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エロティック日本史 古代から昭和まで、ふしだらな35話
エロティック日本史 古代から昭和まで、ふしだらな35話
下川耿史/幻冬舎
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総合評価

10件)
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    日本史のエロにまつわるエピソードを紹介した本。性の通史を書こうとしたそうだが、著者も後書きで述べている通り、エピソードの寄せ集めに終始した感がある。とはいえ、古代から近代まで、性風俗の流れがとっつきやすくまとまっている良著だ。 印象に残ったのは、各時代における性を売る女性の変遷で、平安時代の遊女はキャリア女性であり、教養と美貌を備えた女性のキャリアアップの手段として認められていたという。今をときめく貴族の娘が遊女をしていたというのは、現代の感覚とはかけ離れている。鎌倉時代の白拍子なども、自分の踊りの芸と性的な生き方に自信を持った自立した女性であり、遊郭に閉じ込められた籠の鳥となっていくのは戦国時代以降のことだった。遊女の歴史については参考文献も紹介されていたので、別途勉強してみたい。 また、平安時代後期以降、「読経」が官能的なものとして男女の心を虜にしたというのも驚きだ。今で言うカリスマロックバンドのようなものだろうか?法然・親鸞の配流事件も、後鳥羽上皇の側室が法然の弟子の読経に心を奪われ、出家を懇願し御所に泊めたことが原因という(昔習った気がするけどこんな面白い事件だったとは)。 室町時代に流行った踊り念仏は、乱交パーティーをもって宗教的な解脱の境地とするものであり、のちに盆踊りへと変化するものであった。その背景には、鎌倉期以降ずっと庶民にとっては「戦国時代」=乱世が続いていたことがあるというのも興味深かった。 また、明治維新における性の封じ込めが、日本の性風俗に大きな変化をもたらしたことも指摘されていた。長らく積ん読本になっている「裸はいつから恥ずかしくなったか」を、そろそろ読まねばなるまい。 ひとつひとつのエピソードが短くまとまっているので、読みたい章から読むことができ、また思ったより真面目なちゃんとした本なので、タイトルに尻込みせずに読んでみることをオススメする。

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    投稿日: 2022.04.05
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    古くから日本では、性に関して自由なところがあり、今の時代とあまり変わっていない。 要するに時代が変わっても、ヒトの本質は変えようもないという事だと思う一冊であった。

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    投稿日: 2021.08.21
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    「人生とはペニスとバギナの離合集散のドラマだ。そのドラマを見据えることが、歴史と正面から向き合うことにもなるはずだ」 というよくわからない理屈から始まる本書。 着目点は大いに共感するのだが、そもそも新書だから、情緒や感性に訴える部分は少なく、あくまで知識情報の拡充が主(だから点数は常に3点)。真面目な内容だ。 その中でも、おぼえておきたいこと。 ・神社は鳥居と本殿で女性器を表している(かも】 ・水牛の角でディルドがつくられていた。 ・称徳天皇は道鏡はじめ法師とやりすぎて膣内が極楽浄土に。あげくバイブがとれなくて死んだ ・藤原明衡「鉄槌伝」(11世紀中頃)が日本最初のエロ本。ユーモアに富んだ見立て本で、平賀源内のよう。 ・煩悩消除=アナルセックス→稚児が菩薩へ ・エクスタシーに達するほど美しかった良忍の唱名 ・一遍と踊り念仏は最高のパンクス。盆踊りの起源。 ・セックス教団立川流。教祖・文観はラスプーチンのごよし。 ・遊郭では、事に及ぶまで長いため、やり手婆がエロ話をして勃起をさせていた ・「江戸買物独案内」は紙媒体の広告としての先駆け ・狂歌は、自由を愛する身分を超えた文化サロン ・いかに近代以降、性が抑圧され、無個性をしいられてきたか。 性のエネルギーはいつの時代も消えるものではない。それがアングラに行くか、メジャーであるか、という違いなのだろう。しかし、文化としてはアングラのほうが面白い気もする。

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    投稿日: 2017.12.10
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    2017年2月 性の通史と呼ばれるものがなく、それを編纂しようとした一冊。 民俗学の本などは今までほとんど読んだことがなかったが、なんとなく日本人は性に対してかなりオープンな民族であったというようなことは耳にしていた。 実際に平安時代ぐらいからの流れで本書は構成されているが、それに沿って学んでいくと、昔の日本人は性を楽しむことに今ほどの罪悪感などは感じていなかったように感じる。今でこそAV女優などがテレビに出たりして活躍をしているが、もともと日本人には、そう言った自分の生き方を貫くといった、個人の確立ができていたのかもしれないと感じる。

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    投稿日: 2017.02.17
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    テーマを丁寧に拾い集めておられ、雑知識欲を刺激された。 特に道鏡のくだりなどはいろいろと疑問があったので、妙にスッキリ!

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    投稿日: 2016.11.15
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    借りたもの。 日本の性の民俗史。 通い婚や夜這いの話は興味深い。 日本神話の記述は額面通りの解釈だけでなく、武力闘争、征服(夜襲か?)の暗喩であることも含めて。 混浴場を舞台に、性と排泄物の話が一緒にある。 身を清める場とはいえ、排泄物が浮いている風呂はかえって汚いのでは……何故、厠を傍に設けなかったのか?謎が残る。 立川流という、性によって悟りを開かんとする宗教―― 日本のフリーメイソン?なるは、やはりカリスマ性のある人間(教祖)がいないと単なる乱痴気騒ぎになってしまったり、続かなくなってしまう…… (坂爪真吾『はじめての不倫学 「社会問題」として考える』 http://booklog.jp/item/1/4334038735 参考。) 近世になっての銭湯で、混浴の場で女性が“いたずら”される事に辟易して叱責する女の句が挙げられているが、女にとってはやはり“いたずら”されることは苦痛だったのではないか? 事象、小話を羅列しているだけで、その背景にある根の深い価値観・精神史までは分からない…… 確かに近代まで日本の性文化は、西洋文化の影響を受けた現代日本にあるように”隠す”ものではなかったのは分かる。 しかし、現代の日本人と近現代以前の日本人の根底にある考え方の違いは垣間見れなかった。 無理やり見ようとするならば、性のエネルギーの使い方に関する攻防か。 これを読むと、日本人も性のエネルギーをきちんと使ってこなかったのではないか…? 混浴と子孫繁栄は結びつかず、時の将軍が子を作りすぎて財が傾くなど…… パースコントロールができない人間の話は呆れるべき笑い話だったのかも知れない。 性のエネルギーがうまく昇華されず、文化的なものが成り立っていくにもかかわらず、鬱積した性エネルギーが混浴と花街で消費される。 公序良俗なるものがいかに取捨選択されていったかを考える。 どうしても男性視点の記録しか残っていないのか、女性が残したものはもっと抒情的すぎて理解されなかったのか分からない。

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    投稿日: 2016.08.19
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    必要に迫られて読みましたが、予想外に面白かったです。 読後、日本の歴史は「エロ」に彩られているとの感を強くしました。 まず、よく知られていることですが、「国生み」の物語からしてエロい。 日本最古の資料である「記紀」には、こうあります。 まず、「古事記」。 イザナギが「自分には成り成りて成り余れるところがある」と語ったところ、イザナミは「自分には成り成りて成り合わぬところがある」と答えたので、イザナギが「汝が身の成りあわぬところを刺し塞いで国生みをなさん」といって関係したといいます。 続いて「日本書紀」の「神代編」。 イザナギが「自分には陽の元といわれるものがある」といったのに対し、イザナミが「自分には陰の元がある」と答えたので、イザナギは「自分の陽をあなたの陰と合一させよう」といって関係したとあります。 著者は、「『日本書紀』の『陽の元』『陰の元』という表現に比べると、『成り成りて成り合わぬところ』とか、『汝が身の成りあわぬところを刺し塞いで』といった『古事記』の記述の方がはるかに生々しく、わいせつ感が漂っているように感じられる」と指摘しています。 私も同感です。 著者の興味は、ここからさらに掘り下げられます。 「ではこの時、2人はどんな体位で関係したのだろう?」 何もそこまで…と、少しあきれつつも、ページを繰る手が止まりません。 著者は、「神代編」の、こんな記述に注目します。 「(イザナギ、イザナミは)遂に交合せんとす。しかし、その術を知らず。時にセキレイありて、飛び来たりその首尾を揺す。二柱の神、それを見て学び、即ち交の道を得つ」 つまり、2人がどうやって関係したらいいのか分からず困っている時に、セキレイがつがいで飛んできて、頭や尻尾を震わせながら交尾した、というのですね。 それを見た2人は同じ要領で交合したそうです。 したそうです、って別に直接見たわけではないから分かりませんが…。 「小鳥の交尾は後背位であるから、それに学んだイザナギ、イザナミも当然ながら後背位で結ばれたはずである」とは著者の推理です。 面白いですよね。 天照大神が天の岩戸に引きこもった時、その岩の前で天鈿女命(アメノウズメノミコト)がストリップを演じたという話も、日本神話の中では有名な話です。 私は知りませんでしたが、「鳥居は女の大股開き」という説もあるそう。 「夏至祭」「岬の蛍」などの純文学作品がある佐藤洋二郎は、こう述べています。 「神社全体は女性の子宮にたとえられている。男性が水垢離、湯垢離をして体を清め、参道を逝ったり来たりしてお願いごとをする。鳥居は女性が股を広げている格好で、上部に神社名があるところは、女性の敏感なところだとも言われている。そこを身を清めた男性が行き来するのは、男女がセックスをする姿だ。境内に男性の性器をかたどったものがあったり、二つに分かれた樹の股を大切に扱ったりするのもそのためだ」(2014年11月25日「東京新聞」) 一事が万事、こんな調子で、以下、気になった箇所を羅列していくと―。 「男女が歌を交換しながら次第に高揚して関係する『歌垣』は乱交パーティーの始まり」 「女性用おもちゃは奈良時代からある」 「道鏡の巨根では物足りなくなった称徳天皇」 「絶倫で財政難を招いた嵯峨天皇」 あからさまといえば、あからさまな性風俗はしかし、国の基盤が整備されるにつれて、国の繁栄を寿ぐセレモニーへと変質しました。 歌垣は「踏歌」と呼ばれるエロティシズムとは無縁の皇室行事になりましたし、田植えも豊作祈願と称して男女の性交の姿を演じたり、場所によっては豊作祈願を口実に、実際に性関係を結ぶケースが見られましたが、皇室行事として定着した結果、御田祭りという色っぽさの削がれたイベントになりました。 ただ、これらの皇室行事の原初に「エロ」があったことは知っていて損はないと思いました。 さて、世の中はお盆ですが、「盆踊り」もエロと関係が深いと知って驚きました。 元々は中世の念仏踊りから起ったもので、最初から男女の乱交を伴ったレジャーだったそう。 盆踊りは江戸時代に盛んになりましたが、明治の新政府にとっては不名誉極まりないもので、1870年(明治3年)には前橋藩で「盆踊り禁止令」まで出たそうです。 盆踊りを見る目が変わりそうですね。 こうした「目からウロコ」の話が、本書にはてんこ盛りなのでございます。 紳士淑女にはおススメできませんが、これも我が日本の歴史と思えば、夏休みに静かに向き合うのも悪くないかもしれません。 最近は、「国の歴史を正しく教え、愛国心を育もう」という声が強いですが、私の個人的な愛国心は本書を読んで損なわれるどころか、むしろ亢進しました。 叫んでもいいんじゃないでしょうか、「ニッポンを取り戻す!」って。

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    投稿日: 2016.08.16
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    当然初見のエピソード満載ではあったが、書いてあることは読前の予想を超えるものではない「通史」を記録するという趣旨通りなのだろうが淡々としたものだ。 古来日本は性にはおおらか。 江戸開港以来、西洋に迎合した結果。 まあそんな感じ。 2回読むかと言われれば、読まへんな。

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    投稿日: 2016.06.24
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    これまたタイトルが悪い。だがタイトルがこうでなければ買わなかっただろうから、悪くない、のかな。 エロティックとかふしだらとか、そういう言葉に人は惹かれるのかもしれないが、性=エロティックでもふしだらでもないわけで、だからやっぱりタイトルが悪い。 源氏物語に体位の話が出てこないのは、体位の本が中国で流行っていたのを、もはや時代遅れと感じる風潮があったからだとか、そんでその中国の体位の本には乱交も含まれていたりとか。あれ、やはりふしだらか? いや、でも例えば日本の混浴文化はかなりオープンな国民性をつくりだしていたようで、例えば縄文時代に渡来してきた人たちと激しく争った様子が見られないのは、きっとそういうオープン文化も影響していたのでは、という。 混浴禁止令自体はかなり早くから出されたものの、結局かなり後世まで残るわけで、それと同時に日本がクローズな感じになってきた、と思いたい。 と、真面目なふりをしてみたし、本書もまじめに書いてはあるのだが、日本で最初にエロ写真を見たのは福沢諭吉だとか、五箇条の御誓文はフリーセックスのすすめだとか、やっぱりエロトリビアというか、そっちのほうに思考が引っ張られてしまう。教養だ、これは教養のはずだ。

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    投稿日: 2016.06.09
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    <目次> 第1章  エロくて偉大な神様たち 第2章  歴史の始まりとエロ 第3章  エロが昂じる王朝文化 第4章  戦乱の世を癒すエロ 第5章  花開いた大エロ文化 第6章  近代、官製エロの時代 <内容> はしたないかと言えば、全然はしたなさはない。学術的かと言えば、そこまで高尚でもない。新書本にふさわしい、日本エロ史なのだと思う。なので、高校生程度では面白くないだろう、と思う。ある程度の歴史の教養があり、出て来る人物や時代背景を把握していないと、楽しめない本だ。そして、さまざまな知識が身につく。「処女と童貞」はいつ頃生まれた言葉か(処女や陰茎や膣などについても)。エロ写真のブーム。最近はやりの春画について。幕末開国期の「ネクタリン」とは?などなど。

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    投稿日: 2016.04.24