作家の方がわかりやすいしバランスをもっているとも思うし好きなんだけど、感覚的に…より自由に書けるのは女性作家なのかもしれないとも思う。 本作が芥川賞に相応しかったかどうかはなかなかに重い議論だと思うけれど、私は好きだった。 文学って音楽に似ていると思う。 理屈は抜きにして、ただただここちよさを求める、それもありだと思う。 きれいな言葉ときれいな旋律の中に身を委ねる、そういう体験。 現代の作品において、きれいな言葉に溺れることってなかなか無いと思うから、そういう意味である種の嫉妬を覚える作品だった。 舞台となってる葉山も個人的には身近な町であり、その描写に親しみを感じたりもした。

    1
    投稿日: 2014.07.29
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    私は入り込めない世界だった。 永遠子と貴子の距離感がとても近い。 でも、なぜこんなに近いのかわからない。 途中から息苦しくなった。

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    投稿日: 2014.06.18
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    淡々と続いていく文章と、少女時代を思い出すのと土地柄なんかが好き。女性には好きな人多いのでは。タイムトラベル出来る感じ。

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    投稿日: 2014.05.11
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    朝吹真理子のきことわを読みました。 15歳だった永遠子と8歳だった貴子のふたりは逗子の別荘で姉妹のように一緒に過ごしていました。 それから25年後、永遠子と貴子は取り壊すことになった別荘で再開し、後片付けをすることになります。 懐かしい思い出、食い違う記憶、思い出の品々、それぞれの年輪を加えた二人は少女の時代に戻って限られた時間を過ごすのでした。 夢と現実、過去と現在が交錯する女性のみずみずしい感性の描かれたちょっと不思議な物語でした。

    0
    投稿日: 2014.03.16
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    ★3.5でしょうか。 内容としては正直何とも無いと思うのだが、それよりも時間というか時空を浮遊しているような感覚が大事かと。 独特の文体、とは言っても今時では決してなく、むしろ一昔前の日本の作家のような感じ。 それが平野啓一郎のような技巧ではなく、この作家自身の言葉としてごく自然に醸し出されている(あるいはそう思える)ところが怖ろしい。 この後の作品があるのか否か実はよく知らないが、一発屋で終わることなく書き続けてほしいなと勝手ながらにも思う次第。

    0
    投稿日: 2014.02.11
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    思いがけず再読。というのは、読んだことをすっかり忘れたまま、半分以上読んでしまい、まぁここまで読んだんだしと最後まで読んだからである。 一回目に読んだ時よりも読後の印象が良くなったような気がする。 しかし、やはり全然よくわからない。何がわからないかもわからないから始末に負えない。とにかく理解したという気持ちが沸き起こってこない。が、よくわからないなりに、なんとなく不思議な気持ちになって、それが面白いような気もした。 また、文体は優しく、ゆったりとしていると感じた。古語復興の野望を作者は掲げているらしいが、果たしてこの作品でその野望を達成できたのかはよくわからなかった。ゆったりとした雰囲気や進行はどことなく今風ではないと思われた。でもまぁ私は文壇の今風を解していないので、それもまたよくわからない。 読書会をして、色んな人の感想が聞きたくなった。

    0
    投稿日: 2014.02.10
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    朝吹真理子著 きことわ[ 朝吹真理子 ]読了。2010年下半期、第144回芥川賞受賞作である。貴子と永遠子という二人の女性。少女時代を葉山の別荘で同じ時を過ごした二人。二十五年前の夏。貴子が八歳小学校三年生で、永遠子は十五歳高校一年生だった。 時が過ぎて40歳の母親になった永遠子。二十五年前の光景が、彼女の夢の中で美しく語られていく。夢と現実を行き来する中で、物語はゆっくりと時間を遡るかの如く進んではまた現実へと引き戻される。非常に繊細で美しく言葉が、そして文章が紡ぎだされていくのが印象的だ。 かつて共に過ごした別荘が解体されることとなり、二十五年ぶりに貴子と永遠子はその別荘で再開する事となる。ストーリーは至ってシンプルで特別な出来事や事件が発生する訳ではない。「二十五年ぶりに貴子と永遠子はその別荘で再開する」。極論すれば唯それだけだ。しかしながら、この凄く洗練されて心に響く読後感は何から得られたのであろうか? そう言えば最近芥川賞や直木賞の受賞作ってあまり読んでないよなあ。昔は受賞作発表後直ぐに書店に足を運んだものであったが、今は誰が受賞したかもあまり興味が何故か湧いてこなくなってしまった。でも今回あらためて「きことわ」を読んでみて、やはり受賞作って、それなりの特別な素晴らしさというか感動を与えてくれるものだという事を改めて実感した次第。今度未読の受賞作にぼちぼちあたってみるとするか。 【Dance1988の日記】 http://d.hatena.ne.jp/Dance1988/20140117

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    投稿日: 2014.01.26
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    25年ぶりに再会した2人の女性の話。 芥川賞受賞作。 今と過去、夢と現実の境目がわからなくなる。 記憶も定かではない。 何が起こるでもないけど もやもやしてしまったのはなんだろうな。

    0
    投稿日: 2014.01.23
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    久々のヒット。 町田康の解説もよかった!!生と死とか眠りと覚醒とか、津村さんのもそうだけど、今そういうのに共感する力が強いみたい。 確実に解体作業をしているんだけど、記憶が前触れなくよみがえってふとその境目がわからなくなる。その感じがとっても心地よくって、素敵だった。 2014/01/06読了。

    0
    投稿日: 2014.01.06
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    境目がなくなっていく。 読みながら、なんとなく感じていて、ふとタイトルについてもそうなんじゃないかなあ。と思った。

    0
    投稿日: 2014.01.06
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    どこまでも美しい文章。矛盾が絡まり合いほどけ合う。どうやったらこんな文章が書けるのか。 20131219

    0
    投稿日: 2013.12.19
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    この小説、大好き・・・!過去が浮かび上がっても、別になにがあるわけじゃないんだけど、過去がただその場に浮かぶって、僕も普通に生活してて、そんな風に思い出したりするから、この感覚よく分かるなぁ・・・!また日常を淡々と描いてるあたりも大好き!

    0
    投稿日: 2013.12.11
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    素直な気持ちで読後の感想をいえば、「なんだこりゃ」です。 文学、芥川賞の対象となるような純文学のもつ、わかりづらさ、そのもの。 ことばはうつくしい。 映し出されている世界は、自分にも心当たりがあるような、世界。日常。 そういったことを言葉で描き出そうとするとこんな感じになるんでしょう。 あいまいにとらえている日常を、文章にしようとするとこうなるんでしょうね。 ことばを糸とすれば、おられたものがこの1編の小説だということになるなら、 地味な灰色が混じった赤や緑の羊毛の糸で織りこまれた複雑な模様の肌触りはさほど良くないけれど、温かい緞通ともいえる1冊

    0
    投稿日: 2013.12.01
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    なんとなく、ほほぉーと思ってるうちに読み終わっちゃった感じで残念。 名前、いいですよねぇ。 凡庸な名前の私は羨ましかったです。

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    投稿日: 2013.11.23
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    文脈の中で自然に視点が移ろい、かと思えば唐突に時と場所が変わり、またじわじわと夢と現実の境目が滲んだりして、物語全体に不安定な印象が漂います。存在することの心もとなさ、危うさ、寂しさ、積み重ねてきた日々の儚さ、永遠とも思える時の流れのあやふやさ、残酷さ、不可思議さを、日常的な一場面と言葉でもって、サラリと描いているところが、スゴイなぁと感じました。日常に潜む生死の秘密を、静かに見つめることのできるお話でした。

    0
    投稿日: 2013.11.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    葉山の別荘を舞台に貴子と永遠子の再開と、過去の群像を描いた作品。一つの舞台だけで、物語を進めて行くことができるのは筆者の構成力と文筆力があってのものだと感じた。ただ、個人的には文藝系統の本よりは大衆小説のほうがいいかな、と感じた。

    0
    投稿日: 2013.11.04
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    きこ=貴子、とわ=永遠子という名のふたりの女性の物語です。 ふたりの関係は別荘の持ち主の娘とその管理人の娘という関係なのですが、最後に会ったのは1984年夏のこと、25年前に遡ります。管理人の淑子の娘、永遠子はその頃高校1年生、貴子は小学校3年生。貴子の母親春子と叔父がよく遊びに行く葉山にあるその別荘で、ふたりは何度も一緒の時を過ごしたのでした。それから、歳月を経て永遠子は結婚して、百花という小学3年生の娘を持つ身になっています。永遠子の意識はいつのまにか過去へと遡ります。 現在の永遠子自身と回想するシーンが重なりあって、彼女たちが別荘で過ごした夏のひとときがあたかも私自身の思い出として蘇ってくるような不思議な感覚を覚えました。小説の一節に「40歳という具体的な年齢が自分の身に到来する日は、千年先のことと同じと思っていた」という永遠子の思いが表現されているのですが、全くそのとおりで少女時代に抱いた時間の感覚は、とてつもなく長いものでした。 心地良い少女時代のまどろみと、大人になって親となった自分の眼を通した過去がなまなましいものとして対比されます。子供を持って命を繋いでいく自分を意識した時、未来永劫の時間が流れることに気がつくのでしょう。

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    投稿日: 2013.11.02