
総合評価
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powered by ブクログサラリーマンの悲哀を描いている。と言えば四捨五入し過ぎだが、この稼業が、いかに理想として人生を燃えたぎらせるものがないか、ましてや出世だけがロイヤルロードでもなくなった今(当時)、仕事はこなして、アフターファイブを充実させるのが吉、という達観が本書には通底している。 そのうえで、曰く、愚痴ほど生産性のないものはない、議論モードはロクなことがない、時には人生意気に感じるといった感性を持つべきだ、との持論展開。さすがに昭和三十年当時の著者の持論であり、真新しくはもちろんないし、今となっては通じない考え方も多いが、とにかくも人生の大先輩の言として愉しくは読めた。 後半の女性蔑視全開のパート(女性は職場では男漁りと愚痴をいう以外に楽しみを知らない、旦那の出世に欲を持った女房はロクなものではない など)は男側からの強烈な独りよがりに見えて、さすがに時代錯誤感が凄まじかった。 一方で、第2部語られる、著者の実体験に基づく人生観(新聞記者として「大成」したが故に閑職に就きつつそれに満足している老人。自らの才覚の限界を悟り小虫として自分のペースで生きていくことで人生を完成させた老人)や、著者自身の新聞記者としての経緯(戦後闇市で求人募集を発見し、新興新聞社に入り、同時入社のO君の諍いに共連れで退社。次の社は用紙横流しで退社。産経新聞に入社。このあたり、時代の息吹が感じられるような描写。)は面白かった。 司馬遼太郎ファンとしては貴重な読書経験となったが、ビジネスマンとして目から鱗の発見を期待しての選択だっただけに、その期待値との比較では、星3つが限界か。
0投稿日: 2025.10.26
powered by ブクログ司馬遼太郎氏が若かりし頃の日本のビジネスマンについて描かれる本書は、戦後間もない混乱と復興の時期の話だから、流石に現代のビジネスパーソンとは違った働き方、生き方である。だが会社に属して、会社の中で一本のネジになりきり、給与を貰うというサラリーマンの胸のうちをありありと描く姿、その心は全く現在のサラリーマンにも当てはまるから面白い。当時、司馬遼太郎氏(本名は福田定一)は駆け出しの新聞記者として、記事を書くより人として暮らしていく「生活」が主たる日常の目標となっていた。新聞社という、会社の中で繰り広げられる様々な人間ドラマ、GHQが支配し、戦前の日本とは大きく異なり、女性の社会的立場や家庭での位置付けも変わっていく姿。女性がOLとして男性中心の職場で「一本釣り」を狙う会話など、生々しく描かれており、それらは現代にある程度通じる部分もある。結局は社会から見ればサラリーマンであるが、個々人は生きることに精一杯な人間が集まる場所、それが会社なのだ。 最近はライフプランに合わせてキャリアプランを考えなければと、必死に人生設計を考えることもあるが、答えは中々明確には描けない。寧ろ明日がどうなるかなんて明日にならないとわからないさ、程度で、現在そして未来の不安から目を逸らしながら暮らす人も多くなった。戦後の混乱期から、所得倍増に向かう昭和の時代も、激しい環境変化の中で、大半の人々は、明日、来年、10年後の姿を描くより、お金を稼いで今を差し障りなく生きることの方が余程重要だったに違いない。 そんな日々の暮らしを必死に頑張り、楽しみ、小さな幸せを積み重ねていく、極々普通の人間の心内を生き生きと描いた作品である。
0投稿日: 2024.11.30
powered by ブクログ論語、ねぇ。司馬遼太郎のサラリーマン処世術を『子曰く』の論語になぞらえているんだろうが、ぜんぜん別物だよね。孔子のような哲学がないから時代の変化に耐えられない。今となっては何の役にも立たない軽いエッセー。 彼の意外な一面が見られて司馬遼太郎好きには良いのかもね。
0投稿日: 2023.10.01
powered by ブクログ司馬遼太郎さんファン 2016.12.10(平成28)発行 司馬遼太郎記念館もぜひ訪れてみてくださいね
0投稿日: 2023.01.01
powered by ブクログ確かベストセラーになったと記憶しているが、自分には何がいいのか、よくわからない。やや難しい漢字がよく出てくるから、読みにくいと感じるのかな。
0投稿日: 2022.10.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
初の司馬遼太郎作品。 一ビジネス書籍として手に取った。 言い回しが独特でリズムが不規則であった為、なかなか理解出来なかった。今までなら途中で読むのをやめていただろう。茂木健一郎の読書は雑食であれという言葉から何を伝えたいのか意味不明なこの書籍を読み終えた暁には何か得るものがあるのではと読了した。 本作中に出てくる偉人の遺した語録は参考になるものがいくつかあった為メモ。 部分部分ではそういった語録など面白いものもあったが全体を通して気持ちよく読み終える事が出来なかった。
1投稿日: 2020.08.23
powered by ブクログ司馬遼太郎こと、福田定一のサラリーマンエッセイ。 前半は箴言を交えた皮肉含みのユーモアにニヤリ。 後半の市井にそっとさく老サラリーマンの物語りにはぐっとくるはず。ナンバーワンにもオンリーワンにもならなくていい。それも生であろう。
2投稿日: 2020.08.17
powered by ブクログ司馬遼太郎氏の本といえば、僕の中では歴史小説 しかし、この本は、普通のビジネス書、サラリーマンたるや、何なのかを明快に書いてる本。 サラリーマンとして、戦後の感覚は今でも通じるものであった!
0投稿日: 2020.06.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
【感想】 昭和30年、まだ産経新聞の記者だった頃の司馬遼太郎が書いた本。 やはりこの頃から、文章に関してかなりの鬼才があったんだなーと読んでいて感じた。 テーマは「サラリーマンの処世術」といった具合だが、歴史上の英雄と絡めるあたりがいかにも司馬遼太郎の本。 初めて目にする人物も多々いて、司馬遼太郎の博識の深さが窺い知れる・・・ 内容自体はかなり砕けた感じで書かれており、新書というよりコラム風な書き方だったので気楽に読めた。 ただ、砕けながらもしっかりと要点を抑えた内容になっていて、また、60年以上も昔に書かれたと思えないほどに今の世の中にも通用する内容も多かった。 なかなか面白い本でした。 【内容まとめ】 1.サラリーマン大江広元の処世のヒケツ 決して彼は積極的に出世を企てようとは思いもせず、専務や社長になろうとは思わなかった。 また出世のために人の頭を踏んづけ、押しのけ、誅殺することもしなかった。 自分一個の利害ではなく、すべてはお家、鎌倉システムの安定のためという自他共に認めた「大義名分」があった。 要するに、スジが通っていたのである。 2.自分一個の私利私欲のために才能を使わず、走狗をつとめることもせず、役に立つ上に公正であり、誰にも代替えがきかないという地位を確立 3.入ルヲ量ッテ出ルヲ制ス 「収入を内輪に費え。年末にはいつも何がしかの余剰を出すようにせよ。収入よりも支出を少なからしめよ。 そうあるかぎり、一生たいして困ることはない。」 4.己を謙遜しつつ、のらりくらりとかわしてゆくのが明哲保身に不可欠な条件である。 バーナード・ショー「あまり他人に同情を求めると、軽蔑という景品がついてくる。」 エマーソン「愚痴はいかに高尚な内容でも、またいかなる理由があっても、決して役に立たない。」 【引用】 p13 大工には大工の金言がある。その職業技術の血統が、何百年かけて生んだ経験と叡智の珠玉なのだ。 植木職でも、陶工の世界でも同じことが言えよう。 さて、サラリーマンの場合、一体そんなものがあるだろうか?この職業の伝統にはそうしたものはなさそうだ。 p23 鎌倉幕府というものほど、殺気に満ちた権謀の府は史上なかった。 親子兄弟のいえども油断はできない。 頼朝が庶弟義経を殺して以後、次々と草創の功臣を謀殺してゆき、頼朝の没後実権を握った北条氏も頼朝の子孫やその老臣をほとんど殺し尽くし、血に濡れた手で権力の土台を固めていった。 こんな動揺常ない政変の府において、わが事務総長かつ元祖サラリーマンである大江広元氏はまるで幻術師のような変幻さでその地歩を温存し通し、78歳の天寿を全うして、鎌倉人物史上めずらしくも畳の上で大往生を遂げた。 p24 ・サラリーマン大江広元の処世のヒケツ 保身に成功した第一の理由は、保身家のくせに遊泳家ではなかったことである。 決して彼は積極的に出世を企てようとは思いもせず、専務や社長になろうとは思わなかった。 また出世のために人の頭を踏んづけ、押しのけ、誅殺することもしなかった。 自分一個の利害ではなく、すべてはお家、鎌倉システムの安定のためという自他共に認めた「大義名分」があった。 要するに、スジが通っていたのである。 そして最大の理由は、その卓絶した行政能力なのだ。 能力がある上に、べらぼうな仕事熱心なのである。 p28 自分一個の私利私欲のために才能を使わず、走狗をつとめることもせず、役に立つ上に公正であり、誰にも代替えがきかないという地位を確立したからに他ならない。 p33 ・サラリーマンの英雄は徳川家康 「徳川家康 遺訓」 人の一生は重荷を負ふて遠き道を行くが如し。 急ぐべからず。不自由を常と思へば不足なく、心に望みおこらば困窮したる時を思ひ出すべし。 堪忍は無事長久の基。怒りは敵と思へ。 勝つ事ばかりを知って負くる事を知らざれば、害その身に至る。 己を攻めて人を責むるな。 及ばざるは、過ぎたるより優れり。 p56 ・入ルヲ量ッテ出ルヲ制ス サミュエル・ジョンソン 「収入を内輪に費え。年末にはいつも何がしかの余剰を出すようにせよ。収入よりも支出を少なからしめよ。 そうあるかぎり、一生たいして困ることはない。」 ただし度を越して吝嗇になると笑われる。 p60 ・恒産アル者ハ恒心アリ 本来は恒産=財産であるが、今この世の中は財産管理に躍起になって、逆に驢馬のようにビクビクしてしまう。 今となっては、サラリーという恒産と、サラリーマンの恒心のほうが一般的なのでは? 望み過ぎず、人生に余計な野望を持たず、ふやける事に安住感をもてるとすれば、それ以上の幸福はない。 p76 ・愚痴はお経だ。 バーナード・ショー「あまり他人に同情を求めると、軽蔑という景品がついてくる。」 エマーソン「愚痴はいかに高尚な内容でも、またいかなる理由があっても、決して役に立たない。」 己を謙遜しつつ、のらりくらりとかわしてゆくのが明哲保身に不可欠な条件である。 p94 ・議論好きは悪徳 人生はいつまでも学校の討論会ではない。 議論好きというのは、サラリーマン稼業にとって一種の悪徳である。 本人は知的体操でもやってるつもりかもしれないが、勝ったところで相手に劣等感を与え、行為を失うのがせいぜいの収穫というものだ。 p136 「俺は天才が30歳で傑作を生むところを、80歳まで生きて何とか自分をモノにしてみせるつもりなんだ。貧乏なのは閉口するがね。 それも考えようで、サラリーマンが定年になってアブつく頃に、俺たちは何がしか格好がついてくるんだから、食えるのはそれからだと思って意を安んじてるよ」 商人や芸術家は、生活を賭けた緊張感をもって毎日を過ごしているのだ。 怠慢と安易をサラリーマンだけに許された特権と思うならば、やがて社会死によって世間の下水溝に溺死体を浮かべねばなるまい。 p160 ・大成とは? 「俺のようになる事だ」 「部長や局長になろうという気持ちが兆した瞬間から、もうその人物は新聞記者を廃業したと見てええ。抜く抜かれる、この勝負の世界だけが、新聞記者の世界じゃと俺は思う」 「昔の剣術使いが、技術を磨く事だけに専念して、大名になろうとか何だとかを考えなかったのと同じ事だよ」 社によって守られている身分や生活権のぬるま湯の中に躰を浸すな。 いつも勝負の精神を忘れずに、社というものは自分の才能を表現するための陣借りの場だと思え。 しかし、彼の持つ職業態度が滑稽に見えるほどに、職業の歴史は急速にサラリーマン化していっていると言える。 p170 ・もう一人の新聞記者 「人間、おのれのペースを悟ることが肝心や」 名記者になる奴はなる奴の、出世する奴はする奴のペースというのが元々ある。 俺は俺らしく、実直な腰弁の人生を歩こうと覚悟した。 「ペースを悟ったら、崩さず惑わず一生守りきることが大事でんな」
4投稿日: 2019.06.18
powered by ブクログ司馬遼太郎によるビジネスマン向けの指南書。 といっても実際に書いたのが50年前なので、さすがに古臭い感じ。
1投稿日: 2018.01.15
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
昭和30年に書かれたとは思えないほど、現代に通ずるものがあった。 それほどに日本社会は進化していないのか、はたまた"サラリーマン社会"の根本は変わらないのか… さすが司馬遼太郎と言わざるを得ない流れるような文脈で読みやすく、 かつ様々な先人たちの言葉もリソースとして交えられ、スッと入り込む一冊だった。 ====================== ■インドの法句経 古代インドの法救という坊さんが釈迦のコトバを編集したもの ⇒当時のインドの社会制度はそれこそ二十世紀後半の日本とは比べ物にならないほどひどい (社会制度のカケラもない) 貴族の他は乞食同然、というような世の中だったので死の世界を欣求する仏教が生まれた ■人生観の年輪 たいていの会社の人事課長は「新入社員の情熱は永くて5年」と見ている それどころか「入社早々なんの情熱も用意していない者が多い」という人も 「戦前なら入社2年ほどは仕事を覚えるのに夢中で過ごすものだが、 近頃の若い者はただ8時間という労働時間と初任給の対価を見合わせただけの労働量しか提供しない」 ■恒産という特権 恒心つまり平常心とは、"熱くも冷たくもない水に浸かっている精神" ぬるま湯の中では体のどこからも抵抗というものが生まれてこない ノビてダラりとしたウドンのような人生を送るのみ ■崩れぬ笑い 「笑いとは、全人類の謎を解く合鍵である」 ――カーライル とある会社で中年の事務経験者を募集した。 200名の中から3名の採用をしたが、「笑顔」が採用の尺度だった 人事課長の話では、 「魅力ある笑顔というのは一朝にして仕上がるものではなく、 その人間のすべてを表現するものとして、人格内容のあらゆる集積が裏打ちされている」 「40歳を過ぎた人間は、自分の顔に責任をもたねばならぬ」 ――リンカーン 「神は汝に一つの顔を与えた、ところが汝はそれを別の顔に造り直した」 ――シェークスピア "別の顔"が仕立てあがる時期をリンカーンは40歳前後と見た 青少年時代の顔は生まれ出た素材そのままの顔であり、持ち主の責任はどこにもない 老いるに従い、品性その他すべて精神内容が、その容貌にノミを振るいだす 例えば強盗はズバリ強盗の顔をしている 教養・経験・修養・性格……すべての集積が沈殿していく ■議論好きは悪徳 「人生はいつまでも学校の討論会ではない」 ――D・カーネギー 本人は知的体操でもやっているつもりかもしれないが、 勝ったところで相手に劣敗感を与え、好意を失うのがせいぜいの収穫 カーネギーいわく営業部員の論客ほどヤクザなものはいない "B社の製品とは素材からして違いますよ。便利さも格上。しかも安い。買わないなんてオカシイじゃないですか" 議論のつもりだから傘に掛かって論破していくが、その時の相手の心理からすると 何らかの理由があってその商品を使っていたわけだし、「そんな事言ったってB社は~~」と弁護をしたくなる気分になる。 老練な営業部員は決して競争品をけなさない。 "あれは立派な商品で、お使いになって大抵間違いはありません" こうくると客は急に無言になる。一瞬にして議論の相手が居なくなったからである 相手の抵抗意識がおさまったところを見澄まして、静かに自社の商品の特徴・評判を議論でなく事実として述べる 議論よりも心理に通ずる者が勝つとカーネギーは語っている ■階級制早老 「先輩からは知恵を、後輩からは感覚を汲むが良い」 ――西 諺 老けるのも時には便利な事があるかもしれないが、営業や企画関係の職種では 感覚まで老けてしまってはハシにも棒にもかからない。 ポスター1つ注文するのにも感覚が古ぼけていてはどうにもならないし、 購買心理の隠微な動きを知るにも老化は営業課員の的に違いない "キミ、そんなことじゃダメだよ。私の若いころは~~"なんて説教癖を持ち始めたら救いようがない 知恵を振り回すようになれば人間の成長はそこでお仕舞い。 「人生の真の喜びは、目下の者と共に住むことである」 ――サッカレー ■大成する、とは 大成とは、この世界の中で大成する事であって、 この世界から抜け出て重役になったところでそれはサラリーマンとしての栄達だが… 昔の剣術使いが技術を磨くことだけに専念して、大名になろうとかを考えなかったのと同じこと 新聞記者で言えば、部長や局長になろうという気持ちが兆した瞬間から、 その人物は新聞記者を廃業していると見て良い 純粋に言えば、鉛筆と現場と離れた形では新聞記者という職業は考えられないものだ
1投稿日: 2017.12.28
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
「仲間に対しては仲間たることを拒絶する自由は誰ももたない」(読売新聞朝刊2017.11.14編集手帳)
0投稿日: 2017.11.14
powered by ブクログ2017年18冊目。サラリーマンの人生訓。内容に目新しさはないが、昭和30年32歳の司馬氏の悟り具合に驚かされる。自らも組織に属しながらサラリーマンとは何かを考えただけでなく、その職を辞する決意があったからこそサラリーマン界を俯瞰できたということか。 ただ、私は文章のリズムに馴染めず、最後まで読みにくかった。
1投稿日: 2017.08.15
powered by ブクログ先輩からは知恵を後輩からは感覚を汲むがよい 西 諺 運命は神の考えるものだ。人間は人間らしく働けばそれで結構だ。夏目漱石
2投稿日: 2017.07.28
powered by ブクログ良書。 司馬遼太郎の意外な作品。だけど、司馬遼太郎らしい作品。歴史上の名書を知らなければ書けない。
0投稿日: 2017.07.24
powered by ブクログ昭和30年。まだ記者だった司馬遼太郎さんが書いたサラリーマン向けエッセイが新書になったとのことで、読んでみました。 時代感タップリ。まだ戦後で貧しかった日本。社会保障も十分ではなく、家制度も残っていた。そんな時代のサラリーマンは、日々、黙々と働くだけの存在ではありながら、毎月の給料にありつけ、苦労と引き換えに安定した生活が得られるという立場。司馬さんは、あわてず、くさらず、淡々とそんな立場を享受せよと説く。現代のビジネス環境とは大きく異なるため、そのまま参考にはならない内容もあるが、ナルホドね、というサラリーマン道の示唆は多く、気軽に楽しめる1冊。
0投稿日: 2017.07.15
powered by ブクログサラリーマンの概念は、この頃生まれた。会社員であっても、野武士のような気概をもって、自分の理想の道を 全うする人達が存在した。
0投稿日: 2017.05.05
powered by ブクログ昭和30年に本名、福田定一の名義で刊行された『名言随筆サラリーマン ユーモア新論語』が底本。サラリーマンに効く、先人の言葉+著者のエッセイという内容なので、特にビジネスエリート向けという感じもしなければ、論語の本でもない。 職業としてのサラリーマンを、江戸時代の武芸者から俸禄をはむ武士に始まるものとした見方、歴史エピソードの知識など、さすがに司馬遼太郎と感心するところも多いが、やはり60年以上前という時代の違いを感じさせられた。 17-67
0投稿日: 2017.05.02
powered by ブクログ司馬遼太郎なら60年前の作品でも何でも売れると思ってるんだろうなーセンテンススプリング。実際売れてるらしいね。読後の感想は「サラリーマン処世術」でした、つまんねー
0投稿日: 2017.04.17
powered by ブクログ司馬遼太郎がサラリーマン時代に書いた人生講話を復活。 サラリーマンを登山に例え、1日8時間をカネのために過ごす。そんな人生ではつまらない。 「明日のことを思い煩うな、明日は明日みずから思い煩わん」今日は今日、明日は明日。名言とはこうした本質を突く。 リンカーン「四十を過ぎた人間は、自分の顔に責任を持たねばならぬ」品性その他全ての精神内容が、その容貌に彫塑のノミを振い出す。 サラリーマンの持つ特性やその悲哀を表現している最たる部分は、「階級性早老」であろう。自然年齢よりも職場年齢で老けてしまうのは、いつの時代も同じだろう。司馬遼太郎が遭遇したあらゆるタイプの人の中でも、ちゃんとした人、立派な人もいる。 今の会社に入ったら、司馬遼太郎という人格はどう変質していったんだろう。荒削りな文章に、ビジネスエリートになるための大切なことがつかめるというのがウリ。
0投稿日: 2017.04.06
powered by ブクログ20170401 昭和の時代の雰囲気を懐かしく思い出した。社会は良い方向に変わったのだろうか。エリートという言葉も今では意味合いも違うような気がする。金言も時代と共に意味合いを変えて判断しないとだめなのだろうか。
0投稿日: 2017.04.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
司馬遼太郎が「福田定一」として新聞記者だったころに執筆していた、古今東西の金言名句をテーマにした連載をまとめたもの。 名言集は苦手なので、第一部は途中から読み飛ばしたが、第二部は司馬遼太郎が新聞記者時代に出会った老人二人に焦点を当てており、戦前の新聞記者が、サラリーマン記者に成り下がっていく時代を感じさせ、茶者もそれに抗いたい気持ちが伝わってきた。 新聞記者とは、お金をもらって記事を書くものではなく、自分で書きたいネタを探し出して、身を削って記事を書くものだという覚悟に圧倒された。
0投稿日: 2017.03.19
powered by ブクログやっぱり司馬遼太郎さんはすごい。 1つ1つの言葉に意味がちゃんと込められていて、そこから紡ぎ出される文章がなんて深いんだろう。 60年前に書かれた本とは思えないほど、現代でも通用するところが多いし、歴史を感じることもできる。 文章で生活して行ける人は、本当にすごいと改めて思わされた。
0投稿日: 2017.03.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
鍍金(めっき)を金に通用させようとする切ない工面より、真鍮を真鍮で通して真鍮相当の侮蔑を我慢するほうが楽である。〈夏目漱石〉 ずいぶんと人を食ったコトバである。こうクソミソにコナしつけては実もフタもないが、真鍮は真鍮なりの光がある。その光の尊さをみつけた人が、平安期の名僧最澄でだった。「一隅ヲ照ラス者、コレ国宝ナリ」 「私は科学的なものでなければ信頼する気になれませんわ。一ダース位の重宝な格言を準備して置いて、それを世渡りのいろんなポイントに使い分けして、したり顔に暮らしている世間のエライ人達を観ていると、気が遠くなりますわ。あんな瘡蓋のような思想が社会の表面を被うている限り、我々の人生は何時まで経っても明るくも正しくもならないのだ――、貴方はそうお感じになりませんか?」 橋本先生の思想的な立場をはっきりしておく必要がある、彼女は、マルキストである。それも、今日のそれではなく、昭和八年ごろのそれ、女子大を出て間もなくといった、当時としては尖端的なインテリ女性像というニュアンスがその思想にある。彼女は、マルクス・レーニズムによる社会科学が、人間と社会を“整然”と分析でき、まちがいなく救済できる唯一万能のものだとかたく信じている。徹頭徹尾、自分を社会主義的人間に仕立て上げていく以外、生存の目標をもっていない理知的でしかも戦闘的な女性である。 当然、格言などというマヤカシの存在を憎悪するわけだ。また、問題を深部まで分析、批判せずに、そういうマヤカシだけでイナしてゆく生き方をを憎悪するのである。 こういう、息の短い、歯ギシリ噛んだ態度には、健康な生活感情は、多少の反発を感ずる。また、大ナタでたち割るように、古い格言文化に対する粗大な否定の仕方は、いろんな意味でデリカシィに富み始めた今日のコミュニストなら、もはや採らないはずだが、かといって、橋本先生の言葉に含まれている本当なものは否定できないのである。 〈中略〉が、たいていの場合、格言ずきな人達は、ちょうど新聞記事に見出しをつけるような調子で、事態に似合った格言を抽出しのなかからぬきだして問題の上に貼り付け追求への努力を省略してしまう癖はないだろうか。 金言や、格言が、ある努力に対する推進力になったり、問題解明へのイトグチを作る発想の動機になったりする作用は、けっして見のがすことはできない。それでこそ、ルナールも「うまい言葉の一言は、悪い本の一冊にまさる」という格言の“格言”をのこしているのだし、ニーチェですら「立派な箴言は、文学における大いなる逆説であり、変化し行くものの中で不滅のものであり、ちょうど塩のように常に尊重されて不変の、利かなくなることのない食物である」といっているのだ。 戒心すべきことは、これらを人生に応用する態度の問題である。金言を、念仏や呪文のように自己催眠や自己弁解のために使用するとなれば、いかにすぐれた真理をふくんでいるにせよ、それは麻酔薬にすぎないのである。
0投稿日: 2017.02.19
powered by ブクログ60年以上前に執筆された文章であるにも関わらず、現代にも通じてしまうという、日本社会に対して一種残念さを感じてしまう名著。 後半部分の記者としての体験や記者になるまでの話は、まるで物語のような面白さです。
0投稿日: 2017.02.12
powered by ブクログ司馬遼太郎が昭和30年に出したサラリーマンについてのエッセイ。当時は福田定一という本名名義だったとか。歴史上の名言を一言上げた後、サラリーマンに関する考察を述べる形式の前半が主。後半に自身が新聞記者になるまでの経緯を同僚・先輩に絡めての話を掲載。後に日本史を中心にした歴史小説の大家になった人だが、出てくる名言はむしろ西洋の名句か当時の近現代のそれらばかり。彼の教養がいかに凄いか驚かされる。またさらにサラリーマンに関する諸考察は2017年現在においても思い当たるものばかりで全く色褪せない。短い彼のサラリーマン生活は苦悩であり、そこから出てきたものだという。そう。サラリーマンは実力のそれより運か運命に翻弄される。そんな人ばかりなんだろうと思った。
0投稿日: 2017.02.07
powered by ブクログ博覧強記な司馬さんらしく、角界の先人の言葉をサラリーマンのために書き綴った新書です。 若かりし頃の福田定一さんの文章という感じが出ていて、愉快に読めました。 また、戦後の経済発展時期のサラリーマン社会から、現代の不安定雇用の時代におけるサラリーマンを取り巻く環境は激変していますが、サラリーマンという範疇に身を置くものとしては、読んでおいて損はない本です。 また、家庭を持つこととは、戦後の社会的環境はこれまた、激変しておりまして、男女雇用機会均等法時代の夫・妻に身を置く人間としては、びっくりするような記述もありますが、人間長らく生きるということは楽しいことであります。
0投稿日: 2017.02.04
powered by ブクログ初めての司馬遼太郎。 独特の言い回しに初めは慣れなかったけれど、よくよく読んでいくと挙げられている例は面白いし、ご自身の中でたくさん考えられた上で練られて、得られた答えが随所に散りばめられていて、それが素直にわたしの中に入ってくる文章だった。 日頃考えていること(何が幸せか?サラリーウーマンとして、どういうキャリアを描くか?とか)に答えになるヒントを与えてくれる本だった。
1投稿日: 2017.01.29
powered by ブクログ司馬遼太郎氏が新聞記者であったころに本名で昭和30年 ごろに書いた内容だそうです。 少し古めいたところは多くありますが、会社員として わからなくはないと思う部分もあります。 また、時代の移り変わりもやっぱり見てとれて、 今の時代には起こりえないであろうことも書かれてあります。 とはいえ日本も会社員も会社も、社会もすくなくとも 進歩しているのでしょう。 第2部の『二人の老サラリーマン』『あるサラリーマン 記者』の2作は面白かったと思います。
1投稿日: 2017.01.29
powered by ブクログ期待外れ。司馬遼太郎観が変わってしまいそう。正直言って、単に世相を皮肉っているだけの文章にしか感じられない。
0投稿日: 2017.01.24
powered by ブクログ論語云々というより,日々のサラリーマン生活の中で感じる事柄を,過去の言い回しを用いてエッセイ風に仕上げた日記のように読める.今はもう出会えない歯に衣着せぬ文体は,為人が漂ってきて逆に心地よい.
1投稿日: 2017.01.22
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
司馬遼太郎が文字通りサラリーマンの時、サラリーマンの立場で書いた作品。非常に示唆に富んでおり、感心させられる。思わず、その通りと、一人相づちを打ってしまう。
0投稿日: 2017.01.22
powered by ブクログ昭和30年代に司馬遼太郎が論語などの一説を紹介しつつ、サラリーマンの処世術的な事を紹介している。 これを読むと約50年前も現在でもサラリーマンの処世術的なものの本質は変わっていないのだと思った。
1投稿日: 2017.01.21
powered by ブクログ初めてきちんと読んだと思う司馬遼太郎の文章です。60年ぐらい前も人は何も変わらないのだなぁと良い意味で気持ちが楽になりました。
0投稿日: 2017.01.16
powered by ブクログ司馬遼太郎が本名で公刊した名言随筆サラリーマンを再刊したもの。後年の大作家の覚悟などがうかがえて、興味深いものでした。
1投稿日: 2017.01.12
powered by ブクログ今の時代にも通ずる、サラリーマンの悲哀を司馬遼太郎の独特な鋭い視点で、ユーモアたっぷりに語るエッセイ的な内容。 まだサラリーマン時代にも書いたものであるけども、切り口や視点が面白いし、鋭い感性だなと思わされる。
1投稿日: 2017.01.08
powered by ブクログ昭和30年に司馬遼太郎が新聞記者をしていた時代の本。「サラリーマン」という職業について、今でもあてはまることが多い。女性の働き方の部分は時代が変わって今と状況が違っていると思うが、男の仕事については60年経った今でも通じることが多いと思う。後半になると、司馬遼太郎らしさが出てくる。歴史という中に見た普遍的なものを見る目など、面白く読める。
1投稿日: 2017.01.06
powered by ブクログ前半書かれているのは前近代的な勤労感。 それは仕方があるまい。なぜなら著した司馬遼太郎氏は、すでに鬼籍に入っている。 だからというわけではないが、特に落胆することはなかった。 格段に面白くなるのは後半で、ここで書かれている結婚観、家庭感、死生観はまさに司馬遼太郎。普遍的な面白さで、一気に読了してしまった。時代を超越した語り口は流石というしかない。 一読の価値あり。
1投稿日: 2017.01.03
powered by ブクログ驚きなのは、司馬さんがこれを32歳で書いたということ。ここまで世の中のことをこの年齢で分かってしまったのか。戦後10年で書かれているのに、中身は今でも通じることが書いてある。戦後70年余り、日本はあまり変わっていないのかなあ。社内恋愛はするなと書いてあるけれど、後に司馬さんは同僚と結婚されます。そこがくすっと笑えます。
2投稿日: 2016.12.09
powered by ブクログ【司馬遼太郎、待望久しい新刊、初の新書】昭和30年サラリーマン時代の司馬遼太郎が本名で刊行した“幻の新書”を完全復刊! ビジネス社会で働く人々への知性溢れるエール。
1投稿日: 2016.11.24
