
総合評価
(368件)| 107 | ||
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powered by ブクログ重松清さんの父親の描き方がすごく好きだ。 息子を自死で亡くした家族と、遺書に書かれた同級生の悲しみ、苦しみが読んでて胸が痛くなるほど伝わってくる。読んだ後は自分も十字架を一緒に背負ったような感覚になる。
3投稿日: 2025.12.21
powered by ブクログ中学生の頃に読んで再読。学生時代とはまた違った目線から見られたと思う。 いじめを題材にした本で、いじめの傍観者に焦点をかなり焦点を当てている。 いじめていた3人には腹は立ったが、実際自分がその場にいても傍観者になってしまうだろうと思った。だからこそかなり心にグサグサきた。 親になっていないから実際にわからない感情もあった。だけど残された家族の気持ち、親の学校や生徒に対する気持ちは想像はすることができた。 中学生から大人まで勉強になる一冊だと思う。
0投稿日: 2025.12.10
powered by ブクログいじめを苦にして同級生が自殺した。その子の遺書に自分の名前が書かれていた。「親友」として…。いじめの傍観者としてあいつを見殺しにしてしまった僕。その罪とどう向き合っていけばいいのか。いじめは首謀者よりも周りの人たちに重い十字架を背負わせていく。とても考えさせられる。残された親たちも誰かを憎むことでしか精神を保つことが出来なくなっていく。いじめ問題の根深さを感じた。
0投稿日: 2025.10.31
powered by ブクログひとを責める言葉には二種類ある。 “ナイフの言葉” と “十字架の言葉”。 “ナイフの言葉”は胸に突き刺さる。刺された時にいちばん痛いのは刺された瞬間。 “十字架の言葉”は背負わなくちゃいけない。それを背負ったまま ずうっと歩く。どんどん重くなってきても降ろすことなんてできないし 足を止めることもできない。生きている限り その言葉を背負いつづけなきゃいけない ─。 中学二年の九月四日 同じクラスの藤井俊介(フジシュン)が自殺した。原因は いじめだった。 彼は遺書を残した。 そこには四人の名前があった。 親友になってくれてありがとう。と書かれた僕(真田 裕)。いじめたグループの中心にいた三島武大と根本晋哉。 そして ごめんなさい。誕生日おめでとうございます。と書かれた小川小百合。 四人は一方的にフジシュンの思いを背負わされたままその後の人生をあゆむことになった。 重いテーマだった…。最初そこには ずっと悲しみとともに誰かの怒りがあった。 なのに物語の最後にあったのは経過した時間とそれに比例して染み込んでいった静かな深い悲しみ。そしてフジシュンに対する残された者の背負った思いだった。 立場のちがいをこえて 苦しい思いを長い年月 共有してきた人たちの労りや気づかいに少し救われる。 しみじみと涙が出た。
11投稿日: 2025.10.31
powered by ブクログいじめによって自殺に追い込まれたフジシュンという中学二年生が最後に書いた遺書には、親友として「僕」の名前が書かれていた。しかし実際には「僕」は親友だとは思っていなかった。それどころかいじめを見て見ぬふりをして彼を死なせてしまった傍観者であった。というところから始まる話。フジシュンの遺族と彼の遺書に名前の書かれた者たちが彼の死をめぐってそれぞれに十字架を背負っていく。 とても苦しく考えさせられる話であった。特に遺族の気持ちを考えるとたまらなかった。私も若くして病気で兄を亡くしているから、子を亡くした両親の気持ちを痛いほど想像させられたし、当時の表情もありありと蘇ってくる。重松さんの書く遺族の心情は、輪切りにした心の断面を見せられているかのようにリアルでビビッドだ。人の親になることが怖くなったほどだ。覚悟と責任を持たないと親にはなれない。 いじめ、そして自殺は単に被害者、加害者だけでなく、残された遺族、いじめの傍観者、学校はもちろん、マスコミを通して多くの人にしがらみを与える。いじめについては私にも背負っていかないといけない十字架がある。忘れて過ごすことはあるが消えることはない。これからもその十字架を含め様々な苦しみを抱えながらも生きていくのだろう。 田原さんの人間味があって遠慮のない感じが好きだ。彼は「僕」を含めたクラスの傍観者にとって、実はとても大きい存在だったのではないか。
19投稿日: 2025.10.27
powered by ブクログいじめ自殺をテーマにした長編。 読み応えがあり、各登場人物の気持ちを推察しながら丁寧に読みました。 テーマがテーマなだけに流し読みできませんでした。 この一冊で自分が学生だった時の様々な出来事を思い出しました。自分がいじめに絶対に関わっていなかったと言えないところが情けないです。 傍観者というのは卑怯だったなぁと自戒しました。 内容的に星で評価をつけるのが憚られるので、星はついていませんが、多くの人に読んで欲しい小説でした。
9投稿日: 2025.10.05
powered by ブクログ重松先生の作品は高校生の頃によく読んでいたのですが、やはり面白いです。学生時代の言葉遣いというか、思考回路というか、とにかく子どもの頃特有の言動の表現方法がすごくうまいな……と思っていましたが、大人になった今さらにその生々しさを感じました。 お話も面白いです。私の学生時代ではいじめをする、される、傍観するといった経験はありませんでした。ですが、きっとどこかであるんだろうなというようなあくまでも他人事になってしまう私達にまるで訴えかけるような……。実際に重松先生自身が息子さんをいじめで亡くしてしまった方にインタビューをしたときに生まれたストーリーであったようで、最後のあとがきが1番染みました。 物語は、『いじめを傍観していた』ことが罪なのか、というところが軸になっていますが難しい問題ですね。答えはないし、人によって変わるし、話の中でもそれを決めつけるわけでもないし。結局課題なんですね。
11投稿日: 2025.10.01
powered by ブクログあのひとのことをどう呼べばいい? 決めかねている。 あのひとは気づいているだろうか。出会ってから二十年が過ぎて、言葉を交わしたことは何度もあったのに、僕はまだ一度もあのひとに呼びかけていない。 おじさんー。 藤井さんー。 フジシュンのお父さんー。 どれもだめだった。小学生の頃から顔見知りだったフジシュンのお母さんのことは「おばさん」と呼べるのに、フジシュンが死んでから出会ったあのひとを「おじさん」とはどうしても呼べなかった。 あのひとだってそうだ。僕はずっと名前を呼んでもらえなかった。 僕があのひとに語りかけて、あのひとが僕に語りかける。でも、僕たちの言葉にはずっと宛名がなかった。ぽつりと漏らしたつぶやきが、頼りなげに揺れながら、漂いながら、かろうじて相手の耳に届く、そんな対話を僕たちは何年も何年もつづけてきたのだ。 僕の二十年間の物語も、ひとりごとをつぶやくように語られるだろう。 あのひとに届いてほしい、と祈っている。 ひとを責める言葉には二種類ある、と教えてくれたのは本多さんだった。 ナイフの言葉。 十字架の言葉。 「その違い、真田くんにはわかる?」 大学進学で上京する少し前に訊かれた。僕は十八歳になっていて、本多さんは三十歳だった。 答えられずにいる僕に、本多さんは「言葉で説明できないだけで、ほんとうはもう身に染みてわかってると思うけどね」と言って、話をつづけた。 「ナイフの言葉は、胸に突き刺さるよ」 「…はい」 「痛いよね、すごく。なかなか立ち直れなかったり、そのまま致命傷になることだってあるかもしれない」 でも、と本多さんは言う。「ナイフで刺されたときにいちばん痛いのは、刺された瞬間なの」 十字架の言葉は違う。 「十字架の言葉は、背負わなくちゃいけないの。それを背負ったまま、ずうっと歩くの。どんどん重くなってきても、降ろすことなんてできないし、足を止めることもできない。歩いてるかぎり、ってことは、生きてるかぎり、その言葉を背負いつづけなきゃいけないわけ」 どっちがいい?とは訊かれなかった。 訊かれたとしても、それは僕が選べるものではないはずだから。 代わりに、本多さんは「どっちだと思う?」と訊いてきた。「あなたはナイフで刺された?それとも、十字架を背負った?」僕は黙ったままだった。 しばらく間をおいて、本多さんは「そう、正解」と言った。 「お母さん、本多さんに言ってたんだって。たった十四年しかない人生って、ほんとうにむなしい、って。思い出話があっという間に終わっちゃうのが、悲しい、って」わかるような気がする。 「あとね、お母さん、こんなことも言ってたって。十四年間生きてきた俊介の思い出 十四年間かけてしゃべらないといけないのに、それができないのが情けなくて…なんで、ぜんぶ覚えててあげなかったんだろう、って…」そんなの無理に決まってるじゃないか、と思わず言いかけたが、口をつぐんだ。おはさんのその気持ちも、まったくわからないというわけではなかったから。 考えてみれば、藤井くん以外のみんなは、ずっと生きてて、毎日毎日、思い出が増えてるんだよね。真田くんも、わたしも、これからずーっと、新しい思い出が増えていくんだよね」 すでにフジシュンが死んだあとの思い出もたくさんある。つまらないことだったが、あいつは修学旅行にも行けなかったんだなあ、と不意に思った。あいつのできなかったことを僕たちはこれからどんどん体験して、あいつが見られなかったものをたくさん見て…そうだ、あいつは校舎の三階からの景色すら見ることができなかったんだと、また不意に思った。 「真田くん、背が伸びたでしょ」 「うん…」 「わたしも、部活を引退したから、もうちょっと髪を伸ばそうと思ってる。高校生になったら制服も変わるし、友だちとか、趣味とか、世界がぜんぶ変わると思う。そういうのって、お母さんは見たくないよね…」本多さんは、こんなことも中川さんに言っていた。 亡くなったわが子のぶんも友だちには幸せになってほしい」というのは、嘘だ。 「嘘っていうか、いくら頭ではそう思ってても、本音の本音は違うんだって。それはそうだよね、自分の子が死んじゃったあとは、誰がどうなろうと関係ないし、逆に、みんな幸せになってるのに、なんでウチの子だけ死んじゃったんだ、とか…思うよ、わたしだって」 「おまえらにとっては、たまたま同じクラスになっただけのどうでもいい存在でも、親にとっては…すべてなんだよ、取り替えが利かないんだよ、俊介の代わりはどこにもいないんだよ、その俊介を…おまえらは見殺しにしたんだ…」 「寂しさってのは、両方で分かち合うものじゃないんだ。自分は寂しがってても向こうはそうでもなかったり、その逆のパターンだったり…。片思いみたいなものだよ。だから、寂しいっていうのは、相手がそばにいないのが寂しいんじゃなくて、なんていうか、そばにいない相手が、自分が思うほどには自分のことを思ってくれてないんじゃないか、っていうのが寂しいっていうか…その寂しさが寂しいっていうか」 「親は、学校で起きたことをこの目で見るわけにはいかないんだよ。だからじるしかないんだ。ウチの子は元気でやってる、毎日を幸せに過ごしてる…。だから親はみんな子どもに訊くんだ。学校どうだ?毎日楽しいか?って」 僕も子どもの頃は、親父やおふくろにしょっちゅう、うっとうしいほど訊かれた。 「考えてみろ、子どものほうは親には訊かないんだよ。お父さん、会社どう?お母さん、毎日楽しい?そんなことを訊く子どもはどこにもいないし、子どもにそんなことを訊かせちゃだめだろ、親としても」「はい.....」 「心配するのは、親の仕事だ。でも、子どもをじるのも親の仕事だ。だったら、子どもが、学校は毎日楽しいよ、って言ったら信じるしかないだろ」でも、ほんとうはそうではなかったのだとわかったらー。 それがわかったときには、もうすべて手遅れだったらー。
0投稿日: 2025.09.23
powered by ブクログ吉川英治文学賞受賞作。いじめを苦にして自殺した少年。主人公の少年ユウはさほどその少年とは仲良くなかったのに遺書に親友と書かれてしまって…。息子をいじめで失った両親のやり場のない想いが胸に刺さる。傍観者であることも罪。後半は涙なしには読めない心に残る話。
0投稿日: 2025.05.17
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
人間って、死にたくなるほどつらい目に遭ったときに絶望するのかな。それとも、死にたくなるほどつらい目に遭って、それを誰にも助けてもらえないときに、絶望するのかな
1投稿日: 2025.05.02
powered by ブクログ・テーマ/世界観 ★★★★★ ・背景描写 ★★★★★ ・キャラクター ★★★★★ ・インパクト ★★★★★ ・オリジナリティ ★★★★★ ・テンポ/構成 ★★★★★ ・文章/語彙 ★★★★★ ・芸術性 ★★★★ ・感動/共感 ★★★★★ ・余韻 ★★★★★
0投稿日: 2025.04.03
powered by ブクログ共感するのは難しかった。どこかでは現実にありそうな話だけど、自分に置き換えては考えにくい話だなと思った。中学生から大人になって考えや振る舞いが大人になってく感じは面白かった。
1投稿日: 2025.03.21
powered by ブクログいじめにより自殺してしまったクラスメイトを、見殺しにしてしまった男の子のお話。 ものすごく心に迫るものがあり、あとがきを含めた400ページを一日で読み切りました。 あと、区切って、気持ちを整理して読むのは違う気がして… たぶん、自分を含めて、誰しもに心当たりがある、もしくは起こりうる内容なんじゃないかなって思います。 色々と思うところはありましたが、私個人としては、 フジシュンのお母さんが闘病の末亡くなった後、お母さんの遺影がフジシュンと一緒に撮った頃のもので、「結局、その頃の幸せを超えることがないまま、お母さんの人生は終わった。」という文章を見て、なんともいえない苦しい気持ちになりました。 その幸せな写真を撮った時は、お母さんはこれから子供の成長を見守り、もっと笑顔で生きていく瞬間などを当たり前に想像していたはずでした。 それがいじめで自殺してしまい(そのいじめに子供が苦しんでいたことに気づけなかったことも無念でならないと思う)、その幸せを超えることが無いまま、お母さんが亡くなってしまったことを想像して、たまらない気持ちでいっぱいでした。 誰もこんな思いをしてはいけないと思う。
24投稿日: 2025.03.09
powered by ブクログ3回は読んだ 中学生の時に読んで感動した。十字架を背負う人たちの物語。いじめを受けた側、傍観した側、いじめをした側、自殺した生徒の親。全ての人たちが背負う重たいものがとても心に刺さった。 重松清は描写がじんと心に残るものが多い。
2投稿日: 2025.02.24
powered by ブクログすごく重たい内容なのですが後半半分位は休日の午後に一気読みとなりました。 主人公は、イジメで自殺したクラスメイトに「親友」として遺書に書かれた男の子。 いじめにより命を落としたクラスメイトの両親と数十年来にわたり付き合いを続けていきます。 この本が執筆された頃より今の時代は イジメを苦に自殺は後を絶たないですよね。 実際は、「被害者家族」とこんな密な付き合いをすることも稀だとは思います。 主人公は、充分苦しんで十字架と共に生きて、、、。本当に立派だなと思いました。 サユや健一との関係も妙にリアリティがありました。あのひととの関係性の変化が見どころでした。
6投稿日: 2025.01.31
powered by ブクログ母親と祖母としての視点て読み始めた為フジシュンのお父さんの気持ちが痛いほど感じ、何でクラスの皆んなは見てない振りを続けたのか?虐めた子供も悪いけど知らないふりをしたクラスメートも同罪だと私は思う。最悪の事態になっても、クラスメートは何処か他人事として捉えて主人公も私から見たら同罪であった。でも小百合ちゃんは違う。何故フジシュンは小百合ちゃんの名前を遺書に書いたのか?好きな人の誕生日に死ぬなんて絶対やってはいけない事だと思う。彼女の人生が180度違う物になったと言うことは否めない。結局名前を書かれた4人は十字架を背負って生きていくことになる。主人公は自ら十字架を背負う事を選び、フジシュンを忘れる事無く人生を歩み父となり自分の子供の心配をする事となり「あのひと」の気持ちを知る事になるのだろうか?【森の墓地】Yahooで見たら登録第一号の世界遺産でシンプルな十字架がフジシュンの死ぬほど辛い気持ちと相反していた。残された物は生きる理由を作り歩き出すしか無いのだ。
4投稿日: 2025.01.22
powered by ブクログ重松さんの『かあちゃん』が大好きなのだが、『かあちゃん』に出てくる母親の罪の背負い方と、今回の主人公とさゆの罪の背負い方。少し形は違うけど、残されたものの人生って、その人が死んで終わりじゃなくて、始まりなんだなと感じた。時間が忘れさせるものと思っていたが、そうは簡単にいかないんだろう。特に、さゆにとっては誕生日たまらないものだっただろうな。主人公の奥さんが言っていた「親友って書かれるなんてすごいじゃん」ってはたから見れば言いがちだけど、そこでまた背負うものがあるんだなと初めて知らされた。とにかく濃ゆかった。一部の人は除くけど、悪い人なんていないのに、なぜこうもみんな幸せになれないんだろう。
1投稿日: 2025.01.20
powered by ブクログ男子大学生と男子高校生の父親、50歳で読んだので、あのひとの気持ちを想像しながらの読本となった。何が正解かはわからないが、登場人物の気持ちを考える行為が大切と思う。
5投稿日: 2025.01.16
powered by ブクログ描写うますぎえ、登場人物の気持ちが伝わって来すぎて、とてももやもや(良い意味で)した。 十字架を無理やり背負わされていた主人公が、いつの間にか自分の希望で十字架を背負っていた。これは成長なんだろうな。
1投稿日: 2025.01.15
powered by ブクログ中二という多感な時期。いじめというテーマを、残された人達のその後の人生という切り口で、語りかけている本。父親の葛藤に痛ましいほど共感。時間をかけても、大切な子供を失った痛みは癒えることはない。それでも懸命に生き、家族で弱さを支え合い、生きていく。子供は親の鏡。思春期は子育ての山場のひとつだと思う。親としてだけではなく、ひとりの人間として、自身の生き方に否応なく向き合わざるを得ない時期。 人間の感情のややこしさを感動する程、見事に描かれた本。精神的に苦しい時、重松さんの本が読みたくなる。今回も一気読み。心の痛みに寄り添える自分でありたい。 #重松清さん #思春期の子育て #共に生きる
0投稿日: 2024.12.29
powered by ブクログ自殺が起きたクラスの描写は、実際の出来事を見ているかのようにリアルで生々しい。いじめた人と傍観者たちの様子には、胸糞悪さと憎しみを抱きながらも、当事者でない私に責める権利はあるのかと躊躇させられる。 周りの人たちは時が過ぎると共に少しずつ忘れてしまう。でも遺族は決して忘れない。忘れられるわけがない。フジシュンの存在が忘れられてしまうこと、なかったことにされてしまうことが遺族にとってどれだけ辛く悲しく苦しいものであるかは想像に難くない。しかし、時間にしか解決できない昂った感情が最後に垣間見えた気がした。 どうしようもない怒りを主人公に振り翳してしまうフジシュンの弟や「あのひと」には、同情しながらも痛々しさを覚える。しかし、その痛々しさをも飲み込んで、遺族の思いを受け止めて、「たまたま選ばれた」ことを同じくするフジシュンと自分を重ねることから逃げず、自らで十字架を背負うことを選択した主人公の強さには、尊敬の念を抱くばかりだった。 クラスの奴らを全員殺してやりたいと思うほど苦しんだ「あのひと」が、憎む気持ちも恨む気持ちもないが許す気持ちもない、と最後に抱いた感情は、残酷で切実でありながらも、最後に残った人生の沈殿物のようなものを見た気がした。 それぞれが言葉にならない思いを抱えながら、それでも生きていこうとする姿は、激しく、儚く、逞しかった。 見て見ぬふりは人殺しになってしまうかもしれないということと、自分の過ちや罪を忘れないように努めなければならないという二つが読後に強く残った。 傑作。
1投稿日: 2024.12.21
powered by ブクログ登場人物のリアルな感情の揺れ・移り変わりに、読み終わったその後ももやもやが残り続けた。 いじめはどんな時代でも許されることではないが、簡単に解決できるものでもない。 「傍観者もいじめている側」と言われるが、そうだと思う反面、果たして自分が凄惨ないじめに遭遇した時に、立ち向かえるのだろうか。いじめられるのが私じゃなくてよかったと思うのだろうか。 幸いなことに、これまでいじめといういじめに遭遇したことがないので想像し難い。 と、書こうと思ったが、果たしてそれは私が知らなかった、気がつかなかっただけではなかろうか。 そして、大人でもきっといじめる人はいじめるから、その時に私は動けるのだろうか。 考えたらキリがないが、考え続けなければいけないことだと思う。 そして、些細ないじめにも気づくこと。一生懸命考えて、その時の自分の最善策を探してみること。いじめられる側でも見ている側でも一人で抱え込まないこと。行動する勇気を持つこと。 このことを心がけて生きていきたい。
2投稿日: 2024.11.15
powered by ブクログ「いじめ」をテーマにした小説はいくつかあるけど、いじめで亡くなった人の周囲の話は初めてだった。 大切な人が亡くなるのは、大きな出来事で衝撃が大きいものだけど、事故死や病死、自然死で亡くなった人と比べて「自死」を選んだ人の周囲は非常に苦しむんだなと読んで感じた。 「あの時話を聞いてあげられたら」「何かアクション出せば」と何か救えることは無かったかと永遠に考える分、苦しみは続くと思う。 「死人に口なし」を良いように、周囲の人が色々言うことが人間の有り様だな。
0投稿日: 2024.10.11
powered by ブクログいろいろ考えさせられました。 いじめ、自殺がストーリーの中に出てくるので、当然暗い話なのですが、自殺したことが意図せず好きな人を長期間苦しめ、その人がずっと十字架を背負うのは辛すぎる。いじめは絶対だめだけど、自殺もだめだと改めて思った。逃げ出したほうが良いときもあるけど、自殺以外の方法もある。そんなことを考える余裕もないのかもしれないけれど。
6投稿日: 2024.09.27
powered by ブクログ重松清ワールド全開のお話でした。十字架を背負うというのはこういうことなのですね、と改めて考えさせられました。また主人公の真田くんに、自分を重ねてしまい、自分だったらどうだろうか、と判断を迫られる場面が多々あり、後半に向けてそれが加速していった感じです。いじめは絶対にあってはならないのは、誰しもわかっています。でもなくならないのはなぜか。いけにえということばが自分の胸につよく残りました。
5投稿日: 2024.08.24
powered by ブクログいじめで自殺した子の遺書に親友として名前が書かれていた少年のお話 以下、公式のあらすじ -------------------- いじめを苦に自殺したあいつの遺書には、僕の名前が書かれていた。あいつは僕のことを「親友」と呼んでくれた。でも僕は、クラスのいじめをただ黙って見ていただけだったのだ。あいつはどんな思いで命を絶ったのだろう。そして、のこされた家族は、僕のことをゆるしてくれるだろうか。のこされた人々の魂の彷徨を描く長編小説。吉川英治文学賞受賞作。 いじめを止めなかった。ただ見ているだけだった。それは、「罪」なのですか――? 自ら命を絶った少年。のこされた人々の魂の彷徨を描く長編小説。 -------------------- 誰に自分を重ねるかによって感想は異なってしまう いじめられていたフジシュンだとしたら、そんな決断をする前に相談する事もできただろうにと思うし 主人公のユウだとしたら、同じ小学校で中学でも同じクラスだからといって親友として遺書に名前が書かれてあったら困惑する 哀れとも思うし、なんでそんな事を書いたんだと憤るかもしれない でも、私だったら暫くしたら何もなかったかのように流す気がする 一番のとばっちりはサユ 勝手に好きになって、誕生日にいきなり電話してきて、それで来訪を断ったら自殺って 本人はそのつもりはないのかもしれないし、そこまで頭が回らないくらい追い詰められていたのだろうけど、サユの立場からしたら嫌がらせみたいなものだよな フジシュンの父親が今の自分にとって近い立場なのかもしれないけど この人もあまり共感できないかな 息子は自殺ではあるけれど、実質的に殺された、見殺しにされたとか思ってそう でも、その怒りは筋違いなように思う いじめられたのは息子であって、その復讐する権利は本人にしかない 親だからといって、いじめの首謀者や、助けなかった周囲に対して何かしていいわけではないんだよね 被害者の親だからといって許されることって実は少ないと思うよ 個人的な意見としては、いじめで自殺なんて愚かだと思う そうなる前に周囲に相談できるような雰囲気を整えて、もし相談してくれたら解決に向けて動くのが親の役目だと思う この作中で、親は我が子がいじめられている事に気づいていなかったのかが疑問 家にピザやら何やらが勝手に届けられるというわかりやすい被害があるんだから、それとなく察していてもいいと思う そんな、自分たちの過失を無視して周囲に攻撃的になるのは、どうしても同意できないな まずは自らの至らなさを恥じるべきだと思うよ 確か、甲本ヒロトが言ってたと思うんだけど 学校なんてものは、電車で同じ車両に乗っていただけの集まりだと それだけの共通点で、友達だの仲良くだのとかなれなくてもいいと その理屈でいうと、この作品の傍観者も別に悪いことはしてないと思う ナイフ持って暴れる乗客がいたとして、襲われている人を助けずに遠巻きに観ているだけの行為を批難する気にはならない 助けに入ったりする人がいたらそれは勇敢な行為として称賛こそしてもいいけど、その他の傍観者を批判するのは筋違いでしょうに 「いけにえ」という言葉 誰かが生贄になることで、他に危害が加わらない状況 「何故助けない?」と、綺麗事は簡単に言えるだろうけど 前述の通り、もしナイフ持って暴れてる人が現れたら逃げるのは間違った選択ではないよ ----------------- ひとを責める言葉にはニ種類ある、と教えてくれたのは本多さんだった。 ナイフの言葉。 十字架の言葉。 p.78 ----------------- ユウやサユは別に十字架を背負う必要はないと思う 真面目な二人だからこそこんな結末になったわけだけれどもね まぁ、サユのような生き方ができればそれはそれで本人は納得できるのかもしれない 一番嫌悪感を懐いたのはマスコミの二人 事件との関わり方は違えど、十字架を周囲の人に背負わせようとするのは違うよなぁ じゃあお前らは何を背負うんだ?と問い詰めたくなる 社会正義を気取って、関係ない輩が関係者をかき乱すんじゃねぇという怒りを感じる あと、「絶望するのはいつか?」という問い 私の体験談として、とても辛い境遇になったとして 本当に絶望するのは、その状況が自分で良くする事もできず、良くなる見込みもなく、誰かに頼る事もできなくなった時 なので、「希望が絶たれたとき」が本当の絶望するときだ それまで、この人に頼れば何とかしてくれると思っていたところに、いざ弱音を吐いたのに手を取ってくれなかったのはとても辛かったなぁ…… 酷いいじめと言えば、地元でのいじめマット死事件を思い出す 隣の学校区だったけど、被害者は1学年下の子 被害者の兄が1学年上で、進学した高校が同じだった うちの中学の学年の先生の奥さんが被害者の担任教師だったり 直接的には関係ないけど、若干の繋がりがある感じ 当時は学校もいじめには神経質になったけど 決していじめはなくなってなかったような気がする 自分たちのやってるのは、いじめではないとか、あそこまで酷くはないという言い訳をしていたのではなかろうか あの事件は、起こったその事も酷いけど その理由や、その後の周囲の反応、刑事民事の裁判の結果、賠償金の未回収とかも含めて、田舎特有のいやらしさ前回の展開だからなぁ 山形のイメージって、あの事件でかなり悪くなったと思う
1投稿日: 2024.07.02
powered by ブクログイジメた人間も、 傍観した者も、 救えなかった家族も、 誰もが重い十字架を背負う。 いじめた側はもちろん、 傍観者だって時間と共に忘れるし、 下手したら正当化しようとするかもしれない。 でも、家族は、家族であるが故に、 忘れることができない。 家族みんなが重い十字架を背負い、 足枷で繋がれている状態なのかもしれない。 残されたものは、それぞれの立場で自分自身と向き合い続けることしかできない。
0投稿日: 2024.06.26
powered by ブクログ自殺した子供の遺族の気持ちはわかった。家族って深いものなのかなとも思った。でも読んで人生にプラスになる感じはなかった。そんなに心は揺さぶられなかった。
0投稿日: 2024.06.14
powered by ブクログニュースで見かける社会的事件を題材にした傑作。 被害者と傍観者、その家族の心理が丁寧に綴られている。
1投稿日: 2024.06.08
powered by ブクログクラスでいじめが起こり、級友が死んだ。主人公はいじめを静観していたのに彼の遺書には親友として主人公の名前が残されていた。主人公はこの事件を背負い大人になっていく。いじめとその後を描いた物語。 自分だったらどうしたかな、と何度も読みながら考えた。決して綺麗事ではなく、でも人間の優しい部分も見えるお話。自殺は多くの人を巻き込み、思い悩ませ、束縛するものだと感じた。
19投稿日: 2024.04.08
powered by ブクログオチはまあまあだったけど、出てくる大人の理不尽さと身勝手さで共感できなかった。賞を受けるような内容かというのが 正直なところ。
1投稿日: 2024.03.31
powered by ブクログいじめ、自殺。被害者と加害者、いじめを傍観していたクラスメイト、我が子を失ったご両親…。重くて苦しいテーマの作品で、ページを進めながら、どう気持ちをコントロールすればいいのか分からなかった。大人になること、時間が解決してくれること、もちろんそんなことはあると思うけれど…変わることと忘れないでいることは、いつも紙一重で、大人になったからこそ、長い年月が過ぎたからこそ、気付くこともあるんだと思う。
6投稿日: 2024.03.15
powered by ブクログ終始主人公に同情してしまったが、見て見ぬふりの罪の重さを考えさせられた。一生付きまとう罪の数十年に及ぶ償いを表しているのがすごい。
2投稿日: 2024.02.27
powered by ブクログ許されないことってあるんだな…って改めて考えさせられました。 重かった…重いけど、、、この十字架を背負ってどう生きていくのかが気になって読み進めました。 重いけど…読んで良かったです。
4投稿日: 2024.02.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
人間関係ってほんと複雑。自分が仲良いと信じてる相手でも実際はそうでもなくて、むしろ嫌われてたりする。恋人関係も。自分では気づきにくいからタチが悪い。 この中だと親子が一番安定した人間関係なのかな。親は望んで子どもを得るから絶対的な愛情。子ども側も一人ずつしかいない両親への信頼。うざいと言いつつも離れられない関係。読後、意外と互いのこと気にかけてるかもしれないと思った。 作中の小百合さんの言葉が印象的だった。「ほんとうに大変です。(略)生きていくしかないんだなあ、と思っています」どんな状況でも、自分ができる事をして過ごしていく。行けるとこまで行く。意外と単純な面もあることに気づいた。
6投稿日: 2024.02.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
いじめが原因での自殺。 まだ14歳なのに。。と考えると胸が苦しくてたまらない。 遺書に親友と書かれた子、片思いをされていて電話がかかってきたのに冷たい態度で切ってしまった子、子を亡くした親。 それぞれが十字架をかかえて生きていく。 重くてつらいテーマなだけに余韻がすごい。
5投稿日: 2024.01.31
powered by ブクログいつの間にか、涙がこぼれていた。。。 帯に書いてありましたが、本当にいつの間にか…でした。。。 いつものことながら、重松さんの小説は1ページ目から入り込んでしまいます。 そして、まるで私もそこにいるかのように、そこで出来事を見て、話を聞いているような感覚になります。 今回のストーリーは、いじめを苦に自殺したフジシュン、子を亡くした親と弟の苦しみ悲しみ、親友と書かれた同級生ユウ、告白され大好きでしたと書かれたサユ、いじめをして名前を書かれた三島と根本…が、背負い背負わされた十字架。 この事件を記事にする記者の人たち…中学生でも容赦しない勢い。 ユウがフジシュンの死から20年にわたっての苦悩と葛藤、遺族とサユとの関わり、気持ちの変化を語っています。 もちろんいじめが1番酷い。でも、名前を書くなんて!とか、記者の人もそこまでする? 遺された親の怒りと悲しみ、逆にユウ側の親の気持ち、みんな自分の子がかわいいし、護りたい。 自殺当日に、告白されたサユの気持ち。 どこをどう切り取っても、逃げられない苦しみ。 どこをどう折り合いつけようとしても、解決しない。 いじめをした三島と根本、そして、名前を書かれなかった堺が、1番悪いと矛先を向けても、その後の顛末にも胸が痛む。 辛すぎる。 自ら死んじゃうのはだめだよ。。。 でも、私がクラスメイトだったら、助けてあげた? やっぱり、見て見ぬふり…というか、見なかったこと、知らなかったことにしちゃうんじゃないだろうかと思うと、また苦しくなる。 ああ。フジシュンは、命をかけてみんなに伝えたかったのかな。。。 時間が経てば忘れられてしまう。時間が経てば傷も癒やされる。 いや、時間が経てばわかってもらえる!これかな? でも、やっぱり死んじゃうのはだめだよ。 世の中、ニュースを見てるとこうやって自殺や事故、事件で家族を失って苦しまれている遺族が毎日毎日増えているんだよね。 私がこぼれていた涙は、同情とか、可哀想とか悲しいとかそういう涙とは違った。 いたたまれなくて、どうしようもなくて、苦しくてそして、願いのような祈りのような…。 読み終わってしばらくは、いのちの重さを思い知らされたような、疲労感さえ感じています。 こんな悲劇がこれ以上起こりませんように。。。
9投稿日: 2024.01.23
powered by ブクログいじめを見ないふりしていた主人公と、いじめによって息子を亡くした父を中心とした心の動きが読み取れる小説。 読み進めるうちに、元に戻せない後悔を、自分ならどうするか考えてしまった。どうしたら許してもらえるかを考えたり、反対に考えることを放棄しているうちは答えは出ないし、一生背負っていかないといけないのだと思わされた。
4投稿日: 2024.01.10
powered by ブクログ重いんだけど、泣けるわけでもないのだけど、じんわり心にくる1冊。 自殺したクラスメイトの両親と、遺書に書かれた親友ではない親友とのやりとり。 人の死ってやっぱり重い。 親御さんの気持ちも、主人公の気持ちもよくわかる。
37投稿日: 2023.12.19
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
『人は、死にたくなるほど辛い思いをした時、それとも死にたくなるほど辛い思いをした時に誰も助けてもらえない時、どちらで絶望を感じるのか』(省略) 読んだ直後は即後者を選んだ。 あと一歩前に出たら空(くう)、なんなら崖の淵に足半分出ちゃってる様な、少しでも重心をずらしてしまったら終わるそんな状況を想像したから。 でもこの状況の時にはもう既に虚無かとも思い直した。やっぱり分からない。 『寂しさは、両方で分かち合うものではない。自分は寂しがっていても相手も同じように寂しがってるとは限らない片思いみたいに。相手がそばにいないから寂しいのではなく、そばにいない相手が自分が思うほどに自分のことを思ってくれていないんじゃないかと寂しい。その寂しさが寂しい。』(省略) が1番好き。本当にそうだと思う。しっくりきた。 涙が溢れ出る程の感動というより、じわじわとしんしんと感情が積もる感じでした
5投稿日: 2023.12.01
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
イジメにより中学二年生で自殺したフジシュン。 遺書に「親友」として名前のあがった主人公やその家族が、罪の十字架を背負い生きていく様を描いた作品。 テーマが重く、読み進めるのが苦しかった。それでも、最後まで読まなければいけないと思った。 いじめた側・いじめられた側ではなく、その周りにいて何もしなかった傍観者に焦点をあてた本作。 守ることだけが大人の役目ではない。分かるけど、主人公たちが背負わされた十字架はあまりにも重すぎた。 いじめの傍観者の罪深さが、主人公が背負う十字架の重さとともに描かれているけれど、これだけ主人公が苦しむのならば、正義感を振りかざして生徒を学校に閉じ込めておきながら、いじめに気付かない教師や、いじめの加害者となった生徒らの罪はもっと大きいのではないか? 苦しい長編だったけど、読み終えるときにはほんの少しだけ息が楽になった。そんな終わり方でした。
9投稿日: 2023.11.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
いじめを知りながら助けなかった子たちは同罪なのか?と疑問に思った 友達なら助けたいと思うけど、友達じゃないただのクラスメートのことを助けたいとは思えない
1投稿日: 2023.10.29
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秀作。 作者らしい、少年から成人にいたる葛藤。 つらい話。でも、誰にも起こりうる。モデルになった事象があったのだろうか。 歳を重ねたら、人は変わる。過去にしがみついてはいけない。
1投稿日: 2023.09.10
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
重荷を下ろして軽くなったら・・・と人は言う。 僕もサユにそれを望んだ。 でもサユにはそれができなかった。 十字架が肩にのしかかっていたから。 僕だってしっかり向かい合っていた。 背負おうとしていた。 この違いが二人の間の隙間であり、穴だったんだろう。 サユが重荷をおろすことでなく 重荷とひとつになって足腰を鍛えていくしかないと悟るまで たくさんの涙が流れ長い年月が必要だった。 そうなのだ。 足腰を鍛えるしかないのだ。 忘れられないと忘れてはいけないには 決定的な違いがある。 でも、忘れられないも時を経れば忘れたくないに変わっていく。 その時にやっと本当に傷口をと向かい合えるのかもしれない。
29投稿日: 2023.08.31
powered by ブクログ小説をほとんど読まない私の感想としては、あんまり面白くなかった。 刺激的な登場人物だったり、大どんでん返し、ストーリーとしての強度を小説に求めてしまう身としては、大きな起伏もなくスゥーっと流れる物語に退屈さえ感じてしまった。
1投稿日: 2023.08.09
powered by ブクログ「いじめ」の傍観者と被害者の親という不思議な関係だった。子供を亡くした親は、それでも生きなければやらないけど、どうしても立ち止まってしまうことがよくわかる本だった。また、苦しみ続けることは難しいと感じた。どうしてもある時点で「もういいか」となりがちだからだ。話は飛ぶが、この話の中でのジャーナリスト(ライター?)の立ち位置がよく分からなかった。仕事で関わってはいるが、当事者ではないことが変な感じがした。
1投稿日: 2023.06.19
powered by ブクログ10代の頃に1度読んだので再読になります。 人を責める言葉には2種類ある。 「ナイフの言葉」と「十字架の言葉」 10代の頃はなんとなくしかその意味が わからなかったけど、今ならその意味がわかる。 私は誰にもナイフの言葉や十字架の言葉も向けたくない。 人生を本で現す表現もとても好きです。 重松清さんらしい。
3投稿日: 2023.05.29
powered by ブクログ幼なじみで中学に入って疎遠になってしまった同級生が自殺してしまい、遺書に自分が親友だったと書かれたことにより十字架を背負っていく男の子が幼なじみの死や遺族と向き合いながら成長していくお話。
2投稿日: 2023.05.05
powered by ブクログそれぞれが背負った十字架、それぞれの始まりと終わりがすごく綺麗に書かれている印象でした。 叫びも、誰かのせいにしていたい気持ちやらの微妙なニュアンスがとても良かったです。 そしてこれからの自分自身にとっても学びになりました。良かったです。
1投稿日: 2023.04.27
powered by ブクログいじめを題材にした書下ろし小説。いじめを受けて自殺したフジシュンの遺書に親友として名前を挙げられたユウの視点で話は進むのだけど、読んでいて胸が痛くなる。いじめた人間、いじめを見ていたのに止めることなく見殺しにした人間、自殺したフジシュンの家族など、人ひとりの自殺という出来事が多くの人の心に大きな重しとなり、いつまでも消えることはない。後半に進むにつれて涙が止まらなくなってしまったのだが、それはこの作品がフィクションであって、実は実際のモデルとなった実話に基づいているものだとあとがきで知り、納得した。
1投稿日: 2023.04.16
powered by ブクログまたまた重松清である。 が、やっぱイイね。 本をまったく読まない人こそ、こういうのって読んでもらいたいなと。 いじめから自殺した中学生の遺書に、親友として書かれてしまった私が主人公。 親友でもないのにそう書かれてしまったため、いじめの傍観者という十字架を背負うことになる。 私はけっこう涙もろい方で本でもよく泣いちゃいます。 これのレビューなんかでも泣けたとか書かれてますが、なぜか私は何も泣けませんでした。 いじめはいつでも、どこでもありますね。 自殺に至るいじめも、身近に起こる可能性はかなり高い。 いじめる側の奴らが本なんか読むわけないが、もしかするとこんな事になっちゃうかもしれないぞとわかってもらいたいね。 2010年 吉川英治文学賞作品
0投稿日: 2023.03.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
重い。フジシュンママ、とことん不幸だな……。 ケンちゃん、母が自分を見てくれないことに不満を持ってグレたりしなくてよかった(まあそんな余裕ないか)。 なんかなあ。「なんで見殺しにしたんだ」と言われたら、まあそれはそうだけど、でも多分責めてる側も同じ立場にいたら見殺しにするだろと思ってしまうので、田原さんとか「なんで見ず知らずのお前にそんなこと言われなきゃいけねーんだよ」と思った。ていうか、「いつか死ぬかも」と実際死ぬまでの差はなんだかんだでかいよな。自分なら何かしただろうか。でも表立って止めなくても、こっそり先生に相談するとは思う。そういう意味では、全く何もしないのはやっぱり見殺しだよな。 サユと付き合ったのは若干……なんか気持ち悪かったけど(上手く言えない)、サユと別れるシーンは辛かった。サユも別にユウくんのこと嫌いだったわけじゃないけど、でも結局フジシュンを通じて繋がってる2人だから、相手といるとフジシュンが頭をよぎるんだよな。なんかずっといるんだろうね。手を繋ぐ以上のことができなかったのも「フジシュンが見てる」と思ってしまうからなのかもしれないと思った。集中できないとそういうことって全然できないし。 なんかでもまあ、大人になったことと、時間が解決したことと、色々丸く収まってよかった。フジシュン、生きてたら楽しいこといっぱいあったぞ。でもつらかったんだよな。
1投稿日: 2023.03.29
powered by ブクログ小学生の時のお気に入りの本 いじめで自殺した男の子に それぞれ指を刺された男女の話 いじめたこともあるし いじめられたこともあるから 吸い寄せられて読んだけど、 これずっと読み続けないといけないって思った まわりの人の死の向き合い方に 正解はないけど もしかしたら自分は 彼と同じように 不器用なほうかもしれない 彼女のように 誠意を持てないかもしれない 本が本来よりもずっしり重く感じるとおもう
2投稿日: 2023.02.14
powered by ブクログ首をくくるのは怖い。 でも、明日を迎える方がもっと怖い。 衝動的に自殺をする人もいるが、平常心ならとても怖いことだと思う。 けれども、明日学校に行く方が怖いので首を縊る。 いじめの傍観者=見殺し というのは共感があまりできませんでした… 大人ならばそれなりに仲介する手段や掛ける言葉がある。 しかし、中学2年生はまだ子どもで私があの立場なら間違いなく傍観者になる。ターゲットにされたくないが本音だろう。 あんなに責められることなのだろうか… 遺族は責める相手が自分と加害者、傍観者しかいないから仕方ないかもしれないけど… そもそも、遺族の立場に自分が立たされて初めてわかることだと思うからこんな事を言う筋合いは私にはないか。 恨みはしていないが、赦してはいない。とても重いお言葉でした。
1投稿日: 2023.01.24
powered by ブクログいじめの為に自殺したあいつ。 自分の名前が親友として書かれていた。驚きと迷い。傍観者だった自分。あいつの家族にどういう態度をとるか。あいつの好きだった人。自殺した家族の心は。 重たい題材。十字架。
1投稿日: 2023.01.21
powered by ブクログ登場人物それぞれの視点で、自分だったら、と考えて、、、何も言えなくなります。 テーマとメッセージを考えるととんでもない覚悟を持って書いた小説だと思います。ひたすら重く、苦しい内容ですが、間違いなく星5つの作品です。
2投稿日: 2023.01.16
powered by ブクログ大人になった今ならば、あらゆる可能性を示してあげることも出来る。 そこから逃げ出してもいいのだと、教えてあげることも出来る。 この先の人生の方が長いのだから。 世界はもっと広いのだから。 つらいことから逃げるな。 立ち向かえ。 声をあげろ。 耐えろ。 と、端から言うのは容易い。 自分だったら何が出来たか? 巻き添えになることや、進学に響くこと、親に知られてしまうことを恐れて、やっぱり何も出来ないかもしれない。 その後重たい十字架を背負うことを知らずに。 忘れ去られることが出来るならば、少しは楽に生きられるのかもしれない。 でももし将来自分の子供が同じ目に遭ったなら? 親となった自分は何と声をかけてあげられるだろうか? 自分は何も出来ず見殺しにした。 見て見ぬふりをした。 忘れて過ごした。 それなのに、自分の子供に何て声をかけられるだろう。 過去の報いとして受け入れられるだろうか? 「あの時何もしなかった自分」と、その時向き合えるだろうか?
12投稿日: 2022.12.30
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
いじめがテーマということもあって、重たい話だった。私は歳的に学生の目線でいじめを考えることが多かったから、親や周りの残された人たち目線の描写にはずしんと来るものがあったし、やっぱり苦しい。ずっと背負って行くべきものなのかもしれない。
2投稿日: 2022.12.27
powered by ブクログ遺書に名前を挙げられたユウやサユはその重い十字架を何年も何十年も背負い続けた。その一方で同じクラスでいじめを止めなかったクラスメイトたちは、自分が十字架を背負わされてることにすら気づかない。本来ならば、いじめを止めずにただ見てた傍観者も当然十字架を背負うべきであろう。 ユウ自身もその十字架に最初は気づいてなかったし当事者意識を持つことを避けていたが、年月と共に少しずつ向き合っていくことになる。 サユがひとり悩み苦しむ描写は読むのが辛かった。 残されたフジシュンの家族の気持ちの変化もとてもリアル。 フジシュンのことや同級生のこと、許すや許さないは置いといて自分の中で気持ちの落としどころを長い年月をかけて見つけていく様は、創作と言っても事実に近いものがあるのかもしれないと思った。
4投稿日: 2022.12.14
powered by ブクログ以下、一番心に残った文を抜粋。 「わたしたちはみんな、重たい荷物を背負っているんじゃなくて、重たい荷物と1つになって歩いているんだと、最近思うようになりました。だから、降ろすことなんてできない。わたしたちにできるのは、背中をじょうぶにして、足腰をきたえることだけかもしれません。」 家族が死ぬと言うことが遺族にどれほどの苦しみを残すのか、残されたクラスメイトはどのようにその死と向き合うのか、訴えかけるように書ききっているいい本だと思う。
4投稿日: 2022.11.01
powered by ブクログ「いじめ」の話なので重いのは覚悟で読んだ。 いじめで自殺してしまった子の家族やクラスメイトの話。 被害者家族だから何をしても許されるのか、許されようと、思ってもないことを言って逃れたり。 色々言いたいけど、言葉にできない。言葉にするのが難しい。 第三者だからこそ色々思ってしまう。
1投稿日: 2022.10.26
powered by ブクログ面白い小説っていう表現は違うと思うけど、心に残る小説だった。物語としては自殺した同級生が中学、高校、大学、社会人ととの流れで行く中で自殺の事件をどう思って、何を背負っていくかの話だった。 よくニュースでイジメや自殺が報道されるが酷いと思っても1年も経てば忘れる。家族は一生忘れることはないのに。 見て見ぬフリをした人はテレビには映らないが背負わなくてはいけない十字架があるのではないかそう思わせられた。
2投稿日: 2022.09.19
powered by ブクログ読んでいる最中も、読んだ後も、ふとこの作品の内容を思い出してしまうほど引き寄せられる。 自分がいつか親になることができるのか、親の責任を全うできるのか、不安になってしまうほど、フジシュンの両親が居た堪れない‥ オチのような展開を最初に持ってきて、そこから数十年を描く重松さんの文章力がすごすぎた!
1投稿日: 2022.09.03
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
読書が好きな人間として、重松清さんという著者の表現の豊かさ、奥深さを文章を通して感じ、今一歩読書に浸透するレベルが上がった気がした。 今作はいじめを題材としていて、手に取った時はなんとなくあらすじを見て読むことを決めたが、読み進めてみると心が重く、体が上下に引き裂かれるような思いがあった。 中学生はまだ未熟で善悪の良し悪しも分からないし、自分の世界がクラスや学校の中にしかないと錯覚してしまうと。しかし本来はそうではない。『死』という選択を選ぶより、コミュニティを変えたり、出来ればその現実と向き合い戦って欲しい。そういうことが出来る社会、教育にしなければならない。 かくいう自分も学生時代はいじめが怖かったし、部活動等で死にたくなった記憶もある。 でも、やはり辛いのは残された人たちだ。作中に出てくるお母さんを綴った文章は、読むに堪え難かった。 この本を通じて、親を大切にしようと思った。昔から変わらず自分を愛してくれている。それが当たり前になり過ぎて感じられていなかったが、感謝し大事にしていきたいと思う。
2投稿日: 2022.09.01
powered by ブクログ罪の意識を背負って生きていくことほど、辛いものはないんじゃないだろうか。 『なにもしなかった罪っていうのは、法律にはない』とフリーライターの田原さんは言っていたけれど、じゃあ裁判で罪に問われれば、公的に被害者と加害者がはっきりすれば、救われるのか? 違う。 人を傷つけたことを自覚して始めて、贖罪のスタートラインに立つのではないだろうか。 人が殺されて許されることはないんだ。
1投稿日: 2022.08.28
powered by ブクログ自殺した「ふじしゅん」の遺書には、僕の名前が書かれていて、僕のことを「親友」と書いていた。 でも僕は、クラスのいじめを黙って見ていただけだった。 どんな思いで命を絶ったのか、そして残された家族は、僕のことをどう思っているのか。 いじめを止めなかった、ただ見ているだけだった、それはどのような罪なのか。 自ら命を絶った少年と、残された家族、遺書に名前を書かれた人々の魂の彷徨を描きます。 読後感が何とも言えません。
0投稿日: 2022.08.04
powered by ブクログいじめを苦に自殺した中学生とその関係者のその後を描いた小説。 遺書には、親友とは言い難い関係性だった主人公の男子の名前と、好意を抱いていた同級生の女子の名前が記されていた。 いじめられる者、いじめる者、いじめを傍観している者、被害者の家族。それぞれの視点で考えさせられることが多かった。 自殺のシーンから、最後の十字架を見に行くシーンまで、被害者の両親と自殺に巻き込まれた少年少女の人生まで描かれた長編小説。 最後のシーンは、さらっと描かれていたが、父親の気持ちを想うと涙が出た。
1投稿日: 2022.06.27
powered by ブクログ「自殺した人とその後の親族関係者を深く描き抜いた本」 いじめがなくなる時代は来るだろうか。 人は様々で今後もいじめる人は育つだろう。 自分を含め、この本を読んで少しでも「傍観者」をやめて勇気を持った行動を起こしたい。
1投稿日: 2022.06.26
powered by ブクログ2022.06.07. 修旅前 21時半には寝なきゃ 中2のクラスで自殺者がでる 遺書には、自分のことが親友と書かれていた 見て見ぬふりをした真田、どうする 真田 クラスによくいる、どっちつかずな奴 いじめたわけではない けれど助けたわけでもない さゆ 誕生日と命日 隠し続けた秘密 ふじしゅん 中2で自殺 庭の柿の木 いじられ役 おもんない奴 あの人 ふじしゅん父親 重い話 でも目を背けちゃいけない話 いじめる人はそりゃ最低だけど 傍観者もやっぱり同罪だよね 加害者 傍観者 被害者家族 その他 とにかくみーんな苦しんでた どうしようもない苦しみを どうしたらいいかわからない感じ 真田は親友じゃないって言ってるけど やっぱ親友なんだよ 思い出すふじしゅんのエピソードが 細かいんだもん
0投稿日: 2022.06.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
いじめについて考えさせられる心に響く小説. いじめによって自殺してしまった男の子の遺書にはある女の子と親友の男の子の名前がかかれてあった. しかし、親友の男の子は親友と思っていなかった. さらにその男の子はいじめられていることを知っていたがなにもできなかった. 見殺しにしてしまった男の子はどう生きていくのか. 親友とかかれた男の子とある女の子の中学生から大人になるまでの人生がかかれている.
1投稿日: 2022.05.19
powered by ブクログいじめを苦にした自殺の話だが、いじめの内容というよりも自殺後に残された人たちの話である。 いじめを取り扱う題材は多くあるが、違った視点からのお話で、いろいろ考えさせられた。
1投稿日: 2022.04.06
powered by ブクログいじめを苦に自殺した中学生と、遺された者の物語。 遺書に名前を記されていたのは、いじめの主犯格2人と想いを寄せていた女の子、そして"親友"である主人公の真田裕の4人だった。裕は思った。一方的に親友にされた挙句、十字架を背負わされた、と。 十字架を"背負わされた"から"背負う"まで意識が変わるには、どれだけの苦悩があっただろう。 いじめは無くなることがなく、今でもニュースになる。 遺された者がどれだけの十字架を背負って生きていくのか、想像力をはたらかせてほしい。親になった今だからこそそう思う。 「親は、学校で起きたことをこの目で見るわけにはいかないんだよ。だから信じるしかないんだ。ウチの子は元気でやってる、毎日を幸せに過ごしてる……。だから親はみんな子どもに訊くんだ。学校どうだ?毎日楽しいか?って」 「心配するのは、親の仕事だ。子どもを信じるのも親の仕事だ。だったら、子どもが、学校は毎日楽しいよ、って言ったら信じるしかないだろ」 「人間って、死にたくなるほどつらい目に遭ったときに絶望するのかな。それとも、死にたくなるほどつらい目に遭って、それを誰にも助けてもらえないときに、絶望するのかな」
6投稿日: 2022.04.02
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
近年「いじめを苦に自殺」という報道がよくされています。 教室という、学校という、閉鎖された空間で行われた壮絶ないじめ。 報道される内容を見るたびに心が痛みました。 見て見ぬふりをし続けた教師、そして同級生たち。 彼らは今、どんな気持ちで、どういう思いで生活をしているのでしょうか。 そして、我が子の苦しみに気付いてあげれなかった親御さんの気持ち。 きっと計り知れない悲しみで毎日をすごされていることと思います。 そんなことを考えながらこの本を読み終えました。 いじめを苦に自殺したクラスメイトの遺書に「親友」と書かれてしまった主人公。 彼は14歳という年齢には重過ぎるほどの十字架を背負うこととなってしまいます。 この物語と同じように、実際に遺書の中にいじめた生徒たちの名前が書かれていた。という報道をよく耳にしますが、いじめに加担した生徒たち、遺書に名前を書かれた生徒たちは、多分、きっと、この先重い十字架を背負って生きていくこととなると思います。 でも、じゃぁ、見ていただけでいじめを止めようとしなかった生徒たちは? いじめられているという訴えを聞こうとしなかった先生たちは? 彼らに、彼女らに罪はないのでしょうか。 多分、重松さんは、こういう思いを伝えたかったんじゃないかな。と思いました。 いじめを止めなかったのは罪なのだと。 見て見ぬふりをしたのは罪なのだと。 そして、そう人たちにこそ、人間の命の尊さを分かってほしかったのではないでしょうか。
1投稿日: 2022.02.16
powered by ブクログ自殺は風化するものだと思ったが、その事実が自殺した者だけでなく取り残された遺族、周囲の人間、加害者などに与える影響について考えさせられた
0投稿日: 2022.02.11
powered by ブクログ面白かった!! 登場人物それぞれの心理描写が文章で丁寧に描かれているから理解しやすい。ああ、だからこの行動なんだって。
0投稿日: 2022.01.26
powered by ブクログ罪を忘れずに背負っていく事とはどんな事なのかを教えてくれる本。でも人は生きていれば忘れてしまう時もあって、そうでなければ生きていけない。けれども忘れてしまう事も出来ない、そうして生きていく事も出来ない。憎まれるのも憎む事もずっと続けるのは辛い。
10投稿日: 2021.12.14
powered by ブクログ実際に、十字架を背負う人は、 こういう心情になるんだろうな。と 細かな描写があり、とても分かりやすかったです。
1投稿日: 2021.10.09
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
数年前に一度読んで、衝撃をうけ、ずっと心に残っていた本だったので、再読。 言葉ひとつひとつが、自分が普段考えようともしなかった部分を刺激するかのように突き刺さっていく。 自分はこういう経験はない、周りでも起きたことはない。そんな他人事で生きていた自分へ、小説を通して強い言葉で『考えろ‼️‼️‼️』と殴られているような感覚だった。 一番心に強く残って染み付いているのは田原のセリフで 『人は死にたくなるほど辛い目にあった時絶望するのか、死にたくなるほど辛い目にあって、それを誰にも助けてもらえない時に、絶望するのか』 私は後者だと思っている。 見殺しを、自分だってしてしまうのかもしれないし、少なからずしているのかもしれない。 たとえ見殺した側にどんな事情があったにしろ、見殺された側は『死ぬほど辛い時に誰も助けてくれなかった絶望感に飲まれるわけで』 その事実を見殺した側は忘れちゃいけない、なかったことにしちゃいけない。ちゃんと背負っていかなければいけない。 人間の命の重さとはそう言うものじゃなくちゃいけないんだろうなと思いました。
2投稿日: 2021.10.05
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ノンフィクション並みの迫力 大津の事件より前に刊行だったので驚いた あとがき読んで納得 歴史は繰り返すのね、残念。
1投稿日: 2021.09.27
powered by ブクログ自分の周りでいじめが起こってたら、私ならどうするだろうと想像しながら読んだ。 「いじめは良くないよもうやめようよ」って言って止められるか、「大丈夫?辛くない?」って声を掛けてあげられるか、先生に「うちのクラスでいじめがあります」と言えるか・・・。 臆病だからやっぱり見て見ぬふりしか出来ないか。 結局はみんな自分のことしか考えていなくて、どうやったらいじめと無関係でいられるか、赤の他人でいられるか、ということしか考えていないんだろうなぁと思った。傍観者にだけはなりたくない。
1投稿日: 2021.09.02
powered by ブクログ中学入試問題に重松清が使われると聞いて初めて作品を読みました 子供と大人の間には何色でもない空間があって その部分を巧みに表現している作品でした 友達の家のおやつがまずいとか 友達のお母さんがブスとか いつから本音を隠すようになるんだろう 自分の素直な感じ方を環境に合わせながら大人になっていく それは隠しているのであってなくなるわけではない 目をつぶっても見える自分の心 最後はそれを探す旅に出る 人生とはつらいです
1投稿日: 2021.07.02
powered by ブクログ初の重松清さんでした。 序盤から胸が苦しくなるような展開で、考えさせられることが多かったです。 自分の家族か赤の他人かで、その人の見方は大きく変わることがわかる作品でした。 しかし、主人公の真田目線で見ると、少しいい迷惑だと思いました。 マスコミやフジシュンの家族から責められるのは、少し違うのではないかと思いました。 違う考えを持った人もいるかもしれません。 ただ、人の死が与える影響は恐ろしく強いことは確かだと思いました。 ☆印象的なフレーズ 「思い出は楽しいものだけを選んで増やすわけにはいかない。むしろ、忘れたくても忘れられない記憶というのは、嫌なもののほうが多いような気もする。」
0投稿日: 2021.06.16
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
小説ならばなぜユウとサユリの名前を書いたのかフジシュンの視点から明かされるエピソードがあってもいいだろうに、結局最後まで真実はわからないままでモヤモヤした。 2人とも本当にただ片想いされてただけならこの状況で20年も十字架を背負うのは気の毒だしそこまでする必要はないよね。
0投稿日: 2021.06.04
powered by ブクログ重たい内容でそれぞれの立場になって考えてみよう、と思いながら読んだ。僕の目線から月日は流れていく物語であるけれど少年の自殺は何人もの人のその後の人生を変えてしまった。実際にいじめによる自殺はニュースで取り上げられたりもするけれどその後のことはあまり話題にならない。小説ではあるけれど核となっている実際に少年を亡くした親の存在もあったと後がきにあった。モデルではなく核だと。中学2年生は危ない歳頃であることは間違いない。
0投稿日: 2021.05.06
powered by ブクログいじめを苦に自殺した同級生のフジシュン。"勝手に"親友になっていた僕と、いじめた奴ら、誕生日だった彼女。なぜフジシュンは最期にこの4人を選んだのか。 なにがどうなっていたらフジシュンは救われたのか、未だによく分からない。誰かが一言、「やりすぎだよ」「やめてやれよ」と声を掛けていればいじめはなくなったのだろうか。それとも止めに入った人が今度はターゲットになるのだろうか。将又、一緒にいじめられてしまうのだろうか。見て見ぬふりは自己防衛本能もあるだろう。野次馬精神も、あるだろう。フジシュンが死を選ぶことを分かっていたら、止めに入ったかもしれない。でももうそんなことを思っても、遅い。フジシュンは死んだのだ。それがどれだけ辛く重く、切なく悲しいことか、私は本当に分かっているのか。分かっている"つもり"なのではないか。いじめる側に立たないように、いじめられる側に立たないように、ただただ傍観していることのないように、いられるのか分からなくて怖い。本を読んだからといって綺麗事では済まされないものなのだ。ただいじめがなかったらフジシュンは自ら命を絶とうとは思わなかったのではないかとは安易に考えられる。なぜ、いじめは無くならないのだろう。 親は子供の言う学校、友達を信じるしかない。この目で見れないから、自分の子供を信じるしかない。うん、そうかそうか。だから毎日しつこいぐらい「今日は学校どうだった?楽しかった?誰と遊んだの?」なんて聞く。子供が嘘をついてることだってあるのに、それを聞くしかできない。自分の子供は幸せにすくすく育ってると思うしかないのだ。誰だって親に嘘をついたことくらいあるだろう。喧嘩してもちょっと転んだだけ、仲間外れにされても今日も友達と遊んだよ、小さい嘘なはずなのに親にとってはそうじゃないんだと思い知らされた。私は自分に子供が出来たら、子供の言うことをちゃんと信じてちゃんと疑ってやれるだろうか。自信は、ない。フジシュンは毎日楽しいよって言ってたのかな。 ゆるしてほしい、ゆるしたくない、ゆるせるわけがない。ゆるしてもらえなくていい。苦しいなぁ。だって答えなんか出ないじゃないか。正解なんてないじゃないか。 彼らの背負っている十字架を、私たちは絶対に忘れてはいけない。 最初から最後まで、ため息をつく間もほっと息抜く間さえも与えてもらえなかった。重すぎる。けど、歳を重ねても何度も読んで何度も大切な本だと思いたい。そして自分の子供の本棚にそっと置いておきたい。
12投稿日: 2021.04.18
powered by ブクログ長くて重いお話でした。 重いという言葉を用いて良いか、恥ずかしながら わかりません。 ただ、人の命や人生について深く考えさせられる お話でした。 人がしたこと、人がしなかったこと、それらが 生きている限り、それによって 背負っていくものが真摯に書かれてたと感じました。
0投稿日: 2021.04.17
powered by ブクログ古本屋で「あ。この重松作品まだ読んでないわ」と購入したけれど、いじめがテーマと知りひとりの子どもの親としては目を背けたくなるような話になかなか手が伸びず長い間積読であった。 ようやく手に取るも最初の数ページで心臓が大きく波打つ。 やめてやめて、死なないで。お願い話して。誰か、話を聞いてあげて。生きていれば、生きていれば!と。心で叫ぶ。 いじめと言えば1986年のお葬式ごっこ、として有名になってしまった事件がある。 私は当時はいなかの高校生で同じTeenagerとして衝撃的な事件だった。 それから四半世紀。その間にもメディアで取り上げられるいじめの事件もひとつやふたつじゃない、 きっとそれ以外にもふつうに日常的にこどもたちのあいだでは存在しているのであろう。 何も変わっちゃいない。むしろさらに陰湿でひどくなった。うそでしょ、と言いたくなるような凄惨な事件もある。 その間に私もひとりの子どもの親となった。この小説のユウくんのように。 こどもには、学校はどう?楽しい?友達はいる?そんな問いかけを毎日のようにしてきた。 『その答えを信じるしかないのだ、親は。』 フジシュンのお母さんのひとつひとつが胸にささる。 ユウとサユを歓待する。告訴のすすめを断る、少ない思い出話を繰り返し繰り返し。 何度も本から目を逸らしそうになる。苦しい。もうやめて。 小学生の父親となったユウくんが、息子と彼が憧れている友人との関係を妻から 聞き、自分とフジシュンに重ね合わせ慟哭するくだりで鈍い痛みが極限に達する。 ゆるしてなんかいない、ゆるせるわけなんかない、ゆるしてもらえなくていい・・ それぞれの思いが、当事者じゃないとわかるはずなんかないのに、私になんて その苦しみ、わかるわけないのに、苦しくてでも読まなければ。 最後のサユのユウくんに宛てた手紙で少し救われる。 森の墓地のことは知らなかった。こんなにも美しい「旅のおわり」。 いつか訪ねてみたいと思う。 中学教師となった旧友がユウくんに「子どもと付き合いたいのはせいぜい小学校低学年まで。 あとは一気に大学生あたりになってくれればいい」というセリフに激しく共感。
5投稿日: 2021.03.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
いじめを題材にした作品。人を傷つける言葉には、ナイフの言葉と十字架の言葉の2種類あるんだよという部分が個人的に心に残っています。
1投稿日: 2021.01.25
powered by ブクログ重いテーマについて考えさせられる。 一気に読めていろんな感情を体験できる、エンターテイメント性も高い作品。 テーマ1: 親にとって子どもとはどんな存在なのか? 加害者はともかく何もしなかっただけで「憎んではいない、でもゆるすこともできない」と父親に言われるユウに同情してしまう。 真実に目を向けず、息子との思い出を盛って懐かしむことで精神を安定させている母親を見るのはつらい。 自分にとって子どもがすべて。 親にとって子どもはそういう存在なの? ちょっと子どもに依存しすぎでは? と思いつつも、そこまで執着できる存在がある人生も幸せかもしれないと想像した。 子どもが「学校楽しいよ」と言うなら親はそれを信じるしかない。子どもは親にすべてを話すわけじゃない。いじめられていると親に言える子は少ないだろう。 では親はいじめから子をどうやって守るのか? 今のところ私が考えられるのは、つらい目にあっても自殺という選択肢を与えないこと。あなたに生きていてほしいというメッセージを伝え続けること。 田原さんが言った「人はいつ絶望を感じるか」の問いに対して、私は後者の「死ぬほどつらくてもだれも助けてくれないとわかったとき」だと考えた。 だからこそフジシュンの両親は、息子を守れなかった自分たちを攻め続けてしまったのだろう。 テーマ2: 「選ばれてしまった」ことにどう向き合うか? いじめの対象に選ばれたフジシュン、そのフジシュンから遺書の中で選ばれた主人公と中川さん。 この3人や遺族はとても重大なことに選ばれてしまった気がするけど、程度の差はあれ誰もがなにかしらの役割に選ばれていると考えることもできる。 偶然とまでは言えなくても大した理由はない。 だから主人公も中川さんも最初から「勝手に遺書に書かれて迷惑です」と言えればどれだけ楽だっただろう。しかし息子を亡くした両親を前にそんなことは言えない。 二人ともそれぞれ選ばれてしまった役割に悩み抜き、時間をかけて役割を果たしていく姿は尊敬する。 理由なく選ばれた役を時間をかけて果たしていくこと、それこそが人生なのかなと思った。
1投稿日: 2020.12.31
powered by ブクログ誰が悪いのか、悪いってなんなのか、私たちの在り方って、気づかないうちに人を傷つけているのかもしれない。
0投稿日: 2020.12.30
powered by ブクログ共感したり心に染みる箇所がたくさんあり過ぎて最高の一冊だった。 自分も歳を重ねてきて感受性豊かになったのか、素直に受け入れられる文章が多く、中身は爽やかではないが読了後はとても爽やかな気分だった。 何度でも読み返したいし、人生の転機となるタイミングで再読したい。
2投稿日: 2020.11.25
powered by ブクログいじめを苦に自殺した中学生フジシュン。 残された家族、同級生、そして真相を追うメディアの記者達。 こういったテーマは、読んでいて本当に苦しい。 物語の初めでフジシュンは自殺してしまうので、彼の本当の気持ちは分からない。 残された者たち一人一人が背負う十字架はそれぞれの重さで、読んでいる私たちにも、のしかかってくるようにすら感じる。
2投稿日: 2020.11.02
powered by ブクログ読了後に感じたことが大きすぎて、感想を書くのが遅くなってしまった。 忘れたり、人の痛みに鈍感なことは、生きてる人間にとって救いだと思う。 それが悪いことだとは思わない。 もし出来なかったら、人間の心はもっと容易く壊れてしまうと思うし、 どんな人間でも生きる事が最も大切なことだと思うから。 ただ、鈍感になりすぎるのは良くない。 傷ついた本人の痛みはこれほどに辛いものなんだよ。今あなたは人を傷つけずに生きているのか? 見殺しにしたりしてないか? と、この本は伝えてると思う。 おすすめしたい本のひとつになった。 初めての重松清さんだったが、もっとこの人の本を読みたいと思う。
5投稿日: 2020.10.31
powered by ブクログいじめを苦に自殺した中学生。彼の遺書には、親友の自分への感謝、いじめの加害者への憎しみ、恋心を抱いた子への思いが書かれていた。その遺書がきっかけで遺族への贖罪の意識を持たざるを得なくなる。 重松清さんでは珍しい終始暗い内容で、湊かなえさんの作品や東野圭吾さんの「手紙」に近しいものではあったが、最後は清々しく終わるのが救いかもしれない。 作中にあったフリーライターの台詞で「心配するのは親の仕事だ。でも、子どもを信じるのも親の仕事だ。だったら、子どもが、学校毎日楽しいよ、って言ったら信じるしかないだろ」 自分も毎日子どもに「今日は保育園楽しかったー?誰と遊んだのー?」と聞くと屈託なく答えてくれるが、これが小学校、中学と進むに連れ、嘘をつくようにもなると、心配だが信じるしかないという状況になるのか…。 いろいろと考えてしまう。
7投稿日: 2020.10.20
powered by ブクログいじめを苦に自殺した中学生。そのまわりの人間模様を描いた作品。とても重い内容で考えさせられることが多かったけれど読んでよかった。人の細かい感情の変化がすごくうまく書かれてて、流石重松清だなと思った。 この世界観に一気に引き込まれて、気づけば読み終ってた。読後感は意外と清々しい感じでした。
6投稿日: 2020.09.30
powered by ブクログ好みではなかった。どう読めばよいのだろうとずっと思って、す〜っと終わってしまった。中学のクラスでいじめが発生し、フジジュンが自殺。自殺者が親友と思っていた真田裕と、好きだった中川小百合、そして家族が20年間罪の意識?を感じながら生き続けるという内容。作者の意図としては、時が止まることやタイトル通り「十字架」を背負い続けて生きるさまを描きたかったのか?当事者の家族と、それに巻き込まれた外野の対比や、家族の怒りをもっと書いてほしかった。うーむ、状況を描くが感想は読者に任せるパターンは苦手かな。
0投稿日: 2020.09.16
powered by ブクログある中学校でいじめにより自殺した生徒のまわりの人間の人生を描いた物語。被害者家族のみならず、加害者、ここでは直接の者だけでなく傍観者も含まれるが、加害者の背負っている者の葛藤も丁寧にしめされている。必読の一書。
1投稿日: 2020.08.28
powered by ブクログいじめに苦しみ自殺した1人の中学2年の生徒。残された家族と、遺書に名前が書かれた生徒。読み始めたら、話に引き込まれ一気に読み終えた。そして最後には涙が滴り落ちました。とても考えさせられる内容。親の子を想う気持ちが強烈に胸に刺さった。とても心に残る1冊。
0投稿日: 2020.08.26
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
亡くなったフジシュンにしか分からないことだと思うが、結局、親友と書いたのは主人公のユウくんと息子さんの話の流れで出ていたように 憧れだったから遺書に書いたのか… それとも本当に親友だと思っていたからなのか… それとも別の意味もあったのか… 最後まで気になってしまった。色々考えさせられることの多い作品だった。辛い気持ちにもなったけど この本に出会えて良かったと思う本でした。
0投稿日: 2020.08.15
powered by ブクログちょっと視点は違うかもしれないけど、最近過失事故のニュースとか聞くと加害者側の気持ちに寄り添ってしまう。…
0投稿日: 2020.08.12
