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人形の家(新潮文庫)
人形の家(新潮文庫)
イプセン、矢崎源九郎/新潮社
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総合評価

52件)
3.7
7
16
18
1
0
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    このレビューはネタバレを含みます。

    母親なのに子供置いていくのはどうなの?と思ったが、そもそもこの考え方が女性に特定の役割を期待するものであったことに気がついた。知らず知らずのうちに差別意識を抱いていた。 子供を置いていくなんて、などと反発が出ることも織り込み済みでこんな展開にしたのだろう。

    0
    投稿日: 2024.11.26
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    【出版日】: 1879年 世界文学全集〈第26〉  イプセン、ハウプトマン (1962年) 『人形の家』『 野鴨』 『ヘッダ・ガブラー』『 はたおりたち』『 沈鐘』 ◆Wikipedia / ゲアハルト・ハウプトマン(1862年-1946年) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%82%A2%E3%83%8F%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%83%97%E3%83%88%E3%83%9E%E3%83%B3 松井須磨子 森鴎外

    0
    投稿日: 2024.11.23
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    あの時代に近代劇を描いたイプセンはすごい。 あの時代の男尊女卑は正常という認識だったはず。 それはきっとどこの本屋さんに行っても、それを推奨する本が山ほどあったはずだ。 それを、妻ノラは自分の心の声、本当の気持ちにやっと向きあった。 フィクションとは言え、あの時代に本当の正しさを再確認し発信することはとてつもない勇気だと思う。 私がきっとあの時代に生きていて、この本を読んでいたらボロボロ泣いていたに違いない。 ノラは、あの時代の苦しい思いをした女性たちの代弁者だから。

    0
    投稿日: 2024.11.03
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    ノルウェイの劇作家、ヘンリク・イプセンの代表作の1つ。 有名作品だが初読。 ひとことで言うならば、弁護士の妻、ノラが、自身を「人形」のようにしか見ていなかった夫と別れ、自我を確立するために「家」を出ていく話である。 ストーリーは広く知られているが、知っていて読んでもその展開は衝撃的で、シャープな切れ味に驚かされる。 ノラは小鳥のように軽やかで、美しい女である。弁護士ヘルメルが夫で、かわいい子供が3人いる。 夫は年明けに銀行の頭取になることが決まっており、このクリスマスはとりわけ楽しい。ノラはたくさんの買い物をし、子供たちをプレゼントで喜ばせることや、仮装パーティーで踊ることを楽しみにしている。 だが、彼女には1つ秘密がある。 数年前、夫が病気をし、転地療養が必要であったとき、父親の署名を偽造して借金をしたことがあったのだ。当時、父は重い病で署名を頼むことができなかった。夫への愛情から出た行為ではあったが、紛れもなく違法行為であり、ことが明るみに出れば、ノラ自身だけでなく、ヘルメルにも不名誉なことである。 ノラはこのことを夫に告げることができずにいた。 ところが、その秘密の証拠を握るものがいた。ヘルメルの銀行に勤めているが、品行芳しからぬため、解職されようとしている男だ。彼はノラの秘密をネタに、自分の解雇を覆すようヘルメルに頼めとノラを強請る。 困ったノラは何とか揉み消そうとするのだが、なかなかうまく行かない。 前半はとにかく、ノラにイライラさせられる。 冒頭ではあれこれと無計画に買い物をするお気楽な奥様ぶりに少々苦笑する。夫から小鳥さん・リスさんと呼ばれ、深く考えることもしない。 自身が引き起こしたトラブルにしても、そもそもの行動が無思慮であるし、その後を取り繕おうとするのもいただけない。 友人である未亡人が助言するように、早く夫に真実を明かすべきだと思う。 この女が家を出ることになるのだとすれば、自身のせいではないか、とも思う。 しかし。 ノラの秘密が明るみに出た時、図らずもヘルメルの本性も明らかになる。 彼はノラを庇うでも守ろうとするでもなく、怒るのだ。それもノラに降りかかる災いのためではなく、自身が被るであろう不名誉を嫌って。 ノラが何かに気がつくのはこのあたりからだ。 一方で、ノラの災厄は一転、救われることになる。恐喝者が悔い改め、手元に持っていたノラの秘密の証拠を返してきたのだ。 それを見るや、夫は急に機嫌を直し、ノラを元通り「小鳥さん」として扱おうとする。 この時、ノラは覚醒する。そして気づいてしまうのだ。 自分の夫が薄っぺらい、物事の表面しか見ない男であったことに。 彼が愛していたのは自分という「人間」ではなく、単にかわいい「人形」であったことに。 こと、ここに至っては、ノラはもう家を出ていくしかない。「夫」は真の意味で「夫」だったのではなく、愛もない、ただの他人なのだから。 読み手である自分の印象もがらりと変わった。 ノラは軽薄なのではない。単にそうであるように仕向けられてきただけなのだ。 お前はかわいくしていればいい。 楽しく何も考えずにいればよい。 そう言われて、誰がものを考えるだろうか。 ノラをどこかで軽く見ていた自身の偏見に愕然とさせられてしまった。 本作は戯曲であるので、脚本ではなく、劇として鑑賞した場合には、その衝撃はもう一段上になるかもしれない。 「ノラ」という役は俳優にとってはさぞかし演じ甲斐のある役だろう。 実際、ノラがこのように急に自我に目覚めることは可能なのか? こんな風に家を出て、この先どうなるのか? 疑問は生じないではないのだが、それを上回るインパクト。人間の本質を突く洞察に唸らされる。 イプセン、恐るべし。

    7
    投稿日: 2024.02.12
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    このレビューはネタバレを含みます。

    なぜ家族の中で人形として扱われていたのに旦那の病気に 騙してまでお金を使ったのかが よくわからなかった。 気楽だからそのまま 演技し続けたかったのだろうか。 そこのところがうまく飲み込めなかった 。女性解放の 書とは 必ずしも 言い切れないと思う。それに過去のヨーロッパの話だが 現代日本でも実際にこういう話は多いんじゃないかと私は思う。 世間体でだけ存在して実際には腹を割って話し合ったことがない 夫婦のこと。

    0
    投稿日: 2024.02.06
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    このレビューはネタバレを含みます。

    イプセンはウェルメイド・プレイの構成生かし、自己認識と独立を現実的に反映するために劇という象徴を用いて理想主義のもろさを明らかにしている。 観客が、この戯曲が女性の解放を表している作品であるという先入観に縛られ続けているため、ウェルメイド・プレイであるという構成が、同じ結末を保証するものではないということを忘れていることを暗示している。 作品の大半ではノラが完璧であろうという家族像にしがみついている様子が描かれている。従って、観客はこの戯曲の理想的な結末がどのようなものであるべきかを振り返り、結局ノラの家出がこの戯曲の山場、すなわちクログスタッドとの対立・衝突を解決しているか否か、その判断が観客の観点に委ねられる。 つまり、この作品は女性の独立と社会進出を描いた作品なのか、それとも女性であることを最大限に利用し夫を操り支配するノラの利己心を描写しているのか、考えさせられる作品だ。

    0
    投稿日: 2024.01.04
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    イプセンが目の前で見た女性の参政権関連の運動へのインパクトが伝わってくる。今考えるとまずい表現は多々あるけど、やっぱり本作が書かれた時代を考えるとすごいなと思います。

    0
    投稿日: 2022.10.02
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    あらすじをネットで検索したら、女性の社会進出を描いた話と出てきたので興味が湧き購入。 実際は、普通の夫婦喧嘩。 ただ、その原因は夫が妻のことを人形のように扱うからっていう。。 読んでて妻に対してなんで安直で軽率な行動するんだっておもっていたが、書かれたのが1879年って事で今と比べ女性の社会への進出が少ないってこう言う事なのであろうかと。 その安直で軽率な行動を自分で振り返り、家を出ていくまでで完結してるのがいいなと。 ここから女性が社会に出ていくのが伝わった。 文量少なく、2時間程度で読めたのはよかったかな!

    0
    投稿日: 2022.09.03
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     2022年4月17日(日)に読みはじめて、同日読み終える。文学カフェのため。戯曲なのでページ数の割に分量は少なく、私のように本を読むのが極端に遅い人間でも半日で読める。  70頁あたりから盛り上がってきて、適度な緊張感を保ちつつ最後まで読むことができた。最後の展開そのものはよいのだけど、それまでのノラの言動と最後の雄弁で知的なノラの言動とのあいだに想像力ではなかなか埋めがたい溝があって、リアリティを感じられずに興醒めした。  確かに、それまでのノラが人形として欲求や言動を抑圧され、自らも意識的・無意識的に抑制して生きてきたというのはあるだろう。『それでも夜は明ける』に登場するソロモン・ノーサップのように本当は知的な人がそれを隠して生きているということもあるだろう。ただ、ノラに関しては、もちろん自分なりに最善と思って行動してきたことかもしれないけど、そしてまた男性中心主義的な社会規範、宗教、道徳に反対する意志を持っていたとしても、明らかに無知であることから引き起こされている結果が目の前にあるわけで、たんに知性的であったことを隠していたというだけでは十分に説明しきれないようなところがあるように思われるのである。  ノラは最後にいろいろ語るけど、乳母や女中との関係で言えば、ノラの父、ヘルメルとノラの関係と同様に対等でないわけで、もちろんそのことも含めてノラは自分が変わらなければいけないと言っているのだろうけど、ほんとうに私たちがいつでも誰に対しても対等であるというのは難しいことだよなと。  状況に応じたヘルメルの変わり身の早さは、ヘルメルの人格を疑いたくなるほどで、こういう人間は信用ならんなと。何よりもモラハラ、DV気質そのものだなと。 ちなみに、ノラがクログスタットから借りたという4800クローネ(相当?)は、当時の公務員の年収ぐらいの額だったようである。 クログスタットに対する、あるいはクログスタットによる〈赦し〉という観点でこの作品を読んだらどうなるのかなと少し気になる。そこから赦し一般について考えてみたいなと。 ところで、この物語に登場する人物は何歳ぐらいなのかなというのがとても気になった。ノラとリンネ夫人がどれぐらい歳が離れているのかというのも気になる。 この新潮文庫版を読んだだけではわからなかったけど、ランクの病気は梅毒であったと別の翻訳の解説にあったようである。

    0
    投稿日: 2022.04.18
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    私は最後まで面白く読んだけど、母は「あまり良い話じゃなかったような気がする」と言ったときに、世代のような気もしたけど、母も伊達に子どもを育てたわけじゃないよなと思った。 ノラのように人形を演じなければならなかった女性はどのくらい居たんだろう、どのくらい居るんだろう。私も彼女のように突然ふっと目が覚めて、あるいは夢を見て、それまでと正反対の行動を取ることがあります。いつも人並み以上に感情的なようで突然無情になってしまうことがあります。人形の家は、私にとって身近な物語だった。

    1
    投稿日: 2022.04.15
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    相手の思い通りになる「人形」である限りにおいて愛されてただけなんだと気がついたときのあの絶望感。思い出して苦しくなり、終盤は奥歯を噛み締めながら読んだ。 ノラの台詞に父から夫へ受け渡された、みたいな言葉があり、「あの子は貴族」にも似たような台詞があったので思い出した。もしかしたらあの子は家族はこの作品にも影響受けている?シスターフッドがある分あの子は貴族のラストの方が爽やかだけど、併せて読むと面白いのかも。 中盤までの主人公ノラはあまりにお馬鹿に見えるんだけど、「目が覚めた」後は教育がないなりにものすごく聡明で、こういう面を父や夫に抑圧されていたんだな、本来の彼女はこっちなんだな、と分かる。 イプセン、他の作品も読みたい。

    3
    投稿日: 2022.02.20
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    このレビューはネタバレを含みます。

    読みやす〜い! ノラの態度が最後で劇的に豹変したように見えるが、彼女が言う通りそれまでの彼女は演じていただけなんだろう。 「あたしは何よりも先に、あなたと同じように人間であると信じています、ーーいいえ、むしろ人間になろうとしているところだといったほうがいいかもしれません。」

    0
    投稿日: 2021.11.26
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    ものを考えようとしない享楽的だったノラが自立しようとする姿があまりにも変わり身が早く、そこが面白いところなんだろうけど、私は面食らってしまった。 でも、読後しばらくしてから、ものを考えようとしないからこそ子どもを置いて大してあてもないのに出奔できたのかしらとも思えてきた。 きっとこのあたりのノラのキャラクターをどう描くかが役者の腕の見せ所なんだろうな。

    0
    投稿日: 2021.11.15
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    セリフ本だから少しばかり読むのが面倒だが、ふわふわ生きているノラが最後はしっかり自分の意思を持っていることが印象に残った

    1
    投稿日: 2021.04.09
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    1879年にヘンリック・イプセンによって書かれた戯曲。1936年の日本語版を読んだので、日本語自体が古い書式だったが、大方読めた。戦前にこの本が既に日本にあったことに嬉しく思う。戯曲を初めて読む人にとっても読みやすい作品かと思います。 ただ、見所がラスト約10ページに込められており、過程が長いなぁという印象。 男性に従順な女性像を"人形"と表現し、そこから自らを解放し、自立していく女性をラスト10ページで描いている。それまでの解放に至る過程は、第一章が人形である状態、第二章が不安定な状態、そして第三章のラストで解放といったような構図

    0
    投稿日: 2021.03.26
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    「人形の家」は1879年にノルウェーの劇作家イプセンが書いた戯曲だ。雑に言うとモラハラ夫の偽善に気付いて主人公の女性(ノラ)が家を出るというストーリーである。タイトルにある「人形」はバービーのような実際の人形のことではなく、あたかも人形のように愛でられ、家庭に縛られていたノラ自身のことを指している。 例えヨーロッパといえども、140年も昔には女性の立場は今よりも弱かったと思うのだが、しっかりと自分の言葉で夫に別れを告げ、自分の足で立ちたいと言って人生をリスタートするさまは爽快感がある。 最後に家を出る直前、ノラは初めて夫に向き合い、自分の考えをぶつける。ここで語られた思いが時代を飛び越えたかのようにフレッシュで、胸に響くものだったので驚いた。さすが現代まで読み継がれる古典作品と思った。作品自体はさておき、青空文庫にアップされている翻訳はかなり古めかしいので、新しい訳で再読したい。

    4
    投稿日: 2020.11.23
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    一気に読み終えた思わぬ結末に愕然とした。ノラは恰好いいのか?酷いのか? 私は、張り倒してやりたくなる。女性は人形で居てほしい。 私は世間を敵に回してしまったのだろうか? イプセン:江戸末期生誕に驚く。 尊王攘夷と騒いでいる日本 鎖国で平和を得たが 大きな何かを失った

    0
    投稿日: 2020.05.15
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    戯曲という変わった文体にも関わらず、内容に引き込まれて一気に読み切る。夫婦関係に何の疑問も持たず幸せに過ごしていた女性が、ある事をきっかけに、違和感、息苦しさを感じ、本来の自分を取り戻していく。爽快感さえ感じるほど、共感できた。

    0
    投稿日: 2020.04.29
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    女性運動とも関わりのある作品と聞いていました。途中までは「どこが?」と思いながら読んでいたのですが、最後に納得させられました。 シェイクスピアなんかと比べると、登場人物も少なく、断然現代的で読みやすいです。 主人公である妻の隠し事がいつばれるのか、ハラハラさせられました。私自身が女性寄りの思考のためか、終盤の展開も好きですね。

    0
    投稿日: 2020.04.25
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    夫は妻を自分の所有物の如く思い込んでしまう。主人公のノラは、ある事件への夫の対応から、自分の立ち位置、自分がいかにそのことに盲目であったかに気づく。人生にどう接するか。ノラの態度に賞賛を贈るか、夫のみならず三人の子どもまでを見捨てていくのは自分勝手と非難するか。強烈な投げかけが、短編ゆえに効いているようだ。2020.3.22

    0
    投稿日: 2020.03.22
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    このレビューはネタバレを含みます。

    舞台part2を観に行くので、予習。 発表された当時の雰囲気はどのようだったのだろう。最後のシーンの絶望と胸がすく感じ、70年近く経ってもまだ共感できてしまうところが凄みであり、救いのなさも同時に感じる。 ノラの秘密に対して、その迂闊さや無知さに若干の苛立ちを覚えたけれど、誰も教えてくれず、教えないようにして、抑圧してきた時代は暗闇の中手探りするようで、完璧な立ち回りなんて出来るわけがない。そう思うと、ノラの勇気と知性──実は幸福ではなかったこと、既に愛していないことを認め、伝えることができる強さは清々しい。 イプセンの現実を切り出す明晰さが全てだ。解説では問題提起としては時流を過ぎ、既に陳腐化というような言及があるが、とんでもないと思う。(もちろん相対的に状況は改善している。) とはいえ、男女の平等は近づきつつあるけれど、それは多くの人が(男女を問わず)ヘルメル化しているということであって、21世紀に入ってなおノラは、今もまだ孤独と絶望を抱えて踊っている。だからこの戯曲は幾度も演じられ、告発は続いているのではないか。 現代に至るまで数多の闘いがあり、勝ち取られてきた権利の庇護下に置かれている私は、擁護者たる自覚が希薄なのだと、最近はとみに思う。

    1
    投稿日: 2019.08.11
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    私は鳥かごの中の小鳥ではないのだ。 私はお人形さんではないのだ。 束縛は愛ではない。 読んでいて悶々としていたが、最後で報われた。

    0
    投稿日: 2019.07.30
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    夫ヘルメル=野間口徹・妻ノラ=深田恭子・悪役クロクスタ=北村一輝・友人リンデ夫人=尾野真千子・友人ランク医師=江本祐、こんな感じでキャラを置き換えて戯曲を読むとイメージ湧きやすいのではないかな。  砂糖より甘い世間知らずの妻との無意味ないちゃいちゃが続く第1幕、夫に知られてはならぬ秘密を暴露されたくなければ便宜を図れと悪役から妻が脅される第2幕、にもかかわらず夫がその秘密を知ったとたんに物腰柔らか態度が急変した夫の本性に接した直後に秘密の暴露がなされないことを知って安堵した夫が猫かわいがりに戻ろうとしても目が覚めた妻が断固拒絶して夫も子供も捨てる行動をとった第3幕、たった数ページで夫婦の性格が急変するので、序破急はげしい作品です。  現代の法律家には署名偽造が全てを失わせるほどの犯罪なのか疑問無しとしないし、そもそも乳母日傘で暮らしてきた妻が家を出て暮らせるのかも疑問に思わせるラストなのですが朝ドラ’’なつぞら’’でも舞台が取り上げられたのは、ウーマンリブとかそういう時代もあったんでしょうね。

    0
    投稿日: 2019.07.07
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    このレビューはネタバレを含みます。

    う〜〜ん、大塚英志の評論にときたま、女性のビルドゥングスストーリーとして例示されるが、教養がなくて読んだことがなかったので読んでみたら、正直ひっくり返るくらい良くて3回読んだ。というか今こそ読まれる本だと思うのだけれど、ネットでざっと調べた感じ、私のサーチ能力の限界かもだけれどあまりもう言及されている印象はなかった。 この本の素晴らしいところというか、私が大感銘を受けたのは、単に人形として夫の支配下にあった妻が自立する話だから、という風に描いていないところである。というと、少し分かりにくいかもなのだけれど、夫=男側が支配者であり、その支配から弱い立場にある女が抜け出すというようなそんな二項対立の単純な筋にはなっていない。私が大感動したこの物語の深度は、まず妻が人形である(近代的な人間としての自立を果たしていない)ことが、父と夫の影響下にありながら、自分でもその状態を甘んじて受け入れている、つまり男と女の共犯関係の上で成り立っていたことに気づく点。そして、真の自立は「お前は世間知らずだから」と言いながらも世間を知ることを遮断する、スポイルされる状況から脱せずして成されないということをあまりに明快にかいている点である。あまりに明晰で素晴らしく、しばらく言葉を失った。こういういい物語に出会えると、生きてて良かった〜〜という気持ちになる。やはり古典はすごい。 しかし解説が1952年かなにかのもので、ひっくり返りましたね。「女性解放問題ごときは」う〜ん、特に評論家の真価は、時間を経てこそ分かるものだと感じますね。

    5
    投稿日: 2019.03.17
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    1879年に描かれた女性と夫の物語 主人公の「極端とも思える」行動は 女性解放あるいは男女同権というとりかたはもちろん 今日現代現在においても夫婦のありかたに続いている 男性は主人公の立場になって 女性は夫の立場になってわが身に思うことが今でもできるだろうか 誰しも自身だけで判断する正しさからは逃れられないものであり 優れた作品は異なる他者というものを思い出させてくれる

    0
    投稿日: 2018.11.13
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    全然イプセンなんか興味なかったのに、なぜか産休の時に買っていた。それから4回くらい読んでるけど、毎回、途中の『夫に秘密がばれてしまう』というところだけ覚えていて、結末を全く思い出さないで再読している。今回は3年ぶりくらいかな。また、『なんとなく』手に取った。 イプセンはノルウエーの戯曲家で、板垣退助張りの髭のおじさん。かのおじさんが、ここまで女性の真髄を表現しているとは!私も女として年を取るたび、『女』がいかなる生き物であるか、自分を含めて解ってきているはず。読むたびに新しい発見をする。一般的には、婦人解放の思想と解釈されているようだけど、今回は、ヒロインのノラが、女の持つ多面性の平面でなく、玉虫色の滑らかな球面で表しているような感じがした。 『今夜奇蹟が現れると思っておりましたのに、それが現れなかったからです。それであなたという人が、あたしが今まで考えていたような方ではないということがわかったのです。』 そうね。結婚して、子供も出来てから気がつくことだってあるわよね。同感。 本日の通勤の往復で読破。濃い時間だった。次読むときも新しい気持ちで読める予感がする。

    0
    投稿日: 2017.06.17
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    このレビューはネタバレを含みます。

    ずいぶん昔に読んでいたが、内容をすっかり忘れていた。 ノラは確かに可愛いのだけど、愛情の為にやった事なら罪ではないと考えるようなお目出度い人。しかしある事をきっかけに夫に対する不信感が芽生え家を出て行く事に。戦前の日本でもこの芝居を見た年配のご婦人は「しょうのない嫁」だと嘆いたんだとか。 ノラの気持ちもわからなくもないが、その時代に女が1人で生きて行くなんて並大抵の事じゃなかったはず。それまでまるで子どものママゴトのような日常を送ってきた人が果たしてやってっけるのかと余計な心配をしてしまう。 社会をまったく知らない箱入奥様のノラに対して自力で生きてきたリンネ夫人は逆に家に入るという選択をする。現在もさほど状況が良くなっているとも言えない。わかっていながら敢えて夫の人形になってしまうリンネ夫人のような女性が実は最も多いんじゃないかな。

    0
    投稿日: 2015.10.13
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    作家名も作品名もあまりにも有名だが、読んだのは初めて。こういう内容だったんだというのが感想。女性の権利が認められていない時代の社会劇と知って納得。

    0
    投稿日: 2015.05.24
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    女性の自立への目覚めを描いた戯曲。 古さを感じさせず面白かった。 ノラは父からも夫からも人形のように可愛がられ、お嬢様育ちの世間知らずのまま大人になってしまった女性だ。専業主婦といえるが、女中や乳母がいるので家事や子育てでもそれほど苦労していない。傍から見るとなかなか「いいご身分」なのである。 世間知らずゆえに犯した過ちによってノラは窮地に陥る。そして自分の無知や、周囲の人々に影響されて自立へと目覚めてゆく。 「あたしがこんな何一つできない女になったのも、みんなあなた方の責任です」 ノラが言い放ったこの言葉は、戯曲が発表された19世紀後半にかなり物議を醸したのではなかろうか。社会によって抑圧されてきた女性の叫び。 女性の社会進出が進んだ現代の日本ではむしろ、「仕事も家事も子育てもあたしが全部やらなくちゃいけないのは、みんなあなた方の責任です」と叫びたい女性が多いかもしれない。

    0
    投稿日: 2015.01.20
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    イプセンの『人形の家』読了。 色々と思うところはあるけれど何はともあれいつの世も【覚めた】あるいは【冷めた】時の女性の取りつく島のなさは異常。

    4
    投稿日: 2014.11.23
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    妻は夫の人形であり、子どもは妻の人形である。 ノラは語らなかったが、結局、夫たるヘルメルもまた、妻の人形でしかなかったのではないだろうか。 そう考えると、人間でも、人間の人形でもない、人形の人形が最初に「人間」に目覚めるのは、なんとも皮肉にも思える。 そんな遊戯の欺瞞に気づいてしまったからには耐えられず出て行くのも、納得がいくというものだ。

    0
    投稿日: 2014.09.24
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     フェミニズム事始め。賛否いずれの立場にあっても、女性差別・女性解放論の基本的な枠組みを提示した出発点として、何より演劇史上の歴史的・記念碑的古典として今後も顧みられるべき作品。

    0
    投稿日: 2014.08.02
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    史上最高小説100の一冊。シェイクスピア以後、最大の劇作家といわれるイプセン。その代表作であるのが「人形の家」である。まだ戯曲といえばソポクレスの「オイディプス王」「アンティゴネ」、エウリピデスの「王女メディア」、そしてゲーテの「ファウスト」しか読んでいないので、近代劇となると初めてということになる。舞台は100年と少し前ぐらいのヨーロッパ。資本家の夫を持つノラは、銀行の頭取に夫が就き、今後の生活の華やかさに心躍らせる女性である。しかしそんな地に足がつかないような半妄想的な生活の最中、過去の金銭の貸借についての不手際が持ち上がり、またそれが夫の名誉を地に落とすような類のものであったので、すべてを打ち明けられないノラと、怨恨に固まる貸借人と、その他友人と夫を巻き込みひと悶着起こる。外面的には何事も起こらず穏やかにおさまったはずだったが、渦中の夫が放った自身に対する罵言が、人間としての本性を傷つけることとなる。すべてが収まったことで、今まで通りの関係を続けようとする夫だったが、一度離れたノラの心は数時間を持って完全に冷え切ってしまった。人形として扱われていた自分。自信の心の底を芯から理解はできないだろう夫とは、心の関係として完全に他人になってしまった。夫も子供もその他すべてのものを置いて、家を出る決意をするノラ。引き留めようと必死になり、謝る夫を後にそのまま家を出てしまう。  時代的なものもあり、女性は未だ男性の所有物の延長のように見られていたような人類史的な精神背景が流れている。これぐらいのテーマでリベラルと言ってしまえば化石のように思われるかもしれないけれど、どの時代であっても調和を一方的に破り、何かを勝ち取ろうとする姿勢はリベラルであることは間違いないと思う。しかしそんな政治的なテーマだけでこの作品を語っていたのでは、あまりにイモ臭いというやつだ。他のイプセン作を読んでいないから分からないが、この「人形の家」一作だけを読んでみても、人間の無意識的な深層心理を掬うような、人間心理の闇を巧みに表現している。そしてそのような冷え切った人間関係を「人形の家」と表現する文学の豊かさ。社会的問題を人間の内面から表現した傑作である。  イプセンの他の作品も買ってしまった。作品のみじかさもあって一気に読んでしまおう。 14.5.27

    0
    投稿日: 2014.05.27
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    このレビューはネタバレを含みます。

    この作品に対する評価は、ヒロインであるノラの、あまりに唐突なラストの家出が理解できるかどうかにかかっているでしょう。 私は当然のように理解できました。 本当に苦しい時にそばにいてくれない人に、本物の愛情はないのです。

    0
    投稿日: 2013.10.05
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    裏のあらすじを引用すると… 小鳥のように愛され、平和な生活を送っている弁護士の妻ノラには秘密があった。夫が病気の時、父親の署名を偽装して借金をしたのだ。秘密を知った夫は社会的に葬られることを恐れ、ノラをののしる。事件は解決し、夫は再びノラを愛するが、ノラは人形のように生きるより人間として生きたいと願い、三人の子供も捨てて家を出る。 ヘルメルがノラを愛していることは分かるが、女はバカで可愛ければ良い…というか。そういうのが現れてたのかな、なんて。 ノラが夫婦なのに、今まで真剣に話しをしたことがなかったと言う場面があるが、彼ら二人は夫婦ではなく、ノラの言うように人形ごっこをしていたんだな、と思った。 もちろん、読んでいてノラも世間知らずな所があるな、とは思ってしまうけど… それでも、夫婦って人形ごっこではいけないんじゃないかな、と思う。 台本形式になってたし、テンポが良くて読みやすかった。

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    投稿日: 2013.08.22
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    課題で仕方なく手に取った本だったが、 主人公の女性の自立が細かく描かれていて、 意外と物語に入り込めた。 ただ、少々読みにくいのが難点だった。

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    投稿日: 2013.01.09
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    卒論で扱ってるBernard ShawがIbsenのNoraを自身のヒロインに投影させているという話をどこかで聞いて。 ビクトリア朝的Womanly womanから、unwomanly womanへの見事な脱却。 PygmalionのElizaが最後出ていくシーンと、このラストシーンが重なる。

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    投稿日: 2012.12.11
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    女性の自立というよりも、誇りの位置づけに個人差があることを感じた。名誉、世間体を重んじる人、人間として正しくあることを重んじる人、この価値観の違いはやはり普遍的なものだし、相容れないだろうなと思う。前半、ノラが自分の幸せぶりをあまり幸福とはいえないリンネ夫人にとうとうと語る様子がうっとうしかったけれど、終盤、ああして自分に言い聞かせていたのかもと思った。自分さえ黙って耐えていれば上手く回る、なんて思ってはダメなのですね。ありがちだけど。北島マヤ、姫川亜弓だったらノラをどう解釈し演じるだろうか・・・なあんて。

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    投稿日: 2012.04.12
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    なんだろう、やりきれない。 それに、突っ込みどころが大変多い 最後の態度というか、生き方の大転換が劇的で、違和感満載。助走なしに10mくらい飛ばれた気分 ラング先生はそれでいいのか?先生の登場する意味がよく分からない。色々とミスリードを誘っただけのような 銀行事務の二人にしてもよく分かんない 頭取は安定感がある。 ああ、だがしかし、その分、分かりやすくて恐ろしく退屈な奴だ! ノラは美人で魅力的という雰囲気が濃密 大袈裟過ぎず、地味過ぎず、適度に華美で読みやすい。 最後の主張もしっかりしていて、全体のキラキラ感もいい

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    投稿日: 2012.03.27
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    平和な生活のなかにも、どこか不穏な空気が漂っていて最初はなかなか頁が進まなかったけれど、それはノラが人間として生きるために必要な、破滅の足音だった。 結構感動した。 自分が実は誰かの「人形」である、ということに気付かなければ、人はいつまでも「人間」になれない。と思う。

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    投稿日: 2012.01.22
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    あなたの行動は人形ですか? あなたはだれのマリオネットですか? あなたは自分で自分を操っていますか? 人形に支配される生活は楽しいですか? 人形ってうつくしい。 あなたは自動人形。 あなたは機械人形。 自らは動けない。 心は持ってない。

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    投稿日: 2011.09.16
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    最初は明るい妻とまじめな夫の幸せな話と思いきや・・・ 後半の後半、最後の数十ページの、人間の本質、人間としての生き方の描写が大変すばらしかったです。 ノラが本当の自分らしさや幸せに向かうことに気づいたときの、それまでの人生の振り返りの描写、なぜそういう生き方になったのか、夫や父はそれになぜ気づかなかったのかなど、深い心が見えて刺激的でした。

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    投稿日: 2011.08.22
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    近代演劇の創始者、と名高いイプセンの著作。そもそも、つい先日まで、演劇を文章で読むことにどれだけの価値があるのか?と訝っていたくらいなので、初めてのイプセンである。 この演劇――いや、物語に驚かされるのは、場所が始終まるで動かないという点であり、それでいて、物語としてはしっかりと動いているというあたりだろうか。また、なおかつ、場所が動かないというところが、「閉鎖的な環境=人形の家」というテーマをうまく示唆しているし、というよりも、そもそも、「人形の家」という風刺があまりにも巧すぎて、同時にそれが美しくすらあるのだから、たまらない。 訳者の影響もあるのだろうが、シィエクスピアに比べれば、言葉はかなり散文調で非情に近代的、言うなれば現代的である。余計な言い回しもあるにはあるが、言葉に余分な肉やきれいな比喩がもられているわけではない。無論、そうした中でも、一種のナルシズムが含まれてはいるが……。しかし、演劇を見て思うのは、言葉の端々にナルシズムやロマンが含まれているというところか。そういう言い回しは、別に嫌いではないし、どちらかと言えば好きなのだけれど、こういう言葉が自然と盛りこまれている時点で、欧州はナルシズムの文化と言えなくもないのだろう。 ちなみに、イプセンの女性解放的な思想は、『人形の家』『幽霊』『民衆の敵』と三部に渡って現れているらしく、幽霊と民衆の敵にも触れてみたいが、初期の頃の、詩的な言い回しにも触れみたいと感じる。また、本著の主人公であるノラと、その夫ヘルメルとを、「男――女」の関係にも見れば、フェミニズムにもなるのだが、ノラを男性として、あるいは、その性別を切り取ってしまえば、「名誉世間体に拘る旧態依然な人物――旧態依然からの脱却を試みる人物」との対比が生まれてきて、これは、近代的テーマであると同時に現代的なテーマとも言える。また聴衆に、男女のあり方、過程のあり方などに加えて、愛とは何なのか?といった普遍的なテーマを考えさせるような終わり方にしてある点も、ある種の執念を感じる。てめぇら、考えてみやがれやー、といった具合に。なので、物議を醸したというあたりに著者はさぞ溜飲を下したことだろうと思う。 そういえば、アンデルセンの絵のない絵本、の訳者も、この矢崎源九郎さんであったはず。このひとの訳は無駄な肉が剥ぎ落とされていて、シャープだなぁ。 追記。俺はむしろ、好きなひとの人形になりたいとも、思うけれど。

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    投稿日: 2011.05.09
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    このレビューはネタバレを含みます。

    フェミニズムの勃興と共に語られると言われるイプセンの『人形の家』。 「小鳥ちゃんは、ただただ愛らしくさえずって、幸せそうに歌い踊っていればいいんだよ」弁護士の夫が妻ノラにいつも言うのは、暗に「女はただ可愛らしくして、余計なことは何も言わずにそこにいるだけでいい」ということのようである。 しかしながら、ノラはノラで、小さな可愛いリスのように振る舞う一方で、夫には言えない重要な隠し事を持っている。 最終的にはその隠し事が夫にばれることで、強く罵られ、ノラは「人形のような生活を強いられる今の生活には耐えられない。自分は人形ではなく、人間として生きていきたいのだ」と夫と子供3人を捨てて家を出て行ってしまうというのがこの話の大筋である。 衝撃的で勢いのあるラスト。ノラの取った行動には賛否両論あるようだが、現代の女性が読むとどうなのだろう。 もしかしたら、結婚もして、子供もいるが社会には出ていない女性が同じような気持ちを抱え、共感することもあるかもしれないが、それにしても今自分の置かれた状況や、周囲の者があまりにも目に入っていない感じが、逆に女性嫌悪の風潮を際立たせているように感じないだろうか。 いくら女性をバカにするにしたって、もう少し理性的に描いて欲しいものだ、と感じるのではないかなぁ。 同年代の小説や映画が今すぐに思いつかないから何とも言えないけれど、でもそういえば、「ティファニーで朝食を」の主人公の女の子も相当に気まぐれな、自由奔放な性格をしていたから、割と最近まで女性と言えば(かなりのレベルで)感情的な生き物だ、という認識が男性の中にあった、あるいは女性も自分たちをそういうものとして生きてきていたのかもしれない。

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    投稿日: 2011.03.28
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    浦野所有 浦野レビュー◆ネタバレあり - - - - - - - - - - - - - - - 世界を揺るがした戯曲ですが、いまの感覚でいえば「それほどの作品なのかなぁ」という気がします。それに、ノラの行動はとても共感できるものではないような…。偽証をつくっておきながら、夫を鎌にかけ、その狼藉ぶりをみて子どもを捨てて家を出ていくなんて。とんでもないヤツだと思いませんか?

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    投稿日: 2011.02.28
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    戯曲として描かれている性質から 場面を思い描きやすい。 物語の初めは甘くゆるやかな日常のようで 半ばはドラマティックに展開する人生の一大事 それが最後にきて、全てを包含して色味が一変する。 人として生きることに対する 特に女性の生き方に投影される 自己との関わりと他者との関わり。 女性の自立とも取れる詩的な物語から 思い起こされる考えは少なくない。 それぞれが一つ前の作品により持ち上がった議論に対する 回答及び新しい投げかけとして捉えられる作品、 ・幽霊 ・民衆の敵 も読んでみたい。

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    投稿日: 2010.09.23
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    演劇関連の本を読んでいたときにやたらと近代劇の名作として挙げられるので原作を読んでみた。 幼い頃から人形のようにかわいがられもてはやされ、結婚してからも平和な人生を歩んできたノラ。 世間知らずで利己的な人間に育ってしまった彼女は過ちを犯すこととなる。 夫ヘルメルはその過ちから自分の名誉が傷つくことを恐れ、ノラを罵るが、危険が去ると再びノラを小鳥のように可愛がろうとする。 この事件を通してノラは、夫が自分を一個の人間として愛していたのではなく、愛玩動物、人形のように愛し、また妻、母親としての義務を要請する存在としてとらえていたことに気づく。 人形から本当の人間として自分を成長させ、正しい価値観を身につけることにしたノラは家を出て、社会で生きて学ぶことを決意するのだった。 婦人解放運動に大きな影響を与えたといわれるこの作品だがフェミニズム云々を抜きに客観的に見て、全うな男女関係、愛のあるべき姿の一つを提示する傑作だと思われ。ちなみに短いし、324円で入手できますwwww そういえばFF9に「イプセンの古城」っていうダンジョンあったよね・・・

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    投稿日: 2009.01.07
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    『三四郎』で言及されたり、評論文とかででてきたり、社会科学的に有名な作品?これが新しい女性像か。このくらいで批判の嵐とは、近いようで遠い19世紀ですね。

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    投稿日: 2008.04.14
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    ノラは自分勝手な女というより、結局結婚するにはまだ若すぎたのです。まだ自己を形成しきれていなかったのです。 ただそれだけ。夫も子どもも捨てて一人家を出るノラの未来はそう明るいものではないでしょう。家を出ることは失敗を失敗で埋めることでしかないからです。 チェーホフの『かわいい女』と比較して読むのも面白いです。

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    投稿日: 2008.04.12
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    女性解放をテーマにした古典、ということで、今となっては時代遅れなところがあるんだろうと決め込んでしていたが、意外と面白い話である。というのも、テーマの主張部分よりも、劇の構成が上手いからに他ならない。段々と事件が迫ってくる描写は緊迫感に満ちていていい。

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    投稿日: 2007.04.23
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    イプセンの有名な戯曲です。 妻が夫の病気を治すために借用書を偽造し、借金をしたことが軸に展開していきます。 この夫婦はずっと『ままごと夫婦』をしてたんですね。 夫にとって毎日顔を合わす親友の死さえ興味がない。 なんだか子供が一番かわいそう。

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    投稿日: 2006.10.21
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    選択現代文で読んだのだけど。社会劇。主張が前面に出すぎてて物語としては楽しめなかった。発表当時にはノラは斬新な女だったんだってね。出て行く女なんて今じゃ普通だけど(笑)

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    投稿日: 2006.05.26