
総合評価
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powered by ブクログこの本の読了日は、9月17日でした。 今、感想を書き始めたのは、9月30日で9月最後の日です。 読了して、この本の主人公 浅野大義君 20歳で永眠されましたが、どんなに凝縮された深い人生を過ごされたかと思うと胸が一杯になります。 2025年8月9日土曜日の甲子園第4試合をテレビで見ました。それは、千葉県代表 市立船橋 対 大分県代表 明豊 の試合でした。 もう記憶が薄れていますが、ある回で市立船橋のチャンスがきた時にこの本の主人公である浅野大義君が作曲した『市船soul』が流れました。自然と球場から市立船橋の応援団ではない観客からも拍手が湧き出てきました。もちろん父兄や生徒、吹奏楽部にダンス部などの大応援団があっての応援なのですが。 私は、この作曲者である浅野大義君はどのような学生生活を送りながら、この『市船soul』を作曲したのかを知りたくなり、この本を購入しました。 この本で印象に残った言葉は沢山ありますが、強いてその中から一つ取り上げました。 P95 苦しいとき、もうやめたいとき、誘惑にかられたとき、そして一日一日の日常の中で、常に自分に問う「今、自分がどうするか」という選択。なまけることも、前に進むことも、すべては自分次第なのだ。 この文章は、私にとり当たり前に感じるけれど、大人になったつもりの自分でさえも何気に出来ていないことが多々あるように思います。 このような言葉に高校時代に出会っていたら、何か今の自分とは違う私になっていたかもしれないと少し考えずにはいられない場面でした。 またこの『市船soul』を聴きたいです。 浅野大義君、心に響くメロディをありがとう!! いつまでもこの心震えるメロディを忘れないでしょう。
30投稿日: 2025.09.30
powered by ブクログ吹奏楽に情熱を注ぎ、わずか20歳の若さでこの世を去った浅野大義君のノンフィクション。何かに打ち込む充実した日々、友情、爽やかな恋。一生懸命に生きた大義君は永遠にみんなの中に生き続けている。
0投稿日: 2025.06.11
powered by ブクログ20歳で亡くなった青年のノンフィクション作品。 市立船橋高等学校の、吹奏楽部でのエピソードがメイン。 音楽への情熱、たくさんの仲間、恩師の存在。 野球部の応援曲として生まれた「市船soul」 20年間を最後まで生き抜いた姿には涙が溢れた。
0投稿日: 2025.04.02
powered by ブクログ音楽って、仲間って素晴らしいと心から思える物語でした。20年という短い人生の中で、これほど周りの人達に影響を与えることができた、大義くんの生き様には尊敬の念しかありません。また、家族、恋人、先生、友人たち、誰もが心優しい人ばかりで、結末は分かっていても、涙が止まりませんでした。いつか、甲子園で生の「市船soul」を聴いてみたいです!
1投稿日: 2024.06.09
powered by ブクログ船橋市立船橋高等学校、通称"市船"の野球部等の試合で吹奏楽部が演奏する『市船ソウル』。その曲を作曲した吹奏楽部員・浅野大義さん。 彼は19歳で癌を発病し、20歳でこの世を去る。 冒頭に載せられた、大義さんの母・桂子さんが書いた"2017年1月26日 朝日新聞投書欄『声』"の文。 闘病中の大義さん本人や、桂子さん、大義さんの恋人や友人たちの思い、それら深い思いが窺いしれて涙が出てくる。 葬儀の場で演奏で送り出すために集まった160名以上の仲間たち、葬儀に参列したという700名以上もの大義さんを知る人たち。部活動漬けの高校生活、音楽でいっぱいの生活のなかで、大義さんが築いた人との繋がりは凄いものだったのだなと思わされた。 一年のほとんどや生活の多くを部活動に費やすことには嫌悪感をもってしまっていた今までのわたしだったが、こうした生き方をしていた青年のノンフィクション小説を読んで、こうした生活にも清々しさを感じた。
4投稿日: 2024.04.21
powered by ブクログ著者、中井由梨子さん、どのような方かというと、ウィキペディアには次のように書かれています。 ---引用開始 中井 由梨子(なかい ゆりこ 1977年 - )は、日本の作家・演出家。 「俳優養成者育成ゼミ2004」修了生。演技指導・演劇ワークショップ開催歴22年。現在は作家としての執筆を活動の中心に、映像作品の脚本、舞台作品の脚本・演出、演技レッスンに力を入れている。 ---引用終了 で、本作の内容は、次のとおり。 ---引用開始 「市船ソウル」作者と吹奏楽部の絆 「俺の心は死んでても、俺の音楽は生き続ける」―― 2017年1月、20歳で短い生涯を閉じた浅野大義さん。癌に侵された彼の告別式には、164人の吹奏楽部員が集まった。そこで奏でられた「市船ソウル」―彼が市立船橋高校在学中に作った曲だった。 2016年甲子園予選千葉県大会で演奏され、Twitterでも話題となったこの曲は、吹奏楽部大会で、高校野球のアルプススタンドで、そして今年の第100回全国高校野球千葉県大会でも、今なお受け継がれている。 朝日新聞「声」欄に投稿された大義さんのお母様の投稿が静かな反響を呼び、報道ステーションでも特集された「市船ソウル」作者と市船の絆、そして告別式に起きた奇跡を辿ります。 ---引用終了 私もそうですが、千葉県出身者、居住者で、高校野球の応援に興味のある方には、とても染み入る作品。 千葉県の高校野球の応援曲として良く知られているのは、 ・市立船橋の『市船ソウル』 ・習志野の『レッツゴー習志野』 今夏も楽しみにしています。
35投稿日: 2024.04.17
powered by ブクログ初めから泣いてしまうストーリー展開 宿命なのか ピアノを習うこともガンになることも そして音楽をこんなふうに志すのもすごい そして彼女さんがすごいと思う 親の気持ちとしても読んでしまう ノンフィクションだけど逝去されてから 聞き取りをもとに書かれた話なので星4にしました 市船ソウル 聞いてみたい
1投稿日: 2023.09.09
powered by ブクログ心から感動した。 自分が一日一日をいかに薄っぺらく生きてしまっているか… 自分がキツいときに周りにやさしくできているのか… 自分がこの世を去るとき、果たしてどれだけの人が惜しんでくれるのか… 浅野大義さんの生き様を知り、いろいろ考えさせられた。 市船のある船橋市の近隣に住む千葉県民として、こうした実話が生まれたことを誇らしく思う。 この本に出会えて本当によかった。
1投稿日: 2023.08.13
powered by ブクログ1Qさん読んだよ〜! いや聴いたよ〜‼︎かな? 市立船橋の魂…市船ソウル。゚(゚´ω`゚)゚。 20歳で亡くなった浅野大義くん。 彼が野球部の為に作った応援曲「市船ソウル」は あの高校野球の神曲として有名ですね。 彼が亡くなり告別式までのカウントダウンの形で章が進みます。 吹奏楽部の話、市船ソウルを作り上げた話、発病… 友情、恋愛、家族。 いやぁ泣いちゃいました。゚(゚´ω`゚)゚。 息子を持つわたしは泣けた! 告別式の演奏に集まった164人 彼らが大義を送り出す市船ソウルの演奏が青空の下で聴こえてくるようでした。 今年の甲子園で聴かせて欲しい! 頑張って市立船橋野球部\(//∇//)
40投稿日: 2023.06.11
powered by ブクログ━…━…━…━…━…━…━…━ 1.感想 ━…━…━…━…━…━…━…━ 船橋市のとなりの八千代市に住んでいたので、市立船橋高校は有名でした。スポーツが強くて、バレーボール、サッカーなどが有名でした。 そんな市船の卒業生の浅野大義くんの実話が元になっているお話です。 かなり病気に苦しめられたことが綴られていて、何度も手術して、手術成功のたびに喜び、再発でまたドン底に落とされる、そんな繰り返しであったことがわかります。これは、かなり、つらい。悲しいですね。 自身も家族も、周りの人も、とても辛い思いをしたことが強く伝わってきます。 市船ソウルを何度も聞きました。 若すぎる死は、ほんと、悲しいですね。 「全てに全力を」というのを目指しています。 が、その境地には達していません。 仕事の面でも学びの面でも遊びの面でもいろいろと取り組んでますが、何かをやり遂げた感覚がないのは、全力を出しきれていないから。 もう、人生の半分を過ぎているであろう、この年齢になっても、いまだに全力が出せていないと感じる日々です。 去年、フルマラソンを走りましたが、足が痛くて、ギブアップしたい思いを振り払って、限界まで頑張りました。それでも、もっとできたような気がしています。 なので、永遠に全力を出したと感じられることはないのではないかと思ってもいます。いつまでも、先を目指していけばいいのかもしれないと… この作品を読んで、より全力で取り組もうと思います。 いつか全力を出し切ったと感じられるように、悔いのなき一歩を歩み続けなければいけないと、背中を押された気がします。 ━…━…━…━…━…━…━…━ 2.あらすじ ━…━…━…━…━…━…━…━ 市船の卒業生の浅野大義くんの人生の歩みが綴られています。
71投稿日: 2023.02.23
powered by ブクログ実話です。たった20年の人生を散らしてしまった浅野大義君の物語です。1年半の闘病生活の末に亡くなった浅野大義君の告別式に160名以上の仲間が集まり演奏をしました。参列者の数は700名を超えていたそうです。彼の作った市船ソウルは、市立船橋の代表的な応援歌として、必ず何かがおこる神曲と呼ばれています。 やはり、根底にある本物のストーリーの迫力がすごいです、涙腺崩壊です。
3投稿日: 2023.02.16
powered by ブクログ病気になるってどういうことなのか 改めて、考えさせられます 大丈夫、負けないって思っていても、周りの元気な人たちを見るとなんで?って。 誰かに無性に会いたくなったかと思えば、誰にも会いたくなく、一人でいたかったりもする 元気でいられて、体調が良いと、このまま病気がよくなるんじゃないかって期待もする。そんな夢もみる そしてどうしたって、一人では病気と闘えない 今日という穏やかな日が、明日もくるとは限らないから。私はそれを、身をもって知っています 生ききることが、今を生きること。
3投稿日: 2023.02.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読んでとても温かい気持ちになりました。 本人から聞いたわけじゃないからしょうがないと思いますが、もっと大義くんの気持ちが書かれていたらもっとのめり込んで読めたと思います。
2投稿日: 2023.01.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
大義くんの温かい人柄と市船高校の絆を感じた一冊でした。 何かの本で、 「死ぬってことはその人の物語が終わるということ」という内容のものを読みました。 「20歳のソウル」を読んで、 確かに大義くんが歩む大義くんの物語は 終わったのかもしれないけど 大義くんがこれまでに関わってきた様々な人や 作った音楽を通して、 それぞれの心の中で生きているのだろうなと 感じました。
4投稿日: 2022.12.02
powered by ブクログ号泣。 大義くんの人柄、周りの人の想い、音楽の素晴らしさ、仲間、恩師、家族、恋人、幸せだったからこそ切なくなる。 皆の心に音楽と共に生きた証を残し、20歳という若さで旅立った大義くんにただただ涙してしまった。 なぜにこんなに尊い人柄の人が先に行ってしまうかな。友人を思い出してまた涙。
1投稿日: 2022.09.22
powered by ブクログこの本を読んで、市立船橋高校が今夏の甲子園に出場した事を思い出し、YouTubeで「市船ソウル」を視聴して、思わず涙。
1投稿日: 2022.09.14
powered by ブクログ涙なくしては読めなかった。 太く短い人生、という言葉では片付けられない、私は親の立場になって考えてしまう。 何度も再発をして神様はいないのかって思うよ。 愛する人もいて(愛来ちゃん)尊敬する恩師の高橋先生、吹部の仲間たち、164人集まった告別式での演奏。 ほんとに市船の絆はすごいね。 大義は県立習志野高校に落ちてほんとに良かったね。(そこ?)
1投稿日: 2022.08.25
powered by ブクログ恥ずかしながら、 『市船ソウル』をこの本を通じて初めて知りました。 ありきたりかもしれませんが、この本を通して大義さんの駆け抜けた人生を知ることで自然と涙がこぼれました。そして自分の命を大事に生きようと思いました。人の為に時間を使うということの大切さを学びました。また、精一杯今を生きる大切さを学びました。 人を惹きつける魅力を持っている人は死してもなお人を惹きつけるのだと感じ、 自分が死んだ時、これだけの熱い想いを持って おくりだされるのかなぁなんてことも考えたりしました。 もし子どもがいる世界線で生きることになった時、 子どもには好きなものを全力でやれる環境を 作ってあげられるよう 財力を整えることはもちろん、 自分の人生経験を豊かにしておこうと思いました。 実写映画化もされるということなので注目しようと思います。
1投稿日: 2021.05.24
powered by ブクログ市船soulを作曲した浅野大義くんが、音楽と出会ってから病気で亡くなり、その告別式の事まで書かれています。 中心は亡くなってから告別式までのことで、その間に振り返るように生前の彼のことが書かれています。 市船の吹奏楽部をよさこいで見たことがあり、その完成度も数ヶ月て仕上げてきたと思えないものでした。 よさこい以外にもたくさんのことをやっていて、その他も完成度がすごくて、決められた学生生活の中でどうやったらあの完成度ができるのか?ずっと不思議に思ってました。 その謎がとけて満足してます。
1投稿日: 2021.05.17
powered by ブクログ奇跡の告別式というサブタイトルに引かれて読み始めたら、のめり込むように読んでしまった。短い生涯を生ききった主人公の姿に涙が止まらなかった。
3投稿日: 2019.06.06
powered by ブクログこの本に書かれている浅野大義さんは,19歳の夏,胚細胞腫瘍が肺に転移していることが発覚し,闘病生活を送る。 1年半の闘病生活の末,20歳の1月12日に永眠。 吹奏楽に全てを懸けた高校時代の3年間と,闘病記,告別式までの7日間を書いたドキュメンタリー。 浅野大義さんはピアノを習い始めたのをきっかけに小学校,中学校と吹奏楽部に所属する。もちろん船橋市立船橋高校,市船に進学後も吹奏楽部に入り,トロンボーンを担当する。 市船は吹奏楽の座奏,マーチングだけではなく北海道で行われるYOSAKOIソーラン祭りや合唱も活動内容として取り入れられている。また,吸劇と呼ばれる吹奏楽と演劇の合わさった,市船独自の演奏,合唱,ダンスなどが織り込まれた表現も行っている。そして,夏の高校野球の応援。彼が作曲した「市船soul」。 大義さんは非常に充実した吹奏楽部での生活を送る。顧問の高橋先生,部長のユナなど大所帯の吹奏楽部の仲間。高校生ならではのさまざまな出来事があるが,それを通じて,友情は深まっていく。 だが,大義さんの卒業後,体調の悪さから,母の勤める総合病院で受診をし,さらに大学病院で検査したところ胚細胞腫瘍,つまり癌であったことがわかった。闘病が始まる……。 構成が,告別式前の母親,桂子さんの目線と,大義さん目線で人生を追ったところと交互に書かれている。一気に読み進めたが,再読すると,改めて大義さんの人生で気づくこともある。 大義さんは,いつも人のために生きていた,家族のため,市船の仲間のため,関わった多くの人々のため,そして愛する恋人のため。だからこそ,大義さんは誰からも愛された人生であり,告別式当日,164人ものメンバーが集まって彼を送り出すために演奏したのだ。彼を思う人々がいる限り,その心の中で大義さんは生きているといってもいいだろう。
2投稿日: 2018.12.13
