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powered by ブクログ自由に発言、自由に質問することの難しさ どう見られるかバイアスかかる 問うことの重要さ、なるほどの内容でした
0投稿日: 2025.03.24
powered by ブクログ( オンラインコミュニティ「Book Bar for Leaders」内で紹介 https://www.bizmentor.jp/bookbar )
0投稿日: 2025.03.17
powered by ブクログシュタイナーの『自由の哲学』から思考という概念がキーになるような気がしていて,マルクス・ガブリエルの『考えるという感覚/思考の意味』に手を伸ばしているので,同系列の内容を期待していたが,哲学対話(いわゆる哲学カフェ)の話で予想と全然違った。 それでも考えることと自由について,自由と責任など哲学対話の異議から学ぶところは大きい。 問う・考える・語る・聞くの関係は,哲学という営みにとって本質的なものだろう。特に語ると聞くは,専門的な哲学研究では落としがちだが,コミュニケーション論として有益。 おわりにで語られる著者のドライかつプラグマティックな姿勢には好意を覚える。以下引用。 「私は学校教育を否定してはいない。「考えること」を教えてない,もしくは「考えないこと」を教えていると言っているだけだ。そもそも学校というのは,考えることを教える場所ではないので,私の言っていることは学校の否定にはなっていない。たんなる事実確認である。」,「学校とは,いい学校であろうとなかろうと,そういうところなのだ。」 「実際には,何を言ってもいい,何を考えてもいい自由がないのは,残念ながら日本だけではない。それは,多かれ少なかれ,おそらく世界中の国に当てはまる。どの国にも,こういう人がいい,こういう人が優れている,という規範があり,そこから外れるように思われる発言はできない。望むか否かにかかわらず,許容されていることを話すように強いられ,仕向けられる。」 「私自身は,日本の社会を大きく変えたいとは思っていないし,変えられるとも思っていない。どんな時代であれ,社会を一から立て直そうと夢見るのはバカげている。たとえ少しであっても,何かを変えられるのなら,できることをすればいい。何もしないであきらめるのは,たんなる怠慢である。あるいは,自分たちの問題を日本の問題,日本人の問題に広げ,全体が変わらなければ意味がないかのような議論をして,それができないから何もせずに,ただ批判したり嘆いてみせたりするのは,たんなる無責任である。哲学は夢を追いかけるユートピア思想ではないし,社会全体を変えようとする革命思想でもない。それは「考える」ということを通して,誰もが自分の生きる現実をほんの少しでも変え,自由と責任を取り戻して生きるための小さな挑戦である。そこで必要なのは,高邁な理想よりも徹底的なリアリズムなのだ。」
0投稿日: 2025.01.13
powered by ブクログ哲学対話と聞くと、難しそうなイメージだが、誰でも(子どもどころか、赤ちゃんでも!)参加でき、設定のしかたを間違えなければ、例えばクラスの苛めをなくすことに繋がるなど、予期せぬ効果をもたらしたりするらしい。 本書は哲学対話を企画したりファシリテーターを務めたりする人向けだと思うが、そのルールは、哲学対話以外の意見交換や部下とのコミュニケーションを深めたいときにも参考になると思う。 ○哲学対話のルール ①何を言ってもいい。 ②人の言うことに対して否定的な態度をとらない。 ③発言せず、ただ聞いているだけでもいい。 ④お互いに問いかけるようにする。 ⑤知識ではなく、自分の経験にそくして話す。 ⑥話がまとまらなくたもいい。 ⑦意見が変わってもいい。 ⑧分からなくなってもいい。 ちなみに、哲学対話が向いているのは、 •特に結論を出さずに、いろんな意見や情報を共有したい時 •とりあえず問題やテーマに関心を持ってほしい時 •相互理解を深め、人間関係の土台を作りたい時 •いろんな人(年齢、性別、職業、立場等が違う人たち)と話す時 とのこと。んー、やはり、哲学的なことは時間に余裕がある人しかできないかも!?
34投稿日: 2024.12.21
powered by ブクログ梶谷真司さんの対話には多く学ぶ所がある。 最近哲学対話なるもの、それに関連する事柄が盛んに取り上げられている。会社等のだけにとどまらず、子ども、高齢者の教育福祉にまで広がっている。 以前、あーだこーださんの講義を聴いたことがあるが梶谷真司さんの意、系統を受け継いで推し進められているのではないかなと思ったりもした。 また、個人的にも哲学に関する内容はとてもおもしろかった。対話に関しては人と話すのが嫌いだからなぁ、、
8投稿日: 2024.03.09
powered by ブクログ哲学対話というものを初めて知った。全然文脈は違うが、それに相当するようなスタイルで?男性の育児についてというテーマで区民センターとかで短時間やったことがあったが、面白かったし、少し刺激的だった。哲学テーマでも数人とかでやってみたい。 概して、この本で考えるとはどういうことかを哲学する、というより、そういうのをメタで考え直す機会として哲学対話というものがありますよ、こんな感じでやります、という著者の専門分野の解説本な気がした。確かにそんな基礎的でかつメタな深遠なテーマを書物で表面的に知ろうというのは傲慢で、自ら動いて話して考えろ、ということなのだろうと納得。
0投稿日: 2024.02.11
powered by ブクログ哲学本ではなく、哲学対話のノウハウ本。更に言えば、対話ワークショップのファシリテーター向け教本。そういう目的の読書には最適だ。 ワークショップ形式において、哲学対話か、対話かについては、本著を読む限り大きな違いは無い。設問次第で対話内容が変わってくるが、作法は変わらず、答えは無いし、他者否定は禁止というスタンスは変わらない。 本当は、答えがない問いなど無いはずだ。 しかし、そこには肉体の制約があり、自我による他者固有の欲求があり、知識の限界があるから、答えを導けない、という方が正しい。こうした前提を暗黙知として、いかに答えに辿り着けるか個人的なエピソードの披露やそれへの賛意、限定合理的な解っぽさを述べ合うのが対話なのだろう。 考える事で自由になると著者は言う。固執する自分自身をメタに眺める事で、執着から離れられるから、自由になったような錯覚を得る。しかし、実際には、思考が肉体の欲求から解き放ち、自由を永続的に得る事は不可能。刹那的な自由はトリップのようだ。肉体は思考を規定する。死ぬし、尿意も催せば、腹も減るのだから。 哲学とは。解を得る手続きにおける全知全能への挑戦であり、果たし得ないそのアプローチに折り合いをつける所作なのかも知れない。考える事は確かに楽しい。瞬間的には自由にもなるだろう。しかし、素晴らしき哲学の束の間を、気休めと呼ぶ以外に実生活には折り合いつかず。
17投稿日: 2023.11.26
powered by ブクログ良い本と思います。 哲学対話について、その意義と普段の生活で得られない効用を示しています。また、実際のファシリテーションについて具体的な提案もあるため、やってみたい人の役にも立つ内容と思いました。 目の前の人と対話する能力は簡単に見えて意外とできないと理解しています。属性で決めつけたり、わかった気になったり、自分の得意なことに籠ってしまったり。 相手の話を聞いて、相手にわかりやすく話す、それだけのことがいかに難しいかは意外と無視されている事実なのかなと思います。答えが結果的に得られるかも大事な目的かもしれませんが、自分の思った通りにならない展開も、自分の自由な発言をすることも、なかなか得難い体験になるのではと両面からの価値を感じました。同じ場を過ごすことの大切さについても同様に共感するものです。
1投稿日: 2023.10.19
powered by ブクログ哲学入門ではなくて、哲学対話入門ですね。タイトルを修正したほうが正確だと思います。哲学対話というものをぼくは体験したことがないので、これがどれほど的確な記載になっているかはわからないのですが、まあ、書いていることはもっともだとは思いました。哲学対話なあ…。興味は多少はあるのですが、参加したことがありません。ただ、哲学書にかぶれているぼくなんかが参加したら、場違いなこと言いそうです。【2023年9月10日読了】
1投稿日: 2023.09.10
powered by ブクログ考える事の概念が覆された。 確かに自分の思いをストレートにありのまま伝える機会って、日常生活においてほぼ無いよな。 哲学対話に参加してみたくなったよ。
0投稿日: 2023.04.08
powered by ブクログ自分の人生、ベルトコンベアーに乗って、進んできたように思う。 自分の足で歩いて行きたい。 今日一日、よかったなぁと思って布団に入りたい。 そんな自分の手がかりになる。 哲学対話に参加する。 やってみたい。 山田ズーニーさんの本も読みます。
0投稿日: 2023.02.10
powered by ブクログ考えることで、主観的な感覚としての自由を得ることができる、というのは新たな視点。普段仕事に忙殺されてると何か考えたくもない気になるが、何か別のことを考えることで『自由になる』ことができる、というのは実感できた。 あとは適当に読み飛ばしました。
0投稿日: 2022.11.19
powered by ブクログ相手の意見を理解するのではなく、受け止める。理解できないことは拒絶に繋がりやすい。また、受け止めることは受け入れることではない。ただ受け止めて、観察する。そんな感じかなと思った。
0投稿日: 2022.09.28
powered by ブクログなんか哲学対話とか哲学カフェとかより、ネットでののしりあってる方が哲学らしいと感じてしまう私はだめな男。
0投稿日: 2022.09.27
powered by ブクログワークショップにも似た「哲学対話」のすすめとその実施法 を紹介する本。TRPGのすすめとルールブックに相当すると 思うとその筋の人間にはわかりやすいかも知れない。私と してはTRPGのリプレイに当たるものを期待して読んだの だが、それはほぼなかったので少し残念。とにもかくにも 実際に哲学対話を体験してみなければ始まらない本だとは 言えるだろう。タイトルはもっと素直に「哲学対話とは」 で良かったのでは?
0投稿日: 2022.08.19
powered by ブクログ家族の食卓で本書で紹介されている「哲学対話」がもてたら良いなぁと思いつつ、下手に哲学的にしようと抽象度上げにかかると鬱陶しがられるだけだから、ただ「問う」「考えの補助線を引いて待つ」そして「聴く」ことなんだろうなぁ。
1投稿日: 2022.07.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
・対話の時間は物足りないくらいがちょうどいい、終わるとモヤモヤする、いろんな立場や考え方に出会ったせいで自分の考えが揺らぎ頭が混乱する 終わった後に家族や友達と、自分と対話する 自分の中の他者が増えている ・明確な答えの出ない問いが良い ・語ることで考えに形を与える、通じる言葉にすることで自分にとっても明確になる ・普段口に出すこととは、良いとされていること、正しいとされていること、相手の意向に合うとされていること ・教師も1人の人間として参加する ファシリテーターはルールを率先してやってみせる ・子ども 大人が当たり前だと思っていることに疑問を投げかけてくる ・考えるためには問うことができなければならない。問う力を育てるためには何でも問うて良い環境が必要になる
1投稿日: 2022.02.18
powered by ブクログこの本は「考えること」に焦点を当て、考えることの重要性、やり方について書いてある本です。 普段の生活では、考えているようで考えておらず、ただ反応しているだけのことが多いように思います。 「考えるとはどういうことか」を考える機会になりました。 ぜひぜひ読んでみて下さい
11投稿日: 2021.11.29
powered by ブクログ哲学対話のノウハウを知ることができる。 初心者向けの本。 それ以上でもそれ以下でもない。 少し期待しすぎたようです。
2投稿日: 2021.09.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
近い人が哲学カフェを面白がっていたので。うん、これは面白そうだな。しゃべっている間待つのは結構大変だよね。マインドマップだと自分だけだから、こういうのいいかも。
1投稿日: 2021.07.09
powered by ブクログ哲学対話を数多く実践する大学教授である著者が哲学対話を通して考えることについてや哲学対話の実践法について書いた一冊。 問い、考え、語り、聞くという4つを対話の中で行う哲学対話についてその効用と実践法を本書で知ることができました。 老若男女誰でも参加でき、10から15人で行うことや輪になって行うことなどルールを作り、何を言っても否定せず参加者で考える場をつくるという普段の生活の中ではなかなかない場面で参加者にとって有意義な機会となるだろうと感じました。 また、モヤモヤした状態で終わり、対話後も考えることが大切と言うのは印象に残りました。 コミュニティボールや否定せず受け止めるために進行役、普通にいない人を入れることや質問ゲームを行うことなどディベートや会議とは違う仕組みを取り入れることも対話を盛り上げることにつながると感じました。 答えのない問いを考え語って聞いてもらうことで様々な考えを知ることにつながり、自身の視野を広げていく機会となる哲学対話の素晴らしさと共に自信を深く見つめ直し、人として成長もできる機会でもあるとも感じました。
1投稿日: 2021.04.24
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
タイトルは「哲学対話のすすめ」の方が適切と感じた。考えるということへの本質には触れてくれなかった印象。
0投稿日: 2020.08.15
powered by ブクログ久々に読むのを途中でやめた本。話が無駄に長い。前置きが長すぎて読む気がなくなる。パラパラ流してみたが一向に興味がてる内容がなかった。残念。雑食的に読むとこういうこともある。
0投稿日: 2020.07.23
powered by ブクログ哲学対話についての効用、やり方が丁寧に書かれた本。 個人的には哲学対話を深めるための方法、すなわち5W1Hや未来・過去・現在の時系列、なぜなぜを行うことで疑問を広げる方法に実践の価値があると思った。思考をめぐらすだけではドミノのように積んでは崩れ、考えがまとまらないが上記のフレームワークとそれを記述することで考えをまとめあげ、思考の整理をすることができるなと読みながら共感した。「ゼロ秒思考」にも同じようなことが書かれていたのを思い出した。おそらくこのトレーニングを哲学対話の場や職場で実践することではるかに深い思考を得られるはずだ。そうと思えればやるのみである。
0投稿日: 2020.06.29
powered by ブクログ哲学対話を主宰するにあたって、これは読んでおかねばな、と思って読みはじめた。 著者の言葉の扱い方に「誠実さ」のようなものを感じ…、それだけで感動した。 特に現在の教育システムへの批判的な話は深く頷きながら読んだ。 哲学対話の基本的なルールや効用については、オンライン哲学対話を何回か体験していたので、既に知っている話が多かった。 哲学対話を主宰するにあたり、最後の章はとても参考になり、この読書体験を活かして、よい哲学対話が出来たらいいなと思うが、初めから成功させようなんて思い上がりだ、とも思うし、そう書いてあったような気もするし、身を引き締めよう。
0投稿日: 2020.05.18
powered by ブクログ考えることを哲学の専売特許みたいにみなしてしまうのはどうなんかな。あと哲学に限らずの専門家を批判するときに内容ではなく態度みたいなのを問題にしてしまうとやっぱりそういうのに関心ある人の社会運動だなと思ってしまう。そりゃそうか。
1投稿日: 2020.02.09
powered by ブクログ人と話すことで、自分の考えが整理されたり、他の考えを取り入れることが出来て議論が前に進む。 色んな立場の人や子どもなども含めて話すことが、考えることに繋がる。 私の場合は、つい正しいこと、正解を考えながら話してしまう癖がついてしまっているので、どこまでが本心で、どこまでが理性的な想いなのかが分からない。。 また、自分を曝け出すことの怖さもある。
0投稿日: 2019.12.29
powered by ブクログ「哲学」とは、「考える」ということを通して、誰もが自分の生きる現実をほんの少しでも変え、自由と責任を取り戻していきるための小さな挑戦である。 まさしく、その通りだとも言える。 本書は哲学対話の説明を中心としながらも、 哲学とは何か?対話とは何か? どうしてそれらが大切なのかということを簡潔に、だがとても力強く書かれている。 学校関係者で哲学対話をしてみたいと思う方には、 この一冊が理念的背景、スキル、考え方の入り口として オススメできる。
0投稿日: 2019.11.15
powered by ブクログ考えるとはどういうことかの話ではなくて、哲学対話について書かれた本ですから、考える指南本と期待しない方がよいですよ。
1投稿日: 2019.10.17
powered by ブクログ考えることでいろいろなしがらみから解放され自由になるよ。自由になるために考えよう。一人だとむずかしいから、みんなでやろうね→対話哲学 哲学とは、というより、身の回りのあらゆる事象に問いを立て続けて、それをシェアしていこうぜ、という思考術的な本。
0投稿日: 2019.09.14
powered by ブクログ幼稚園児ノ子どもとの会話に役立つことがあるのではないかと興味を持ち購入。 哲学対話が、他のディベートや哲学等とどう違うのか、その違いを説明するために、筆者が、考えていることを全部文字にしたいという感じで、少々回りくどく、わかりずらい部分があった。つまりどういうことなのだろう?という問いがずっと頭の中に浮かびながら、読み進めることになった。最後まで読まないと、筆者のことを誤解するんじゃないか?という気持ちが常にあった。スパッと、もっと削ぎ落とした文章にすることもできたろうにと感じた。
0投稿日: 2019.09.01
powered by ブクログ考える事について、どのように(how to)するかがテーマの本。 本書においては、その手段として哲学対話をツールとして挙げている。 普段している挨拶・信号を交換する会話ではなく、考える為・事象を突き詰めていく為の対話、との事。 プラトンの対話や、孔子の問答の系譜に属するのかもしれない。
0投稿日: 2019.07.27
powered by ブクログ「哲学対話」がどういうものかを紹介した本。 哲学対話とはみんなで「問い、考え、語り、聞くこと」。 自分だけで考えるのではなくて、哲学対話をすることによって、「答えが出なくても、恐れや怒りや苦しみ、不満や不安からみを引き離すことができる」。 よく喋る人が人の話をじっくり聞くようになるとか、なんか浮いたような感じになるとか、「そんなことあるかなぁ」と思うようなことも書いてあって、体験してみたくなった。 考えることを楽しむことって面白そうと思った。
0投稿日: 2019.07.14
powered by ブクログ考えるための場としての哲学対話。 対話は輪になって椅子だけで行う。机は会話の壁。受け身になる。 きれいな円をつくる。間隔はできるだけ詰める。 4~5人だと反対意見を言いにくい場合がある。 10~15人程度が意見を言いやすい。 相手に否定的なことは言わない。黙っていてもいい。 知識ではなく、自分の経験に即して話す、を制限にする。 他者は自由の障害ではなく、自由の前提。他者がいるからこそ個人の自由が可能になる。 自分のための哲学に徹する。 問うことではじめて考えられる。問いを展開する。 問いは疑問形で。機械的に問いの形にする。 抽象的な問いは具体的な問いにする。大きな問いは思考停止ににある。 他者に言葉に出して語ること。語ってから考える。 コミュニティーボールを持った人が話す。勝手な発言ができない。誰が話しているかわかる。
0投稿日: 2019.07.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
この本を読んで思うに、考えることは普段からできていると思う。 ただ、対話は難しい。 わからないから質問しても、帰ってこないからだ。 本筋とずれていると、そんなの関係ないとか、わからないとか。 この本に出てくる哲学対話も自分の性格だと結構つらいかも。
0投稿日: 2019.06.30
powered by ブクログ道徳はもちろん、社会科の単元の導入ー学習問題づくりーなどでも使えそうなかな。 対話の良し悪しを求めるばかりに、教師が介入度を高め、ファシリテーター然とすることで参加者が消費者化するなど、ドキリとする記述あり。 問い、考え、語り、聞くことの自由度をあげつつ、それを内容の哲学性のアップにいかにつなげるか、という思考自体がよくないのか、など、いろいろ考えさせられる。 なかなか現場では評価されない価値だろうけど、とても大切だとおもう。というか、こういうところで考えられなきゃダメなんじゃないか! と自戒をこめて。
0投稿日: 2019.06.24
powered by ブクログ借りたもの。 哲学対話についての本。 議論されている内容よりも、その行為が哲学だった。 ヨースタイン・ゴルデル『ソフィーの世界 哲学者からの不思議な手紙』( https://booklog.jp/item/1/4140802235 )のような特定の思想の話や哲学の歴史ではない。 疑問を持ち、それについて議論することが目的。 答えを見出だすことを目的としない。 プラトンが対話を推奨したことを思い出す。 数千年の時を経て、その真価が極東の島国に共有された模様。 グループセッションはディベートとは違うようだ。 北川達夫『図解 フィンランド・メソッド入門』( https://booklog.jp/item/1/4766783476 )に近い。 グローバル社会で求められる「ミクシ?(何故?)」という問い。 しかし、意見の是非を問うわけでも、中庸な解を導き出すのではない。 否定的ではダメ。人格否定は本末転倒。 この本の“考える”とはどうゆうことか? マリリン・バーンズ『考える練習をしよう』( https://booklog.jp/item/1/4794919514 )が個人の内省になってしまうことに対し、対話という外に向かって発信することだった。 あくまでも議論をする――自分の意見を発信し、相手の意見に耳を傾ける――ことが目的。 それも対等に、相手に伝わるように。 それはまるで傾聴のようにも思える。 随所に日本の教育の問題点――というより、今までが詰め込み知識が前提で、応用が効かない勉強法だった――を指摘し、そもそも“考える”教育を怠っていたことを言及する。 後半は哲学対話の部ループセッションの方法論。
0投稿日: 2019.06.16
powered by ブクログ正直言って哲学の領域は自分の弱い領域と再認識した。話し合う時の注意事項など理解できる部分は多数あったが、いまいちピンとこなかった。 もう少し哲学を勉強してから再読してみたい。
0投稿日: 2019.06.07
powered by ブクログやはり私には無理だった(泣) 考えることを放棄している私の脳には何も響かず、ただ文字の上っ面だけを視線がスルスル滑っていくだけ。 評価が低いのは読者の私に問題があるためです。
0投稿日: 2019.04.18
powered by ブクログ世の中には「自分で考えろ」という主張が多いが、じゃあどうやって?という続きがない場合が多い。 本書は哲学対話という切り口から「考える」とはどういうことかを本質的に、わかりやすく記した本。 自由と責任という観点は、自己責任を求めすぎることなく、自由と思考をうまく結び付けてくれる。「自由と責任を一緒に取り戻す」「自分自身の人生を生きる」という言葉はとても共感できるし、納得できる。 また、他者との関わりがあるからこそ、個人の自由が可能になるというとらえ方は、他者と生きていくうえでの希望を与えてくれる。 考えることがなぜ有用なのか、危機感で迫るでもなく、ビジネススキル的に捉えるでもなく、自分で人生を生きていくために、そして他者と生きていくためにいいことなんだよと教えてくれている。 「他者を意識しない思考は、いつもの自分自身の枠の中にとどまり、自らと向き合い、顧みることがない」の言葉は逆説的で、はっとさせれる。 他者を意識するからこそ、他者に語り掛けるからこそ、自分と向き合える。
0投稿日: 2019.04.15
powered by ブクログ哲学の内容ではなく、哲学的対話の効用やどうやって 実施するかのノウハウ本のような感じです。 哲学的対話というのは、参加してみたいとは思いますが やはり、ちょっとおっくうかなと思います。 あまり心が動かされることはなかったかと思いました。 残念ながら
0投稿日: 2019.04.05
powered by ブクログタイトルとはあまり関係のない哲学対話(P4C)の解説書。しかし滅法面白かった。 まず「哲学者としてのひねくれっぷり」が痛快だ。「数学なんて何の役に立つの」とはよく言われることがあるが「哲学なんて何の役に立つの」とは言われもしないようだ。 学校教育への批判も痛烈でかつ鋭い。その通り。「よく考えなさい」とは「何といったら私が喜ぶか考えなさい」という意味に過ぎない。自由に考える練習なんてほとんど教育課程の中ではなされないのだ。
0投稿日: 2019.03.27
powered by ブクログ哲学者による著作で「0歳から100歳までの哲学入門」という副題だが、哲学的対話を実践することをススメている本。「考えるとはどういうことか」の問いかけも、哲学や思考そのものの意味(答え)ではなく、考えるという活動の意味や方法を問うもの。 自由かつ自己責任の、しかも多様性をもった人々との対話がいかに視野を開き、問い思索するという哲学的行為に結びつく可能性を秘めてるのかが熱く語られている。 周囲の空気を読み、期待されるものに沿って発言する、あるいは黙るというコミュニケーションとは真逆の行動なり意識なりの方向性はとても魅力的だ。 対話というシチュエーションを超えて、相手を否定することなく、常識や権威に囚われるだけではない柔軟な自己思考を大切にしたいと感じた。 19-28
0投稿日: 2019.03.09
powered by ブクログひさしぶりに定期的に再読したい本に出会った。 「考えること」の大切さを感じる、思い出す一冊。 堅苦しい知識としての「哲学」ではなく、『哲学する = 問い、考え、語り、聞く』ことで自由に生きることができる、と。 そのための手法としての『哲学対話』。問いを自分たちでつくり、答えを求めず自由に対話する。いいなぁ。やってみたい。
1投稿日: 2019.02.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「考える」ことを議論した新書。 題材は哲学対話だけど、第3章「問う・考える・語る・聞く」では考える方法論を扱っている。 要旨は以下。 ・哲学(考える)ことは、「問う」「考える」「語る」「聞く」ことでできる。 1. 問うことと考えること - 問うことで初めて考える。 - 問い、答え、さらに問い、答える−その積み重ねが思考 - 重要なのは、何をどのように問うか - 考えるには、考える動機と力がいる=自ら問う - 具体的な問いを抽象的な問いに - 抽象的な問いを具体的な問いに 2. 考えることと語ること - 考えていることは、語ることで初めて明確な形をとる - 自分とは異なる他者に語る 3. 語ることと聞くこと - 語られたことは、聞かれることで受け止められ、意味をなす - 「受け入れる」ではなく「受け止める」 (否定的な態度を取らない) - 「理解する」ではなく「受け止める」 - 聞くことは場を共有すること
0投稿日: 2019.02.02
powered by ブクログ著者は、「哲学対話」というもののコンサルをしている。「哲学対話」というのは、5人から20人くらいで輪になって座り、一つのテーマについて自由に話をしながら、いっしょに考えていくというものである。いわゆる学問としての「哲学」のテーマではないかもしれないが、哲学が時代的背景に基づく現代の課題について論じるものであるとするならば、その実践のひとつの形でもある。 本書の副題が、「0歳から100歳までの哲学入門」となっているが、何かを始めるのに年齢は関係ないということと、その人の現代的課題はその人の年齢によって変わるであろうことも示している。年齢もそのひとつの要素として、対話においては多様性が求められることも、その副題によって示されている。哲学対話では、多様性があるほど活発化するという。考えてみれば、学校も、職場も、それが特定の目的やカテゴリーによって集められた場であることにより、ある種の多様性が喪失された場である。人生の時間の多くをそういった場で過ごすことになるため、自分も含めて人は想像する以上に考え方における多様性を失っているのではないか。オンラインのコミュニティや情報にしても、ターゲティングによって類似した仲間や情報が集まることで多様性が失われつつあるといわれている。そういった状況中でも哲学対話という方法は、何か有効な手段として働くのではないか。 カントは「哲学を学ぶことはできない。哲学することだけを学ぶことができる」と言ったらしいが、その実践が哲学対話でもある。 そもそも「考える」ということはどういうことなのだろう。「「考える」ということを学ぶ機会は、人生においてほとんどない」と著者は指摘する。逆に、「考えることを許さない、考えないように仕向ける力が世の中のいたるところに働いている」という。そのことで大切な自由を奪われている。考えることによって初めて、世の中の縛りから解き放たれて、自由を手に入れることができるという。そのための哲学対話だ、と。そもそも、著者が指摘するように、「思考とは自分自身との「対話」」なのだ。 著者の考えで面白いと感じたのは、考えるということが身体感覚と結びついているという点だ。 「対話が哲学的になった瞬間は、感覚的に分かる。全身がざわつく感じ、ふっと体が軽くなった感じ、床が抜けて宙に浮いたような感覚、目の前が一瞬開けて体がのびやかになる解放感、などなど」 考えるということは、実際にはきわめて身体的なものも含むのかもしれない。自由になるといの感覚も、抽象的なものではなく、具体的で身体的にも感じることができるものなのかもしれない。 「私たちは、考えることで自由になれる。そして共に考えることで共に自由になれる - それこそが哲学の意義である」 そして、そのための具体的な哲学対話の方法論は次の通りである。 ①何を言ってもいい ②人の言うことに対して否定的な態度を取らない ③発言せず、ただ聞いているだけでもいい ④お互いに問いかけるようにする ⑤知識ではなく、自分の経験にそくして話す ⑥話がまとまらなくてもいい ⑦意見が変わってもいい ⑧分からなくなっていい 個々のルールには、それぞれ意味があり、それは本書の中で説明される。 何よりも制約を払うということに重点が置かれている。 哲学対話が重要だと考える理由を、「問うことと考えること」「考えることと語ること」「語ることと聞くこと」の三つのつながりから考えている。 まず問うことから始めないといけないのに、多くの場合には与えられた問いについて考えることが学校でも会社でも繰り返される。本来、問いは思考を動かし、方向づけるものである。「考えるために問わなければならない。重要なのは、何をどのように問うかである」のである。その問いの動機は内在的なくてはならない。考えずにはいられないことを問うのである。そのために考える動機と力がいるのである。哲学対話は、問う方法に慣れることを手助けする。 そして、考えたことは「他者」に対して語ることによって初めて明確な形を取る。「他者」に対して語ることは、「伝える」ということだ。そして、実際には自分ですらも「他者」とも言える。そして、考えることと同様に、自分の考えを語ることも多くは学んでいない。語るべきことは自分の考えではなく、正しい答えであったりする。「他者に対して語る」という経験を哲学対話は提供する場でもある。そして、哲学対話が多様性を求める理由でもある。 「語る」ことと「聞く」ことは「伝える」という行為にとって常にセットとなる。そのときに重要なのは、ただ「受け止める」ことだという。まずは、受け入れる必要もないし、理解することからも切り離した方がよいという。その人の存在を受け止めることと、そこから場を共有することがまずは哲学対話における「聞く」には必要なのである。 哲学対話は企業の研修でも使われているそうだが、確かになかなか正確に理解されるのは難しそうだ。ただ、学校教育や生涯教育に取り入れることは、とても意味があるような気がしてきた。社会規範やコミュニティのルールに従って行動する中で、束縛からくる習慣が澱のようにたまって、自由な考えや行動を抑制しているのは確かなことなのだと思う。 たいていの本ではこの最後に置いた言葉は著者にとって特別に選ばれた言葉であることが多い。その言葉を写し取っておく。 「哲学は夢を追いかけるユートピア思想ではないし、社会全体を変えようとする革命思想でもない。それは「考える」ということを通して、誰もが自分の生きる現実をほんの少しでも変え、自由と責任を取り戻して生きるための小さな挑戦である。そこで必要なのは、高邁な理想よりも徹底的なリアリズムなのだ」
0投稿日: 2019.01.27
powered by ブクログ哲学書でありながら哲学書で無い本。 「考える」ことについて深く掘り下げていきます。 企業や学校などで取り入れられて注目されているという「哲学対話」は非常に興味があります。 「問いを問う」というのは非常に腑に落ちました。 とても学びになりました。
0投稿日: 2019.01.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
考えるためには、良い質問が必要である 答えの出ない問いであっても、考え続けることで深い所まで理解できる。頭の中で考えていても、ぐるぐると回っているだけなので、紙に書き出す必要がある。 アインシュタインは、 自分が極地に追われている時、 もし1時間しか時間がないとしたら何をするか 最初の55分は良い質問を考えることに費やす と 現代人は、考えないように世界が設計されている 時間に流されるのか、自分で設計するのか 少し意識するだけで、だいぶ異なる
0投稿日: 2018.12.08
powered by ブクログタイトルと内容がミスマッチな気がする.本書のテーマは,対話,それも著者のいう「哲学対話」という定式化された対話スタイルがもたらす考えることの解放,その意義である.そして哲学対話という極めて実践的で,自分でやって体験してみないことにはわからないそれ自体を追体験できるような記述あまりないので,対話の周縁をぐるぐると回ってる感は読んでて否めない. とはいえ,サクッとその全体像をつかめる.はじめにとあとがきが示唆に富んだ小論で,興味がある方はまずそこを読むのがおススメ.
0投稿日: 2018.11.21
powered by ブクログ哲学は専門的な一部のひとのものではなく、あらゆる世代や立場のひとに解放されているものだという。 話し合いをするときは、決して発言するひとの悪口は言ってはいけない。沈黙も是と考えると言うのは、面白い発想だと感じました。 「哲学とは」という話ではなく、仲間を募り自分で司会進行するためにはどうするべきかという位置付けな本だと思います。
0投稿日: 2018.11.06
powered by ブクログ知識を学ぶ哲学ではなく、教育方法として幼少期から考えることを実践させる「哲学対話」の入門。0歳児も大人を哲学的にさせ、学ばせてくれる。それが多くの人たちにとって非常に大きな喜びであり、成功している実践例を非常に新鮮な感動で読むことができた。本来哲学とはそういうものだった!「考えること」は、他の人との対話、「共に問い、考え、語り、聞くこと」。それは「共に生きること」というまとめは全く同感である。学校で「考えなさい」というとき、指示に従い、教えられた通りに行うことが重視され「考えないこと」ですらあるとは大袈裟でなく、その通りだ。最後に日本人論ではないとの著者の説明も紹介したい。「日本人論はしばしば思考停止をもたらす。自分たちが抱える問題を日本文化や日本人のメンタリティのせいにして、「『だから日本はだめなんだ、仕方ないんだ』と意味のない絶望やあきらめ、開き直りに帰着する。そのうち反転してポジティブ日本人論にすり替わる」実に的確!いい得て妙である。
0投稿日: 2018.11.05
powered by ブクログ考える事とは「問う事」があって初めて成り立つというメッセージに至極共感。問いを持つ事、問いを持ち続けることが、問いを持たせる事、これらを仕事に限らず人生全般で意識して実践し続けられるって事が幸せだったり充実感に繋がるんだろうな。 良い問いについてずっと考えていたけれど、問いに良いも悪いも無い。意味のない問いなんてない、問いが生まれる事自体に意味があるという風に自身の考えが変わった。
0投稿日: 2018.11.02
