Reader Store

総合評価

370件)
4.1
109
144
77
3
2
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    亡くなったフジシュンにしか分からないことだと思うが、結局、親友と書いたのは主人公のユウくんと息子さんの話の流れで出ていたように 憧れだったから遺書に書いたのか… それとも本当に親友だと思っていたからなのか… それとも別の意味もあったのか… 最後まで気になってしまった。色々考えさせられることの多い作品だった。辛い気持ちにもなったけど この本に出会えて良かったと思う本でした。

    0
    投稿日: 2020.08.15
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ちょっと視点は違うかもしれないけど、最近過失事故のニュースとか聞くと加害者側の気持ちに寄り添ってしまう。…

    0
    投稿日: 2020.08.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    『許す』ではなくて『赦す』なのだと、思う。 一回持ってしまった十字架を背負い続けること(忘れないこと)が償いに代わるものなのかもしれない。そもそも償いで赦されるものではないけれども。 思い出は海岸に打ち寄せる波のようなもので、忘れたと思っても何度も何度も思い出す。 中学生の道徳の時間とかに読んでほしい。

    0
    投稿日: 2020.06.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    重松清の本を読みたいという欲求と、題名から手に取った。 一生十字架を背負うのは、その罪を認めた人にしか出来ない事だと思う。 読まずにいたら考えなかったことが沢山ある。 読んでよかった。 出来ることなら、みんなに読んでほしい本。

    2
    投稿日: 2020.05.18
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「人は誰しもさまざまな想いを背負っている。それを消し去ることはできない。だからこそ、そういった想いと共存していく道を自分なりに見つける必要がある」

    0
    投稿日: 2020.05.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ずしりと重たく響くテーマだけど、するする読むことができた。 なにかを背負って生きていくこと。もう区切りをつけたほうがいいという気持ちと、忘れてはいけないという気持ち。

    2
    投稿日: 2020.01.27
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    タイトルから予想はしていたけれど終始重く暗い。 とことんテンション下げたい人におすすめ(?) 自分に子供ができたらもう一度読み返したい。

    5
    投稿日: 2020.01.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ノンフィクションでありながら人の心情を細やかにここまでリアルに描けることに驚いた。物語の所々で、主人公の「僕」がフジシュンやフジシュンの家族に思いを馳せるシーンでは、その思いやりの細やかさに重松先生が重なって見えた。なぜか、読んでいる最中に見上げた空が、そしてそこに浮かぶ雲が澄み渡った青空がとても綺麗に見えた。 これだけ、複雑な想いを抱いて、思い巡らせて、悩んで、苦しんで、前に進もうともがく、主人公の「僕」も、フジシュンのお父さん「あの人」もお母さんも弟の健太くんも、中川さんも、みんな重松先生の頭の中にいる人なんだ、空想上の人なんだと思うと、なんだかとても不思議な気がした。人の想像力の尊さをも感じた。

    1
    投稿日: 2020.01.09
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    あらすじも何も知らずにクリスマスシーズンに読み始めたのは失敗だった。 同意できない意見やシーンも多々あるけど、まるで自分が当事者の1人であるかのように重く響く。 重いけれど、終盤には一つの区切りを、一種の爽やかさを持って迎える。

    1
    投稿日: 2019.12.25
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    小学生の時に読んだのですが、当時でも作品の重さがわかりました。 いじめによる自殺が後を絶たない日本。こんな国に住んでいるからこそ、この作品を読んで、多くの人に現状を知って欲しいと感じました。

    6
    投稿日: 2019.12.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    苦しくなって、読むのをやめたい、つらい、悲しい…こんな気持ちになりながらも、でも読まなくちゃ、、と気力で読みきった作品。言葉の一つ一つが重たくて、ずしりと心に重りを乗せてくる。胃のあたりがぐっと締め付けられて、涙が滲むようなシーンもあった。いじめを経験した身として、そして、教育に携わるものとして、いろんな気持ちになりながら、心が血まみれになって読みきった気持ち。 学級文庫向きではないと思ったけど、置いてみたら、意外と真剣な顔で読んでいる子が数名いた。読み終わったあと、大体の子は、静かにため息をつくか、ぼんやりと座ったまま、何か思いを巡らせる様子がある。 読み終わったんだね、と声をかけると なんだか…やるせない気持ちです、と言われて 置いてよかったのかもしれないと思った。

    7
    投稿日: 2019.12.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いじめ自殺の遺書に名前が書かれてあった。 それは、一生背負う十字架となる。 自殺する人の最期の抵抗かもしれない。 でもそれは、すごい復讐になるのかも。

    2
    投稿日: 2019.11.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    重松清さんの本が読んでみたくて買った本 いじめの話だと思っていたが、いじめというよりいじめで自殺した中学生の家族と同級生のその後の話だった。 重い内容だったがすらすら読めた。 いろいろ考えさせられた本で、感想もなんて書いたらいいか すぐに考えがまとまらない。 いじめをしていない同級生のその後とか深く考えた事なので、ちょっと驚きというかびっくりというかここまで後に残る事というのがよくわかった。 若い世代の人達に読んでもらいたいような小説でした。

    3
    投稿日: 2019.07.09
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ==================== 遺書には僕のことを『親友』と書かれていた でも、僕は見殺しにした存在にすぎなかった ==================== 家族・同級生・ライターなど様々な視点からイジメについて書かれていました 重い重い十字架でした ★4.6 2019/5/25

    1
    投稿日: 2019.05.25
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    重松清さんの作品を読むと、時間とともに変わっていくもの、変わらないものといことを考えさせられます。罪とは何か。

    0
    投稿日: 2019.05.06
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「ゼツメツ少年(重松清)」同様、読了後の沈んだ気持ちというのか、やりきれないような思いが大きすぎます。簡単にまとめすぎると「いじめは誰のためにもならいないよ」っていう内容だと思うのですが、これをここまで展開される作者には本当に頭が下がります。

    1
    投稿日: 2019.02.04
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    フジシュン 親友だなんて思ったことなかった同級生の自殺 でもフジシュンにとって僕は親友だった というお話し 何年も何十年もそこから抜け出せずに十字架を背負った僕と、自殺の前に告白された(ようなもん)の彼女の長い葛藤 僕、彼女、フジシュンの親、自分の親、同級生達 どの立場の目線でも考えさせられる

    0
    投稿日: 2019.01.21
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    いじめを題材にした重い話。夏休みの課題図書かなんかで中学生に読ませたらいいと思う。 しかし・・・ 実際自分が中学生だったら、「親友じゃない」「告られる接点なかった」って言うだろうし、思い出語る他人の母親も相手にできないし、息子が親友と書いた同級生に辛く当たる父親にも納得いかないだろうし、後半で記者の田原さんが語る交通事故の野次馬への怒りも共感できないし、誰にも感情移入できないまま淡々と読んだ。私が冷酷なのかなぁ。

    0
    投稿日: 2019.01.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いけにえ◆見殺し◆親友◆卒業◆告白◆別離◆あのひと 吉川英治文学賞 著者:重松清(1963-)

    0
    投稿日: 2018.10.15
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    子を持つ親としては重松作品は心揺さぶられる.いじめによる自殺を巡る様々な葛藤.どの立場も理解できる.主人公達は自分と同年代.お薦め.

    0
    投稿日: 2018.10.09
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    イジメを苦に中学二年生が自宅で自殺した。幼馴染であるが特に仲良くなくイジメの標的になっているのを他の同級生と一緒に見ていた主人公はその遺書に親友と書かれていた事から傍観者から当事者になっていく。「なぜ自分が親友?」という疑問に応える本人はおらず逃げる事も出来ずに背負い続けた十字架。主人公は自分と同い年であり、また小説は20年後の現代まで続いてることもあり、自身の過去を省みさせる強い力があった…。

    2
    投稿日: 2018.10.09
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    2018/08/29読了 重く重く苦しい。 ずっと胸に響く、ではなく、重くのしかかってくる。そんな話だ。 いざ昔を思い返してみると、果たして自分は誰だったか。 「いじめ」を軽視する他人事と思っていても、いざ関りを持つとなると何を感じるか。 あらゆる人の人生を一変させてしまうおぞましいものだといえても 心の機微はきっと、一概にこれとは言えないだろう。 言葉にできない、もやもやとしてどんよりとした素材を 物語にしていてもとても重苦しい。 作者が親という視点も持っているため、なおさらだろう。 死を手にした人の考えはわからない。イメージするしかない。 ゆっくりと、再生せずに壊れていくあれこれを 一人称で見る辛さは、現実ではあってはならないことだ。 子どもと接点がある 子どもに関心がある 子どもがいる 親であれば 読まなければならないと思う。

    1
    投稿日: 2018.09.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いじめを苦に自殺したあいつの遺書には、自分の名前が書かれていた。あいつは僕のことを「親友」と呼んでくれた。でも僕は、クラスのいじめをただ黙って見ていただけだった。 親友と呼ばれる程、遊んだことも関わったこともないのに、遺書に記された名前。 中学2年で、その十字架を背負い、やがて自らが子を持つ大人になる34歳までの描写が描かれる。 この手の話だと、贖罪に重きが置かれるが、本作は違う。 なんとも暗い気持ちになる。が、しかし、実際、未成年の自殺は後を絶たないし、そこにいた加害者も傍観していただけの者もいる。彼らは今何を思っているのだろうか。風化し記憶の底に埋没してゆくのだろうか。 内容と装丁が合致した良い一冊でした。

    1
    投稿日: 2018.09.19
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    長かくて、重かった。もうちょっと短くもできたんじゃないかなって感じがした。なんであの二人があんなに苦しまなければいけないのか分かんなかった。

    0
    投稿日: 2018.08.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    重松節炸裂な感じ。この人は、子どもたちの感情を描くのが上手いなぁ。物語は重くツライけど、感情移入して、読める。ラストの感じもよい。

    0
    投稿日: 2018.07.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    読後、話の重みに手足が震えます。 一人の人の命、親が子を思う気持ち、イジメの罪、背負う十字架。そこには計り知れないほどの重さがあります。 ナイフの痛みは刺された瞬間だけ、けれど十字架は。 降ろすことの許されない十字架は、いつまで背負い続けるのでしょう。 全ての重みが詰まった沈鬱の一作だと感じました。

    0
    投稿日: 2018.06.15
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いじめにより中学二年生で命を絶たざるを得なかった彼やその家族を思うとやりきれない。遺書に名前が書かれたことで彼らの人生は変わり、十字架を背負って生きていくことになる。時が経つと記憶は薄れてしまうが彼が亡くなったことに変わりはなく、一生その事実と向き合うことになる。「憎しみはないが、ゆるすことはない」というあの人の言葉が胸に残った。

    0
    投稿日: 2018.05.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ずっとズルズル重たく、暗い話。一向に気分は晴れない。みんながみんな、苦しみ続けることを良しとしている。身近でこういうことを経験したことのない私には分からない。 私は卑怯な人間だから、友達ではない人間を、自分がリスクを負ってまで助けることはきっとしない。 学校という檻の中にいる以上、むやみに声を上げることはとても危険であることを思い出したし、そんな時代もあったなと懐かしく思った。だからこそ教師は、学校内のそういう空気にもっと敏感にならなければいけない。教育には教えるだけでなく育てるという漢字も含まれている。 もっともっと教育関係の仕事にお金が回ることを願うばかりだ。教育に金をかけられない国は確実に悪い方向へ進むと思う。労働時間が長ければ教育の質は落ちるし、賃金などに関して言えば、働いた分だけの支払いが無いのは良くない。そもそも、教育の質は下げたくないくせに、税金が上がることには反対の我々日本国民にも問題はあるのではないか。家庭で教える事、学校で学ぶことの線引きが出来ていない馬鹿な大人が多いことも問題。改善点はたくさんある。良くなる見通しが無いから残念だ。 と、何故か政府の方まで考えが及んでしまった…! . 私がいつか母になった時、もう一度読みたい。 好きなフレーズ:何もしなかった罪っていうのは法律にはないんだよ。

    2
    投稿日: 2018.04.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    フジシュンが自ら命を絶った。 遺書には僕の名前が親友として記されていた。 親友ならなぜ助けてくれなかったんだという父親からの言葉から加害者になってしまう。 幼なじみではあったけど、今では話すこともあまりなくなったフジシュンの遺書になぜ自分が親友としてかかれているの? 降ろしてしまいたい けど、降ろすことができない 降ろしてはいけない、十字架。 いろんな葛藤の中での人生。 動揺、疑問、不安、憤り、切なさ、想い。 . とっても重いお話。 初めから明るくなることがない。 本に出てくるどの経験も私にはないけど ちゃんと目を凝らせばすぐ近くにある事の様にも思う。 あのひとの憎んではいないけど、許してはいないという言葉が印象的でした。 . 『何もしなかった罪っていうのは、法律にはないんだ』

    1
    投稿日: 2018.01.28
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    『舞姫通信』は、自殺した双子の兄の影を背負い苦しむ物語だったが、こちらは自殺したクラスメートの影を背負い苦しむ物語である。「遺された者たちの懊悩」というモチーフは、もはや重松作品の定番と言ってよいが、ラストに神がかり的な奇跡が起きて救いがもたらされる『星のかけら』や『ゼツメツ少年』とちがい、本作で描かれるのは、一生つづく出口の無い贖罪。それだけに、全編通してずっしりと苦く重い。読了後にも晴れることの無いこの感覚こそ、著者が読者に背負わせようとした「十字架」なのだろう。

    1
    投稿日: 2018.01.08
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いじめを苦にして自殺した同級生の遺書に、『親友』と書かれたことで背負うことになった十字架。いじめの傍観者であった事実に苦しむ主人公を描く長編小説。吉川英治文学賞受賞作。 終始重い空気が漂う作品。人間の命は尊く重いものであるからこその、登場人物たちの苦しみでありもがきなのだろう。決して時が解決してくれるわけではないが、自らの戒めを赦すには、やっぱり時間が必要とされる。答えがある問題じゃない。人として生まれた責任を理解するために読んでほしい作品である。

    0
    投稿日: 2017.05.06
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    映画を見ようと思って先に原作を。同級生の自殺。重い十字架を背負ったまま大人になっていく。二人が十字架を背負わされることになった理由にはちょっとすっきりしない。

    1
    投稿日: 2017.04.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    重かった。ひたすら重く、リアルだった。忘れてしまってはいけないことが、きっとそれぞれ誰にでもある気がした。

    0
    投稿日: 2017.04.09
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いじめを苦にして自殺した中学2年生が残した遺書 親友でもなかったのに親友と名指しされ、いじめを知りながら無関心であったことを責められる。付き合ってもいなかったのにそうであったかのように書き遺されたことに苦しまされる。

    0
    投稿日: 2017.03.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    構成は面白いと思ったけど 中身が面白くない 重松清の作品はほとんど読んでるけど 構成が面白いのに中身がダメってはじめて 誰にも共感できず 誰にも入り込めず 淡々と読んだ。

    0
    投稿日: 2017.03.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    文章がオーソドックスというか、テーマは重いですが、すごく読みやすく、視点もしっかりしていて、頁頁に感情が溶け込んでいく感じ。短、短、長というリズムもよくて、たまに入る回想が展開を予想させ、そしてその展開が心地よかった。主人公が泣くシーンで私も涙し、どこかの作家のように謎で終わることもなく、最後には自分のなり答えを見いださせてくれるそんな作品でした。とてもいい小説です。

    0
    投稿日: 2017.02.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    とにかく主人公に肩入れして読みすぎた。重すぎる。私にはこの十字架を背負う覚悟は出来ないだろうなと思った。怒りさえ覚えるだろうとも思った。しかし両親を責めることも出来ない。わたしは何に対して怒りを覚えるのだろう。

    0
    投稿日: 2017.01.27
  • 「押しつけがましい」

    重松氏の著書は、3,4冊しか読んでいません。特に好きでも嫌いでもなかったのですが、この本に関してはまず「押しつけがましい」話しだと感じました。確かに重要な題材なのですが、実の親は気づいてやれなかったのに、同級生だったから、助けなかったからといって長年にわたって息子の友達を責め続けることに違和感を覚えたし、また責められた子もそこまで負い目を感じ続けたことが不自然に思いました。

    2
    投稿日: 2017.01.05
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    なぜかいつもいじめを題材にしたものって手に取ってしまう。そして自分の高校時代にあったいじめについて思い返してしまう。あの時助けていれば、とかもしあの子が自殺していたらわたしも、とか色々考えて、なにもしなかったことの卑怯さを反省した作品。

    1
    投稿日: 2016.12.29
  • 感情の鈍くなった大人より、多感な時期の中高生に是非とも読んでほしい一冊。

    重松氏の小説に外れは無いな~というのが読後の素直な感想。ここ数年の氏の小説は重いテーマが多い。癌による死をテーマにしたものがいくつかある:『その日のまえに』という読みやすい短編から、『カシオペアの丘』のように非常に重いものまで。これらに加えて、本書『十字架』はいじめによる同級生の自殺、それを背負い続ける人たちのその後の歩み。重松氏にしかできない表現もたくさんあった。内容の出来・不出来/好き・嫌いではなく、登場人物たちの思考・感情の表現そのものに賛否両論はあろうと思うが、中・高校生の多感な時期に読んで欲しい一冊。

    2
    投稿日: 2016.12.21
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    中学2年の9月4日、クラスメイトのフジシュンがいじめを苦に自殺をした。 その遺書にはいじめの加害者の他に「親友」として僕の名前があった。そして、フジシュンが思いを寄せていたと思われる女子の名前も‥。 一人の少年の死を境にして、両親、弟、同級生、保護者、さらには取材記者たちは一体どんな思いを抱いて生きてきたのか。長い年月の時々で打ち寄せる様々な感情。どれが正解だとかどれが間違っているだとか、結局は誰にも分からない。それでもずっと考え続けることが償いなのかもしれない。罰ではなく。

    0
    投稿日: 2016.11.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    3.5 壮絶ないじめを苦に自殺したフジシュン。 遺書に書かれていた名前は4名。 そのうち二人は、イジメの中心人物・三島と根本。 そして親友として真田ユウ。迷惑を掛けたお詫びと誕生日の祝いの言葉と共に中川小百合の名が記されていた。 ある日突然、視野の外から飛んできた凶悪な石に当たり、その後の人生の全てがグシャグシャにされた二人。 シュンの両親・弟の健介らとの長い長い関わりの中で、それぞれの背負った十字架が見えてくる。 親友では無いにしろ、同じクラスであり、幼い頃からの友人であったユウが見て見ぬフリをしていた罪悪感からも、十字架を背負うのはわかるが、一方、小百合の関わり方は現実味が薄く違和感大。そもそも、ろくな話したこともない男子に誕生日のプレゼントを持って行くと言われれば、あのような対応になるのは当然。電話での対応等、本当のことは言わない方が良いとの女性記者のアドバイスがあり得ない。 まあ、言いがかりような恨みを持つ人間は多々いるのは確かだけれど、それはそれで自然に関わりを断つ事になる。

    0
    投稿日: 2016.11.02
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    サクサクと読めました。十字架を無理やり背負られたって感じだったな。 イジメは100%悪いし見て見ぬふりを悪い。けど、それで自分がイジメにあったら?その時フジジュンは助ける? 小百合さんは一方的に片思いされてそれに苦しみ自殺したら?精神疾患になったら? 被害者は加害者にもなり加害者は被害者にもなる。 私もイジメの経験もあるし、自殺の気持ちも分かる。残す遺書の内容ってちゃんと言葉選ばないとな〜と思ったな。でも日記書いてあるから私の心情バレバレかw 辛さの度合いも受け取り方も本人しな分からないのは事実だし。 人の生き方に強いとか弱いで決めるものでもないと思う。 ただ、自分の身は自分で守るしかないし自分で決めるしなない。 イジメは悪い。でもその事を変えれるのは自分しかいないと感じたな。 読んでいて辛かったな。

    0
    投稿日: 2016.10.19
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    重たいです。十字架を背負ってしまった子どもたち。いや、十字架を背負ったと感じる心が純粋なのかもしれない。

    0
    投稿日: 2016.09.27
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    じっくり読もうと思って読み始めたが一気に読み終えてしまった。いじめを苦に自殺した俊介。その親と同級生との心の葛藤を何年間にもわたって画き続けた物語。感動というものではなく考えさせられる作品でした。

    1
    投稿日: 2016.08.24
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    長いレビューをして、でも消して書き直した。 やはりそこそこ長くなった。 「これから重松清を読む方なら是非」 「いま中学生の君にぜひ」 重松さん乱読した中年の私向きではなかった。 ちなみに友人から借りた。 「十字架」というタイトルと作者名だけでもなんとなく「こんな話」っていうのが見えてしまう。 こんな自分が嫌だわー。 「ゆるす」「ゆるさない」も、重松さんの作品に頻出するテーマ。 乱読してきた作家さんゆえ、読みやすさと馴れ合った感覚で一気に読めたけど、冒頭からすでに退場してる「フジシュン」視点でずっと読んでしまったので、苦しいながらも退屈だった。 そもそも、いじめられて自殺した「フジシュン」の遺書に名前を書かれてしまった子たちと、遺族と、それを追う記者のお話なので、軽く楽しく読めるわけがない。 Aでもない、Bでもない、結局なんだかわからない、みたいな表現が多すぎて、実際そんな心境なんだろうけど、ちょっとくどい。 フジシュンの父を頑なに「あのひと」と表現するのも疲れる。 ユウくんとサユが共犯者の逃避行的にお付き合いしちゃうあたり、フジシュン目線の私は「つらい」「やっぱリア充同士がくっつくよね」「僕はどこまでもモブキャラだな」としょげてしまった。 どんなモブキャラにも家族がいて人生があるんだ。 そんな「モブ」だったフジシュンが命と引き換えに背負わせた十字架、そんな感覚。 とはいえ作中故人の意図なんて語りようがないわけだから、やっぱ最後までずっとモヤっとした。 ユウくんの名前を親友として遺書に記したのは、本当に「単なるあこがれ」からだったのか、なんてねえ。 いじめっこがあっさり自爆しちゃうところ、雑誌記者がやたらと子どもたちをつるし上げるところなど、分からなくもないけど雑に感じた。 特にいじめっこのモブ感はすごかった。 「母子家庭で親がケバい」=不良になる→無免で事故って自爆の図式は悲しすぎる。 この彼にはこの子なりの人生があったはず。

    1
    投稿日: 2016.08.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    主人公は中学生2年生の少年。同級生がイジメにあった末、自宅で首を吊って自殺をした。遺書には少年の名前と親友でいてくれてありがとうというメッセージを遺していた。いじめられている少年を見て見ぬ振りをして、助けたことなどなかったって。自分自身も親友だなんて思ったことはない。なぜ自分が巻き込まれてしまうのかと少年期から大人にかけて悩み、その問いを導き出していくお話。 大人になって、学生時代にあったようなイジメを見たり聞いたりする機会はなくなった。ただ、この本を読んで、学生時代時感じたイジメに対する思いが膨れ上がった。イジメはよくないとみんなが思っている。だけど無くならない。いろんな国で、いろんな世代がイジメに悩まされていると思う。この本を読んで、いじめられ、自決した子の家族がどんな思い、暮らしをしたか、想像力を膨らませれば、これからも少しはイジメもなくなっていくのではないだろうか… この本はフィクションだが、題材になった方の話が最後に書かれていた。

    0
    投稿日: 2016.06.21
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    重松清の本には今まで泣かされてきたので、今日のこのタイミングで読む本じゃないかな?と思いつつページをパラパラめくると・・・昭和から平成に変わる年、14歳だった主人公のクラスメイトがいじめを苦に自殺したというストーリー。 完全に同い年だわ!!と思ったら、そこから止まらなくなって、一気に最後まで読んでしまった。 いじめも罪、黙認するのも罪。 中学に入ってからは仲良くしていなかったのに、いじめも見てみぬふりをしていたのに、なぜか遺書に親友として感謝の言葉を書かれた主人公。あまり接点が無かったのに片思いの相手として、謝罪の言葉を書かれた女の子。この二人が背負わされた十字架の話。この二人が誠実に十字架を背負い続け、残された家族とも向い合うのが尊敬に値する。私なら出来ただろうか。 読み終わった後に、Skogskyrkogårdenの十字架をgoogle検索した。本を読んだ時に想像した通りの景色だった。

    0
    投稿日: 2016.05.28
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    イジメを見て見ぬふりをする事も イジメをしたという十字架を背負う事。忘れない事。 しかし、実際にイジメた生徒の十字架を描いて欲しかった

    0
    投稿日: 2016.05.23
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    中学二年生の頃同級生が自殺し、その遺書の中で「親友」と書かれていた主人公が、同級生の死をどう受け止めその後をどう生きてきたのか、ということが描かれた小説。 回想という形式で書かれているのだけれど、最初主人公の視点がイマイチ定まってないかんじで読んでいて少し違和感を感じたのと、回想の形をとっているせいで「あの頃はこんな風になるなんて予想もしていなかった」的なまどろっこしい書き方が多くて、前半部分はスラスラとは読めなかった。 ただ自殺した子に勝手に「親友」とされてしまったという設定がすごく面白いのと、後半主人公が大人になってきたあたりから、切なさがドバーッと押し寄せてきて、読み終えてもう、感動。 結局過去どんなことがあっても、時間の流れの中でその出来事が自分の中に占める割合はどんどん少なくなって、悔しくても悲しくても申し訳なくても、もうそれは誰にも止めようがない。 前に進もうとする人、否応なく前に進んでしまう人、最後まで前に進むことを拒む人。いろんな人がいて、でもみんな苦しみながら懸命に生きていて、最後は他人の幸せを願っている。 読み始めた時は「あの人」がひたすら立派な話なのかと思ったけど、登場人物全員がみんな善人であり悪人でもあり不完全な人間として描かれていて、それがすごく良かった。

    0
    投稿日: 2016.05.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    一気に読んだ。 面白い訳でも、ワクワクする訳でも無い。 逆に内容は、重い。 今を生きてる中高生に読んで欲しいと思った。 そして、いじめが壊滅してくれる事を願った。 実際はムリだとわかっているけど、そう思った。 '16.05.08読書完了

    0
    投稿日: 2016.05.08
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「傍観者」=〈見殺し〉を問う重い作品。フリーランス記者田原の言葉が胸にささる。自分と同じ年代の主人公「ユウくん」。クラスメイトを見殺しにしたところから親になるところまでが描かれていた。息子を送り出す世界に怖さと「希望」を見いだしたくなる。

    0
    投稿日: 2016.04.21
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    相当に重い内容を読み応えあるものに仕立てた本作、なかなかのものかと思われ。 ただいつもこの作家に感じることですが、良くも悪くも「軽さ」が真骨頂なのかなと。考えさせる内容であることは否定しないし、読ませる力量も備わっている。でも不条理と言うんでしょうか、人間の得体の知れない矛盾さの描写が決定的に欠落していると思う、本作もその特質が見事に表れているかと。 同時代性は見事なまでの高レベルにあると思うが、振り返って再読しようという気には全くならない。無いものねだりかもしれないんだけれども、何と言えばいいんでしょうか、いつまでも引っ掻かれるような棘が感じられないんだなぁ、、、

    0
    投稿日: 2016.04.14
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いじめの話なので、出だしから重くて それぞれの立場でそれぞれが苦しんで 死を選ぶ事は、こんなに周りを苦しめるのだと物語は伝えています。 是非、いじめが起きている学校でこの本を読んでもらいたいと思いました。 お母さん他家族がどれだけ傷つくか 助ける事の出来なかった同級生がどれだけ後悔するか 13回忌を過ぎて、時間が解決してくれたと話すケンちゃんの話。あっちに行ったら兄貴を殴っても良いよねって、切ない。 お母さんの遺影もフジシュンの小学校の入学式の写真が良いと言ったお母さんの気持ちを考えると息子を持つ母親として胸が痛くなりました。

    0
    投稿日: 2016.03.17
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「なにもしなかった罪っていうのは、 法律にはないんだ」 ー田原 いろいろ思い返し、考えさせられた。 読んでいて苦しかったけど、 読んで良かった。

    0
    投稿日: 2016.03.15
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    コンビニで立ち読みし、そのまま購入した。 文庫本で読んだが、これほどまでに重い本は、今までになかった。 著者の重松さんは、自分のいのちをけずって書かれたのではないか、と思った。「いじめ」による自殺と、その後の物語。しかし、物語ではなく、現実に起こったこととして、確かに感じることができる。ドキュメンタリーであり、物語であり、フィクションであり、ノンフィクションである。

    0
    投稿日: 2016.03.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    主人公の立場に立たされた時に、私は、 裕や、中川さんのように、そこまで、誠実に、 自分の生涯をかけて、残された家族に向き合えるだろうか、と思った。 許さない人と、許されないままに付き合い続ける。 なんて苦しいことなんだろう。 私は、いじめたことも、いじめられたこともある。 加害者として、罪の意識にさいなまれたこともあったし、 被害者として、復讐心や、憎しみに心を染めることもあった。 幸いなことに、大事にならずに済んだ。 私が、いじめた人が自殺することはなかったし、 私が、自殺することもなかった。 年を経て、自分が、人を傷つけるようなことを 好まなくなり、人を傷つけるような人を遠ざける術も 学んだ。 私は、大きく道を踏み外すことは恐らくないかもしれない。 だから、40半ばで少しホッとしている。 この本を読んで、いじめなどと言う虚しい行為を しない、と選択する子供たちが増えるといいな、 と望んでいる。

    1
    投稿日: 2016.03.09
  • 子どもを持つ親こそ

    読んでほしい本です。 親として、友として、人として、考えさせられました。

    1
    投稿日: 2016.02.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    重くて重くて、考えさせらる作品だった。中学生のいじめ自殺をテーマとした作品だが、途中から「罪を背負う」ということに向き合うことに主眼が置かれた気がする。

    1
    投稿日: 2016.02.26
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いじめでの自殺、ニュースなどでも聞く。 ただ、その重みってどこまで感じることができるんだろう? やはり同じクラスからなどと身近な体験として刻まれないとその本当の重みってわからないのかもしれない。けどそんなの起きない方がいいに決まっている。 この本はその重みを、しっかり伝えてくれる。 自分にとっては他人でも、その他人は立場が違えば、誰よりも大切な家族である。 命はかけがえのないもの、とよく言うが、本当にその重みを感じられるのは誰か。 みんなが本当にその重み、意味を知るためにも手に取る意味は大きいだろう。

    0
    投稿日: 2016.02.19
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    同級生の自殺といった出来事を背負って生きる人たちの生き方を描いた、重松さんらしい作品。重松さんらしさを味わいたくて読んだので、期待通り。星4つ。

    0
    投稿日: 2016.02.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    2016/01/23 重い。人の人生とは、命とは、こんなにも重い。 でも、そういうことが小学生や中学生にはわからないから、(頭ではわかってても、実感として理解するのはきっとすごく難しい)この時期の子ども達はとても残酷なんだろう。 そんな中学生達に、ぜひ読んでほしい。 そして、いつか親になった私がまたこの本を読む時、どんな気持ちで読むのだろう。

    1
    投稿日: 2016.01.23
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いじめについて非常に考えさせられます。私自身、被害者にも傍観者にもなったことがあるので、両者の気持ちがわかります。被害者の逃げたい気持ちも助けて欲しい気持ちも痛いほどわかりますが、傍観者のどうしても動けなかった気持ちもわかります。でも被害者が自殺することで加害者も傍観者も一方では被害者になり兼ねてしまい、被害者の自殺で未解決事件のように永遠にそこから逃げられなくなってしまうと思います。自殺はいじめにしても何にしても、解決にはなりません。 高校の同級生がいじめが原因ではありませんが校内で自殺しましたが、その友達はその後悲しみに明け暮れ、一生それを忘れられないと思います。自殺した子の友達の様子を私は見ていたし、私は自殺した子とは友達ではないにしろ保健室で会う機会があったので、何か気づけることは無かったか悔やみました。私も裕や小百合ほどでは無いにしろ、十字架を背負って生きていくのだと思います。いまでもふっと、その時のことを思い出します。そして同じく、その時の同級生にはあまり会いたいと思えません。 そして私は、フジシュンの母親が好きではありません。自殺したフジシュンも優しいのならもっと周りのことを考えて、自殺という周囲の人を苦しめるような身勝手な手段は取ってほしくなかったし、母親も気持ちはよくわかりますが、死んだフジシュンの為ではなく生きている弟の健介の為に生きてほしいです。また、裕と小百合の立場を少しでも慮ってほしいです。そのように考えてしまう私は、まだ大学生だからで、子供ができたら変わるのでしょうか…。でもまだまだ子供の立場から思う本音は、やはりそうなのです。

    0
    投稿日: 2016.01.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    中二でいじめを苦に自殺したフジシュン。遺書には「ありがとう」「ゆるさない」「ごめんなさい」の3つの思いと、四人の同級生の名前が書かれていた。「ありがとう」と書かれた真田と「ごめんなさい」と書かれた小百合がフジシュンの家族との交流を通じ、悩み、苦しみながら成長していく20年間の物語。いじめについて深く考えさせられる内容でした。いじめを無くす事は困難だと思います。しかし、この本を読めば、少なくとも加害者になることはないのでは。いじめをしている子供達には、十字架を背負う前に気付いてほしいものです。

    1
    投稿日: 2016.01.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    2月に映画上映予定で、最近好きな木村文乃さんが主演ということで ちょっと熱が上がってきた3日に一気読みしてしまった本。 後半は読みながらボロボロ泣いてしまった。 限りある人間関係ですが、とにかく薦めまくりました。 自分の娘たちをいじめの被害者にも加害者にもそして傍観者にも 絶対にしたくない! 取り返しのつかないこと、それはやはり人の命なのだと感じました。 3学期の始まりにまた中学生の自殺のニュースが新聞に載り 自分の住んでいるところからも近かった。 親として胸が締め付けられる思いがある。 学校へ笑顔で通ってくれるだけで○ あらためて思った。

    1
    投稿日: 2016.01.09
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    子供をいじめによる自殺で失う家族の切ない物語。両親、兄弟、同級生それぞれに思いを背負って生きていく姿が涙溢れる物語として綴られている。私は両親も子供もいる。子供としての立場、親としての立場、両方の思いが本当によく心にしみた。いじめはいけない、わかっていても本当に見て見ぬ振りではなく、立ち向えるのか、考えさせられた。 重松清さんの作品は、涙腺を潤わす物語が素晴らしい。

    1
    投稿日: 2016.01.07
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    重松清さんといえば、 家族の絆を書くイメージ。 この本の主軸は 虐めが原因で自殺した少年が残した遺書によって、少年少女が背負う十字架。 副軸は、残された少年の家族と、それを取材する記者2人。 分かった気になってる訳では無いけど、 読む価値は大いにあったなと思う。 p78(本多さん) 人を責める言葉には二種類ある。 ナイフの言葉。十字架の言葉。 p294/296(田原さん) 基本的には...人間ってゆうのは、優しいんだよな。優しいし、身勝手だし、忘れるんだ。 人間って、死にたくなるほどつらい目に遭ったときに絶望するのかな。それとも、死にたくなるほどつらい目に遭って、それを誰にも助けてもらえないときに絶望するのかな。

    0
    投稿日: 2015.12.30
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    2015*1* どの立場も理解しようと思えば理解出来なくもない。なにか、どこか、救いがないかと読み進めた本

    0
    投稿日: 2015.12.28
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いじめを苦に自殺をした同級生。 その同級生の遺書には、親友として主人公の名前が記されていた。 主人公は、自殺した同級生とは幼い頃何度か遊んだことはあったが、親友だとは思っていなかった。 自殺した同級生をいじめたりはしなかったが、助けることもしなかった。 そんな主人公が、心の中に十字架を背負いながら成長していく物語。 今までに一度も他人をいじめたことがない人はいるのだろうか? 今までに一度もいじめを傍観したことがない人はいるのだろうか? 誰もが、主人公の心情に共感を覚えるのではないかと思う。

    0
    投稿日: 2015.12.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    一つ一つの感情の襞の動きや人生というものにおける真理なんかを紡ぎ出している言葉や表現が、重く心に深く刺さって、ずっしりと覆い被さるけど、背中に乗せて一つとなって歩いていかないといけないのだというものばかりだと感じた。どう映像化されるか楽しみ。

    1
    投稿日: 2015.10.31
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    何年かぶりの再読。いじめによる自殺というテーマ故、始めから終わりまで明るい要素はひとつもなくひたすら重い。自殺したフジシュンの遺書に名前が書かれていた為にその後ずっと十字架を背負うことになってしまった裕と小百合。フジシュンの両親とライターの田原の言葉がなければ二人がここまで苦しむ事はなかったと思うとまだ中学生だった二人が可哀想だが、この二人だから逃げなかったんだろうな… フジシュンは裕を一方的に親友だと思っていたが、最後は本当の親友になれたんだと思う。

    2
    投稿日: 2015.10.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    疲れてるなーって時によく読む重松 清の本。 家族の話を読むことが多いけど、本屋で積んであった十字架というタイトルを買ってみた。 学校のイジメで自殺した中学生。 遺書に名前があったことで重い十字架を背負った同級生と残された遺族の話。 登場人物の人生が大きく変わってしまう中、最後はそれぞれが、新しい一歩を踏み出せたのは救われた。 久しぶりに読みながら目を真っ赤にした結末でした。

    1
    投稿日: 2015.10.22
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    ある日クラスメイトが自殺。その遺書に、親友として主人公の名前が書かれるが、主人公にその意識はない。自殺したクラスメイトの「親友」として、主人公は20年以上にわたって「十字架」を背負うことになる。 いじめが誰かのみんな人生を変えることはまちがいなくて、殺人であるとも思う。 だけど、なぜいじめはなくならないのか? 人が死んだことを向き合わなければならない。例えそれが辛くても。人生をかえてしまっても。動揺するのが当たり前には、頭を殴られた気がした。 ケンカしていた酔っ払いを私に止めることはできただろうか。 子供が、亡くなった母親の肩を抱けるだろうか。 被害者も加害者も少しづつフジシュンのことを忘れていく。 それでも、加害者が許されることは絶対にないことを忘れてはいけない

    2
    投稿日: 2015.10.19
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    同級生、フジシュンがいじめを苦に自殺し、遺書に親友でもないのと思ってるのに親友と書かれた子の話。 親友と書かれたのにいじめを辞めさせず周りから責められ、フジシュンのことを背負いながら成長していく。 遺書に名前を書かれたことによって、その他大勢のクラスメイトとも違う僕に与えられた責任。 きっとこの物語の僕のように、一生そのことを背負っていくんだろうな。 そうならないために、この本を若い子達に読んでもらいたい。

    1
    投稿日: 2015.09.20
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    書店で手にとって「読もうか、読むまいか」悩んだ。 読む前からつらい話だとわかっていて、それでも読もうと思ったのは重松さんの本だからかもしれない。いじめ自殺は家族、友人それぞれにつらい十字架を背負わせる。振り返れば振り返るほどつらく、後悔し、いつも時間が戻ってしまう。それに耐えてなんとか未来へ希望を探そうとする人たち、加害者、被害者、見殺しにした人達のその後の苦悩が描かれていて確かに読んでいてつらいが、何か救いを求める為に読み続けた。

    1
    投稿日: 2015.08.23
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いじめられているのをただ黙って見ているだけ。いじめている張本人は当然罪ですが見ているだけで止めなかった事も罪。自分たちの時代には正直身に覚えがある。自殺まで至らなかったから何もなかったが、もしその子が自殺していたら。読んでいてとても身につまされました。

    1
    投稿日: 2015.08.19
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    2015.8.19読了 死について。生きてると忘れてしまうって仕方ないことだし、よくセリフで一生忘れないって言葉があるけど、無理なのかな。 主人公はフジシュンのことをたまに思い出していたけど、一生忘れないってセリフよりも重みのある人生を過ごしたんじゃないかなと思った。 死から立ち直ることは出来ない、後悔しないで生きることの難しさ、誰が悪いんだろうか… フジシュンのような人をもう二度と出さない、っていう意識は主人公に生まれたかもしれないけど、そう感じる人は皆が皆感じるわけじゃないよね。難しい。

    1
    投稿日: 2015.08.19
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    読後にずっしりと重い気持ちになる一冊だった。 まさしく『十字架』 登場人物それぞれの立場になって考えると、心が苦しくて苦しくて堪らなくなった。 そして、どうにもならない苛立ちも覚えた。 最後まで読んでも、やはり息苦しかった。 なんで?どうして?どうすれば? ずっと考えながら読み進めたけれど、結論が出るのはずっと先になりそうな気がする。 もしかしたら、死ぬまで出ないかもしれない。 学生はもちろんのこと、かつて学生だった大人、子供を持つ親は是非読んで、それぞれ考えて欲しいと思う。

    2
    投稿日: 2015.08.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    2015/08/08 http://news.livedoor.com/article/detail/10447354/ この記事を読んで

    0
    投稿日: 2015.08.08
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いじめの傍観者である方も加害者なんですよ。 これから先の長い人生 一生 重い十字架を背負って生きて行かなければならない。 今 勇気を持たなければ! 中高生のみんなに読んでもらいたい本だ。

    0
    投稿日: 2015.07.13
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    そりゃいじめがない方が本人も周りもいいさ。わかってるでしょ?でもなんで。いつまでそんな空気を作る環境ができあがるんだろう。関わった人はいつまでも苦しむべきでしょうか…

    0
    投稿日: 2015.06.14
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    重松さん初読み。先輩に勧められて読んだ。 中学生のいじめの話。 上手く伝えられないが、沢山のことを考えさせられた。その他にも、被害者の家族の無念さも感じた。 見て見ぬふりの傍観者が1番悪いのだ、ということをたまに聞くが、そうではないと思う。加害者が勿論1番悪いのだ。皆が仲良くやれるなら、それ程平和なことはない。ただ、やはり人間というモノは上手くいかないのである。色々な人がいる。そこで、周りがどれだけ被害者を助けてやれるか、寄り添えるかが大切なのだと思う。 もし、仮に自分が主人公と同じ状況だったら。誰かに言えたのだろうか、相談出来たのだろうか。果たしてどうだろう。私は正直自信がない。これが現実。言ったらいつの間にか自分が生けにえになる。悪の連鎖だ。本当に難しい内容であった。久しぶりの読書でこんなにも考えさせられるとは。 綺麗事になるが、いじめが酷くなる前に食い止めるしかないのだろう。そしてまた、被害を受けているのならば、少なからず相談するチャンスはあるだろうから、逃さず全てを伝えてほしい。 ーーー 十字架、一生背負うんだろうな。その日になったら思いだすんだろうな。人が寿命を全うして死んでゆくのと、自殺とでは、違う。もっと生きられるのにって。 ここからは、勝手な解釈だが、 真田へは、親友として忘れないでほしい思いと、救いの手を差し伸べてほしかったという思い。 根本と三島へは、勿論恨み、ただ、堺を敢えて書かなかったのは自分と同じ状況だったのと、その3人の関係をみて、書かないほうが自分の存在から逃れられなくなると考えたから。という思いで名前を出したのだと思う。 かなり前から遺書を作ったと描写にある為、フジシュンの何らかの思いはあったはず。 サユちゃんは正直可哀想な立場だと感じた。誕生日祝われただけ…。直接関わりなかったのに…。巻き込まれてるよ…。サユちゃんについては何も言えない。 本当に勝手な解釈です。 遺族は辛いと思う。辛すぎると思う。 健介の立場は更に辛いと思う。 時が解決というか、風化して次第になかった事のようになっていく描写が現実的だった。傍観者、生けにえにしてしまったことを忘れてはならない。次の世代で、同じことが起こらない様にしなければならない。 辛いのはわかる、けど、自殺は駄目だよ。 自分にとっても、誰かの為にも。

    1
    投稿日: 2015.06.01
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いじめられて亡くなったフジシュンを見殺しにした親友のユウくん。片想いされてたサユちゃん。あのひとと、フジシュンのお母さんと、ケンちゃん。みんなの背負ってた十字架が重過ぎる。 許されたかった。 許したかった。 背負った十字架は重い。 見殺しにするということは。 気付けなかったということは。 みんなフジシュンに許されたかった。 死んでいった者と遺された者。 立ち直りたくなかった。 立ち直らせたかった。 支える者と支えられる者。 親友と呼ばれた理由。 それがわかった瞬間、心からこみあがってきたのは、寂しさだったのか、愛しさだったのか。自分でもわからないや。 フジシュンが死を選んだ事実は変わらない。けど、フジシュンはユウくんに心で救われてたのかなって思った。 それでも、自ら死を選んでいい理由なんて何もない。これだけの人に重い重い十字架を背負わせることになる。自分の好きな人達を、これだけ苦しめ続けることになる。 フジシュン。 生きて森の墓地に行くことも出来たんだよ。

    1
    投稿日: 2015.05.16
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ドラマ「とんび」を 見ていたので 重松さんを知っていたのですが 本を読むのは はじめてでした。 考えさせられる話しでした。 自殺をしてしまった同級生の遺書に 親友でいてくれて ありがとう って書かれていて 自分が?親友? と戸惑う そして いじめにあっていることを 知っていながら 見ないふりをしてしまった 何もしない罪に苦しみ 周りの反応に苦しみ大人になっていく 自分 十字架を背負って生きていく

    0
    投稿日: 2015.05.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ナイフで刺された時は刺された瞬間だけなの。 十字架の言葉は背負わなくちゃいけないの。生きている限り背負いつづけなきゃいけないの。 傍観者の自責の念について。 寂しいってのは相手がそばにいないのではなく、そばにいない相手が自分が思うほどに自分のことを思ってくれてないからじゃないかな

    1
    投稿日: 2015.04.21
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    主人公の同級生はいじめられていた。 それを苦に自殺してしまった。 命の大切さ、重さが痛いほどわかる一冊。

    0
    投稿日: 2015.04.20
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    重い。 自分が中学生、高校生の時にこの小説を読んでいれば、どのような学生生活を過ごしたか。 たぶん、あの頃の自分は目を背けただろうな。 自分にとっての十字架はなんだろう。 忘れていた中学時代、忘れてはいけない中学時代を思い出した。 親の想い、家族の想いを感じさせてくれる一冊。 親元を離れた今、いつも気にかけてくれた両親、兄弟にどれだけの恩返しができるだろう。 いつか結婚して子どもができた時、もう一度深く、深く読みたい。

    0
    投稿日: 2015.04.09
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    "傍観者""見殺し" 言葉が重く心にのしかかる。口の中に苦いものが広がる。 だけど、どうだろう。 自分がユウくん立場だったら、果たしてフジジュンを救えただろうか? そう考えてみても、何も答えられない自分がいて、それが腹立たしく、結局自分が可愛くて仕方がないだなと思うと、何ともやるせない気持ちになった 「優しいし、身勝手だし、忘れるんだ、人間は」 まさにそうだと思う。 人間ほど面倒な生き物はないだろう。 何か大切なものを失ってしまったとき、人は悩み、苦しみ、もがき、だけど、時間と共に痛みは薄れ、そして時々ふと思い出す。 人間ってそういう風に出来ているのかな? などと、この作品で色々なことを考えさせられた。一言では言い切れないし、多分それでいいんじゃないかと私は思う。 うん、あっぱれ!重松さん。としか言いようがないですね。

    0
    投稿日: 2015.03.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    見えないものを背負う、重い話。法に触れなくても、何かを抱えながら罪を償いながら生きていく。そんな人もいる、誰にも知られずに…。

    0
    投稿日: 2015.03.02
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    「なにもしなかった罪っていうのは、法律にはないんだ」 罪にはならない。自分は悪くない。ただ、見ていただけ。なのに、なにもしなかったことの言い訳を探し、後悔をする。逃げるか、向き合うか。「なにもしなかった罪」を背負い生きていくのが、償い。 ココロが晴れない。読了後のこの重さを、受け止めなきゃ。

    0
    投稿日: 2015.02.21
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    中学時代、自殺したフジシュンの遺書には、4人の名前が記されていた。 イジメの中心的存在だった2人と、彼が思いを寄せその日に掛かってきた電話を素気なく切った中川さんと、そして僕。 僕は、『親友』と呼ばれていた。 もう親友と言えるような関係ではなくなって長いのに何故。。。 イジメは見ていただけの僕。 しかし、中川さんと2人重い十字架を背負うことに。 親友なのに何故助けなかった! 葬儀の席で掴みかかって来たフジシュン父親の、ナイフのような言葉。 フジシュンの両親、僕、中川さん、そしてその事件を追い続ける記者との、30年。 イジメ、自殺と、どう向き合い、どう許していくのか。。。 子供の立場からも、親の立場からも、思いを巡らせとてつもない長い30年を味わった。

    1
    投稿日: 2015.02.12
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    十字架を背負って生きる、家族や友人の物語。父親に焦点を当てている。ひさしぶりに、「きみの友だち」のころのように丁寧に綴られた重松作品を読んだ。面白い。

    0
    投稿日: 2015.02.10
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ここ最近の重松さん本はすべてそうですが、この本も重松さん好きの友人が貸してくれたものです。 「いじめ」により自殺をした子どもをテーマに扱ったこの本は、とても、とても重かったです。 親として読むか、子として読むかでも捉え方が随分違うであろうこの本は、核となる事柄があり、4年の歳月を経て小説化したものだそうです。 「いじめ」は、いじめる側にも、いじめられる側にも焦点がいきますが、この本は「いじめで自殺した子の家族」と「ただ見ていただけの(見殺しにした)クラスメイト」に焦点が当てられています。 見ていただけの人が何かアクションを起こしてくれたら、先生が気付いてくれたら、そうすればもっと違った結果になったのに。 それは確かに事実かもしれませんが、最近私はこうしたクラスメイトに罪はないのではないか、と思うようになってきました。というのは、なんの責任も負えない立場で、もし何かアクションを起こしてさらに自体が悪化したら?もし自分にも飛び火がきたら? 例えば庇ったことでそれまで張り詰めていたその子の心が折れてしまうこともあるかもしれない。先生に伝えたところで、本人が「大丈夫です」と言ったら教師だってそれ以上は踏み込めない。 そもそも、本人から親や担任の先生等の自分をよく知る保護者に伝えるというのはいじめられてる側にとっては相当にしんどいことだと思います。だからこそ、まずは保健室の先生だったり、文部科学省が提示しているようないじめ相談の窓口が相談窓口になるんだということをもっと周知すべきなのかもしれませんね。 1人が自殺をすると、そのことによって周りの4、5人が自殺を考えると言われるいる程自殺は影響の大きいものです。 実際本書にも登場する自殺をした子の家族は、まるで時間が止まってしまったかのような苦しい時間を過ごしていました。自殺や他殺などは本当に多くの人に十字架を背負わせる行為だと改めて感じました。それは本当に重たい。 「人間って、死にたくなるほどつらい目に遭ったときに絶望するのかな。それとも、死にたくなるほどつらい目に遭って、それを誰にも助けてもらえないときに、絶望するのかな」という問いかけが本書にはありますが、私はどちらでもないと思っていて、「もう希望なんてない」と深く実感してしまった時に人は絶望するんだと思います。すなわち、この先何もいいことなんてない、と思ってしまったとき。 覚悟して読んだものの、やっぱりこの重さに引きずりこまれて苦しかったです。いじめる程気に入らないなら関わらなければいい、とはいえその人を無視する空気がクラス全体でできあがるのも「いじめ」だろうし、逃げられない(と思われている)学校という環境で無理に過ごさなくてもいい社会、選択肢のある社会にならないといじめはなくならないのではないか、なんていう風に思いました。

    2
    投稿日: 2015.01.15
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    重松ワールドにどっぷり浸かってしまったな。 登場人物それぞれの感情が痛いほどわかる切ない文章は圧巻。文字でここまで人の感情を揺さぶることができる重松清さんあんたは凄い。

    1
    投稿日: 2015.01.03
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    これは読む側がどの立場になるかで全く捉え方も感じることも違ってくるような気がする。主人公がいじめの傍観者であり、現実的にいじめがあった場合大多数の人はこの立場になるから、どうしても裕の視点で読んでしまいました。 いじめられてる人って何で先生にいじめられてるって言わないんだろうとか、周りのクラスメイトに助けてって言わないんだろうと思いました。きっと富岡先生はほっとかないし、裕たち傍観者もただ見てるだけの日常にはならなかったと思うのですが……。色んな捉え方があると思うけど、あのフジシュンの遺書っていじめをしてたヤツらと傍観してたヤツらと、救いを求めて差し伸べた手を振り払った子に対する復讐だったのかなぁとも思ったりしました。学校ではなく家で命を絶ったのも、気づいてくれなかった家族に対する復讐だったのかも。死者は美化されるばかりだけど、もしそんな理由で遺書を残したことと自殺場所を決めたなら、わりに暗い嫌な性格の奴だったんじゃないかな。良くも悪くも常に受け身で、少なくとも良い奴だったなぁという感じではないし。 いじめって見てる方も同罪だって言われるけど、どうしたって一番悪いのはいじめている奴だし、裕や小百合がここまで追い詰められるのは何か違う気がします。いじめで子供に自殺された親の立場なら何故うちの子を助けてくれなかったんだ!って思うのかもしれないけど、裕だってフジシュンと同じ中学2年生の子供なんですよね。良いことと悪いことの区別はつく年齢だけど、行動に移すのは尋常じゃないくらいの勇気が必要だと思うんです。むしろずっと「あのひと」と向き合えた裕は強いなと思いました。

    0
    投稿日: 2015.01.01
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    いじめで自殺した14歳の少年の家族と、好意的ではあれ遺書に名前を書かれてしまった、でも「何もしなかった」2人の男女の人生を、悲しく、しめやかに交錯させて描いた秀作。自分が子供を持ってから読んだら、抱く感想はもっと違うかもしれない。

    0
    投稿日: 2014.12.29
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    人を責める言葉には二種類ある。 ナイフの言葉。 十字架の言葉。 わたしたちはみんな、 重たい荷物を背負っているんじゃなくて 重たい荷物と一緒になって歩いているんだ。 だから、下ろすことはできない。 わたしたちにできるのは、背中を丈夫にして足腰を鍛えることだけ。

    0
    投稿日: 2014.12.23
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    ただただ、心苦しくなる作品だった。いじめは、どんなところでも存在しうること。自分から人をいじめたことがないにしても、いじめられている人を見て見ぬふりしてしまったことは誰でもあるのではないか。でも、それを許さない展開は、誰もが心を痛めると思う。いじめをとめるまではいかなくても、味方であり続けることはできる。ただ、「学校」という環境は特有で、正論が受け入れられにくいというのも現実。そんな中で、正論を主張することは酷。いじめと向き合うことの難しさを、改めて感じさせられた。

    0
    投稿日: 2014.12.11
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    このレビューはネタバレを含みます。

    いじめで自殺したクラスメイトが、遺書に主人公を親友と書いたことで、主人公が十字架を背負って生きる。重い。「何もしないこと」の罪深さが重くのしかかる。

    0
    投稿日: 2014.12.06
  • powered by ブクログのアイコン
    powered by ブクログ

    出てくる登場人物の全員が人間的に全うなところのない、自分のことしか考えていない、それでいてただ決められたとおり役割を演じる、小説のためのキャラクター。何が面白いのかさっぱり分からない。くさしたさんもんしばいにしか見れない。誰一人真剣に生きているように見れない。大前提として、物語のうまさどうこうでなく、ともかく何もない話だった。

    0
    投稿日: 2014.11.26